山麓王国

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心臓の違和感、おそらく心筋梗塞だったんだとおもいますが、2週間ほど経って、ともかく回復はしたとおもいます。

個人的には、痛くないなら死んでも構わなかったんですが、ざんねんながらなかなかの痛みと不快感でした(笑)

ある人は、歩いてる途中でいきなり心筋梗塞を発症。意識を失って、バタンと倒れ込んだというんです。

それで歯が数本折れたんですが、倒れている間は痛みもなにもなく、臨死体験をしたそうです。

そのとき、じぶんが生かされていると確信し、この確信と同時になぜか意識が戻り、自力で救急車を呼んだといいます。

発症する前に、胃もたれのような症状があったらしいんですが、その点はぼくもよく似ていました。

その人がいうには、先日風呂場で倒れて亡くなった中山美穂さんは、強い発作に見舞われたあとは、速やかに意識を失って長い苦しみはなかったのではないか、ということでした。




ぼくの場合、症状が出てから最初は息切れがすごかったんですが、日に日によくなってきて、いまは半日農作業ができています。

ほんとうは休んでいたいんですが、ぼちぼち農閑期も終わりなので、仕方ありません(笑)

おもしろいと言っていいのかわかりませんが、おもしろかったのが、血液がうまく体内を巡らないと、食事がうまく消化できなくなることでした。

消化不良の症状が強く出たんですが、最初はなぜこんな症状が出るのかわかりませんでした。

ご飯を食べると胃に血液が集まるといいますが、血液がうまく集まらないと日常生活のあらゆるところに支障が出るんですね。

市販の胃薬を飲むとほとんど即効的に効くのもおもしろい発見でした。

これも日が経つごとにすこしずつ回復していますし、おかげで自然にダイエットができています(笑)



感染性胃腸炎、大流行してると聞きました。

胃腸が炎症を起こしているときは、絶食するのが医療的にも正しいみたいですね。

ウイダーインゼリーやカロリーメイトのような液状の栄養補給だと腸管を刺激しないのでよいのかもしれませんが、ほんとうにしんどいときはそもそも口になにかを入れること自体がつらいことでしょう。

ぼくもここ数日、くだんの消化不良がたたって腸炎のような症状が出て、まあぼくの場合腸炎はよくあることなんですが、きのうはひさびさに絶食して、16時間くらい布団に入っていました。

もう、内臓全般がガタガタですね(笑)

いまこの記事を書いている3月17日は夜から広域自治会の集会があって、これもほんとうは休みたいのだけど、そういうわけにもいきませんから、なんとか体調を整えて出席します(笑)
(その後自治会集会はなにごともなく無事に終わりました)




水が合わないというお話なんですが、そういえば最近うちの浅井戸のポンプが壊れて、ポンプを買い替えて設置したんです。

浅井戸ですからサビの鉄分がよくあがってくるし、水質はよくないんですが、ここに移住してきたときに、ご近所さんが「むかしはそんな井戸の水でも歯磨きくらいはしてたとおもう」とおっしゃいました。

というのも、半世紀ちょっとさかのぼると、このあたりでは上水も山の上流に流れている水をそのまま簡易水道として各家に引いていたそうで、もちろん塩素消毒などもされておらず、衛生面での信頼がない水でした。

そういった水にも頼らなければならなかったのがほんの半世紀前の日本の中山間部の現実です。

その時代を生きてこられた80歳のご近所さんいわく、上水がくるようになってからのわれわれの水のつかい方は、「ケタが違う」のだそうです(笑)

うちのあたりは地域の溜池の水を浄化して山の頂上のタンクに電動で汲み上げて、そこから自然落水で各家庭に水を届けているといいます。

そういう根本的なところを考えていくと、いくら塩素消毒していても、「その土地の水」の特色はありますよね。

土地によって水質や、含まれている微量な要素がちがうのは当然で、そこに住まう人や、訪れた人のカラダにもなんらかの作用を及ぼすことでしょう。



さて、前回宿題にしていた話をさせていただきます。

「当時の国学者の研究がなければ、いまだに徳川のような政治体制が続いており、仏教が主流となり、天皇制にはならなかったということもあるのかもしれません。」



司馬さんは「江戸時代は終わるのが遅すぎた」とおもっていたようです。

江戸時代は100年ちょっとでべつの体制に転換しておけばよかった、というのです。

たとえば司馬さんの著作『竜馬がゆく』では、江戸幕府の崩壊に向かっているのに、竜馬はなかなか動き出さないんですね。

それに対してほかの志士が苦言を呈すると、「いや、まだ幕府は腐りきってはいない。いずれぐずぐずに腐って腐り落ちるが、まだそのときではない」というようなことを言って、幕府が崩壊するのを待つんです。



幕府はじつは、江戸中期あたりからは体を為していませんでした。

というのも、江戸時代の武士は仕官することで幕府や藩から給料をもらっていたでしょう。

武士とは、いわば軍人です。

軍人ですから国を守ることが仕事なんですが、鎖国をしていた当時の日本では、じつは軍人なんてそれほど必要ではなかったんです。



江戸幕府や藩というのは、ようするに軍事政権でした。

天皇の盾となってこの国を守ってやるぞ、ということを大義名分にして、実質的に日本の政治を牛耳っていたわけです。

しかし国内は封建主義のシステムでなんとかやっていけているし、外敵もない時代が長く続いています。

幕藩は武士の人数を維持するための儀式ばかり増えて、国を守るという実務がスカスカになるんですね。



いわゆる「忠臣蔵」がまさにそういう話なんです。

江戸城で朝廷の饗応役をおおせつかった中に浅野内匠頭がいて、その指示役として吉良上野介がいました。

饗応役なんて武士以外のだれかがやってもよさそうなものです。

しかし武士は余っていますから、饗応の専門職を設けたりはせず、全国の武士、それも殿様が集まって接待をするんですね。

そのお役目の最中にすったもんだあって、浅野内匠頭が吉良上野介に脇差で斬りかかり、周囲の者が「浅野殿が殿中で刀を抜いた。浅野殿、ご乱心か。殿中でござるぞ」と止めた。

こういう場合、武士のルールとしては「喧嘩両成敗」が基本なんですが、なぜか浅野内匠頭だけが即日切腹。

吉良上野介はおとがめなしだったんですね。



それでお家断絶となった赤穂藩の家臣たちが「武士の一分」を果たそうではないかと、吉良上野介を天誅するわけです。

この史実と、後年につくられた「忠臣蔵」という物語がなぜ日本中をとりこにしたのかというと、すでに武士という存在が形骸化していた時代に、赤穂藩の連中が武士のイズムを体現したからです。

それに比べて、この事件に対する幕府の裁定は終始じつにあいまいな、煮え切らないものでした。

軍事政権としての幕府は、たった100年ですでに死に体だったんです。



もし国学者がおらず、天皇回帰の思想がなかった場合、ギズモさんのおっしゃるとおり江戸幕府体制が続いていたかもしれません。

が、その場合はあの弱腰の幕府のことです。

西洋諸国の植民地にされて、幕府自体が西洋諸国の傀儡政権となっていた可能性が高いとおもいます。

最後の将軍慶喜が、維新勢力に向けては大政奉還したけど、海外に対しては毅然と立ち向かう……というようなことはなかなか想像できません(笑)

もし幕府が西洋の傀儡政権になった場合、国教としてキリスト教が広められていたか、ギズモさんのおっしゃったように仏教主体で、そこにキリスト教がまじりあう、いわばキリシタンの「マリア観音」のような習慣が生まれたかもしれません。

日本の奇跡は、あの時代に西洋に隷属せず、志士が幕府を打倒して、国家として独立する道を選べたことでした。

そのように考えていくと、日本人がいま日本人として生きていることは、数奇な運命のようにもおもえます。

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ごめんなさい。
後回しどころか、お疲れのところ、お返事をありがとうございます。

曲目リスト、削除します。ありがとうございます。

「伊勢佐木町ブルース」は、お客さまに「ため息」と「デュデュビ~~」のところをお願いしました。
「切ないため息」を要求したのですが、ターザンのような「あぁ~」になってました(笑)

従って、私はその「セクシーさ」は演出していません・・・。
あれは歌よりも難しいですよね。

ありがとうございます。
すでに次の曲目選びに熱中しています(笑)

農園主さんの今までの記事では、ずいぶんヒントをいただいています。
確か「500マイルも離れて」の日本語(忌野清志郎?)の記事もあったかと思いますが、日本語詞のものと、「ゴンドラの唄」も、レパートリーに入れたいと考えています。

では、ゆっくり寝てお疲れを癒してくださいね(^^♪
Icon of nouennushi
曲目、消していただいてけっこうです。
ここは検索エンジンからの集客を消しているので、ほとんど見ている人はいないとおもうんですが、ぜひ万全をとってください。

ちょっときょうはバタバタしすぎて、うまく返信できそうにありません。

いろいろ後回しにして申し訳ないです。

シャンソンや歌謡ブルースの名曲の数々、いい選曲ですね。

伊勢佐木町ブルースのあの冒頭は、むずかしくないですか?

当時の商業的に乗せられるギリギリのセクシーさを、あの冒頭のインパクトで伝えている曲だとおもうんですが、どうコントロールして伝えるか、そのときの舞台の空気も含めて、演じ方のむずかしい曲だとおもいます。

曲目をみていると、ぼくが観客席にいても大いに盛り上がれそうですし、ギズモさんの観客を楽しませようというおもいが伝わりました。

ピアノの不調は、冷や汗ものだったことでしょう。

たいへんだったこととおもいますが、次につながるよいお疲れでありますように。

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