山麓王国

2025年2月8日の投稿1件]

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詳しいご病状を知らないのに、食事で軽快すると思うなどと、軽々しいことを書いてしまい申し訳なかったです。

納豆のように簡単に食べられるものでも、食べ続けるのはなかなか厄介なことですよね。
精神的な負担になっては却ってよくないし、ほどほどでいいのかもしれません。

今回の記事を読ませていただき、一神教の国と違い、日本人というのは本当にありとあらゆる神仏に祈れる民族なんだな、と改めて感じます。
神様仏様だけでなく、道端の石ころや太陽、月、木々、葉や花、川に海など、森羅万象に感謝の念を抱き、拝むことができるのは、日本人だけかもしれません。

ありがとう、おかげさまで、の心にもつながっているように思います。

寺社仏閣は祀ってある神仏がそれぞれ違うのに、こだわらずに参拝する人は多いですよね。
ここはオオクニヌシだからやめようとか、観音様だからやめようとか、そんな人はあまりいないと思います。
これは、八百万の神、仏様など、祈る対象がたくさんあることや、「宗教」「信仰」という、あらたまった向き合い方をしない、日本人独特の宗教感だと思えます。

「おかげまいり」のことからふと思ったのですが、ご祭神の天照大神を理解してはるばる行ったのか、とてもありがたい神様がいらっしゃる神社だから行こうと思ったのか、そのあたりはどうなんだろうと。

そんなことを突き詰めるつもりはないのですが、現代にしても、「伊勢神宮」だから行こう、という認識なんだろうと思えます。


一神教やエジプト、ギリシャ神話などの、わかりやすく詳しいお話をありがとうございます。

『当時の中東やヨーロッパで覇権が移り変わる中で、信じられていた神が政治権力に組み込まれて、徐々に融合していくのはおもしろい現象です』
これは本当に興味深いことですね。
日本だと、仏教が入ってきた時も、それを政治に利用してきたし、神道にしてもそういったことがあったかと思います。

日本は雑多な宗教が入り混じっていますが、一神教の国であれば、また日本とは違う経緯があったのでしょう。

どの国でも、政治と宗教は切り離せないところがあるわけですね。

そういえばトルコは、イスラム圏でありながら、政治と宗教を分断した歴史がありましたね。
東洋と西洋の文化が入り混じる、不思議な国です。

神仏は、一般的には見えないし、声も聞こえません。
それは、どんなに熱心な信者であっても、神仏を信じない人であっても、同じことでしょう。

結局は、唯物論のように、自分の心が作り出しているということになってしまうのでしょうが、見えないものを信じ、すがり、支えにして生きていくことができるのは、人間の特権かもしれませんね。

『洋の東西、宗教の違いにかかわらず、われわれはじぶんの生き死にを、目に見えない大きな存在にゆだねて安心していた』
人間として生まれてきた以上、このように生きていきたいと思います。


今年は節分・立春が一日ばかり早かったですね。
恒例の(笑)、吉方位へのプチ旅行に、2泊で行ってきました。

北が吉方位のひとつだったので、近場ですが、宇都宮の「二荒山神社」にお参りしてきました。
ここは、日光東照宮のそばの二荒山神社(ふたらさん)と同じ字を書きますが、「ふたあらやま」というそうです←ややこしい・・・。

本殿に行く階段が95段ということでしたので、楽して脇の女坂から行こうとしましたが、初めてのお参りでしかも立春。
心と体に鞭打って、階段から上がりました。

30代くらいの人たちもふうふう言ってましたので、私だけじゃないです(笑)

この時神様に、「私、一生懸命上ってますよ」的なことを心の中でお話していたのですが、上がりきったとたん、曇っていたのに、サーっと陽が差してきたのは、とてもありがたい気持ちでした。
神様が「よしよし、がんばって上ったからご褒美じゃ」と言った、、かも(笑)


初めてだったのですが、なんとなくいい気を感じたので、ご祈祷を申し込みました。
30分に一度あるのですが、私の回は、私一人で、ラッキーでした。

今どきは畳の上でも椅子が置かれていますが、こちらの神社の本殿では畳に正座ということで、しびれたらどうしようと悩んでいるうち、あっという間に終わりました(笑)

次の日は栃木県立美術館に行きました。
県立美術館は、どこでも、その県出身の作家がメインですので、あまり知らない人ばかりでしたが、著名な画家や外国人の絵もあり、けっこう楽しめました。
とってもひまな静かな美術館で、私の他、ふたりしか見かけませんでした。

帰ろうとして、ふと外を見たら、なんと雪が降っていました!!
1時間ほどでやみましたが、東京ではこの冬降りそうもないので、ラッキーでした。

写真をご覧いただくとわかると思いますが、鳥居を入ってすぐのところに赤いお賽銭箱が置いてあります。
宇都宮の慣習かと思っていましたが、今、投稿するにあたり、理解できました。
階段はもちろん、女坂から上っても、本殿まで参拝に行くのはおっくうなこともあるので、上まで行かなくてもいいから、とりあえずここでお参りしてお賽銭を入れていきなさい、という意味なのでしょうね(笑)

毎日通る近所の方々には、とても合理的なシステムだと思いました(毎日通っても毎日お賽銭は入れないでしょうが)。


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