No.1485
1484
かぐや姫のお話をうかがったので、きょうは返信でいただいた富士山や朝熊神社のお話をまじえて、こんな話はいかがでしょうか。
できるだけ混みあった話にはせず、わかりやすく伝えたいのですが、深掘りしているので、すこし気合を入れてお読みください(笑)
イザナギとイザナギの国生みの神話はご存知だとおもいます。
この際にたくさんの神が生まれました。
スサノオやアマテラスがそうですが、オオヤマツミもそのひとりです。
オオヤマツミは、コノハナサクヤやイワナガヒメの父親です。
つまり、コノハナサクヤやイワナガヒメからすると、スサノオは「おじさん」ということになります。
そのスサノオおじさんの子に大年神がいます。いわゆる年神様です。
コノハナサクヤたちからすると、いとこの関係ですね。
この大年神の妻が、香用比売(かぐよひめ)といいます。
つまり、コノハナサクヤたちからすれば、香用比売はいとこの大年神の奥さん、ということになりますね。
コノハナサクヤとの血縁はありませんが、非常に近いところに、かぐや姫に名前の似た、かぐよ姫がいるわけです。
この「かぐ」には、輝くとか、見目麗しいという意味があり、農耕祭祀の玉や農具にかかる光をあらわすともいわれます。
たとえば奈良県の香具山は、「輝く山」という意味になりますし、かぐよ姫もかぐや姫も「輝く姫」という意味になります。
光り輝く竹から生まれた美しいかぐや姫ですから、やはり言葉の意味は通っています。
しかしかぐや姫といちばん関連性が強いのは、古墳時代の天皇とされる11代垂仁天皇の妻、迦具夜比売(かぐよひめ)でしょう。
迦具夜比売の父親は大筒木垂根王(おおつつきたるねのみこ)といい、その弟に讃岐垂根王(さぬきたるねのみこ)がいます。
竹取物語の翁の名前は讃岐造(さぬきのみやつこ)ですから、迦具夜比売のおじさんが讃岐垂根王であることは、偶然とはおもえません。
さらに、富士山の浅間大社の由来は、過去の噴火で荒廃していた富士山に、垂仁天皇が浅間神をまつったのが始まりといわれています。
かぐや姫の物語の最後は、不老不死の薬を富士山で焼いてしまうというものですが、垂仁天皇と富士山の関係性も、かぐや姫の物語と無縁ではないでしょう。
これらの点をみると、かぐや姫のモデルが迦具夜比売という説は、かなり固いとおもいます。
では、コノハナサクヤに近しい大年神の妻の香用比売はどうでしょう。
お話いただいた朝熊神社も、御祭神は「大年神・苔虫命・朝熊水神」とされていますが、朝熊神社は古く桜の名所だったそうで、御祭神を「桜大刀自命(コノハナサクヤ)・苔虫命・朝熊水神」とする説もあるそうな。
大年神とコノハナサクヤ姉妹に接点がもたらされるような話で、さらに朝熊神社と浅間神社になにか接点があるのではないかといううわさもあります。
とはいえ、このように論拠のあやしいところから結び付けて考えるのは危なっかしいことですね。
香用比売とかぐや姫のラインは、いかにも接点がありそうでしたが、詰めていくと、単なる偶然ともいえるレベルで、線としてはかなり薄いといわざるをえません。
ただ、すくなくとも、かぐや姫を匂わせるかぐよ姫が、日本神話の物語の中にふたりいるわけです。
かぐや姫の富士山のエピソードと、香用比売や迦具夜比売の関係性については、なんとなくご理解いただけるのではないかとおもいます。
ところで、ギズモさんもおっしゃっていたように、富士山の御祭神がコノハナサクヤになったのは近世以降で、それまでは「浅間神」(ギズモさんのおっしゃる「比奈赫夜姫(ヒナカグヤヒメ)」)としてまつられていたといいます。
近世に国学の情報が流通するにしたがって、「不死の山」から長寿のイワナガヒメをあてるようになり、火中で子を生んだとされる姉妹のコノハナサクヤも連想され、御祭神にまつられるようになったのでしょう。
またかぐや姫伝説とコノハナサクヤがむすびついていくわけですが、コノハナサクヤと富士山の関係は近世以降のものですから、それ以前をたぐっていくと、「比奈赫夜姫(ヒナカグヤヒメ)」、やはりかぐや姫が御祭神のようにまつられていたのかな、とおもいます。
かぐや姫のお話をうかがったので、きょうは返信でいただいた富士山や朝熊神社のお話をまじえて、こんな話はいかがでしょうか。
できるだけ混みあった話にはせず、わかりやすく伝えたいのですが、深掘りしているので、すこし気合を入れてお読みください(笑)
イザナギとイザナギの国生みの神話はご存知だとおもいます。
この際にたくさんの神が生まれました。
スサノオやアマテラスがそうですが、オオヤマツミもそのひとりです。
オオヤマツミは、コノハナサクヤやイワナガヒメの父親です。
つまり、コノハナサクヤやイワナガヒメからすると、スサノオは「おじさん」ということになります。
そのスサノオおじさんの子に大年神がいます。いわゆる年神様です。
コノハナサクヤたちからすると、いとこの関係ですね。
この大年神の妻が、香用比売(かぐよひめ)といいます。
つまり、コノハナサクヤたちからすれば、香用比売はいとこの大年神の奥さん、ということになりますね。
コノハナサクヤとの血縁はありませんが、非常に近いところに、かぐや姫に名前の似た、かぐよ姫がいるわけです。
この「かぐ」には、輝くとか、見目麗しいという意味があり、農耕祭祀の玉や農具にかかる光をあらわすともいわれます。
たとえば奈良県の香具山は、「輝く山」という意味になりますし、かぐよ姫もかぐや姫も「輝く姫」という意味になります。
光り輝く竹から生まれた美しいかぐや姫ですから、やはり言葉の意味は通っています。
しかしかぐや姫といちばん関連性が強いのは、古墳時代の天皇とされる11代垂仁天皇の妻、迦具夜比売(かぐよひめ)でしょう。
迦具夜比売の父親は大筒木垂根王(おおつつきたるねのみこ)といい、その弟に讃岐垂根王(さぬきたるねのみこ)がいます。
竹取物語の翁の名前は讃岐造(さぬきのみやつこ)ですから、迦具夜比売のおじさんが讃岐垂根王であることは、偶然とはおもえません。
さらに、富士山の浅間大社の由来は、過去の噴火で荒廃していた富士山に、垂仁天皇が浅間神をまつったのが始まりといわれています。
かぐや姫の物語の最後は、不老不死の薬を富士山で焼いてしまうというものですが、垂仁天皇と富士山の関係性も、かぐや姫の物語と無縁ではないでしょう。
これらの点をみると、かぐや姫のモデルが迦具夜比売という説は、かなり固いとおもいます。
では、コノハナサクヤに近しい大年神の妻の香用比売はどうでしょう。
お話いただいた朝熊神社も、御祭神は「大年神・苔虫命・朝熊水神」とされていますが、朝熊神社は古く桜の名所だったそうで、御祭神を「桜大刀自命(コノハナサクヤ)・苔虫命・朝熊水神」とする説もあるそうな。
大年神とコノハナサクヤ姉妹に接点がもたらされるような話で、さらに朝熊神社と浅間神社になにか接点があるのではないかといううわさもあります。
とはいえ、このように論拠のあやしいところから結び付けて考えるのは危なっかしいことですね。
香用比売とかぐや姫のラインは、いかにも接点がありそうでしたが、詰めていくと、単なる偶然ともいえるレベルで、線としてはかなり薄いといわざるをえません。
ただ、すくなくとも、かぐや姫を匂わせるかぐよ姫が、日本神話の物語の中にふたりいるわけです。
かぐや姫の富士山のエピソードと、香用比売や迦具夜比売の関係性については、なんとなくご理解いただけるのではないかとおもいます。
ところで、ギズモさんもおっしゃっていたように、富士山の御祭神がコノハナサクヤになったのは近世以降で、それまでは「浅間神」(ギズモさんのおっしゃる「比奈赫夜姫(ヒナカグヤヒメ)」)としてまつられていたといいます。
近世に国学の情報が流通するにしたがって、「不死の山」から長寿のイワナガヒメをあてるようになり、火中で子を生んだとされる姉妹のコノハナサクヤも連想され、御祭神にまつられるようになったのでしょう。
またかぐや姫伝説とコノハナサクヤがむすびついていくわけですが、コノハナサクヤと富士山の関係は近世以降のものですから、それ以前をたぐっていくと、「比奈赫夜姫(ヒナカグヤヒメ)」、やはりかぐや姫が御祭神のようにまつられていたのかな、とおもいます。