山麓王国

2025年6月の投稿8件]

2025年6月28日 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する

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お誕生日、おめでとうございます!


トゲが刺さったのが昨日ということで、お誕生日からよい年に切り替わるための、厄落としだったかもしれませんね。

北海道大学で猛毒のある植物が見つかったそうですが、植物も怖いですよね。

微熱まで出るとはさぞかしご心配だったことと思いますが、植物のトゲでも、毒虫に刺されたと同じように強い反応がでるとは・・・。

早く完治しますように。


川崎大師は最近お参りにいったのですが、お守りやお札は勝手に差し上げてはいけないと言いますので、薬師殿に「ご自由にお持ちください」と置かれている、薬師如来のしおりにしました(無料です)

本当は、しおりはひとり1枚、しおり紐も1本という決まりが書いてあるのですが、こっそり5色、持ち帰ってきました(笑)

おっしゃるとおり、真言密教なので、五色ないと意味がないと思って、、、という言い訳(笑)

なんとなく後ろめたかったので、そのまま薬師殿を出るのがはばかられ、ひらまくんのクリアファイルを買いました。

ひらまくんと、せんとくん、両方とも同じ方が描いているので、似てますよね。



5月に、スーパーの「三重県フェア」に行ったという話を書いた時、農園主さんに、さめたれや手こね寿司のことを教えていただきました。

食事療法をしていらっしゃるので、食品は避けようと思ったのですが、調味料なら大丈夫かなと。

手こね寿司の素(訂正:たれ)は、ワンサイズで、大きなものがありませんでした。私も買ったので、近々作ってみますね。

おかげ犬、私は自分用に黄色の子を選びましたが、やはり末吉で、書かれていることがどれもこれも素直に納得でき、抽象的に書かれているおみくじより、ありがたみが伝わってくるものでした。

群馬のお醤油は、娘ムコが群馬に帰省した時買ってきてくれたものです。お試しください(^^♪


お返事のお気遣いはなさらないようお願いいたします。


お忙しいところ、ご丁寧にありがとうございました。


暑くなってきました。体力を落とさないよう、お気をつけくださいね。
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前回の返事はまた書いている途中ですが、取り急ぎ、プレゼントが届きましたこと、お礼を申し上げます。

いつもほんとうにありがとうございます。

毎年似たようなことを言っているかもしれないのですが、あまり人付き合いもないひとり暮らしですから、誕生日という意識自体が希薄です。

プレゼントをいただいて、ああ、ことしも誕生日を迎えたのだと実感しました(笑)



伊勢講の袋を首に下げて、伊勢参りの旗を掲げた白犬、これがあの「おかげ犬」でしょうか。

とてもかわいらしい姿ですね。お守り(おみくじ)とすごろく、大事にします。

ちなみにおみくじではたいへんありがたいご神託(末吉)をいただきました。

というのも、ことしは地元のおみくじでは大吉だったんです。

これまでにないような、いいことづくめの内容でした。

ところがいまのところ、心身共に例年にないくらい、しんどい局面が多かったんです。

じつはきのうも草刈りの最中になにかの草の小さなトゲが小指に刺さり、アレルギー反応だとおもうんですが指が腫れて、さらに手の甲が腫れて、夜微熱が出ました。

今朝、腫れはきのうよりましになったんですが、まだ微熱があったので、結局病院に行くことに。

心臓の違和感からたった3か月で、また病院に行くことになるとは(笑)

結局、破傷風や、アレルギーのあり方の変化に気をつけながら、強い症状が出たらすぐ緊急外来か救急車を呼ぶようにということで、様子見になりました。

ぼくは抗生物質にもアレルギーが出たことがあるので、いったん薬なしで様子をみることになりました。

そんな調子で、まあことしはなにごとも波乱続きでしたから、とても大吉とはおもえず、おかげ犬のおみくじに書かれてあることのほうがしっくりきました。

いろんなことが起こったあとで「じつは末吉でした」ということだったので、気分的にも受け止めやすかったです(笑)

謙虚に、足もとのことを無理のない範囲で地道に解決していくよう、気を引き締めていきたいとおもいます。



川崎大師の公式キャラクター「ひらまくん」、ほぼ奈良のせんとくんで驚いたのですが、平間兼乗という開基がおられて、川崎大師はほんとうは平間寺というのですね。

お大師さんは真言密教で、東方浄土の信仰ですね。

本のしおりに、五色の糸のしおり紐。意味がわかると、ありがたいです。

せっかくですので、浄土真宗(西方浄土)の赤色。

もうひとつは川崎大師、東方浄土の緑色をしおり紐に選ばせていただきました。



まさかのてこね寿司のたれにはびっくりして、おもわず笑ったあとで、まさか気を遣っていただいたのではないかと恐縮とで、いろんな感情が一緒にきました(笑)

大学を卒業して以来てこね寿司は食べた記憶がないので、今度かつおのお刺身を手に入れたら、てこね寿司をつくってむかしのおもいでに浸ろうとおもいます。

お醤油ですが、じつはしばらく前から、味音痴なおっさんにはこだわりの醤油など必要あるまいと割り切って、刺身でも煮つけでもスーパーの安い濃い口醤油ですますようになっていました。

しかしひさしぶりにぜいたくなお醤油でお料理が食べられるとおもうと、やっぱりうれしいですね(笑)



いわしのせんべいはもう、今夜からでも晩酌のお供に楽しみにしております(笑)

いつも気持ちの行き届いた贈り物をいただいて、感謝しております。

前回の返信、もうしばらくお待ちください。

書き始めてはいるのですが、たぶん今回の話は、いつも以上におかしなものになるとおもいます。

2025年6月26日 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する

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その後、おかげんはいかがでしょうか。

昔から夏風邪は馬鹿がひくとか、馬鹿は風邪をひかないとか、いろいろ言いますが、私は学生時代、6月に肺炎になって1ヶ月入院しましたし、10年ほど前には7月にマイコプラズマ肺炎になりました。

一昨年の夏は気管支炎とコロナでしたし、昨年も喉の不調と、夏に呼吸器をやられる傾向があります。

夏の風邪は長引いて治りにくいとも言いますが、早めの対策で軽快したようで、本当によかったです。

ポピドンヨードでなく、アズノールでのうがいは適切ですね。

買い置きがないので、常備しておこうと思いました。

葛根湯と銀翹散の二刀流とはびっくりしましたが、病院に行って投薬してもらうより、よほど効果的なチョイスだったと思います。

コロナが流行り出したころ、ネットで、喉の痛みには銀翹散が特効薬だと騒がれました。

主人が、コロナでもインフルエンザでもないのに高熱が出て、水も飲めないくらい喉に激痛のある風邪をひいた時、銀翹散を買ってきたのですが、かなり効き目があったようでした。

その後、買い足そうとしたら品薄になってしまい、値段もずいぶん上がりました←現在は安定供給されています。

私はコロナの時に高熱が引いた後、ふと喉を見たら白い点々があり、慌てて銀翹散を毎日飲みましたが、効果があったのか、喉はまったく痛まずにすみました。



思考と錯覚のお話、とても興味深く読ませていただきました。

肉体内の細胞も錯覚を起こすというのは、ちょっとした衝撃です。

『ミクロの決死圏』とは違いますが、イメージ的に、体内で細胞や結晶など、常に目に見えない戦いや治療が行われている映像が浮かんでしまいました(笑)

「錯覚を起こす」ということは、肉体内の細胞も意志を持っているのでしょうか。なんだかおもしろいですね。

脳の意志と肉体のエラーの関係ですが、これだけ医学が進んでいるのですから、そのような錯覚や誤認識を正す医術が近未来に出てくるかもしれませんが、どんなに医学や科学が進歩しても、ある一定以上はどうにも踏み入ることのできないものでなければならない、とも思います。

肉体も脳も心も、常に錯覚をしているのがデフォルトであって、意識するしないに関わらず、必要に応じて修正したり削除したりして、うまくバランスをとっていくのが生きるということかもしれない、とおかしなことを考えてしまいました(笑)



理解できたら神じゃない、というお話、なるほどなぁ~~と考えさせられました。

本来「存在している」とは断言できないものについて、人間は長いこと研究し、それでも「正しいと思われる」答えが出ない。不思議と言えば不思議です。

解明できないはず??の問題を、長年追究してきたのは素晴らしいことではありますが、やはり農園主さんのおっしゃるとおり、答えを見いだすべきではないのでしょう。

まさに、畏れの念を感じつつ、「創造主のやることはようわからん」という向き合い方が、最適解なのだと思います。

「無知の知」ですが、昔から妹に、知ったかギズモと呼ばれています(笑)

なんでも知ったかぶりをする、らしいんですよね(笑)

とんでもない、実際は、知らないことばかりです。

その知らないことを一生懸命知ろうとしても、生きている間に、いったいどのくらいのことを知ることができるのか・・・・。

そう考えると呆然としてしまいますが、農園主さんのおかげで、多くのことを知ることができるのは、本当にありがたいことと思っています。




小さな子どもが、誰もいないところを指さしたり、見えない誰か(何か)に話しかけたりする話はよく聞きます。

見えない何かではありませんが、『メアリー・ポピンズ』では、赤ちゃんが、窓に遊びに来る鳥と会話ができるんですよね。

会話というより、意思の疎通です。

でも、少し大きくなると、いくら鳥が話しかけても、通じなくなってしまう。

もちろん小説ですから作り話なのですが、妙にわかる気がします(笑)

まだ話せないし、お座りもできない寝たきりの乳児の頃、真夜中の真っ暗な部屋の中で、娘が天井をじ~~~~っと見ている時が何度もありましたが、あれ、本当に怖いです(笑)



久し振りにぬか漬けを再開しました。

と言っても、ぬか床ができていて漬けるだけという、パックのものです。

昔は、どこの家でも大きな樽で漬けていて、一年中常温で大丈夫でしたが、最近は冷蔵厳守だそうですね。

そのため、大きな入れものは冷蔵庫に入らないので、市販の発酵ぬか床はとても便利です。

小さいので、キュウリ3本くらいしか漬けられませんが、やっぱりぬか漬けはおいしいですね。



【謎の業務連絡】

28日(土)午前中、クロネコが1匹迷い込んでいないか、ご確認ください(=^・^=)

2025年6月21日 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する

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今回もお時間をいただきました。

いそがしくやってたんですが、あともう少しで自治会・畑とも仕事が落ち着くというタイミングで、油断して今週は風邪をひいてしまいました。

風邪の症状が出てからあわてて対策をしたのですが、ちゃんと対策するとはやく治るものですね。

喉の痛みが出始めていたのでアズノールでのうがい。

鼻の症状もあったので塩水での鼻うがいを徹底。

朝昼に銀翹散、夜は葛根湯、これを二日で、ほぼ軽快しました。

漢方とあなどるなかれ、ほんとうによく効きます。

喉と鼻の症状はうがいのおかげでほとんどなくなりました。
二日目に熱が上がりましたが、それも1日だけでした。

翌日には熱も下がり、喉と鼻の症状も軽快。

無対策だったらいまごろ風邪の症状がひどくなって倒れ込んでいたとおもいます。



ギズモさんもたいへんでしたね。

機材のトラブルもそうですが、やはり喉のケアはむずかしいですね。

喉が乾燥しないようにするといっても、なかなかふだんからケアを徹底するのはむずかしいです。

ミュージシャンはほんとうに喉を大事にしていますが、ここぞというときに酷使するためのメンテナンスという意味では、いくら気を付けても足りないくらいなのでしょう。



今回は以下、ずっと思考と錯覚の話で、なんだかとりとめのない話になってしまいました。

すみません。

ギズモさんのおっしゃった思考の話ですが、われわれの肉体は常になにかを錯覚しているんですよね。

たとえば人間の体は、神経の多く通る場所と、神経の少ない場所では、感覚の鋭さがまったく違うのだといいます。

手のように神経の多いところだと、二本の針で突っついたときに、二本の距離がかなり狭くても、二本だとわかるのだそうです。

ところが背中のように神経の少ないところだと、かなり広く二点をとらないと、二点を同時に突っつかれても一点で突っつかれたようにしか感じられないのだといいます。

こういう錯覚が、いろんなところで起こります。



がんは細胞のエラーですが、がんが増殖して痛みが発生しても、脳はじぶんの肉体が正常であるとおもっています。

脳の意志に反して、肉体側ではエラー細胞が増殖してしまうんですね。

脳はもっと生きていよう、がんよ治ってくれと考えるんですが、肉体はどんどんエラーが増えて、死に向かっていく。

肉体で起こっている実際を、脳がうまく認知できないというのも、錯覚のひとつでしょう。



ほかにも痛風は、針状の尿酸結晶が関節にとりつくんですが、尿酸結晶自体は本来わるさをするようなものではないそうです。

ところが関節にとりついた尿酸結晶を免疫細胞が敵と勘違いして、攻撃し始める。

この攻撃によって炎症が起こり、痛みが生じるのだそうです。

同様の病気に膠原病がありますが、肉体内の細胞も錯覚を起こすことがあるんですね。

いくら頭で病態を理解して、「尿酸結晶は敵じゃないから免疫細胞はおとなしくしてくれ」となだめたところで、肉体は脳から発する意志をきいてはくれません。

じぶんの肉体や細胞ですらこうなのですから、肉体を離れた外側を脳がどう認知するか、ということに関しては、誤解と錯覚であふれかえっている、といってもよさそうです。



ギズモさんの意識に紛れ込んできた思考Bについては、一般的には白昼夢といわれるものだとおもいます。

白昼夢はそれこそ意識による意識の錯覚のようなものですが、人類にはむかしから、明確な意識とはまた別個の意識が存在しました。

ただこれはふだんは隠れていて、表に出てくるのはめずらしいことです。

めずらしい現象だけど、人間を生きていると経験することがある。だから先人はわざわざ白昼夢という言葉をつくったのでしょう。



以前もお話ししましたが、多重人格という病態があります。

この場合は、ギズモさんのおっしゃる思考Bが、ギズモさんの主たる意識である思考Aを乗っ取って、独立してしまいます。

そして、思考Aと思考B、場合によっては思考CやDが現れて、交互に入れ替わる。

これは病的な白昼夢状態と言い換えられるかもしれません。



しかしこの複数の意識は、健全なかたちであれば、たとえば家族に対してはタメ口で、他人に対しては敬語でしゃべるというような、まっとうな分別としてあらわれるんです。

もうすこし突っ込んだことをいうと、人類……ホモサピエンスがあらゆる霊長類より上位の存在になり得たのは、ウソをつくことができたからだといいます。

ウソとは、複数の意識を巧妙に使い分けるということでしょう。



人間はこの世で唯一ウソをつける存在です。

人間同士でも、より上手にウソをつける個体が、上位の存在になります。

たとえば政治家はできるかどうかもわからない理想(ウソ)を自信たっぷりに、臆面もなく人前で拡声器をつかいながら話すでしょう。

ホンネがわからないのに、ウソを堂々とつき通すところに、聞いているわれわれはなぜか「たのもしさ」を感じてしまったりします。



世界にあまねく神話も、白昼夢の延長線のようなものですね。

現実と非現実が入り乱れて、歴史の中にフィクションが紛れ込み、それらが神話・教義という形で虚実入り乱れて融合していきます。

人間が現実社会を生きるための規範と、ウソの物語が交雑するのです。

そういう意味では、ウソの中に神々が潜んでいる、ともいえるかもしれません。

ギズモさんに起こった意識の割り込みが、予知夢やパラレルワールドといった、どこかスピリチュアルな、第六感めいたことのように感じられたのも、自然なことだとおもいます。

たとえばシャーマンは、こういった意識の割り込みを意図的におこなえる……すくなくともそういう建前でやっていたわけです。

古くは全世界的にシャーマンの風習があったわけですし、こういったことは科学で解明できるようなものでもありませんから、いろいろな予測が成り立ち得ますよね。



ところで、ここからだんだん話がおかしな方向へいくんですが、神とはわれわれが理解できない存在……というか、理解できたら神じゃないんだそうです。

だから、たとえば経典であるとか神の肖像画というのは、あたかも神を描いているようですが、理解できるようになっているということは、実際は人間がつくりあげたものであり、ほんとうの神ではありません。

人間が神の思し召しを理解しようと努力した結果、経典や宗教芸術が生まれたといえます。

本来の神とは、人智の向こう側にあります。

どんなに科学が進歩しても、人間がなにをどうしようとも、理解のしようがない、あきらめるしかないところに神があると考えるべきかもしれません。

この人智を越えた存在の片鱗に触れたときの人間の態度は、「畏怖」「畏敬」などと表現します。

ギズモさんの意識に割り込んできた思考Bに、人間が抱えているよくわからないものを感じて、ふと畏れのような感覚が起こったとしたら、それは人間としてただしい態度だとおもいます。



科学は絶対的正しさをよりどころとしていますが、それこそ不遜で畏れ知らずですから、思考Bを実験・分析的なアプローチで解き明かそうとします。

神学の場合は、教義に反することのないように問題を克服しようと試みますよね。

神学はその点でどうしても科学にはなりきれませんが、解明しきれない問題に畏れの念をもっていた時代の人々のほうが、現代人よりは「持続可能な暮らしをしていた」と感じるのはぼくだけでしょうか。



では神学者でもなく、科学者でもないわれわれ凡百の人間はどうすべきかというと、こういったことには答えを見いだすべきではないのかもしれません(笑)

思考Bがたまたまじぶんの意識にまぎれこんできても、どうにも人間には推しはかることのできない要素があるようにおもえる。これはじつに畏れ多いことだ。

……という態度で受け流すのが、じつはわれわれにできるもっとも知的な態度のような気がするのです。

つまり、ソクラテスの言ったところの「無知の知」ですね。



ギズモさんのお父さんが天井を指さしてたずねた件も、これを解き明かすのはほんとうにむずかしいことです。

幼児が部屋の片隅を指さして「あれ誰?」と問うことがあるといいますが、いつか科学がこの現象の原因を解き明かすかもしれません。

しかしそれまでは、どこかそういった現象に畏れの念を感じながら、創造主のやることはようわからん、と受け流そうとおもっています(笑)

2025年6月13日 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する

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お返事、ありがとうございました。

農作物は、いいも悪いも予想と違う結果になったりしがちなのでしょうが、小梅の豊作はなによりでした。

梅酒は様々な効能もあることですし、手間はかかるでしょうが、楽しみな梅仕事だったと思います。



昨年10月の不調のあと。大小合わせて5回ほどコンサートがありましたが、クリスマスコンサートは絶好調、その1週間後の年末コンサートでは少々声がかすれた時があり、ヒヤッとしました(笑)

空気清浄機がそばにあると、乾燥するので、とたんに声に支障が出ます。

今回は湿度があったので、大丈夫と思い、空気清浄機を切らなかったのですが、一曲目『サマータイム』のラストで裏声で終わらせようとしたら、声がみごとにピキっと切れてしまいました(笑)

もっと衝撃的だったのは、セッティングしておいたマイクスタンドのマイクホルダーが突然真っ二つに割れ(十戒??( ´∀` ))、開演5分前にマイクが落ちたことでした。

スタンドもホルダーも新品を持参したのに、なんということでしょうね(笑)

施設の方が、養生テープでぐるぐる巻きに固定してくれて、無事終了しましたが、アクシデントはつきものです(笑)



思いのほか、精神的にいっぱいいっぱいだったのか、終了後にホッとしてひとりで外食をしていた時(仕事の時は朝、バウムクーヘン一切れしか食べません)、不思議な感覚に陥りました。

数年前、日本酒をおちょこに1杯だけ飲んでからお風呂に入った時に、似たようなことを経験しているのですが、この時はお酒の酔いのせいだったのかもしれません。

シャンプーをしていた時と、出てから髪を乾かしていた時の2回なのですが、確かに起きているのに、数秒、あるいはもっと長かったのかもしれませんが、夢を見ていた、という表現しかできない映像を見ました。

(書き足し)シャンプーの時はわかりませんが、髪を乾かしていた時は目を開けていたはずです。

どこかの(日本なのか海外なのかもわかりません)地下鉄の構内に水が入ってきて、みんながパニックになっているのですが(私はそれを見ていました)、ふっとその場面が終わった時、それがニュースで見た記憶なのか、自分が体験したのか、とてもあやふやで、何ともわからない感覚になったのです。

一番納得がいくのは、単純に酔っていて(おちょこ一杯で酔えます(笑))、ふっと瞬間的に寝てしまって夢を見た、ということかもしれません。

予知夢とか、パラレルワールドということも、無理に考えればありえるかもしれません。


今回は違いました。

映像は見ていないし、お酒も飲んでいません(笑)

うまく説明ができないのですが。

考えごと「A」をしている最中に、いきなり他の思考「B」がふっと瞬間的に入り込んできて、その「B」についてなんだったのか思い出そうとするのですが、どうしても思い出せません。
 
確かに「A」について考えていたんだけど(そのAは思い出せます)、別の思考「B」がふっと出現し考えた、という感じです。

それが、何回か繰り返されました。

せん妄とも違うし、もうろくして思考が入り乱れてはっきりしない、ということとも違いました。

あやしい薬も飲んでいないし(笑)、なんだったんでしょう。

「思考B」というのは、単語が心に浮かんだのではなく、「なにかについて考えていた」、という感じのものでした。

今晩のおかずを考えている時に、ほぼ同時に、そういえば洗濯したっけ?と思うような、普通にありえることとは全然違いました。

無理無理こじつけるとすると、私はそこに確かにいて、食べていて、考えごとをしているんだけど、同じ意識を持った私が、ほんの数秒、ほぼ同時に、意識の表面に現れてきた、ということでしょうか。

脳波の検査が必要な病気の可能性もゼロとは言えませんね。

ブレインフォグとも言えないし、なんとも奇妙な体験でしたが、多重人格のどれかが突然現れたのかもしれません(笑)

自分で気づいていなかった緊張や疲れが、一過性の脳のバグとして出現した、というのが妥当なのでしょう←年のせいとか、病気ではなく、そう思いたいです(笑)



文学でも音楽でも絵画・彫刻などでも、過酷な状況の中で作られたものほど、繊細なように思えます。

恵まれた環境ではいいものが作れないとは言いませんが、追い込まれた環境で作られたものの方がよりいいものに仕上がる、そういった傾向があるように感じます。

演奏・歌唱もそうですね。

ある程度の苦労や人生経験がないと、演奏に味が出てこず、テクニックだけを誇示するものになりがちです。

宮沢賢治はご存じのように曲も作っていますが、あれは、都会に住んでいたのでは作り得ない、雄大な空や自然と、童話を書くような想像力と世界観、常識にとらわれない柔軟なロマンチシズムによってできたものだと思います。



農園主さんの花博の記憶、おばあちゃまの認知と現実の違い、私のこの度の摩訶不思議な話は、それぞれ異なるようでいて、やはり人間の深層心理や、意識・無意識の世界に関連するものなのかもしれません。

自分が確実に認識していることだけでこの世が構成されているわけではない、という言い方は適当ではないかもしれませんが、脳内で、小さなひずみのようなものが頻繁に起きていて、「間違いない」と固定しているものを、むざんにも切り崩していってしまうのかもしれない、と、頭がおかしくなったようなことを思ってしまいました(笑)


少し話は逸れますが、10年ほど前に亡くなった父の話です。

悪性リンパ腫で全身に転移がありましたが、それは亡くなる寸前にわかったことで、入院のきっかけは、背中の圧迫骨折で歩けなくなったからでした。

長期の入院になると思ったのか、病院から一度家に帰り、パソコンのデータを(仕事の)USBにすべて入れ、会社に届けさせ、それから入院しました。

その後の経緯は省きますが、数ヶ月後、病室の天井を指さし「あれはなに?」などと不可思議なことをたまに言い出すようになりました。

意識は明瞭で、特に問題はなかったのに、です。

悪性リンパ腫のことを伝えたのか伝えなかったのか、覚えていないのですが、恐らくもう家には帰れないという認識があったのだと思います。

入院費のことや、その後の金銭的なことを私と妹に託したり(母がとんでもない浪費家だったので・・・)、話も普通にできていました。

もしかすると急激に痴ほうに?とも思いましたが、どうも違います。

父も、自分がおかしなことを言っているという感覚がまったくありませんでしたが、どうしても天井のあたりが気になるようでした。

よく死期が近づいた人が、「亡くなった人が迎えに来た」と言う話を聞きますが、もしかすると霊ではなく、違う次元のものが見えるようになる、、、のかもしれません。

また、死期が近いなどという特定の条件に関わらず、誰でもいつでも、知らず知らずのうちに、通常なら見えないところとつながって、「お互いに」無意識のうちに行ったり来たりしているのではないか、とも思えます。

話を広げると大変なことになるので(笑)、ここで止めますが、夢もそういったことと関係するらしいですね。

夢を毎日記録している人が、突然異次元や幽界のようなところとつながってしまうという話もよく聞きます。

鎌倉時代の僧、明恵上人は、40年間夢日記を書きましたが、創作ではないのでしょうが、夢と現実が入り混じっているところが多く、明恵にとって、現実と夢との境目はとても曖昧だったということです。


現実と夢、そしてそこに違う次元の世界も加わって、曖昧、あやふやな出来事【青字部分・訂正】が起きたり、記憶があいまいになったり、置き替えられたりすることも、充分にありえる話ではないか、と思った次第です。

【書き足し】 記憶の置き替えというか、すり替えのことは、農園主さんの深層心理のお話を否定するものではありません。

今回、いろいろわかりにくいおかしなことばかりを書いてしまいましたが、オカルトやスピリチュアルに結びつけたいのではなく、人の目には見えないもの、聞こえないものを、見たり聞いたりすることは、認識していないだけで案外普通のことなのかもしれないと、なんだか素直に思えました。




コレステロールは控えすぎてもよくないことを、知りませんでした。

脂質や糖質にしても、単純に控えればいいということでもないようで、管理栄養士さんというのは大変な仕事なんだな、と気づきました。

農園主さんは、それにも勝る知識で食の改善に取り組み、実行していらっしゃるので、本当に頭が下がります。

夏場は、暑さと湿度で体力をかなり消耗するので、しっかり食べることは大事ですね。



お返事は、くれぐれもご無理のないように、ゆっくりペースでお願いします(*^▽^*)

2025年6月11日 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する

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コンサート、おつかれさまでした。

昨年の10月ごろに喉の不調があったとおもうのですが、いまは症状は落ち着かれましたでしょうか。



ほんとうに、梅雨の時期はカラダがうまく対応できなくて、疲れますね。

ぼくは仕事に加えて毎日なにかしらの自治会のイベント、問題や届け物があり、なにをどのように処理しているか、記憶が定かでないくらいです。

やはり低気圧も関係しているのでしょう。じめじめむしむししていると、生活の負荷が3割マシくらいに感じられますね。

さらに農家としては、最近春の葉野菜が非常に安いあおりを受けており、ガッカリです(笑)

しかしなんのイベントもない状態だったら、売り上げが低いことで鬱々していたかもしれませんから、忙殺されているくらいが気が紛れてよいのかもしれません。



個人的によかったことといえば、去年はまったくの不作だった小梅がことしは豊作でした。

1本の小梅の木から11kg穫れた小梅をすべて梅酒に漬けたのですが、ことしはどこも豊作だったのでしょう、

果実酒につかうホワイトリカーがどこも売り切れていて、入手するのに苦労しました。

が、なんとか梅仕事も終わり、半年後からは毎晩食前酒の梅酒が楽しめそうです(笑)



ギズモさんにはお返事のタイミングにもお気遣いいただいて、感謝しております。

お返事お待ちしております。
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日曜日にコンサートが終わったので、昨日今日あたりにお返事をしようと思っていたのですが、雑用が重なってしまいました。

少々お待ちいただけたら幸いです(o_ _)o))


いよいよ梅雨に入りましたが、お疲れが出ていないでしょうか?

梅雨どきは、低気圧による自律神経の乱れや、湿度による体温調節機能の低下などが出やすいそうですが、疲れが取れにくい時期でもありますね。

よく寝て、起きたら疲れが取れているのが理想なんでしょうが、なかなかそんなにうまくいかず、ダルダルモード全開でいます(笑)


お返事のお気遣いはなさいませんように。

数日後また(*^。^*)

2025年6月4日 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する

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しばらく時間をいただいて、助かりました。

いまもひどい忙しさですが、すこしずつ文章を書き貯めました。

これからもしばらく返信が遅れがちになるとおもいますが、ご容赦ください。

宮沢賢治は農業者と教師を兼務していましたが、現代よりもはるかに厳しい肉体労働の中で、まして慢性的な病苦もあった中、どうやってあれだけの繊細な作品を書けたのか。

結果的にかれは激務(と結核)が祟って、体が衰弱した結果、肺炎で亡くなるのですが、それだけの肉体の無理を押した精神力に感心します。



「医は算術」という言葉があります。

もともとは「医は仁術」というのですが、実際の医者はおもいやりの仁の心よりも、合理性と金儲けばかり考えている、という皮肉ですね。

医者全員が算術で医療をしているとはおもわないんですが、ギズモさんのお話をうかがうと、「健康な人をムリヤリ病気のように見立てて儲ける医者」と、ぼくのように心臓がおかしいと主張してるのに精神の病にするような「真正のヤブ医者」が混在しているようにおもえます。

そうやって考えていくと、よほど信頼できるかかりつけに出会えたというのでなければ、医療とは基本的に運任せなのだと、患者の側であきらめるほかないのかもしれません。

いまどきの言い方をすれば、医者ガチャですね。



ヤシの実ジュースですが、おっしゃるとおりでココナッツにストローをさしたものでした。

記憶に残っているヤシの実ジュースの味は、ひどく青臭く、なまぬるく、甘みのない水でした。

熟していなかったのでしょう。

いわゆるココナッツの風味らしい風味もなく、南国に対するそこはかとないロマンのようなものも吹き飛んで、ひどくガッカリしたのをおぼえています。

無人島生活に対する見方が変わったというか、現実は文字通り甘くないんですね。

母もそのココナッツジュースを一口飲んで、まずいともうまいとも言わず、高いお金を出してまずいとはけしからん、といったことでぼくに怒り出し、「飲まへんのやったら捨てとき」と、いかにも不快げに言ったのでした。

そんなエピソードもいまとなっては家族内の笑い話になっているんですが、いまならぼくも、スイカ一個買えるような値段で生臭い水を買うとなったら、当時の母とおなじような態度になってしまうかもしれません。



コレステロールに関しては、糖質制限をしたときには総コレステロール値が230くらいまで上がったように記憶しています。

糖質制限では糖質のかわりに脂質でエネルギーを補うので、血中脂質が上がるのは当然です。

これが脂質制限をすると180に下がったわけですから、やはり脂質をひかえることと、脂質の質を変えていくことは、血液疾患やがんを予防するためには相当重要だとおもいます。



人間の体が一日に必要とする脂質は、必須脂肪酸でいえば大匙一杯にも満たないほどだそうです。

しかもそのほとんどは、ご飯や小麦に含まれる脂質でまかなえてしまいます。

そこに加えて、菜食主義者であれば、エゴマ油やアマニ油を小さじ一杯。

肉も食べるというのなら、エゴマやアマニに頼る必要はありません。

魚を少量(脂質にして10gほど)か、EPAのサプリメントを摂取するだけで、必須脂肪酸はじゅうぶんです。

必要量を越えると脂質は毒になるようで、ぼくはこういうことを知らずに脂質をじゃんじゃん摂取して心臓をやってしまいました。



独身男性は40~50くらいで突然死するパターンが多い、というのですが、その理由は身をもってわかります。

知識なしに好きなものだけ食べるとなると、やっぱり質のわるい脂質を摂取することが増えます。

食事をつくる手間が省けるファストフードやインスタントフード、加工食品はどれも、飽和脂肪酸がたっぷりですから。



しかしほんとうはギズモさんのように、揚げ物をひかえるという程度が、バランスがとれていていいのだろうとおもいます。

というのも、脂質を控えすぎると、今度は意識してコレステロールを摂取しなければならなくなりました。

(追記:コレステロールがあまりにも体から不足すると、頭痛が起こります。最悪血管が弱って、脳出血を起こすこともあるのだそうです)

イカや貝類、鶏の砂肝は脂質が少なく、コレステロールが豊富です。

鶏卵を1日1個食べるとじゅうぶんなコレステロールが摂取できますが、脂質が多いので、ぼくは2日に一個食べるか食べないかといったところです。

それ以外だとぼくはいま、寒天食(1日に粉寒天にして6g)を続けていて、これは胆汁酸を吸着し、腸内環境を整えるのにたいへん役立っています。

海藻類の機能性がじゅうぶんに含まれているのですが、海藻類で心配なヨウ素の過剰摂取の心配がないのもいいところです。



記憶のすり替えですが、深層心理に近いかもしれません。

深層心理は、じぶん自身でも気づかないのが特徴なんですが、この無意識こそがじぶんの行動や決定、感情を支配しているという考え方です。

表層心理はじぶんの意志でコントロールできますが、深層心理はじぶんでも気づいていない心理状態なので、じぶんの意志の力では制御できません。



ぼくはどこかで花博に行ったと勘違いをしたわけですが、なぜ勘違いしたのかということも深層心理による決定だったかもしれないし、ずっと勘違いしたことを疑わずにいたのも、深層心理によるのかもしれません。

それで、母の疑問がきっかけで、ぼくが勘違いに気づいたというのは、深層心理にあったものを表層へ引き揚げたような感覚です。

菅浩之さんの計算の件にしてもそうです。

ブログを読んだのは間違いないんですが、いつの間にか記憶が表層から深層へ移って、しかも書き換えが起こっていました。

それがあるときなにかのきっかけで、表層に引き揚げられてくる。

この引き揚げられたものをみる感覚は、単なる記憶違いの確認作業ではなくて、もっとヘンテコなものでした。

本来そこにあってはならないものというか……たとえば夢でみたナンセンスな出来事が、目が覚めたときにそのまま目の前で起こっているというような。



これもヘンなたとえですが、うちの母方の祖母は晩年認知症で、家族も含め、人の顔が覚えられなくなっていました。

それで介護施設で骨折して、病院に数週間入院することになります。

病院ではお手伝いさんを雇うというのでなければ、基本的に家族が食事介助などをしなければなりません。

お手伝いさんを雇うのは高額なので、母や、当時大阪にいたぼくが食事介助をしたのですが、間に合わないときは看護師が最低限のことはやってくれていたようです。

しかし祖母はたぶん病院でほかの看護師からイヤな目にあっていたのでしょう。

ぼくと食事をしたときに、いつもスプーンの出し方がわるいといってひどく怒り出したんです。

祖母はもしかしたら、職員からむりやりスプーンを口に突っ込まれるような目にあっていたのかもしれません。

「ばあちゃん、孫のおれがわからんか。いまばあちゃんは入院してて、食事介助が必要やから、おれが来たんやで。きょうはおれが食事を手伝うからな。あんまり怒らんといてや」

というと、祖母は顔をしかめたまま、状況がわかったような、わからないような、おかしなものをみるような目でぼくを見ました。

それで、もう文句はいわずに黙々と口に運ばれた食事を食べるのでした。

きっと祖母は、じぶんの認知しているものと、実際の現実に起こっていることがちがうので、不思議だったんだとおもいます。



ぼくが引き揚げられた記憶をみたときの感覚は、あのときの祖母の不思議なものをみるようないぶかしげな表情によく似ています。

記憶、心理、認知といったものは、いかにもじぶんのアタマの中で間違いないものとして固定化されますが、あんまりアテにしないほうがいいのかもしれませんね(笑)

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