No.1087
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さっきの記事は、返信ではなく独立した記事だったので、ここで返信させていただきます。
人の形をしていないものをご神体とするということなんですが、身近なところだと鏡餅の意味を説明するときにこの知識が必要になってきますね。
よく似たところで、依り代という考えがあります。
紙でできた人形(ひとがた)にじぶんの穢れを移して、川に流すというようなことや、先祖の霊を鎮める精霊流しも、あとお墓もそうですね。
以前書いたような気もするんですが、日本人は桜を好むでしょう。
春にパッとみごとに咲いて、すぐに散ってしまう。
人生もそのようにありたいものだ、と願う心をあらわすという意味で、日本のあちこちに植えられている桜は、ある意味では日本人の精神性をあらわす依り代のようなものだとおもっています。
いまの時代、神社もお寺もよりカジュアルな形で信仰してもらえるようにシフトしてもらいたいものですし、実際そうなりつつありますよね。
キャッシュレスやインターネットに対応する寺社が、これまでの宗教儀礼的な建前をうまく崩しながら、現代の様式に対応してくれれば、信仰の荒廃が防げるような気もします。
しかしうちの田舎なんかで、神社の参拝行事のときには、ネクタイをしてこいというようなことはいまだにいわれますし、お葬式も礼服が当たり前です。
服装はあくまで一例でしかないんですが、このあたりを普段服でよい(寺社の側から積極的に、普段服で問題ないとアピールする)という寛容な形にシフトしていれば、ここまで寺社の祭礼が「めんどうくさい」とおもわれずにすむのではないか、とおもうんですけどね。
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さっきの記事は、返信ではなく独立した記事だったので、ここで返信させていただきます。
人の形をしていないものをご神体とするということなんですが、身近なところだと鏡餅の意味を説明するときにこの知識が必要になってきますね。
よく似たところで、依り代という考えがあります。
紙でできた人形(ひとがた)にじぶんの穢れを移して、川に流すというようなことや、先祖の霊を鎮める精霊流しも、あとお墓もそうですね。
以前書いたような気もするんですが、日本人は桜を好むでしょう。
春にパッとみごとに咲いて、すぐに散ってしまう。
人生もそのようにありたいものだ、と願う心をあらわすという意味で、日本のあちこちに植えられている桜は、ある意味では日本人の精神性をあらわす依り代のようなものだとおもっています。
いまの時代、神社もお寺もよりカジュアルな形で信仰してもらえるようにシフトしてもらいたいものですし、実際そうなりつつありますよね。
キャッシュレスやインターネットに対応する寺社が、これまでの宗教儀礼的な建前をうまく崩しながら、現代の様式に対応してくれれば、信仰の荒廃が防げるような気もします。
しかしうちの田舎なんかで、神社の参拝行事のときには、ネクタイをしてこいというようなことはいまだにいわれますし、お葬式も礼服が当たり前です。
服装はあくまで一例でしかないんですが、このあたりを普段服でよい(寺社の側から積極的に、普段服で問題ないとアピールする)という寛容な形にシフトしていれば、ここまで寺社の祭礼が「めんどうくさい」とおもわれずにすむのではないか、とおもうんですけどね。