全年8月2日の投稿[3件]
2023年 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する
「クリニカアドバンテージ +ホワイトニング」という歯磨き粉をつかうようになってから、シャリシャリとした歯石になりかかったような歯垢が剥がれるのがおもしろくて、歯磨き→歯間ブラシ→フロス→歯磨き という、念入りな歯磨きを楽しんでいます。
2回目の歯磨きでもすこしシャリシャリしますから、一回ではどうしても磨きのこしが出ちゃうんでしょうね。
ちなみにぼくは先日歯医者の定期検診をすっかり忘れてしまい、また無事(?)歯医者難民となりましたので、もう虫歯になるわけにはいかんのです。←自業自得
#与太話
2回目の歯磨きでもすこしシャリシャリしますから、一回ではどうしても磨きのこしが出ちゃうんでしょうね。
ちなみにぼくは先日歯医者の定期検診をすっかり忘れてしまい、また無事(?)歯医者難民となりましたので、もう虫歯になるわけにはいかんのです。←自業自得
#与太話
日本の宗教について、身近なところで起こっていることでいうと、アニメやゲームで、世界中の神話や伝説からキャラクターがとられることって、日本特有の現象のようです。
転生ものにしてもそうなんですが、海外だと国をあげてひとつの宗教の価値観が根付いていたりするから、日本のように無節操な死生観や、世界中の神話からのパクリみたいなことは、かなり抵抗があるのではないかとおもいます。
日本だと、転生もののアニメや、神話のキャラクターが無尽蔵にあらわれるゲームが無節操であるという意識も薄いとおもうんですが、おそらく海外ではこれは、じぶんの信じる宗教への冒涜ということにさえなりそうです。
日本は江戸時代までは仏教推しでしたが、明治からは神道推しになりました。
推しどころか、廃仏毀釈(はいぶつきしゃく)といって、仏教はもう日本から追い出そう、というところまで極端な運動に発展します。
ところが仏教とちがって神道には教義も教祖もないので、政府が天皇を神格化し、教育勅語という教義を作りました。
日本人はおおむねこの信仰のありようの変化を受け入れて熱狂したわけですが、太平洋戦争の敗戦によって教育勅語は廃止。
天皇は神ではなく人間であり、日本の象徴である、ということになって、日本人は「それじゃあわれわれはなにを信じたらいいの?」というところが宙ぶらりんになったんですね。
宙ぶらりんになったまま、80年近く過ぎようとしているわけです。
新興宗教もなんとなく怖いし、かといって葬式仏教も嫌気がさしてるし、なんだかなあ、といいながら、朝テレビで星座占いをみるようなのだってスピリチュアルで、プレ宗教みたいなものです。
みんながなにかひとつの信仰を持つ、ということがなくて、まとまらない。
お寺でお葬式をあげて、神社でお参りして、クリスマスパーティをする、なんて節操のなさにも、特に抵抗を感じることもありません。
なので、宗教的価値観に基づかないなんにでも転生しちゃう物語がジャンル化したり、ゲームのキャラクターには世界中の神様がやたらと出てくる、なんてことが起こってしまう。
それがわるいといってるんじゃないですよ。むしろよいことで、世界に例のない価値観だとおもっています。
人間はなにかを信仰せずにはいられない生き物だとおもっていますが、ぼくの場合も日本人であることをいいことに、特定の信仰に入信することもせず、つまみ食い的にいろいろとかじっては、なるほどなあ、なんてことをやりながら、だましだましその日を暮らしています。
そういう信仰の態度が許されている戦後日本の風土は、よいものだともおもっているのです。
#与太話
転生ものにしてもそうなんですが、海外だと国をあげてひとつの宗教の価値観が根付いていたりするから、日本のように無節操な死生観や、世界中の神話からのパクリみたいなことは、かなり抵抗があるのではないかとおもいます。
日本だと、転生もののアニメや、神話のキャラクターが無尽蔵にあらわれるゲームが無節操であるという意識も薄いとおもうんですが、おそらく海外ではこれは、じぶんの信じる宗教への冒涜ということにさえなりそうです。
日本は江戸時代までは仏教推しでしたが、明治からは神道推しになりました。
推しどころか、廃仏毀釈(はいぶつきしゃく)といって、仏教はもう日本から追い出そう、というところまで極端な運動に発展します。
ところが仏教とちがって神道には教義も教祖もないので、政府が天皇を神格化し、教育勅語という教義を作りました。
日本人はおおむねこの信仰のありようの変化を受け入れて熱狂したわけですが、太平洋戦争の敗戦によって教育勅語は廃止。
天皇は神ではなく人間であり、日本の象徴である、ということになって、日本人は「それじゃあわれわれはなにを信じたらいいの?」というところが宙ぶらりんになったんですね。
宙ぶらりんになったまま、80年近く過ぎようとしているわけです。
新興宗教もなんとなく怖いし、かといって葬式仏教も嫌気がさしてるし、なんだかなあ、といいながら、朝テレビで星座占いをみるようなのだってスピリチュアルで、プレ宗教みたいなものです。
みんながなにかひとつの信仰を持つ、ということがなくて、まとまらない。
お寺でお葬式をあげて、神社でお参りして、クリスマスパーティをする、なんて節操のなさにも、特に抵抗を感じることもありません。
なので、宗教的価値観に基づかないなんにでも転生しちゃう物語がジャンル化したり、ゲームのキャラクターには世界中の神様がやたらと出てくる、なんてことが起こってしまう。
それがわるいといってるんじゃないですよ。むしろよいことで、世界に例のない価値観だとおもっています。
人間はなにかを信仰せずにはいられない生き物だとおもっていますが、ぼくの場合も日本人であることをいいことに、特定の信仰に入信することもせず、つまみ食い的にいろいろとかじっては、なるほどなあ、なんてことをやりながら、だましだましその日を暮らしています。
そういう信仰の態度が許されている戦後日本の風土は、よいものだともおもっているのです。
#与太話
きょうの午前中は、収穫作業と、葉野菜の防除。敷地の除草剤散布。
除草剤散布はまだ1/3すませただけなので、夕方に残りをやります。
炎天に20kgの噴霧器を担いでの1万歩コースです(笑)
#野菜
除草剤散布はまだ1/3すませただけなので、夕方に残りをやります。
炎天に20kgの噴霧器を担いでの1万歩コースです(笑)
#野菜