No.1580
みかんの皮パウダーなんですが、健康効果が高いですね。
ギズモさんはもうご存知だろうともおもったんですが、釈迦に説法だとはおもいつつ、すこし突っ込んで調べてみたことを書いてみます。
血管ケアに努めておよそ一か月。おかげさまで体調は日に日によくなっています。
血管によい食材はじつにたくさんあるのですが、なんとなくイメージで、韃靼そば茶のルチンが浮かびました。
食習慣に取り入れようかとおもいましたが、ぼくはお茶を習慣的に飲み続けるのが苦手なんです。
しかしルチンはビタミンPの一種なのですが、ヘスペリジンもビタミンPだったんですね。
ちなみにビタミンとは「糖質・脂質・タンパク質の代謝を円滑に進めて潤滑油のような働きをする栄養素」のことをさすそうです。
人間の肉体は酵素のカタマリで、この酵素が代謝をつかさどっています。
酵素がうまく作用しなくなると、糖質・脂質・タンパク質の代謝がうまく働かなくなり、肉体の不調としてあらわれるわけです。
酵素がうまく働いている状態は「代謝がよい」。
酵素がうまく働かない状態は「代謝がわるい」ということですね。
ビタミンは、体内に入ると酵素を補う「補酵素」として作用するようになります。
なので、生活の乱れなどで多少代謝のわるい状態でもビタミンを補給していると、働きのにぶった酵素を補うので、ある程度は底支えしてくれます。
ビタミンは体内では合成できないので、食品で摂取する必要があります。
ただビタミンPの場合、補酵素として作用するのですが、体内でも合成できるので、厳密にはビタミン様物質といわれているようです。
ご紹介いただいたギズモさんに向かっていよいよ釈迦に説法で恐縮なんですが、以下がビタミンPの作用ですね。
毛細血管を強くする
血流を改善する
悪玉コレステロール値を低下させる
抗アレルギー作用がある
免疫力をアップする
血圧の上昇抑制作用
活性酸素を除去する働きがある
ビタミンPは、ルチンやヘスペリジン、ケルセチンなどのフラボノイド(色素)の総称だといいます。
つまりビタミンPは、フラボノイドのうち健康効果が同様の数種類をまとめたものということのようです。
そばや柑橘の皮、赤タマネギの皮が代表的なんですが、ビタミンPに限らず、フラボノイド(色素)の多くには似たような健康効果があるようです。
たとえばナスのあの紫色の皮(ナスニン)、トマトの赤(リコピン)、ピーマンの緑色(ヘスペリジン)、ブドウやブルーベリーや赤ジソの紫色(アントシアニン)、ゴマ(セサミン)はすべてフラボノイドとして、血管を強くする健康効果も備えています。
またイチョウの葉のサプリメントがありますが、イチョウの葉にはフラボノイド類が多いのだそうです。
大豆にもフラボノイドが含まれていて、これはイソフラボンとよばれています。こちらは血流には作用しませんが、女性ホルモンに似た働きをするといいます。
しかし血管にいいとされるフラボノイド野菜、夏場はなんとかなりそうですが、冬野菜には不思議とラインナップがないんです。
最近の果物、そのまま買うのは高いですし(笑)
その点みかんの皮パウダーは冬に積極的に摂取するのがよさそうですね。
ほかのフラボノイド系の食材に比べるとコスパもよいですし、個人的には年がら年中加えたいくらいの薬味でした。
あとコスパがよいのは、ゴマでしょうか。
ゴマを5g弱で、サプリメント1回ぶんくらいのセサミンがとれるようです。
前回、ギズモさんの想定していた食べ方ではないかもしれないとおもって言えなかったんですが、おもいきって言います。
みかんの皮パウダー、麻婆豆腐にふりかけたり、先日は豚ひき肉としいたけとタマネギのみじん切りを甘辛く炒めたものにたっぷりふりかけて、丼にしていただきました。
脂のつよい肉やこってりした中華系の料理と、風味の相性がいいと感じています。
今度は汁なし担々麺にたっぷりかけて食べたい(笑)
ふだんの食生活に取り入れて美味しくいただいています。
いままであまり意識してこなかったんですが、色の濃い野菜の健康効果が高いことに気づかせていただき、感謝しています。
さて、むかしの人々が伊勢のアマテラスを認識していたかどうかということなんですが、これが長い話になってしまいました(笑)
お伊勢参りが大流行した江戸時代の人々は、お伊勢さんの神がだれであるかについては、あまりこだわらなかったとおもいます。
現代でもそうだとおもうんですが、たとえば四国八十八箇所の霊場を巡るときに、お参りしたひとつひとつの寺院にまつられているご本尊を確認する人はあまりいませんよね。
みんなじぶんの我欲や煩悩と向き合うのが目的なのであって、対峙する相手(神仏)が具体的にだれなのかということは、あまり突き詰めません。
強いていえば、たいへん尊い神仏であることは承知しているが、名前もお姿も存じ上げず、ただおすがりしに行くのだ、というようなスタンスでしょうか。
お伊勢参りをする人々も、多くはおかげまいりの流行に乗るのが目的で、よほど国学を研究している人でもない限り、具体的な宗教意識をもって参拝した人は少数だったのではないかとおもいます。
しかし、江戸時代に突如流行したおかげまいりには、遠巻きにある思想が影響しているかもしれません。
というのも、伊勢神宮は古来から仏教の影響を受けませんでした。
というより、仏教が主で、神道が従であるという関係性をはね返してきたのです。
アマテラスが大日如来と習合したケースも各地にはあるんですが、伊勢の神宮は本地垂迹(神仏習合)を断固として認めませんでした。
これには理由があります。
鎌倉時代に外宮の神官だった度会氏(わたらいうじ)の一族を筆頭に、当時隆盛を極めていた本地垂迹に対して、強く反対したんです。
そして、アマテラスを絶対的な神格として、神が主で仏教こそが従であるという思想(伊勢神道)を唱えました。
これは仏が主で神が従であるとした本地垂迹(仏本神迹)に対して、「神本仏迹」ともいわれます。
このような主張ができたのは、伊勢の神宮がほかの神社に比べて特別な場所だったからでしょう。
戦後に社格制度はなくなりましたが、古くから伊勢神宮の社格は最高位であり、近代社格制度においても「全ての神社の上にあり、社格のない特別な存在」という位置づけだったんです。
多くの神社は、平安時代あたりにはどこも衰微しています。
庶民が神様より仏様を信じるようになっていたんですね。
ごく自然なかたちで「仏教 > 神道」という意識が生まれ、本地垂迹が起こります。
どこの神社も仏教に飲み込まれるようにして、神々が仏教由来の何者かへ変化していきました。
人々もまた、「あのよくわからん神さんもじつは仏さんやったんか。それなら一緒に拝もう」といった具合で、神仏習合を受け入れたんですね(笑)
あの出雲大社でさえ、鰐淵寺と結びついて神宮寺となり、江戸時代(1667年)に神仏分離が寺社奉行に認められるまでは、境内に仏堂や経典が並んでいたといいます。
伊勢神道を前回話した内容でたとえると、アブラハムの宗教における絶対神のような存在として、アマテラスを考えたようです。
多神教における最高神として、しかもあらゆる神仏と別格の存在としての絶対神という位置づけでした。
この思想が、江戸時代に研究された国学の基礎になります。
なにせ当時の日本には通史がなかったので、だれも徳川以前にだれが社会を統治していたかなんてわかっていませんでした。
国学はこの天下が、もとは天皇が統治していた神国だったことを突き止めました。
そしてこれが尊王論の論拠となって、徳川打倒の起爆剤になります。
江戸から明治の過渡期になると国内に仏教アレルギーが巻き起こり、過激な廃仏毀釈が行われました。
この仏教アレルギーは、半ば徳川体制への反動といってもいいでしょう。
そして近代日本は仏教を弱体化させ、天皇を絶対的な神として位置づけるようになりました。
明治に誕生した国家神道の根っこをたどっていくと、アマテラスを絶対的な神として、神本仏迹を主張した伊勢神道があります。
ギズモさんが、日本人はありとあらゆる神仏に祈れる民族で、森羅万象に感謝の念を抱き、拝むことができるとおっしゃいました。
ぼくもそこが日本の宗教のアイデンティティだとおもいます。
しかしそんな日本の風土の中でも、伊勢神道は多神教の融和性をあえて否定し、みずからを至高の存在だと主張ました。
その点で伊勢のアマテラスには、よくもわるくもカリスマがあったのでしょう。
そうやって考えていくと、江戸時代におかげまいりが間欠的に流行したのは、もしかしたら徳川家の仏教びいきとその腐敗に嫌気がさしていた庶民がそれとなく反抗して、アマテラスのカリスマに頼った側面があったのかもしれません(笑)
二荒山神社の賽銭箱のお話、遥拝所のようになっていたんですね。
この件もお話したいことがありましたが、長くなってきたので次回以降のタイミングのあるときにさせてください。
ギズモさんはもうご存知だろうともおもったんですが、釈迦に説法だとはおもいつつ、すこし突っ込んで調べてみたことを書いてみます。
血管ケアに努めておよそ一か月。おかげさまで体調は日に日によくなっています。
血管によい食材はじつにたくさんあるのですが、なんとなくイメージで、韃靼そば茶のルチンが浮かびました。
食習慣に取り入れようかとおもいましたが、ぼくはお茶を習慣的に飲み続けるのが苦手なんです。
しかしルチンはビタミンPの一種なのですが、ヘスペリジンもビタミンPだったんですね。
ちなみにビタミンとは「糖質・脂質・タンパク質の代謝を円滑に進めて潤滑油のような働きをする栄養素」のことをさすそうです。
人間の肉体は酵素のカタマリで、この酵素が代謝をつかさどっています。
酵素がうまく作用しなくなると、糖質・脂質・タンパク質の代謝がうまく働かなくなり、肉体の不調としてあらわれるわけです。
酵素がうまく働いている状態は「代謝がよい」。
酵素がうまく働かない状態は「代謝がわるい」ということですね。
ビタミンは、体内に入ると酵素を補う「補酵素」として作用するようになります。
なので、生活の乱れなどで多少代謝のわるい状態でもビタミンを補給していると、働きのにぶった酵素を補うので、ある程度は底支えしてくれます。
ビタミンは体内では合成できないので、食品で摂取する必要があります。
ただビタミンPの場合、補酵素として作用するのですが、体内でも合成できるので、厳密にはビタミン様物質といわれているようです。
ご紹介いただいたギズモさんに向かっていよいよ釈迦に説法で恐縮なんですが、以下がビタミンPの作用ですね。
毛細血管を強くする
血流を改善する
悪玉コレステロール値を低下させる
抗アレルギー作用がある
免疫力をアップする
血圧の上昇抑制作用
活性酸素を除去する働きがある
ビタミンPは、ルチンやヘスペリジン、ケルセチンなどのフラボノイド(色素)の総称だといいます。
つまりビタミンPは、フラボノイドのうち健康効果が同様の数種類をまとめたものということのようです。
そばや柑橘の皮、赤タマネギの皮が代表的なんですが、ビタミンPに限らず、フラボノイド(色素)の多くには似たような健康効果があるようです。
たとえばナスのあの紫色の皮(ナスニン)、トマトの赤(リコピン)、ピーマンの緑色(ヘスペリジン)、ブドウやブルーベリーや赤ジソの紫色(アントシアニン)、ゴマ(セサミン)はすべてフラボノイドとして、血管を強くする健康効果も備えています。
またイチョウの葉のサプリメントがありますが、イチョウの葉にはフラボノイド類が多いのだそうです。
大豆にもフラボノイドが含まれていて、これはイソフラボンとよばれています。こちらは血流には作用しませんが、女性ホルモンに似た働きをするといいます。
しかし血管にいいとされるフラボノイド野菜、夏場はなんとかなりそうですが、冬野菜には不思議とラインナップがないんです。
最近の果物、そのまま買うのは高いですし(笑)
その点みかんの皮パウダーは冬に積極的に摂取するのがよさそうですね。
ほかのフラボノイド系の食材に比べるとコスパもよいですし、個人的には年がら年中加えたいくらいの薬味でした。
あとコスパがよいのは、ゴマでしょうか。
ゴマを5g弱で、サプリメント1回ぶんくらいのセサミンがとれるようです。
前回、ギズモさんの想定していた食べ方ではないかもしれないとおもって言えなかったんですが、おもいきって言います。
みかんの皮パウダー、麻婆豆腐にふりかけたり、先日は豚ひき肉としいたけとタマネギのみじん切りを甘辛く炒めたものにたっぷりふりかけて、丼にしていただきました。
脂のつよい肉やこってりした中華系の料理と、風味の相性がいいと感じています。
今度は汁なし担々麺にたっぷりかけて食べたい(笑)
ふだんの食生活に取り入れて美味しくいただいています。
いままであまり意識してこなかったんですが、色の濃い野菜の健康効果が高いことに気づかせていただき、感謝しています。
さて、むかしの人々が伊勢のアマテラスを認識していたかどうかということなんですが、これが長い話になってしまいました(笑)
お伊勢参りが大流行した江戸時代の人々は、お伊勢さんの神がだれであるかについては、あまりこだわらなかったとおもいます。
現代でもそうだとおもうんですが、たとえば四国八十八箇所の霊場を巡るときに、お参りしたひとつひとつの寺院にまつられているご本尊を確認する人はあまりいませんよね。
みんなじぶんの我欲や煩悩と向き合うのが目的なのであって、対峙する相手(神仏)が具体的にだれなのかということは、あまり突き詰めません。
強いていえば、たいへん尊い神仏であることは承知しているが、名前もお姿も存じ上げず、ただおすがりしに行くのだ、というようなスタンスでしょうか。
お伊勢参りをする人々も、多くはおかげまいりの流行に乗るのが目的で、よほど国学を研究している人でもない限り、具体的な宗教意識をもって参拝した人は少数だったのではないかとおもいます。
しかし、江戸時代に突如流行したおかげまいりには、遠巻きにある思想が影響しているかもしれません。
というのも、伊勢神宮は古来から仏教の影響を受けませんでした。
というより、仏教が主で、神道が従であるという関係性をはね返してきたのです。
アマテラスが大日如来と習合したケースも各地にはあるんですが、伊勢の神宮は本地垂迹(神仏習合)を断固として認めませんでした。
これには理由があります。
鎌倉時代に外宮の神官だった度会氏(わたらいうじ)の一族を筆頭に、当時隆盛を極めていた本地垂迹に対して、強く反対したんです。
そして、アマテラスを絶対的な神格として、神が主で仏教こそが従であるという思想(伊勢神道)を唱えました。
これは仏が主で神が従であるとした本地垂迹(仏本神迹)に対して、「神本仏迹」ともいわれます。
このような主張ができたのは、伊勢の神宮がほかの神社に比べて特別な場所だったからでしょう。
戦後に社格制度はなくなりましたが、古くから伊勢神宮の社格は最高位であり、近代社格制度においても「全ての神社の上にあり、社格のない特別な存在」という位置づけだったんです。
多くの神社は、平安時代あたりにはどこも衰微しています。
庶民が神様より仏様を信じるようになっていたんですね。
ごく自然なかたちで「仏教 > 神道」という意識が生まれ、本地垂迹が起こります。
どこの神社も仏教に飲み込まれるようにして、神々が仏教由来の何者かへ変化していきました。
人々もまた、「あのよくわからん神さんもじつは仏さんやったんか。それなら一緒に拝もう」といった具合で、神仏習合を受け入れたんですね(笑)
あの出雲大社でさえ、鰐淵寺と結びついて神宮寺となり、江戸時代(1667年)に神仏分離が寺社奉行に認められるまでは、境内に仏堂や経典が並んでいたといいます。
伊勢神道を前回話した内容でたとえると、アブラハムの宗教における絶対神のような存在として、アマテラスを考えたようです。
多神教における最高神として、しかもあらゆる神仏と別格の存在としての絶対神という位置づけでした。
この思想が、江戸時代に研究された国学の基礎になります。
なにせ当時の日本には通史がなかったので、だれも徳川以前にだれが社会を統治していたかなんてわかっていませんでした。
国学はこの天下が、もとは天皇が統治していた神国だったことを突き止めました。
そしてこれが尊王論の論拠となって、徳川打倒の起爆剤になります。
江戸から明治の過渡期になると国内に仏教アレルギーが巻き起こり、過激な廃仏毀釈が行われました。
この仏教アレルギーは、半ば徳川体制への反動といってもいいでしょう。
そして近代日本は仏教を弱体化させ、天皇を絶対的な神として位置づけるようになりました。
明治に誕生した国家神道の根っこをたどっていくと、アマテラスを絶対的な神として、神本仏迹を主張した伊勢神道があります。
ギズモさんが、日本人はありとあらゆる神仏に祈れる民族で、森羅万象に感謝の念を抱き、拝むことができるとおっしゃいました。
ぼくもそこが日本の宗教のアイデンティティだとおもいます。
しかしそんな日本の風土の中でも、伊勢神道は多神教の融和性をあえて否定し、みずからを至高の存在だと主張ました。
その点で伊勢のアマテラスには、よくもわるくもカリスマがあったのでしょう。
そうやって考えていくと、江戸時代におかげまいりが間欠的に流行したのは、もしかしたら徳川家の仏教びいきとその腐敗に嫌気がさしていた庶民がそれとなく反抗して、アマテラスのカリスマに頼った側面があったのかもしれません(笑)
二荒山神社の賽銭箱のお話、遥拝所のようになっていたんですね。
この件もお話したいことがありましたが、長くなってきたので次回以降のタイミングのあるときにさせてください。