2026年4月12日の投稿[1件]
急に暑い日が続いていますが、強風の日も多く、バッグの中に砂がたまっていたのには、心底驚きました。
いつの間に、どのように入ったのか、ぜんぜんわからず、砂の女になったような、奇妙な気分です(笑)
NHKの日曜美術館「旅するモネ」の最後で、安野光雅の絵を何点か解説していました。
生誕100周年記念『安野光雅展』を、東京都立川市で開催中なので、宣伝ですね。
以前、農園主さんが買い戻された絵本にも、安野さんの挿絵があったと伺いました。
私は、『ふしぎなえ』などの、ほんの一部の作品しか知らなかったのですが、この解説を観ていて、とても興味が沸湧いてしまいました。
イギリスを描いた絵の中に、よ~く見ないとわからない、ニュートンやピーターパン、ビートルズ、マザーグースなど、イギリスにまつわるものが隠れているのを知り、安野さんのユニークな想像力を感じます。
だいぶ前、たぶんNHKだと思いますが、かこさとしさんの特集を放送していました。
児童文学者・絵本作家、特に科学絵本作家としては知っていましたが、工学博士でもあったんですね。
亡くなったあとのことで、娘さん(加古総合研究所代表)が作品の紹介・解説をしていらしたのですが、その中に、地球や生命の進化の変遷を幅5メートルの紙に描いたものが、未完ですが、ありました。
今、検索したら、2022年に初公開されていたようです。
https://www.yomiuri.co.jp/culture/202207...
かこさとしさんにしろ、安野さんにしろ、他方面にも優れた才能を持っていることで、絵に活かされる影響は多大だと思います。
今、かこさとしさんのことも検索したのですが、偶然にもかこさんも、現在上野で生誕100周年記念展を開催していました。
おふたりとも、おとなも楽しめる作家ですね。
クレヨンしんちゃんは絶対子どもに見せないという親も多いのですが、しんちゃんの妹のひまわりは、装飾品のキラキラ系やチラシ広告が大好きなんですよね。
姪御さんにとって宝石のチラシは、おとなの女性が、カタログを見たり、ウインドウショッピングを楽しむのと同じ感覚かもしれませんね。
本物に心が動くまでには、まだしばらくあるでしょう。
モーパッサンの首飾りから、資本主義のお話につながるとは思わず、大変勉強させていただきました。
小説からその時代背景を読み解くのはとても大事なことと知りつつ、なかなかそこまで考えることができないまま、読んでしまうことが多いです。
マッチ売りの少女を挙げてくださったことで思ったのですが、海外の少年少女向けの話には、大金持ちと貧しい人が対比的に描かれていることが多いですね。
小公女・小公子・フランダースの犬・ああ無情(レ・ミゼラブル)・アルプスの少女ハイジなど。
この部分を読むと、江戸時代の長屋の暮らしが思い浮かびます。
お金がなくても診てくれる医者や、「大家といえば親も同然、店子といえば子も同然」と言われるような、大家(差配)さんと店子の密接な関係や、隣近所での助け合いもあって、なんとか生活が成り立つわけですね。
もし互いに助け合うことがなければ、お金はとても大切だったはずなので、「宵越しの銭を持たない」なんて、とてもできることではなかったと思います。
助け合いとお互い様の精神がなければ、明日は明日の風が吹くという、江戸っ子の気風も成り立たなかったかもしれません。
※「明日は明日の風が吹く」は、江戸時代幕末の歌舞伎狂言作者、河竹黙阿弥の『上総木綿小紋単地』の中のセリフだそうですが、投稿ボタンを押す直前に知りました(笑)
時代劇や時代物の小説にも長屋は欠かせませんが、以前伺った「粗忽の釘(宿替え)」など、落語にもよく登場しますね。
「千両みかん」は聴いたことはないのですが、『古典落語100席』という文庫本にありました。
孟宗のタケノコの話と比べると、ちょっとおもしろいですね。
夏のみかん、冬のタケノコ。親が息子のために、息子が親のために。
親が子を思う気持ち、子が親を思う気持ち。
それは同じであっても、それぞれの価値観の差はおそろしいほどです(笑)
ところで、この時代のみかんの流通や、庶民にとっての価値というものを調べてみた中に、↓の記事を見つけました。
https://www.ito-noen.com/dictionary/tips...
みかん農園の方が書いているようですが、熊野参詣とみかんとのつながりがでてくるとは思いませんでした(笑)
みかんと言えば、立春に熱海に行った時、「黄金柑」という、小さくて黄色いみかんを買いました。
適度に酸味があり、びっくりするくらい好みに合って、とてもおいしかったのですが、こちらでは売っていません。
数日前、近所のスーパーで「湘南ゴールド」という、やはり黄色いみかんを買いましたが、これもとてもおいしかったです。
今日行ったら、もうありませんでした。
時期が短く、あまり出回らないようですね。
しかたなく、「宇和ゴールド」を買ったら、普通の夏みかんの味で、ゴールドにだまされました(笑)
赤毛のアンは、シリーズ全部を読みましたが、だんだんつまらない筋書きになっていくので、結局は、1作めと、『アンの青春』『アンの愛情』『アンの夢の家』を、繰り返し繰り返し読みました。
アンが、「神は天にあり、世はすべてよし」と口にする場面がありますが、つい数日前も、そして今日もちょっとばかりいいことがあり(仕事の事です)、思わずつぶやいてしまいました(笑)
書店で、↑に書いたような少年少女文庫の昔の名作を読みたいと思い探したのですが、童謡・唱歌・昭和歌謡が消えていくのと同様、若草物語や不思議の国のアリスなど、ほんの数冊しか見かけなくなってしまいました。
えあ草紙(青空文庫)にも少しありますが、訳者が違うと、別の話のようにも感じます。
『小公女』は菊池寛が訳しているのですが、私が繰り返し繰り返し読んだ村岡花子訳のものと比べると、雰囲気が違うのです。
使用している漢字や言い回しが古いとか新しいということばかりではなく、字面から受ける印象というのは、ずいぶん違うものだと驚きました。
首飾りの話に戻ります。
もし最初に、首飾りをなくしたことを話して謝った場合、フォレスチャ婦人が「あれは本物ではないから、気にしなくていいのよ。でも500フランしたんだから、それは返してね」と言っていたら。
小説にはならなかったですね(笑)
ロイゼル婦人が首飾りを返しに行った時、フォレスチャ婦人は冷ややかな態度で、「もっと早く返してほしかった」というくらいですから、口が裂けても偽物を貸したとは言えなかったでしょう。
最初からフォレスチャ婦人が、「これは偽物よ」と言えばよかったのですが、言えないところが、フォレスチャ婦人のプライドであったのでしょうね。
最初に偽物だと言わない、最後に言う。こうでないと、物語として成立しませんよね(笑)
ストーリーとしておもしろく、教訓もあり、案外身近にありそうな話なので、いろいろな形に変えて、広まっていったのかと思います。
昔、放送大学に行っていた時、英語の教材に、BBC放送のドラマ「真珠の首飾り」がありました。
確か、女中さんがその家の奥様に首飾りを借りた話だったと記憶していますが、筋書きはモーパッサンの首飾りと同じです。
講師は東大の英語の教授でしたが、名前を覚えていません。
大学生の時は、みんな同じ年代の学生ですが、放送大学は20代10代(高校卒業)~80代の学生がいるので、雰囲気がまったく違い、なかなかおもしろかったです。
「経」の字の意味は、本当に奥が深いですね。
まずは単純にお経を思い浮かべますが、お経が物の道理と考えると、納得するものが大きいです。
先日、東京都板橋区にある真言宗のお寺、南蔵院の『釈尊降会法要』(花まつり)に行ってきました。
いつもホームページのアップが遅く、5年くらい行きそびれていました。
『さくら寺』と言われているくらい桜がきれいなので、桜を見に来る人は多いのですが、本堂に上がって法要に出たを拝見したのは20人足らずでした。
8人ほどのお坊さんの、真言声明の法要ですが、まさかの1時間40分という長さ、さすがに冷えて、疲れてしまいましたが、最後までいないと散華がいただけないので、がんばりました(笑)
最後に住職からひとりひとりに、法要で撒いた散華1枚と、紙のお守りをいただきました←すべて無料です。
その数日後、巣鴨のとげぬき地蔵・高岩寺の花まつりに行きました。
ここは子どもの頃から時々お参りしていますが、花まつりは初めてです。
お稚児さんが商店街を練り歩き、最後にお寺の本堂で一緒に法要に参加します。
こちらも、10人ほどのお坊さんによる法要ですが、小さい子もいるので30分ほどでした。
法要が終わったあと、「無財の七施」についての、法話がありました。
終了後、撒かれた散華がそのまま畳に残っているので、さて、どうしたものだろう、ここではこのまま放置?と思っていたら、慣れているのか、数人が拾いに行きました。
慌てて1枚、いただいてきました(笑)
お地蔵様の散華と、南蔵院の散華の表と裏の写真を載せておきます。
農園主さんが記事を投稿した日は、桜はいくらか散ったところもありますが、まだほぼ満開でした。
このところ連日ものすごい強風で、あっという間に葉桜になりましたが、葉桜の緑は、桜に負けず劣らず、心がなごみます。
まだ満開の頃、バス停でバスを待っていたら、風で桜の花びらが、目の前がかすむくらい、舞っていました。
まるで、ステージの上から桜の花びらをを降らせたようで、一瞬宝塚のスターになった気がしました(笑)
さらに余談です。
この文章は、私が講座を担当している施設の館長(大阪から最近来た女性)が、通信に書いていたのですが、関東の桜餅も、関西の道明寺も、お寺が起源とは知りませんでした。
桜餅が終わると柏餅ですね。
季節があっという間に過ぎていくので、ついていけません(笑)
パラダイムシフターの話は、お世辞で言ったわけではありません。
お忙しいところ、時間的にもなかなか難しいこともあるでしょうが、少しずつ発表にむけて進んでいくことができたら、とてもうれしく思います(^^♪
新年度が始まり、とても慌ただしい時期ですよね。
お返事は、ゆっくりペースでお願いします(o^―^o)ニコ
※書き足し 寒暖差がすごいので、充分に気をつけてお過ごしください。
いつの間に、どのように入ったのか、ぜんぜんわからず、砂の女になったような、奇妙な気分です(笑)
NHKの日曜美術館「旅するモネ」の最後で、安野光雅の絵を何点か解説していました。
生誕100周年記念『安野光雅展』を、東京都立川市で開催中なので、宣伝ですね。
以前、農園主さんが買い戻された絵本にも、安野さんの挿絵があったと伺いました。
私は、『ふしぎなえ』などの、ほんの一部の作品しか知らなかったのですが、この解説を観ていて、とても興味が
イギリスを描いた絵の中に、よ~く見ないとわからない、ニュートンやピーターパン、ビートルズ、マザーグースなど、イギリスにまつわるものが隠れているのを知り、安野さんのユニークな想像力を感じます。
だいぶ前、たぶんNHKだと思いますが、かこさとしさんの特集を放送していました。
児童文学者・絵本作家、特に科学絵本作家としては知っていましたが、工学博士でもあったんですね。
亡くなったあとのことで、娘さん(加古総合研究所代表)が作品の紹介・解説をしていらしたのですが、その中に、地球や生命の進化の変遷を幅5メートルの紙に描いたものが、未完ですが、ありました。
今、検索したら、2022年に初公開されていたようです。
https://www.yomiuri.co.jp/culture/202207...
かこさとしさんにしろ、安野さんにしろ、他方面にも優れた才能を持っていることで、絵に活かされる影響は多大だと思います。
今、かこさとしさんのことも検索したのですが、偶然にもかこさんも、現在上野で生誕100周年記念展を開催していました。
おふたりとも、おとなも楽しめる作家ですね。
クレヨンしんちゃんは絶対子どもに見せないという親も多いのですが、しんちゃんの妹のひまわりは、装飾品のキラキラ系やチラシ広告が大好きなんですよね。
姪御さんにとって宝石のチラシは、おとなの女性が、カタログを見たり、ウインドウショッピングを楽しむのと同じ感覚かもしれませんね。
本物に心が動くまでには、まだしばらくあるでしょう。
モーパッサンの首飾りから、資本主義のお話につながるとは思わず、大変勉強させていただきました。
小説からその時代背景を読み解くのはとても大事なことと知りつつ、なかなかそこまで考えることができないまま、読んでしまうことが多いです。
マッチ売りの少女を挙げてくださったことで思ったのですが、海外の少年少女向けの話には、大金持ちと貧しい人が対比的に描かれていることが多いですね。
小公女・小公子・フランダースの犬・ああ無情(レ・ミゼラブル)・アルプスの少女ハイジなど。
それに、金持ちなんて社会のほんの一握りで、ほとんどが横並びで貧しく暮らしていましたから、助け合いとお互い様の感覚がいきわたっています。
もちろん医療も発達していなかったし、人類はみな現在よりはるかに厳しい理不尽に見舞われていましたが、お金がないとどうしようもない、というわけでもなかったのです
この部分を読むと、江戸時代の長屋の暮らしが思い浮かびます。
お金がなくても診てくれる医者や、「大家といえば親も同然、店子といえば子も同然」と言われるような、大家(差配)さんと店子の密接な関係や、隣近所での助け合いもあって、なんとか生活が成り立つわけですね。
もし互いに助け合うことがなければ、お金はとても大切だったはずなので、「宵越しの銭を持たない」なんて、とてもできることではなかったと思います。
助け合いとお互い様の精神がなければ、明日は明日の風が吹くという、江戸っ子の気風も成り立たなかったかもしれません。
※「明日は明日の風が吹く」は、江戸時代幕末の歌舞伎狂言作者、河竹黙阿弥の『上総木綿小紋単地』の中のセリフだそうですが、投稿ボタンを押す直前に知りました(笑)
時代劇や時代物の小説にも長屋は欠かせませんが、以前伺った「粗忽の釘(宿替え)」など、落語にもよく登場しますね。
「千両みかん」は聴いたことはないのですが、『古典落語100席』という文庫本にありました。
孟宗のタケノコの話と比べると、ちょっとおもしろいですね。
夏のみかん、冬のタケノコ。親が息子のために、息子が親のために。
親が子を思う気持ち、子が親を思う気持ち。
それは同じであっても、それぞれの価値観の差はおそろしいほどです(笑)
ところで、この時代のみかんの流通や、庶民にとっての価値というものを調べてみた中に、↓の記事を見つけました。
https://www.ito-noen.com/dictionary/tips...
みかん農園の方が書いているようですが、熊野参詣とみかんとのつながりがでてくるとは思いませんでした(笑)
みかんと言えば、立春に熱海に行った時、「黄金柑」という、小さくて黄色いみかんを買いました。
適度に酸味があり、びっくりするくらい好みに合って、とてもおいしかったのですが、こちらでは売っていません。
数日前、近所のスーパーで「湘南ゴールド」という、やはり黄色いみかんを買いましたが、これもとてもおいしかったです。
今日行ったら、もうありませんでした。
時期が短く、あまり出回らないようですね。
しかたなく、「宇和ゴールド」を買ったら、普通の夏みかんの味で、ゴールドにだまされました(笑)
赤毛のアンは、シリーズ全部を読みましたが、だんだんつまらない筋書きになっていくので、結局は、1作めと、『アンの青春』『アンの愛情』『アンの夢の家』を、繰り返し繰り返し読みました。
アンが、「神は天にあり、世はすべてよし」と口にする場面がありますが、つい数日前も、そして今日もちょっとばかりいいことがあり(仕事の事です)、思わずつぶやいてしまいました(笑)
書店で、↑に書いたような少年少女文庫の昔の名作を読みたいと思い探したのですが、童謡・唱歌・昭和歌謡が消えていくのと同様、若草物語や不思議の国のアリスなど、ほんの数冊しか見かけなくなってしまいました。
えあ草紙(青空文庫)にも少しありますが、訳者が違うと、別の話のようにも感じます。
『小公女』は菊池寛が訳しているのですが、私が繰り返し繰り返し読んだ村岡花子訳のものと比べると、雰囲気が違うのです。
使用している漢字や言い回しが古いとか新しいということばかりではなく、字面から受ける印象というのは、ずいぶん違うものだと驚きました。
首飾りの話に戻ります。
もし最初に、首飾りをなくしたことを話して謝った場合、フォレスチャ婦人が「あれは本物ではないから、気にしなくていいのよ。でも500フランしたんだから、それは返してね」と言っていたら。
小説にはならなかったですね(笑)
ロイゼル婦人が首飾りを返しに行った時、フォレスチャ婦人は冷ややかな態度で、「もっと早く返してほしかった」というくらいですから、口が裂けても偽物を貸したとは言えなかったでしょう。
最初からフォレスチャ婦人が、「これは偽物よ」と言えばよかったのですが、言えないところが、フォレスチャ婦人のプライドであったのでしょうね。
最初に偽物だと言わない、最後に言う。こうでないと、物語として成立しませんよね(笑)
ストーリーとしておもしろく、教訓もあり、案外身近にありそうな話なので、いろいろな形に変えて、広まっていったのかと思います。
昔、放送大学に行っていた時、英語の教材に、BBC放送のドラマ「真珠の首飾り」がありました。
確か、女中さんがその家の奥様に首飾りを借りた話だったと記憶していますが、筋書きはモーパッサンの首飾りと同じです。
講師は東大の英語の教授でしたが、名前を覚えていません。
大学生の時は、みんな同じ年代の学生ですが、放送大学は
「経」の字の意味は、本当に奥が深いですね。
まずは単純にお経を思い浮かべますが、お経が物の道理と考えると、納得するものが大きいです。
先日、東京都板橋区にある真言宗のお寺、南蔵院の『釈尊降会法要』(花まつり)に行ってきました。
いつもホームページのアップが遅く、5年くらい行きそびれていました。
『さくら寺』と言われているくらい桜がきれいなので、桜を見に来る人は多いのですが、本堂に上がって法要
8人ほどのお坊さんの、真言声明の法要ですが、まさかの1時間40分という長さ、さすがに冷えて、疲れてしまいましたが、最後までいないと散華がいただけないので、がんばりました(笑)
最後に住職からひとりひとりに、法要で撒いた散華1枚と、紙のお守りをいただきました←すべて無料です。
その数日後、巣鴨のとげぬき地蔵・高岩寺の花まつりに行きました。
ここは子どもの頃から時々お参りしていますが、花まつりは初めてです。
お稚児さんが商店街を練り歩き、最後にお寺の本堂で一緒に法要に参加します。
こちらも、10人ほどのお坊さんによる法要ですが、小さい子もいるので30分ほどでした。
法要が終わったあと、「無財の七施」についての、法話がありました。
終了後、撒かれた散華がそのまま畳に残っているので、さて、どうしたものだろう、ここではこのまま放置?と思っていたら、慣れているのか、数人が拾いに行きました。
慌てて1枚、いただいてきました(笑)
お地蔵様の散華と、南蔵院の散華の表と裏の写真を載せておきます。
農園主さんが記事を投稿した日は、桜はいくらか散ったところもありますが、まだほぼ満開でした。
このところ連日ものすごい強風で、あっという間に葉桜になりましたが、葉桜の緑は、桜に負けず劣らず、心がなごみます。
まだ満開の頃、バス停でバスを待っていたら、風で桜の花びらが、目の前がかすむくらい、舞っていました。
まるで、ステージの上から桜の花びらをを降らせたようで、一瞬宝塚のスターになった気がしました(笑)
さらに余談です。
桜餅の起源は江戸時代にさかのぼり、現在の隅田川沿いにある長命寺で考案されたものが、その原型とされています。これが、小麦粉の生地であんを包んだ関東風の桜餅です。
一方、関西で広く親しまれている桜餅は、大阪の道明寺に由来しています。そのため、東京ではこのタイプを「道明寺」と呼ぶようになりました。
この文章は、私が講座を担当している施設の館長(大阪から最近来た女性)が、通信に書いていたのですが、関東の桜餅も、関西の道明寺も、お寺が起源とは知りませんでした。
桜餅が終わると柏餅ですね。
季節があっという間に過ぎていくので、ついていけません(笑)
パラダイムシフターの話は、お世辞で言ったわけではありません。
お忙しいところ、時間的にもなかなか難しいこともあるでしょうが、少しずつ発表にむけて進んでいくことができたら、とてもうれしく思います(^^♪
新年度が始まり、とても慌ただしい時期ですよね。
お返事は、ゆっくりペースでお願いします(o^―^o)ニコ
※書き足し 寒暖差がすごいので、充分に気をつけてお過ごしください。