山麓王国

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こんにちは。
前回、助詞の脱字が2ヶ所ありましたが、訂正できなかったのでごめんなさい。

この夏あたりから、とにかく野菜が高すぎです。
ブロッコリーは300円、トマトは小さくても1個200円以上。
このところいくらか下がってきたようですが、まだまだ高いです。

最近の冷凍野菜はなかなか優秀ですが、国産を選ぶとそれなりに高いですね。
以前、豚汁用の野菜の水煮を買ったことがあるのですが、サトイモなどのお芋類は、柔らかすぎておいしくありませんでした。
スーパーの西友に豚汁用の冷凍があって、豚肉と野菜数種が入っています。
このサトイモはサトイモらしくて、冷凍にしてはかなりよいものでした。
小松菜などの緑の野菜を足すと、手間いらずの立派な?豚汁の出来上がりです。
他はともかく、サトイモの下拵えは手間と時間がかかるので、おいしい冷凍品は本当に助かります。
煮物を作る時はちゃんと買いますが、急いで具だくさんのお味噌汁を作りたい時は便利です。

サトイモと言えば、先日デパ地下をうろうろしていたら、おもしろい人がいました。
50代くらいの女性なのですが、お惣菜やさんで、「サトイモだけ4つちょうだい」と注文していました。
サトイモ単品の煮物ではなく、野菜が数種類入ったものです。
グラムいくらという売り方なので、普通は、「○○グラムお願いします」という買い方かと思います。
売り場の人が、当たり前のように「はい、サトイモ4つですね~」と明るく応じていたのもびっくり。
こういう買い方があって、それはわがままとは違うんだ、ということに、新鮮な驚きを感じました。
あとでサトイモが足りなくなり、バランスの悪い煮物を買う人がでるんだろうな、と心配でしたが。
だいたい、18時過ぎたら安くなるので、強引に売ってしまうのかもしれませんが(笑)

サトイモから、つまらない話を失礼しました。

こちらは暖かすぎて、早めに出した暖房器具各種が、なかなか出番がこないのでため息をついていそうです。

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丁寧なお返事をいただき、本当にありがとうございます。

マウントを取られたなんて、まったく思っていません。
私の気性と言うか性格はたぶんご存じのはずだと思いますが、折れて謝ったのでもなければ、反発する材料もありませんでした。
とにかくずっと理由を伺いたかったし、知ったあとは謝りたいと心底思いました。
自分の記事を読み返し、なぜあんなうかつな投稿をしてしまったのか、自分でもあきれました。


いやなことを思い出させてしまい、申し訳ありませんでした。
いろいろ思うことはあるでしょうが、「いつでもお越しください」の温かいお言葉に、甘えようと思います。
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気持ちを汲んでいただいて、ありがとうございます。

理詰めにすると、謝るか、反発するか、どちらかしか選択肢がなくなってしまいます。
そのようなことを避けたかったのですが、結局、マウントをとるような形で謝らせてしまって、すみませんでした。

ぼくは今後も、ここでじぶんの好きなように、日常をつづっています。
いつでもお越しください。
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お返事をいただき、ありがとうございます。

私のメールではなく、投稿が原因だったのですね。
そこには全く思いがいきませんでした。
と言うのは、病院には近所に住んでいたから患者として行ったのであって、信者になるつもりもないし、そもそも統一教会を肯定する気持ちはありませんでした。
そのことは農園主さんがわかっている、という、私の勝手な思い込みがあったから、軽はずみな投稿をしてしまいました。
ご指摘をいただき、あの流れでの投稿は、農園主さんのお考えを否定し、意見の対立を示唆するものだと思われて当然と言うことがわかりました。
実際にそんな気持ちは微塵もなかったとは言え、あまりにも浅薄で愚かなことをしてしまいました。

形式的に謝っているのではありません。
そこに気づかなかった自分に、呆れています。
私がそこに気づかなかった、ということに、さらに返す言葉もなくなるだろうとは想像できます。
農園主さんのお心を煩わしてしまったということに、心から申し訳なかったと思っています。

こちらに気づいたの、開設してから少したった頃でした。
旧・山麓王国では、農園主さんの多岐にわたった記事に、感化され、様々なもの得ることができました。
また、読ませていただけたら、という気持ちでした。
読んでいますとは書きにくいので、そうは書けませんでした。

人間関係を断絶する理由、それは人それぞれですし、この件は充分に理解できます。
そこまで思わせてしまい、本当に申し訳ありませんでした。

農園主さんの記事やメールには、常に新鮮な刺激を与えられ、教えられ、いろいろなことを学ばせていただきました。
その間、農園主さんを否定・対立する考えを持ったことは、一度もありませんでした。
もしあれば、きちんと私も意見を述べていく姿勢でおりました。

返事はいらないとのことですが、誤解を解こうという気持ちからではなく、心からのお詫びをお伝えしたいのと、
それにはある程度の経緯が必要なので、書かせていただきました。

この場で当時のお気持ちをお聞かせいただいたことに、感謝いたします。
ありがとうございました。




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以前、ここで統一教会のことについて書きました。

あなたはほんとうは、ここを以前からご覧になっていたでしょう?

ぼくの記事を読んで、なぜ直接じぶんに言わずに、こんなところで書くのだろう、とおもいませんでしたか?

あれではまるで陰口をたたかれたみたいだし、そんなことをされたら、なにも言えなくなるではないか、と。

ぼくはあなたの心を読み取れるわけではないので、そうおもったかどうかはわかりません。
そうおもってほしい、というのでもありません。

ぼくはあのとき、そうおもった、という話です。



われわれがメールのやり取りをしているときに、統一教会の話になり、ぼくは情報を整理したうえで、この宗教団体はダメだと判断しました。

その返信を送ったあと、あなたはメールではなく、多くの読者がいるブログで統一教会系の〇〇病院はよかった、という記事を書かれた。

それで、ぼくは返す言葉がなくなりました。

あのとき、返信の内容を考えたのですが、言葉にすることができませんでした。

反対意見があることはかまわないし、それを直接ぶつけたらケンカになるから避けたかった、ということかもしれません。

もしあなたが、直接メールで、

「この件は以前も言いましたが、よい医療を受けることができたというべつの考えがあるので、いったんお互いに考えを保留しておきませんか」

と投げかけていれば、話はちがったとおもいます。

けれどあなたはべつの媒体でじぶんの考えを述べて、しかもぼくが読めるようになっていた。

それは、悪意のあるなしは別にして、陰口をネット上に公開しているようなものですし、考えの対立をよそで表明したようなものです。

ぼくはメールでなにを返信できたでしょうか。



先日いただいたメールに返信しなかったのは、ほんとうはここをお読みになっているのに、そんなことはない、という前提でお話されていることに、ぼくが付き合う気になれなかったからです。

それに、以前言葉にできなかったモヤモヤを説明できるとはおもえなかったからです。

それで、ここをお読みになっていることを知っていたから、あえて先日の統一教会の記事を書きました。

あの記事を、じぶんとは関係のないところで書かれて、あなたにもしモヤモヤがあったとすれば、それはぼくが去年感じたモヤモヤです。



これが、ぼくが返信をあきらめた理由です。

いま、なんとか言葉にできましたが、当時はこの理由を言葉にすることもできなかったのです。

ぼくはもうお互いのやりとりは望んでいませんので、返信はけっこうです。

こんなことが、人間関係を断絶するほどの理由になるのだろうか、とおもうかもしれませんが、すくなくともぼくが言葉を失う理由ではありました。
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こんばんは。
「山麓王国」を検索したら、こちらが見つかりました。
大阪のことが書いてあったので、そうかな、と。
人違いでしたら申し訳ございません。

何回かメールを差し上げたのですが、まったくお返事がないのでずっと心配しておりました。
もし、何らかの理由があるのでしたら、遠慮なくお教えいただければ幸いです。
差支えがありましたら、このコメントは削除なさってくださいね。



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じゃりン子チエのアニメをダラダラみてます。

まあ、おもしろい。小学生のころからなんべん見たかわかりませんが、まだおもしろい。

西成の、1960~70年代に生業としてやっていたホルモン屋というのが、なんとなくわかるんですよ。



というのも、ぼくの祖父母の家は生野区にあって、あのあたりでもチエちゃんの家のように木造のガラス戸で、うちの祖父は板金屋をしていました。

となりの家は、なんの仕事をしていたかわかりませんが、入ったところに冷凍庫があって、綿菓子をつくる機械もあった。

チューペットが30円で、綿菓子が10円。子供相手にひどく細々した生業をしていました。

大阪の生野区でも、1980年代あたりはまだどこも家に鍵をかけていないので、身内がジャンジャン出入りして、それが逆に用心になっていたようです。



あと、大阪のあのへんの生業をしてる家って、だいたいおんなじような間取りです。

チエちゃんの家は極めつけで、店のほうが広くて、奥に4畳半ほどの生活スペースがあるだけ。

便所はどこやろか、とおもうんですが、もしかしたら店のどこかにトイレがあって、それが家庭用でもあるのかもしれません。

店の奥の引き戸をあけると、右手に「水屋」がある。

水屋というのは食器棚のこと。

たぶんチエちゃんの家は、家の台所と店の調理場が兼用になっているんですよ。

だいたいむかしの、家庭内工業的な間取りは、生活と商売のスペースがごっちゃになっていたものです。



そういうスペースになっているのを、ぼくは介護の研修をしているときに、実習でみています。

生野区の舎利寺の、もともとは喫茶店だったところで、ヘルパーさんはカウンターの中で食事をつくって、カウンターにある冷蔵庫で作り置きをするんですね。

喫茶店の奥に居間があって、そこで老婦が生活をしている。

大阪の都市部には、こういうライフスタイルの店がたくさんありました。

いまでもあるとおもいます。

#与太話
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一時的ではありますが、ゲストIDを「admin」、パスワードも「admin」で、コメントを開放しています。
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じぶんがさびしいとおもうとき、じぶんだけがさびしいのではないだろうともおもう。

ぼくが感じるさびしさは、あるときだれかと半分こにしたさびしさです。

このさびしさは、ねちゃねちゃとひっついて、どうしたって離れやしないのです。

ねちゃねちゃしたまま、すこし不便に暮らしていくほかありません。

あきらめて生活するうちに、ちょっとずつ粘度は落ちていくのかもしれませんが、元通りには戻らないでしょう。

うれしかったことや楽しかったことは、きちんとなにかに残しておかないと、さらさらと砂のようにこぼれていくのに、さびしさだけはねちゃねちゃとひっついてくるんですよね。

#与太話
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きょう収穫したカブ。

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きょう袋詰めした春菊。

#野菜
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岸田さんの支持率が下がってるの、どうしてマスコミは、インボイスの影響だと言わないんでしょうね。

インボイス増税自体は岸田さんの責任じゃないけど、庶民からすりゃ当てどころがないのは腹が立つので、とりあえず総理大臣に怒りをぶつけようとなる。

そのへん、庶民のアホさがあるとおもうけど、個人的には岸田さんはいちおうよくやってるとおもう。

いまはともかくサンドバッグ状態で、そこからなにか展望が見いだせるかどうか、というところでしょうか。
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スキムミルクと入力したら「隙無ミルク」と変換されてゲラゲラ笑ったので、きょうはもう完全勝利です。
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スーパーの野菜価格がきのうあたりから下がりだしたので、うちも野菜の価格をきょうからすこし下げようとおもいます。

チンゲンサイは200gで139円といいましたが、これを128円に下げます。

ベカナもおなじくらいにしようとおもっています。

カブの値段は当面180円のまま下げずにいようとおもっていますが、春菊はどうしようか、考え中。

とりあえず売れ残りが出るようになってから考えよう。

#野菜
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納豆一日に2パック。

ナットウキナーゼのサプリメントはどうも効いている気がしませんが、実物の納豆は食べてから3日で、胸の痛みが軽快しつつあります。

ねばねばさえなければ、習慣にしやすいんですけどね。


まだうずくときはありますが、痛みは遠ざかりました。

やっぱり血栓系の症状だったのだろうとおもいます。

かなり不穏な痛みでしたが、生き返りました。もう元気です。
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そういえば、1か月ほど前だったか、ご近所さんからポポーという果物をいただきました。

非常に不思議な果物で、大きさや形はアケビに似ています。

熟したものは手でカンタンに剥けました。

食感は熟柿で、桃のような繊維があります。味も柿にすこし似ていますが、パッションフルーツのような特徴的な味もあります。

ただ、いわゆる青味というのか、たぶんここが好き嫌いのわかれるところだろう、という風味もありました。
たとえると、アボカドのような感じ。

鳥害や獣害もほとんどないらしく、ずいぶん育てやすいそうですが、非常に足がはやく、熟して3日も経たない間に黒ずんで、ダメになってしまうといいます。

この果物をくださった方が言うには、家族総出で一生懸命食べてたんですが、一日に2個を毎日食べてるうちに、すっかりイヤになってしまったそうな。

ぼくは3ついただいたのですが、たしかに毎日たくさん食べてると、飽きそうな感じがあります。

でも食後のデザートに、半分ほどの剥き身がお皿にのって出てくる、というのであれば、喜んで食べられそうな気もしました。

日持ちしないのが難点のようですが、火を通してジャムやチャツネにしてしまうのがよいのかもしれません。

#野菜
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木村さんと、房之介さんの、「酒と泪と男と女」

近藤房之介さんは、日本のブルース界ですごい存在なんですが、一般的にはちびまる子ちゃんの主題歌のBBクイーンズ「おどるポンポコリン」の、インチキおじさんのほうで有名です(笑)

タッタタラリラ、の人ですね。

ブレイクダウンというバンドに参加していたことがあって、むかしは「東のブレイクダウン、西のウエストロード」というような、関東と関西でブルースバンドの競い合いのようなこともあったそうな。
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ぼくはまだ左胸が痛い。

と、そんなことより、BEGINがこの歌を歌うときの相性のよさ。

比嘉栄昇さんの歌声、好きやなあ。

ちなみにぼくは若いころ、ライブの休憩中にお酒を飲んでた木村さんと握手してもらって、さらに写真撮ってもらって、ちょっとだけ話したことがあります(笑)

#音楽
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NHKスペシャルの「"宗教2世"を生きる」をみました。

エホバや統一教会における教義を、ただ信者から生まれたというだけで押し付けられた2世の悩みや苦しみについて取り上げたものです。

この問題の本質は、宗教の教えが社会のありようと食い違っていて、教団側が教えにしたがうことを暗に求めていた場合、信者がどう行動すべきか、社会はどう働きかけるべきかということです。



たとえば、シビリアンコントロール(文民統制)という言葉があります。

文民とは、軍人以外の人間をさします。

つまり、軍人以外はみんな文民です。

で、この軍人を文民によって統制する、という制度がシビリアンコントロール。

これが守られないと、戦前の日本のように、軍人が文民よりも権力をもってのさばる社会になります。

暴力装置が市民を抑圧することになるわけですから、当然、そういう社会はろくなことがありません。



宗教の場合も、文民統制がおかしくなるようなことが、起こるわけです。

社会、コミュニティ、家庭よりも、宗教の教義のほうが重い、という逆転現象が起こってしまう。

そもそも、この社会でうまく生活していくために宗教があるのに、その宗教がじぶんの生活や社会より重い存在になってしまって、反社会であったり、家庭崩壊を招く。

信者がこの点を理解していないことも問題なんですが、社会や生活よりも教義のほうが大事なんだと教団側が仕向けているとすれば、それが最大の問題です。



日本社会は法治国家です。憲法、法律は、当然宗教の教義より重い。

それが日本国民にとっての「常識」です。

ところが特定の宗教の教義を、原理的に解釈すると、憲法や法律とかみ合わないことがある。

宗教の教義は、日本の憲法や法律が定められるより前から存在するものがたくさんありますから、そういうことも起こるでしょう。

けれど、やっぱりわれわれは教義と社会を天秤にかけたときには、社会を重んじなければならない。



宗教の教えが社会のありようにそぐわないとき、信者は迷わず社会のありように沿うべきです。

社会もそれを支持し、教団の問題を追及しなければなりません。

これまでの日本社会はこの点での追及が弱かった。

宗教はどのような教義であったとしても、その国の社会に従わねばならないという統制が、課題なのだろうとおもいます。

#時事
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ここ数日、左胸が痛みます。

ぼくは病気のデパートのような体をしていて、若いころ盲腸炎で手術した数年後に、腹膜炎を起こして大腸を1/3切り取りました。

盲腸炎をこじらせたのは高校生のころですが、そのとき入院していて、しばらく寝たきりになってました。

寝たきりになって数日後、足が痛いとおもったら、深部静脈血栓症になっていました。
左足の太い静脈が詰まってしまって、足が象のようにパンパンに腫れました。

この治療で血栓を溶かす薬を用いたんですが、この血栓は一度発症すると、血管の弁がダメになるらしくて、いまも慢性的に左足が腫れています。


どうもぼくは血が固まりやすい体質らしくて、10年ほど前には肺塞栓のような症状になりました。

静脈血栓が剥がれて血流に乗って肺に流れることで発症するようです。

あのときちょっと無理がたたって、また左足が強く腫れたんですよね。
その数日後に、胸が痛くなった。

徐々に肩が凝ったように腕にも痛みが広がって、咳が出るようになりました。

突然死を覚悟して、病院に行こうかとおもっていたときに、血栓を溶かすのに納豆がよいという情報を得ました。

べつに怪しい宣伝をするわけじゃないですよ。

ただ、半信半疑で納豆を食べた、というだけの話です。

ナットウキナーゼという酵素には、血液を固めるフィブリンというたんぱく質を溶かす作用があるとのこと。

できてしまった血栓まで溶かしてくれるというので、まあ病院に行く前に一度試してみようじゃないかと人体実験してみたら、その日のうちになんとなく症状が緩和されたような気がしました。

で、一週間ほどで症状が軽快。

ホンマかいな、とおもいましたが、どうやらナットウキナーゼの血栓を溶かす効果はホンマっぽいです。



それ以来、定期的に納豆は食べていたのですが、最近ちょっとご無沙汰で、そんな折にまた胸の痛み。

おそらく以前とおなじ箇所がまた詰まったんじゃないかとおもいます。
微妙に咳が出て、痰がからむのもそれっぽい。

以前よりは症状は軽いんですが、そういえば一週間ほど前までは、なんだか頭が痛かったんですよね(笑)

老眼鏡を変えてからどうも眼精疲労があったので、そのせいだとおもってたんですが、もしかしたらなにかあったのか、そのへんはよくわかりません。

とりあえず、また納豆で痛みがどうなるか人体実験。

ほっといたら死ぬ系の問題に慣れてしまうと、こういうふざけたことをするようになります。

まあ、ダメならダメで、しょうがない。



ぼくはたぶん、まともな医療がない時代だったら神様に愛されて、14歳くらいで盲腸炎から腹膜炎を起こしてあの世に行ってたとおもいます。

しかし、医療や情報の発達した時代に生まれたおかげでどうにかしぶとく生きてます。

夭折(早死に)する者は神様に愛されてる、といいますが、神様はぼくをなかなか連れて行ってくれません。

ぼくは信仰心が続かない、疑り深いタイプなので、そのへんがバレているのかもしれません(笑)

膵臓も弱いし、胆石もあるし、内臓系の疾患をたくさん抱えて、ことし45歳になりました。

相対的な年齢としてはまだ若いといわれるのかもしれませんが、ぼく自身の感覚としては、もうよく長生きしたとおもっています。



まあ、そんな面倒ごとの多い肉体ですから、じぶんの体調と相談しながらマイペースに働ける、ひとり親方の百姓は天職です。

#与太話
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ギタリストのリッチー・ブラックモアはハードロックのパイオニアですが、ほかの多くのハードロッカーと一線を画しているのは、クラシックの素養があったことです。

なので、単調になりがちなハードロックの音作りが、非常にメロディアスで特徴的なものになっていたというところで魅力で、特にヨーロッパでなじみやすかったんじゃないかとおもいます。

#音楽
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ゴダイゴって、突き抜けたセンスがあるんですが、実際は地に足がついてるんですよね。

生活の歌を歌う。

思想を情熱をもって歌う歌手はたくさんいますが、生活を情熱をもって歌える歌手は、ほんとうに少ないです。

その点でゴダイゴは稀有です。

この歌は、若者が自然と結びつく、いわば古式ゆかしい恋愛の、その幸福を祈る歌です。

ほかにも、名前の美しさを説いたり、信仰の歌を歌ったり、あと単なるリベラルなバンドではなくてメンバーに極端な保守がいたり、おもしろいです。

曲中の「in order to get happiness」が「祈り続けるハピネス」に聞こえるのは、ネットで調べても出てこないんですけど、意図したものじゃないのかなあ、と勝手におもっている次第。

#音楽
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要潤という名前のすさまじいエロさを理解していない人が多いのではないか。

要がジュンという、エロさを。

#狂気
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一瞬、スレッズにアカウントを持とうかとおもったんですが、やめました。

なんだかやっぱりSNSがいま向かっている方向性に、ぼくの居場所はないな、という気がしたからです。



https://forbesjapan.com/articles/detail/...

この記事は8月に書かれたもので、Xの代替として鳴り物入りであらわれたスレッズは、早くもオワコンである、というのです。

その理由は以下のとおり。

このアプリならではと思えるものが何もない。イノベーティブなものは、何であれ、新しくて便利でなければならないが、スレッズはそうではない。



うーん……。

おそらく短文系SNSを利用したい人の多くは、べつにイノベーティブなことは求めていなくて、そこが居場所になりうるかどうか、くらいしか考えていないとおもうんですよ。

だから、イーロンマスクのような守銭奴にツイッターが乗っ取られたということに関しても、ユーザーからすればそこで居場所が得られているのなら、べつにどうだっていいわけです。

イーロンマスクのやり方に不満をおぼえたユーザーも、じゃあスレッズにアカウントをもって、いくつかの発言をして、そこに居場所が得られなかったら、またXに戻るか、あらたなSNSを探して遊牧民のようにあちこちを転々とするのでしょう。



でも、そのように居場所を求めるユーザーと、SNSの運営側の意図はちがうわけです。

SNS運営者側は、ユーザーに居場所を与えるだけの慈善事業をする気は毛頭なくて、利益を追求するユーザーと手を組みたいとおもっています。

インフルエンサーを利用して広告収入でガンガンに回したい。

そしてインフルエンサーたちの「胴元」として手数料で稼ぎたい。

居場所がほしいだけのユーザーは、せめてインフルエンサーや運営側の広告のエサになってくれればいいのだけど、このユーザー層は広告も見ないし、インフルエンサーも避けるしで、ほとんどサービスのタダ乗り状態。

だからイーロンマスクは、せめて年100円くらいでも払え、といいだしたのでしょう。



言いたいことがうまくまとまりませんが、もうネットと資本主義は切っても切り離せない関係になっていて、ただ小さなコミュニティを形成するために発信者になる、というようなユーザーはどんどん居場所を失っていくのではないかという気がします。

#与太話
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岸田さんが増税メガネと言われてるという話題は知ってたけど、最近そこに尾ひれがついて「増税クソメガネ」と言われてるのには笑いました。

https://news.yahoo.co.jp/articles/d7df68...
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考え込んだあげく、サトイモを届け物に。

ぼくの思考パターンだと、それはそれ、これはこれ、で仕分けしているのだけど、ぼくの行動はおそらく一般常識とズレているだろうとおもっています。

だから、先方は戸惑うことでしょうし、不審にもおもわれることでしょう。

ただ、以前の約束事でもあったので、どうもこういうことを放っておくのは、気持ちがわるいんですよね。

ぼくの気持ちの収まりどころがわるい、という話なので、単なる自分勝手です。

で、単なる自分勝手なので、先方にはこれ以上気をつかわせたくない。

こういうじぶんの考え方のクセを、もうちょっとぼく自身が理解して、変えなければならないところがあるようにもおもえるんですが、たぶんもうこのクセは一生抜けないんじゃないかな、という気もします。



古典落語に『井戸の茶碗』という演目があります。



浪人の武士が、お人よしの屑屋を呼び止めて、小さな仏像をお金に換えてほしい、といいます。

正直者の屑屋は、じぶんは目利きができないから、こういうものは買えないと答えました。

しかしその正直なところがかえって気に入った浪人は、いくらでもいいから買ってもらいたいと持ち掛けます。

とうとう屑屋も折れて、200文で仏像を買い、もしそれ以上の値段で売れたら折半しようということになりました。


その後、屑屋が仏像をかごに入れて歩いていると、ある武士がそれをみて興味を持ち、事情を聞いたうえで、300文で買ってくれました。

屑屋は喜んで、50文ずつ浪人と折半したんですが、そこからおかしなことになります。


ある日、武士が仏像を手入れしていると、なんと仏像の中から50両もの大金が出てきたのです。

しかしこの武士が頑固者でした。

「わしが買ったのは仏像であって、50両ではない。この金は屑屋に返さねばならん」

そういって、屑屋を呼び出したのです。


ワケを聞いた屑屋は50両を浪人に渡しに行きました。

しかし今度は浪人が「たとえ仏像に50両が入っていたとしても、それに気づかなかったのはわしの不始末。わしはもう売ったのだ。受け取るわけにはいかない」といって、屑屋を困らせます。



……と、話はまだ二転三転するんですが、ぼくが言いたいのは、この落語の浪人も武士も、ヘンに頑固なところがあって、その頑固さゆえに人を巻き込んで困らせるという点です。

ぼくもそういうところがあって、関西弁でいえば「そんなんもうよろしがな」ということをわざわざやって、相手を困らせてしまう。

わかってるなら、どこかで妥協してしまえばいいのだけど、そうすると座りがわるい、という点は、この落語の登場人物も似てるような気がするな、と。
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いただきものの梅酒を飲みました。

梅酒が甘めに仕立てられていたのは、とてもよかったです。

おもいでも甘めに甘酸っぱいほうがいい。

おいしかったです。いただいたお酒も、これでおしまい。

ありがとう。
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茶色いカメムシがぶんぶん飛び回ってる。

ことし大発生してるのは緑色のカメムシだとおもってたけど、これは茶色いカメムシもたくさん家に潜り込んできそうです。
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統一教会を信仰している、統一教会が好き、というのは、憲法で定める信仰の自由ですから、かまわないんです。

かまわないけど、ぼく個人としては、ダメなんです。

あの宗教が根源的なところで持っていた、わが国に対する反社会意識。

保守であり、反共であれば、一定の反社会が許されるという、愛国無罪的な卑怯さ。

統一教会に限らず、こういう卑怯な保守は一定数存在しますが、ぼくはああいう保守層を、許すことができない。

でも、統一教会は悪くないとおもっている人そのものを、ぼくは否定できません。

ぼくは、そういう場合、距離を置くほかないんです。

その人の信仰の自由の権利も守り、ぼく自身の考えも守るためには、もう黙って距離を置くほかない。

でなければ、対立するしかないのだから。

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