2023年8月8日の投稿[3件]
いい情報をみつけたので、共有します。
https://www.maff.go.jp/j/seisan/kankyo/h...
https://www.ja-nishikasugai.com/02_jisse...
不織布と寒冷紗はそれぞれ役割が違うんですが、寒冷紗は遮光性があるものの防虫性が弱く、またべた掛けができないのが悩みでした。
べた掛けってものすごくラクなんですよ。
畝に直接かけて、ピンで抑えるだけなので。
春の葉野菜栽培では安い不織布のべた掛けで虫害予防は問題ありません。
しかし一般的な不織布だと、夏には遮光効果がないどころか保温効果が強くて、野菜が蒸し焼きになってしまいます。
でもこのPDFとJAの情報をみると、日石ワリフであれば色を工夫すれば遮光効果と防虫効果が得られることがわかりました。
これなら夏の葉野菜栽培にべた掛けが可能です。
1.2m幅の100mで1万5千円ほどと、高価な資材ではありますが、これで夏野菜栽培がうまくいくなら投資する価値はあります。
来年試しに、日石ワリフの黒か銀を利用して、べた掛けで夏の葉野菜栽培にチャレンジしてみようとおもいます。
#野菜
https://www.maff.go.jp/j/seisan/kankyo/h...
https://www.ja-nishikasugai.com/02_jisse...
不織布と寒冷紗はそれぞれ役割が違うんですが、寒冷紗は遮光性があるものの防虫性が弱く、またべた掛けができないのが悩みでした。
べた掛けってものすごくラクなんですよ。
畝に直接かけて、ピンで抑えるだけなので。
春の葉野菜栽培では安い不織布のべた掛けで虫害予防は問題ありません。
しかし一般的な不織布だと、夏には遮光効果がないどころか保温効果が強くて、野菜が蒸し焼きになってしまいます。
でもこのPDFとJAの情報をみると、日石ワリフであれば色を工夫すれば遮光効果と防虫効果が得られることがわかりました。
これなら夏の葉野菜栽培にべた掛けが可能です。
1.2m幅の100mで1万5千円ほどと、高価な資材ではありますが、これで夏野菜栽培がうまくいくなら投資する価値はあります。
来年試しに、日石ワリフの黒か銀を利用して、べた掛けで夏の葉野菜栽培にチャレンジしてみようとおもいます。
#野菜
きょうは午前中に裏山の草刈り。
自走式草刈り機の修繕がもうすこし先になりそうなのと、曇り空で動きやすかったので、ちょうどいい運動になりました。
で、午後は昼寝して、また家の法面の草刈り。
水やりをしたけど、葉野菜はもう防除しても穴だらけでダメっぽいです。ベカナだけはもう少し様子見しますが、チンゲンサイはもうダメ。
オクラはきょうは9袋ぶんとれて、いま花盛りなので、お盆あたりにはここから2~3倍いけそうです。
最悪の状態の苗が、脇芽を出して生き延びてくれたおかげです。
#野菜
自走式草刈り機の修繕がもうすこし先になりそうなのと、曇り空で動きやすかったので、ちょうどいい運動になりました。
で、午後は昼寝して、また家の法面の草刈り。
水やりをしたけど、葉野菜はもう防除しても穴だらけでダメっぽいです。ベカナだけはもう少し様子見しますが、チンゲンサイはもうダメ。
オクラはきょうは9袋ぶんとれて、いま花盛りなので、お盆あたりにはここから2~3倍いけそうです。
最悪の状態の苗が、脇芽を出して生き延びてくれたおかげです。
#野菜
筒井康隆という人は、知性と狂気と笑いが混在するような気色のわるい小説を書くのですが、実際に当人に会った人からすると、極めておだやかな紳士で、人当たりの良い人物だというのです。
かなりむかしに読んだものなので記憶があいまいですが、ある書評で、筒井氏は小説で狂気を発散することで、穏やかな日常を過ごせているのではないかという分析がなされていました。
ぼくにもそういうところがある……というか、逆にそういう振り子の作用のない人間などこの世にいるのだろうか、とおもっています。
実生活をマジメにやればやるほど、どこかでフマジメなじぶんを吐き出す場所が必要でしょう。
この不完全で理不尽な社会の中で、まったく精神が振れずに適応できるような人は、そのほうがどこか病的におもえるのですが、いままでぼくが実際に接した人で、振れ幅なしに生きている人はひとりとしていませんでした。
その点、ここはほんとうによい場所で、ぼくは振り子の反作用で一時的な非常識を楽しんで憂さ晴らしをすることもできるし、またごく素直に良識人としてあることもできます。
ぼくの精神性の振り子を正常に作用させるために必要であれば、人が眉をひそめるようなことも書きますが、おおむねそれらも、ほんとうの非常識人からすれば、物足りないくらい良識的だろうとおもいます。
それがぼくの限界です。
#与太話
かなりむかしに読んだものなので記憶があいまいですが、ある書評で、筒井氏は小説で狂気を発散することで、穏やかな日常を過ごせているのではないかという分析がなされていました。
ぼくにもそういうところがある……というか、逆にそういう振り子の作用のない人間などこの世にいるのだろうか、とおもっています。
実生活をマジメにやればやるほど、どこかでフマジメなじぶんを吐き出す場所が必要でしょう。
この不完全で理不尽な社会の中で、まったく精神が振れずに適応できるような人は、そのほうがどこか病的におもえるのですが、いままでぼくが実際に接した人で、振れ幅なしに生きている人はひとりとしていませんでした。
その点、ここはほんとうによい場所で、ぼくは振り子の反作用で一時的な非常識を楽しんで憂さ晴らしをすることもできるし、またごく素直に良識人としてあることもできます。
ぼくの精神性の振り子を正常に作用させるために必要であれば、人が眉をひそめるようなことも書きますが、おおむねそれらも、ほんとうの非常識人からすれば、物足りないくらい良識的だろうとおもいます。
それがぼくの限界です。
#与太話