山麓王国

No.1276

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遠藤周作『深い河』を聞く。

最後まで聞いて、なんだこの終わり方は、と戸惑いました。



あ、小説を読んでいない場合はここまでにしてください(笑)

ここからはネタバレを含む解説になります。



この小説、主人公たちが最終的にどうじぶんの心に決着をつけたか、というカタルシスがなくて、美津子が大津の危篤を知らされるシーンでぶつりと完結してしまうのです。

「あなたの友人ですか、怪我をした日本人は……」
と彼は唾をのみこんで言った。
「危篤だそうです。一時間ほど前から状態が急変しました」


これで終わり。

おい、大津はどうなって、美津子はどうなったんだ、と言いたくなります。

しかしこの小説、突然終わってしまう不思議な小説ですね、という感想ですむ話でないことはたしかです。

この中途半端なところで終わらねばならない理由がある。

そこを考えてみようとおもいます。



この小説がどういう物語かというアウトラインは読んでもらわねば仕方ないんですが、深い河というのは単にガンジス川という意味ではないでしょう。

ふたつの岸を隔てる大きな川、というニュアンスが含められているとおもいます。

ひとつには、もちろん生者の世界と死者の世界を隔てる深い河。

宗教と無宗教(無神論)を隔てる深い河。

そして多神教(汎神論)と一神論を隔てる深い河。

宗教と宗教や、おなじ宗教どうしや、宗教と政治が対立する深い河。

さらに日本でいえば、太平洋戦争を経た世代と、その後の資本主義社会を生きる世代の価値観、考え方のちがいを隔てる深い河。

こういった対立的な要素がそこかしこにちりばめられていて、読み手はややもするとこの対立構造にいらだつようになっています。

わざといらだつように、遠藤さんが誘導しているのでしょう。

しかしこの対立のいら立ちは、インディラ・ガンディー首相が暗殺されたことによるインド国民の暴動でピークを迎え、そこに巻き込まれる大津の自己犠牲によって雲散霧消してしまいます。

そして、どうなるのか、ということが、読み手に放り投げられました。




信仰をもたない無神論者の美津子は、汎神論者である大津を蹂躙し、信仰から引きずり下ろそうとします。

が、最終的には大津のたゆまぬ信仰心に打たれるようになっていきます。

そしてあの最後の唐突な、大津の危篤を知らされる場面。

どうしてあの終わり方なのか、ということを考えると、ぼくはこう考えます。



遠藤周作の最晩年に書かれたこの作品は、信仰を持つ人に向けて書いたのではなく、美津子のように信仰を持たないあたらしい世代に向けて書いたはずです。

もし日本がひとつの信仰を頑なに守るような国柄だったなら、この作品は生まれなかったか、まったくべつの問題提起になっていたことでしょう。

個人主義社会の中でだれもがじぶんのことしか考えないようになり、どこかで人間や社会を冷笑していて、資本主義というあたらしいムーブメントに首ったけになっている、そんなわれわれの世代は、物質社会の恩恵をろくに受けず(受けられず)、それでも信仰に生きる大津の、無私で普遍的な自己犠牲をどうとらえるか。

しかしそこに遠藤さんがヒントを与えないものだから、読み手は戸惑うんですよね。

美津子が大津の危篤に際して、どう行動したかということも、描かなかった。

そこを描いてしまうと、作品が野暮ったく、説教臭いものになってしまう、ということをわかっていて、筆をおいたのでしょう。



ぼくなどは、美津子は大津に帰依するほかないとおもいます。

どう考えたって、大津(あるいは大津の死)にひざまずき、生涯をかけて大津という人間に向き合う以外に道はありません。

けれどぼくがもっと若い時期であれば、大津の自己犠牲は尊いけれど、べつに美津子が生き方を変える必要はないし、大津が犠牲を払ったのだから信仰を持てというストーリーだと、押しつけがましくてイヤだな、とおもっていたはずです。

たぶん遠藤さんはそのへんを見抜いていて、いろんな層の読者に時限爆弾をしかけるように、結末を描かなかった。

この結末の続きをどう考えるかは、おそらく世代間でかなりちがう、ということなんだとおもいます。

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