全年3月23日の投稿[2件]
2025年 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する
心臓の違和感、徐々によくなってきたようで、よかったです。
自治会集会も無事に済んだとのことで、安心しました。
締めつけ感、キューっとなるような痛み、せりあがってくる痛みやもたれなど、心臓なのか胃なのか判明できない、まぎらわしい症状が出ることもありますね。
昨年末からのいろいろな不調が、食事や市販薬などで改善され、体調の不安がなくなるようにと思います。
せっかくの農閑期が体調不良で楽しめなかったかもしれませんが、農閑期のうちに原因に思い当たり、対処法を講じることができたのは、タイミング的にも何かにまもられているように思えます。
病気(「病気」と言えるものも言えないものも)は、気の持ちようも影響するので、あまり深く考えず、「騙し騙し」つきあっていくという向き合い方が必要かな、と思うようになりました。
私も、痛みをさんざん味わった末に死ぬのはいやです(笑)
痛みやつらさは、治る大前提のものであってほしいですね。
治ると思うから、つらくても我慢できるのだと思います。
浅井戸というのは初めて知りました。
稀に都内で井戸がある個人宅を見かけますが、枯れ井戸になっていて、使用不可のまま残してあるようでした。
最近知ったのですが、防災井戸というものを新しく設置している地域、集合住宅などがあるようですね。
災害時に使用する目的だそうですが、非飲用のようですので、浅井戸なのかもしれません。
飲めないのは困りますが、それでもこういう災害用の井戸は、増えてくれるといいですね。
昔は「湯水のように~~」という言葉がありましたが、最近の水道代は高すぎて、とてもとても気軽には使えません(笑)
電気・ガス・水道、これは生きていくうえで重要なものなので、26億円かけて都がやろうとしている、ランドマークの噴水事業は取りやめ、私立の高校の授業料無償化などという政策は見送って、高額医療費(訂正:高額医療費制度)は現状維持または引き下げとし、最低ラインの光熱費の負担を国、または自治体が行ってくれないものだろうかと思うのですが、そういうことは絶対してくれないんですよね(笑)
私立高校の授業料を無料にできる財源があるなら、奨学金制度の見直しをし、貸し付けではなく返済不要にすべきなのではと思います。
誰でも、ということはできないので、ある一定の成績以上の学生にということになるでしょうが。
実際、多額の奨学金を返済しなければいけないので、結婚できないという人も多いということですし、奨学金は借金として夫婦共有になってしまうので(訂正:夫婦共有になる可能性があるので)、なかなか難しい問題だと思います。
話がずいぶん逸れました(笑)
江戸幕府のお話、大変興味深く読ませていただきました。
考えてみたら、一つの体制が200年も続いたということは、不思議なことですね。
徳川家康以降、子孫がずっと政治を行ってきたというのは、不自然に思えてきました。
しかも、養子縁組をしてまで、代々徳川の体制を守ってきたというわけですから、ある意味、皇室と似たようなものだと思います。
徳川が続いていたら、大奥の制度も存続していたかもしれませんし、なんだかめちゃくちゃな世の中になっていたかもしれませんね(笑)
私なんかは、将軍に気に入られたために、大奥でさんざんいじめられて、つらい日々を過ごしていたかもしれません(笑)
司馬さんの考え方は、実におもしろいですね。
100年で別の体制に変わっていたら、いったいどんな世の中になっていたでしょうか。
反面、江戸幕府がずっと続いていたと想定した場合、いまだに鎖国ということはないでしょうから、仰るように、西洋の傀儡政権となり、宗教も今とは明らかに異なっていたかと思います。
武士が軍人、江戸幕府や藩は軍事政権というお話は、とても新鮮に感じました。
そういう捉え方をすると、私の中での武士というものが、変わったように思います。
幕府が100年で死に体というのは、司馬さんが、「べつの体制に転換しておけばよかった」と言った、その時期ですね。
「日本の奇跡は、あの時代に西洋に隷属せず、志士が幕府を打倒して、国家として独立する道を選べたこと」というお話を伺うと、改めて、本当に奇跡的な偉業だったのだな、と感じました。
「汽笛一声新橋を~」で始まる『鉄道唱歌』という唱歌をご存じと思います。
明治33年に、子どもたちに日本の地理を覚えさせようという目的で、『地理教育 鉄道唱歌』のタイトルで作られました。
中でも、新橋から神戸の「東海道編」が大ヒットしますが、その中に、頼朝、家康や藤吉郎の名もあります。
「大石良雄が山科の その隠家はあともなし 赤き鳥居の神さびて 立つは伏見の稲荷山」というのは45番の歌詞なのですが、大石良雄は大石内蔵助のことです。
2番では、
「右は高輪泉岳寺 四十七士の墓どころ 雪は消えても 消え残る 名は千載ののちまでも」
明治33年の当時も、忠臣蔵の話は歌にするほどだったということがわかります。
歌にしたのは、江戸時代に作られた「忠臣蔵」ではなく、史実に基づいた赤穂浪士のことなのかもしれませんが、定かではありません。
お忙しくなる時期ですが、まだ本調子とは言えないでしょうから、体調と向き合いながらくれぐれも無理せずお過ごしください。
こちらは、雪がけっこう降ったと思ったら、昨日今日は20℃以上。
激しい気温差と花粉でヘロヘロです(笑)
自治会集会も無事に済んだとのことで、安心しました。
締めつけ感、キューっとなるような痛み、せりあがってくる痛みやもたれなど、心臓なのか胃なのか判明できない、まぎらわしい症状が出ることもありますね。
昨年末からのいろいろな不調が、食事や市販薬などで改善され、体調の不安がなくなるようにと思います。
せっかくの農閑期が体調不良で楽しめなかったかもしれませんが、農閑期のうちに原因に思い当たり、対処法を講じることができたのは、タイミング的にも何かにまもられているように思えます。
病気(「病気」と言えるものも言えないものも)は、気の持ちようも影響するので、あまり深く考えず、「騙し騙し」つきあっていくという向き合い方が必要かな、と思うようになりました。
私も、痛みをさんざん味わった末に死ぬのはいやです(笑)
痛みやつらさは、治る大前提のものであってほしいですね。
治ると思うから、つらくても我慢できるのだと思います。
浅井戸というのは初めて知りました。
稀に都内で井戸がある個人宅を見かけますが、枯れ井戸になっていて、使用不可のまま残してあるようでした。
最近知ったのですが、防災井戸というものを新しく設置している地域、集合住宅などがあるようですね。
災害時に使用する目的だそうですが、非飲用のようですので、浅井戸なのかもしれません。
飲めないのは困りますが、それでもこういう災害用の井戸は、増えてくれるといいですね。
昔は「湯水のように~~」という言葉がありましたが、最近の水道代は高すぎて、とてもとても気軽には使えません(笑)
電気・ガス・水道、これは生きていくうえで重要なものなので、26億円かけて都がやろうとしている、ランドマークの噴水事業は取りやめ、私立の高校の授業料無償化などという政策は見送って、高額医療費(訂正:高額医療費制度)は現状維持または引き下げとし、最低ラインの光熱費の負担を国、または自治体が行ってくれないものだろうかと思うのですが、そういうことは絶対してくれないんですよね(笑)
私立高校の授業料を無料にできる財源があるなら、奨学金制度の見直しをし、貸し付けではなく返済不要にすべきなのではと思います。
誰でも、ということはできないので、ある一定の成績以上の学生にということになるでしょうが。
実際、多額の奨学金を返済しなければいけないので、結婚できないという人も多いということですし、奨学金は借金として夫婦共有になってしまうので(訂正:夫婦共有になる可能性があるので)、なかなか難しい問題だと思います。
話がずいぶん逸れました(笑)
江戸幕府のお話、大変興味深く読ませていただきました。
考えてみたら、一つの体制が200年も続いたということは、不思議なことですね。
徳川家康以降、子孫がずっと政治を行ってきたというのは、不自然に思えてきました。
しかも、養子縁組をしてまで、代々徳川の体制を守ってきたというわけですから、ある意味、皇室と似たようなものだと思います。
徳川が続いていたら、大奥の制度も存続していたかもしれませんし、なんだかめちゃくちゃな世の中になっていたかもしれませんね(笑)
私なんかは、将軍に気に入られたために、大奥でさんざんいじめられて、つらい日々を過ごしていたかもしれません(笑)
司馬さんの考え方は、実におもしろいですね。
100年で別の体制に変わっていたら、いったいどんな世の中になっていたでしょうか。
反面、江戸幕府がずっと続いていたと想定した場合、いまだに鎖国ということはないでしょうから、仰るように、西洋の傀儡政権となり、宗教も今とは明らかに異なっていたかと思います。
武士が軍人、江戸幕府や藩は軍事政権というお話は、とても新鮮に感じました。
そういう捉え方をすると、私の中での武士というものが、変わったように思います。
幕府が100年で死に体というのは、司馬さんが、「べつの体制に転換しておけばよかった」と言った、その時期ですね。
「日本の奇跡は、あの時代に西洋に隷属せず、志士が幕府を打倒して、国家として独立する道を選べたこと」というお話を伺うと、改めて、本当に奇跡的な偉業だったのだな、と感じました。
「汽笛一声新橋を~」で始まる『鉄道唱歌』という唱歌をご存じと思います。
明治33年に、子どもたちに日本の地理を覚えさせようという目的で、『地理教育 鉄道唱歌』のタイトルで作られました。
中でも、新橋から神戸の「東海道編」が大ヒットしますが、その中に、頼朝、家康や藤吉郎の名もあります。
「大石良雄が山科の その隠家はあともなし 赤き鳥居の神さびて 立つは伏見の稲荷山」というのは45番の歌詞なのですが、大石良雄は大石内蔵助のことです。
2番では、
「右は高輪泉岳寺 四十七士の墓どころ 雪は消えても 消え残る 名は千載ののちまでも」
明治33年の当時も、忠臣蔵の話は歌にするほどだったということがわかります。
歌にしたのは、江戸時代に作られた「忠臣蔵」ではなく、史実に基づいた赤穂浪士のことなのかもしれませんが、定かではありません。
お忙しくなる時期ですが、まだ本調子とは言えないでしょうから、体調と向き合いながらくれぐれも無理せずお過ごしください。
こちらは、雪がけっこう降ったと思ったら、昨日今日は20℃以上。
激しい気温差と花粉でヘロヘロです(笑)
2024年 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する
1401
満鉄社歌、確認されている日本最初の社歌なんですね。
イデオロギッシュでギラギラした歌だとおもいましたし、北朝鮮のような曲というのも、あの国威をむやみに掲揚する感じがたしかに似ているとおもいました。
しかしこの作詞をした山口慎一は、満鉄社歌が採用された4年後には左翼として検挙されて、満州から日本にいったん帰国したとあります。
大正当時の社会はすでに思想警察のはびこるきな臭い匂いで充満していたのでしょう。
そんな中で、文学でいえば芥川龍之介は漱石から受け継いだじぶんの自由主義的な思想を「上手に隠す」ようになりますし、谷崎潤一郎は対米戦争の足音を聞きながら、西洋文化のまばゆい明るさに背を向けるように『陰翳礼賛』を著したんですね。
愛新覚羅という苗字は、戦後すぐの日本でさぞかし生きづらかったことだろうとおもいます。
そういえば、タレントの板東英二は満州生まれですね。
満州で生まれて、日本への引き揚げの際に置き去りにされそうになったのを、間一髪で連れ帰ってもらったそうで、そこからはご存知とおもいますが、高校野球で大活躍し、プロ野球選手、タレントと、表舞台で活躍するようになりました。
ひとりの人間が、満州という歴史上の亡国に取り残されかけたところから華やかな戦後日本の寵児へと、シームレスにつながっているというのはどうも不思議な気分です。
おなじように、愛新覚羅という苗字をつないで生きている人が日本にいるというのも、やはり不思議です。
満鉄社歌、確認されている日本最初の社歌なんですね。
イデオロギッシュでギラギラした歌だとおもいましたし、北朝鮮のような曲というのも、あの国威をむやみに掲揚する感じがたしかに似ているとおもいました。
しかしこの作詞をした山口慎一は、満鉄社歌が採用された4年後には左翼として検挙されて、満州から日本にいったん帰国したとあります。
大正当時の社会はすでに思想警察のはびこるきな臭い匂いで充満していたのでしょう。
そんな中で、文学でいえば芥川龍之介は漱石から受け継いだじぶんの自由主義的な思想を「上手に隠す」ようになりますし、谷崎潤一郎は対米戦争の足音を聞きながら、西洋文化のまばゆい明るさに背を向けるように『陰翳礼賛』を著したんですね。
愛新覚羅という苗字は、戦後すぐの日本でさぞかし生きづらかったことだろうとおもいます。
そういえば、タレントの板東英二は満州生まれですね。
満州で生まれて、日本への引き揚げの際に置き去りにされそうになったのを、間一髪で連れ帰ってもらったそうで、そこからはご存知とおもいますが、高校野球で大活躍し、プロ野球選手、タレントと、表舞台で活躍するようになりました。
ひとりの人間が、満州という歴史上の亡国に取り残されかけたところから華やかな戦後日本の寵児へと、シームレスにつながっているというのはどうも不思議な気分です。
おなじように、愛新覚羅という苗字をつないで生きている人が日本にいるというのも、やはり不思議です。