2026年3月27日の投稿[1件]
こんばんは。
スギ花粉の時期に入った頃、今年の花粉は例年の3倍だと、ジャガー横田の旦那さんで医師の木下氏が言っていたので(ネットの記事)、ドキドキしていました。
ところが、最初の頃は目のかゆみがひどかったのですが、その後落ち着いていて、むしろ例年より軽いかもしれません。
薬を飲んでもけっこう大変な年もありますが、この分でいけば楽勝かな、とすっかり気を緩めています(笑)
とは言え、スギがピークアウトしても、ヒノキもあるので、例年はゴールデンウイークあたりまで四苦八苦します。
先日、60才くらいになったら花粉症が治ったという女性の話を聞いたので、まだ先ですが、その情報に一縷の望みをかけてみます(笑)
伊勢うどんは、どこかのお店のメニューで見たことはあるのですが、食べたことはありません。
たまり醤油のような濃口醤油をかけたものかと思っていましたが、甘さもあるんですね。
お醤油をおいしく召し上がっていただき、なによりです。
司馬遼太郎さんのお話は、私もシンクロニシティ、五次元の介入、そして、何らかの意思が働いていると感じます。
司馬さん本人ということもあるでしょうが、司馬さんの守護霊だった人たちが次の逸材を見つけ、農園主さんが感じたように、「あんたもええかげん、なにか世に問うたらどないや」、さらには「あんたならできるやろ?」と、働きかけているように思います。
これは荒唐無稽な想像ではなく、見えないなにかがさりげない形で、気づかせてくれて、後押ししてくれているのではないでしょうか。
司馬さんがやり残したことを、伝えたいのかもしれませんね。
偶然と思ってスルーしてしまう人は、そこでおしまいでなんの進展も望めませんが、気づいたことにより意識が変わり、いろいろなことがブラッシュアップする転機となる人もいます。
ぜひ、司馬さん&守護霊さんたちの激励を受け止め、為すべきことを進めてください。
的確な表現でなかったら申し訳ないのですが、農園主さんは、パラダイムシフターだと思っています。
また、農園主さんの今までのお話から、司馬さんは、ずいぶん多くのことに興味を持ち、造詣が深かったことを知りました。
今回、Amazonのfireタブレットを立ち上げようと思った理由と、その中に『木曜島の夜会』があったことは、まったく別のことなのに、不思議なつながりがあったことに、私も驚いています。
書名だけ見ても熊野が出てくるとは思えないし、読まないという可能性も大きかったように思えます。
「タブレット、見てみぃ」という司馬さんのテレパシーかもしれませんね。
「木曜島」という島を知りませんでした。
真珠貝の貝殻で作られたボタンがどういうものか調べてみたのですが、子どもの頃に、ワイシャツや婦人服についているのを見ていました。
ボタンを無くした時に使うための「ボタンの箱」なるものが、どこの家庭にもあったように思います。
皮でできたボタン、木のボタン(ダッフルコートについてるみたいな)など、いろいろなボタンがありましたが、その中に、真珠貝の貝殻から作ったと思える、光沢がきれいなボタンもありました。
時々その箱で遊んでいたので、とても懐かしく思い出しました。
海人族についてのお話をありがとうございます。
日本は海に囲まれている場所が多いので、海辺に住む人々は誰でも泳ぎに長け、海に潜れるという思い込みがありました。
また、真珠は鳥羽の海女さんのイメージが強かったので、「死の危険がつきまとう過酷な仕事」とは??と思い、木曜島の海が危険なのかと調べてみて驚きました。
https://www.au.emb-japan.go.jp/files/100...
真鍮製のヘルメットに潜水服、激しい潮流、サイクロンにサメ・・・・。
危険極まりない仕事だったんですね。
この大変な仕事が、後年、真珠の養殖につながったことは、日本の大偉業のひとつだと思います。
女性は、冠婚葬祭で真珠をつける場面が多いので、誰でも真珠のネックレスは持っているはずですが、本物とも限らないですね。
真珠は極めて真贋がわかりにくいもので、じ~~っと見ただけでは本物か偽物かわかるはずがないそうで、質屋さんが一番苦労するのが真珠の見定めだそうです(笑)
ご存じのことで申し訳ありませんが、モーパッサンの『首飾り』は、ダイヤモンドのネックレスとして書かれていたのに、他の国などで映画や小説になると、「真珠の首飾り」とされることが多くなりました。
サマセット・モームの小説で、モーパッサンの『首飾り』をモチーフにした『物知り博士』がありますが、真珠が本物かどうかを見分けて、賭けをする話です。
その当時も見分けがつきにくい偽物があったということがわかります。
現代では、本当に見分けがつかない、品質のいいプラスチックのものが安価で気軽に買えるので、わざわざ高価な本物を買う必要もないと思います。
男性も、葬儀などで真珠のタイピンをしていたように思いますが、今はどうなのでしょう。
そもそも、冠婚葬祭で真珠をつけるという慣習が始まったのは、1965年あたりだと言いますが、バレンタインのチョコレートのように、真珠業界のプッシュが強かったのかもしれませんね(笑)
やはり真珠は、特に女性にとっては特別のものだと思うので、農園主さんが教えてくださった、熊野のダイバーの方々に感謝したいと思います。
インドシナ系の人々が船で日本に来て、沿岸を支配し自治した。少彦名はインドシナの医学を日本に持ち込んだ。
インドシナの影響がずいぶんと大きかったこと、海人族の活躍が目覚ましかったことが、よくわかりました。
「ヒコ」という名前、古代においては「海や川に関わる者」ということがわかると、「ヒコ」がつく人の人物像が捉えやすくなってきますね。
以前の記事の、『「耳」は地域を束ねる首長をあらわす』のように、「ヒコ」は海や船、漁業などを支配する人々の名前につけたようにも思えます。
また、関連はないのかもしれませんが、「ヒ」と「コ」で、卑弥呼を連想してしまいます。
当時の年貢の納め方の推移について、具体的でわかりやすい説明をありがとうございます。
お米であれ、現金であれ、相当厳しかったのですね。
お金を得るための選択肢は、地域やそれまでの暮らしにより大きく差があるのかもしれませんが、木曜島の話は、命懸けでも現金を得るための仕事があったことを、よかった、と安易に言えないように思います。
熊野権現は、本当に奥が深いですね。
由来がシンプルな自然崇拝の神々のままであれば、神様たちも人間も、双方まるく収まっていたと思うのですが(笑)
本地垂迹も、結局は人間の都合で生まれたものと思うので、そうしないといけなかった時代が終われば、もとに戻してもいいような気がします(笑)
徳川家康が権現さまというのは、前々から納得がいかないことでした(笑)
菅原道真や乃木神社のように、人間が死んで、神様として祀られたということでよかったのでは、とという、単純な話で良かったと思います。
最初から神様だった神と、人間が神様になったのでは、どうしても違いを感じてしまいます(書き足し):が、人間を神として祀ったのは人間だし、権現としたのも人間なので、そこに正しさを求めたらだめですね(笑)
前回の、皇室の先祖がイザナギ・イザナミというお話は、とても納得できることでした。
しかしその後、では皇室以外の日本人の先祖もイザナギ、イザナミと言えるのではないだろうか?と考えてしまいました(笑)←もちろん、農園主さんに反論しているわけではありません。
イザナギ・イザナミ以降、複雑になってくるので、例えば徳川家などが本家と分家に枝分かれしているような感じなのではと思います。
西洋では、最初はアダムとイブだったらしいので、これをイザナギ・イザナミに置きかえてもいいのかな、と、どうでもいいようなことを考えました(笑)
ところで、↓のネットニュースをお読みになりましたか?
https://news.yahoo.co.jp/articles/f062fa...
男性や女性の奴婢100人あまりが順葬されたという話は読んだことがありますが、これひとつとっても、やはり中国の神仙思想、道教から来ていますね。
そして、このニュースでさらに、卑弥呼は主に道教を主体にしていたのではと思いました。
アマテラスが卑弥呼だとすると、伊勢神宮の鏡も、道教からきたものでは?と考えてみたりしましたが、私の場合、根拠のない想像です(笑)
あっという間に桜がほぼ満開になりました🌸
卒業式の写真を桜の前で撮る学校が多くなり、桜イコール入学式のイメージはなくなりましたね。
♪春は名のみの 風の寒さや(早春賦)♪
朝晩の気温差がずいぶんあるので、気をつけてお過ごしください。
スギ花粉の時期に入った頃、今年の花粉は例年の3倍だと、ジャガー横田の旦那さんで医師の木下氏が言っていたので(ネットの記事)、ドキドキしていました。
ところが、最初の頃は目のかゆみがひどかったのですが、その後落ち着いていて、むしろ例年より軽いかもしれません。
薬を飲んでもけっこう大変な年もありますが、この分でいけば楽勝かな、とすっかり気を緩めています(笑)
とは言え、スギがピークアウトしても、ヒノキもあるので、例年はゴールデンウイークあたりまで四苦八苦します。
先日、60才くらいになったら花粉症が治ったという女性の話を聞いたので、まだ先ですが、その情報に一縷の望みをかけてみます(笑)
伊勢うどんは、どこかのお店のメニューで見たことはあるのですが、食べたことはありません。
たまり醤油のような濃口醤油をかけたものかと思っていましたが、甘さもあるんですね。
お醤油をおいしく召し上がっていただき、なによりです。
司馬遼太郎さんのお話は、私もシンクロニシティ、五次元の介入、そして、何らかの意思が働いていると感じます。
司馬さん本人ということもあるでしょうが、司馬さんの守護霊だった人たちが次の逸材を見つけ、農園主さんが感じたように、「あんたもええかげん、なにか世に問うたらどないや」、さらには「あんたならできるやろ?」と、働きかけているように思います。
これは荒唐無稽な想像ではなく、見えないなにかがさりげない形で、気づかせてくれて、後押ししてくれているのではないでしょうか。
司馬さんがやり残したことを、伝えたいのかもしれませんね。
偶然と思ってスルーしてしまう人は、そこでおしまいでなんの進展も望めませんが、気づいたことにより意識が変わり、いろいろなことがブラッシュアップする転機となる人もいます。
ぜひ、司馬さん&守護霊さんたちの激励を受け止め、為すべきことを進めてください。
的確な表現でなかったら申し訳ないのですが、農園主さんは、パラダイムシフターだと思っています。
また、農園主さんの今までのお話から、司馬さんは、ずいぶん多くのことに興味を持ち、造詣が深かったことを知りました。
今回、Amazonのfireタブレットを立ち上げようと思った理由と、その中に『木曜島の夜会』があったことは、まったく別のことなのに、不思議なつながりがあったことに、私も驚いています。
書名だけ見ても熊野が出てくるとは思えないし、読まないという可能性も大きかったように思えます。
「タブレット、見てみぃ」という司馬さんのテレパシーかもしれませんね。
「木曜島」という島を知りませんでした。
真珠貝の貝殻で作られたボタンがどういうものか調べてみたのですが、子どもの頃に、ワイシャツや婦人服についているのを見ていました。
ボタンを無くした時に使うための「ボタンの箱」なるものが、どこの家庭にもあったように思います。
皮でできたボタン、木のボタン(ダッフルコートについてるみたいな)など、いろいろなボタンがありましたが、その中に、真珠貝の貝殻から作ったと思える、光沢がきれいなボタンもありました。
時々その箱で遊んでいたので、とても懐かしく思い出しました。
海人族についてのお話をありがとうございます。
日本は海に囲まれている場所が多いので、海辺に住む人々は誰でも泳ぎに長け、海に潜れるという思い込みがありました。
また、真珠は鳥羽の海女さんのイメージが強かったので、「死の危険がつきまとう過酷な仕事」とは??と思い、木曜島の海が危険なのかと調べてみて驚きました。
https://www.au.emb-japan.go.jp/files/100...
真鍮製のヘルメットに潜水服、激しい潮流、サイクロンにサメ・・・・。
危険極まりない仕事だったんですね。
この大変な仕事が、後年、真珠の養殖につながったことは、日本の大偉業のひとつだと思います。
女性は、冠婚葬祭で真珠をつける場面が多いので、誰でも真珠のネックレスは持っているはずですが、本物とも限らないですね。
真珠は極めて真贋がわかりにくいもので、じ~~っと見ただけでは本物か偽物かわかるはずがないそうで、質屋さんが一番苦労するのが真珠の見定めだそうです(笑)
ご存じのことで申し訳ありませんが、モーパッサンの『首飾り』は、ダイヤモンドのネックレスとして書かれていたのに、他の国などで映画や小説になると、「真珠の首飾り」とされることが多くなりました。
サマセット・モームの小説で、モーパッサンの『首飾り』をモチーフにした『物知り博士』がありますが、真珠が本物かどうかを見分けて、賭けをする話です。
その当時も見分けがつきにくい偽物があったということがわかります。
現代では、本当に見分けがつかない、品質のいいプラスチックのものが安価で気軽に買えるので、わざわざ高価な本物を買う必要もないと思います。
男性も、葬儀などで真珠のタイピンをしていたように思いますが、今はどうなのでしょう。
そもそも、冠婚葬祭で真珠をつけるという慣習が始まったのは、1965年あたりだと言いますが、バレンタインのチョコレートのように、真珠業界のプッシュが強かったのかもしれませんね(笑)
やはり真珠は、特に女性にとっては特別のものだと思うので、農園主さんが教えてくださった、熊野のダイバーの方々に感謝したいと思います。
インドシナ系の人々が船で日本に来て、沿岸を支配し自治した。少彦名はインドシナの医学を日本に持ち込んだ。
インドシナの影響がずいぶんと大きかったこと、海人族の活躍が目覚ましかったことが、よくわかりました。
「ヒコ」という名前、古代においては「海や川に関わる者」ということがわかると、「ヒコ」がつく人の人物像が捉えやすくなってきますね。
以前の記事の、『「耳」は地域を束ねる首長をあらわす』のように、「ヒコ」は海や船、漁業などを支配する人々の名前につけたようにも思えます。
また、関連はないのかもしれませんが、「ヒ」と「コ」で、卑弥呼を連想してしまいます。
当時の年貢の納め方の推移について、具体的でわかりやすい説明をありがとうございます。
お米であれ、現金であれ、相当厳しかったのですね。
お金を得るための選択肢は、地域やそれまでの暮らしにより大きく差があるのかもしれませんが、木曜島の話は、命懸けでも現金を得るための仕事があったことを、よかった、と安易に言えないように思います。
熊野権現は、本当に奥が深いですね。
由来がシンプルな自然崇拝の神々のままであれば、神様たちも人間も、双方まるく収まっていたと思うのですが(笑)
本地垂迹も、結局は人間の都合で生まれたものと思うので、そうしないといけなかった時代が終われば、もとに戻してもいいような気がします(笑)
徳川家康が権現さまというのは、前々から納得がいかないことでした(笑)
菅原道真や乃木神社のように、人間が死んで、神様として祀られた
最初から神様だった神と、人間が神様になったのでは、どうしても違いを感じてしまいます(書き足し):が、人間を神として祀ったのは人間だし、権現としたのも人間なので、そこに正しさを求めたらだめですね(笑)
前回の、皇室の先祖がイザナギ・イザナミというお話は、とても納得できることでした。
しかしその後、では皇室以外の日本人の先祖もイザナギ、イザナミと言えるのではないだろうか?と考えてしまいました(笑)←もちろん、農園主さんに反論しているわけではありません。
イザナギ・イザナミ以降、複雑になってくるので、例えば徳川家などが本家と分家に枝分かれしているような感じなのではと思います。
西洋では、最初はアダムとイブだったらしいので、これをイザナギ・イザナミに置きかえてもいいのかな、と、どうでもいいようなことを考えました(笑)
ところで、↓のネットニュースをお読みになりましたか?
https://news.yahoo.co.jp/articles/f062fa...
男性や女性の奴婢100人あまりが順葬されたという話は読んだことがありますが、これひとつとっても、やはり中国の神仙思想、道教から来ていますね。
そして、このニュースでさらに、卑弥呼は
アマテラスが卑弥呼だとすると、伊勢神宮の鏡も、道教からきたものでは?と考えてみたりしましたが、私の場合、根拠のない想像です(笑)
あっという間に桜がほぼ満開になりました🌸
卒業式の写真を桜の前で撮る学校が多くなり、桜イコール入学式のイメージはなくなりましたね。
♪春は名のみの 風の寒さや(早春賦)♪
朝晩の気温差がずいぶんあるので、気をつけてお過ごしください。