2023年10月25日の投稿[1件]
考え込んだあげく、サトイモを届け物に。
ぼくの思考パターンだと、それはそれ、これはこれ、で仕分けしているのだけど、ぼくの行動はおそらく一般常識とズレているだろうとおもっています。
だから、先方は戸惑うことでしょうし、不審にもおもわれることでしょう。
ただ、以前の約束事でもあったので、どうもこういうことを放っておくのは、気持ちがわるいんですよね。
ぼくの気持ちの収まりどころがわるい、という話なので、単なる自分勝手です。
で、単なる自分勝手なので、先方にはこれ以上気をつかわせたくない。
こういうじぶんの考え方のクセを、もうちょっとぼく自身が理解して、変えなければならないところがあるようにもおもえるんですが、たぶんもうこのクセは一生抜けないんじゃないかな、という気もします。
古典落語に『井戸の茶碗』という演目があります。
浪人の武士が、お人よしの屑屋を呼び止めて、小さな仏像をお金に換えてほしい、といいます。
正直者の屑屋は、じぶんは目利きができないから、こういうものは買えないと答えました。
しかしその正直なところがかえって気に入った浪人は、いくらでもいいから買ってもらいたいと持ち掛けます。
とうとう屑屋も折れて、200文で仏像を買い、もしそれ以上の値段で売れたら折半しようということになりました。
その後、屑屋が仏像をかごに入れて歩いていると、ある武士がそれをみて興味を持ち、事情を聞いたうえで、300文で買ってくれました。
屑屋は喜んで、50文ずつ浪人と折半したんですが、そこからおかしなことになります。
ある日、武士が仏像を手入れしていると、なんと仏像の中から50両もの大金が出てきたのです。
しかしこの武士が頑固者でした。
「わしが買ったのは仏像であって、50両ではない。この金は屑屋に返さねばならん」
そういって、屑屋を呼び出したのです。
ワケを聞いた屑屋は50両を浪人に渡しに行きました。
しかし今度は浪人が「たとえ仏像に50両が入っていたとしても、それに気づかなかったのはわしの不始末。わしはもう売ったのだ。受け取るわけにはいかない」といって、屑屋を困らせます。
……と、話はまだ二転三転するんですが、ぼくが言いたいのは、この落語の浪人も武士も、ヘンに頑固なところがあって、その頑固さゆえに人を巻き込んで困らせるという点です。
ぼくもそういうところがあって、関西弁でいえば「そんなんもうよろしがな」ということをわざわざやって、相手を困らせてしまう。
わかってるなら、どこかで妥協してしまえばいいのだけど、そうすると座りがわるい、という点は、この落語の登場人物も似てるような気がするな、と。
ぼくの思考パターンだと、それはそれ、これはこれ、で仕分けしているのだけど、ぼくの行動はおそらく一般常識とズレているだろうとおもっています。
だから、先方は戸惑うことでしょうし、不審にもおもわれることでしょう。
ただ、以前の約束事でもあったので、どうもこういうことを放っておくのは、気持ちがわるいんですよね。
ぼくの気持ちの収まりどころがわるい、という話なので、単なる自分勝手です。
で、単なる自分勝手なので、先方にはこれ以上気をつかわせたくない。
こういうじぶんの考え方のクセを、もうちょっとぼく自身が理解して、変えなければならないところがあるようにもおもえるんですが、たぶんもうこのクセは一生抜けないんじゃないかな、という気もします。
古典落語に『井戸の茶碗』という演目があります。
浪人の武士が、お人よしの屑屋を呼び止めて、小さな仏像をお金に換えてほしい、といいます。
正直者の屑屋は、じぶんは目利きができないから、こういうものは買えないと答えました。
しかしその正直なところがかえって気に入った浪人は、いくらでもいいから買ってもらいたいと持ち掛けます。
とうとう屑屋も折れて、200文で仏像を買い、もしそれ以上の値段で売れたら折半しようということになりました。
その後、屑屋が仏像をかごに入れて歩いていると、ある武士がそれをみて興味を持ち、事情を聞いたうえで、300文で買ってくれました。
屑屋は喜んで、50文ずつ浪人と折半したんですが、そこからおかしなことになります。
ある日、武士が仏像を手入れしていると、なんと仏像の中から50両もの大金が出てきたのです。
しかしこの武士が頑固者でした。
「わしが買ったのは仏像であって、50両ではない。この金は屑屋に返さねばならん」
そういって、屑屋を呼び出したのです。
ワケを聞いた屑屋は50両を浪人に渡しに行きました。
しかし今度は浪人が「たとえ仏像に50両が入っていたとしても、それに気づかなかったのはわしの不始末。わしはもう売ったのだ。受け取るわけにはいかない」といって、屑屋を困らせます。
……と、話はまだ二転三転するんですが、ぼくが言いたいのは、この落語の浪人も武士も、ヘンに頑固なところがあって、その頑固さゆえに人を巻き込んで困らせるという点です。
ぼくもそういうところがあって、関西弁でいえば「そんなんもうよろしがな」ということをわざわざやって、相手を困らせてしまう。
わかってるなら、どこかで妥協してしまえばいいのだけど、そうすると座りがわるい、という点は、この落語の登場人物も似てるような気がするな、と。