全年1月15日の投稿[4件]
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書こうとおもって忘れてました。
去年末、タモリが徹子の部屋に出演していて、これはまあ毎年年末には出演なさってるんですが、そこでタモリが、最近の若い子が「ヨーデル話法」になってるというんです。
営業がうちにくるとき、盛り上げたい話になると声が裏返るというんですが、番組をみているときは、あんまり実感がありませんでした。
ところがその後レコード大賞や紅白歌合戦をみていると、若いミュージシャンがみんな裏声を取り混ぜたヨーデルのような歌い方をしてるんですよ。
紅白のトリの福山雅治までヨーデルみたいな歌い方をしているので、さすがに親は「これはむかしの曲やろ」といって、ぼくが調べたら2023年の曲。
親も唖然としていました。
これは、タモリの慧眼なのかなんなのか、世の中がヨーデルになってるじゃないかと、不思議な気分になったものです。
ぼくがみたのはミュージシャンだけでしたが、世の中が裏声ブームになってるなんて。
おそらくうちのような田舎にはやってこようはずもない流行でしょうが、都市部ではそんな変化があるのかもなあ、と他人事のようにおもっている間に、もう小正月です。
#与太話
去年末、タモリが徹子の部屋に出演していて、これはまあ毎年年末には出演なさってるんですが、そこでタモリが、最近の若い子が「ヨーデル話法」になってるというんです。
営業がうちにくるとき、盛り上げたい話になると声が裏返るというんですが、番組をみているときは、あんまり実感がありませんでした。
ところがその後レコード大賞や紅白歌合戦をみていると、若いミュージシャンがみんな裏声を取り混ぜたヨーデルのような歌い方をしてるんですよ。
紅白のトリの福山雅治までヨーデルみたいな歌い方をしているので、さすがに親は「これはむかしの曲やろ」といって、ぼくが調べたら2023年の曲。
親も唖然としていました。
これは、タモリの慧眼なのかなんなのか、世の中がヨーデルになってるじゃないかと、不思議な気分になったものです。
ぼくがみたのはミュージシャンだけでしたが、世の中が裏声ブームになってるなんて。
おそらくうちのような田舎にはやってこようはずもない流行でしょうが、都市部ではそんな変化があるのかもなあ、と他人事のようにおもっている間に、もう小正月です。
#与太話
遠藤周作『深い河』を聞く。
最後まで聞いて、なんだこの終わり方は、と戸惑いました。
あ、小説を読んでいない場合はここまでにしてください(笑)
ここからはネタバレを含む解説になります。
この小説、主人公たちが最終的にどうじぶんの心に決着をつけたか、というカタルシスがなくて、美津子が大津の危篤を知らされるシーンでぶつりと完結してしまうのです。
これで終わり。
おい、大津はどうなって、美津子はどうなったんだ、と言いたくなります。
しかしこの小説、突然終わってしまう不思議な小説ですね、という感想ですむ話でないことはたしかです。
この中途半端なところで終わらねばならない理由がある。
そこを考えてみようとおもいます。
この小説がどういう物語かというアウトラインは読んでもらわねば仕方ないんですが、深い河というのは単にガンジス川という意味ではないでしょう。
ふたつの岸を隔てる大きな川、というニュアンスが含められているとおもいます。
ひとつには、もちろん生者の世界と死者の世界を隔てる深い河。
宗教と無宗教(無神論)を隔てる深い河。
そして多神教(汎神論)と一神論を隔てる深い河。
宗教と宗教や、おなじ宗教どうしや、宗教と政治が対立する深い河。
さらに日本でいえば、太平洋戦争を経た世代と、その後の資本主義社会を生きる世代の価値観、考え方のちがいを隔てる深い河。
こういった対立的な要素がそこかしこにちりばめられていて、読み手はややもするとこの対立構造にいらだつようになっています。
わざといらだつように、遠藤さんが誘導しているのでしょう。
しかしこの対立のいら立ちは、インディラ・ガンディー首相が暗殺されたことによるインド国民の暴動でピークを迎え、そこに巻き込まれる大津の自己犠牲によって雲散霧消してしまいます。
そして、どうなるのか、ということが、読み手に放り投げられました。
信仰をもたない無神論者の美津子は、汎神論者である大津を蹂躙し、信仰から引きずり下ろそうとします。
が、最終的には大津のたゆまぬ信仰心に打たれるようになっていきます。
そしてあの最後の唐突な、大津の危篤を知らされる場面。
どうしてあの終わり方なのか、ということを考えると、ぼくはこう考えます。
遠藤周作の最晩年に書かれたこの作品は、信仰を持つ人に向けて書いたのではなく、美津子のように信仰を持たないあたらしい世代に向けて書いたはずです。
もし日本がひとつの信仰を頑なに守るような国柄だったなら、この作品は生まれなかったか、まったくべつの問題提起になっていたことでしょう。
個人主義社会の中でだれもがじぶんのことしか考えないようになり、どこかで人間や社会を冷笑していて、資本主義というあたらしいムーブメントに首ったけになっている、そんなわれわれの世代は、物質社会の恩恵をろくに受けず(受けられず)、それでも信仰に生きる大津の、無私で普遍的な自己犠牲をどうとらえるか。
しかしそこに遠藤さんがヒントを与えないものだから、読み手は戸惑うんですよね。
美津子が大津の危篤に際して、どう行動したかということも、描かなかった。
そこを描いてしまうと、作品が野暮ったく、説教臭いものになってしまう、ということをわかっていて、筆をおいたのでしょう。
ぼくなどは、美津子は大津に帰依するほかないとおもいます。
どう考えたって、大津(あるいは大津の死)にひざまずき、生涯をかけて大津という人間に向き合う以外に道はありません。
けれどぼくがもっと若い時期であれば、大津の自己犠牲は尊いけれど、べつに美津子が生き方を変える必要はないし、大津が犠牲を払ったのだから信仰を持てというストーリーだと、押しつけがましくてイヤだな、とおもっていたはずです。
たぶん遠藤さんはそのへんを見抜いていて、いろんな層の読者に時限爆弾をしかけるように、結末を描かなかった。
この結末の続きをどう考えるかは、おそらく世代間でかなりちがう、ということなんだとおもいます。
畳む
最後まで聞いて、なんだこの終わり方は、と戸惑いました。
あ、小説を読んでいない場合はここまでにしてください(笑)
ここからはネタバレを含む解説になります。
この小説、主人公たちが最終的にどうじぶんの心に決着をつけたか、というカタルシスがなくて、美津子が大津の危篤を知らされるシーンでぶつりと完結してしまうのです。
「あなたの友人ですか、怪我をした日本人は……」
と彼は唾をのみこんで言った。
「危篤だそうです。一時間ほど前から状態が急変しました」
これで終わり。
おい、大津はどうなって、美津子はどうなったんだ、と言いたくなります。
しかしこの小説、突然終わってしまう不思議な小説ですね、という感想ですむ話でないことはたしかです。
この中途半端なところで終わらねばならない理由がある。
そこを考えてみようとおもいます。
この小説がどういう物語かというアウトラインは読んでもらわねば仕方ないんですが、深い河というのは単にガンジス川という意味ではないでしょう。
ふたつの岸を隔てる大きな川、というニュアンスが含められているとおもいます。
ひとつには、もちろん生者の世界と死者の世界を隔てる深い河。
宗教と無宗教(無神論)を隔てる深い河。
そして多神教(汎神論)と一神論を隔てる深い河。
宗教と宗教や、おなじ宗教どうしや、宗教と政治が対立する深い河。
さらに日本でいえば、太平洋戦争を経た世代と、その後の資本主義社会を生きる世代の価値観、考え方のちがいを隔てる深い河。
こういった対立的な要素がそこかしこにちりばめられていて、読み手はややもするとこの対立構造にいらだつようになっています。
わざといらだつように、遠藤さんが誘導しているのでしょう。
しかしこの対立のいら立ちは、インディラ・ガンディー首相が暗殺されたことによるインド国民の暴動でピークを迎え、そこに巻き込まれる大津の自己犠牲によって雲散霧消してしまいます。
そして、どうなるのか、ということが、読み手に放り投げられました。
信仰をもたない無神論者の美津子は、汎神論者である大津を蹂躙し、信仰から引きずり下ろそうとします。
が、最終的には大津のたゆまぬ信仰心に打たれるようになっていきます。
そしてあの最後の唐突な、大津の危篤を知らされる場面。
どうしてあの終わり方なのか、ということを考えると、ぼくはこう考えます。
遠藤周作の最晩年に書かれたこの作品は、信仰を持つ人に向けて書いたのではなく、美津子のように信仰を持たないあたらしい世代に向けて書いたはずです。
もし日本がひとつの信仰を頑なに守るような国柄だったなら、この作品は生まれなかったか、まったくべつの問題提起になっていたことでしょう。
個人主義社会の中でだれもがじぶんのことしか考えないようになり、どこかで人間や社会を冷笑していて、資本主義というあたらしいムーブメントに首ったけになっている、そんなわれわれの世代は、物質社会の恩恵をろくに受けず(受けられず)、それでも信仰に生きる大津の、無私で普遍的な自己犠牲をどうとらえるか。
しかしそこに遠藤さんがヒントを与えないものだから、読み手は戸惑うんですよね。
美津子が大津の危篤に際して、どう行動したかということも、描かなかった。
そこを描いてしまうと、作品が野暮ったく、説教臭いものになってしまう、ということをわかっていて、筆をおいたのでしょう。
ぼくなどは、美津子は大津に帰依するほかないとおもいます。
どう考えたって、大津(あるいは大津の死)にひざまずき、生涯をかけて大津という人間に向き合う以外に道はありません。
けれどぼくがもっと若い時期であれば、大津の自己犠牲は尊いけれど、べつに美津子が生き方を変える必要はないし、大津が犠牲を払ったのだから信仰を持てというストーリーだと、押しつけがましくてイヤだな、とおもっていたはずです。
たぶん遠藤さんはそのへんを見抜いていて、いろんな層の読者に時限爆弾をしかけるように、結末を描かなかった。
この結末の続きをどう考えるかは、おそらく世代間でかなりちがう、ということなんだとおもいます。
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TVerのご紹介ありがとうございました。
妙義大権現について調べていると、ここの権現信仰は不思議で……たとえば秋葉権現は秋葉三尺坊という人間離れした修験者の伝説から由来しているわけですが、妙義権現の伝説は以下のようなものです。
法性坊尊意僧正という比叡山の13代目天台座主がいました。(比叡山の〇〇坊、というのがいかにも天狗っぽいですね)
知徳にすぐれその名は広く知れ渡り、特異な力を持つ修験者であり、菅原道真の師でもありました。
天慶3年(940年)2月23日、沐浴ののち無病にて逝去します。75歳。(84歳とも)
それから67年後の寛弘3年(1006年)2月24日、妙義山で三歳の児童が神憑りになり、こんな神託を述べました。
「わたしは比叡山の座主、尊意である。前世からの因縁があり、悪魔を法力によって鎮め、仏法を守護するためこの山に住む。妙義権現というべし。」
この妙義権現は、3歳児のことをいうのではなく、妙義山に住み着いた尊意僧正の霊気のことをいうのでしょう。
ところで、妙義山に掲げられている「大」は、妙義大権現の大であり、一説には大日如来の大ともいわれるそうです。
権現は天狗信仰であり山岳信仰です。
大日如来は密教・真言宗の本尊、つまり空海による高野山、高野聖をイメージするとわかりやすいんですが、これも山岳仏教です。
しかしよく考えると、妙義権現は天台宗の13代目の座主です。
天台宗なんです。
大日如来はというと真言宗です。
空海の真言宗と、最澄の天台宗がごちゃごちゃになってるんですよね。
そして神道の側面ではヤマトタケルが祭神になりました。
そのヤマトタケルも権現とむすびついて、武尊大権現となる。
全体的にご神体に対する観念がゆるいというか、節操がないようにもおもえます(笑)
そのゆるさの原因を考えると、妙義山はもともと、仏教色の強い権現信仰の修験道、霊山だったのでしょう。
はっきりしたご神体よりも、山体そのもののほうが重要だったんだとおもいます。
もともと妙義山という奇岩への信仰があって、そこに権現や大日如来というような概念が肉付けされていったと考えると、ヤマトタケルが武尊大権現になる理由もわかる気がします。
つまり妙義山の実質的な本尊は山体そのものなので、それが尊意僧正の伝説であったとしても、あるいは大日如来だったとしても、あるいはヤマトタケル権現だったとしても、そういった偶像の物語は、おまけみたいなものというわけです(笑)
大事なのは、崇敬すべき妙義山があることなのでしょう。
日本でもパクチーの需要が高まれば、品質も高まり、値段も安くなるはずですが、一時期パクチーブームのようなものがメディアによって取り立てられたものの、やはり食習慣に根付くところまではいかなかったようですね。
野菜の種では「コリアンダー」の名前で親しまれていますが、この葉野菜はそだてるのはカンタンです。
害虫も少なく、家庭菜園レベルなら無農薬で育てられる印象があります。
しかり営利で育てるのは、ほとんど売れない可能性があるので怖いですね(笑)
ネット上の付き合いに関しては、おもうところはあります。
ぼくは、ネット上の交友を離れてリアルの交友になることが、とても大事なことだと感じています。
そうならない間にだれかが亡くなるというのは、ギズモさんのおっしゃる「SNSでのおつきあいというのはそういうもの」という段階で終わってしまうことでしょう。
バーチャルな世界でだれかが亡くなるというのは、もちろんわれわれはそこにも人間の死を想像はするのですが、相手の人間そのものを知らない以上、結局はアバターの死、あるいはその方が残した情報の死なんですよね。
しかし、人の顔のみえない軽い付き合いのほうがラクでいい、というのがいまの社会のホンネのようにもおもえますし、その点では「ネットからリアルへ」を求めるぼくは、旧時代の人間なのかもしれません。
いまどき、オフ会という言葉も聞かなくなりましたしね(笑)
TVerのご紹介ありがとうございました。
妙義大権現について調べていると、ここの権現信仰は不思議で……たとえば秋葉権現は秋葉三尺坊という人間離れした修験者の伝説から由来しているわけですが、妙義権現の伝説は以下のようなものです。
法性坊尊意僧正という比叡山の13代目天台座主がいました。(比叡山の〇〇坊、というのがいかにも天狗っぽいですね)
知徳にすぐれその名は広く知れ渡り、特異な力を持つ修験者であり、菅原道真の師でもありました。
天慶3年(940年)2月23日、沐浴ののち無病にて逝去します。75歳。(84歳とも)
それから67年後の寛弘3年(1006年)2月24日、妙義山で三歳の児童が神憑りになり、こんな神託を述べました。
「わたしは比叡山の座主、尊意である。前世からの因縁があり、悪魔を法力によって鎮め、仏法を守護するためこの山に住む。妙義権現というべし。」
この妙義権現は、3歳児のことをいうのではなく、妙義山に住み着いた尊意僧正の霊気のことをいうのでしょう。
ところで、妙義山に掲げられている「大」は、妙義大権現の大であり、一説には大日如来の大ともいわれるそうです。
権現は天狗信仰であり山岳信仰です。
大日如来は密教・真言宗の本尊、つまり空海による高野山、高野聖をイメージするとわかりやすいんですが、これも山岳仏教です。
しかしよく考えると、妙義権現は天台宗の13代目の座主です。
天台宗なんです。
大日如来はというと真言宗です。
空海の真言宗と、最澄の天台宗がごちゃごちゃになってるんですよね。
そして神道の側面ではヤマトタケルが祭神になりました。
そのヤマトタケルも権現とむすびついて、武尊大権現となる。
全体的にご神体に対する観念がゆるいというか、節操がないようにもおもえます(笑)
そのゆるさの原因を考えると、妙義山はもともと、仏教色の強い権現信仰の修験道、霊山だったのでしょう。
はっきりしたご神体よりも、山体そのもののほうが重要だったんだとおもいます。
もともと妙義山という奇岩への信仰があって、そこに権現や大日如来というような概念が肉付けされていったと考えると、ヤマトタケルが武尊大権現になる理由もわかる気がします。
つまり妙義山の実質的な本尊は山体そのものなので、それが尊意僧正の伝説であったとしても、あるいは大日如来だったとしても、あるいはヤマトタケル権現だったとしても、そういった偶像の物語は、おまけみたいなものというわけです(笑)
大事なのは、崇敬すべき妙義山があることなのでしょう。
日本でもパクチーの需要が高まれば、品質も高まり、値段も安くなるはずですが、一時期パクチーブームのようなものがメディアによって取り立てられたものの、やはり食習慣に根付くところまではいかなかったようですね。
野菜の種では「コリアンダー」の名前で親しまれていますが、この葉野菜はそだてるのはカンタンです。
害虫も少なく、家庭菜園レベルなら無農薬で育てられる印象があります。
しかり営利で育てるのは、ほとんど売れない可能性があるので怖いですね(笑)
ネット上の付き合いに関しては、おもうところはあります。
ぼくは、ネット上の交友を離れてリアルの交友になることが、とても大事なことだと感じています。
そうならない間にだれかが亡くなるというのは、ギズモさんのおっしゃる「SNSでのおつきあいというのはそういうもの」という段階で終わってしまうことでしょう。
バーチャルな世界でだれかが亡くなるというのは、もちろんわれわれはそこにも人間の死を想像はするのですが、相手の人間そのものを知らない以上、結局はアバターの死、あるいはその方が残した情報の死なんですよね。
しかし、人の顔のみえない軽い付き合いのほうがラクでいい、というのがいまの社会のホンネのようにもおもえますし、その点では「ネットからリアルへ」を求めるぼくは、旧時代の人間なのかもしれません。
いまどき、オフ会という言葉も聞かなくなりましたしね(笑)
今度は私が言葉足らずだったと思うので補足です。
農園主さんとは、ネット、sns でのおつきあいとは違うと思っているので、1273で書いたことは、一般的なネットでの人付き合いの話です(*^^*)
農園主さんとは、ネット、sns でのおつきあいとは違うと思っているので、1273で書いたことは、一般的なネットでの人付き合いの話です(*^^*)