山麓王国

No.839

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いわゆるタイムリープという考え方の元祖は、ニーチェの「永劫回帰」ということになるとおもいます。

ニーチェは、死んだらあたらしくなにかに生まれ変わるのではなくて、おなじ人生を何度も何度も、永遠に繰り返すのだといいました。

そこまでは、タイムリープっぽい感じがありますが、ニーチェは実際にわれわれが永劫回帰していると主張していたのではありません。

生まれ変わりなんてだれも見たことがないのだから、永劫回帰だって可能性としてないわけではない。

とすれば、次に生きるじぶんのために、いまをもう少しよりよく生きようではないか、という思想です。

いまの人生を投げてしまったら、次の人生でもおなじように投げてしまうことになる。

そうならないように、いまを少しでもよいように生きていようではないか、とハッパをかけているにすぎません。



これが、現代では時間を都合よく巻き戻して、何度も何度もトゥルーエンディングにたどりつくまで、やり直すということをする。

ゲームだと、『ゼルダの伝説ムジュラの仮面』あたりは有名です。

小説だと、筒井康隆の『時をかける少女』がそうです。

漫画だと『東京リベンジャーズ』は典型的ですし、海外でも『ハッピー・デス・デイ』という映画はタイムリープを繰り返します。

ニーチェの場合は、一回こっきりの人生を合わせ鏡のようにして、だからこそこの一回を大事に生きよというのですが、タイムリープものの場合は、記憶を持ち越して何度もやり直してしまう。



なにが言いたいのかというと、いまどきのフィクションは、どれもチートなんだなあ、と。

特に現代では、作品の進行にしたがってチートキャラをすこしずつ小出しにするんじゃなくて、最初からどんどん出しちゃって、そういった作品を日常的にみているわれわれの脳みそは、ほとんど麻薬漬けのようになっている。

そうすると、『ワンパンマン』みたいな、最初から最強みたいなのも許されるし、『呪術廻戦』の五条悟のような最強キャラが最初から出てきてしまうわけです。

まあ、この手の最初から最強というようなシナリオは、古くはブルース・リーもそうなんですけどね。

ぼくとしては、そういうフィクションの麻薬から抜け出して、永劫回帰のような、地に足の着いた思想を目指す、というのが……まあ、ただしいとは言わないけど、でも、実際の人間生活は、そうなんだとおもうんですよね。

#与太話

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