No.1115
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ごめんなさい。今回は話が長くなるので、返信の話題をひとつに絞らせていただきます。
最近ひとつ気づいたことがあって、仏教というのは、メーテルリンクの『青い鳥』によく似てるんですよね。
青い鳥では、チルチルとミチルのきょうだいが幸せをよぶ青い鳥を探して遠い旅に出るのですが、結局みつからず、家に帰って鳥かごをみたら、そこに青い鳥がいたという話です。
いくら遠いところに幸せを探しても、結局幸せはいつもどおりの生活そのものの中にある、という教訓が込められています。
仏教もさんざん修行して、「悟り」なるものを探し求めるんですが、結局じぶんそのものに悟りがあって、ただ生きることこそが悟りなんだ、というところに行きつくようです。
般若心経は無を知ることで悟りが得られると説きますが、この無というのは、じつは無限とおなじことなんですね。
般若心経の「無」は、「人間には知り得ぬ概念」という言葉に置き換えると、わかりやすいかもしれません。
この世のすべてはわれわれには知り得ないことであり、目で見ていることも感じていることも、当たり前にわかっている(有る)とおもえるようなことは、じつはなにもかも知り得ないこと(無・無限)なんだというのです。
無や無限はわれわれに知り得ぬ概念ですが、じつはわれわれはこの無と無限の中にある。
すべてをわかるために修行をしているのに、結局、なんにもわからないということを腹の底から認めなければならないということを説いているわけです。
つまり、わかろうと努力しながらも、わけもわからずじぶんを生きていることこそが悟りである、ということになります。
寒山拾得にしても、かれらは風狂ですが、仏教というものを深く理解していながら、わざと社会通念とは無縁に生きています。
以前、禅は仏教の中ではめずらしく個人主義だといいましたが、文殊菩薩と普賢菩薩であるとさえいわれる寒山と拾得は、社会の中で生産をするわけでもなく、仏道を広めるわけでもなく、ただ生きるままに生きていて、禅僧たちはそういう個人主義の究極的なところにあこがれているといいます。
ここまでを前提として、森鴎外の『寒山拾得』をぼくなりに解説します。
現在の上海から南に200kmほど離れた台州にあたらしく着任した閭丘胤という官吏が、豊干という乞食僧と出会い、頭痛を治してもらうんですね。
そこで閭丘胤が豊干に礼をしたいと言いました。
上の会話が意外と重要です。
豊干は仏陀にたとえられる人物です。
閭丘胤は豊干がどこの寺にいたかをたずね、国清寺であることを知ると、そこにはためになるような人はいるか、とさらにたずねます。
すると豊干は、国清寺には寒山と拾得という僧がいるが、かれらはじつは普賢菩薩と文殊菩薩であるというのです。
閭丘胤は国清寺に訪れ、寒山と拾得に出会い、じぶんの社会的な身分を伝えて、ていねいに自己紹介をします。
すると寒山拾得は大笑いして、「豊干がしゃべったな」といって走り去った、というのがあらすじです。
まず、仏陀にたとえられる豊干はさっき言ったとおり、「群生を福利し、驕慢を折伏するために、乞食」をしています。
つまりその仏道には人々を救い、みずからのおごりをくじくという明確な目的があります。
閭丘胤の頭痛を治すことで、社会の役にも立っている。
つまり、仏陀は個人主義ではなく、衆生(群生)を救うために行動しているんだ、ということをここで述べています。
で、閭丘胤が寒山拾得に会い、じぶんの身分を告げ、できるかぎりていねいな礼をすると、寒山拾得は大笑いしました。
あれはどういうことかというと、寒山拾得は禅的な個人主義を極めていて、その生活から虚飾を捨て去っています。
なので閭丘胤の世俗的で虚飾にまみれた礼がおかしくなって笑うんですね。
同時に、群生(閭丘胤)を助けようと寒山拾得を紹介した仏陀(豊干)のことも皮肉って、「豊干がしゃべったな」と言いました。
寒山拾得(禅宗)にとっては、仏陀のやってる「群生を福利」することや、「驕慢を折伏」するようなことは興味がない、というわけです。
これがぼくの現段階での理解ですが、まだこれでようやく寒山拾得のとっかかりを得た、という感じです。
かなり長くなってしまったんですが、最後にもうひとつだけ。
ギズモさんはガラホを持ってらっしゃるんですね。
最近はなんでもかんでもアプリで登録して、便利な機能をという流れですが、そのたびにメールアドレスやパスワードをあたらしく登録するのがあまりにも面倒で、結局アナログに立ち返ってしまいますね。
ごめんなさい。今回は話が長くなるので、返信の話題をひとつに絞らせていただきます。
最近ひとつ気づいたことがあって、仏教というのは、メーテルリンクの『青い鳥』によく似てるんですよね。
青い鳥では、チルチルとミチルのきょうだいが幸せをよぶ青い鳥を探して遠い旅に出るのですが、結局みつからず、家に帰って鳥かごをみたら、そこに青い鳥がいたという話です。
いくら遠いところに幸せを探しても、結局幸せはいつもどおりの生活そのものの中にある、という教訓が込められています。
仏教もさんざん修行して、「悟り」なるものを探し求めるんですが、結局じぶんそのものに悟りがあって、ただ生きることこそが悟りなんだ、というところに行きつくようです。
般若心経は無を知ることで悟りが得られると説きますが、この無というのは、じつは無限とおなじことなんですね。
般若心経の「無」は、「人間には知り得ぬ概念」という言葉に置き換えると、わかりやすいかもしれません。
この世のすべてはわれわれには知り得ないことであり、目で見ていることも感じていることも、当たり前にわかっている(有る)とおもえるようなことは、じつはなにもかも知り得ないこと(無・無限)なんだというのです。
無や無限はわれわれに知り得ぬ概念ですが、じつはわれわれはこの無と無限の中にある。
すべてをわかるために修行をしているのに、結局、なんにもわからないということを腹の底から認めなければならないということを説いているわけです。
つまり、わかろうと努力しながらも、わけもわからずじぶんを生きていることこそが悟りである、ということになります。
寒山拾得にしても、かれらは風狂ですが、仏教というものを深く理解していながら、わざと社会通念とは無縁に生きています。
以前、禅は仏教の中ではめずらしく個人主義だといいましたが、文殊菩薩と普賢菩薩であるとさえいわれる寒山と拾得は、社会の中で生産をするわけでもなく、仏道を広めるわけでもなく、ただ生きるままに生きていて、禅僧たちはそういう個人主義の究極的なところにあこがれているといいます。
ここまでを前提として、森鴎外の『寒山拾得』をぼくなりに解説します。
現在の上海から南に200kmほど離れた台州にあたらしく着任した閭丘胤という官吏が、豊干という乞食僧と出会い、頭痛を治してもらうんですね。
そこで閭丘胤が豊干に礼をしたいと言いました。
「寸志のお礼がいたしたいのですが」
「いや。わたくしは群生を福利し、驕慢を折伏するために、乞食はいたしますが、療治代はいただきませぬ」
上の会話が意外と重要です。
豊干は仏陀にたとえられる人物です。
閭丘胤は豊干がどこの寺にいたかをたずね、国清寺であることを知ると、そこにはためになるような人はいるか、とさらにたずねます。
すると豊干は、国清寺には寒山と拾得という僧がいるが、かれらはじつは普賢菩薩と文殊菩薩であるというのです。
閭丘胤は国清寺に訪れ、寒山と拾得に出会い、じぶんの社会的な身分を伝えて、ていねいに自己紹介をします。
「朝儀大夫、使持節、台州の主簿、上柱国、賜緋魚袋、閭丘胤と申すものでございます」
すると寒山拾得は大笑いして、「豊干がしゃべったな」といって走り去った、というのがあらすじです。
まず、仏陀にたとえられる豊干はさっき言ったとおり、「群生を福利し、驕慢を折伏するために、乞食」をしています。
つまりその仏道には人々を救い、みずからのおごりをくじくという明確な目的があります。
閭丘胤の頭痛を治すことで、社会の役にも立っている。
つまり、仏陀は個人主義ではなく、衆生(群生)を救うために行動しているんだ、ということをここで述べています。
で、閭丘胤が寒山拾得に会い、じぶんの身分を告げ、できるかぎりていねいな礼をすると、寒山拾得は大笑いしました。
あれはどういうことかというと、寒山拾得は禅的な個人主義を極めていて、その生活から虚飾を捨て去っています。
なので閭丘胤の世俗的で虚飾にまみれた礼がおかしくなって笑うんですね。
同時に、群生(閭丘胤)を助けようと寒山拾得を紹介した仏陀(豊干)のことも皮肉って、「豊干がしゃべったな」と言いました。
寒山拾得(禅宗)にとっては、仏陀のやってる「群生を福利」することや、「驕慢を折伏」するようなことは興味がない、というわけです。
これがぼくの現段階での理解ですが、まだこれでようやく寒山拾得のとっかかりを得た、という感じです。
かなり長くなってしまったんですが、最後にもうひとつだけ。
ギズモさんはガラホを持ってらっしゃるんですね。
最近はなんでもかんでもアプリで登録して、便利な機能をという流れですが、そのたびにメールアドレスやパスワードをあたらしく登録するのがあまりにも面倒で、結局アナログに立ち返ってしまいますね。