No.1719
真珠について、掘り下げたお話をいただいてありがとうございます。
以前にもおはなししたかもしれませんが、まだ5歳くらいの幼い姪っ子が、新聞折り込みにあった宝石のチラシをほしいとせがんできたことがありました。
幼児向けのおもちゃも、男の子にはロボットやヒーローなどの勇ましいもの。
女の子にはキラキラとピンク色の華やかなものが、いまもむかしも主流ですね。
ああいう傾向は、生まれついてのものなのでしょう。
モーパッサンの『首飾り』は、たぶん子供のころに読んだはずですが、すっかり忘れていて、読み返しました。
失礼ながら、むかしは「こむずかしい星新一」くらいにしかおもっていませんでした。
いま読むとおもしろいですね。
今回はなんだか話にまとまりがありませんが、雑談とおもっていただけるとありがたいです。
主人公のロイゼル婦人は、作品中で夫にすら馬鹿だとののしられるように、ひどく不器用でしょう。
それで、いじましいくらいじぶんを飾ることに執着して、夫がいるにもかかわらず、男を虜にして豊かになりたいと願います。
結果、ほんの一瞬男性たちにちやほやされたかとおもいきや、すぐに借金まみれになってしまいますよね。
彼女は首飾りのせいでこんな目にあったという、他罰的な考え方をしました。
首飾りをなくした彼女はフォレスチャ婦人に正直に謝ることをせず、事態を取り繕うために、よく似た首飾りを膨大な借金を背負ってまで購入しました。
この点で、彼女は一貫して愚か者なんです。
ところが視点を変えると、彼女は借金を返すために、あれほどイヤだった貧苦を受容して、10年かけて返済するわけでしょう。
貧苦は耐えがたい屈辱でしたし、美貌も虚栄心も失われましたが、彼女は道義的な責任はきちんと果たしました。
その点、彼女はまっとうな一面も備えていますし、すくなくともじぶん自身に対しては正直者です。
しかし夫でさえ彼女を肯定的には評価しなかったし、彼女自身ですら借金を返し終わっても不平と不満でいっぱいなんですね。
唯一、フォレスチャ婦人だけが最後の最後に心底からの同情を寄せてくれるんですが、彼女の発した言葉は残酷でした。
あのオチは、何重もの皮肉になっていますね。
ロイゼル婦人の夫がなけなしの貯金をはたいて買ったドレスが400フラン。
フォレスチャ婦人は「あの模造品の首飾りは、せいぜい500フランだった」といいます。
模造品が500フランで、夫がなけなしの貯金を崩してドレスにあててくれたのが400フラン。
それもフォレスチャ婦人からすれば「せいぜい500フラン」なんですよね。
この短編のテーマは、資本主義への皮肉です。
モーパッサンが生きた時代は、日本では江戸末期から明治時代中ごろでした。
木曜島の貝拾いがはじまったころです。
貝ボタンもそうなんですが、資本主義社会は人々に虚栄心をよびおこしました。
その中で勝ち組と負け組がはっきりしてくるようになります。
ボタンなんて、実用だけ考えれば、木をけずって作ることだってできます。
しかし、資本主義によってお金が使い切れないほど集まる人が増えてくると、たくさんお金を出してもいいから、ぜいたくな貝ボタンがほしいという人があらわれました。
そうすると、貝ボタンを売ってひと山当てたい人もあらわれます。
貝ボタンに興味はないが、貧苦はまっぴらで、金を得るためなら命もいらぬという切羽詰まった人も大勢いました。
そのような勝ち組と負け組を描いた小説だと、1845年に発表されたアンデルセンの『マッチ売りの少女』もそうですね。
少女は極めてまずしいマッチ工場主の娘でしたが、年の瀬の極寒の日にマッチを売ってこい、売り切れるまで帰ってくるなと町に出されて、凍死しました。
少女が町の家々の窓をのぞくと、クリスマスをお祝いする裕福な家族の姿がみえたというかたちで、当時社会問題になっていた貧富の差を描いています。
『首飾り』はその40年後の1885年に発表されていました。
いまでこそ資本主義の理不尽さにみんな慣れてしまって、マッチ売りの少女や首飾りのような小説を書いても流行りませんが、当時は資本主義がもたらした貧富の差は、まだまだあたらしい価値観です。
もちろんそれまでの世界にも貨幣は存在しましたし、商売だって存在していました。
しかし資本主義以前は、もしお金がなくても人の役に立つことでご飯くらいは食べさせてもらえました。
それに、金持ちなんて社会のほんの一握りで、ほとんどが横並びで貧しく暮らしていましたから、助け合いとお互い様の感覚がいきわたっています。
もちろん医療も発達していなかったし、人類はみな現在よりはるかに厳しい理不尽に見舞われていましたが、お金がないとどうしようもない、というわけでもなかったのです。
ところが資本主義社会では、じぶんの労働をお金に変え、お金で生活必需品を買い、お金で税を払わねばなりません。
ところがむかしの資本主義のシステムは脆弱です。
お金は人間の心を反映するもので、言い換えれば「信用」でした。
その点で、むかしの資本主義はまだ信用されていません。
『赤毛のアン』にマシューおじさんという、善良で賢い登場人物がいます。
かれはもともと心臓が弱っていたところへ、じぶんたちの貯金をしていた銀行が倒産したという新聞記事をみて、ショックで発作を起こして倒れてしまいました。
当時、銀行が倒産するということは、預けていたお金がなくなることを意味します。
赤毛のアンの舞台はカナダですが、開拓時代のアメリカ大陸では州ごとに独自の通貨や銀行がありました。
銀行にお金をためて、そのお金を引き落としてべつの州に行くと「ああ、この銀行のお金はつもうかえないね」とか「この銀行は先週つぶれたよ」などといわれ、とたんにお金が紙くずになることだってめずらしいことではなかったのです。
3万6千フランを十年かけて返したロイゼル婦人の貧苦が、じつは500フランの価値しかなかったというのは、資本主義のこういった理不尽な一面を皮肉った話ですね。
現代だと、宝石や不動産や絵画といったモノや、投資などは「リスク資産」といわれます。
これらは資産としての価値が安定していません。
しかし値動きが大きく、ふつうに働くよりはるかに大きな収益が得られることもあるので、ひと山当てたい人がそこに集まるようになります。
必然的に「だましてでも儲けたい」人も集まるようになり、投資の世界は化かしあいになり、宝石や絵画には偽物が出回るようになりました。
木曜島の貝ボタンも、その後の日本の真珠産業にしても、やはりリスク資産ということになるのでしょう。
不動産の場合、むかしは「欠陥住宅」なんて言葉はありませんでした。
大工の腕がわるい、ということはいわれても、「家がその買値に見合っていない」というようなことは問題にはならなかったのです。
それどころか、むかしは「土地を買う」という概念じたいがありませんでした。
開拓して、じぶんの能力に見合うぶんを管理して生きていくことを「経営」といいます。
経営の経は「経典」の経ですが、ものの道理という意味ですね。
同時に地図には、経度という縦の糸があります。
ここにも経という字が入りますが、この道理の糸でじぶんの土地を区切って、じぶんの生活を営むから、経営といいました。
道理にあわない大きな範囲を欲張っても、土地は管理しきれません。
逆にラクをしようと小さな範囲を区切ると、暮らしを営むことができません。
このとき、土地は「じぶんの裁量にあわせて勝手に開拓しなさい」ということですから、お金で買うようなものではなかったのです。
ところで、モーパッサンよりも100年ほど前の、1772年(安永元年)の日本で『話稿 鹿の子餅』(わこう かのこもち)という小噺集が発表されました。
作者は木室卯雲(きむろ ぼううん)という江戸の旗本なのですが、いわゆる幕臣文人です。
ここに「蜜柑」という小噺があります。
現代「千両みかん」という名前で落語になっています。
分限者(金持ち)のせがれが、このところの暑さにまいってしまい、病みついてしまいました。
心配した家族が「なにかしてやれることはないか、食べたいものはないか」というと、なにも食いたくはないと言っていたものの、そのうち「冷たいみかんなら食べたい」と言い出しました。
手代がみかんを探してくるように言いつかったのですが、なにせもう六月です。
とてもみかんなどあるまいとあきらめていたのですが、須田町(いまの神田須田町)でたったひと箱だけ腐らずに残っていた在庫をみつけました。
しかし店側は「千両。びた一文まからぬ」と吹っかけたのです。
それでもこちらは大身代(大商人)。
店に問うてみるとそれでいいというので買い付けて、せがれに差し出すとずいぶん喜んでくれました。
それで10個のみかんのうち、7つを平らげて、「あとのみっつはお袋様にあげてくれ」といって手代に渡します。
手代はこのみっつのみかんをもって、店から蒸発してしまいました。
この話のおもしろみは、手代が千両で買い付けたみかんのうちみっつを預かったときに、「このみかんに三百両の価値があるのか」と勘違いしたところにあります。
江戸中期の千両は、だいたい5000万円ほどの価値があったそうな。
そうすると、みかんひとつ500万円ですね(笑)
もちろん作り話なうえに、非常に他愛ない小噺です。
が、江戸時代の日本で、すでにこういった資本主義的な皮肉が笑いの種になっていたんですね。
季節外れに残ったみかんを、千両で吹っかける商人もおもしろいところで、需要に対して供給が少なければ価格は吊り上がるという、経済の原理がはっきりしています。
そういえば、去年の大河ドラマの「べらぼう」はちょうど木室卯雲のころの話でした。
木室卯雲は出てきませんが、蔦屋重三郎の本屋に集う戯作者には、木室とおなじような幕臣文人が何人もいます。
田沼意次は木室とほとんど同年代の老中ですが、ドラマではかれが平賀源内と一緒に、現代に通じるような資本主義論を交わしている描写がありました。
「蜜柑」が書かれたころの江戸では、資本主義が芽生えつつあったんですね。
さて、3月上旬、ホルムズ海峡封鎖のニュースがあって数日したときに、行きつけのガソリンスタンドのレギュラーが200円を超えていたときにはおどろきました。
これは現代版の千両みかんのようなものか、とどうでもいいことを考えましたが、やりとりしているのは原油とイランの人命です。
いまのところ、幸い日本では原油価格は千両ほどには高騰していないものの、購買力の弱い国ではたいへんなことになっているようで、江戸時代のように牧歌的にはとらえられませんね。
さて、司馬さんからお尻を叩かれているような気がするものの、現実のわたしはじぶんの仕事や、公共のことでより現実的にお尻を叩かれています。
なかなか時間がとれず、いったいどうしたものかと思案していますが、どのようなかたちでじぶんの頭にあるものを出そうか、考え出すと頭がこんがらがってきますね(笑)
なにか神話時代の小説でも書いてみようかとおもい、いざ書き出して5000字ほどやってみたんですが、ほぼ司馬さんの模倣のような文章になってしまって、イヤになってしまいました。
ギズモさんにはパラダイムシフターとまでおっしゃっていただいたのですが、それはいくらなんでも買いかぶりすぎです。
しかしこれまでギズモさんと対話してきた内容の中で、古代について考えてきたことくらいは、なんらかのかたちで発表できるようにしたいとおもいます。
ただ司馬さんの模倣ではなくて、わたしがこれまでギズモさんとお話しするときに心掛けてきた、「わかりやすい」かたちにしましょう(笑)
いろんなやり方があるとおもうのですが、またおいおいやっていこうとおもいます。
イザナギ・イザナミは日本人の先祖ではないか、というギズモさんのお考えですが、わたしもそうおもいます。
わたしの場合は、実際の血筋というよりも、日本人としての精神性の根っこに、イザナギとイザナミがあるという感じでとらえています。
また卑弥呼の件ですが、わたしも魏志倭人伝で「鬼道」とよばれた卑弥呼の政治手法は、道教を取り入れたものだったとおもっています。
古代道教は道家(どうか)思想と呼ばれるのですが、鬼道にも「道」の字が入っていますよね。
最初の前方後円墳である箸墓古墳も、道教の天円地方(天はまるく、地は四角い)の思想からきています。
そもそも日本書紀や古事記は、宇宙と天地の誕生から始まるのですが、この場合の宇宙や天地という概念じたいが道教由来なんですよね。
花粉症、ひどくならずにすんでなによりでした。
わたしもことしはなぜか、そこまでひどい症状は出ませんでしたが、いまだにくしゃみはよく出ます。
ここ数日は、黄砂がすごいみたいで、車のフロントガラスに砂がついていました。
東京ではもう葉桜でしょうか。
こちらはちょうど満開が終わるころです。
数年前までは3月中に散ってしまっていたので、昨年とことしはちょうどよい開花時期でした。
そういえば、ことしは原木しいたけが上がるのも例年より遅く、タケノコもようやく芽吹いたのを4月3日に確認しました。
こちらではなんだか全体的に、季節がいつもより遅い感じです。
にわかにあたたかくなってきて、仕事も忙しくなってきました。
毎年言ってるような気がするんですが、当地の先輩方は、ちょうどこの時期は冬になまっていた体を急に動かすためにケガをすることが多いといいます。
いつも以上に気を付けて、お互いによい年度はじめにしましょうね。
以前にもおはなししたかもしれませんが、まだ5歳くらいの幼い姪っ子が、新聞折り込みにあった宝石のチラシをほしいとせがんできたことがありました。
幼児向けのおもちゃも、男の子にはロボットやヒーローなどの勇ましいもの。
女の子にはキラキラとピンク色の華やかなものが、いまもむかしも主流ですね。
ああいう傾向は、生まれついてのものなのでしょう。
モーパッサンの『首飾り』は、たぶん子供のころに読んだはずですが、すっかり忘れていて、読み返しました。
失礼ながら、むかしは「こむずかしい星新一」くらいにしかおもっていませんでした。
いま読むとおもしろいですね。
今回はなんだか話にまとまりがありませんが、雑談とおもっていただけるとありがたいです。
主人公のロイゼル婦人は、作品中で夫にすら馬鹿だとののしられるように、ひどく不器用でしょう。
それで、いじましいくらいじぶんを飾ることに執着して、夫がいるにもかかわらず、男を虜にして豊かになりたいと願います。
結果、ほんの一瞬男性たちにちやほやされたかとおもいきや、すぐに借金まみれになってしまいますよね。
彼女は首飾りのせいでこんな目にあったという、他罰的な考え方をしました。
首飾りをなくした彼女はフォレスチャ婦人に正直に謝ることをせず、事態を取り繕うために、よく似た首飾りを膨大な借金を背負ってまで購入しました。
この点で、彼女は一貫して愚か者なんです。
ところが視点を変えると、彼女は借金を返すために、あれほどイヤだった貧苦を受容して、10年かけて返済するわけでしょう。
貧苦は耐えがたい屈辱でしたし、美貌も虚栄心も失われましたが、彼女は道義的な責任はきちんと果たしました。
その点、彼女はまっとうな一面も備えていますし、すくなくともじぶん自身に対しては正直者です。
しかし夫でさえ彼女を肯定的には評価しなかったし、彼女自身ですら借金を返し終わっても不平と不満でいっぱいなんですね。
唯一、フォレスチャ婦人だけが最後の最後に心底からの同情を寄せてくれるんですが、彼女の発した言葉は残酷でした。
あのオチは、何重もの皮肉になっていますね。
ロイゼル婦人の夫がなけなしの貯金をはたいて買ったドレスが400フラン。
フォレスチャ婦人は「あの模造品の首飾りは、せいぜい500フランだった」といいます。
模造品が500フランで、夫がなけなしの貯金を崩してドレスにあててくれたのが400フラン。
それもフォレスチャ婦人からすれば「せいぜい500フラン」なんですよね。
この短編のテーマは、資本主義への皮肉です。
モーパッサンが生きた時代は、日本では江戸末期から明治時代中ごろでした。
木曜島の貝拾いがはじまったころです。
貝ボタンもそうなんですが、資本主義社会は人々に虚栄心をよびおこしました。
その中で勝ち組と負け組がはっきりしてくるようになります。
ボタンなんて、実用だけ考えれば、木をけずって作ることだってできます。
しかし、資本主義によってお金が使い切れないほど集まる人が増えてくると、たくさんお金を出してもいいから、ぜいたくな貝ボタンがほしいという人があらわれました。
そうすると、貝ボタンを売ってひと山当てたい人もあらわれます。
貝ボタンに興味はないが、貧苦はまっぴらで、金を得るためなら命もいらぬという切羽詰まった人も大勢いました。
そのような勝ち組と負け組を描いた小説だと、1845年に発表されたアンデルセンの『マッチ売りの少女』もそうですね。
少女は極めてまずしいマッチ工場主の娘でしたが、年の瀬の極寒の日にマッチを売ってこい、売り切れるまで帰ってくるなと町に出されて、凍死しました。
少女が町の家々の窓をのぞくと、クリスマスをお祝いする裕福な家族の姿がみえたというかたちで、当時社会問題になっていた貧富の差を描いています。
『首飾り』はその40年後の1885年に発表されていました。
いまでこそ資本主義の理不尽さにみんな慣れてしまって、マッチ売りの少女や首飾りのような小説を書いても流行りませんが、当時は資本主義がもたらした貧富の差は、まだまだあたらしい価値観です。
もちろんそれまでの世界にも貨幣は存在しましたし、商売だって存在していました。
しかし資本主義以前は、もしお金がなくても人の役に立つことでご飯くらいは食べさせてもらえました。
それに、金持ちなんて社会のほんの一握りで、ほとんどが横並びで貧しく暮らしていましたから、助け合いとお互い様の感覚がいきわたっています。
もちろん医療も発達していなかったし、人類はみな現在よりはるかに厳しい理不尽に見舞われていましたが、お金がないとどうしようもない、というわけでもなかったのです。
ところがむかしの資本主義のシステムは脆弱です。
お金は人間の心を反映するもので、言い換えれば「信用」でした。
その点で、むかしの資本主義はまだ信用されていません。
『赤毛のアン』にマシューおじさんという、善良で賢い登場人物がいます。
かれはもともと心臓が弱っていたところへ、じぶんたちの貯金をしていた銀行が倒産したという新聞記事をみて、ショックで発作を起こして倒れてしまいました。
当時、銀行が倒産するということは、預けていたお金がなくなることを意味します。
赤毛のアンの舞台はカナダですが、開拓時代のアメリカ大陸では州ごとに独自の通貨や銀行がありました。
銀行にお金をためて、そのお金を引き落としてべつの州に行くと「ああ、この銀行のお金はつもうかえないね」とか「この銀行は先週つぶれたよ」などといわれ、とたんにお金が紙くずになることだってめずらしいことではなかったのです。
3万6千フランを十年かけて返したロイゼル婦人の貧苦が、じつは500フランの価値しかなかったというのは、資本主義のこういった理不尽な一面を皮肉った話ですね。
現代だと、宝石や不動産や絵画といったモノや、投資などは「リスク資産」といわれます。
これらは資産としての価値が安定していません。
しかし値動きが大きく、ふつうに働くよりはるかに大きな収益が得られることもあるので、ひと山当てたい人がそこに集まるようになります。
必然的に「だましてでも儲けたい」人も集まるようになり、投資の世界は化かしあいになり、宝石や絵画には偽物が出回るようになりました。
木曜島の貝ボタンも、その後の日本の真珠産業にしても、やはりリスク資産ということになるのでしょう。
不動産の場合、むかしは「欠陥住宅」なんて言葉はありませんでした。
大工の腕がわるい、ということはいわれても、「家がその買値に見合っていない」というようなことは問題にはならなかったのです。
それどころか、むかしは「土地を買う」という概念じたいがありませんでした。
開拓して、じぶんの能力に見合うぶんを管理して生きていくことを「経営」といいます。
経営の経は「経典」の経ですが、ものの道理という意味ですね。
同時に地図には、経度という縦の糸があります。
ここにも経という字が入りますが、この道理の糸でじぶんの土地を区切って、じぶんの生活を営むから、経営といいました。
道理にあわない大きな範囲を欲張っても、土地は管理しきれません。
逆にラクをしようと小さな範囲を区切ると、暮らしを営むことができません。
このとき、土地は「じぶんの裁量にあわせて勝手に開拓しなさい」ということですから、お金で買うようなものではなかったのです。
ところで、モーパッサンよりも100年ほど前の、1772年(安永元年)の日本で『話稿 鹿の子餅』(わこう かのこもち)という小噺集が発表されました。
作者は木室卯雲(きむろ ぼううん)という江戸の旗本なのですが、いわゆる幕臣文人です。
ここに「蜜柑」という小噺があります。
現代「千両みかん」という名前で落語になっています。
分限者(金持ち)のせがれが、このところの暑さにまいってしまい、病みついてしまいました。
心配した家族が「なにかしてやれることはないか、食べたいものはないか」というと、なにも食いたくはないと言っていたものの、そのうち「冷たいみかんなら食べたい」と言い出しました。
手代がみかんを探してくるように言いつかったのですが、なにせもう六月です。
とてもみかんなどあるまいとあきらめていたのですが、須田町(いまの神田須田町)でたったひと箱だけ腐らずに残っていた在庫をみつけました。
しかし店側は「千両。びた一文まからぬ」と吹っかけたのです。
それでもこちらは大身代(大商人)。
店に問うてみるとそれでいいというので買い付けて、せがれに差し出すとずいぶん喜んでくれました。
それで10個のみかんのうち、7つを平らげて、「あとのみっつはお袋様にあげてくれ」といって手代に渡します。
手代はこのみっつのみかんをもって、店から蒸発してしまいました。
この話のおもしろみは、手代が千両で買い付けたみかんのうちみっつを預かったときに、「このみかんに三百両の価値があるのか」と勘違いしたところにあります。
江戸中期の千両は、だいたい5000万円ほどの価値があったそうな。
そうすると、みかんひとつ500万円ですね(笑)
もちろん作り話なうえに、非常に他愛ない小噺です。
が、江戸時代の日本で、すでにこういった資本主義的な皮肉が笑いの種になっていたんですね。
季節外れに残ったみかんを、千両で吹っかける商人もおもしろいところで、需要に対して供給が少なければ価格は吊り上がるという、経済の原理がはっきりしています。
そういえば、去年の大河ドラマの「べらぼう」はちょうど木室卯雲のころの話でした。
木室卯雲は出てきませんが、蔦屋重三郎の本屋に集う戯作者には、木室とおなじような幕臣文人が何人もいます。
田沼意次は木室とほとんど同年代の老中ですが、ドラマではかれが平賀源内と一緒に、現代に通じるような資本主義論を交わしている描写がありました。
「蜜柑」が書かれたころの江戸では、資本主義が芽生えつつあったんですね。
さて、3月上旬、ホルムズ海峡封鎖のニュースがあって数日したときに、行きつけのガソリンスタンドのレギュラーが200円を超えていたときにはおどろきました。
これは現代版の千両みかんのようなものか、とどうでもいいことを考えましたが、やりとりしているのは原油とイランの人命です。
いまのところ、幸い日本では原油価格は千両ほどには高騰していないものの、購買力の弱い国ではたいへんなことになっているようで、江戸時代のように牧歌的にはとらえられませんね。
さて、司馬さんからお尻を叩かれているような気がするものの、現実のわたしはじぶんの仕事や、公共のことでより現実的にお尻を叩かれています。
なかなか時間がとれず、いったいどうしたものかと思案していますが、どのようなかたちでじぶんの頭にあるものを出そうか、考え出すと頭がこんがらがってきますね(笑)
なにか神話時代の小説でも書いてみようかとおもい、いざ書き出して5000字ほどやってみたんですが、ほぼ司馬さんの模倣のような文章になってしまって、イヤになってしまいました。
ギズモさんにはパラダイムシフターとまでおっしゃっていただいたのですが、それはいくらなんでも買いかぶりすぎです。
しかしこれまでギズモさんと対話してきた内容の中で、古代について考えてきたことくらいは、なんらかのかたちで発表できるようにしたいとおもいます。
ただ司馬さんの模倣ではなくて、わたしがこれまでギズモさんとお話しするときに心掛けてきた、「わかりやすい」かたちにしましょう(笑)
いろんなやり方があるとおもうのですが、またおいおいやっていこうとおもいます。
イザナギ・イザナミは日本人の先祖ではないか、というギズモさんのお考えですが、わたしもそうおもいます。
わたしの場合は、実際の血筋というよりも、日本人としての精神性の根っこに、イザナギとイザナミがあるという感じでとらえています。
また卑弥呼の件ですが、わたしも魏志倭人伝で「鬼道」とよばれた卑弥呼の政治手法は、道教を取り入れたものだったとおもっています。
古代道教は道家(どうか)思想と呼ばれるのですが、鬼道にも「道」の字が入っていますよね。
最初の前方後円墳である箸墓古墳も、道教の天円地方(天はまるく、地は四角い)の思想からきています。
そもそも日本書紀や古事記は、宇宙と天地の誕生から始まるのですが、この場合の宇宙や天地という概念じたいが道教由来なんですよね。
花粉症、ひどくならずにすんでなによりでした。
わたしもことしはなぜか、そこまでひどい症状は出ませんでしたが、いまだにくしゃみはよく出ます。
ここ数日は、黄砂がすごいみたいで、車のフロントガラスに砂がついていました。
東京ではもう葉桜でしょうか。
こちらはちょうど満開が終わるころです。
数年前までは3月中に散ってしまっていたので、昨年とことしはちょうどよい開花時期でした。
そういえば、ことしは原木しいたけが上がるのも例年より遅く、タケノコもようやく芽吹いたのを4月3日に確認しました。
こちらではなんだか全体的に、季節がいつもより遅い感じです。
にわかにあたたかくなってきて、仕事も忙しくなってきました。
毎年言ってるような気がするんですが、当地の先輩方は、ちょうどこの時期は冬になまっていた体を急に動かすためにケガをすることが多いといいます。
いつも以上に気を付けて、お互いによい年度はじめにしましょうね。