山麓王国

2024年1月29日の投稿3件]

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1291
市川猿之助の件は、ぼくにはほとんどわかりません。

梨園のことは門外漢であり、田舎に暮らしていると理解のとっかかりそのものがありません。

何年も前に、テレビに出ている姿は見たことがありますし、問題が起こったときにはニュース記事を読みましたが、その後なにがあったのかよくわかっていないのです。

自殺幇助か殺人か、ということも、ぼくにはわかりかねます。



話が本筋からずれるとおもうんですが、歌舞伎の場合はお客さんを呼べる千両役者であれば、殺人者だろうが薬物中毒者だろうが(法的な問題さえクリアしているのなら)舞台には上がれるのではないでしょうか。

あとはお客さんがどう判断するか、ということですが、歌舞伎だけは、役者がむかしのようになにをやっても大丈夫、と胸を張っていられる時代なのかは疑問です。

個人的にはもう、いかに伝統芸能だろうと、江戸時代の常識を現代に引きずるようなことはもう通用しないとおもっていますが、そのあたりは歌舞伎界の「かのように」のはしごがはずされる時代が来るかどうかでしょう。

歌舞伎役者だけは治外法権である「かのように」、客が扱っているうちは大丈夫。

大丈夫であるうちは、なんだか盤石なようにおもえるし、この状況がひっくり返るなんてありえないだろう、と考えがちです。

でも、「かのように」のはしごは、時代がくればあっさり外れるんですよね。

ギズモさんがおっしゃりたいのが、歌舞伎関係者が猿之助を殺人者ではない「かのように」扱っているのではないか、という話であれば、申し訳ないんですがぼくにはよくわかりません。



ぼくが「返信に困るであろう話」と言ったのは、京アニ事件のような時事問題を取り上げて会話のタネにするというようなことは、センシティブだとおもったからです。

ギズモさんは、そういう話を避けたいとおもうかもしれないとおもったのです。

一般的に、会話の際にこういう話はしないほうがいい、という例がありますよね。

たとえば政治の話。
たとえば野球の話。

みんなちがった正義があったり、熱くなりやすかったりで、ケンカになりがちな話題です。

……あとわれわれは宗教の話をしますが、これもしないほうがいいといわれます。

そういう話はできるだけ避けて「きょうはええ天気でんな」というような他愛ないことを話すのが、おだやかに会話するコツだといいます。

その点、京アニ事件について考察を深めていくような話は非常に微妙で、返事に困るだろうなとおもったのです。

ただ「かのように」を説明するには格好の時事問題で、取り上げずにいられませんでした。
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ごめんなさい、私の完全な理解不足でした。
読解力のなさにあきれています・・・。
「返信に困るであろう話」、とあったので、責任能力と統合失調症のことだと思い込んでいました。

読み間違いと的外れな返信は、自分が恥ずかしいだけではなく、書いた人にとってはひどくがっかりすることだと思います。
本当に失礼しましたm(_ _"m)

1287で私が書いたことは、忘れてください(笑)←笑ってる場合ではないですが。


「かのように」の新しい例、ありがとうございます。
おもい込み(常識)というのは、徐々に変わっていくのではなく本当にあっという間に覆るものなんですね。

正直なところ、「返信に困る」という意味は、いまだによくわかりません。
さらに正直なところ、今度は農園主さんが伝えたかったことがきちんと理解できたつもりでも、ではどう返信するかと言うと、「これ」というものがないのも本当です。

「かのように」は、いい意味合いではないんですね。
責任能力があったかのように、神話がほんとうであるかのように、文春が報じるような性交などはなかったかのように・・・。
そしてもっと時代が進化しても「かのように」はなくならない。

コロナ禍の事もそうなのかもしれない、と思いました。
ワクチンによる(らしい)重篤な副作用や死者が相当数出ていても、それはなかったかのように大きくは報道されず(または情報操作され)、ワクチンを正当化したということ。
緊急事態宣言による、外出自粛や休業要請が必要不可欠かのように行われたことなど。

「かのように」という宗教、これを信じたくなくても、それが常識となっていれば黙殺せざるを得ないというのがわかります。

芸能人でも政治家でも、権力を手に入れると、いろいろなことに使いたくなるのでしょうね。
昭和天皇の例で、マリー・アントワネットのことが思い浮かびました。
昭和天皇とは逆で、じぶんの立場に執着し、国民の熱狂に気分をよくする典型的なタイプだったから、断頭台という末路になったのではないかと思います。

話が逸れますが(いつもです・・・)
松本人志は、女性問題で芸能界を追放されるかもしれない立場になっています。
でも、女性を傷つけたかもしれないけれど(同意だったように思いますが)人を殺したわけではない。

一方で、市川猿之助は、親の自殺幇助で罪に問われました。
幇助ということですが、私はたぶん親の同意などなかったものだと思っています。
大の猿之助ファンなのでそうは思いたくないですが、そうとしか思えない状況です(報道された範囲での推測ですが)

あれはたぶん、なんらかの事情で、殺人ではなく幇助だったかのように仕立てたように思うんですよね。
それはなぜ?ということになると、猿之助の、他の人では代えられないたぐいまれな才能を惜しむ、手心だったのではないかと。
ただ、猿之助もあの世界ではかなりの暴君だったという話もあるので、人柄が加味されているのかどうかはわかりませんし、伝統芸能だからという見方もできるかもしれません。

でももし、藤原紀香の夫である愛之助(紀香ファンだったらごめんなさい)クラスの役者なら、執行猶予などの情状酌量があったかどうか疑問です。


松本人志の権力が、取り戻せるか、芸能界引退・休業になるかは、職業というより、人柄、権力のつかい方が影響するように思えますが、それはお笑い業界を歌舞伎より下に見ているわけではありません。
歌舞伎は、わざわざお金を払って観に行くのに対し、お笑いは、観に行くこともあるでしょうが、普段から誰でも気軽にテレビで観られるものなので、いいも悪いも万人に影響力が大きいように思います。
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「かのように」の例をさらに続けます。

松本人志の件においては、松本人志サイドは文春が報じるような性交などはなかった「かのように」したかったのでしょう。

社会的に、松本人志には「あんなにおもしろい人だし、必要とされてる人なのだから、多少の逸脱行為くらい許してやろう」というようなおもい込み(常識)が形成されていた。

少なくとも数年前まではこの常識が世間に通用していたわけで、そこを利用したかった。

ほんとうは社会倫理に逸脱した性行為くらいあるだろう、とみんなおもっていたけど、社会全体でなかった「かのように」ふるまってくれる、というわけです。

しかしそのはしごがはずされました。



たとえば敗戦によって戦後、天皇は人間宣言をし、国民のだれもが「天皇は神じゃない」と言えるようになりました。

ほんの数年前まで、天皇は神ではない、というホンネをいうと危険思想だと取り締まられていたのに、はしごは突然はずれます。

時代というのは社会に根付いていた常識を、あっという間に非常識にしてしまうんですよね。

しかし昭和天皇は賢帝だったので、最終的には国体は護持され、天皇制は軟着陸したといえます。

もし昭和天皇が軍事独裁体制に安易に乗っかって勇ましいことをいい、じぶんの立場に執着し、国民の熱狂に気分をよくするような暗君だったら、天皇制は廃止されていたことでしょう。

では、松本人志は賢帝だったのか、暗君だったのか。



これはお笑いの能力が高い、低いの話ではなくて、……もっといえばオンナ遊びの是非ということも話のオマケみたいなもので、これは人間が権力を手にしたときの、権力のつかい方の問題なのだとおもっています。

権力のつかい方の中に、女性の扱い方も含まれていたというだけの話です。

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