No.1090
オーディブルは、ずいぶん久しぶりに割引キャンペーンを楽しんだのですが、作品が増えておもしろくなっていました。
まず最初に、百田尚樹の『日本国紀』を聞きました。
お金を出して買う気にはなれませんが、興味はあったのです。
前半だけ聞いて、続きを聞くかどうかは考え中ですが、感想は以下の通りです。
・著者の思想の偏向した部分を理解したうえでなら、わかりやすい歴史本です。
・秀吉の朝鮮出兵は、明の征服もできたはずだ、というような、たらればで他国を侵略して勝てたという妄想がしょっちゅう出てきて呆れます。
・日本すごい、万世一系がすばらしい、と、じつにしつこい。
とりわけ皇室に関する観念の押しつけがひどい。これでは皇室も悪女の深情けにあったような気分でしょう。
司馬遼太郎は、日本を絶対的なものと考えて(盲目的に日本はすごいと信じ込む態度)、他国と相対的に比べる見方ができなくなったことが、太平洋戦争に負けた原因だと言いました。1025
この本を読んでいると、日本への絶対視がすさまじく、日本は世界征服できるとでも言わんばかりで、これは日本を侵略戦争に導き、さらに敗戦に導くために書いているのだろうかとおもうほどです。
歴史を振り返れば、世界の近代とはすなわち、帝国主義の敗北と言っていいでしょう。
が、この本は帝国主義的な史観に満ちています。
このように考えていると日本はダメになるという見本のような本です。
見方を変えれば、現代の皇国史観や、侵略主義を否定するようにみせかけて侵略主義を肯定する詭弁的なレトリックを勉強する材料にはなるとおもいます。
その次にいま聞いているのが、畠中恵の『まんまこと』シリーズです。
いま2巻目の「こいしり」を聞いています。
もともとNHKの時代劇でドラマとしてみて興味を持ちました。
人との縁やつながりが現代よりずっと深い時代ですが、まともな医療がないので、人の死はいまよりずっと身近で、はかない。
現代では感じ取りにくい人間同士のつながりのありようを、謎解きをからめながらうまく描いています。
女性の視点で男性を描いているからか、男の本質的な野蛮さはないんですが、物語なので気になりません。
そういえば、うちの母はむかし、ぼくの弟がこんなことを言っていたと伝えるときに、「ぼくはお母さんのことをこうおもっていた」という形で話すんですが、弟はじぶんのことを「ぼく」とはいいませんでした。
弟はじぶんのことを「おれ」というし、母のことを「おかん」という。それなりにふつうの、突っ張った男です。
けれど母は弟の話し言葉をフィルタにかけて、じぶんが「ぼく」と言い、母のことを「お母さん」と言っていたという形でぼくに伝えるわけです。
そういう女性らしい、客観的なやさしさの世界が、この作品の中にあるようにおもえます。
#与太話
まず最初に、百田尚樹の『日本国紀』を聞きました。
お金を出して買う気にはなれませんが、興味はあったのです。
前半だけ聞いて、続きを聞くかどうかは考え中ですが、感想は以下の通りです。
・著者の思想の偏向した部分を理解したうえでなら、わかりやすい歴史本です。
・秀吉の朝鮮出兵は、明の征服もできたはずだ、というような、たらればで他国を侵略して勝てたという妄想がしょっちゅう出てきて呆れます。
・日本すごい、万世一系がすばらしい、と、じつにしつこい。
とりわけ皇室に関する観念の押しつけがひどい。これでは皇室も悪女の深情けにあったような気分でしょう。
司馬遼太郎は、日本を絶対的なものと考えて(盲目的に日本はすごいと信じ込む態度)、他国と相対的に比べる見方ができなくなったことが、太平洋戦争に負けた原因だと言いました。1025
この本を読んでいると、日本への絶対視がすさまじく、日本は世界征服できるとでも言わんばかりで、これは日本を侵略戦争に導き、さらに敗戦に導くために書いているのだろうかとおもうほどです。
歴史を振り返れば、世界の近代とはすなわち、帝国主義の敗北と言っていいでしょう。
が、この本は帝国主義的な史観に満ちています。
このように考えていると日本はダメになるという見本のような本です。
見方を変えれば、現代の皇国史観や、侵略主義を否定するようにみせかけて侵略主義を肯定する詭弁的なレトリックを勉強する材料にはなるとおもいます。
その次にいま聞いているのが、畠中恵の『まんまこと』シリーズです。
いま2巻目の「こいしり」を聞いています。
もともとNHKの時代劇でドラマとしてみて興味を持ちました。
人との縁やつながりが現代よりずっと深い時代ですが、まともな医療がないので、人の死はいまよりずっと身近で、はかない。
現代では感じ取りにくい人間同士のつながりのありようを、謎解きをからめながらうまく描いています。
女性の視点で男性を描いているからか、男の本質的な野蛮さはないんですが、物語なので気になりません。
そういえば、うちの母はむかし、ぼくの弟がこんなことを言っていたと伝えるときに、「ぼくはお母さんのことをこうおもっていた」という形で話すんですが、弟はじぶんのことを「ぼく」とはいいませんでした。
弟はじぶんのことを「おれ」というし、母のことを「おかん」という。それなりにふつうの、突っ張った男です。
けれど母は弟の話し言葉をフィルタにかけて、じぶんが「ぼく」と言い、母のことを「お母さん」と言っていたという形でぼくに伝えるわけです。
そういう女性らしい、客観的なやさしさの世界が、この作品の中にあるようにおもえます。
#与太話