山麓王国

全年8月3日の投稿7件]

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いまさらですが、3DSのドラクエ11を終盤まで遊んでいて、キャラクターはたいがいレベル90台後半。
ヨッチ族の物語をクリアしようと……これは正直つまらないんですが……がんばっています。

前回クリアしたときは飛ばしていた要素です。
ことしの頭には、それなりに楽しんでクリアしたファンタジーライフも、あらためてすべての職業をダラダラとクリアしました。

どちらも軽く200時間以上は遊んでるんですが、いま、ファミコンやスーパーファミコンが遊べる携帯端末が出たら、ぼくはどうなっちゃうんだろう。←寿命がきます

#与太話
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ルパン三世の作曲家である大野雄二の、大野雄二節は、たしかにあるのです。

もう、この人にしかできない節回しというか、聞けばすぐ、「大野さんやんか」となる。

この曲はぼくがとても好きなルパン三世の一曲ですが、大野雄二さんのほかの曲を聞いて、ルパン三世を彷彿することもあります。



これなんかわかりやすい一例で、横溝正史の金田一耕助シリーズにおける犬神家の一族の曲ですが、もう冒頭部分がルパンそのもの。

あまりにも犬神家の一族の曲として定着してるからそうなっているだけで、あるいはルパンが犬神家なのか、大野雄二がルパンなのか、大野雄二が金田一耕助かもしれないし、金田一耕助がルパンなのか、もう倒錯してワケがわかりません。

#音楽
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炭鉱のカナリヤは、Twitter(Twitterと、言いたい)を去る。
きょうかあしたに、ぼくのアカウントは消えます。
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配達を終えて、朝、入院中の親父から電話があったんですよ。
まだ7時だったから、ふつうこんな時間にかかってくることはありません。

電話をとって、「もしもし」
返事がない。

可能性としてはふたつで、なにかとてもわるいことが起こっているか、単に電話のかけ間違い。

「聞こえてる? 電波わるいかな。ちょっとかけ直すから切るで」

と伝えて、電話を切ってかけ直すと、「もしもし」と父の声。

しゃがれてはいたけど、親父の声で、ひと安心。
結局スマホの操作を間違えてぼくにかかったらしい。

「体調はどない?」と聞くと
「体調か……最悪や」とひと言。

その言葉になんともいえぬユーモアを感じてちょっと笑ってしまい、とりつくろうように「そうか、あとひと息の辛抱やで、がんばってよ」と声をかけ「もしなんかあったら電話してや」というと、「ありがとう」と。

お盆を過ぎたあたりで、放射線治療と抗がん剤治療が終了し、そこから経過をみることになります。

ほんとうに、あともうちょっとの辛抱だし、なんとかこの治療が奏功してほしい。
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きょうの農作業は、出荷をすませて、わずかばかりの収穫と袋詰め。朝夕の水やり。
きのうやり残した除草剤散布。
奥の圃場の草がだいぶ伸びてたので、トラクターで中耕除草。

トラクターをかけていると、土が乾燥しきっているので、細かい砂が舞うんですね。
この畑でこれなら、砂漠でトラクターをかけたらどうなるんだろうな、としょうもないことを考えながら、アレルギー体質なので、砂を吸うとあんまりよくありません。

いろいろしゃあないんですが、長靴が日射を受けることで足指の先が低温やけどみたいになったり、職業病みたいなものはどうしても起こりますね。

仕事中、来客がおふたり。巨峰とデラウェアをひと房ずつと、ビールを6本いただいて、感謝しきり。

#野菜
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『竜馬がゆく』を読み続けています。トイレ読書なので、なかなか終わらない。ずいぶん前から読んでるんですが、まだ3巻の途中です。

ぼくは勝手にそうおもってるんですが、ぼくがそのとき思案しているようなことに、司馬さんの本がこたえてくれるようなことがよく起こるんですよ。

もちろんおもい込みにすぎないんですが、その起こる頻度がほかの本と比べてあまりに多いので、これは「司馬さんとの対話」だとおもうようにしたわけです。


1960年代に書かれたこの小説の中に、ある一節があって、それがいまのぼくの中で痛烈に響きました。

引用します。

竜馬は、議論しない。議論などは、よほど重大なときでない限り、してはならぬ、と自分にいいきかせている。
もし議論に勝ったとせよ。
相手の名誉をうばうだけのことである。通常、人間は議論に負けても自分の所論や生き方は変えぬ生きものだし、負けたあと、持つのは、負けた恨みだけである。


最近、ついカッとなって、旧Twitterで、芸人を開店休業しながら政治活動をしてる人のツイートに反応したんですよね。

あんまり褒められたことじゃねえな、とおもいつつも、どうしてもこちらのおもうことを述べたくなったのです。

その人の発言は大炎上したようで運営側に削除されていますが、相手は大量の石つぶてを受けているので、ぼく個人の意見など届くはずがありません。

その後のかれの考え方をみる限り、あの発言に対して真意が読めずに反論をしているわれわれがわるい、ということになっているらしい。

それでまたカッとなって、もう一度メッセージを送って、それでもう、つくづく徒労感で、こんなことはするもんじゃないな、とこっちが反省する始末。

それで、もう旧Twitterに参加する気にもなれず、じぶんの王国に引きこもってる格好になってるわけですが、そこへ、けさの司馬さんからのメッセージ。

「人間は議論に負けても自分の所論や生き方は変えぬ生きものだし、負けたあと、持つのは、負けた恨みだけである。」

相手の考える正しさとじぶんの考える正しさがちがっていても、それはそれで受け止めておく、くらいの器量は、ぼちぼち持ちたいものです。

#与太話
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スマホから旧Twitterをみると、背景が真っ黒け。パソコンにはまだ仕様変更は適用されていないようです。

そうなるという話はニュースで聞いていたから、驚きはなかったものの、背景が黒いというだけで、フォロワーさんの善良でイノセンスな菜園ツイートも陰謀論めいてみえてきます(笑)


むかしテキストサイトの一群の中にいたころ、よくアクセス数を稼いでいた「斬鉄剣」というサイトがあって、これはなんだかあちこちにケンカをふっかけているおかしなサイトだったんですが、背景が真っ黒で、いかにも「後ろ暗い」演出でした。

いまからおもうとあれは炎上商法のはしりのようなもので、野次馬をあつめるような形でアクセスを稼いでいたんですが、しかしウェブサイトがマネタイズしにくい時代にあんなことをしていた理由は、いまだによくわかりません。

ああいう過激な言論にあこがれたといってたのが「侍魂」というテキストサイトでした。しかしこちらはべつに炎上を狙っているわけではなく、文字を積極的に装飾しておもしろさをアピールするものでしたが、やはり背景は真っ黒でした。
こちらは、言論の後ろ暗さというよりは、単純に黒い背景だったことで文字の装飾のインパクトが強くなる、という効果があったようにおもえますが、読み手としては背景の暗さによって、ブラックユーモアを楽しむ心構えができていたような気はします。

どちらも個人的には「有名サイトである」以上の興味はなかったのだけど、侍魂はとりわけ多くの閲覧者をあつめて、それらの一介の個人サイトが「ネット利用者を集約する」力強さには、ネット黎明期の勢いを感じました。

当時は違法な割れサイトなども、たいがい背景が真っ黒で、いちいちご丁寧に閲覧者にそのサイトの持つ印象をアピールしていたものです。


なにが言いたいのかというと、ウェブサイトのロゴであるとか、背景といったものが、利用者の心理になんらかの作用を及ぼすということは、やっぱりあるとおもうんですよね。

古い時代をおもい返しながら、旧Twitterがいまやっている演出は、後ろ暗いものを好む閲覧者をあつめる効果はあるだろうな、などと考えるきょうこの頃。

#与太話

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