全年9月29日の投稿[7件]
2025年 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する
農園主さんの言文一致トレーニングで気づいたのですが、女性の場合、「私・わたし」と書いても、話す時は「わたし」ではなく「あたし」と言う人が多いと思いますし、それ以外を聞きません。
訂正: (言文一致は、「日常に用いられる話し言葉に近い口語体を用いて文章を書く」ことが本来の意味のようですので、使い方が間違っていますよねm(_ _"m))
今どき、小説にでてくるような「わたくし・あたくし」というのも全く聞かなくなりましたし。
男性だと、ぼく・わたし・俺が一般的でしょうが、「俺」は友だちや家族以外には、まず使いませんよね。
個人的に、「ぼく」はとても好ましく思っていたのですが、対外的に「わたし」で統一していくためには、書き言葉も同じにすると、慣れてきて違和感がなくなってきそうですね。
私はあまり推しはいないのですが、ひとりだけ大好きだった俳優さんがいます。
映画『青い山脈』の主人公を演じた、池部良です←すみません、どうでもいい話が少々続きます(笑)
この池部良が、本でも普段の会話でも「ぼく」を使っていて、奥様が公の場でも夫を「ボク(エッセイではカタカナでした)」と呼んでいたというのが印象的でした。
「万年青年」と言われたくらい若く、80歳過ぎても60代にしか見えない人でした。
私は、映画はほとんど観ていないし、ドラマも、室生犀星の『杏っ子』で犀星役を演じたものと、エッセイをドラマ化したものしか観ておらず、もっぱらエッセイのファンで、本はすべて読みました。
たぶん池部良が80才になるかならないかの頃、池袋のメトロポリタンホテルで、日本俳優協会関連の集まりがあるのを知りました。
文芸座が豊島区にあった関係なのか、豊島区民は参加できたので、それで申し込んだと思いますが、一般の人は見当たりませんでした(笑)
会費は1万円で、立食パーティーでした。
女優の藤村志保さんのお姉さまが豊島区巣鴨で料亭を経営していた関係か、藤村志保さんも、いらしていました。
後にも先にも、自分から会いに行ったのは、池部良ただひとりです。しかも、ひとりで(笑)
思いがけず、知り合いの区議さんたちも来ていたので、ずっとひとりぼっちではありませんでしたが、自分から食べ物を取りに行く勇気もなく、飲み物1杯1万円ということになりました(笑)
でも、池部良と話すこともでき、行った甲斐はありましたし、とても素敵な経験でした。
「本質に注目するあまり、みもふたもない救いのない話なので、不快な印象を与えてしまうかもしれません」と書いてくださっていましたが、不快どころか、どれもこれも興味深く考えさせられることばかりでした。
ありがとうございます。
これは「衣食足りて礼節を知る」ということに(書き足し:も)つながるのかなと思いましたが、それではあまりに短絡的でしょうか。
実生活で考えると、自分の身の回りの事が充分でない時は、とてもとても他人のことにかまけている余裕はありません。
金銭的に不安がない時でも、精神的に余裕がなければ、やはり他人のことにはなかなか心が行き届きません。
そういう時、仏教に限らず、他の宗教でも、或いは哲学のようなものでも、『人間の業を肯定してくれるメッセージ』があると、生き方がずいぶん違ってくるように思います。
この部分は、少しばかり衝撃的でした。
同じ称名を唱える仲間たちがコミュニティをつくっていき、仏教の教義が、たとえ最低限だとしても法律となっていったことに驚いたのですが、その事実を考えると、仏教というものの偉大さ、重要さを改めて深く感じます。
仏教はあまりに無限であって、どの部分を知ろうとするか、或いはどの部分を偶然にしろ知ることができるか、それによって仏教への見方、向き合い方が変わるように思います。
私は、農園主さんの記事によって、偏ることなく、様々な角度から様々なことを知ることができ、本当に感謝しています(仏教に限りませんが)。
昨年母が亡くなった時、僧侶を呼ばずに火葬をしました(後日、法要はしました)。
葬儀やさんの年配の男性が火葬の前に、「私がお念仏を唱えさせていただいてもいいですか?」とおっしゃったので、お願いしました。
短いご挨拶のあと、「ナンマンダブ」と、何回か唱えたのですが、「南無阿弥陀仏」ではなく、「ナンマンダブ」? ?
浄土宗や真宗なのかもしれないですが、「ナムアミダブツ」とは言わないんだ、と少し驚きました(笑)
今は、お坊さんを呼ばない火葬が増えているので、葬儀会社の方も慣れているようでした。
俊徳丸のお話、これは何度読んでも新鮮に感じます。
許嫁の娘が、容姿が変わってしまった俊徳丸を見ても、逃げたり知らん顔をしたりせず、それどころか一緒に悲しみ、一緒に観音様に祈ったというのは、このお話の最大のポイントに思います。
呪いをかけられた本人が一生懸命祈るならわかりますが、一緒に祈ることは、お互いにとっての自利利他であったと思うのです。
相手を幸せにし、それによって自分も幸せになる。幸せの循環ですね。
一心寺の祈りの言葉をありがとうございます。
わかりやすく、心にす~~っとしみてきますね。
日本では、一生懸命祈る、拝む。それで神仏が願いを叶えてくれたり、呪いを解いてくれるという話が多いですね。
西洋だと、カエルに変えられた王子や、眠らされてしまったお姫様は、王子やお姫様のキスで簡単に呪いが解けてしまいます(笑)
宗教観の問題なのか、他に理由があるのかわかりませんが、特に印象にあるのは、『美女と野獣』でした。
呪いにより野獣に変えられてしまった王子は、野獣として死ぬ直前、ベルのキスを受け呪いが解けて王子に戻りますよね。
ディズニーのアニメも実写版も何度も観たので、ケチはつけたくないのですが、あのギリギリのタイミングであんなに簡単に?? という感は否めません(笑)
俊徳丸のお話のように、一生懸命祈った末に、呪いが解けての感動です。
変わり果てた俊徳丸を見た許嫁の娘が、俊徳丸に口づけをしたら呪いが解けたという話なら、日本では仏教説話どころか、物語にもなりそうにないです(笑)
そのあたりは、西洋と日本との、習慣や宗教、価値観の差なのかもしれませんね。
俊徳丸の話で気づいたのですが、おもしろいのは、日本だけでなく、世界中で、昔から人を呪うという観念があったことです。
魔法使いや禍々しい存在のものではなく、普通の人間が人間を呪うことが普通にあったというのが、なんだか興味深いです。
これは、「神仏を信仰すればご利益がある」の裏返し的なもので、「呪えば相手はきっとひどい目にあう」という考え方もあったのでしょうね。
平安時代あたりの加持祈祷にしても、病気平癒・国家安泰のようないいことばかりではなく、人を呪う呪詛もあったでしょうし、人間は業の深い生き物だと思います。
たいした信仰心を持ち合わせていない私ですが、「祈る、称名を唱える」ということは、その行為だけで救われるような気はします。
前回の農園主さんの記事で、親鸞のお話を伺いました。
先週、私の講座にいつも出てくださる男性と偶然道で会ったので、「お出かけでしたか?」とご挨拶したところ、「そこのホールで親鸞を勉強する会があったので出てました」と。
近くには仏教科のある大正大学もあるので、そこのお坊さんの講義かと思ったのですが、普通の人だと。
よくよく聞いてみると「親鸞会」と言って本部が富山県にあり、その代表者(高森氏)から「入門してください」と言われ、ほぼ義理で富山まで行ったそうですが、入門はお断りしているとのこと。
この会は知らなかったので少し調べてみましたが、認識不足なら申し訳ないのですが、ちょっと胡散臭い団体のようですね。
入門すれば会費を納めるようですし、大学のイベントに積極的に行き、勧誘的なことも行っているので、「幸福会ヤマギシ会」のやり口を思い起こします。
その男性は89才ですが、見た目は70代。
野球をやったり、歌の講座に出たり短歌も作ったりと、毎日元気に忙しく過ごしていらっしゃいます。
認知もないし理知的な方なので、うっかり入信することはないと思いますが、そういう会があったことを知り、びっくりしました。
余談ですが、この夏、住まいの窓枠(サッシ)と窓ガラス&網戸を総取り替えする工事がありました(費用の負担はありません)。
戸数が多いので、3ヶ月ほど経ちますが、まだ終わっていない棟もあります。
ベランダに面した部屋、お風呂・トイレ・キッチンと、5ヶ所なのですが、朝8時から夕方5時までかかるそうで、一日いられる日を指定しなければならず、日程を合わせるのが大変でした。
他の部屋を見ていたら、午後3時くらいに終わっていたので、そのくらいで済むかとふんでいたら、8時半に始まり、午前11時半に終わりました(笑)
おかげで、移動した家具をもとに戻したり、ほこりの掃除など、ゆっくりできて助かりました。
うちは、前にお話したと思いますが、玄関には元三大師の疫病除けの護符、神社の方位除けのお札がはってあり、数々の縁起物もはってあります。
ベランダの窓際には、神棚があってお札がまつってありますし、その脇の本棚の上には、仏様各種(笑)のお札も置いてあります。
「この家、あやしいからさっさと終わらせようぜ」ということで、気合を入れて工事をし、早く済んだのかもしれません(笑)
冗談はともかく、一部屋ひとり以上の職人さんが来て、実に手際よく終わらせました。総勢、10人くらいが入れ替わり立ち替わり来ていました。
終わった後には、防水専門の方が来て、お風呂とトイレの防水工事をしていきました。
窓のサッシのお掃除はいつも苦労していましたが、新品のサッシは気持ちいいですね。
早いもので、もう10月になります。
自治会のお仕事などでたてこむ時期かと思います。
くれぐれもご無理のないよう、お過ごしくださいね( ^^) _U~~
うちは12階ですが、夜は虫の鳴き声がよく聞えてきます。
癒しの声を聞きながら寝るのがこの時期の至福の時間ですが、時折車の音がうるさいので、「車に負けるな!」と応援しています(笑)
訂正: (言文一致は、「日常に用いられる話し言葉に近い口語体を用いて文章を書く」ことが本来の意味のようですので、使い方が間違っていますよねm(_ _"m))
今どき、小説にでてくるような「わたくし・あたくし」というのも全く聞かなくなりましたし。
男性だと、ぼく・わたし・俺が一般的でしょうが、「俺」は友だちや家族以外には、まず使いませんよね。
個人的に、「ぼく」はとても好ましく思っていたのですが、対外的に「わたし」で統一していくためには、書き言葉も同じにすると、慣れてきて違和感がなくなってきそうですね。
私はあまり推しはいないのですが、ひとりだけ大好きだった俳優さんがいます。
映画『青い山脈』の主人公を演じた、池部良です←すみません、どうでもいい話が少々続きます(笑)
父親は、画家・風刺漫画家の池部鈞。岡本太郎は従兄。大正7年の生まれ。立教大英文科在学中から、映画監督になりたくて東宝撮影所のシナリオ研究所に通い、立教を卒業して東宝に入社。戦時下だったため監督職に空きがなく、俳優として起用されるうち若手俳優のホープとなるが、召集。大卒だったため幹部候補生となり、少尉としてハルマヘラ島に配属、その後中尉となり終戦。映画・ドラマで二枚目俳優をやりながら、エッセイを多く書いた随筆家でもある(エッセイで日本文芸大賞受賞)。日本映画俳優協会初代理事長。2010年、92歳没。
この池部良が、本でも普段の会話でも「ぼく」を使っていて、奥様が公の場でも夫を「ボク(エッセイではカタカナでした)」と呼んでいたというのが印象的でした。
「万年青年」と言われたくらい若く、80歳過ぎても60代にしか見えない人でした。
私は、映画はほとんど観ていないし、ドラマも、室生犀星の『杏っ子』で犀星役を演じたものと、エッセイをドラマ化したものしか観ておらず、もっぱらエッセイのファンで、本はすべて読みました。
たぶん池部良が80才になるかならないかの頃、池袋のメトロポリタンホテルで、日本俳優協会関連の集まりがあるのを知りました。
文芸座が豊島区にあった関係なのか、豊島区民は参加できたので、それで申し込んだと思いますが、一般の人は見当たりませんでした(笑)
会費は1万円で、立食パーティーでした。
女優の藤村志保さんのお姉さまが豊島区巣鴨で料亭を経営していた関係か、藤村志保さんも、いらしていました。
後にも先にも、自分から会いに行ったのは、池部良ただひとりです。しかも、ひとりで(笑)
思いがけず、知り合いの区議さんたちも来ていたので、ずっとひとりぼっちではありませんでしたが、自分から食べ物を取りに行く勇気もなく、飲み物1杯1万円ということになりました(笑)
でも、池部良と話すこともでき、行った甲斐はありましたし、とても素敵な経験でした。
「本質に注目するあまり、みもふたもない救いのない話なので、不快な印象を与えてしまうかもしれません」と書いてくださっていましたが、不快どころか、どれもこれも興味深く考えさせられることばかりでした。
ありがとうございます。
まず自利が満たされなければ、利他が広がっていかないという、人間の業を肯定してくれるメッセージ
これは「衣食足りて礼節を知る」ということに(書き足し:も)つながるのかなと思いましたが、それではあまりに短絡的でしょうか。
実生活で考えると、自分の身の回りの事が充分でない時は、とてもとても他人のことにかまけている余裕はありません。
金銭的に不安がない時でも、精神的に余裕がなければ、やはり他人のことにはなかなか心が行き届きません。
そういう時、仏教に限らず、他の宗教でも、或いは哲学のようなものでも、『人間の業を肯定してくれるメッセージ』があると、生き方がずいぶん違ってくるように思います。
「南無阿弥陀仏」の称名を唱える仲間たちによるコミュニティをつくるところにありました。これはおなじ思想を持つ同志で結ばれるわけですから、非常に強固な結びつきになります。現在のように人々が守るべきルールが機能していなかった時代に、仏教の教義は最低限の法律となりました
この部分は、少しばかり衝撃的でした。
同じ称名を唱える仲間たちがコミュニティをつくっていき、仏教の教義が、たとえ最低限だとしても法律となっていったことに驚いたのですが、その事実を考えると、仏教というものの偉大さ、重要さを改めて深く感じます。
仏教はあまりに無限であって、どの部分を知ろうとするか、或いはどの部分を偶然にしろ知ることができるか、それによって仏教への見方、向き合い方が変わるように思います。
私は、農園主さんの記事によって、偏ることなく、様々な角度から様々なことを知ることができ、本当に感謝しています(仏教に限りませんが)。
昨年母が亡くなった時、僧侶を呼ばずに火葬をしました(後日、法要はしました)。
葬儀やさんの年配の男性が火葬の前に、「私がお念仏を唱えさせていただいてもいいですか?」とおっしゃったので、お願いしました。
短いご挨拶のあと、「ナンマンダブ」と、何回か唱えたのですが、「南無阿弥陀仏」ではなく、「ナンマンダブ」? ?
浄土宗や真宗なのかもしれないですが、「ナムアミダブツ」とは言わないんだ、と少し驚きました(笑)
今は、お坊さんを呼ばない火葬が増えているので、葬儀会社の方も慣れているようでした。
俊徳丸のお話、これは何度読んでも新鮮に感じます。
許嫁の娘が、容姿が変わってしまった俊徳丸を見ても、逃げたり知らん顔をしたりせず、それどころか一緒に悲しみ、一緒に観音様に祈ったというのは、このお話の最大のポイントに思います。
呪いをかけられた本人が一生懸命祈るならわかりますが、一緒に祈ることは、お互いにとっての自利利他であったと思うのです。
相手を幸せにし、それによって自分も幸せになる。幸せの循環ですね。
一心寺の祈りの言葉をありがとうございます。
わかりやすく、心にす~~っとしみてきますね。
日本では、一生懸命祈る、拝む。それで神仏が願いを叶えてくれたり、呪いを解いてくれるという話が多いですね。
西洋だと、カエルに変えられた王子や、眠らされてしまったお姫様は、王子やお姫様のキスで簡単に呪いが解けてしまいます(笑)
宗教観の問題なのか、他に理由があるのかわかりませんが、特に印象にあるのは、『美女と野獣』でした。
呪いにより野獣に変えられてしまった王子は、野獣として死ぬ直前、ベルのキスを受け呪いが解けて王子に戻りますよね。
ディズニーのアニメも実写版も何度も観たので、ケチはつけたくないのですが、あのギリギリのタイミングであんなに簡単に?? という感は否めません(笑)
俊徳丸のお話のように、一生懸命祈った末に、呪いが解けての感動です。
変わり果てた俊徳丸を見た許嫁の娘が、俊徳丸に口づけをしたら呪いが解けたという話なら、日本では仏教説話どころか、物語にもなりそうにないです(笑)
そのあたりは、西洋と日本との、習慣や宗教、価値観の差なのかもしれませんね。
俊徳丸の話で気づいたのですが、おもしろいのは、日本だけでなく、世界中で、昔から人を呪うという観念があったことです。
魔法使いや禍々しい存在のものではなく、普通の人間が人間を呪うことが普通にあったというのが、なんだか興味深いです。
これは、「神仏を信仰すればご利益がある」の裏返し的なもので、「呪えば相手はきっとひどい目にあう」という考え方もあったのでしょうね。
平安時代あたりの加持祈祷にしても、病気平癒・国家安泰のようないいことばかりではなく、人を呪う呪詛もあったでしょうし、人間は業の深い生き物だと思います。
たいした信仰心を持ち合わせていない私ですが、「祈る、称名を唱える」ということは、その行為だけで救われるような気はします。
前回の農園主さんの記事で、親鸞のお話を伺いました。
先週、私の講座にいつも出てくださる男性と偶然道で会ったので、「お出かけでしたか?」とご挨拶したところ、「そこのホールで親鸞を勉強する会があったので出てました」と。
近くには仏教科のある大正大学もあるので、そこのお坊さんの講義かと思ったのですが、普通の人だと。
よくよく聞いてみると「親鸞会」と言って本部が富山県にあり、その代表者(高森氏)から「入門してください」と言われ、ほぼ義理で富山まで行ったそうですが、入門はお断りしているとのこと。
この会は知らなかったので少し調べてみましたが、認識不足なら申し訳ないのですが、ちょっと胡散臭い団体のようですね。
入門すれば会費を納めるようですし、大学のイベントに積極的に行き、勧誘的なことも行っているので、「幸福会ヤマギシ会」のやり口を思い起こします。
その男性は89才ですが、見た目は70代。
野球をやったり、歌の講座に出たり短歌も作ったりと、毎日元気に忙しく過ごしていらっしゃいます。
認知もないし理知的な方なので、うっかり入信することはないと思いますが、そういう会があったことを知り、びっくりしました。
余談ですが、この夏、住まいの窓枠(サッシ)と窓ガラス&網戸を総取り替えする工事がありました(費用の負担はありません)。
戸数が多いので、3ヶ月ほど経ちますが、まだ終わっていない棟もあります。
ベランダに面した部屋、お風呂・トイレ・キッチンと、5ヶ所なのですが、朝8時から夕方5時までかかるそうで、一日いられる日を指定しなければならず、日程を合わせるのが大変でした。
他の部屋を見ていたら、午後3時くらいに終わっていたので、そのくらいで済むかとふんでいたら、8時半に始まり、午前11時半に終わりました(笑)
おかげで、移動した家具をもとに戻したり、ほこりの掃除など、ゆっくりできて助かりました。
うちは、前にお話したと思いますが、玄関には元三大師の疫病除けの護符、神社の方位除けのお札がはってあり、数々の縁起物もはってあります。
ベランダの窓際には、神棚があってお札がまつってありますし、その脇の本棚の上には、仏様各種(笑)のお札も置いてあります。
「この家、あやしいからさっさと終わらせようぜ」ということで、気合を入れて工事をし、早く済んだのかもしれません(笑)
冗談はともかく、一部屋ひとり以上の職人さんが来て、実に手際よく終わらせました。総勢、10人くらいが入れ替わり立ち替わり来ていました。
終わった後には、防水専門の方が来て、お風呂とトイレの防水工事をしていきました。
窓のサッシのお掃除はいつも苦労していましたが、新品のサッシは気持ちいいですね。
早いもので、もう10月になります。
自治会のお仕事などでたてこむ時期かと思います。
くれぐれもご無理のないよう、お過ごしくださいね( ^^) _U~~
うちは12階ですが、夜は虫の鳴き声がよく聞えてきます。
癒しの声を聞きながら寝るのがこの時期の至福の時間ですが、時折車の音がうるさいので、「車に負けるな!」と応援しています(笑)
2024年 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する
今回の件を書いてみたら、なんと現時点で6000文字を越えてきました(笑)
いくらなんでも一回で投稿すると読み疲れを起こすだろうとおもいましたので、これから4日おきくらいに、3回にわけて、時間をかけて加筆訂正しながら投稿していこうとおもいます。
その間にギズモさんが投稿していただいても問題ないですし、あるいは返信がなくてもまったく問題ないんですが、ぼくからはとりあえず返信はせず、いったん今回の内容を3回にわけて投稿しますので、あしからずご了承ください。
まず、お天気のご心配をいただいてありがとうございます。
ことしは夏から秋にかけてほんとうに雨が少なく、参っていますが、なんとか葉物は小出来ながらも育ってくれています。
例年のように安定した収穫にはならなそうですが、なんとかカタチになるように努力しています。
さて、ギズモさんの「免疫異常で境界線があいまいになる」として、人間がじぶん以外の世界にアクセスできるかもしれないというお話には、最初ファンタジー的なおもしろさを感じたあと、現実的にもそういうことがあることに気づきました。
たとえば天理教の教祖である中山みきは、いまでいうところのシャーマンであり、神がかりな気質をもっていたために、教祖としてあがめられることになったんですが、彼女を病理的にみると、多重人格や統合失調症だったともいわれています。
明治の世になって日本の社会は資本主義に舵をとったんですが、じつは宗教は資本主義とものすごく相性がいいんです。
それで中山みきのシャーマン的な言説を真に受ける人々と、これを「ビジネスにしよう」という動きがあいまって、一種の熱狂を生み、日本の新興宗教勢力の一角を担うまでに成長しました。
現代ではオウム事件や統一教会問題がきっかけになって、新興宗教不信が起こり、衰退しましたが、じつは「新興宗教= カルト」という見方はバブル期あたりに起こったもので、それ以前はみんなよくもわるくも純朴に新興宗教を受け入れてたんですよね。
ではなぜ中山みきが崇拝の対象になったのかというと、当時の人々に「障がい者にはわれわれには見えないものを見たり、感じたりする能力が備わっているのではないか」という観念があったからでした。
たとえば日本各地には、知的障がいだったり、身体が欠損して生まれてきた子供を、その地域に幸運をもたらす存在(神)がやってきてくれた、として大事にしたという伝承が残っています。
これは折口信夫の言い方を借りると「まれびと信仰」の一種ということになります。
折口信夫のいうまれびとは、「客人」とか「来訪者」というような意味なんですが、その客人は神の化身として扱われることが特徴です。
健常者ではない「異人」として生まれた子を、排除するのではなく、福をもたらす来訪者(神)として扱うんですね。
もちろん余裕のない家庭や集落では、そういった子を「鬼子」として捨てていたという話もあるんですが、一方で「免疫異常の人」を崇拝の対象にまで高めて大事にした社会もあったようです。
般若心経の輪っかの話なんですが、あらためて般若心経を読み直したんです。
あと玄奘三蔵の翻訳した金剛般若経も読んでみました。
するとかんちがいしていたところがあって、そのあたりを訂正しながらお話します。
まず、無限と無については、般若心経では「空」と「無」というカタチで使い分けてたんですね。
以下に般若心経をコピーしてみましたが、前半は「空」という文字がたくさん出てきて、後半には「無」がたくさん出てくることがわかるとおもいます。
空と無が出てくるところはきれいにわかれるので、行をわけてみました。
観自在菩薩 行深般若波羅蜜多時
照見五蘊皆空 度一切苦厄
舎利子 色不異空 空不異色
色即是空 空即是色 受想行識亦復如是
舎利子 是諸法空相 不生不滅
不垢不浄 不増不減 是故空中
無色 無受想行識 無眼耳鼻舌身意 無色声香味触法
無眼界 乃至無意識界 無無明 亦無無明尽
乃至無老死 亦無老死尽 無苦集滅道 無智亦無得
以無所得故 菩提薩埵 依般若波羅蜜多故
心無罣礙 無罣礙故 無有恐怖 遠離一切顛到夢想
究境涅槃 三世諸仏 依般若波羅蜜多故
得阿耨多羅三藐三菩提 故知般若波羅蜜多
是大神呪 是大明呪 是無上呪 是無等等呪
能除一切苦 真実不虚 故説般若波羅蜜多呪
即説呪曰
羯 諦 羯諦 波羅羯諦 波羅僧羯諦 菩提薩婆訶
般若心経
この空と無を意識しながらざっくり般若心経を説明すると、こうなります。
「われわれは空(無限)の一部である。かたちあるものはみな空から生じており、空は絶えず変化している。
われわれがあるとおもっている実体も、本来はかたちのない空から生まれていて、かたちのない空にかえる。
であれば、われわれがあるとおもっているものは、じつはないことがわかる。
身体も心も、感じることもすべて、ほんとうは、なにもかもが無である。
悟りを開いたといわれる菩薩も、じぶんが無であると理解し、無心を理解したところから涅槃の境地に至ったのだ」
これが輪っかの話ですね。
ひもの片方は無限の無(空)。片方はゼロの無。このふたつの無限と無をつないだところに、般若心経はフォーカスを当てている、と。
ほんとうは、ひもの輪っかが存在する以上、ぼくたちは存在しているはずなんですが、仏教はそれを「無い」というんです。
無いということを理解しないと、解脱はできないんだ、とまでいいます。
しかしそんな仏教に対して、司馬遼太郎はこのように指摘しました。
釈迦は煩悩を捨てろ、解脱せよとあまりに高いハードルを設けてしまったが、解脱ができるのは百万人にひとりの天才であり、実践はむずかしい。
釈迦の死後、煩悩を断てない人々は、神仏にすがって現世利益を求め、商売繁盛を祈るようになった。
「釈迦は商利の追求をむさぼりとしたが、かれの宗教がかれの死後二百年で力をうしない、変質もしくは他のものに変わらざるをえなかったのは、当然であったかもしれない。われわれは釈迦では救われない。それどころか釈迦はわれわれを委縮させるのみだ、と公言するダイヤモンド商人もいたであろう」
ではなぜ仏教はそこまでひもを無視して、空や無にこだわったのか、という理由が、金剛般若経に書かれていました。
(続く)
いくらなんでも一回で投稿すると読み疲れを起こすだろうとおもいましたので、これから4日おきくらいに、3回にわけて、時間をかけて加筆訂正しながら投稿していこうとおもいます。
その間にギズモさんが投稿していただいても問題ないですし、あるいは返信がなくてもまったく問題ないんですが、ぼくからはとりあえず返信はせず、いったん今回の内容を3回にわけて投稿しますので、あしからずご了承ください。
まず、お天気のご心配をいただいてありがとうございます。
ことしは夏から秋にかけてほんとうに雨が少なく、参っていますが、なんとか葉物は小出来ながらも育ってくれています。
例年のように安定した収穫にはならなそうですが、なんとかカタチになるように努力しています。
さて、ギズモさんの「免疫異常で境界線があいまいになる」として、人間がじぶん以外の世界にアクセスできるかもしれないというお話には、最初ファンタジー的なおもしろさを感じたあと、現実的にもそういうことがあることに気づきました。
たとえば天理教の教祖である中山みきは、いまでいうところのシャーマンであり、神がかりな気質をもっていたために、教祖としてあがめられることになったんですが、彼女を病理的にみると、多重人格や統合失調症だったともいわれています。
明治の世になって日本の社会は資本主義に舵をとったんですが、じつは宗教は資本主義とものすごく相性がいいんです。
それで中山みきのシャーマン的な言説を真に受ける人々と、これを「ビジネスにしよう」という動きがあいまって、一種の熱狂を生み、日本の新興宗教勢力の一角を担うまでに成長しました。
現代ではオウム事件や統一教会問題がきっかけになって、新興宗教不信が起こり、衰退しましたが、じつは「新興宗教= カルト」という見方はバブル期あたりに起こったもので、それ以前はみんなよくもわるくも純朴に新興宗教を受け入れてたんですよね。
ではなぜ中山みきが崇拝の対象になったのかというと、当時の人々に「障がい者にはわれわれには見えないものを見たり、感じたりする能力が備わっているのではないか」という観念があったからでした。
たとえば日本各地には、知的障がいだったり、身体が欠損して生まれてきた子供を、その地域に幸運をもたらす存在(神)がやってきてくれた、として大事にしたという伝承が残っています。
これは折口信夫の言い方を借りると「まれびと信仰」の一種ということになります。
折口信夫のいうまれびとは、「客人」とか「来訪者」というような意味なんですが、その客人は神の化身として扱われることが特徴です。
健常者ではない「異人」として生まれた子を、排除するのではなく、福をもたらす来訪者(神)として扱うんですね。
もちろん余裕のない家庭や集落では、そういった子を「鬼子」として捨てていたという話もあるんですが、一方で「免疫異常の人」を崇拝の対象にまで高めて大事にした社会もあったようです。
般若心経の輪っかの話なんですが、あらためて般若心経を読み直したんです。
あと玄奘三蔵の翻訳した金剛般若経も読んでみました。
するとかんちがいしていたところがあって、そのあたりを訂正しながらお話します。
まず、無限と無については、般若心経では「空」と「無」というカタチで使い分けてたんですね。
以下に般若心経をコピーしてみましたが、前半は「空」という文字がたくさん出てきて、後半には「無」がたくさん出てくることがわかるとおもいます。
空と無が出てくるところはきれいにわかれるので、行をわけてみました。
観自在菩薩 行深般若波羅蜜多時
照見五蘊皆空 度一切苦厄
舎利子 色不異空 空不異色
色即是空 空即是色 受想行識亦復如是
舎利子 是諸法空相 不生不滅
不垢不浄 不増不減 是故空中
無色 無受想行識 無眼耳鼻舌身意 無色声香味触法
無眼界 乃至無意識界 無無明 亦無無明尽
乃至無老死 亦無老死尽 無苦集滅道 無智亦無得
以無所得故 菩提薩埵 依般若波羅蜜多故
心無罣礙 無罣礙故 無有恐怖 遠離一切顛到夢想
究境涅槃 三世諸仏 依般若波羅蜜多故
得阿耨多羅三藐三菩提 故知般若波羅蜜多
是大神呪 是大明呪 是無上呪 是無等等呪
能除一切苦 真実不虚 故説般若波羅蜜多呪
即説呪曰
羯 諦 羯諦 波羅羯諦 波羅僧羯諦 菩提薩婆訶
般若心経
この空と無を意識しながらざっくり般若心経を説明すると、こうなります。
「われわれは空(無限)の一部である。かたちあるものはみな空から生じており、空は絶えず変化している。
われわれがあるとおもっている実体も、本来はかたちのない空から生まれていて、かたちのない空にかえる。
であれば、われわれがあるとおもっているものは、じつはないことがわかる。
身体も心も、感じることもすべて、ほんとうは、なにもかもが無である。
悟りを開いたといわれる菩薩も、じぶんが無であると理解し、無心を理解したところから涅槃の境地に至ったのだ」
これが輪っかの話ですね。
ひもの片方は無限の無(空)。片方はゼロの無。このふたつの無限と無をつないだところに、般若心経はフォーカスを当てている、と。
ほんとうは、ひもの輪っかが存在する以上、ぼくたちは存在しているはずなんですが、仏教はそれを「無い」というんです。
無いということを理解しないと、解脱はできないんだ、とまでいいます。
しかしそんな仏教に対して、司馬遼太郎はこのように指摘しました。
釈迦は煩悩を捨てろ、解脱せよとあまりに高いハードルを設けてしまったが、解脱ができるのは百万人にひとりの天才であり、実践はむずかしい。
釈迦の死後、煩悩を断てない人々は、神仏にすがって現世利益を求め、商売繁盛を祈るようになった。
「釈迦は商利の追求をむさぼりとしたが、かれの宗教がかれの死後二百年で力をうしない、変質もしくは他のものに変わらざるをえなかったのは、当然であったかもしれない。われわれは釈迦では救われない。それどころか釈迦はわれわれを委縮させるのみだ、と公言するダイヤモンド商人もいたであろう」
ではなぜ仏教はそこまでひもを無視して、空や無にこだわったのか、という理由が、金剛般若経に書かれていました。
(続く)
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ちなみにこのラヴクラフトの翻訳、ぼくが青空文庫の翻訳のわかりづらさに腹を立てて、勝手にやっていることですので、相手にしないでくださいね(笑)
ラヴクラフトの翻訳は、難解になっているというよりは、もともと難解な原本に対して、ほとんどグーグル翻訳を少々手直ししたという程度だから、よけいに難解になってるようです。
ぼくもほとんど英語の、ネイティブな言い回しなんかわからないんですが、相当いい加減な翻訳だったことはわかりました。
で、ぼくもまた原本をグーグルに翻訳してもらったものと、翻訳とを照らし合わせて、意味の通らないところをどうにか解釈しながら分解しているのですが、それでも、英語がよくわかっている人からはお叱りを受ける内容でしょう。
段落を崩したり、本来のまわりくどいところをかなり簡略化していますが、それでもややこしいとおもいます(笑)
とりあえず、ラヴクラフトの怪奇小説の書き方については、理解しました。
そしてこのパルプフィクション作家の、難解でまわりくどい表現に惹かれた人が、かれの著作をクトゥルフ神話という形でささえて、いまもつながっている、というところまでが、いまのぼくの理解です。
ぼくもほとんど英語の、ネイティブな言い回しなんかわからないんですが、相当いい加減な翻訳だったことはわかりました。
で、ぼくもまた原本をグーグルに翻訳してもらったものと、翻訳とを照らし合わせて、意味の通らないところをどうにか解釈しながら分解しているのですが、それでも、英語がよくわかっている人からはお叱りを受ける内容でしょう。
段落を崩したり、本来のまわりくどいところをかなり簡略化していますが、それでもややこしいとおもいます(笑)
とりあえず、ラヴクラフトの怪奇小説の書き方については、理解しました。
そしてこのパルプフィクション作家の、難解でまわりくどい表現に惹かれた人が、かれの著作をクトゥルフ神話という形でささえて、いまもつながっている、というところまでが、いまのぼくの理解です。
怪奇小説を書く際の覚え書き (後半)
HP ラヴクラフト著
5つの規則をかきだしましたが、この最初の段階はほとんど頭のなかでの作業です。
話が頭のなかで練り上げられ、具体的にシナリオを肉付けする準備が整うまで、書き出すことはありません。
アイデアをどう発展させるべきか決まらないうちに、実際に書き始めてしまうこともありましたが、これはあとあと問題になりがちです。
おもうに、怪奇小説の表現は4種類にわかれます。
雰囲気や感情の表現。
絵画的な概念の表現。
一般的な状況や状態、伝説あるいは知的概念の表現。
最後に、くっきりとした特定の劇的な状況、またはクライマックスの表現。
もうすこし突っ込んでいえば、さらに2つの大まかなカテゴリーがあるといえるでしょう。
ひとつは、なんらかの状況や現象に対する驚異や恐怖を描いたもの。
もうひとつは、怪奇現象に対する登場人物の行動を描いたものです。
怪奇小説の中で恐怖を分類すると、5つの要素があります。
(a)根源的な恐怖、異常、状態、実体など。
(b)全体的な効果、挙動としての恐怖
(c)恐怖があらわれるときの様式。恐怖が実際にあらわれたときのカタチや、その現象の観察。
(d)恐怖にどのように反応するかということ、そして
(e)これらの条件にともなって、恐怖が特定の効果を発揮すること。
怪奇小説を書くとき、わたしは常にムードをつくるようにしており、重点を置くべきところにも細心の注意を払っています。
いかに三文小説といえど、怪奇現象を目の当たりにして、当たり前の日常でも語るように表現するような愚かなことは、相当な未熟者でない限りやらないものです。
想像を絶する出来事や状況を描くには、物語のあらゆる段階で注意深くリアリティを維持する必要があります。
中でも、物語の核となる怪異が起きたときは、その存在自体が物語の登場人物や出来事を覆い隠してしまうほどですから、慎重に登場人物の情動を「構築」して、印象的かつ慎重に扱われなければ、単調で説得力のないものにみえてしまいます。
この驚異に触れるときを除けば、かれらは一貫して自然でなければなりません。
物語の核となる怪異に関しては、圧倒的な感情を表現しなければなりません。ここは決して当たり前のことではないのです。
たとえ登場人物たちが驚異に慣れてしまっているだろうという場合でも、読者に合わせて、臨機応変に怖がらせるべきなのです。こういう部分を軽んじると、せっかくのファンタジーが台無しになります。
怪奇小説というフィクションに求められるのは、人の動きよりも、雰囲気です。
事実、怪奇小説は、人間の気分を鮮明に描写しているだけなのです。
それ以外のことをすると、安っぽくて幼稚な、説得力のないものになってしまう。
非現実的な、奇妙な現実が、ぼんやりした幻想を構築した際に、微妙にほのめかされたもの。
こういった、われわれが知り得ない細かい気分の濃淡や、手がかりや手応えに、もっとも重点が置かれるべきでしょう。
奇妙な出来事に対して、むきだしの情報を羅列するようなことをしたって意味がありません。
これらは、わたしが本格的にファンタジーを書こうとしてからずっと、意識的にせよ無意識的にせよ従ってきたルールです。
このルールが成功しているかどうかは議論の余地があるかもしれませんが、すくなくともわたしに限っていえば、このルールを無視していたら、いまよりはるかにわるい作品になっていたとおもうのです。
#怪奇小説を書く際の覚え書き #ラヴクラフト
HP ラヴクラフト著
5つの規則をかきだしましたが、この最初の段階はほとんど頭のなかでの作業です。
話が頭のなかで練り上げられ、具体的にシナリオを肉付けする準備が整うまで、書き出すことはありません。
アイデアをどう発展させるべきか決まらないうちに、実際に書き始めてしまうこともありましたが、これはあとあと問題になりがちです。
おもうに、怪奇小説の表現は4種類にわかれます。
雰囲気や感情の表現。
絵画的な概念の表現。
一般的な状況や状態、伝説あるいは知的概念の表現。
最後に、くっきりとした特定の劇的な状況、またはクライマックスの表現。
もうすこし突っ込んでいえば、さらに2つの大まかなカテゴリーがあるといえるでしょう。
ひとつは、なんらかの状況や現象に対する驚異や恐怖を描いたもの。
もうひとつは、怪奇現象に対する登場人物の行動を描いたものです。
怪奇小説の中で恐怖を分類すると、5つの要素があります。
(a)根源的な恐怖、異常、状態、実体など。
(b)全体的な効果、挙動としての恐怖
(c)恐怖があらわれるときの様式。恐怖が実際にあらわれたときのカタチや、その現象の観察。
(d)恐怖にどのように反応するかということ、そして
(e)これらの条件にともなって、恐怖が特定の効果を発揮すること。
怪奇小説を書くとき、わたしは常にムードをつくるようにしており、重点を置くべきところにも細心の注意を払っています。
いかに三文小説といえど、怪奇現象を目の当たりにして、当たり前の日常でも語るように表現するような愚かなことは、相当な未熟者でない限りやらないものです。
想像を絶する出来事や状況を描くには、物語のあらゆる段階で注意深くリアリティを維持する必要があります。
中でも、物語の核となる怪異が起きたときは、その存在自体が物語の登場人物や出来事を覆い隠してしまうほどですから、慎重に登場人物の情動を「構築」して、印象的かつ慎重に扱われなければ、単調で説得力のないものにみえてしまいます。
この驚異に触れるときを除けば、かれらは一貫して自然でなければなりません。
物語の核となる怪異に関しては、圧倒的な感情を表現しなければなりません。ここは決して当たり前のことではないのです。
たとえ登場人物たちが驚異に慣れてしまっているだろうという場合でも、読者に合わせて、臨機応変に怖がらせるべきなのです。こういう部分を軽んじると、せっかくのファンタジーが台無しになります。
怪奇小説というフィクションに求められるのは、人の動きよりも、雰囲気です。
事実、怪奇小説は、人間の気分を鮮明に描写しているだけなのです。
それ以外のことをすると、安っぽくて幼稚な、説得力のないものになってしまう。
非現実的な、奇妙な現実が、ぼんやりした幻想を構築した際に、微妙にほのめかされたもの。
こういった、われわれが知り得ない細かい気分の濃淡や、手がかりや手応えに、もっとも重点が置かれるべきでしょう。
奇妙な出来事に対して、むきだしの情報を羅列するようなことをしたって意味がありません。
これらは、わたしが本格的にファンタジーを書こうとしてからずっと、意識的にせよ無意識的にせよ従ってきたルールです。
このルールが成功しているかどうかは議論の余地があるかもしれませんが、すくなくともわたしに限っていえば、このルールを無視していたら、いまよりはるかにわるい作品になっていたとおもうのです。
#怪奇小説を書く際の覚え書き #ラヴクラフト
ラヴクラフトの作品は、どうも原本からしてあまりにも表現がまわりくどく、それを直接的に翻訳したものも難解になっているようなので、ぼくがムリヤリわかりやすくなるように作品を砕いていきます。
段落はいちいち改行し、表現はできるだけ意味が通りやすくなるよう意訳も含めています。
この調子ですこしずつラヴクラフト作品を読み解いていこうとおもいます。
段落はいちいち改行し、表現はできるだけ意味が通りやすくなるよう意訳も含めています。
この調子ですこしずつラヴクラフト作品を読み解いていこうとおもいます。
怪奇小説を書く際の覚え書き (前半)
HP ラヴクラフト著
わたしが小説を書く理由は、ある場所に行ったときの驚きや美しさ、冒険の期待のようなぼんやりした感覚を、わたしがこれまで積み上げてきた経験によって、より明確に表現して満足したかったからです。
なかでも怪奇小説を書くことを選んだのは、あくまでわたしの好みの問題です。
わたしは長年、時間や空間、自然法則のような、この世でわれわれを縛るものを停止させて、奇妙な幻想に浸りたいと願っていました。
時間や空間や自然法則に縛られるせいで、わたしたち遠い未知の世界である無限の宇宙空間への好奇心が挫折してしまうのです。
またわたしの物語では恐怖を強調しますが、それは恐怖がわたしたちの根源的で強烈な感情であり、幻想を生むのにもっとも適した感情だからです。
恐怖は未知のものや奇妙なものと密接に関係しています。
だから、自然法則の崩壊や、宇宙の異質さ、あるいは「異界」のようなことを、恐怖抜きに語るのはむずかしいのです。
あとわたしの物語では時間が重要な役割を果たしています。
わたしには時間こそが宇宙でもっとも残酷な恐怖におもえるのです。
人間と時間との対決は、もっとも実りある力強いテーマであるとわたしにはおもえます。
わたしの作風はあきらかに特殊ですし、あまり万人受けするとはおもえません。
それでも、わたしがやっているようなことは、文学が始まったときからずっとだれかがやってきていることです。
割合としては少数でしょうが、未知の宇宙空間に燃えるような情熱を感じ、現実という既知の牢獄から抜け出して、信じられないような冒険と夢の、無限の可能性を秘めた仙境へ向かいたいと願う人は常にいるものです。
深い森、幻想的な都市の塔、燃える夕日といった夢が、わたしたちに一瞬の暗示を与え、そして目の前に仙境が広がるのです。
わたしのようなアマチュアのみならず、ダンセイニー、ポー、アーサー・マッチェン、MR・ジェームズ、アルジャーノン・ブラックウッド、ウォルター・デ・ラ・メアは、この分野の偉大な作家たちです。
わたしの物語の書き方はひとつではありません。わたしはいろんなやり方で物語を書いてきました。
夢をそのまま書き留めたことだってあります。
しかしふだんは、表現したいことを決めて、話の展開を具体的な言葉でみなさんにお見せできるように推敲します。
わたしがよくやるのは、気分、アイデア、イメージに適した条件や状況をリストにして、論理的で自然な動機を推測していくというものです。
もちろん実際の執筆のプロセスは、テーマや着想によってさまざまですが、もしわたしの全作品を分析して平均したとすれば、以下のような一連の規則があるとおもっています。
(1)まずシナリオを用意します。最初は物語的な肉付けは後回しにして、出来事が起こる順に記述します。
要点を網羅して、じゅうぶんな長さで記述します。この枠組みの段階で、予測できる結末を詳細に記述するのもよいでしょう。
(2)ふたつめのシナリオを用意します。こんどは物語を肉付けしていきます。最初につくったシナリオをもとに、視点の変化、強調、クライマックスに変更がないか、メモをしておきます。
これによってストーリーに劇的な力がもたらされたり、全体的な効果が高まる場合は、もとのあらすじを変更します。
重要なイベントは自由に追加、削除をおこないます。最終的にまったくちがう物語になったとしても、最初のシナリオにとらわれてはいけません。推敲していく過程で提案があれば、いつでも変更を加えましょう。
(3)肉付けしたシナリオに従って、あまり深く考えずにパパっと書き出してしまいましょう。
この段階でも書いている間に変更したほうがよいとおもったら、前のシナリオにとらわれることなく変更します。
効果的な演出や、あざやかな物語が挿入できるとおもったら、のがさず追加しましょう。
そして最初のシナリオとあたらしいシナリオとの整合性を調整します。
必要に応じてセクションを大胆に挿入したり削除したり、最初の部分と終わりの部分の変更を納得いくまで試みます。
小説全体の最終的な仕上がりと食い違いがないように確認しましょう。
(4)テキスト全体を改訂します。
文章のリズム、エピソードの比率、微妙なニュアンス、シーンの移行がスムーズに行えて説得力があるかどうか、クライマックスなどの効果、ハラハラ感やおもしろさ、その場の空気のもっともらしさなど、さまざまな構成要素に注意を払いましょう。
(5)きちんとタイプされて出来上がった原稿を用意して、最終改訂を加えます。
#怪奇小説を書く際の覚え書き #ラヴクラフト
HP ラヴクラフト著
わたしが小説を書く理由は、ある場所に行ったときの驚きや美しさ、冒険の期待のようなぼんやりした感覚を、わたしがこれまで積み上げてきた経験によって、より明確に表現して満足したかったからです。
なかでも怪奇小説を書くことを選んだのは、あくまでわたしの好みの問題です。
わたしは長年、時間や空間、自然法則のような、この世でわれわれを縛るものを停止させて、奇妙な幻想に浸りたいと願っていました。
時間や空間や自然法則に縛られるせいで、わたしたち遠い未知の世界である無限の宇宙空間への好奇心が挫折してしまうのです。
またわたしの物語では恐怖を強調しますが、それは恐怖がわたしたちの根源的で強烈な感情であり、幻想を生むのにもっとも適した感情だからです。
恐怖は未知のものや奇妙なものと密接に関係しています。
だから、自然法則の崩壊や、宇宙の異質さ、あるいは「異界」のようなことを、恐怖抜きに語るのはむずかしいのです。
あとわたしの物語では時間が重要な役割を果たしています。
わたしには時間こそが宇宙でもっとも残酷な恐怖におもえるのです。
人間と時間との対決は、もっとも実りある力強いテーマであるとわたしにはおもえます。
わたしの作風はあきらかに特殊ですし、あまり万人受けするとはおもえません。
それでも、わたしがやっているようなことは、文学が始まったときからずっとだれかがやってきていることです。
割合としては少数でしょうが、未知の宇宙空間に燃えるような情熱を感じ、現実という既知の牢獄から抜け出して、信じられないような冒険と夢の、無限の可能性を秘めた仙境へ向かいたいと願う人は常にいるものです。
深い森、幻想的な都市の塔、燃える夕日といった夢が、わたしたちに一瞬の暗示を与え、そして目の前に仙境が広がるのです。
わたしのようなアマチュアのみならず、ダンセイニー、ポー、アーサー・マッチェン、MR・ジェームズ、アルジャーノン・ブラックウッド、ウォルター・デ・ラ・メアは、この分野の偉大な作家たちです。
わたしの物語の書き方はひとつではありません。わたしはいろんなやり方で物語を書いてきました。
夢をそのまま書き留めたことだってあります。
しかしふだんは、表現したいことを決めて、話の展開を具体的な言葉でみなさんにお見せできるように推敲します。
わたしがよくやるのは、気分、アイデア、イメージに適した条件や状況をリストにして、論理的で自然な動機を推測していくというものです。
もちろん実際の執筆のプロセスは、テーマや着想によってさまざまですが、もしわたしの全作品を分析して平均したとすれば、以下のような一連の規則があるとおもっています。
(1)まずシナリオを用意します。最初は物語的な肉付けは後回しにして、出来事が起こる順に記述します。
要点を網羅して、じゅうぶんな長さで記述します。この枠組みの段階で、予測できる結末を詳細に記述するのもよいでしょう。
(2)ふたつめのシナリオを用意します。こんどは物語を肉付けしていきます。最初につくったシナリオをもとに、視点の変化、強調、クライマックスに変更がないか、メモをしておきます。
これによってストーリーに劇的な力がもたらされたり、全体的な効果が高まる場合は、もとのあらすじを変更します。
重要なイベントは自由に追加、削除をおこないます。最終的にまったくちがう物語になったとしても、最初のシナリオにとらわれてはいけません。推敲していく過程で提案があれば、いつでも変更を加えましょう。
(3)肉付けしたシナリオに従って、あまり深く考えずにパパっと書き出してしまいましょう。
この段階でも書いている間に変更したほうがよいとおもったら、前のシナリオにとらわれることなく変更します。
効果的な演出や、あざやかな物語が挿入できるとおもったら、のがさず追加しましょう。
そして最初のシナリオとあたらしいシナリオとの整合性を調整します。
必要に応じてセクションを大胆に挿入したり削除したり、最初の部分と終わりの部分の変更を納得いくまで試みます。
小説全体の最終的な仕上がりと食い違いがないように確認しましょう。
(4)テキスト全体を改訂します。
文章のリズム、エピソードの比率、微妙なニュアンス、シーンの移行がスムーズに行えて説得力があるかどうか、クライマックスなどの効果、ハラハラ感やおもしろさ、その場の空気のもっともらしさなど、さまざまな構成要素に注意を払いましょう。
(5)きちんとタイプされて出来上がった原稿を用意して、最終改訂を加えます。
#怪奇小説を書く際の覚え書き #ラヴクラフト