2025年5月11日の投稿[1件]
ぼくはむかし、求人広告の制作部門の深夜勤務で働いていたのですが、職場に、Wさんという方がいました。
当時のぼくよりひと回り上の先輩でした。
Wさんは深夜勤務をこなしたあと、じぶんの独立した仕事として営業と広告制作をしてフライヤーをつくり、ポスティングをこなすというダブルワークをしていたんです。
一日に3時間しか寝る時間がなかったそうですが、月収は50万程度あったといいます。
しかし以前に離婚されていたようで、養育費を振り込んでいたようです。
カラダはガリガリでしたが気力は充溢しており、明朗な人格だったこともあり、そのうち職場で深夜リーダーとなりました。
あるときWさんと、大阪梅田でサシで飲む機会があったのですが、じつはリーダーになったあたりから、会社の人間関係がうまくいかなくなったことでうつ病になっていたことを明かされました。
たしかにリーダーになってからのWさんはメンタルが安定せず、急にイライラしたかとおもうと、元気がなくなってしまったり、ふだんのユーモアも失われがちだとはおもっていました。
じつはぼくはWさんの後を継いでリーダーになったので、50人の制作チームの人事や進捗を管理し、嫌われ者になる心労はわかるつもりです。
やりがいもあるし、給料だってたくさんもらえて、いい立場ではあるんですが、同時に職場に渦巻く不満の捌け口になり、かれらの不満の矢面に立つ仕事でもありました。
もちろん会社全体でみればリーダーは課長補佐より下の役職です。
しかし深夜勤務の中ではリーダー職が事実上のトップになるので、そこより上の役職がいません。
職場の不満をぶつけられる相手はリーダーしかいないので、サンドバッグになるしかありません。
Wさんがうつ病だった時期、職場の仲間でカラオケに行く機会がありました。
で、Wさんが歌っているときにぼくが携帯で撮影した写真なんですが、完全に映っていたんですよね。
薄暗いカラオケボックスの部屋で、歌を歌ってるWさんの横にはっきりと人の顔がある。
むかしの画質のわるい携帯の写メでしたが、それでも後にも先にもあんな完璧な……いわゆる心霊写真は初めてで、同僚たちに見せると悲鳴をあげて「なにこれ!?」といいました。
同時にみんな、さすがに心霊写真のようなものを本気でとりあうわけにもいかず、まさかなあといった雰囲気。
でもはっきり写った顔に、これだという説明ができる人もいませんでした。
当のWさんは根っからそういったことを信じない人でしたから、ネタとして笑った以外に、深刻にとらえるようなことはありませんでした。
この話はこれで終わりです。
いわゆる怖い話にできるような後日談があるわけでもなし、物語的なカタルシスもありません。
結局その方はしばらくして会社をやめて、ぼくが後を引き継ぎましたが、ぼくもその後職場をやめました。
いまWさんもぼちぼち還暦を迎えるころでしょうが、どうされているかは知る由もありません。
個人的にはいまの時代、うつ病になるということは人間が社会活動をするうえでの通過儀礼のようなものだとおもっています。
社会にマジメに向き合っている人ほど、不条理にもまれ、じぶんのおもっていたようにいかない人生に打ちのめされ、憂鬱に飲まれてしまいます。
この社会で生きるために必死になって、別れた家族に養育費を払いながら、すこしでも豊かな暮らしを手に入れるために、寝る時間を削ってやせっぽちで頑張っておられたWさんを、心霊と関連付けるのは気の毒なことです。
ですがやっぱり、あの不気味な写真と、あのころのWさんの状況を、因縁づけて考えたくなる気持ちもあるにはあるのです。
ギズモさんが精神科医さんとのエピソードをおっしゃってくれたおかげで、ぼくの中にもそういう心のせめぎ合いがあったのだと気づかせていただきました。
この話は、たまたまギズモさんの話から似たような経験、古い思い出がよみがえってきたというだけのことです。
ギズモさんを責めているのではないことは、付け加えておきます。
薬とうつ病の関係について、いろいろな情報を教えていただきありがとうございます。
いわゆる酔い止めにもストレス軽減の効能とうつの副作用があるんですね。
幸い言葉が出にくくなる症状はかなり落ち着きましたが、半夏厚朴湯はちょうどぼくの症状に効きそうな気がします。
そういえば半夏厚朴湯という言葉に記憶のひっかかりを感じたので、調べてみました。
半夏はカラスビシャクというサトイモ科の多年生植物の古い名前なんだそうです。
酔い止めとおなじく吐き気(妊婦のつわり)に効いたり、精神安定の効能があるといいます。
本来食用にならない植物ですが、この根っこを加工して入念にアク抜きすると薬草になるということです。
7月に入ってすぐ、カラスビシャクが芽を出すころを「半夏生」と呼ぶそうで、ああそれで親しみがあったのかと納得がいきました。
というのも、近畿圏では半夏生はけっこう有名で、古くは大阪では半夏生にはタコを食べる習慣があったそうです。
いまどきタコを食べる習慣はほぼ廃れましたが、半夏生餅という季節の和菓子があって、こちらは関西のスーパーや和菓子屋でみかけます。
むかしは麦と米の二期作でしたから、田植えは麦の収穫が終わった後の6月に始めて、11月に刈り取って麦をまくというサイクルでした。
ですから半夏生は田植えが終わって7月の梅雨時期に入り、ホッとひと息ついた時期の、農村におけるささやかなお祭りだったのでしょう。
芝桜のきれいな写真、武甲山の写真をありがとうございます。
人類の文明は道具をつかうところから始まりますが、鉄鉱石鉱山から鉄鉱石を採掘するようになったのが、「山を切り崩してじぶんたちの道具を得る」暮らしのはじまりでしょう。
古墳時代には、島根県(出雲)のあたりで鉄穴流し(かんなながし)といって、山を削ってこの土砂を水に流し、土に含まれる砂鉄を採取するやり方で鉄を採集していました。
農具、武具、民具にと、当時の鉄の需要はすでに全国規模のものでしたが、出雲のたたら製鉄は鉄製品の需要を支える一大産業だったのです。
ちなみにたたら製鉄を行うには、莫大な薪を必要としました。
出雲地方は湿潤な気候に恵まれていたため、山をひとつ丸裸に伐採し、また木の苗を植樹しておけば、20年のサイクルでじゅうぶんな大きさの木に生長したといいます。
この木々が育ちやすい気候がなければ、当時の製鉄における莫大な燃料はまかなえませんでした。
すでに当時から、人間の道具をつくるために一定の環境破壊は行われていたということですね。
有史以来人類は自然環境を利用して文明を強力に推進してきたのですが、石灰山が大きく切り崩されるようになったのはコンクリート需要や農業肥料の需要が急増した近代からですね。
近代になって一気に採掘が進んだという極端な例としては、太平洋のナウル島のリン鉱石採掘が有名です。
この小さな島はもともとサンゴ礁が隆起してできたのですが、そこにアホウドリが集まるようになり、糞が堆積しました。
鳥のフンにはリンが多く含まれていますが、ナウルではアホウドリの糞が長い期間かけて化石化してリン鉱石の島となったのです。
リンの使い道は多く、特に農業肥料の分野では欠かせません。
ナウルでは19世紀後半からリン鉱石の採掘がはじまりました。
1968年にはナウル共和国として独立。一時は世界一裕福な国となりましたが、1990年代にはリン鉱石が枯渇。
独立から数えれば、ほんの四半世紀の栄華でした。
現在では経済が崩壊し、漁業権の販売や観光業の振興に努めているということですが、自給自足もむずかしい島ですから、先行きが明るいとはいえません。
ナウルの資源枯渇問題は、将来の人類全体がたどる問題でもあります。
原油もいずれは枯渇しますし、世界中の山々から鉱石を採掘することだって、いつまでもやっていけるわけではありません。
リサイクルをするにしたって、その機械をつくるのに原油や鉱石などの資源が必要であり、現代文明社会の永続性について、人類は非常に危うい綱渡りをしています。
衣食住足りて人間は理性を保てますが、いざ資源が枯渇すれば、みんなじぶんに利益を引っ張るために戦争でも人殺しでも略奪でも、なんだってやることでしょう。
みんな仲良く、世界人口を計画的に減らしながら、残された資源と文明をうまく利用して永続させていく、なんてお行儀のいいことは、おそらく人類にはできません……いま現在できていないのだから、将来もできるはずがありません。
ギズモさんが武甲山をご覧になって、モーセの十戒の祭壇を想起されたという話は、ぼくとは解釈がちがうとはおもうのですが、ほんとうにそうだと感じました。
モーゼがシナイ山で創造主ヤハウェから授かったという十戒の、最後の戒めは「隣人の家を欲しがってはならない」ですね。
「隣人の家を欲してはならない。隣人の妻、男女の奴隷、牛、ろばなど隣人のものを一切欲してはならない」
この隣人という言い回しを地球規模にまで拡大解釈していくと、われわれは、地球の先輩たちが数十億年かけて残してきた「家」……つまり化石燃料や鉱石資源を、消費しつくすほどに貪って、戒めをないがしろにしています。
山体が変わるほど削られた山が、自然に元の山体に戻ることはありませんし、近い将来(といってもまだしばらくはもつでしょうが)、原油が枯れてしまえば、あらたに何十億年も動植物の死骸が積み重なって石油化しない限り、原油資源が復活することもありません。
モーセはシナイ山で神から石板を授かりました。
が、地上の人々はモーセがなかなか戻ってこないため、待ちきれずにあたらしい神の像(黄金の子牛)をつくってしまいます。
神はそのことを知って激怒しました。
モーセは急いで山を下り、黄金の子牛を焼き払うと、子牛を礼拝していた人々を皆殺しにします。
この黄金の子牛はモーセ(十戒)を待ちきれずに資本主義、拝金主義に走った人間の愚かさになぞらえているというのですが、当時から人間はこのような行き過ぎた貪りを繰り返していたから、戒めが必要だったのでしょう。
ギズモさんの武甲山の写真を拝見しながら、ぼくはついそんなことを考えていました。
ちなみにぼくは、いまの人類の文明では地球環境を破壊することから逃れることはできないとおもっています。
でもいつか科学技術の発展によって、環境破壊から環境再生優位となり、永続性のある人間社会が訪れることを、一縷の希望としています。
当時のぼくよりひと回り上の先輩でした。
Wさんは深夜勤務をこなしたあと、じぶんの独立した仕事として営業と広告制作をしてフライヤーをつくり、ポスティングをこなすというダブルワークをしていたんです。
一日に3時間しか寝る時間がなかったそうですが、月収は50万程度あったといいます。
しかし以前に離婚されていたようで、養育費を振り込んでいたようです。
カラダはガリガリでしたが気力は充溢しており、明朗な人格だったこともあり、そのうち職場で深夜リーダーとなりました。
あるときWさんと、大阪梅田でサシで飲む機会があったのですが、じつはリーダーになったあたりから、会社の人間関係がうまくいかなくなったことでうつ病になっていたことを明かされました。
たしかにリーダーになってからのWさんはメンタルが安定せず、急にイライラしたかとおもうと、元気がなくなってしまったり、ふだんのユーモアも失われがちだとはおもっていました。
じつはぼくはWさんの後を継いでリーダーになったので、50人の制作チームの人事や進捗を管理し、嫌われ者になる心労はわかるつもりです。
やりがいもあるし、給料だってたくさんもらえて、いい立場ではあるんですが、同時に職場に渦巻く不満の捌け口になり、かれらの不満の矢面に立つ仕事でもありました。
もちろん会社全体でみればリーダーは課長補佐より下の役職です。
しかし深夜勤務の中ではリーダー職が事実上のトップになるので、そこより上の役職がいません。
職場の不満をぶつけられる相手はリーダーしかいないので、サンドバッグになるしかありません。
Wさんがうつ病だった時期、職場の仲間でカラオケに行く機会がありました。
で、Wさんが歌っているときにぼくが携帯で撮影した写真なんですが、完全に映っていたんですよね。
薄暗いカラオケボックスの部屋で、歌を歌ってるWさんの横にはっきりと人の顔がある。
むかしの画質のわるい携帯の写メでしたが、それでも後にも先にもあんな完璧な……いわゆる心霊写真は初めてで、同僚たちに見せると悲鳴をあげて「なにこれ!?」といいました。
同時にみんな、さすがに心霊写真のようなものを本気でとりあうわけにもいかず、まさかなあといった雰囲気。
でもはっきり写った顔に、これだという説明ができる人もいませんでした。
当のWさんは根っからそういったことを信じない人でしたから、ネタとして笑った以外に、深刻にとらえるようなことはありませんでした。
この話はこれで終わりです。
いわゆる怖い話にできるような後日談があるわけでもなし、物語的なカタルシスもありません。
結局その方はしばらくして会社をやめて、ぼくが後を引き継ぎましたが、ぼくもその後職場をやめました。
いまWさんもぼちぼち還暦を迎えるころでしょうが、どうされているかは知る由もありません。
個人的にはいまの時代、うつ病になるということは人間が社会活動をするうえでの通過儀礼のようなものだとおもっています。
社会にマジメに向き合っている人ほど、不条理にもまれ、じぶんのおもっていたようにいかない人生に打ちのめされ、憂鬱に飲まれてしまいます。
この社会で生きるために必死になって、別れた家族に養育費を払いながら、すこしでも豊かな暮らしを手に入れるために、寝る時間を削ってやせっぽちで頑張っておられたWさんを、心霊と関連付けるのは気の毒なことです。
ですがやっぱり、あの不気味な写真と、あのころのWさんの状況を、因縁づけて考えたくなる気持ちもあるにはあるのです。
ギズモさんが精神科医さんとのエピソードをおっしゃってくれたおかげで、ぼくの中にもそういう心のせめぎ合いがあったのだと気づかせていただきました。
この話は、たまたまギズモさんの話から似たような経験、古い思い出がよみがえってきたというだけのことです。
ギズモさんを責めているのではないことは、付け加えておきます。
薬とうつ病の関係について、いろいろな情報を教えていただきありがとうございます。
いわゆる酔い止めにもストレス軽減の効能とうつの副作用があるんですね。
幸い言葉が出にくくなる症状はかなり落ち着きましたが、半夏厚朴湯はちょうどぼくの症状に効きそうな気がします。
そういえば半夏厚朴湯という言葉に記憶のひっかかりを感じたので、調べてみました。
半夏はカラスビシャクというサトイモ科の多年生植物の古い名前なんだそうです。
酔い止めとおなじく吐き気(妊婦のつわり)に効いたり、精神安定の効能があるといいます。
本来食用にならない植物ですが、この根っこを加工して入念にアク抜きすると薬草になるということです。
7月に入ってすぐ、カラスビシャクが芽を出すころを「半夏生」と呼ぶそうで、ああそれで親しみがあったのかと納得がいきました。
というのも、近畿圏では半夏生はけっこう有名で、古くは大阪では半夏生にはタコを食べる習慣があったそうです。
いまどきタコを食べる習慣はほぼ廃れましたが、半夏生餅という季節の和菓子があって、こちらは関西のスーパーや和菓子屋でみかけます。
むかしは麦と米の二期作でしたから、田植えは麦の収穫が終わった後の6月に始めて、11月に刈り取って麦をまくというサイクルでした。
ですから半夏生は田植えが終わって7月の梅雨時期に入り、ホッとひと息ついた時期の、農村におけるささやかなお祭りだったのでしょう。
芝桜のきれいな写真、武甲山の写真をありがとうございます。
人類の文明は道具をつかうところから始まりますが、鉄鉱石鉱山から鉄鉱石を採掘するようになったのが、「山を切り崩してじぶんたちの道具を得る」暮らしのはじまりでしょう。
古墳時代には、島根県(出雲)のあたりで鉄穴流し(かんなながし)といって、山を削ってこの土砂を水に流し、土に含まれる砂鉄を採取するやり方で鉄を採集していました。
農具、武具、民具にと、当時の鉄の需要はすでに全国規模のものでしたが、出雲のたたら製鉄は鉄製品の需要を支える一大産業だったのです。
ちなみにたたら製鉄を行うには、莫大な薪を必要としました。
出雲地方は湿潤な気候に恵まれていたため、山をひとつ丸裸に伐採し、また木の苗を植樹しておけば、20年のサイクルでじゅうぶんな大きさの木に生長したといいます。
この木々が育ちやすい気候がなければ、当時の製鉄における莫大な燃料はまかなえませんでした。
すでに当時から、人間の道具をつくるために一定の環境破壊は行われていたということですね。
有史以来人類は自然環境を利用して文明を強力に推進してきたのですが、石灰山が大きく切り崩されるようになったのはコンクリート需要や農業肥料の需要が急増した近代からですね。
近代になって一気に採掘が進んだという極端な例としては、太平洋のナウル島のリン鉱石採掘が有名です。
この小さな島はもともとサンゴ礁が隆起してできたのですが、そこにアホウドリが集まるようになり、糞が堆積しました。
鳥のフンにはリンが多く含まれていますが、ナウルではアホウドリの糞が長い期間かけて化石化してリン鉱石の島となったのです。
リンの使い道は多く、特に農業肥料の分野では欠かせません。
ナウルでは19世紀後半からリン鉱石の採掘がはじまりました。
1968年にはナウル共和国として独立。一時は世界一裕福な国となりましたが、1990年代にはリン鉱石が枯渇。
独立から数えれば、ほんの四半世紀の栄華でした。
現在では経済が崩壊し、漁業権の販売や観光業の振興に努めているということですが、自給自足もむずかしい島ですから、先行きが明るいとはいえません。
ナウルの資源枯渇問題は、将来の人類全体がたどる問題でもあります。
原油もいずれは枯渇しますし、世界中の山々から鉱石を採掘することだって、いつまでもやっていけるわけではありません。
リサイクルをするにしたって、その機械をつくるのに原油や鉱石などの資源が必要であり、現代文明社会の永続性について、人類は非常に危うい綱渡りをしています。
衣食住足りて人間は理性を保てますが、いざ資源が枯渇すれば、みんなじぶんに利益を引っ張るために戦争でも人殺しでも略奪でも、なんだってやることでしょう。
みんな仲良く、世界人口を計画的に減らしながら、残された資源と文明をうまく利用して永続させていく、なんてお行儀のいいことは、おそらく人類にはできません……いま現在できていないのだから、将来もできるはずがありません。
ギズモさんが武甲山をご覧になって、モーセの十戒の祭壇を想起されたという話は、ぼくとは解釈がちがうとはおもうのですが、ほんとうにそうだと感じました。
モーゼがシナイ山で創造主ヤハウェから授かったという十戒の、最後の戒めは「隣人の家を欲しがってはならない」ですね。
「隣人の家を欲してはならない。隣人の妻、男女の奴隷、牛、ろばなど隣人のものを一切欲してはならない」
この隣人という言い回しを地球規模にまで拡大解釈していくと、われわれは、地球の先輩たちが数十億年かけて残してきた「家」……つまり化石燃料や鉱石資源を、消費しつくすほどに貪って、戒めをないがしろにしています。
山体が変わるほど削られた山が、自然に元の山体に戻ることはありませんし、近い将来(といってもまだしばらくはもつでしょうが)、原油が枯れてしまえば、あらたに何十億年も動植物の死骸が積み重なって石油化しない限り、原油資源が復活することもありません。
モーセはシナイ山で神から石板を授かりました。
が、地上の人々はモーセがなかなか戻ってこないため、待ちきれずにあたらしい神の像(黄金の子牛)をつくってしまいます。
神はそのことを知って激怒しました。
モーセは急いで山を下り、黄金の子牛を焼き払うと、子牛を礼拝していた人々を皆殺しにします。
この黄金の子牛はモーセ(十戒)を待ちきれずに資本主義、拝金主義に走った人間の愚かさになぞらえているというのですが、当時から人間はこのような行き過ぎた貪りを繰り返していたから、戒めが必要だったのでしょう。
ギズモさんの武甲山の写真を拝見しながら、ぼくはついそんなことを考えていました。
ちなみにぼくは、いまの人類の文明では地球環境を破壊することから逃れることはできないとおもっています。
でもいつか科学技術の発展によって、環境破壊から環境再生優位となり、永続性のある人間社会が訪れることを、一縷の希望としています。