No.1710
※すみません、最後に雑談を書き足しました。←さらに追加しました。
縄張りという言葉の語源は知っていましたが、神社の大岩や巨木のしめ縄も、「縄張り」の意味だったんですね。
ちょっと新鮮な驚きでした。
農園主さんのおっしゃるとおり、簡素なお社程度ならともかく、社殿を建てれば、維持費や経費はかかるし、お賽銭程度ではとてもやっていかれませんね。
最近は経営難の寺社が多く、クラウドファンディングで資金集めをするところもありますが、結局は地元の氏子さん、檀家さんだけでは無理な時代なのかもしれません。
映画やアニメなどとコラボしたり、聖地となっている寺社は、グッズを作ったり、限定御朱印を授与したりと大忙しで、神仏は二の次か?と言いたくなります(笑)
でも、これも維持のためには賢いやり方かもしれません。
商店や会社とは違うので、よけいに補助金などの制度の充実は必須ですね。
今回も、興味深いお話をわかりやすく書いてくださり、ありがとうございました。
推測や想像の域を出て、感嘆すべきアカデミックリサーチだと思います。【書き足し】今回に限らずいつもです。
建国記念の日を視野に入れてのことでなく、偶然だっただけに、神武天皇が伝えたかった真実、というものを感じてしまいました。
以下、農園主さんの記事に対する反論はまったくなく、思いついたことや、疑問とも言えない当たり前のことを書いているかもしれないので、ご容赦ください。
また、質問のような文があっても、読み流していただいてかまいません。
私の、知識に基づかない素人目線の疑問で、農園主さんが混乱するのは困ります(笑)
そもそも論になるかもしれませんが、神武天皇は実在したというのが大前提ですね。
そして、神武を初代として、「天皇」という役職・制度を設けた人物、または勢力があったわけですね。
もしくは神武自身の意志で動いた、ということもあるでしょうか。
本人がずいぶん張り切って、神武東遷やまつりごとを行ったのか。または周りに担がれただけの天皇なのか。
そのあたりもわからないところです。
また、最初から、天皇の子どもを代々天皇としていくことに決めていた、ということでしょうか。
少し話が突飛な方向に行きますが、神武天皇に子どもがいなかったとすると、実質的に皇室の先祖は誰になるのでしょう。
アマテラスを神とみなし、神武天皇は人とみなすと、人から始まるのが自然のように思うので、神武天皇以外の人間ということかと思います。
また、アヒラツヒメ(卑弥呼)とタタラヒメは、神武天皇との間に子が恵まれできなかったので、養子を迎えて血筋を繋いだということも有り得るように思いますが、もちろん根拠はないです。
そして、神武天皇が、【書き足し:実子ではないけれど】自分の子どもだと主張する証として、また、皇位を継承できない子どもも、いずれどこかの首長にする目的で「耳」という字を付けた・・・・ということはないですよね(笑)
カンヌナカワミミですが、越の国にいたんですね。
以前、出雲のヤマタノオロチの正体は、越の国(新潟県)からやってきた豪族などの集団だという話がありました。
綏靖天皇の諱に含まれる「渟名川」は、高志国・越国にあった地名だということですが、綏靖天皇(カンヌナカワミミ)が越の国のヌナカワ地方にいた首長で、後に出雲に行った、ということは、時系列に有り得ることなのかわかりませんが、なきにしもあらずかもしれません。
そしてヌナカワヒメですが、大国主との間にタケミナカタを産み、タケミナカタは国護りの戦争でタケミカヅチに敗れ、諏訪に封じられたんですね。
諏訪大社のご祭神は、主祭神2柱(タケミナカタと、タケミナカタの妻 八坂刀売命)と、その上位置に、父神として大国主があります。
下社配祀として、「八重事代主神」です。
タケミナカタは、本当は越の国まで逃げたかったのを、途中の諏訪で追いつかれ、思いがけず封じられてしまったようにも思います。
【書き足し】タケミカヅチに投げられて、諏訪に飛ばされた、というのが正しいのでしょうか?
だとすると、越の国に行きたかった説は成り立ちませんね。
逃げて諏訪で追い詰められた説もあるようですが、いくら何でも諏訪まで投げ飛ばされないような気もします(笑)
越の国・新潟で大国主が祀られている神社を調べてみたので、余談として読み流してください。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%96%90%...
武内宿禰の子孫の話も書かれていました。
大国主が主祭神で、事代主・タケミナカタは相殿神という位置づけの神社です。
実際に越の国に行ったのかどうかはわかりませんが、農園主さんがお書きになっているように、
書き足し:渟名川は糸魚川の姫川(支流のこと?)だったようですが、この神社は妙高市ですので、糸魚川市と、ほぼ隣り合わせの位置にあります。
大物主のお話を伺うと、かなりの策略家だったようですね。
崇神天皇の時代の再登場はおもしろいです。
そういえばいまさらですが、欠史八代の天皇の名前に「神」の字はないんですね。
初代の神武、次が10代の崇神天皇です。
これ一つとっても、なんとなく2~9代はあやしげです(笑)
事代主は、大国主を丁重に立てた上で、穏やかに引かせたように思えます。
ここでも、策略家の一面が見られますね。
何度も読んでいくうちに、↑のような、妄想とも疑問ともつかないものが次々出現しては消えていく事象に陥ってしまいました(笑)
自分でも訳がわからなくなり、まとまりのないお返事になってしまい、ごめんなさい。
私の不可解な返信で、農園主さんが混乱しないように、と思います。
ケッタイ、というのは大阪の方言みたいなものだとは知っていましたが、漢字で書ける言葉とは知りませんでした。
方言は文化だと思うので、主に漫才などから、大阪弁が自然に親しみやすい形で周知されているのは、とてもいいことだと思います。
出雲大社の神迎神事のお話、詳しいことをありがとうございます。
ずいぶんとおおがかりな神事が続けられていることは、ほんの数年前に知ったのですが、平安時代からの民間伝承だとは知りませんでした。
私の個人的な、考え、というよりイメージなのですが、天照大神は伊勢神宮に、大国主は出雲大社に、「祀られている」というより、幽閉されているような感じがします。
伊勢神宮と出雲大社は、神社の中でも特化した場所のせいかもしれません。
なので、神在月に全国から神様があつまると、大国主はことのほか、お喜びになるように思えます。
アマテラスは皇室にとっても重要なところなので、幽閉というより「そこから動かないでね」という意味合いのような気もしますが(笑)
來宮神社のことも、詳しいお話をありがとうございます。
ご神木として、樹齢2100年の大楠の大木があります。
30年ほど前は、普通に周りをまわって木に触れたのですが、いつの間にかインスタ映えする神社と化してしまい、触ることができなくなってしまいました。
最近は「映画 クスノキの番人(原作=東野圭吾)」とコラボしているようで、人の多さに辟易してしまいます。
やっぱり神社やお寺は、素朴で静かで、ゆっくりお参りできるところがいいですね。
今日は、2月23日で、富士山の日なんですね。知りませんでした。
22度くらいあったようで、桜も勘違いして咲きそうな日でしたが、このまま暖かくはならないでしょう。
気温差もあるので、気をつけてお過ごしください。
※追加の雑談(一部は以前書いたことがあるかもしれません)
埼玉県越谷市の久伊豆神社は、ご祭神が大国主です。
10年ほど前の引越しの時、私にとって暗剣殺?かなにかの大凶方位だったのですが、方位除け・八方除けに最も力があるということなので、こちらでご祈祷を受けました。
ご祈祷はいろいろな神社で受けたことはありますが、大国主が主祭神の神社としては、ここが初めてでした。
最初、若い神職さんが、脇で何か唱え始めました。
それが言葉になっているのかどうか忘れましたが、まるで低い音のサイレンのようにうなっているので、これには本当にびっくりしました。
それが終わると、正面にいる年配の神職さん(神主宮司かどうか不明)が、普通に祝詞を唱え始め、一般的なご祈祷になりました。
出雲大社の東京分祀でご祈祷を受けた時の記憶があいまいなのですが、やはり最初にうなっていたか、大国主を呼ぶ祝詞があったと思います。
ご祈祷は、まず、地の底?にいらっしゃる大国主を呼び起こすことから始まると、後から聞きました。
いちいち呼ばれる大国主も大変です(笑)
とても特殊なご祈祷だったので、大国主という神様の特別感がありました。
※2度目の追加
綏靖天皇の在位の日が、私の誕生日なんですが(笑)
欠史の時期で、いろいろあいまいな中で、在位の日が明確というのは、おもしろいですね。
縄張りという言葉の語源は知っていましたが、神社の大岩や巨木のしめ縄も、「縄張り」の意味だったんですね。
ちょっと新鮮な驚きでした。
農園主さんのおっしゃるとおり、簡素なお社程度ならともかく、社殿を建てれば、維持費や経費はかかるし、お賽銭程度ではとてもやっていかれませんね。
最近は経営難の寺社が多く、クラウドファンディングで資金集めをするところもありますが、結局は地元の氏子さん、檀家さんだけでは無理な時代なのかもしれません。
映画やアニメなどとコラボしたり、聖地となっている寺社は、グッズを作ったり、限定御朱印を授与したりと大忙しで、神仏は二の次か?と言いたくなります(笑)
でも、これも維持のためには賢いやり方かもしれません。
商店や会社とは違うので、よけいに補助金などの制度の充実は必須ですね。
今回も、興味深いお話をわかりやすく書いてくださり、ありがとうございました。
推測や想像の域を出て、感嘆すべきアカデミックリサーチだと思います。【書き足し】今回に限らずいつもです。
建国記念の日を視野に入れてのことでなく、偶然だっただけに、神武天皇が伝えたかった真実、というものを感じてしまいました。
以下、農園主さんの記事に対する反論はまったくなく、思いついたことや、疑問とも言えない当たり前のことを書いているかもしれないので、ご容赦ください。
また、質問のような文があっても、読み流していただいてかまいません。
私の、知識に基づかない素人目線の疑問で、農園主さんが混乱するのは困ります(笑)
そもそも論になるかもしれませんが、神武天皇は実在したというのが大前提ですね。
そして、神武を初代として、「天皇」という役職・制度を設けた人物、または勢力があったわけですね。
もしくは神武自身の意志で動いた、ということもあるでしょうか。
本人がずいぶん張り切って、神武東遷やまつりごとを行ったのか。または周りに担がれただけの天皇なのか。
そのあたりもわからないところです。
また、最初から、天皇の子どもを代々天皇としていくことに決めていた、ということでしょうか。
少し話が突飛な方向に行きますが、神武天皇に子どもがいなかったとすると、実質的に皇室の先祖は誰になるのでしょう。
アマテラスを神とみなし、神武天皇は人とみなすと、人から始まるのが自然のように思うので、神武天皇以外の人間ということかと思います。
また、アヒラツヒメ(卑弥呼)とタタラヒメは、神武天皇との間に子が
そして、神武天皇が、【書き足し:実子ではないけれど】自分の子どもだと主張する証として、また、皇位を継承できない子どもも、いずれどこかの首長にする目的で「耳」という字を付けた・・・・ということはないですよね(笑)
カンヌナカワミミですが、越の国にいたんですね。
以前、出雲のヤマタノオロチの正体は、越の国(新潟県)からやってきた豪族などの集団だという話がありました。
綏靖天皇の諱に含まれる「渟名川」は、高志国・越国にあった地名だということですが、綏靖天皇(カンヌナカワミミ)が越の国のヌナカワ地方にいた首長で、後に出雲に行った、ということは、時系列に有り得ることなのかわかりませんが、なきにしもあらずかもしれません。
そしてヌナカワヒメですが、大国主との間にタケミナカタを産み、タケミナカタは国護りの戦争でタケミカヅチに敗れ、諏訪に封じられたんですね。
諏訪大社のご祭神は、主祭神2柱(タケミナカタと、タケミナカタの妻 八坂刀売命)と、その上位置に、父神として大国主があります。
下社配祀として、「八重事代主神」です。
タケミナカタは、本当は越の国まで逃げたかったのを、途中の諏訪で追いつかれ、思いがけず封じられてしまったようにも思います。
【書き足し】タケミカヅチに投げられて、諏訪に飛ばされた、というのが正しいのでしょうか?
だとすると、越の国に行きたかった説は成り立ちませんね。
逃げて諏訪で追い詰められた説もあるようですが、いくら何でも諏訪まで投げ飛ばされないような気もします(笑)
越の国・新潟で大国主が祀られている神社を調べてみたので、余談として読み流してください。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%96%90%...
武内宿禰の子孫の話も書かれていました。
大国主が主祭神で、事代主・タケミナカタは相殿神という位置づけの神社です。
社伝によれば大国主命が御子神である事代主命と建御名方命を従えて当地方へ神幸し、当地に滞在して住民に稲作の業を教える等の国土経営にあたった故事に因んで創祀されたと書かれています。
実際に越の国に行ったのかどうかはわかりませんが、農園主さんがお書きになっているように、
高志国は出雲に味方して、国譲りの戦争に参加していたというように、出雲と高志国の関係性がわかるように思います。
書き足し:渟名川は糸魚川の姫川(支流のこと?)だったようですが、この神社は妙高市ですので、糸魚川市と、ほぼ隣り合わせの位置にあります。
大物主のお話を伺うと、かなりの策略家だったようですね。
崇神天皇の時代の再登場はおもしろいです。
そういえばいまさらですが、欠史八代の天皇の名前に「神」の字はないんですね。
初代の神武、次が10代の崇神天皇です。
これ一つとっても、なんとなく2~9代はあやしげです(笑)
事代主は、大国主を丁重に立てた上で、穏やかに引かせたように思えます。
ここでも、策略家の一面が見られますね。
何度も読んでいくうちに、↑のような、妄想とも疑問ともつかないものが次々出現しては消えていく事象に陥ってしまいました(笑)
自分でも訳がわからなくなり、まとまりのないお返事になってしまい、ごめんなさい。
私の不可解な返信で、農園主さんが混乱しないように、と思います。
ケッタイ、というのは大阪の方言みたいなものだとは知っていましたが、漢字で書ける言葉とは知りませんでした。
方言は文化だと思うので、主に漫才などから、大阪弁が自然に親しみやすい形で周知されているのは、とてもいいことだと思います。
出雲大社の神迎神事のお話、詳しいことをありがとうございます。
ずいぶんとおおがかりな神事が続けられていることは、ほんの数年前に知ったのですが、平安時代からの民間伝承だとは知りませんでした。
私の個人的な、考え、というよりイメージなのですが、天照大神は伊勢神宮に、大国主は出雲大社に、「祀られている」というより、幽閉されているような感じがします。
伊勢神宮と出雲大社は、神社の中でも特化した場所のせいかもしれません。
なので、神在月に全国から神様があつまると、大国主はことのほか、お喜びになるように思えます。
アマテラスは皇室にとっても重要なところなので、幽閉というより「そこから動かないでね」という意味合いのような気もしますが(笑)
來宮神社のことも、詳しいお話をありがとうございます。
ご神木として、樹齢2100年の大楠の大木があります。
30年ほど前は、普通に周りをまわって木に触れたのですが、いつの間にかインスタ映えする神社と化してしまい、触ることができなくなってしまいました。
最近は「映画 クスノキの番人(原作=東野圭吾)」とコラボしているようで、人の多さに辟易してしまいます。
やっぱり神社やお寺は、素朴で静かで、ゆっくりお参りできるところがいいですね。
今日は、2月23日で、富士山の日なんですね。知りませんでした。
22度くらいあったようで、桜も勘違いして咲きそうな日でしたが、このまま暖かくはならないでしょう。
気温差もあるので、気をつけてお過ごしください。
※追加の雑談(一部は以前書いたことがあるかもしれません)
埼玉県越谷市の久伊豆神社は、ご祭神が大国主です。
10年ほど前の引越しの時、私にとって暗剣殺?かなにかの大凶方位だったのですが、方位除け・八方除けに最も力があるということなので、こちらでご祈祷を受けました。
ご祈祷はいろいろな神社で受けたことはありますが、大国主が主祭神の神社としては、ここが初めてでした。
最初、若い神職さんが、脇で何か唱え始めました。
それが言葉になっているのかどうか忘れましたが、まるで低い音のサイレンのようにうなっているので、これには本当にびっくりしました。
それが終わると、正面にいる年配の神職さん(
出雲大社の東京分祀でご祈祷を受けた時の記憶があいまいなのですが、やはり最初にうなっていたか、大国主を呼ぶ祝詞があったと思います。
ご祈祷は、まず、地の底?にいらっしゃる大国主を呼び起こすことから始まると、後から聞きました。
いちいち呼ばれる大国主も大変です(笑)
とても特殊なご祈祷だったので、大国主という神様の特別感がありました。
※2度目の追加
綏靖天皇の在位の日が、私の誕生日なんですが(笑)
欠史の時期で、いろいろあいまいな中で、在位の日が明確というのは、おもしろいですね。