山麓王国

No.986

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985
古事記も日本書紀も、おそらく多くの人の意見を聞きながらつくられたのだろうとおもいます。

たとえば多くの人が集まって「あのとき、どうなっていた」という議論があったとします。

そこにいた人々が、「あのときは、こうだった」「いや、微妙にちがう、あのときはこうだった」という話をする。

しかしそれを書き留める人が、それを「ほんとうはどうだったんだ」と問い詰めたり、「どれかひとつにまとめてくれ」とは言わずに、すべて書き並べてしまうんですね。

これが記紀の書き方のようです。

いわば、非常に玉虫色で……読み手は解釈がわかれるような書き方に翻弄されますし、現代人は特に、こういうはっきりしない書き方を嫌うのではないかとおもいます。



東京はビルの中に出雲大社があったり、タワーの中に大神宮があったり、神道もずいぶんコンパクトになってるんですね。

都市部ではお墓参りもデジタル化されているといいますが、うちのあたりの田舎では、コロナ以降にようやく自治会総出の葬式がすたれてきて、各々が家族葬ですませるという、都市型の葬儀に追い付いてきたところがあります。

大阪に住んでいた感覚でいえば、10年から20年ほど遅れています。

都市型の祭礼のありようにならうとすれば、あと20年もすると田舎でも神社の境内の管理などが行き届かなくなって、土地が整理されて社務所の中に小さな社をまつって、そこで細々と行事を行うということになるのかもしれません。

土地余りの田舎でも、信仰はどんどんコンパクトになっていくのだろうか……とさすがにいまの時点では想像もつかないことですが、遠い未来ということになると、あり得るかもしれないとおもいました。

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