山麓王国

全年全月23日の投稿22件]

2026年2月 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する

Icon of gizumo
すみません、最後に雑談を書き足しました。←さらに追加しました。


縄張りという言葉の語源は知っていましたが、神社の大岩や巨木のしめ縄も、「縄張り」の意味だったんですね。

ちょっと新鮮な驚きでした。

農園主さんのおっしゃるとおり、簡素なお社程度ならともかく、社殿を建てれば、維持費や経費はかかるし、お賽銭程度ではとてもやっていかれませんね。

最近は経営難の寺社が多く、クラウドファンディングで資金集めをするところもありますが、結局は地元の氏子さん、檀家さんだけでは無理な時代なのかもしれません。

映画やアニメなどとコラボしたり、聖地となっている寺社は、グッズを作ったり、限定御朱印を授与したりと大忙しで、神仏は二の次か?と言いたくなります(笑)

でも、これも維持のためには賢いやり方かもしれません。

商店や会社とは違うので、よけいに補助金などの制度の充実は必須ですね。



今回も、興味深いお話をわかりやすく書いてくださり、ありがとうございました。

推測や想像の域を出て、感嘆すべきアカデミックリサーチだと思います。【書き足し】今回に限らずいつもです。

建国記念の日を視野に入れてのことでなく、偶然だっただけに、神武天皇が伝えたかった真実、というものを感じてしまいました。

以下、農園主さんの記事に対する反論はまったくなく、思いついたことや、疑問とも言えない当たり前のことを書いているかもしれないので、ご容赦ください。

また、質問のような文があっても、読み流していただいてかまいません。

私の、知識に基づかない素人目線の疑問で、農園主さんが混乱するのは困ります(笑)



そもそも論になるかもしれませんが、神武天皇は実在したというのが大前提ですね。

そして、神武を初代として、「天皇」という役職・制度を設けた人物、または勢力があったわけですね。

もしくは神武自身の意志で動いた、ということもあるでしょうか。

本人がずいぶん張り切って、神武東遷やまつりごとを行ったのか。または周りに担がれただけの天皇なのか。

そのあたりもわからないところです。

また、最初から、天皇の子どもを代々天皇としていくことに決めていた、ということでしょうか。



少し話が突飛な方向に行きますが、神武天皇に子どもがいなかったとすると、実質的に皇室の先祖は誰になるのでしょう。

アマテラスを神とみなし、神武天皇は人とみなすと、人から始まるのが自然のように思うので、神武天皇以外の人間ということかと思います。

また、アヒラツヒメ(卑弥呼)とタタラヒメは、神武天皇との間に子が恵まれできなかったので、養子を迎えて血筋を繋いだということも有り得るように思いますが、もちろん根拠はないです。

そして、神武天皇が、【書き足し:実子ではないけれど】自分の子どもだと主張する証として、また、皇位を継承できない子どもも、いずれどこかの首長にする目的で「耳」という字を付けた・・・・ということはないですよね(笑)




カンヌナカワミミですが、越の国にいたんですね。

以前、出雲のヤマタノオロチの正体は、越の国(新潟県)からやってきた豪族などの集団だという話がありました。

綏靖天皇の諱に含まれる「渟名川」は、高志国・越国にあった地名だということですが、綏靖天皇(カンヌナカワミミ)が越の国のヌナカワ地方にいた首長で、後に出雲に行った、ということは、時系列に有り得ることなのかわかりませんが、なきにしもあらずかもしれません。

そしてヌナカワヒメですが、大国主との間にタケミナカタを産み、タケミナカタは国護りの戦争でタケミカヅチに敗れ、諏訪に封じられたんですね。

諏訪大社のご祭神は、主祭神2柱(タケミナカタと、タケミナカタの妻 八坂刀売命)と、その上位置に、父神として大国主があります。

下社配祀として、「八重事代主神」です。

タケミナカタは、本当は越の国まで逃げたかったのを、途中の諏訪で追いつかれ、思いがけず封じられてしまったようにも思います。

【書き足し】タケミカヅチに投げられて、諏訪に飛ばされた、というのが正しいのでしょうか?
 
だとすると、越の国に行きたかった説は成り立ちませんね。
 
逃げて諏訪で追い詰められた説もあるようですが、いくら何でも諏訪まで投げ飛ばされないような気もします(笑)



越の国・新潟で大国主が祀られている神社を調べてみたので、余談として読み流してください。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%96%90%...

武内宿禰の子孫の話も書かれていました。

大国主が主祭神で、事代主・タケミナカタは相殿神という位置づけの神社です。

社伝によれば大国主命が御子神である事代主命と建御名方命を従えて当地方へ神幸し、当地に滞在して住民に稲作の業を教える等の国土経営にあたった故事に因んで創祀されたと書かれています。


実際に越の国に行ったのかどうかはわかりませんが、農園主さんがお書きになっているように、高志国は出雲に味方して、国譲りの戦争に参加していたというように、出雲と高志国の関係性がわかるように思います。


書き足し:渟名川は糸魚川の姫川(支流のこと?)だったようですが、この神社は妙高市ですので、糸魚川市と、ほぼ隣り合わせの位置にあります。



大物主のお話を伺うと、かなりの策略家だったようですね。

崇神天皇の時代の再登場はおもしろいです。

そういえばいまさらですが、欠史八代の天皇の名前に「神」の字はないんですね。

初代の神武、次が10代の崇神天皇です。

これ一つとっても、なんとなく2~9代はあやしげです(笑)



事代主は、大国主を丁重に立てた上で、穏やかに引かせたように思えます。

ここでも、策略家の一面が見られますね。



何度も読んでいくうちに、↑のような、妄想とも疑問ともつかないものが次々出現しては消えていく事象に陥ってしまいました(笑)

自分でも訳がわからなくなり、まとまりのないお返事になってしまい、ごめんなさい。

私の不可解な返信で、農園主さんが混乱しないように、と思います。



ケッタイ、というのは大阪の方言みたいなものだとは知っていましたが、漢字で書ける言葉とは知りませんでした。

方言は文化だと思うので、主に漫才などから、大阪弁が自然に親しみやすい形で周知されているのは、とてもいいことだと思います。



出雲大社の神迎神事のお話、詳しいことをありがとうございます。

ずいぶんとおおがかりな神事が続けられていることは、ほんの数年前に知ったのですが、平安時代からの民間伝承だとは知りませんでした。

私の個人的な、考え、というよりイメージなのですが、天照大神は伊勢神宮に、大国主は出雲大社に、「祀られている」というより、幽閉されているような感じがします。

伊勢神宮と出雲大社は、神社の中でも特化した場所のせいかもしれません。

なので、神在月に全国から神様があつまると、大国主はことのほか、お喜びになるように思えます。

アマテラスは皇室にとっても重要なところなので、幽閉というより「そこから動かないでね」という意味合いのような気もしますが(笑)

來宮神社のことも、詳しいお話をありがとうございます。

ご神木として、樹齢2100年の大楠の大木があります。

30年ほど前は、普通に周りをまわって木に触れたのですが、いつの間にかインスタ映えする神社と化してしまい、触ることができなくなってしまいました。

最近は「映画 クスノキの番人(原作=東野圭吾)」とコラボしているようで、人の多さに辟易してしまいます。

やっぱり神社やお寺は、素朴で静かで、ゆっくりお参りできるところがいいですね。



今日は、2月23日で、富士山の日なんですね。知りませんでした。

22度くらいあったようで、桜も勘違いして咲きそうな日でしたが、このまま暖かくはならないでしょう。

気温差もあるので、気をつけてお過ごしください。



※追加の雑談(一部は以前書いたことがあるかもしれません)

埼玉県越谷市の久伊豆神社は、ご祭神が大国主です。

10年ほど前の引越しの時、私にとって暗剣殺?かなにかの大凶方位だったのですが、方位除け・八方除けに最も力があるということなので、こちらでご祈祷を受けました。

ご祈祷はいろいろな神社で受けたことはありますが、大国主が主祭神の神社としては、ここが初めてでした。

最初、若い神職さんが、脇で何か唱え始めました。

それが言葉になっているのかどうか忘れましたが、まるで低い音のサイレンのようにうなっているので、これには本当にびっくりしました。

それが終わると、正面にいる年配の神職さん(神主宮司かどうか不明)が、普通に祝詞を唱え始め、一般的なご祈祷になりました。

出雲大社の東京分祀でご祈祷を受けた時の記憶があいまいなのですが、やはり最初にうなっていたか、大国主を呼ぶ祝詞があったと思います。

ご祈祷は、まず、地の底?にいらっしゃる大国主を呼び起こすことから始まると、後から聞きました。

いちいち呼ばれる大国主も大変です(笑)

とても特殊なご祈祷だったので、大国主という神様の特別感がありました。


※2度目の追加

綏靖天皇の在位の日が、私の誕生日なんですが(笑)

欠史の時期で、いろいろあいまいな中で、在位の日が明確というのは、おもしろいですね。

2025年3月 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する

Icon of gizumo
心臓の違和感、徐々によくなってきたようで、よかったです。
自治会集会も無事に済んだとのことで、安心しました。

締めつけ感、キューっとなるような痛み、せりあがってくる痛みやもたれなど、心臓なのか胃なのか判明できない、まぎらわしい症状が出ることもありますね。

昨年末からのいろいろな不調が、食事や市販薬などで改善され、体調の不安がなくなるようにと思います。

せっかくの農閑期が体調不良で楽しめなかったかもしれませんが、農閑期のうちに原因に思い当たり、対処法を講じることができたのは、タイミング的にも何かにまもられているように思えます。


病気(「病気」と言えるものも言えないものも)は、気の持ちようも影響するので、あまり深く考えず、「騙し騙し」つきあっていくという向き合い方が必要かな、と思うようになりました。

私も、痛みをさんざん味わった末に死ぬのはいやです(笑)
痛みやつらさは、治る大前提のものであってほしいですね。
治ると思うから、つらくても我慢できるのだと思います。

浅井戸というのは初めて知りました。

稀に都内で井戸がある個人宅を見かけますが、枯れ井戸になっていて、使用不可のまま残してあるようでした。

最近知ったのですが、防災井戸というものを新しく設置している地域、集合住宅などがあるようですね。
災害時に使用する目的だそうですが、非飲用のようですので、浅井戸なのかもしれません。

飲めないのは困りますが、それでもこういう災害用の井戸は、増えてくれるといいですね。

昔は「湯水のように~~」という言葉がありましたが、最近の水道代は高すぎて、とてもとても気軽には使えません(笑)

電気・ガス・水道、これは生きていくうえで重要なものなので、26億円かけて都がやろうとしている、ランドマークの噴水事業は取りやめ、私立の高校の授業料無償化などという政策は見送って、高額医療費(訂正:高額医療費制度)は現状維持または引き下げとし、最低ラインの光熱費の負担を国、または自治体が行ってくれないものだろうかと思うのですが、そういうことは絶対してくれないんですよね(笑)

私立高校の授業料を無料にできる財源があるなら、奨学金制度の見直しをし、貸し付けではなく返済不要にすべきなのではと思います。

誰でも、ということはできないので、ある一定の成績以上の学生にということになるでしょうが。

実際、多額の奨学金を返済しなければいけないので、結婚できないという人も多いということですし、奨学金は借金として夫婦共有になってしまうので(訂正:夫婦共有になる可能性があるので)、なかなか難しい問題だと思います。

話がずいぶん逸れました(笑)


江戸幕府のお話、大変興味深く読ませていただきました。
考えてみたら、一つの体制が200年も続いたということは、不思議なことですね。

徳川家康以降、子孫がずっと政治を行ってきたというのは、不自然に思えてきました。
しかも、養子縁組をしてまで、代々徳川の体制を守ってきたというわけですから、ある意味、皇室と似たようなものだと思います。

徳川が続いていたら、大奥の制度も存続していたかもしれませんし、なんだかめちゃくちゃな世の中になっていたかもしれませんね(笑)
私なんかは、将軍に気に入られたために、大奥でさんざんいじめられて、つらい日々を過ごしていたかもしれません(笑)

司馬さんの考え方は、実におもしろいですね。
100年で別の体制に変わっていたら、いったいどんな世の中になっていたでしょうか。

反面、江戸幕府がずっと続いていたと想定した場合、いまだに鎖国ということはないでしょうから、仰るように、西洋の傀儡政権となり、宗教も今とは明らかに異なっていたかと思います。

武士が軍人、江戸幕府や藩は軍事政権というお話は、とても新鮮に感じました。
そういう捉え方をすると、私の中での武士というものが、変わったように思います。

幕府が100年で死に体というのは、司馬さんが、「べつの体制に転換しておけばよかった」と言った、その時期ですね。


「日本の奇跡は、あの時代に西洋に隷属せず、志士が幕府を打倒して、国家として独立する道を選べたこと」というお話を伺うと、改めて、本当に奇跡的な偉業だったのだな、と感じました。


「汽笛一声新橋を~」で始まる『鉄道唱歌』という唱歌をご存じと思います。

明治33年に、子どもたちに日本の地理を覚えさせようという目的で、『地理教育 鉄道唱歌』のタイトルで作られました。
中でも、新橋から神戸の「東海道編」が大ヒットしますが、その中に、頼朝、家康や藤吉郎の名もあります。

「大石良雄が山科の その隠家はあともなし 赤き鳥居の神さびて 立つは伏見の稲荷山」というのは45番の歌詞なのですが、大石良雄は大石内蔵助のことです。

2番では、
「右は高輪泉岳寺 四十七士の墓どころ 雪は消えても 消え残る 名は千載ののちまでも」

明治33年の当時も、忠臣蔵の話は歌にするほどだったということがわかります。
歌にしたのは、江戸時代に作られた「忠臣蔵」ではなく、史実に基づいた赤穂浪士のことなのかもしれませんが、定かではありません。


お忙しくなる時期ですが、まだ本調子とは言えないでしょうから、体調と向き合いながらくれぐれも無理せずお過ごしください。

こちらは、雪がけっこう降ったと思ったら、昨日今日は20℃以上。
激しい気温差と花粉でヘロヘロです(笑)

2024年6月 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する

Icon of nouennushi
1475
初期のがん、取り除けてほんとうによかったです。

憶測の域を出ませんが、がんができたときには、じつはがん以外でも体調不良が起こりやすい状況になっていたのではないでしょうか。

ひどい咳であったり下血といったことも、体全体でなにかサインを出していたのではないかという気がします。

というのも、うちの父も、じぶんでは不調に気づいていないようにふるまっていましたが、さまざまなサインは出ていて、母やぼくは、父の体がここ数年むくんでいたと気づいていたのです。

父はそれぞれ原発のちがう、ステージ2~3の喉のがんと、ステージ1の肺がんが同時にみつかりました。

喉のがんが見つかる前には、かなり声が出にくそうにしていましたが、それも父は、以前に白板症を取ってもらったからだと言い張っていました。

ぼくもその血をひいているからなんともいえませんが、父はなかなかの頑固者で、われわれが言ったから話を聞く、というタイプではありません。

その父が救急車で運ばれたときは胸の痛みが原因だったのですが、ステージ1の肺がんでも救急車を呼ぶほどなのかと驚いたものです。

余談ですが父は現在、かなり体調を取り戻し、来月には母と一緒に富士山の標高2000mほどのところから、500mほど登るルートに挑戦するとのことでした。

個人的には高山病のような症状で肺にわるい影響が出ないか心配だし、夜行の高速バス(シートのゆったりした高クラスのものというのですが)で行き来するというので、ちょっとがんばりすぎじゃないかと言ったのですが、結局当人がやる気だとどうしようもありませんね。

頑固者には、無事を祈るしかありません(笑)



えび風味のかまぼこの話ですが、いちまさという会社がかなりいろんなかまぼこづくりでがんばっておられるようです。

個人的にはいろんな会社で競争して、もっと手に入れやすい値段で提供してもらえればと期待しています。

しかしカニのような高級品を似せるからかにかまにも価値を感じますが、ほかの魚だと「たかがかまぼこ」とおもわれて足元をみられてしまうのかもしれませんね(笑)

いまどきタコもずいぶん高くなりましたから、安価にタコのかまぼこでタコ焼きとか、イカのかまぼこでお好み焼きが作れれば、大阪人としてはありがたいです。

そのいちまさがつくっている、「うな次郎」といううなぎに似せたかまぼこは、じつによくできていました。

うなぎは三重県あたりから静岡県にかけての店で食べると、こうも美味しいものかと感動したものですが、うな次郎はそういうのとはまたちがう、庶民的な納得感があって「ちょうどいい」とおもえたのです。

2024年4月 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する

Icon of nouennushi
1434
レンコンを育てていた農家さん、おられましたね。

いまレンコンの主産地は茨城県です。

茨城には霞ケ浦という大きな湖があるんですが、あの周囲は一帯が低湿地で、むかしは海の水も混じるラグーン(汽水域)だったので、湖ではなく浦なのだそうな。

そのあたりの関係は大阪平野もよく似ています。

ゼロ海抜地帯である大阪平野は大昔の縄文海進という地球規模の現象で、海面がいまより2~3m高かったようで、霞ケ浦とおなじく、平野一帯に海水が流れ込む汽水域だったといいます。

その後、海面が下がり、霞ケ浦も大阪平野も海水の影響のない低湿地となります。

大阪は仁徳天皇の時代から、治水が大きな課題でした。

豊臣秀吉の時代にも大阪では大掛かりな川の整備が行われましたが、それでも平野全体が沼と田んぼだらけの土地柄でした。

そういった景色は戦前まで当たり前のものだったようで、亡くなった祖父も「むかしはこのへんはずっと沼と田んぼしかなかった」と言っていました。

現代では都市開発が進んで、地下に巨大な排水路(地下放水路)をもうけられたことで、ほぼ治水の問題は解消しています。

その結果、大阪は都市として発達するかわりに、湿地を生かした農業は廃れました。

かわりに茨城では地形を生かしたレンコン栽培がいまも続いているんですね。




植物公園などの池の蓮は、花の時期にはそれはもうみごとなんですが、シーズン自体はほんの2週間ほどで、それ以外の管理がたいへんなんですね。

うちのご近所さんも一時期花蓮をつくっておられたんですが、数年はほっといても自生していたのが、あるときいっぺんにダメになりました。

管理が行き届かなかったのもあるのでしょうが、たまたま水が切れる時期があったようで、このときにダメになったといいます。

蓮はなかなか放任で栽培というわけにはいかなそうですね。



現代はなんでも味のよい、栽培しやすいF1品種(一代交配)が主流で、伝統野菜が日常の食卓にのぼることはほとんどなくなりました。

大阪の野菜だと、いまでも有名なのは泉州水なすだとおもいます。

水なすのお漬物というと、泉州の名産です。

あと、「うすいえんどう」というえんどうの品種があるんですが、これは大阪の羽曳野市碓井地区が名前の由来です。

司馬遼太郎は大阪に住んでいたんですが、大阪の野菜だというとなぜか味が格別なようにおもえてしまう、というくらい、大阪をひいきに感じていたようです。

ちなみに今回ぼくは大阪が都市開発されたという話をしたんですが、司馬さんに絡んで、こんな記事をみつけました。

https://www.sharebatake.com/blogs/read/2...

農地の値上がりを待ちながら、退屈しのぎに野菜作りをしている農家の話が出てくるのですが、バブルのころの農地持ちは、みんなこんな心境だったようです。

ぼくも、大阪の八尾に住んでいましたから、農地がどんどん売られて宅地に変貌していくのを目の当たりにしています。

子供だった当時はそこに問題意識を感じませんでしたが、いまとなっては後の祭りですね。

地に足のついた暮らしがいかに大事か、ということは、目先のお金(資本主義)を前にすればかすんでしまうのでしょう。



ことしはぼくもいくつかのハーブのタネを買って、発芽させています。
レモングラス、フェンネル、ディル、ジャーマンカモミール、レモンバーム、ローズマリー、タイムです。

栽培しても、活用法もわからないんですが、勝手に自生してくれるのであれば畑の一角に置いといてやろう、くらいの算段です。

2024年3月 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する

Icon of nouennushi
1401
満鉄社歌、確認されている日本最初の社歌なんですね。

イデオロギッシュでギラギラした歌だとおもいましたし、北朝鮮のような曲というのも、あの国威をむやみに掲揚する感じがたしかに似ているとおもいました。

しかしこの作詞をした山口慎一は、満鉄社歌が採用された4年後には左翼として検挙されて、満州から日本にいったん帰国したとあります。

大正当時の社会はすでに思想警察のはびこるきな臭い匂いで充満していたのでしょう。

そんな中で、文学でいえば芥川龍之介は漱石から受け継いだじぶんの自由主義的な思想を「上手に隠す」ようになりますし、谷崎潤一郎は対米戦争の足音を聞きながら、西洋文化のまばゆい明るさに背を向けるように『陰翳礼賛』を著したんですね。



愛新覚羅という苗字は、戦後すぐの日本でさぞかし生きづらかったことだろうとおもいます。

そういえば、タレントの板東英二は満州生まれですね。

満州で生まれて、日本への引き揚げの際に置き去りにされそうになったのを、間一髪で連れ帰ってもらったそうで、そこからはご存知とおもいますが、高校野球で大活躍し、プロ野球選手、タレントと、表舞台で活躍するようになりました。

ひとりの人間が、満州という歴史上の亡国に取り残されかけたところから華やかな戦後日本の寵児へと、シームレスにつながっているというのはどうも不思議な気分です。

おなじように、愛新覚羅という苗字をつないで生きている人が日本にいるというのも、やはり不思議です。

2024年2月 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する

Icon of nouennushi
1347
時給で割ると不毛という点では、ぼくもそうです。

山間部の百姓仕事は、野菜をつくる以外のところでやることが多く、また経費もたくさんかかります。

この前確定申告をすませましたが、懐に入ったお金から経費と医療控除を引いて、時給を割り出す……というような計算はろくなことにならないのでやりません(笑)

けど、ぼくも野菜作りはじぶんなりに楽しんでやっているし、食べてもらう人に喜んでもらいたくてやっています。

この仕事だからそうおもえるのかもしれませんが、いただくお金が仕事の副産物であっても納得ができるんですよね。

もしかしたらギズモさんにとってもいまのお仕事は、いただくお金に増してやりがいがまさる一面があるのではないでしょうか。



現代では特にそうなのかもしれませんが、医師はエラーの多い存在だとおもいます。

医療はいまやナノレベルの進化を遂げていますが、医師はただの人間にすぎないうえに、いまは専門医療で細分化されていて、膨大な症例の引出しから病態を導かねばならず、個人の手に負えないところまできているようにおもえます。

つまり、患者がおもう医療テクノロジーへの期待度に対して、医師という人間がついていけてない面があるんですよね。

そのうえで、われわれもじぶんの病気や死について、医療や医師に任せっぱなしではなく、じぶんなりに納得のいく哲学が必要だとおもいます。



そういえば、ゲゲゲの鬼太郎で有名な水木しげるは、南方のパプアニューギニアの戦線で左腕を負傷し、粗末な医療で腕を切断しました。

それでひどい熱で苦しんで、もうダメかというところまでいったらしいんですが、あるときじぶんの腕の傷が治りかかったところから、赤ん坊のようなにおいがしたというんです。

その匂いをかいだときに「おれは助かる」とおもったというんですが、そういう感覚はちょっと医師にはわからないとおもいます。

おそらくギズモさんの日にち薬とおっしゃる感覚も医師にはつかみあぐねるところだとおもいますし、きっとご自身の感覚の中で回復基調を実感しておられるのがなによりの薬になっているようにおもえました。
Icon of gizumo
緊張と緩和のお話、ありがとうございます。
動の中に静があり、緊張の中に緩和がある、このバランスが大事なんですね。
心に留めて、企画していこうと思います。

仕事は、決して忙しいと言えるほどないのですが、事前準備をきちんとしていくと、どうしても時間ばかりかかってしまいます。
時給としては悪くなくても、毎日あるわけではないのと、準備にかなりの時間をかけることを考えると、時給500円以下とか、数十円ということになったりもします。

これは、仕事に対する向き合い方の問題で、適度に準備の手を抜けばいいことなのですが、なかなかそれができません。
特にステージの場合、1番○○、2番○○、というように単調に演奏や歌を進めて行くのが嫌いで、ちょっと他にはないような演出に拘ってしまうので、それを延々と考えているという、いいような悪いようなところがあります。


ご心配いただき、ありがとうございます。
音声外科でも耳鼻科でも、結局異常が見られず、不調の原因がまったくわからないので、やりようがないというのが現状です。
だいぶ前ですが、農園主さんが農園主さんではない時分、「医師から考えないようにと言われたけれど、それではだめだと思い、自分で考えて乗り越えた」というようなお話をなさっていましたよね。
医師の診立てはそれぞれで、それが患者に合うこともあれば、合わないこともありますよね。

今回、どの医師にも、6月の咳~気管支炎(コロナとかの感染症ではない)とはまったく関係ないと断言され(声帯にも異常がないので)、薬も意味がなく、外科的にも何もできることはないと言われました。
でも、自分なりに考えてみると、気管支炎の後遺症しか考えられなかったんです。
その証拠に、日にち薬みたいに、1日1ミリみたいに徐々にですが、歌えるようになってきています。
医師を信用するしないの問題ではなく、やっぱり自分の心や身体のことは、自分に聞くのが正解なんだろうな、と思うのです。
Icon of nouennushi
1344
喉はデリケートですから、ぜひいたわってあげてください。

静と動のバランスの話なんですが、たとえば日本民間放送連盟では、CMの総量が規制されていて、18%以内に決まってるんだそうです。

緊張の中に、緩和が2割弱というのは、黄金比のようにおもえます。

サーカスの緊張の中にピエロが出てくる割合や、ライブでミュージシャンが曲の合間に話をする割合、緊張感のある演劇で肩の力が抜けるやり取りの場面の割合、漫才のボケに対するツッコミの割合など、やはり2割程度の緩和が調和的な気がしました。

でもこれは、あくまで全体を演出する場合の方法論のような話であって、ぼく個人が勝手におもったことを話したにすぎませんから、ギズモさんはともかく喉を酷使しないよう、静の表現をなさってくださいね。



カナタイピングはちょうど2週間ほどになるんですが、キーの位置もおぼえて、たどたどしくも打てるようにはなってきたんですが、ここにきてだんだん壁が高くなってきました。

ぼちぼちダレてきそうなところでもありますから、一日に少しずつでも取り組んで、あともうしばらく練習したところで、ふだんの入力をカナに切り替えていこうとおもっています。



ギズモさんはもうコロナ前の忙しさを取り戻しておられるのでしょうか。

やりがいのあることに追われるのは楽しいことですが、どうぞご無理が出ませんように。
Icon of gizumo
カナタイプ、さすがにあっという間にレベルアップしてますね。
この分だと、そろそろ入力をローマ字からカナに切り替えても大丈夫そうですね。

マイケル・ジャクソンのダンス、「あれだけ激しい動きにも関わらず「静」を感じるのが不思議で」と書いていらっしゃいますが、まったく同感です。
マイケルと比べるのもおかしいかもしれませんが、ジャニーズ系の人は(今はジャニーズといわないんでしたっけ?)ダンスが激しいので、口パクが普通なんだそうです。
いくら若くても、相当息切れするはずなので、まともに歌える方がおかしいです。

激しいのに「静」を感じる、ということから、ふと、音楽もそうだな、と思い当たりました。
例えば何か歌ったり演奏したりする時、サビのあたり、盛り上がるところ(ギターなら超絶テクを駆使したり、歌ならシャウトするところ)で、いっぱいいっぱいで演奏したり歌うと、どうしても「静」を感じさせないんですよね。
それが、盛り上がりを見せても、心と演奏に余裕があれば、「静」を感じさせるのことが多いように思います。
もちろん、熱くパワフルに演奏し、「動」をみせるのも重要でしょうが、私は「静」をみせることの難しさ、大切さのほうに重きをおきます。

完全に個人的見解なのですが、記事を読ませていただき、改めて「静」の重要さを感じたわけです。

私的なことですが、4月の新年度からの仕事の事ですこしばかりもめていて、このところ忙しくしています。
仕事先の施設の指定管理の問題で、仕事先が増えるのと(減るよりはいいですが)、担当が変わるのと、内容の見直しなど、詰めないといけない案件が多々あり、さっさと解決してほしいのですが、なかなか落ち着かない状況です。

そこにもってきて、3月、4月とコンサートが入ったので、曲目の選定やステージ進行の企画を、楽しみながらやっているという毎日です。

ただ、喉の調子はいまだ完全と言えず、不安がつきまといますが、「必死で歌っている感」は絶対に出せないので、ひたすら「静」でいけたらと思います。
それには、喉の状態が良好で、余裕が必要です。

農園主さんのタイピングのように地道な努力を忘れず、ベストな状態に戻れるようにしないといけませんね。

雪予報でしたが、降りそうにありません。

2023年12月 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する

Icon of nouennushi
朝、外をみて拍子抜けしました。

雪はほとんど降ってなくて、ほんのうっすら白くなっているくらい。
山も雪化粧しておらず、いつもどおりの凍てる朝でした。

ネットで提供されてる道路状況のカメラをみてみると、うちからさらに離れた田舎や、日本海側の北端の地域ではよく積もっていましたが、それでも関西でいうところの「知れてる」程度です。

うちのあたりは標高が100mほどある盆地なので、雪はよく降るし、降ると吹き溜まりになってよく積もります。

今回はたまたま雪雲が流れ込まなかったおかげで、助かったといえるでしょう。

ところで、雪雲が流れ込まなかったおかげで、畑が生きています。

……つまり、農閑期のつもりだったのに、あとひと仕事、できちゃいそうなんだなぁ……。

でもやっぱり、ことしは暖かいおかげで年始にもひと働きできそうだし、このまま休みにして、掃除する時間にあてましょう(笑)

2023年11月 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する

Icon of gizumo
舟屋は、写真で見ると建物は日本的ですが、どこか他の国の風情もありますね。
こういう伝統的なものは、ずっと残してもらいたいものです。

家康も権現様と呼ばれていたなと考えていたら、「金毘羅船船(金比羅船船)」という香川県の民謡(俗謡)の中に、大権現が出てきたっけ、と。

♪金毘羅船船 追い手にに帆かけてシュラシュシュシュ
 回れば四国は讃州那珂の郡
 象頭山金比羅大権現 一度まわれば

ウィキペディアでは、
「金毘羅権現は、香川県琴平町の象頭山に天竺から飛翔し鎮座した山岳信仰と修験道が融合した神仏習合の神であり、本地仏は不動明王、千手観音、十一面観音など諸説ある。
明治初年の神仏分離・廃仏毀釈が行われた以降は、大物主とされた」とありました。

ホームページを見ても、実にややこしいご由緒のようで、
「明治元年(1868)、神仏混淆が廃止され、金毘羅大権現は元の琴平神社に復り、同年7月に宮号を仰せられて「金刀比羅宮」と改称し、現在に至っています」と書かれています。
これは、農園主さんがお書きになった、権現信仰の排斥ということなのですね。

東京に分社が一社あり、東京ドームのそばなのですが、行ったような行かないような・・・。
香川県の金比羅さまも高校の修学旅行で行ったのに、これも断片的にしか思い出せません。

「次郎長遊侠伝秋葉の火祭り」、ずいぶんと渋そうなものをご覧になったんですね(笑)
山伏は、権現信仰とも結びついていたのですか。
真言宗などで、火渡り神事(神事なんですね)があり、「柴灯護摩」と呼ぶところもありますが、これは山伏が火の燃えているところを踏んで渡ったり、お鍋の熱湯を、何かの葉のついた枝に受けてから身体にかけたりします。
場所によっては、見るだけでなく、火の殆ど消えた地面を渡らせてくれるところもあります。

この映画、ちょっと見てみたいですね。
そう言えば、今年の初夢は、山の中腹みたいなところに、大勢の山伏が立っている夢でした。
別に法螺貝を吹いているわけでも、修行をしていたわけでもないのですが、いったい何だったんでしょう(笑)

農園主さんの記事から、いつもつまらないことを思いついてしまい、ダラダラと申し訳ありません。

(追記)秋葉の火祭りの写真を見てみましたが、私が見たり体験したのは、あんな感じでした。確か成田山新勝寺でもやっていたように思います。    
Icon of nouennushi
1067
うちのあたりは徹底した神仏習合の地域のようで、八坂神社の中に秋葉神社もあります。

これは両方とも元は神仏習合でした。

秋葉さんはもともと秋葉三尺坊という、火伏の術を持つ権現(人間が神格化したもの)が祭神でしたが、神仏分離のときに権現信仰が排斥されました。

それによって明治以降はカグツチという火の神様(イザナミの子)が祭神になります。

明治時代の神仏分離では、牛頭天王と権現が狙い撃ちで排斥されているので、その両方をまつっている神社という点で、うちのあたりの神仏習合ぶりがおわかりになるとおもいます。

先日Amazonプライムビデオで、「次郎長遊侠伝 秋葉の火祭り」という映画をみたのですが、この映画の秋葉のお祭りのシーンでは山伏(山伏は権現信仰・山岳信仰と結びついています)が出てきていました。

次郎長は静岡ですが、秋葉さんも総本山が静岡らしいです。



伊根の舟屋は、家がそのまま出航場所になっているめずらしいところで、あのあたり一帯が、文化的な景観を保つために努力しているようです。

すぐ近くに浦島太郎発祥の地といわれる浦嶋神社(宇良神社)もあります。

いつか観光されるときは、軽トラックしかありませんが、ぼくも遊びにいきます(笑)



スサノオは祭神としてはやはり荒ぶる神で、氏子からすれば先祖代々その土地を守りたいという人々の気持ち(強い神様を求める気持ち)があるわけですから、強力な願いのチカラがあるという意味では間違いないことでしょう。
Icon of gizumo
農園主さんのご考察は、いつも、なるほどね~とうなづいてしまうもので、また例えが絶妙ですよね。
例えを使った説明というのは、読み手に取って理解しやすさが増すものなので、あったほうがわかりやすいのですが、農園主さんが例えとして挙げるものは、
いつも他と一線を画していて、絶妙としか言えません。

忌野清志郎と泉谷しげるのお話もそうですね。
「現実をじぶんにとってより生きやすいカタチに変えようとする心の作用」、「科学的事実は関係がなくなってしまう」、
この考え方は、とてもよくわかります。
唯識論のように、自分が見えるもの、考えたもの、つまり自分の心が作り出すものが世界のすべてだ、ということにつながるように思いました。
頭で死を理解してもそこで終わらせない、そこに泉谷しげるの大きな愛のようなものを感じます。

秋葉神社、火除けの神様なんですね。
だから台所の冷蔵庫に貼ったのかなと思いました。
都内にもありますがお参りしたことはなく、仙台に行った時にも通っただけです。

船宿と舟屋の違いがわからなかったので、調べました。
写真も見ましたが、こういうものがあるのも知りませんでした。
もし行くことがあれば、お仕事のじゃまにならない農閑期ですね(笑)

そのアニメ、有名ですが見ていません。
「シラケつつノリ、ノリつつシラケる」、覚えています(*^^*)
昨日、お札のことを伺ったので、改めて八坂神社のHPをざっと見ましたが、八坂神社では素戔嗚尊を牛頭天王と同一として、薬師如来を本地仏としているんですね。
牛頭天王は、お書きになっているように礼儀をもって一生懸命祈ると、疫病除け以外に、たいがいの願いは聞き届けてくれる、らしいです。
となると、スサノウを祭神としている神社は強力なのではないのかと思うのですが、そのあたりも気の持ちようということになりますね。
Icon of nouennushi
『涼宮ハルヒの憂鬱』というアニメをみました。

みておもったのは、涼宮ハルヒは地荒神みたいな存在だなと。



涼宮ハルヒは高校一年生。

カワリモノの女の子ですが、じつはじぶんが自覚しないまま、おもいどおりに世界を変えてしまえる能力をもっています。

彼女はそう望めば世界を滅ぼすこともできてしまうため、仲間たち(も、なんらかの能力を持っている)は、彼女が能力を発現しないように守っており、彼女の無茶な要求にもできるだけ応えてやり過ごしている、という物語です。

主人公は同級生の男子で、かれだけが能力を持たないふつうの高校生です。

涼宮ハルヒの突拍子もない言動に呆れながらも、はねつけるようなことはせずに付き合っています。



日本には地荒神信仰があります。

かまどの神様として家を守ってくれる三宝荒神は有名ですが、地荒神は土地、つまり外を守ってくれる神様です。

土地を守ってくれるんだけど、突然祟りを起こしたりする荒ぶる神、と信じられています。

この荒ぶる神の代表格は、祇園社(いまの八坂神社)における牛頭天王です。

牛頭天王は疫病をまきちらす神で、現代の感覚でいえばあまり歓迎すべき存在ではないようにもおもえるんですが、礼儀をもってあたれば疫病のたたりがない……つまり、疫病除けの神になるという解釈になるんですね。

京都でおこなわれる祇園祭は、牛頭天王を鎮めて、疫病蔓延の防止を祈念するお祭りということになります。



涼宮ハルヒはさながら荒ぶる神のようなんですが、主人公の男子高校生は彼女の言動に半ば呆れつつも、きちんと付き合っています。

いわば、「シラケつつノリ、ノリつつシラケる」ということをやっているわけで、宗教のお祭り(ハルヒを鎮めるための付き合い)に対する、人間側の適切な態度ともおもえます。

#与太話
Icon of nouennushi
1063
われわれは、なにかを信じるというときには、その背景にじぶんにとってしんどい現実があるんですよね。

たとえば、忌野清志郎が亡くなったときに、友人であった泉谷しげるは、かれの死を信じないと言いました。

つまり「忌野清志郎は死んでいないと信じる」というわけです。

もうすでに死んでいる現実を、死んでいないと信じる。

宗教の信仰はもちろん、占いにせよなんにせよ、なにかを信じるというのは、現実をじぶんにとってより生きやすいカタチに変えようとする心の作用ではないかとおもいます。

なので、なにかを信じるときには、科学的事実は関係がなくなってしまうんですね。

ぼくも特定の宗教を信じることはなくても、いろんな形でこの現実を受け流すために信じているものはあります。



自治会からいただいたお札ですが、天照大神のお札はありませんでした。

それぞれ氏神さんである、天満宮と八坂神社と秋葉神社のお札です。

天満宮と八坂神社のお札は北側に貼って、秋葉神社のお札は台所の冷蔵庫にマグネットで貼ってます。



元伊勢さんの近くには天橋立や伊根の船宿(舟屋の間違いでした)もありますから、観光とセットでお楽しみいただけるとおもいます。

そのときに都合があえば、お会いできるといいですね。



今回のAmazonのセールは、いろいろと安くて見ていて飽きないですね。

ぜひショッピングをお楽しみください。
ぼくもまだもうすこし買うつもりでいます。

2023年10月 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する

Icon of nouennushi
202310231212512-nouennushi.jpg

ズッキーニにバッタがのっかってました。朝の寒い時間で、動くのがおっくうだったのか、じっと撮影に応じてくれました。

 202310231212511-nouennushi.jpg

そんなズッキーニですが、秋に育てたぶんの多くが強風で折れてしまい、これからどうなるんだろうと観察していたところ、根元のあたりから脇芽を伸ばしているようです。

時期的に花がつくまで育つかどうかはわかりませんが、ちゃんと生きようと頑張ってるんだな、と。

20231023121251-nouennushi.jpg

こちらはカブ。収穫まではまだしばらくかかりそうですが、生育は順調です。

202310231212513-nouennushi.jpg

こちらはチンゲンサイ。もう収穫を開始しています。
よいカタチに育ってくれて、助かってます。

#野菜

2023年8月 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する

Icon of nouennushi
ここ最近、とうとうFF13シリーズに見切りをつけて、二ノ国を遊ぶことにしました。

これが、おもしろい。
好みのゲームです。

STEAMのゲームなんですが、リマスターとのことであまりにも画質が良いため、パソコンとテレビをHDMIケーブルでつないで、テレビで遊んでいます。

5時間ほど遊んで、ようやく2つ目の街に行ったんですが、この調子で遊んでたらまた100時間くらいかかりそうな気がします。

FF13は、またこのゲームが終わってから、冬の農閑期にじっくり取り組むことにしましょう。

#ゲーム
Icon of nouennushi
愛媛県ではこのお菓子を、タルトとよぶのだそうな。
味は和風のあんロールケーキです。
スポンジもあんもきめが細かくどっしりしており、お茶請けとしてたいへんおいしいのですが、タルトという言葉に戸惑う人は多かろうとおもいました。

20230823070218-nouennushi.jpg

2023年7月 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する

NO IMAGE
ふと。

Twitterからこちらの王国へのリンク、削除したのですね。
インターネットという大海原に公開されていながらも非常にクローズドな空間で、不思議な感じですw

しかしTwitterへの不満もわかります。
先日のAPIの事件もここ数日の不具合も、狙いと意図がわからず居心地が悪いです。
Icon of nouennushi
乾燥させたドクダミをお茶にしているのだけど、これがなかなかのクセで困っていました。
市販のドクダミ茶はよほどうまく乾燥させて、匂いの元である成分を揮発させているのだとおもいますが、シロウトではなかなかうまくいきません。

が、ドクダミ茶はブレンドの配合の問題である、と気づいてから、ごく少量を煎じて麦茶に混ぜるようにすると、かなり嫌味が抑えられるようになりました。

夏の麦茶は常飲するものなので、ほんの少量を積み立てていくようなイメージで飲むのがよいのだろうな、とおもった次第。

おなじ要領で、シラカシの葉もブレンドして、カラダの石対策をしています。

きょうあたり桑の葉も乾燥させてお茶にしようと画策しているのですが、どうにもダラダラしちゃってます。
#野菜
Icon of nouennushi
このホームページの投稿欄なんですが、パソコン(Windows)からだと「CTRL + ↓」で領域を広げることができます。
「CTRL + ↑」で、狭めることもできます。
NO IMAGE
えだまめの翡翠をめでつ味わいつ


かわいい。
私はネット上での言葉遊びが好きです。
この俳句がかわいいと感じたポイントですが、「めでつ味わいつ」の「つ」です。
顔文字だと「つ」はしばしば手の表現として使われますが、「めでつ味わいつ」で「つ」が連続して使用されることから、枝豆が美味しくて手が止まらない様を想像しました。
スレ主はきっと意図していないでしょうから曲解と言われても仕方ありませんがw

編集

■全文検索:

複合検索窓に切り替える

■複合検索:

  • 投稿者名:
  • 投稿年月:
  • #タグ:
  • カテゴリ:
  • 出力順序:

■新着画像リスト:

新着画像リストは出力しない設定になっています。

全230個 (総容量 183.18MB)

■日付検索:

■カレンダー:

2026年2月
1234567
891011121314
15161718192021
22232425262728

■カテゴリ:

■最近の投稿:

最終更新日時:
2026年3月28日(土) 10時30分40秒〔7日前〕