No.996
「床」が間違っていたので、「病牀六尺」に訂正しました。
正岡子規はあまり読んだことがなかったのですが、さすがによくご存じでしたね。
何かのきっかけがあって、得るものが増えていくというのは楽しいものです。
農園主さんの説明は、とてもわかりやすいです。
禅宗はあまり関心がなかったので、特に調べたことはありませんが、禅問答は、わかるようなわからないような、でもおもしろいです。
ひたすら座禅を組んでいる、というイメージがあります。
自分の中に仏性がある、というのは、それだけでなんだか救いがあるように思います。
内側に意識を向けるというと、内観みたいなものでしょうか。
密教で行う阿字観とも違うようですね。
宗教と異なる瞑想もいろいろあって、範囲が広いです。
意識を、地面から空、空から宇宙に向けて行くというような瞑想を以前やったことがありますが、数日で挫折しました。
何も考えず、心を無にしている時間というのは大事だと思いますが、ついつい余計なことが思い浮かんでしまいます。
小乗仏教は、「選ばれた修行者」のためなんですね。
以前教えていただいた、熊野権現、本地垂迹のことは、とても興味があって、浅くですが調べてみたりしました。
仏教も神道も、知れば知るほど(そんなに知っているわけではありませんが)、よけいわからなくなったり疑問がでてきたりします。
とげ抜き地蔵の近くに、仏教学部がある「大正大学」があるのですが、社会人講座を受講したいと思いつつ、一度も行けていません。
クマの話、考えさせられました。
こういうことにちゃんと目を向け、実践していく政治家などがいないものでしょうか。
最近の政治家は、みんなピントがずれているようで、日本は先進国からどんどん取りこぼされていくのではないか、と常々思っています。
正岡子規はあまり読んだことがなかったのですが、さすがによくご存じでしたね。
何かのきっかけがあって、得るものが増えていくというのは楽しいものです。
農園主さんの説明は、とてもわかりやすいです。
禅宗はあまり関心がなかったので、特に調べたことはありませんが、禅問答は、わかるようなわからないような、でもおもしろいです。
ひたすら座禅を組んでいる、というイメージがあります。
自分の中に仏性がある、というのは、それだけでなんだか救いがあるように思います。
内側に意識を向けるというと、内観みたいなものでしょうか。
密教で行う阿字観とも違うようですね。
宗教と異なる瞑想もいろいろあって、範囲が広いです。
意識を、地面から空、空から宇宙に向けて行くというような瞑想を以前やったことがありますが、数日で挫折しました。
何も考えず、心を無にしている時間というのは大事だと思いますが、ついつい余計なことが思い浮かんでしまいます。
小乗仏教は、「選ばれた修行者」のためなんですね。
以前教えていただいた、熊野権現、本地垂迹のことは、とても興味があって、浅くですが調べてみたりしました。
仏教も神道も、知れば知るほど(そんなに知っているわけではありませんが)、よけいわからなくなったり疑問がでてきたりします。
とげ抜き地蔵の近くに、仏教学部がある「大正大学」があるのですが、社会人講座を受講したいと思いつつ、一度も行けていません。
クマの話、考えさせられました。
こういうことにちゃんと目を向け、実践していく政治家などがいないものでしょうか。
最近の政治家は、みんなピントがずれているようで、日本は先進国からどんどん取りこぼされていくのではないか、と常々思っています。