全年7月22日の投稿[6件]
2024年 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する
マッサージ機で刺激してしまったのでしょうか。大変な思いをなさいましたね。
でも、ベストな解決方法が見つかってよかったです。
うっかり整形外科に行くと、リハビリ(電気とかマッサージとか)に延々と通わされ、いつまでたっても効果がないということが多いです。
今回も、とてもおもしろく、新鮮な興味を持って読ませていただきました。
前回No,1490を書いたあと、ずっと考えていたことがあります。
それは、神様が実在したかしないかは関係なく、神話と歴史はたぶん密接なつながりがあるのではないか、ということ。
そして、歴史というのは、どんな些細な情報でも信憑性がないことでも、いろいろなことをつなぎ合わせたり切り落として、想像していくものではないか、ということでした。
想像するということは正確な歴史とは違いますが、様々なことがどんどん塗りかえられていく時代に、これが正解というものはないに等しいのかもしれません。
そこで、自分なりに想像し、構築していくことが、歴史との向き合い方のように思えたのですが、それは決して確証を得ることを前提にしたり、正確な結論を導き出すものでなくてもよい、とも思いました。
そんなわけで、今回の記事を読ませていただき、想像というところでシンクロしたように感じ、ちょっとびっくりしました(笑)
ずいぶん前に高木彬光の『成吉思汗の秘密』を読んだのですが、名探偵が入院して退屈な時に謎を解くベッド・ディテクティブの形をとっているので、いわゆる推理小説なのですが、チンギスカン(チンギスハン)と源義経が同一人物だという事を検証していくお話です。
歴史もののような堅苦しさがなくおもしろかったのですが、この作家が『邪馬台国の秘密』を書いていました。
昭和47年なので、まだ教科書では邪馬台国は九州にあったと書かれていた頃かもしれませんね。
まだ読んでいませんが、やはりベッド・ディテクティブ形式で、卑弥呼、邪馬台国の謎を解いていくお話のようです。
ネットで調べると、『魏志倭人伝』の内容は正確なものだと仮定(断定?)して、書いているようでした。
それにもう一冊、『古代天皇の秘密』というものもありました。
神武天皇は存在したのか、大和朝廷の謎、隼人族、熊襲族、天孫降臨、神話の解明など、古代史の実像に迫る、と書いてありました。
こちらも興味あります。
歴史について自分なりの考えを書きたかったのを、歴史小説とはせず、入院中の探偵が謎を解き明かしていくという推理小説の形をとったことに、この作家の拘りを感じます。
邪馬台国や卑弥呼にはあまり関心がなかったのに、農園主さんの記事から大変興味を持ってしまいました(笑)
農園主さんが書いていらっしゃることは、想像、フィクションであるのかもしれませんが、歴史的な一考察なので、どこか別の場で発表なさる機会があればいいなと思います。
いつも、いろいろな刺激をありがとうございます(人''▽`)
知りたいことが広がるというのは、本当にありがたいことです。
私にとっては、ネットであれこれ調べたりいろいろな本を読むよりも、農園主さんの記事の方が、わかりやすく興味深く読めるので、うれしいです。
でも、ベストな解決方法が見つかってよかったです。
うっかり整形外科に行くと、リハビリ(電気とかマッサージとか)に延々と通わされ、いつまでたっても効果がないということが多いです。
今回も、とてもおもしろく、新鮮な興味を持って読ませていただきました。
前回No,1490を書いたあと、ずっと考えていたことがあります。
それは、神様が実在したかしないかは関係なく、神話と歴史はたぶん密接なつながりがあるのではないか、ということ。
そして、歴史というのは、どんな些細な情報でも信憑性がないことでも、いろいろなことをつなぎ合わせたり切り落として、想像していくものではないか、ということでした。
想像するということは正確な歴史とは違いますが、様々なことがどんどん塗りかえられていく時代に、これが正解というものはないに等しいのかもしれません。
そこで、自分なりに想像し、構築していくことが、歴史との向き合い方のように思えたのですが、それは決して確証を得ることを前提にしたり、正確な結論を導き出すものでなくてもよい、とも思いました。
そんなわけで、今回の記事を読ませていただき、想像というところでシンクロしたように感じ、ちょっとびっくりしました(笑)
ずいぶん前に高木彬光の『成吉思汗の秘密』を読んだのですが、名探偵が入院して退屈な時に謎を解くベッド・ディテクティブの形をとっているので、いわゆる推理小説なのですが、チンギスカン(チンギスハン)と源義経が同一人物だという事を検証していくお話です。
歴史もののような堅苦しさがなくおもしろかったのですが、この作家が『邪馬台国の秘密』を書いていました。
昭和47年なので、まだ教科書では邪馬台国は九州にあったと書かれていた頃かもしれませんね。
まだ読んでいませんが、やはりベッド・ディテクティブ形式で、卑弥呼、邪馬台国の謎を解いていくお話のようです。
ネットで調べると、『魏志倭人伝』の内容は正確なものだと仮定(断定?)して、書いているようでした。
それにもう一冊、『古代天皇の秘密』というものもありました。
神武天皇は存在したのか、大和朝廷の謎、隼人族、熊襲族、天孫降臨、神話の解明など、古代史の実像に迫る、と書いてありました。
こちらも興味あります。
歴史について自分なりの考えを書きたかったのを、歴史小説とはせず、入院中の探偵が謎を解き明かしていくという推理小説の形をとったことに、この作家の拘りを感じます。
邪馬台国や卑弥呼にはあまり関心がなかったのに、農園主さんの記事から大変興味を持ってしまいました(笑)
農園主さんが書いていらっしゃることは、想像、フィクションであるのかもしれませんが、歴史的な一考察なので、どこか別の場で発表なさる機会があればいいなと思います。
いつも、いろいろな刺激をありがとうございます(人''▽`)
知りたいことが広がるというのは、本当にありがたいことです。
私にとっては、ネットであれこれ調べたりいろいろな本を読むよりも、農園主さんの記事の方が、わかりやすく興味深く読めるので、うれしいです。
2023年 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する
ビッグモーターや知床遊覧船で経営コンサルタントパートナーを務めていた男がいたそうで、この経営指導が黒幕なんじゃないのかと噂になっています。
まあ問題そのものはともかく、ぼくはというと、いつもどおり遠景を俯瞰するような話がしたいのですよ。
経営コンサルタントといいますが、経営という言葉の語源は仏教にさかのぼるようです。
経営の経と、お経の経はおなじ字で、おなじ意味なんですが、「ものごとの筋道、道理」を意味します。
では営とはなにかというと、いとなむ、おこなう、励む、というようなことですが、「実践する」ということなんです。
つまり経営とは、ものの道理の実践に励む、ということ。
そもそもの意味には、お金を稼ぐというようなニュアンスはありません。
資本主義という概念は、比較的あたらしいものなので、もともとは単に、じぶんにできる精一杯、奉仕するというような感じです。
源氏物語の夕顔のくだりに「大殿も、けいめいしたまひて、日々に渡り給ひつつ」とあるのですが、この「けいめい」が「経営」で、左大臣が光源氏のために忙しく立ち回った、というような意味合いです。
また平家物語では「多日のけいえいをむなしうして」とあり、これは多くの日数をかけた建築がムダになってしまった、というような意味合いです。
このことからみても、経営という概念からお金、つまり資本主義を取り除くと、そこには人のために心を砕くという意味が残ってきます。
もうすこし掘り下げて、経緯という言葉があります。
地図の縦の座標軸を経度、横の座標軸を緯度といいますが、経という言葉には、機織りにおける縦の糸という意味も含まれています。
緯は、横糸のことです。
この縦横の糸が、さっきの筋道・道理という意味とあいまって、ものごとのなりゆきをあらわす経緯という言葉になる。
さらにこの縦の糸(道理)を、生活をするための家の区画をつくる縄として考えて、「じぶんの規模を決めて縄張りをつくり、その範囲で力を尽くしてものごとに取り組む」というような意味合いが、経営という言葉に含まれてくるのです。
この言葉だけをみると、経営とはすばらしい理念なのだな、と感心します。
ところが経営という言葉に資本主義が絡むと、金を儲けるのが至上命題となって、道理が引っ込んでしまうんですね。
資本主義に限りませんが、道理はしばしば主義に服従して、「主義を実践するための道具」にすりかえられてしまうわけです。
たとえば「お金を儲けることに成功した経営者の言うことは絶対である」というゆがんだ価値観もまた、会社という世界の中では、やろうとおもえば道理になってしまいます。
社長を神様として、その宣旨はすなわち教義であり、道理なのだ、とまあ、そういう主義で道理がないがしろにされた結果、「経営がカルト化していく」ようなケースは後を絶ちません。
それで、社員はというと、実際には道理とはほど遠い非道徳的な仕事内容の中で酷使されながら、一方で便所の便器を手で洗うようなことで、上っ面の道理の実践を強要されて、あたかも道理的な仕事を実践しているように洗脳されてしまうというわけです。
#時事
まあ問題そのものはともかく、ぼくはというと、いつもどおり遠景を俯瞰するような話がしたいのですよ。
経営コンサルタントといいますが、経営という言葉の語源は仏教にさかのぼるようです。
経営の経と、お経の経はおなじ字で、おなじ意味なんですが、「ものごとの筋道、道理」を意味します。
では営とはなにかというと、いとなむ、おこなう、励む、というようなことですが、「実践する」ということなんです。
つまり経営とは、ものの道理の実践に励む、ということ。
そもそもの意味には、お金を稼ぐというようなニュアンスはありません。
資本主義という概念は、比較的あたらしいものなので、もともとは単に、じぶんにできる精一杯、奉仕するというような感じです。
源氏物語の夕顔のくだりに「大殿も、けいめいしたまひて、日々に渡り給ひつつ」とあるのですが、この「けいめい」が「経営」で、左大臣が光源氏のために忙しく立ち回った、というような意味合いです。
また平家物語では「多日のけいえいをむなしうして」とあり、これは多くの日数をかけた建築がムダになってしまった、というような意味合いです。
このことからみても、経営という概念からお金、つまり資本主義を取り除くと、そこには人のために心を砕くという意味が残ってきます。
もうすこし掘り下げて、経緯という言葉があります。
地図の縦の座標軸を経度、横の座標軸を緯度といいますが、経という言葉には、機織りにおける縦の糸という意味も含まれています。
緯は、横糸のことです。
この縦横の糸が、さっきの筋道・道理という意味とあいまって、ものごとのなりゆきをあらわす経緯という言葉になる。
さらにこの縦の糸(道理)を、生活をするための家の区画をつくる縄として考えて、「じぶんの規模を決めて縄張りをつくり、その範囲で力を尽くしてものごとに取り組む」というような意味合いが、経営という言葉に含まれてくるのです。
この言葉だけをみると、経営とはすばらしい理念なのだな、と感心します。
ところが経営という言葉に資本主義が絡むと、金を儲けるのが至上命題となって、道理が引っ込んでしまうんですね。
資本主義に限りませんが、道理はしばしば主義に服従して、「主義を実践するための道具」にすりかえられてしまうわけです。
たとえば「お金を儲けることに成功した経営者の言うことは絶対である」というゆがんだ価値観もまた、会社という世界の中では、やろうとおもえば道理になってしまいます。
社長を神様として、その宣旨はすなわち教義であり、道理なのだ、とまあ、そういう主義で道理がないがしろにされた結果、「経営がカルト化していく」ようなケースは後を絶ちません。
それで、社員はというと、実際には道理とはほど遠い非道徳的な仕事内容の中で酷使されながら、一方で便所の便器を手で洗うようなことで、上っ面の道理の実践を強要されて、あたかも道理的な仕事を実践しているように洗脳されてしまうというわけです。
#時事
ちょうどブラタモリをみていて「閑かさや岩にしみ入る蝉の声」という俳句が出てきたんですが、ドナルド・キーンという日本文学の屈指の評論家はこの句に対して、すごいことをいいました。
まず、この俳句には、母音が i になる言葉が7つもあるというんですね。
「し」ずかさや 「い」わ「に」「し」「み」「い」る せ「み」のこえ
で、セミの鳴き声はミーンミーンですが、「min min」ですから、母音は i なんです。
つまり、芭蕉はこの句を詠む際に、セミの鳴き声の i を意識して、母音が i になる言葉を多用したという分析をするんですね。
ぼくはこれを聞いたときに、ドナルド・キーンの分析力のすごさはもちろん、俳句という文芸はもう江戸時代に完成されていて、たった17文字の芸術がやれることは、早々に頭打ちになっていたのだとぼうぜんとしたものです。
#与太話
まず、この俳句には、母音が i になる言葉が7つもあるというんですね。
「し」ずかさや 「い」わ「に」「し」「み」「い」る せ「み」のこえ
で、セミの鳴き声はミーンミーンですが、「min min」ですから、母音は i なんです。
つまり、芭蕉はこの句を詠む際に、セミの鳴き声の i を意識して、母音が i になる言葉を多用したという分析をするんですね。
ぼくはこれを聞いたときに、ドナルド・キーンの分析力のすごさはもちろん、俳句という文芸はもう江戸時代に完成されていて、たった17文字の芸術がやれることは、早々に頭打ちになっていたのだとぼうぜんとしたものです。
#与太話
きのうの夜、うまく眠れなくて、きょうの午前中、受粉作業と配達を終えて、二度寝。
起きてから、収穫作業と袋詰め。もう、あっという間に終わっちゃう(笑)
午後から買い物に行って、トラクターで5アールちょっと中耕除草。
そのあと小動物が入らないように防獣ネットの下の部分をヘアピン杭で固定していき、最後は葉物野菜に水やりして作業終了。
ひとつ追記で、きのう、第一弾のぶんに二度目の防除作業をすませています。
#野菜
起きてから、収穫作業と袋詰め。もう、あっという間に終わっちゃう(笑)
午後から買い物に行って、トラクターで5アールちょっと中耕除草。
そのあと小動物が入らないように防獣ネットの下の部分をヘアピン杭で固定していき、最後は葉物野菜に水やりして作業終了。
ひとつ追記で、きのう、第一弾のぶんに二度目の防除作業をすませています。
#野菜
