2025年7月の投稿[5件]
2025年7月31日 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する
猛烈な暑さ、日照りで体調管理がほんとうにむずかしいですね。
ぼくも水分代謝がうまくいかず、水分をとりすぎる、おなかを壊す、の繰り返しです(笑)
これは覚え書きですが、選挙の立会は、朝6時すぎに公民館に集合し、7時から投票開始しました。
夜の8時に投票所を閉じて、そこから開票所までバスで投票箱を運び、9時半にまた公民館に帰ってきて解散という流れでした。
どうやら投票所が閉じて開票所への送迎がはじまると、市内のほとんどのバスやタクシーが出払うほどだったようで、やはり選挙はお祭りなんだとおもいます。
ひたすら座っているだけの長丁場でしたが、家に帰ってきたとき、ちゃんと一日は終わるものなのだな、と妙な感心をしていました。
ひと昔前の自治会というと、お酒の場が多く、ワガママを言う人が多かったのでトラブルも多かったようです。
もっとむかし、大正以前にさかのぼるとこのあたりは田んぼの水の問題で殺し合いが起きるような土地柄だったといいますから、いわゆる村長の役割はたいへんなものでした。
ぼくが移住してからのことを考えるだけでも、いまの自治会長の役割はずいぶん楽になったとおもいます(笑)
ことしはうちのあたりは記録的な大旱魃ですが、むかしのように溜池も上水道もない時代だったら、村の中はたいそう乱れていたことでしょう。
古代蓮のお話、おもしろいですね。
土の中にある蓮の種が、数千年発芽する機能を失わずに、あるきっかけで萌芽する。この数千年という期間、種は果たしてどのように命を生きているのか。
植物には意識はありませんが、しかしたしかにその種は命としての役割を生きているわけでしょう。
動物の精子と卵子は生命とはいえないんだそうで、これは植物でいえば花粉とめしべの関係ですね。
そこから結実して種になったものは、人間でいえば受精したあとの胎児のようなものですから、やはり命です。
夜に眠って気づけば朝、というような感じで、じぶんの命がたまたま古代蓮の種であれば、土中で眠っている間に数千年が過ぎている。
人間の視点でみるとあまりにも長い孤独で、命の実感がないようさえおもえます。
蓮の花の神聖さを愛でるたとえで「蓮は泥より出でて泥に染まらず」という言葉がありますが、種の時点から特殊な神性があるようにおもえました。
大きなサイズのオタマジャクシは、おそらくウシガエルのオタマジャクシでしょう。
あれはギョッとするサイズですよね(笑)
あのカエルは夜になると、「ブオーン、ブオーン」と、聞きようによってはたしかに牛のような鳴き声で鳴きます。
世界最大級の大きさのカエルなんだそうで、戦前に食用に輸入された外来種なんだそうです。
むかしぼくが住んでいた大阪の八尾という、郊外の用水路でも盛大に繁殖して、大合唱していました。
八尾にいたときは気持ち悪いのと、夜の騒音で迷惑なだけでしたが、そういえば台湾でカエルの足を食べたことがあります。
鶏せせりのようなプリプリとした食感で美味でした。
捕獲して皮をむいても、足だけしか食べられるところがない(骨付きで一匹100gほど)という、歩留まりのわるさを無視していいのであれば、たしかに食用としては優秀だとおもいます。
調べてみましたが、北海道から沖縄まで、日本中に生息域があるものの、分布はまだらです。
当時熱心にウシガエルを食用として繁殖させていたところと、そうでないところがあったのでしょう。
戦前戦中の食糧難の時期でも、日本ではカエル食に抵抗がある地域が少なくなかったそうですから、そのあたりが分布のムラにつながっているようです。
https://www.nies.go.jp/biodiversity/inva...
お盆、うちの自治会では地蔵盆のお祭りの風習が残っていて、もう子供の数はほとんどないのですが、お地蔵さんのよだれかけを交換したり、ささやかな地域のコミュニケーションの場として活用しています。
当地では子供のうちに亡くなったとか、水子だったというような、夭折した子供を石彫りの地蔵として公民館前におまつりしており、これが20体以上あります。
有志の女性が2年に1度、よだれかけをつくってくれて、ぼくも含めて男衆がよだれかけを交換します。
1体10kgほどと、ほんとうに子供くらいの重さがあるのですが、これをお堂から出して交換して、またお堂に戻すので、汗だくになります(笑)
地蔵盆はご先祖さんの霊が帰ってくる盂蘭盆とは区別されていますが、根っこの部分はおなじ祖霊をおまつりするイベントですね。
地蔵盆は、いつまでも歳を取らない祖霊の子供たちと、地域の子供たちが主役のイベントなんですが、最近はうちの自治会では子供の数が減ってきました。
しかし子供がいなくなればやめるというのではなくて、お地蔵さんの御守をするイベントとして細々とでもやっていこうじゃないかというかたちで話を進めています。
いわゆるお盆よりも後の8月20~30日の間の土曜日に行われることが多いとおもうのですが、これは地蔵菩薩の縁日が24日だからなんだそうです。
そういった自治会の催しとしてのお盆のイベントはやりますが、家でお盆だからといってなにかするかといわれれば、せいぜいお墓参りくらいで、ぼくの場合はそれすら親に任せている現状です(笑)
最後に、いまの政治の「わざわざ恥をさらすような発言や行動をする人が多いのはなぜなんだろう」という件ですが、これはちょっとこじれてるようです。
というのも、たとえば兵庫県の斎藤知事や、安芸高田市長だった石丸伸二、NHK党の立花だとか、あるいは最近だと参政党のような言説もそうですが、一見すると論理性が破綻しているようにみえます。
しかしああいった、庶民の一般感覚とはズレた主張が支持を集めているのはなぜなのか。
これは、「対左翼」ということを軸にするとわかりやすくなります。
これまで弱者の味方を気取りながら、グローバリズムや個人主義を推し進め、巨大な利権を得ていた左翼運動に対して、現代では批判が集まっていて、どこの国でも右傾化が進んでいます。
この左翼嫌悪が民意になっているんですね。
極端な話、左翼をぎゃふんと言わせることができるのであれば、なんだっていい、という状況になってしまっている。
左翼的な論理に巻き込まれるくらいなら、まともな受け答えをしなくていいし、最悪その人の政治手腕がどのようなものであるかも問わない、という有権者が意外と多いんです。
それで、左翼をおちょくるような政治的主張が幅を利かせるようになりましたし、そういった主張がインターネットのSNSを通じて伝播されています。
ともかくなんらかの対立構造をつくって、徹底的に叩きながら成長していくという仕組みです。
もっと広い見方でいえば、左翼でなくてもいいんです。
たとえば社会そのものに不満がある層に向けて、「消費税にムカつきませんか」とやって、消費税を下げようなどといいだす。
実際には消費税は、税金を払っていない人や旅行に来た外国人からもとれる税制なので、これを下げてしまうと、いま日本で税金を支払っている現役労働者にツケがきて、さらに重税が課されるようになってしまいます。
だれにとっても消費税が上がるのは嫌だとおもうんですが、それでも現役労働者の税負担を軽減してやろうということになると、万人からとれる消費税を増やすしかないそうで。
政治家はその点わかっているはずなんですが、なにせ庶民の消費税アレルギーをおもうと、消費税減を叫ぶほうがメリットが大きい。
それで特に野党議員が、無責任に大衆迎合して、消費税減を叫ぶんですね(笑)
「わざわざ恥をさらすような発言や行動をする人」は、意図的に対立構造をつくって、わざと社会を炎上させて衆目をあつめている、といえます。
このやり方が常套手段と化していて、しかも現代の政治運動として成功しているから悩ましいですね。
言い方を変えれば、「悪名は無名に勝る」ということでしょうか。
こういった政治家たちは市民の感情の動き方だけを気にして、むちゃくちゃな主張で市民のイデオロギーを煽りたてて、あとは野となれ山となれですから、まさにポピュリズム(扇動政治)です。
……と、ずいぶんセンシティブなところに話が進んでしまいました。
この話はここでおしまいです。
ギズモさんにおかれましても長い夏でたいへんだとおもいますが、体調管理に気を付けて、なんとか乗り切りましょうね。
ぼくも水分代謝がうまくいかず、水分をとりすぎる、おなかを壊す、の繰り返しです(笑)
これは覚え書きですが、選挙の立会は、朝6時すぎに公民館に集合し、7時から投票開始しました。
夜の8時に投票所を閉じて、そこから開票所までバスで投票箱を運び、9時半にまた公民館に帰ってきて解散という流れでした。
どうやら投票所が閉じて開票所への送迎がはじまると、市内のほとんどのバスやタクシーが出払うほどだったようで、やはり選挙はお祭りなんだとおもいます。
ひたすら座っているだけの長丁場でしたが、家に帰ってきたとき、ちゃんと一日は終わるものなのだな、と妙な感心をしていました。
ひと昔前の自治会というと、お酒の場が多く、ワガママを言う人が多かったのでトラブルも多かったようです。
もっとむかし、大正以前にさかのぼるとこのあたりは田んぼの水の問題で殺し合いが起きるような土地柄だったといいますから、いわゆる村長の役割はたいへんなものでした。
ぼくが移住してからのことを考えるだけでも、いまの自治会長の役割はずいぶん楽になったとおもいます(笑)
ことしはうちのあたりは記録的な大旱魃ですが、むかしのように溜池も上水道もない時代だったら、村の中はたいそう乱れていたことでしょう。
古代蓮のお話、おもしろいですね。
土の中にある蓮の種が、数千年発芽する機能を失わずに、あるきっかけで萌芽する。この数千年という期間、種は果たしてどのように命を生きているのか。
植物には意識はありませんが、しかしたしかにその種は命としての役割を生きているわけでしょう。
動物の精子と卵子は生命とはいえないんだそうで、これは植物でいえば花粉とめしべの関係ですね。
そこから結実して種になったものは、人間でいえば受精したあとの胎児のようなものですから、やはり命です。
夜に眠って気づけば朝、というような感じで、じぶんの命がたまたま古代蓮の種であれば、土中で眠っている間に数千年が過ぎている。
人間の視点でみるとあまりにも長い孤独で、命の実感がないようさえおもえます。
蓮の花の神聖さを愛でるたとえで「蓮は泥より出でて泥に染まらず」という言葉がありますが、種の時点から特殊な神性があるようにおもえました。
大きなサイズのオタマジャクシは、おそらくウシガエルのオタマジャクシでしょう。
あれはギョッとするサイズですよね(笑)
あのカエルは夜になると、「ブオーン、ブオーン」と、聞きようによってはたしかに牛のような鳴き声で鳴きます。
世界最大級の大きさのカエルなんだそうで、戦前に食用に輸入された外来種なんだそうです。
むかしぼくが住んでいた大阪の八尾という、郊外の用水路でも盛大に繁殖して、大合唱していました。
八尾にいたときは気持ち悪いのと、夜の騒音で迷惑なだけでしたが、そういえば台湾でカエルの足を食べたことがあります。
鶏せせりのようなプリプリとした食感で美味でした。
捕獲して皮をむいても、足だけしか食べられるところがない(骨付きで一匹100gほど)という、歩留まりのわるさを無視していいのであれば、たしかに食用としては優秀だとおもいます。
調べてみましたが、北海道から沖縄まで、日本中に生息域があるものの、分布はまだらです。
当時熱心にウシガエルを食用として繁殖させていたところと、そうでないところがあったのでしょう。
戦前戦中の食糧難の時期でも、日本ではカエル食に抵抗がある地域が少なくなかったそうですから、そのあたりが分布のムラにつながっているようです。
https://www.nies.go.jp/biodiversity/inva...
お盆、うちの自治会では地蔵盆のお祭りの風習が残っていて、もう子供の数はほとんどないのですが、お地蔵さんのよだれかけを交換したり、ささやかな地域のコミュニケーションの場として活用しています。
当地では子供のうちに亡くなったとか、水子だったというような、夭折した子供を石彫りの地蔵として公民館前におまつりしており、これが20体以上あります。
有志の女性が2年に1度、よだれかけをつくってくれて、ぼくも含めて男衆がよだれかけを交換します。
1体10kgほどと、ほんとうに子供くらいの重さがあるのですが、これをお堂から出して交換して、またお堂に戻すので、汗だくになります(笑)
地蔵盆はご先祖さんの霊が帰ってくる盂蘭盆とは区別されていますが、根っこの部分はおなじ祖霊をおまつりするイベントですね。
地蔵盆は、いつまでも歳を取らない祖霊の子供たちと、地域の子供たちが主役のイベントなんですが、最近はうちの自治会では子供の数が減ってきました。
しかし子供がいなくなればやめるというのではなくて、お地蔵さんの御守をするイベントとして細々とでもやっていこうじゃないかというかたちで話を進めています。
いわゆるお盆よりも後の8月20~30日の間の土曜日に行われることが多いとおもうのですが、これは地蔵菩薩の縁日が24日だからなんだそうです。
そういった自治会の催しとしてのお盆のイベントはやりますが、家でお盆だからといってなにかするかといわれれば、せいぜいお墓参りくらいで、ぼくの場合はそれすら親に任せている現状です(笑)
最後に、いまの政治の「わざわざ恥をさらすような発言や行動をする人が多いのはなぜなんだろう」という件ですが、これはちょっとこじれてるようです。
というのも、たとえば兵庫県の斎藤知事や、安芸高田市長だった石丸伸二、NHK党の立花だとか、あるいは最近だと参政党のような言説もそうですが、一見すると論理性が破綻しているようにみえます。
しかしああいった、庶民の一般感覚とはズレた主張が支持を集めているのはなぜなのか。
これは、「対左翼」ということを軸にするとわかりやすくなります。
これまで弱者の味方を気取りながら、グローバリズムや個人主義を推し進め、巨大な利権を得ていた左翼運動に対して、現代では批判が集まっていて、どこの国でも右傾化が進んでいます。
この左翼嫌悪が民意になっているんですね。
極端な話、左翼をぎゃふんと言わせることができるのであれば、なんだっていい、という状況になってしまっている。
左翼的な論理に巻き込まれるくらいなら、まともな受け答えをしなくていいし、最悪その人の政治手腕がどのようなものであるかも問わない、という有権者が意外と多いんです。
それで、左翼をおちょくるような政治的主張が幅を利かせるようになりましたし、そういった主張がインターネットのSNSを通じて伝播されています。
ともかくなんらかの対立構造をつくって、徹底的に叩きながら成長していくという仕組みです。
もっと広い見方でいえば、左翼でなくてもいいんです。
たとえば社会そのものに不満がある層に向けて、「消費税にムカつきませんか」とやって、消費税を下げようなどといいだす。
実際には消費税は、税金を払っていない人や旅行に来た外国人からもとれる税制なので、これを下げてしまうと、いま日本で税金を支払っている現役労働者にツケがきて、さらに重税が課されるようになってしまいます。
だれにとっても消費税が上がるのは嫌だとおもうんですが、それでも現役労働者の税負担を軽減してやろうということになると、万人からとれる消費税を増やすしかないそうで。
政治家はその点わかっているはずなんですが、なにせ庶民の消費税アレルギーをおもうと、消費税減を叫ぶほうがメリットが大きい。
それで特に野党議員が、無責任に大衆迎合して、消費税減を叫ぶんですね(笑)
「わざわざ恥をさらすような発言や行動をする人」は、意図的に対立構造をつくって、わざと社会を炎上させて衆目をあつめている、といえます。
このやり方が常套手段と化していて、しかも現代の政治運動として成功しているから悩ましいですね。
言い方を変えれば、「悪名は無名に勝る」ということでしょうか。
こういった政治家たちは市民の感情の動き方だけを気にして、むちゃくちゃな主張で市民のイデオロギーを煽りたてて、あとは野となれ山となれですから、まさにポピュリズム(扇動政治)です。
……と、ずいぶんセンシティブなところに話が進んでしまいました。
この話はここでおしまいです。
ギズモさんにおかれましても長い夏でたいへんだとおもいますが、体調管理に気を付けて、なんとか乗り切りましょうね。
2025年7月24日 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する
投票所の立会人のお役目、お疲れ様でした。
さぞお疲れになったことと思います。
自治会の会長のお仕事は、伺っている以外にも多くの煩雑なことがあるでしょうが、大きな問題がなく、平穏無事なことが一番ですね。
お返事のお気遣いのないよう、簡単な感想と、雑談です。
司馬さんのいうところの、「場当たり的な、禅的な」、というのは、志士たちの意識がなんとなくですが理解できる気がします。
『葉隠』のわかりやすい翻訳をありがとうございます。
生きる意味より、死ぬ意味のほうに重きをおいたのは、根底に、「恥」というものの捉え方が大きく存在していたのかとも思えます。
また、常に死を思って生きることで、生きることを充実させていたようにも感じました。
命を惜しむという生き方、惜しまずに~という生き方、どちらもそれなりに深い意味がありますね。
農園主さんがお書きになった、「じぶんの生き様が恥にならないように生きて、死ぬ」、このことば、今の政治家に聞かせたいです。
政治に対する思いとは離れたところで、わざわざ恥をさらすような発言や行動をする人が多いのはなぜなんだろうと思います。
生き方、死に方は、時代によって変化するものかもしれませんが、よくも悪くも自分の納得のいく人生を送ることが大切ですね。
後悔のない人生はないと言いますが、時が経って激しい後悔の念がぼんやりとぼやけてきて、あ~~もう、あの時はしょうがなかったしぃ、みたいになんとなく納得し、「まずまずいい人生だったなぁ」と思いながら死んでいけたらなぁ、としょうもないことを考えています(笑)
前にお話したかもしれませんが、私の部屋は西日が素晴らしくよく当たります(笑)
この時期は、夜7時になっても、遮光カーテンを通してさえ明るい日差しを感じます。
そんなわけで、どう頑張っても暑さ&まぶしさで、とてもパソコンの前にいられないのですが、そうも言っていられないので、けっこうな時間を西日の前で過ごします。
クーラーはつけていますが、この時間帯は効き目があまりないため、熱が体内に蓄積されてしまうようで、それが長時間放散されず、いつも軽めの熱中症になっているみたいです。
神経をかなり遣う仕事が終わった翌日から4日ほど頭痛が続き、薬を飲んでも治らなかったのですが、ひどい肩こりもあるので少しつらかったです。
もともと頭痛持ちですが、軽度の熱中症もありそうですね。
一昨日、埼玉県行田市の「古代蓮の里」というところに、蓮の花を見に行きました。
東京の上野の不忍池の蓮とはぜんぜん違い、高さもあり葉も大きいのに驚きました。
HPには、
と書かれています。
着いたとたん、雷が鳴っていましたが、稲妻が地面まで届いた(落ちた?)のを初めて見ました。
空やビルの合間に光るのはよく見ますが、視界を遮るものがないので、空の高いところから地面に吸い込まれるところまで見えました。
知らないことがまだまだたくさんあってあたりまえなのですが、衝撃的な体験でした(笑)
もうひとつびっくりしたことが。
蓮が咲いている小さな池が点在しているのですが、そこに、それはそれは大きなオタマジャクシが!!
まだ足が出ていないのに(たぶん)、長さが17~18センチくらいありました。
数もものすごいので、これが一斉に蛙になったらどんなことにと思ったら、ゾゾっとしました(笑)
先日ネットで、神奈川県の大船フラワーセンターで「双頭蓮」が咲いた、というニュースを見ました。
50~100年に一度、1本の茎に2つ花が咲くそうで、見ると幸せがくると書かれていました。
調べてみたら、新潟県の高田城址公園や茨城県坂東市でも今年開花したそうですし、毎年どこかで咲いているようなことも書かれていたので、さほどラッキーでもないですね(笑)
古代蓮の里の蓮の葉があまりにも大きく、コロボックルが隠れているように思いました(笑)
よく見れば違いますが、フキの葉っぱとちょっと似ていますよね。
数日前に娘と娘ムコが家に来たのですが、娘ムコに「東京ではお盆はやらないんですか?」と聞かれました。
東京では7月なのですが、お盆飾り(きゅうりやナスなど)や果物をお供えしていなかったので、???と思ったのでしょう(家にお仏壇はありませんが、両親と主人の父親の写真を飾り、お線香をあげ、金剛鈴を鳴らしています)
私が子どもの頃から、家でも近所でもお盆になにかやっているのを見たことがなく、具体的に何をするか、ほとんどわかっていませんでした。
10年ほど前に父が亡くなってからは、スーパーで売っているおがらを買い、ベランダで燃やしてお迎えし、お供え物もしていたのですが、昨年母が亡くなってからやめました。
墓じまいなど、供養の形が変わってきている今、お盆の慣習はだいじなことなので、手を抜かないようにしたいとは思うのですが、あえて迎え火で呼ばなくても勝手に来るはずだし、送り火を焚いても帰ってくれないかも、と思った次第です(笑)
本当にものすごい暑さですが、体調はいかがでしょうか。
体力的にも精神的にもご無理のないよう、充分に気をつけてくださいね。
少し日にちをあけて投稿しましたが、遅くなってごめんなさい(o_ _)o))
さぞお疲れになったことと思います。
自治会の会長のお仕事は、伺っている以外にも多くの煩雑なことがあるでしょうが、大きな問題がなく、平穏無事なことが一番ですね。
お返事のお気遣いのないよう、簡単な感想と、雑談です。
司馬さんのいうところの、「場当たり的な、禅的な」、というのは、志士たちの意識がなんとなくですが理解できる気がします。
『葉隠』のわかりやすい翻訳をありがとうございます。
生きる意味より、死ぬ意味のほうに重きをおいたのは、根底に、「恥」というものの捉え方が大きく存在していたのかとも思えます。
また、常に死を思って生きることで、生きることを充実させていたようにも感じました。
命を惜しむという生き方、惜しまずに~という生き方、どちらもそれなりに深い意味がありますね。
農園主さんがお書きになった、「じぶんの生き様が恥にならないように生きて、死ぬ」、このことば、今の政治家に聞かせたいです。
政治に対する思いとは離れたところで、わざわざ恥をさらすような発言や行動をする人が多いのはなぜなんだろうと思います。
生き方、死に方は、時代によって変化するものかもしれませんが、よくも悪くも自分の納得のいく人生を送ることが大切ですね。
後悔のない人生はないと言いますが、時が経って激しい後悔の念がぼんやりとぼやけてきて、あ~~もう、あの時はしょうがなかったしぃ、みたいになんとなく納得し、「まずまずいい人生だったなぁ」と思いながら死んでいけたらなぁ、としょうもないことを考えています(笑)
前にお話したかもしれませんが、私の部屋は西日が素晴らしくよく当たります(笑)
この時期は、夜7時になっても、遮光カーテンを通してさえ明るい日差しを感じます。
そんなわけで、どう頑張っても暑さ&まぶしさで、とてもパソコンの前にいられないのですが、そうも言っていられないので、けっこうな時間を西日の前で過ごします。
クーラーはつけていますが、この時間帯は効き目があまりないため、熱が体内に蓄積されてしまうようで、それが長時間放散されず、いつも軽めの熱中症になっているみたいです。
神経をかなり遣う仕事が終わった翌日から4日ほど頭痛が続き、薬を飲んでも治らなかったのですが、ひどい肩こりもあるので少しつらかったです。
もともと頭痛持ちですが、軽度の熱中症もありそうですね。
一昨日、埼玉県行田市の「古代蓮の里」というところに、蓮の花を見に行きました。
東京の上野の不忍池の蓮とはぜんぜん違い、高さもあり葉も大きいのに驚きました。
HPには、
「行田蓮(古代蓮)」は原始的な形態を持つ1400年から3000年前の蓮であると言われています。古代蓮の里にほど近い公共施設建設の工事の際に、偶然出土した種子が自然発芽し甦り、池に開花しているのが発見されました(昭和48年)。地中深く眠っていた多くの蓮の実が出土し、自然発芽して一斉に開花した事は極めて珍しいと言われています。
と書かれています。
着いたとたん、雷が鳴っていましたが、稲妻が地面まで届いた(落ちた?)のを初めて見ました。
空やビルの合間に光るのはよく見ますが、視界を遮るものがないので、空の高いところから地面に吸い込まれるところまで見えました。
知らないことがまだまだたくさんあってあたりまえなのですが、衝撃的な体験でした(笑)
もうひとつびっくりしたことが。
蓮が咲いている小さな池が点在しているのですが、そこに、それはそれは大きなオタマジャクシが!!
まだ足が出ていないのに(たぶん)、長さが17~18センチくらいありました。
数もものすごいので、これが一斉に蛙になったらどんなことにと思ったら、ゾゾっとしました(笑)
先日ネットで、神奈川県の大船フラワーセンターで「双頭蓮」が咲いた、というニュースを見ました。
50~100年に一度、1本の茎に2つ花が咲くそうで、見ると幸せがくると書かれていました。
調べてみたら、新潟県の高田城址公園や茨城県坂東市でも今年開花したそうですし、毎年どこかで咲いているようなことも書かれていたので、さほどラッキーでもないですね(笑)
古代蓮の里の蓮の葉があまりにも大きく、コロボックルが隠れているように思いました(笑)
よく見れば違いますが、フキの葉っぱとちょっと似ていますよね。
数日前に娘と娘ムコが家に来たのですが、娘ムコに「東京ではお盆はやらないんですか?」と聞かれました。
東京では7月なのですが、お盆飾り(きゅうりやナスなど)や果物をお供えしていなかったので、???と思ったのでしょう(家にお仏壇はありませんが、両親と主人の父親の写真を飾り、お線香をあげ、金剛鈴を鳴らしています)
私が子どもの頃から、家でも近所でもお盆になにかやっているのを見たことがなく、具体的に何をするか、ほとんどわかっていませんでした。
10年ほど前に父が亡くなってからは、スーパーで売っているおがらを買い、ベランダで燃やしてお迎えし、お供え物もしていたのですが、昨年母が亡くなってからやめました。
墓じまいなど、供養の形が変わってきている今、お盆の慣習はだいじなことなので、手を抜かないようにしたいとは思うのですが、あえて迎え火で呼ばなくても勝手に来るはずだし、送り火を焚いても帰ってくれないかも、と思った次第です(笑)
本当にものすごい暑さですが、体調はいかがでしょうか。
体力的にも精神的にもご無理のないよう、充分に気をつけてくださいね。
少し日にちをあけて投稿しましたが、遅くなってごめんなさい(o_ _)o))
2025年7月15日 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する
日付の件は不思議でしたが、下書きをこちらで保存されているのですね。
もちろんまったく問題ありません。
今回は、前回の続きのような話なんですが、雑談のような調子になってしまいました。
あまりはっきりした結論に至らないのは前回とおなじです。
ことしは7月になってからもなんとも気忙しい日々が続いており、うまくまとめるための時間と気力が足りないのが悩みです。
水無月の件ですが、もうギズモさんには過分なお心遣いをいただいていますから、これ以上は恐縮でとても受け取れません(笑)
水無月に限らず、ぜひギズモさんとご家族のために楽しんでいただければとおもいます。
幕末の志士は後世に興味があったのか、改めて考えてみたのですが、おそらく現代のような未来予想はしていなかったのではないかとおもいます。
それどころか、まさか明治に入って間もなく、武士の時代が終わってしまうわけです。
当の武士たちが、近いうちに武士の身分を取り上げられてしまう未来を予測できていたら、明治維新は起こるはずがありません(笑)
当時の志士たちの行動原理は、以下のようなものでしょう。
「江戸幕府は見掛け倒しの弱腰で、国内からはまるで商売人のように暴利を貪り、海外からの侵略者にはこびへつらい、じぶんが生きることにばかり汲々としていて、だれも命を懸けない。中枢にいる連中は腐敗しきっている。この状況を変えねばならぬ」
これ以上のことは考えていない……というか、具体的にどう世の中が動くかということは、みんな手探りで、わかっていなかったのだとおもいます。
江戸幕藩体制を終わらせたあと、どのように日本を統治するか、新政府と各藩藩主が集まって、共和制について議論したこともありました。
いまの日本は立憲君主制といって、憲法というルールと天皇という君主のいる国ということですね。
共和制の場合は、君主はおらず、選挙によってえらばれた代表者が国家のトップとなります。
しかしこの議論はたった一度行われただけで、まったく煮詰まることもなく、あっさりと立ち消えになりました。
天皇制を廃止するところまで踏み込むのは、維新の機運の中でも、さすがにできなかった(やる気がなかった)のでしょう。
そのように、江戸から明治になる過渡期においては、なにもかもがふわふわとして定まっていませんでした。
旧幕府軍と新政府軍による戊辰戦争、不平士族が西郷をかついで新政府に立ち向かった西南戦争のような内戦も起こっています。
憲法や法律などのシステムについては西洋の文明を移入することにしよう、という、非常に他力本願なところもありました。
つまり、志士たちの将来をおもう気持ちというのは、明確なビジョンがあったわけでなく、やはり司馬さんが言ったように、場当たり的な、禅的なものだったのではないかとおもいます。
志士たちが、じぶんの命だけを手弁当のようにして参加した明治維新には、「禅的な死」という共通認識があったとおもいます。
では禅的な死とはなにかというと、江戸時代に書かれた『葉隠』における有名な「武士道というは死ぬことと見つけたり」という言葉に集約されます。
この「武士道というは……」の部分には続きがあります。
翻訳すると、以下のようになります。
武士道とはつまり、死ぬことだったのだ。
もしふたつの選択肢があった場合は、早く死ぬほうを選ぶ。
むずかしく考えることはない。
腹を決めてそのようにすればよい。
うまくいかなかったら犬死にではないかというような考えは、まるで商売人が考えそうな打算の武士道である。
ふたつの選択肢があった場合、どちらを選んでどうなるか、わかる人間などいない。
もちろん、じぶんを生きている以上、生きるほうが好きなのは当然だろう。
みんななんだかんだ理由をつけて、生きるほうを選ぶものである。
しかし、生きるほうを選んでその選択が間違っていた場合は、腰抜け、恥さらしではないか。
ここが危なっかしいところなのだ。
もし死ぬほうを選んで、それが間違っていたとしたら。
たしかに犬死にかもしれぬ。
わざわざ死ぬほうを選ぶなど、気ちがいと言われるかもしれぬ。
しかしこの場合、犬死に気ちがいではあっても、恥にはならない。
武士道という点では、それでじゅうぶん立派なのである。
毎朝、毎晩、その都度死の覚悟を定めて、つねに死んだ身となっていれば、命を惜しむ心の束縛から自由を得た状態となる。
そうすれば生涯恥をさらすことなく、お家を守ることができるであろう。
ようするに、命を惜しむな、死を恐れるな、というわけです。
司馬さんはこういった武士道マインドを実践して実際に死んでいった志士に、禅を感じて、しかも疑問におもったんですね。
なぜそんなあっさりと死んでしまうのだろう、と。
『葉隠』を書いたのは佐賀藩の山本常朝という武士でした。
この山本常朝は華蔵庵という僧房で、湛然和尚に教えを受け、42歳で出家します。
山本常朝は60歳で亡くなるのですが、かれが晩年に著したのが『葉隠』でした。
そして常朝に仏道を指南した湛然和尚は曹洞宗だったんです。
ギズモさんも書いておられましたが、曹洞宗は禅宗ですね。
つまり『葉隠』という武士思想の基礎と、禅宗は密接につながっていました。
司馬さんはそのあたりまでわかっていたはずです。
そのうえで、たとえ武士とはいえ、葉隠のように人間があっさり死ぬほうを選ぶというマインドが、やはり納得いかない。
江戸幕府の連中はみな命を惜しんで腐敗政治の中でのんびりやっていました。
維新の志士だけが突然変異のように、社会のために命を惜しまず、当たって砕けてしまうのだから、不思議におもうのも当然です。
だから司馬さんは、「彼らは未来を信じていたのかしら、生まれかわることを信じていたのかしら」と思案したのでしょう。
司馬さんは上方(大阪)の人です。
司馬さんは商売人ではありませんし、太平洋戦争を経験し、「いつでも死ねることだけが特技だ」というくらい腹の決まった人でしたが、それでもおなじ時代の特攻隊の若者たちでも、家族をおもい、生きることへの執着をのぞかせるなど、逡巡する感情の動きがありました。
そういった極限の状況を知っているからこそ、志士が迷いなく死んでいったということがうまく理解できないんですね。
おそらく志士たちの死の心構えとは、以下のようなシンプルなものだったでしょう。
・じぶんの生き様が恥にならないように生きて、死ぬ。
・どのような形になるにせよ、腐敗しきった現状を変える。
それ以上の……たとえばじぶんの死後の安寧を願って念仏をとなえるだとか、ことさら未来に強い希望を抱いたりとか、あるいは生まれ変わったらもっとよい社会になるようにする、というような「じぶんを救うための考え」は、多くの志士にとっては雑音だったのではないかとおもいます。
それで、みんなこの雑音をできるだけ聞かないようにして、やせ我慢を当たり前のものとして、死んでいったのでしょう。
と、2回続けて司馬さんの話になってしまいました(笑)
この話はこのあたりで切り上げます。
おみくじの話なんですが、うちの親は、おみくじにじぶんの生き方が決められたり振り回されるのがイヤだから、という理由で、寺社にお参りしてもおみくじはひきません。
ぼくは、おみくじを引いたじぶんも含めて、運勢という妙なものを受け止めようとおもうので、おみくじに抵抗はありません。
ぼくの場合は、なにかを信じるとか、指針を得るためにおみくじを引くというよりは、じぶんの力ではどうしようもないことがある、ということを確かめるためにおみくじを引きます。
なので、たとえばおみくじを何度もひいて、そのたびにちがう結果が出るとします。
そのような行動をしてしまうじぶんの運命のおかしさも、おみくじの内容が毎回ちがうことの理不尽さも、じぶんの力ではどうしようもないことなので、受け止めるしかありません。
この「じぶんではどうしようもないことを受け止める」という修行のためにおみくじを引いている、という感覚です(笑)
わたくしごとですが、来週は選挙で、ぼくは自治会長の手前、投票所の立会人として、当日はまる一日、14時間ほど拘束されます(笑)
さらにここ最近は近所の陳情を受け付けたり、その対応で神経をすり減らしています。
こういう立場になってみてわかりましたが、自治会長は上座にすわってふんぞり返るというような性質のものではなくて、ムリヤリ上座にすわらされて、やってることは庶務とか、あるいは中間管理職のようなことばかりです。
お金になるわけでもないですし、みんながこの役回りを嫌がる理由もわかるのですが、こういう役回りを負う人がいないと、公共は立ち行かないんですよね。
言い訳がましくなりますが、いましばらく忙しい時期が続くようで、返信ペースが乱れがちになることをご容赦ください。
もちろんまったく問題ありません。
今回は、前回の続きのような話なんですが、雑談のような調子になってしまいました。
あまりはっきりした結論に至らないのは前回とおなじです。
ことしは7月になってからもなんとも気忙しい日々が続いており、うまくまとめるための時間と気力が足りないのが悩みです。
水無月の件ですが、もうギズモさんには過分なお心遣いをいただいていますから、これ以上は恐縮でとても受け取れません(笑)
水無月に限らず、ぜひギズモさんとご家族のために楽しんでいただければとおもいます。
幕末の志士は後世に興味があったのか、改めて考えてみたのですが、おそらく現代のような未来予想はしていなかったのではないかとおもいます。
それどころか、まさか明治に入って間もなく、武士の時代が終わってしまうわけです。
当の武士たちが、近いうちに武士の身分を取り上げられてしまう未来を予測できていたら、明治維新は起こるはずがありません(笑)
当時の志士たちの行動原理は、以下のようなものでしょう。
「江戸幕府は見掛け倒しの弱腰で、国内からはまるで商売人のように暴利を貪り、海外からの侵略者にはこびへつらい、じぶんが生きることにばかり汲々としていて、だれも命を懸けない。中枢にいる連中は腐敗しきっている。この状況を変えねばならぬ」
これ以上のことは考えていない……というか、具体的にどう世の中が動くかということは、みんな手探りで、わかっていなかったのだとおもいます。
江戸幕藩体制を終わらせたあと、どのように日本を統治するか、新政府と各藩藩主が集まって、共和制について議論したこともありました。
いまの日本は立憲君主制といって、憲法というルールと天皇という君主のいる国ということですね。
共和制の場合は、君主はおらず、選挙によってえらばれた代表者が国家のトップとなります。
しかしこの議論はたった一度行われただけで、まったく煮詰まることもなく、あっさりと立ち消えになりました。
天皇制を廃止するところまで踏み込むのは、維新の機運の中でも、さすがにできなかった(やる気がなかった)のでしょう。
そのように、江戸から明治になる過渡期においては、なにもかもがふわふわとして定まっていませんでした。
旧幕府軍と新政府軍による戊辰戦争、不平士族が西郷をかついで新政府に立ち向かった西南戦争のような内戦も起こっています。
憲法や法律などのシステムについては西洋の文明を移入することにしよう、という、非常に他力本願なところもありました。
つまり、志士たちの将来をおもう気持ちというのは、明確なビジョンがあったわけでなく、やはり司馬さんが言ったように、場当たり的な、禅的なものだったのではないかとおもいます。
志士たちが、じぶんの命だけを手弁当のようにして参加した明治維新には、「禅的な死」という共通認識があったとおもいます。
では禅的な死とはなにかというと、江戸時代に書かれた『葉隠』における有名な「武士道というは死ぬことと見つけたり」という言葉に集約されます。
この「武士道というは……」の部分には続きがあります。
武士道といふは死ぬことと見つけたり。
二つ二つの場にて、早く死ぬかたに片付くばかりなり。
別に仔細なし。
胸すわつて進むなり。
図に当らぬは犬死などといふ事は、上方風の打ち上りたる武道なるべし。
二つ二つの場にて、図に当るやうにわかることは、及ばざることなり。
我人、生きる方がすきなり。多分すきの方に理が付くべし。
若し図にはづれて生きたらば、腰抜けなり。
この境危うきなり。
図にはづれて死にたらば、犬死気違なり。
恥にはならず。これが武道に丈夫なり。
毎朝毎夕、改めては死に改めては死に、常住死身になりて居る時は、武道に自由を得、一生越度なく、家職を仕果すべきなり。
翻訳すると、以下のようになります。
武士道とはつまり、死ぬことだったのだ。
もしふたつの選択肢があった場合は、早く死ぬほうを選ぶ。
むずかしく考えることはない。
腹を決めてそのようにすればよい。
うまくいかなかったら犬死にではないかというような考えは、まるで商売人が考えそうな打算の武士道である。
ふたつの選択肢があった場合、どちらを選んでどうなるか、わかる人間などいない。
もちろん、じぶんを生きている以上、生きるほうが好きなのは当然だろう。
みんななんだかんだ理由をつけて、生きるほうを選ぶものである。
しかし、生きるほうを選んでその選択が間違っていた場合は、腰抜け、恥さらしではないか。
ここが危なっかしいところなのだ。
もし死ぬほうを選んで、それが間違っていたとしたら。
たしかに犬死にかもしれぬ。
わざわざ死ぬほうを選ぶなど、気ちがいと言われるかもしれぬ。
しかしこの場合、犬死に気ちがいではあっても、恥にはならない。
武士道という点では、それでじゅうぶん立派なのである。
毎朝、毎晩、その都度死の覚悟を定めて、つねに死んだ身となっていれば、命を惜しむ心の束縛から自由を得た状態となる。
そうすれば生涯恥をさらすことなく、お家を守ることができるであろう。
ようするに、命を惜しむな、死を恐れるな、というわけです。
司馬さんはこういった武士道マインドを実践して実際に死んでいった志士に、禅を感じて、しかも疑問におもったんですね。
なぜそんなあっさりと死んでしまうのだろう、と。
『葉隠』を書いたのは佐賀藩の山本常朝という武士でした。
この山本常朝は華蔵庵という僧房で、湛然和尚に教えを受け、42歳で出家します。
山本常朝は60歳で亡くなるのですが、かれが晩年に著したのが『葉隠』でした。
そして常朝に仏道を指南した湛然和尚は曹洞宗だったんです。
ギズモさんも書いておられましたが、曹洞宗は禅宗ですね。
つまり『葉隠』という武士思想の基礎と、禅宗は密接につながっていました。
司馬さんはそのあたりまでわかっていたはずです。
そのうえで、たとえ武士とはいえ、葉隠のように人間があっさり死ぬほうを選ぶというマインドが、やはり納得いかない。
江戸幕府の連中はみな命を惜しんで腐敗政治の中でのんびりやっていました。
維新の志士だけが突然変異のように、社会のために命を惜しまず、当たって砕けてしまうのだから、不思議におもうのも当然です。
だから司馬さんは、「彼らは未来を信じていたのかしら、生まれかわることを信じていたのかしら」と思案したのでしょう。
司馬さんは上方(大阪)の人です。
司馬さんは商売人ではありませんし、太平洋戦争を経験し、「いつでも死ねることだけが特技だ」というくらい腹の決まった人でしたが、それでもおなじ時代の特攻隊の若者たちでも、家族をおもい、生きることへの執着をのぞかせるなど、逡巡する感情の動きがありました。
そういった極限の状況を知っているからこそ、志士が迷いなく死んでいったということがうまく理解できないんですね。
おそらく志士たちの死の心構えとは、以下のようなシンプルなものだったでしょう。
・じぶんの生き様が恥にならないように生きて、死ぬ。
・どのような形になるにせよ、腐敗しきった現状を変える。
それ以上の……たとえばじぶんの死後の安寧を願って念仏をとなえるだとか、ことさら未来に強い希望を抱いたりとか、あるいは生まれ変わったらもっとよい社会になるようにする、というような「じぶんを救うための考え」は、多くの志士にとっては雑音だったのではないかとおもいます。
それで、みんなこの雑音をできるだけ聞かないようにして、やせ我慢を当たり前のものとして、死んでいったのでしょう。
と、2回続けて司馬さんの話になってしまいました(笑)
この話はこのあたりで切り上げます。
おみくじの話なんですが、うちの親は、おみくじにじぶんの生き方が決められたり振り回されるのがイヤだから、という理由で、寺社にお参りしてもおみくじはひきません。
ぼくは、おみくじを引いたじぶんも含めて、運勢という妙なものを受け止めようとおもうので、おみくじに抵抗はありません。
ぼくの場合は、なにかを信じるとか、指針を得るためにおみくじを引くというよりは、じぶんの力ではどうしようもないことがある、ということを確かめるためにおみくじを引きます。
なので、たとえばおみくじを何度もひいて、そのたびにちがう結果が出るとします。
そのような行動をしてしまうじぶんの運命のおかしさも、おみくじの内容が毎回ちがうことの理不尽さも、じぶんの力ではどうしようもないことなので、受け止めるしかありません。
この「じぶんではどうしようもないことを受け止める」という修行のためにおみくじを引いている、という感覚です(笑)
わたくしごとですが、来週は選挙で、ぼくは自治会長の手前、投票所の立会人として、当日はまる一日、14時間ほど拘束されます(笑)
さらにここ最近は近所の陳情を受け付けたり、その対応で神経をすり減らしています。
こういう立場になってみてわかりましたが、自治会長は上座にすわってふんぞり返るというような性質のものではなくて、ムリヤリ上座にすわらされて、やってることは庶務とか、あるいは中間管理職のようなことばかりです。
お金になるわけでもないですし、みんながこの役回りを嫌がる理由もわかるのですが、こういう役回りを負う人がいないと、公共は立ち行かないんですよね。
言い訳がましくなりますが、いましばらく忙しい時期が続くようで、返信ペースが乱れがちになることをご容赦ください。
2025年7月2日 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する
【書き足し・お詫び】
「新規に投稿」を押さないで投稿したのかもしれません。投稿日が7月2日になっているのに気がつきました。
記憶が間違っていなければ、7月8日だったかと思います。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
手のケガ、破傷風などの心配がなくて、本当によかったです。
マダニ感染症で死者も出ているそうですが、植物も虫も怖いですね。
外来種のアライグマに付着しているマダニから感染することが多いらしいのですが、都内でアライグマが増加しているようで、最近、家の近所でアライグマが捕獲されたというニュースがありました。
自由意志のお話、非常におもしろいですが、なかなか一筋縄ではいかないテーマだと考えさせられました。
一生懸命考えているのですが、きちんと理解しないまま枝葉が広がってしまい、カオスに陥っています(笑)
遺伝、教育や環境によるプログラムに従わない行動がエラーであり、人間の自由意志だとすると、人生エラーが多いほど、充実しておもしろいのではないかと思ってしまいました。
現状維持(プログラムに従って生きる)もひとつの立派な生き方ですが、変革人生もまた楽しからずや、というところではないかと(笑)
自分で選択したつもりのことでも、それは、実は自分の意志で選んだのではない、という見方もできますね。
幕末の志士たちの行動は、世の中を憂いて、将来的に世の中を変えたいという信念に基づくものだったのでしょうが、自分たちの志が後世にどうひきつがれるのか見てみたいという気持ちが、まったくないはずはないと思えます。
でも彼らはそれを必要としなかったのでしょうね。
漫画『JIN~仁~』のラストでは、龍馬の死後、仁にはなぜか龍馬の声が聞こえ、心(頭)の中で会話ができるようになりますが、仁は龍馬が斬られた場に居たことにより、龍馬の血液や脳髄液を眼球や身体に浴びたので、龍馬の意識が仁の肉体に同居したという筋書きになっています。
龍馬は、「仁と一緒に未来を見てみたい、だから帰れ(仁がいた元の世界)」と言っていたかと思います。
創作なので、実際に未来を見たいと龍馬が言った史実があるのかどうかは不明ですが、あれを読んだ時、現代の日本や世界を見た龍馬はどう思うだろう、と考えたことがありました。
日本や世界の目覚ましい発展に驚くとともに、自分の名が教科書に出てきたり、変わることのない幕末ブームにも、さぞかし目を見張ったと思います。
地動説に魅入られた人たちも、「自分の役割はここまで、あとは後世の人間が受け継ぎ発展させてくれる」という、強い信念のもとに生きて憂いなく死んでいったとすると、幕末の志士たちと共通点があるように思います。
話がずいぶん逸れました(笑)
自由意志のお話は思ったより複雑で、考えが四方八方に散らばってしまい、うまく感想をまとめられず申し訳ありません。
書いては消し、書いては消し、で、結局まとまりませんでした←いつも、ですね(笑)
中でも、頭がぐるぐるしてしまったのは、プログラムで行動していること、それはその人の「運命」で、逆らって生きるのは(エラー)運命を書き換えているのか、あるいはそれも運命なのか、ということでした。
最近、都会からなぜそんなところに?という場所に移り住み、自給自足で暮らす道を選ぶ人たちのことをテレビの番組でよく観ますが、沖縄の離島で原始人的生活をしている方は、それとは違い、現状の変化を嫌ってのことなんですね。
地元のホテルの女将さんの話、「長崎さんはあんな生活をしているけど、話してみると意外にまともで挨拶もする」というのを読み、これはちょっと考えさせられました。
ああいった生活をしていたら、「(少しばかり)頭のおかしい人」と思われることがほとんどなのでしょうね。
信念をもって生きている人とは理解されないことがお気の毒に感じますが、たぶんご本人はぜんぜん気にしていないのでしょう(笑)
ここ数日、楽譜や仕事関係のファイルの断捨離をしていたのですが、仕事のこと・レシピ・ノージャンルの覚え書きを書いているノートも整理してまとめようと四苦八苦していました(笑)
その中に、2年ほど前に若いのに癌で亡くなった奈良のお寺の住職が、SNSで発信していた言葉を、いくつか書きとめてあったものがあります。
・あの世とは思考の世界。思いの数だけ道がある。
・生前、三途の川があると思っていた人には川が用意されていて、死後の世界を考えたことがない人は、真っ暗な道をとぼとぼと行く。
抜粋の走り書きをいくつか読み返してみて、あれ??と思い、調べてみたら、曹洞宗の住職でした。
この方の話は、住職にしては宗教的な押しつけがなく、素直に心にすっと入るものが多かったのですが、禅の教えによるものだったからでしょうか。
水無月の記事を教えていただき、ありがとうございました。
カレーとかパフェとかの食べ歩きを記事にしている人はよく見かけますが、水無月とは!!
なにしろ売る期間が短く、早くても1週間前くらいから、短いと6月30日限定販売のお店も多く、この期間に購入すること自体、難しそうですね。
特長など、よくあれだけ克明に書けるなぁと思いますが、もっと簡潔においしいまずいを述べてほしかったです(笑)
6月30日、以前お話したことがある、埼玉県の「武蔵一之宮氷川神社」の夏越の祓に行ってきました。
この日は、神職さん・巫女さんたちが茅の輪をくぐる神事があります。
暑いので、その日そこに行かなくても近所の氷川神社でくぐってくればいいよね~、と何度も悪魔のささやきが聞こえましたが、結局ちゃんと行きました(笑)
14時開始と聞いていたのですが、15分前に着いてすぐ、社務所から大勢の神職さん、巫女さんがでてきて並びはじめました。
一列になって神橋を渡り、おひとりずつ茅の輪をくぐっていきます。
それが終わってから、参拝者が順番に茅の輪をくぐっていくのですが、すぐに舞殿で大勢の神職による儀式が10分ほど行われました。
それが終わると、また神職さんたちがぞろぞろと拝殿まで歩き、3分ほどの短い神事がありました。
夏越の祓の茅の輪くぐりはここ数年毎年やっていますが、神事は初めて拝見しました。
やはり神事というのは、感動しますね。
かなりの人が来ていましたが、隣にいた50代くらいの女性ふたりが(神事を知らず来たのが話の様子でわかりました)、ず~~っと、「来てよかったね!! ほんとによかったね~~~!」と何度も話していました。
このお参りのことを言いたかったわけではなかったのですが(笑)
神社の近くの西武そごうデパートで、「京都 五建外郎」というお店が期間限定で出店しており、水無月を販売していたので、電話で取り置きをお願いしておき、帰りに買ってきました。
他のお店、鶴屋吉信などは、日持ちが当日中なのですが、五建外郎の水無月は真空パックで8日間日持ちするというので、農園主さんに1パック(4切れ)お送りしようと思いまして。
ところが、帰ってから食べてみたところ、とてもとても召し上がっていただけるような味ではなかったので、申し訳ありませんが取りやめました。
外郎専門店ということですので、絶対おいしいと思ったのに・・・・。
真空パックなので味が落ちるのかもしれませんね。
猛烈な暑さが続いていますが、熱中症にならないよう、充分にお気をつけくださいね。
【書き足し】
武蔵一之宮氷川神社でおみくじを引きましたが(箱に手を入れて紙のおみくじを取るタイプ)、「平(たいら)」でした。
「心に苦労がたえない兆(うらかた)なり」と書かれており、そのあとに「自分のおこないしだいで良くも悪くもなるなり」とあって、そりゃ誰だってそうだよね、と思いました(笑)
ここのおみくじは、
大吉>吉>吉平>小吉>末吉>平吉>平>凶向吉>凶末吉>初凶末吉>吉凶末分>吉凶相交>凶 の順番です。
おみくじは予言ではないので、必ずそのとおりになるわけではないし、いいことも悪いことも書かれていますが、誰でも「大吉」が出ればうれしいものです。
「平」で帰るのはどうにも納得できなかったので(笑)、筒を振って番号が書かれている竹の棒を引きだす方のおみくじを引いたら「末吉」でした。
内容的には「平」も「末吉」も似たようなものでしたが、心も落ち着いたし、微力ながら神社の売り上げに貢献したし(笑)、いい気分で帰ってきた、というわけでした。
「新規に投稿」を押さないで投稿したのかもしれません。投稿日が7月2日になっているのに気がつきました。
記憶が間違っていなければ、7月8日だったかと思います。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
手のケガ、破傷風などの心配がなくて、本当によかったです。
マダニ感染症で死者も出ているそうですが、植物も虫も怖いですね。
外来種のアライグマに付着しているマダニから感染することが多いらしいのですが、都内でアライグマが増加しているようで、最近、家の近所でアライグマが捕獲されたというニュースがありました。
自由意志のお話、非常におもしろいですが、なかなか一筋縄ではいかないテーマだと考えさせられました。
一生懸命考えているのですが、きちんと理解しないまま枝葉が広がってしまい、カオスに陥っています(笑)
遺伝、教育や環境によるプログラムに従わない行動がエラーであり、人間の自由意志だとすると、人生エラーが多いほど、充実しておもしろいのではないかと思ってしまいました。
現状維持(プログラムに従って生きる)もひとつの立派な生き方ですが、変革人生もまた楽しからずや、というところではないかと(笑)
自分で選択したつもりのことでも、それは、実は自分の意志で選んだのではない、という見方もできますね。
幕末の志士たちの行動は、世の中を憂いて、将来的に世の中を変えたいという信念に基づくものだったのでしょうが、自分たちの志が後世にどうひきつがれるのか見てみたいという気持ちが、まったくないはずはないと思えます。
でも彼らはそれを必要としなかったのでしょうね。
漫画『JIN~仁~』のラストでは、龍馬の死後、仁にはなぜか龍馬の声が聞こえ、心(頭)の中で会話ができるようになりますが、仁は龍馬が斬られた場に居たことにより、龍馬の血液や脳髄液を眼球や身体に浴びたので、龍馬の意識が仁の肉体に同居したという筋書きになっています。
龍馬は、「仁と一緒に未来を見てみたい、だから帰れ(仁がいた元の世界)」と言っていたかと思います。
創作なので、実際に未来を見たいと龍馬が言った史実があるのかどうかは不明ですが、あれを読んだ時、現代の日本や世界を見た龍馬はどう思うだろう、と考えたことがありました。
日本や世界の目覚ましい発展に驚くとともに、自分の名が教科書に出てきたり、変わることのない幕末ブームにも、さぞかし目を見張ったと思います。
地動説に魅入られた人たちも、「自分の役割はここまで、あとは後世の人間が受け継ぎ発展させてくれる」という、強い信念のもとに生きて憂いなく死んでいったとすると、幕末の志士たちと共通点があるように思います。
話がずいぶん逸れました(笑)
自由意志のお話は思ったより複雑で、考えが四方八方に散らばってしまい、うまく感想をまとめられず申し訳ありません。
書いては消し、書いては消し、で、結局まとまりませんでした←いつも、ですね(笑)
中でも、頭がぐるぐるしてしまったのは、プログラムで行動していること、それはその人の「運命」で、逆らって生きるのは(エラー)運命を書き換えているのか、あるいはそれも運命なのか、ということでした。
最近、都会からなぜそんなところに?という場所に移り住み、自給自足で暮らす道を選ぶ人たちのことをテレビの番組でよく観ますが、沖縄の離島で原始人的生活をしている方は、それとは違い、現状の変化を嫌ってのことなんですね。
地元のホテルの女将さんの話、「長崎さんはあんな生活をしているけど、話してみると意外にまともで挨拶もする」というのを読み、これはちょっと考えさせられました。
ああいった生活をしていたら、「(少しばかり)頭のおかしい人」と思われることがほとんどなのでしょうね。
信念をもって生きている人とは理解されないことがお気の毒に感じますが、たぶんご本人はぜんぜん気にしていないのでしょう(笑)
ここ数日、楽譜や仕事関係のファイルの断捨離をしていたのですが、仕事のこと・レシピ・ノージャンルの覚え書きを書いているノートも整理してまとめようと四苦八苦していました(笑)
その中に、2年ほど前に若いのに癌で亡くなった奈良のお寺の住職が、SNSで発信していた言葉を、いくつか書きとめてあったものがあります。
・あの世とは思考の世界。思いの数だけ道がある。
・生前、三途の川があると思っていた人には川が用意されていて、死後の世界を考えたことがない人は、真っ暗な道をとぼとぼと行く。
抜粋の走り書きをいくつか読み返してみて、あれ??と思い、調べてみたら、曹洞宗の住職でした。
この方の話は、住職にしては宗教的な押しつけがなく、素直に心にすっと入るものが多かったのですが、禅の教えによるものだったからでしょうか。
水無月の記事を教えていただき、ありがとうございました。
カレーとかパフェとかの食べ歩きを記事にしている人はよく見かけますが、水無月とは!!
なにしろ売る期間が短く、早くても1週間前くらいから、短いと6月30日限定販売のお店も多く、この期間に購入すること自体、難しそうですね。
特長など、よくあれだけ克明に書けるなぁと思いますが、もっと簡潔においしいまずいを述べてほしかったです(笑)
6月30日、以前お話したことがある、埼玉県の「武蔵一之宮氷川神社」の夏越の祓に行ってきました。
この日は、神職さん・巫女さんたちが茅の輪をくぐる神事があります。
暑いので、その日そこに行かなくても近所の氷川神社でくぐってくればいいよね~、と何度も悪魔のささやきが聞こえましたが、結局ちゃんと行きました(笑)
14時開始と聞いていたのですが、15分前に着いてすぐ、社務所から大勢の神職さん、巫女さんがでてきて並びはじめました。
一列になって神橋を渡り、おひとりずつ茅の輪をくぐっていきます。
それが終わってから、参拝者が順番に茅の輪をくぐっていくのですが、すぐに舞殿で大勢の神職による儀式が10分ほど行われました。
それが終わると、また神職さんたちがぞろぞろと拝殿まで歩き、3分ほどの短い神事がありました。
夏越の祓の茅の輪くぐりはここ数年毎年やっていますが、神事は初めて拝見しました。
やはり神事というのは、感動しますね。
かなりの人が来ていましたが、隣にいた50代くらいの女性ふたりが(神事を知らず来たのが話の様子でわかりました)、ず~~っと、「来てよかったね!! ほんとによかったね~~~!」と何度も話していました。
このお参りのことを言いたかったわけではなかったのですが(笑)
神社の近くの西武そごうデパートで、「京都 五建外郎」というお店が期間限定で出店しており、水無月を販売していたので、電話で取り置きをお願いしておき、帰りに買ってきました。
他のお店、鶴屋吉信などは、日持ちが当日中なのですが、五建外郎の水無月は真空パックで8日間日持ちするというので、農園主さんに1パック(4切れ)お送りしようと思いまして。
ところが、帰ってから食べてみたところ、とてもとても召し上がっていただけるような味ではなかったので、申し訳ありませんが取りやめました。
外郎専門店ということですので、絶対おいしいと思ったのに・・・・。
真空パックなので味が落ちるのかもしれませんね。
猛烈な暑さが続いていますが、熱中症にならないよう、充分にお気をつけくださいね。
【書き足し】
武蔵一之宮氷川神社でおみくじを引きましたが(箱に手を入れて紙のおみくじを取るタイプ)、「平(たいら)」でした。
「心に苦労がたえない兆(うらかた)なり」と書かれており、そのあとに「自分のおこないしだいで良くも悪くもなるなり」とあって、そりゃ誰だってそうだよね、と思いました(笑)
ここのおみくじは、
大吉>吉>吉平>小吉>末吉>平吉>平>凶向吉>凶末吉>初凶末吉>吉凶末分>吉凶相交>凶 の順番です。
おみくじは予言ではないので、必ずそのとおりになるわけではないし、いいことも悪いことも書かれていますが、誰でも「大吉」が出ればうれしいものです。
「平」で帰るのはどうにも納得できなかったので(笑)、筒を振って番号が書かれている竹の棒を引きだす方のおみくじを引いたら「末吉」でした。
内容的には「平」も「末吉」も似たようなものでしたが、心も落ち着いたし、微力ながら神社の売り上げに貢献したし(笑)、いい気分で帰ってきた、というわけでした。
あらためて、先日はどうもありがとうございました。
あと、おかげさまで手の腫れは落ち着きました。
心配していた破傷風や、炎症がひどくなるといった症状はいまのところなく、落ち着いています。
ギズモさんに、誕生日を境に厄落としだとおっしゃっていただいて、なるほどそうかもしれないとおもえました。
ものごとにはバイオリズムのような波があって、よいことも長く続くものではないし、わるいこともおなじですね。
あるタイミングをきっかけに、続いていたわるいことが底をついて、好転していくことはよくありますし、ぼちぼちそういうタイミングとおもいたいところでもあります(笑)
末吉は「上がり目」ですから、そこからは上がっていく運勢ですしね。
ところで先日、夏越の祓での和菓子、水無月の話題をいただきましたが、こんなブログ記事がありました。
https://note.com/rakusaku/n/n196c96a6682...
なかなかこんなことをしている方はめずらしいとおもうのですが、水無月を食べ比べしておられます。
ギズモさんのおっしゃっていたとらやと俵屋吉富もレビューされていました。
特にそこから広げていくような話でもないのですが、ういろうに小豆という単純な和菓子にこれほどいろんな種類とこだわりがあるのを実際に知ると、あらためて驚きます。
肉体内の細胞にも意志があるのかという件ですが、細胞には役割のプログラムはあるとおもうのですが、人間のような複合的な意志はないとおもいます。
しかし人間自体にも、自由意志はないという説があります。
つまり、遺伝や外界の教育などの刺激によって、じぶんの行動が決定されるだけで、じぶん個人の自由な意志というものは存在しないというのです。
もしそうであれば、人間もまた最初のプログラム(遺伝)と、後から書き換えられたプログラム(教育や環境)で行動しているといえます。
そして細胞がエラーを出すことがあるように、人間もやはり、プログラムに必ずしも従わず、エラーをだすことがあります。
陰謀論にひっかかったり、イデオロギーに傾倒したり、カラダが病気になっても病気ではないと信じ込んだり……。
ぼくは、あるいはこのエラー(プログラムに従わない行動)こそが、人間の自由意志なのではないかとおもっています。
ところでつい最近「チ。」というアニメをみました。
いまはアベマで最終話まで全話みられるんですが、おもしろいものでした。
どういう話かというと、中近世(15世紀)のヨーロッパが舞台です。
日本だとまだ戦国時代になるより前の室町時代。コロンブスがアメリカ大陸を発見する大航海時代よりもすこし前といったところです。
金儲けを肯定するプロテスタントが生まれるよりも前ですね。
地動説を取り締まる異端審問官と、審問官たちに殺されながらも地動説の情報をつないでいく人々の物語です。
主人公は複数登場するのですが、ほんの数話の間でどんどん死んでいきます。
しかしみんな、地動説に魅入られて、この説が後世につながっていくことを信じて、じつにいさぎよく死んでしまうのです。
「知らないことを一生懸命知ろうとしても、生きている間に、いったいどのくらいのことを知ることができるのか・・・・。」
あの作品には、ギズモさんの問いかけに対するひとつの答えがあるような気がしました。
つまり、あの作品で地動説に魅入られた者たちは、結局コペルニクスが世界の認知を変える現場を知らないまま死んでいきます。
地動説という、あくまで真実のとっかかりのようなものに触れただけで、あとはそれをどうにかしてつないでいくのがじぶんの役割だといって、それがどのように発展していったかという歴史の真実は知らないのです。
われわれもおそらく、こんなに情報過多の時代ですが、ほとんど「なにも知らないまま」死んでいくことでしょう。
それで、じぶんの人生で得られた知恵を、次世代が引き継いでくれます。
人間の文明というのは、つねにあたらしい世代が前の世代の屍を越えていくようにしてリレーを繰り返し、発展しています。
でもこの発展はさっき言った、人間のエラーだとおもいます。
人間は本来は、遺伝と教育によって、前の世代とおなじようにして生きているべき生き物です。
生存できるかどうかという視点でみれば、現状が変わらないほうがよくて、変革は起こらないほうがいいんですよね。
だから、エラーのない生き方という意味では、異端審問官のほうがよっぽどまともです。
科学的真実がどうであろうと、じぶんに授かった肉体と、先人に教わった知恵の中に生きていくのは、おかしなことではありません。
でもエラーこそが人間の自由意志という意味では、異端審問官の生き方には自由意志がありません。
いま、司馬遼太郎とドナルド・キーンの対談の本が手元にあります。
『日本人と日本文化』というタイトルです。
その中に、禅について対談しているときに、司馬さんがふと明治の志士の死に方について話すんです。
その部分をすこし引用します。
司馬 日本人の場合は、いろんな宗教が入ってきたわけですが、日本人にいちばんうまく適合した宗教は、これもほんとうの禅とどれだけ関係があるかどうかは別として、私は禅だと思います。禅は日本人とウマが合ったという感じです。(中略)直感的なところとか、煩瑣な理屈がないということがひじょうによかったんでしょうね。たとえば、幕末の志士などは、平気で死んでしまって、お念仏のひとつも唱えないのかしらと私はときどき思うのです。彼らは未来を信じていたのかしら、生まれかわることを信じていたのかしらと、いろいろ思うのですけれど、彼らは別にそれを思って死んだのではありませんね。どうもあのころになると、禅というものはずいぶん武士の心の中に入っていたらしい。アッという間に空に帰することができるような人間がずいぶんといたらしい。
禅宗は思想面でいえばシンプルな宗教で、人間に優劣をつけません。
仏さんが上で人間が下、というようなこともしないんですね。
それで、人間の中に仏性が宿っているというんです。
じぶんの内にある仏性を悟ろうと修行して、あとはひたすら生活を突き詰めます。
生活が「完璧に調和する」ところを目指すところから、日本に到来した禅宗は、あのシンプルで無駄がない東山文化のような禅芸術にむすびつきました。
禅寺では食事作法や掃除の仕方などが、異様なほど厳しいものになっています。
そうやって生活を研ぎ澄ましていくと、死さえも洗練された簡素さで受け止めてしまう……と、まあ現実離れした考えですが、そのあたりの恬淡とした死への態度を、司馬さんは明治維新の志士にたとえたのでしょう。
この明治維新の志士たちは、みんなあまりじぶんの命に執着せず、それぞれの立場で日本の将来を憂いていました。
もし名を成さずに死ぬとしても、じぶんの生き方が次の世代になにかしらのバトンを渡す、時代の礎になるだろうという、そういうぼんやりした理念だけを懐に抱えて、その時代を生きて、死ぬにしても満足して死んでいったのだとおもいます。
明治維新の志士たちの行動は、変革を求めるものなので、エラーなわけですが、同時に非常に魅力的な自由意志によって活躍していたのだとおもいます。
そのように考えていくと、ほとんどの人々は、すべてを知りたい、すべてを為したいと願い、自由意志に向かっていくのですが、いまだだれもすべてを為すことも知ることもできませんし、われわれはみな道半ばに死んでいく仲間なのかもしれません。
ごく一部には、自由意志を求めず、現状が変化することを嫌い、原始人のようにして暮らすことを望む人もいます。
沖縄の離島で、裸で採集生活をしながら生活し続ける日本人の老人がいたのをテレビでみたことがあります。
調べてみたら長崎真砂弓という人らしいのですが、ああいう暮らしは現代人がそうそうできるものではないですね。
実際、以下の記事のように、ああいう原始的な生き方を文明人の側が許さない、という側面もあるようです。
https://www.dailyshincho.jp/article/2015...
なんだか尻切れトンボのような終わり方になりますが、この話はいったんここで終わりにしておきます。
ぬか漬け、いまの時期から始めると、夏野菜から冬野菜までゆっくり楽しめますね。
ひとり暮らしだとぬか漬けは持て余してしまうのでつくりませんが、家族で食事のたびに季節の野菜のぬか漬けをおかずの一品にする、ということができれば、続けられそうな気がします。
あと、おかげさまで手の腫れは落ち着きました。
心配していた破傷風や、炎症がひどくなるといった症状はいまのところなく、落ち着いています。
ギズモさんに、誕生日を境に厄落としだとおっしゃっていただいて、なるほどそうかもしれないとおもえました。
ものごとにはバイオリズムのような波があって、よいことも長く続くものではないし、わるいこともおなじですね。
あるタイミングをきっかけに、続いていたわるいことが底をついて、好転していくことはよくありますし、ぼちぼちそういうタイミングとおもいたいところでもあります(笑)
末吉は「上がり目」ですから、そこからは上がっていく運勢ですしね。
ところで先日、夏越の祓での和菓子、水無月の話題をいただきましたが、こんなブログ記事がありました。
https://note.com/rakusaku/n/n196c96a6682...
なかなかこんなことをしている方はめずらしいとおもうのですが、水無月を食べ比べしておられます。
ギズモさんのおっしゃっていたとらやと俵屋吉富もレビューされていました。
特にそこから広げていくような話でもないのですが、ういろうに小豆という単純な和菓子にこれほどいろんな種類とこだわりがあるのを実際に知ると、あらためて驚きます。
肉体内の細胞にも意志があるのかという件ですが、細胞には役割のプログラムはあるとおもうのですが、人間のような複合的な意志はないとおもいます。
しかし人間自体にも、自由意志はないという説があります。
つまり、遺伝や外界の教育などの刺激によって、じぶんの行動が決定されるだけで、じぶん個人の自由な意志というものは存在しないというのです。
もしそうであれば、人間もまた最初のプログラム(遺伝)と、後から書き換えられたプログラム(教育や環境)で行動しているといえます。
そして細胞がエラーを出すことがあるように、人間もやはり、プログラムに必ずしも従わず、エラーをだすことがあります。
陰謀論にひっかかったり、イデオロギーに傾倒したり、カラダが病気になっても病気ではないと信じ込んだり……。
ぼくは、あるいはこのエラー(プログラムに従わない行動)こそが、人間の自由意志なのではないかとおもっています。
ところでつい最近「チ。」というアニメをみました。
いまはアベマで最終話まで全話みられるんですが、おもしろいものでした。
どういう話かというと、中近世(15世紀)のヨーロッパが舞台です。
日本だとまだ戦国時代になるより前の室町時代。コロンブスがアメリカ大陸を発見する大航海時代よりもすこし前といったところです。
金儲けを肯定するプロテスタントが生まれるよりも前ですね。
地動説を取り締まる異端審問官と、審問官たちに殺されながらも地動説の情報をつないでいく人々の物語です。
主人公は複数登場するのですが、ほんの数話の間でどんどん死んでいきます。
しかしみんな、地動説に魅入られて、この説が後世につながっていくことを信じて、じつにいさぎよく死んでしまうのです。
「知らないことを一生懸命知ろうとしても、生きている間に、いったいどのくらいのことを知ることができるのか・・・・。」
あの作品には、ギズモさんの問いかけに対するひとつの答えがあるような気がしました。
つまり、あの作品で地動説に魅入られた者たちは、結局コペルニクスが世界の認知を変える現場を知らないまま死んでいきます。
地動説という、あくまで真実のとっかかりのようなものに触れただけで、あとはそれをどうにかしてつないでいくのがじぶんの役割だといって、それがどのように発展していったかという歴史の真実は知らないのです。
われわれもおそらく、こんなに情報過多の時代ですが、ほとんど「なにも知らないまま」死んでいくことでしょう。
それで、じぶんの人生で得られた知恵を、次世代が引き継いでくれます。
人間の文明というのは、つねにあたらしい世代が前の世代の屍を越えていくようにしてリレーを繰り返し、発展しています。
でもこの発展はさっき言った、人間のエラーだとおもいます。
人間は本来は、遺伝と教育によって、前の世代とおなじようにして生きているべき生き物です。
生存できるかどうかという視点でみれば、現状が変わらないほうがよくて、変革は起こらないほうがいいんですよね。
だから、エラーのない生き方という意味では、異端審問官のほうがよっぽどまともです。
科学的真実がどうであろうと、じぶんに授かった肉体と、先人に教わった知恵の中に生きていくのは、おかしなことではありません。
でもエラーこそが人間の自由意志という意味では、異端審問官の生き方には自由意志がありません。
いま、司馬遼太郎とドナルド・キーンの対談の本が手元にあります。
『日本人と日本文化』というタイトルです。
その中に、禅について対談しているときに、司馬さんがふと明治の志士の死に方について話すんです。
その部分をすこし引用します。
司馬 日本人の場合は、いろんな宗教が入ってきたわけですが、日本人にいちばんうまく適合した宗教は、これもほんとうの禅とどれだけ関係があるかどうかは別として、私は禅だと思います。禅は日本人とウマが合ったという感じです。(中略)直感的なところとか、煩瑣な理屈がないということがひじょうによかったんでしょうね。たとえば、幕末の志士などは、平気で死んでしまって、お念仏のひとつも唱えないのかしらと私はときどき思うのです。彼らは未来を信じていたのかしら、生まれかわることを信じていたのかしらと、いろいろ思うのですけれど、彼らは別にそれを思って死んだのではありませんね。どうもあのころになると、禅というものはずいぶん武士の心の中に入っていたらしい。アッという間に空に帰することができるような人間がずいぶんといたらしい。
禅宗は思想面でいえばシンプルな宗教で、人間に優劣をつけません。
仏さんが上で人間が下、というようなこともしないんですね。
それで、人間の中に仏性が宿っているというんです。
じぶんの内にある仏性を悟ろうと修行して、あとはひたすら生活を突き詰めます。
生活が「完璧に調和する」ところを目指すところから、日本に到来した禅宗は、あのシンプルで無駄がない東山文化のような禅芸術にむすびつきました。
禅寺では食事作法や掃除の仕方などが、異様なほど厳しいものになっています。
そうやって生活を研ぎ澄ましていくと、死さえも洗練された簡素さで受け止めてしまう……と、まあ現実離れした考えですが、そのあたりの恬淡とした死への態度を、司馬さんは明治維新の志士にたとえたのでしょう。
この明治維新の志士たちは、みんなあまりじぶんの命に執着せず、それぞれの立場で日本の将来を憂いていました。
もし名を成さずに死ぬとしても、じぶんの生き方が次の世代になにかしらのバトンを渡す、時代の礎になるだろうという、そういうぼんやりした理念だけを懐に抱えて、その時代を生きて、死ぬにしても満足して死んでいったのだとおもいます。
明治維新の志士たちの行動は、変革を求めるものなので、エラーなわけですが、同時に非常に魅力的な自由意志によって活躍していたのだとおもいます。
そのように考えていくと、ほとんどの人々は、すべてを知りたい、すべてを為したいと願い、自由意志に向かっていくのですが、いまだだれもすべてを為すことも知ることもできませんし、われわれはみな道半ばに死んでいく仲間なのかもしれません。
ごく一部には、自由意志を求めず、現状が変化することを嫌い、原始人のようにして暮らすことを望む人もいます。
沖縄の離島で、裸で採集生活をしながら生活し続ける日本人の老人がいたのをテレビでみたことがあります。
調べてみたら長崎真砂弓という人らしいのですが、ああいう暮らしは現代人がそうそうできるものではないですね。
実際、以下の記事のように、ああいう原始的な生き方を文明人の側が許さない、という側面もあるようです。
https://www.dailyshincho.jp/article/2015...
なんだか尻切れトンボのような終わり方になりますが、この話はいったんここで終わりにしておきます。
ぬか漬け、いまの時期から始めると、夏野菜から冬野菜までゆっくり楽しめますね。
ひとり暮らしだとぬか漬けは持て余してしまうのでつくりませんが、家族で食事のたびに季節の野菜のぬか漬けをおかずの一品にする、ということができれば、続けられそうな気がします。