No.1454
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いわゆる寝ずの番のときは、落語家の場合はどんちゃん騒ぎをして、遺体を抱き起して一緒に踊るなど無茶苦茶をして、葬式が終わってからみんなで泣きじゃくるという話を聞いたことがあります。
やっぱり、お通夜麻雀くらいが限度ですね(笑)
死のありようについて、都市部では戦前から火葬でしたが、田舎では半世紀前まで土葬が行われていました。
土葬というのは、遺体の入った木の棺、それもいわゆる座棺がそのまま土に埋められるわけで、ほんとうの意味で人間が自然に還ります。
かなり深く埋めるのですが、生き物の死体ですから、獣がきて掘り起こす可能性がありました。
このあたりは以前お話した気もするんですが、獣が嫌がる植物に、シキミがあります。
いまは仏花としてつかわれますが、あれはじつは鹿ですら食べない毒性の植物で、葉っぱをちぎると特徴的な匂いがします。
このシキミの葉をたくさんもってきて、土葬を終えた場所で盛大に焼くんです。
これをしておくと、動物が土を掘り起こさないそうな。
いま80代の、ここでたびたび登場する現役大工の大先輩ですが、この葬儀を実際に体験されています。
土葬の場合、遺体は死後硬直が始まる前に座棺に収まるようにしておかねばなりません。
しかしその家では遺体を寝かせたままひと晩放置したため、集落の人が総出で遺体の骨をゴキゴキ折って、無理やり座棺に詰めたのだといいます(笑)
それで、うちの近くにあるお寺のお墓に埋めるのですが、ここは地下水がきていて、穴を掘ると水がわいてくるのでした。
それでもなんとか掘って、棺を入れると、水で棺が浮いてくる。
仕方がないので集落の人が棺の上に乗って、無理やり棺を沈めた状態で、土をかぶせていったというのです。
葬儀というより、土方仕事であり、冠婚葬祭といいますが、それこそお祭りなんですよね。
いまの葬儀は儀式を抽出したようなものになっています。
死の段取りを効率化して、地域や親類縁者との結びつきも極力簡略化し、身近であるはずの死をビジネスとくっつけて、どこかよそよそしい「速やかな儀礼」にしていった結果、その行きつくところが直葬となり、墓じまいにつながっていくというのは、当然の結果のようにおもえます。
かといって、日本でまた葬儀が土葬のころのような生々しさを取り戻すかというと、もうそれは無理だともおもいますが(笑)
ギズモさんが養老さんの話によく似た場所にお住まいだとは考えず、無神経なことを言ってしまいました。
エレベーターの奥が開く構造になっていると、棺であれば立てることもできますが、それこそ担架で運ぶときにはそういうわけにもいきませんし、一般的なエレベーターの狭さは、元気な人向けにできてますね。
高齢者施設でエレベーターが狭いと、それこそ担架で運ぶときは、2階くらいなら階段で運べるかもしれませんが、すこし高層階になるとたいへんだとおもいます。
サスティンペダルをおかしくしたオペラの講師さんにしても、ぼくにしても、エレベーターでギズモさんを振り回してしまい、申し訳ないです(笑)
いわゆる寝ずの番のときは、落語家の場合はどんちゃん騒ぎをして、遺体を抱き起して一緒に踊るなど無茶苦茶をして、葬式が終わってからみんなで泣きじゃくるという話を聞いたことがあります。
やっぱり、お通夜麻雀くらいが限度ですね(笑)
死のありようについて、都市部では戦前から火葬でしたが、田舎では半世紀前まで土葬が行われていました。
土葬というのは、遺体の入った木の棺、それもいわゆる座棺がそのまま土に埋められるわけで、ほんとうの意味で人間が自然に還ります。
かなり深く埋めるのですが、生き物の死体ですから、獣がきて掘り起こす可能性がありました。
このあたりは以前お話した気もするんですが、獣が嫌がる植物に、シキミがあります。
いまは仏花としてつかわれますが、あれはじつは鹿ですら食べない毒性の植物で、葉っぱをちぎると特徴的な匂いがします。
このシキミの葉をたくさんもってきて、土葬を終えた場所で盛大に焼くんです。
これをしておくと、動物が土を掘り起こさないそうな。
いま80代の、ここでたびたび登場する現役大工の大先輩ですが、この葬儀を実際に体験されています。
土葬の場合、遺体は死後硬直が始まる前に座棺に収まるようにしておかねばなりません。
しかしその家では遺体を寝かせたままひと晩放置したため、集落の人が総出で遺体の骨をゴキゴキ折って、無理やり座棺に詰めたのだといいます(笑)
それで、うちの近くにあるお寺のお墓に埋めるのですが、ここは地下水がきていて、穴を掘ると水がわいてくるのでした。
それでもなんとか掘って、棺を入れると、水で棺が浮いてくる。
仕方がないので集落の人が棺の上に乗って、無理やり棺を沈めた状態で、土をかぶせていったというのです。
葬儀というより、土方仕事であり、冠婚葬祭といいますが、それこそお祭りなんですよね。
いまの葬儀は儀式を抽出したようなものになっています。
死の段取りを効率化して、地域や親類縁者との結びつきも極力簡略化し、身近であるはずの死をビジネスとくっつけて、どこかよそよそしい「速やかな儀礼」にしていった結果、その行きつくところが直葬となり、墓じまいにつながっていくというのは、当然の結果のようにおもえます。
かといって、日本でまた葬儀が土葬のころのような生々しさを取り戻すかというと、もうそれは無理だともおもいますが(笑)
ギズモさんが養老さんの話によく似た場所にお住まいだとは考えず、無神経なことを言ってしまいました。
エレベーターの奥が開く構造になっていると、棺であれば立てることもできますが、それこそ担架で運ぶときにはそういうわけにもいきませんし、一般的なエレベーターの狭さは、元気な人向けにできてますね。
高齢者施設でエレベーターが狭いと、それこそ担架で運ぶときは、2階くらいなら階段で運べるかもしれませんが、すこし高層階になるとたいへんだとおもいます。
サスティンペダルをおかしくしたオペラの講師さんにしても、ぼくにしても、エレベーターでギズモさんを振り回してしまい、申し訳ないです(笑)