山麓王国

No.1536

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司馬遼太郎の「日本人は均一性を欲する。大多数がやっていることが神聖であり、同時に脅迫である。」という言葉は知りませんでした。

『街道をゆく』に書かれてあるというのですが、読んだことがないので、憶測で話します。

これは現代だと「長いものに巻かれる」とか「同調圧力」という言葉になりますね。

多数派について同調圧力をかける社会は日本に限ったことではないとおもうんですが、そこをあえて司馬さんが「日本人は」と言ったことには注意が必要な気がしました。

この司馬さんの言葉を受けて、今回は雑談をします。

できるだけカンタンに、とおもいつつも、結局ややこしい話になってしまいました。

どうぞゆっくりお読みください(笑)



古い封建主義(王が領主を利用して国を統治するやり方)や、現代でも社会主義国家は、司馬さんのいうところの「均一性」で国を統治しようとするんですね。

社会主義国家は個人主義や民主主義を認めていないので、どうしても全体主義的な、衆人環視による同調圧力で国を支配しようとします。

その点、日本は主義があいまいな国なんです。

鎌倉時代から江戸時代までの日本は、封建主義ですね。

封建主義とは、殿様(王様)がいて、領主がいて、領民がいるという関係です。

殿様は領主にその地を治める自由を与えますが、上納金を要求しますし、国の有事には命を差し出せと迫ります。

領主は領民から好きなだけ税をとることができますが、殿様には逆らえません。

この時代の領民は「均一」でした。

発言権もなにもなく、ただ決められた税をおさめ、必要になれば戦争に駆り出されるだけで、自我らしい自我も認められない、極めて均一な存在です。

先日、実存主義について書きましたが、この時代のほとんどの人は、社会に対してじぶんの実存の喜びを感じるような機会はとても少なかったとおもいます。



すこし話があっちこっちしますが、つい最近NHKで「アウシュビッツ証言者はなぜ自殺したか」という、30年ほど前の古い番組の再放送をみました。

プリーモ・レーヴィという有名なアウシュビッツ生還者が取り上げられているのですが、かれがこんなことを言っていました。

強制収容所の特徴は人間性を消し去ることにある。
囚人だけではない。
囚人を管理する者たちの人間性も奪いとるのだ。
立場はちがうが、結果は同じになる。
収容所の中で人間性を自覚し得た者はごくわずかだった。


国家社会主義をとっていたナチス政権は、収容所の人間の人間性を強制的に消し去って「均一」にしました。

国家から強要されて、じぶんの実存を抑圧されることがいかに不快なことか。

しかしそういったことは、近代以前では程度の差こそあれ、どの国でも当たり前に行われていたことでもありました。



話を戻します。

では、封建主義の江戸時代が終わり、明治時代からの日本はどうなったのか。

意外かもしれませんが、明治以降、いまに至るまで日本はずっと民主主義でした。

ただ、曲がりなりにもまともに運営できていた民主主義が、太平洋戦争が近づくにつれて、おかしなことになるんです。

軍部が政治中枢に入り込むようになり、どんどん人々の暮らしが統制されて、自由が奪われ、民主主義が恣意的に運用されるようになります。

国民は暴力的な抑圧を受けながら、同時に体制翼賛に熱狂します。

戦中の日本は、いわば「民主主義のバランスが著しく崩れた状態」でした。

ある瞬間には政府によって民主主義がないがしろにされ、ある瞬間には国民によって民主主義が暴走する、という状況だったんです。



戦争中の日本のありようは、「日本帝国主義」といわれます。

この言葉はおなじ悪の枢軸だったドイツやイタリアと比べると、どうにもあいまいです。

ドイツだったら、国家社会主義のナチズム。

イタリアは社会保守主義でファシズム。

どちらも「社会主義」という点が共通しています。

なのに日本は「日本帝国主義」で、方向性がよくわからないんですね。

なぜかというと、日本はたしかに一貫して民主主義だったからなんです。

でも西側諸国からみて、戦中の日本を民主主義と認められるかというと、まあムリですよね(笑)

実際当時の日本は、民主主義国家とはとてもいえない統制社会でした。

だから結局「日本帝国主義」というほかないんです。

ちなみに北朝鮮は「朝鮮民主主義人民共和国」ですよね。

あの国は民主主義国家を標榜しています。

だから、北朝鮮とはどういう国だといわれたら、いちおう「共和制をとる民主主義国家である」ということになります。

けれど、いまの北朝鮮が民主主義的な国であることを信じる人はほとんどいないし、民主主義国家とは呼びたくないでしょう。

北朝鮮のありようは、戦中の日本ととてもよく似ています。



司馬さんは若いころに「均一性を欲する」「大多数がやっていることが神聖」な、統制された日本を体験しています。

それだけに司馬さんにとっては、自由が与えられた戦後の日本のほうがよいとおもっていたことでしょう。

しかし同時に、そうカンタンに日本人が変わるはずがない、ともおもっていたとおもいます。

日本人は長いあいだ、統制されて均一に暮らしていました。

たとえ戦後、民主主義や個人主義を受け入れても、過去から続く民族性はなかなか捨てることができません。

現代日本にも司馬さんは、統制され続けてきた日本人のDNAを感じることがあったとおもいます。

均一性を欲する、大多数がやっていることを神聖なものとする性格に、「日本人は」という主語をくっつけた司馬さんがなにをおもっていたのか、前後の文脈が知りたいので、今度『街道をゆく』を読んでみようとおもいます。



東新町氷川神社ですが、御龍社のミツハノメノカミ、クラオカミノカミは、おっしゃるとおりそれぞれ水神ですね。

特にオカミノカミはヒカワヒメの親ですから、やはり氷川神社との浅からぬ縁を感じます。

御龍社の龍がヤマタノオロチをイメージしているのか、あるいは水神との関連で龍ということになっているのかはわかりませんが、やはり斐伊川の伝説のスサノオが結びついているという縁起はたしかなのだろうとおもいます。



お風呂の件、よかったですね。

世の中はかならず、なにか起こったときには明確な原因があります。

この原因の部分を霊現象のように片付けることはできませんよね。

けれど、人生に起こった出来事に、なんらかのメッセージを感じることはあるとおもうんです。

ぼくはこのメッセージについては、「よくわからないのだけど、耳を傾ける」ようにしています。

たとえばひとりのときに、日常で起きた不満について、相手への文句をぶつぶつ考えていたとします。

そういうときには、なぜか柱に足の小指をぶつけるとか、頭になにかぶつける、ということがよくあるんです(笑)

これは原因としては不注意としかいいようがないんですが、じぶんにはみえない存在からメッセージをもらったとおもうようにして「あ、こういう考え方だとダメだな」と気持ちを切り替えるようにしています。

どうしてもじぶんが間違えていないというときは、「アナタはそういうふうにぼくをたしなめますが、ぼくはどうしてもこういう理由で許せんのですよ」と言い訳を述べたりもします(笑)

ネット周りのトラブルのときはいろいろ物入りだったとおもいますが、その後快適になりましたでしょうか?



寒さがなかなか本格的になりませんが、例年よりずいぶん遅く、ようやくこたつを用意しました。

ところですこしお伺いしますが、ギズモさんは平家物語はご存知ですか?

あと、お漬物であるとか、ナスやミョウガが苦手ということはありませんか?

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