山麓王国

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すみません、最後に雑談を書き足しました。←さらに追加しました。


縄張りという言葉の語源は知っていましたが、神社の大岩や巨木のしめ縄も、「縄張り」の意味だったんですね。

ちょっと新鮮な驚きでした。

農園主さんのおっしゃるとおり、簡素なお社程度ならともかく、社殿を建てれば、維持費や経費はかかるし、お賽銭程度ではとてもやっていかれませんね。

最近は経営難の寺社が多く、クラウドファンディングで資金集めをするところもありますが、結局は地元の氏子さん、檀家さんだけでは無理な時代なのかもしれません。

映画やアニメなどとコラボしたり、聖地となっている寺社は、グッズを作ったり、限定御朱印を授与したりと大忙しで、神仏は二の次か?と言いたくなります(笑)

でも、これも維持のためには賢いやり方かもしれません。

商店や会社とは違うので、よけいに補助金などの制度の充実は必須ですね。



今回も、興味深いお話をわかりやすく書いてくださり、ありがとうございました。

推測や想像の域を出て、感嘆すべきアカデミックリサーチだと思います。【書き足し】今回に限らずいつもです。

建国記念の日を視野に入れてのことでなく、偶然だっただけに、神武天皇が伝えたかった真実、というものを感じてしまいました。

以下、農園主さんの記事に対する反論はまったくなく、思いついたことや、疑問とも言えない当たり前のことを書いているかもしれないので、ご容赦ください。

また、質問のような文があっても、読み流していただいてかまいません。

私の、知識に基づかない素人目線の疑問で、農園主さんが混乱するのは困ります(笑)



そもそも論になるかもしれませんが、神武天皇は実在したというのが大前提ですね。

そして、神武を初代として、「天皇」という役職・制度を設けた人物、または勢力があったわけですね。

もしくは神武自身の意志で動いた、ということもあるでしょうか。

本人がずいぶん張り切って、神武東遷やまつりごとを行ったのか。または周りに担がれただけの天皇なのか。

そのあたりもわからないところです。

また、最初から、天皇の子どもを代々天皇としていくことに決めていた、ということでしょうか。



少し話が突飛な方向に行きますが、神武天皇に子どもがいなかったとすると、実質的に皇室の先祖は誰になるのでしょう。

アマテラスを神とみなし、神武天皇は人とみなすと、人から始まるのが自然のように思うので、神武天皇以外の人間ということかと思います。

また、アヒラツヒメ(卑弥呼)とタタラヒメは、神武天皇との間に子が恵まれできなかったので、養子を迎えて血筋を繋いだということも有り得るように思いますが、もちろん根拠はないです。

そして、神武天皇が、【書き足し:実子ではないけれど】自分の子どもだと主張する証として、また、皇位を継承できない子どもも、いずれどこかの首長にする目的で「耳」という字を付けた・・・・ということはないですよね(笑)




カンヌナカワミミですが、越の国にいたんですね。

以前、出雲のヤマタノオロチの正体は、越の国(新潟県)からやってきた豪族などの集団だという話がありました。

綏靖天皇の諱に含まれる「渟名川」は、高志国・越国にあった地名だということですが、綏靖天皇(カンヌナカワミミ)が越の国のヌナカワ地方にいた首長で、後に出雲に行った、ということは、時系列に有り得ることなのかわかりませんが、なきにしもあらずかもしれません。

そしてヌナカワヒメですが、大国主との間にタケミナカタを産み、タケミナカタは国護りの戦争でタケミカヅチに敗れ、諏訪に封じられたんですね。

諏訪大社のご祭神は、主祭神2柱(タケミナカタと、タケミナカタの妻 八坂刀売命)と、その上位置に、父神として大国主があります。

下社配祀として、「八重事代主神」です。

タケミナカタは、本当は越の国まで逃げたかったのを、途中の諏訪で追いつかれ、思いがけず封じられてしまったようにも思います。

【書き足し】タケミカヅチに投げられて、諏訪に飛ばされた、というのが正しいのでしょうか?
 
だとすると、越の国に行きたかった説は成り立ちませんね。
 
逃げて諏訪で追い詰められた説もあるようですが、いくら何でも諏訪まで投げ飛ばされないような気もします(笑)



越の国・新潟で大国主が祀られている神社を調べてみたので、余談として読み流してください。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%96%90%...

武内宿禰の子孫の話も書かれていました。

大国主が主祭神で、事代主・タケミナカタは相殿神という位置づけの神社です。

社伝によれば大国主命が御子神である事代主命と建御名方命を従えて当地方へ神幸し、当地に滞在して住民に稲作の業を教える等の国土経営にあたった故事に因んで創祀されたと書かれています。


実際に越の国に行ったのかどうかはわかりませんが、農園主さんがお書きになっているように、高志国は出雲に味方して、国譲りの戦争に参加していたというように、出雲と高志国の関係性がわかるように思います。


書き足し:渟名川は糸魚川の姫川(支流のこと?)だったようですが、この神社は妙高市ですので、糸魚川市と、ほぼ隣り合わせの位置にあります。



大物主のお話を伺うと、かなりの策略家だったようですね。

崇神天皇の時代の再登場はおもしろいです。

そういえばいまさらですが、欠史八代の天皇の名前に「神」の字はないんですね。

初代の神武、次が10代の崇神天皇です。

これ一つとっても、なんとなく2~9代はあやしげです(笑)



事代主は、大国主を丁重に立てた上で、穏やかに引かせたように思えます。

ここでも、策略家の一面が見られますね。



何度も読んでいくうちに、↑のような、妄想とも疑問ともつかないものが次々出現しては消えていく事象に陥ってしまいました(笑)

自分でも訳がわからなくなり、まとまりのないお返事になってしまい、ごめんなさい。

私の不可解な返信で、農園主さんが混乱しないように、と思います。



ケッタイ、というのは大阪の方言みたいなものだとは知っていましたが、漢字で書ける言葉とは知りませんでした。

方言は文化だと思うので、主に漫才などから、大阪弁が自然に親しみやすい形で周知されているのは、とてもいいことだと思います。



出雲大社の神迎神事のお話、詳しいことをありがとうございます。

ずいぶんとおおがかりな神事が続けられていることは、ほんの数年前に知ったのですが、平安時代からの民間伝承だとは知りませんでした。

私の個人的な、考え、というよりイメージなのですが、天照大神は伊勢神宮に、大国主は出雲大社に、「祀られている」というより、幽閉されているような感じがします。

伊勢神宮と出雲大社は、神社の中でも特化した場所のせいかもしれません。

なので、神在月に全国から神様があつまると、大国主はことのほか、お喜びになるように思えます。

アマテラスは皇室にとっても重要なところなので、幽閉というより「そこから動かないでね」という意味合いのような気もしますが(笑)

來宮神社のことも、詳しいお話をありがとうございます。

ご神木として、樹齢2100年の大楠の大木があります。

30年ほど前は、普通に周りをまわって木に触れたのですが、いつの間にかインスタ映えする神社と化してしまい、触ることができなくなってしまいました。

最近は「映画 クスノキの番人(原作=東野圭吾)」とコラボしているようで、人の多さに辟易してしまいます。

やっぱり神社やお寺は、素朴で静かで、ゆっくりお参りできるところがいいですね。



今日は、2月23日で、富士山の日なんですね。知りませんでした。

22度くらいあったようで、桜も勘違いして咲きそうな日でしたが、このまま暖かくはならないでしょう。

気温差もあるので、気をつけてお過ごしください。



※追加の雑談(一部は以前書いたことがあるかもしれません)

埼玉県越谷市の久伊豆神社は、ご祭神が大国主です。

10年ほど前の引越しの時、私にとって暗剣殺?かなにかの大凶方位だったのですが、方位除け・八方除けに最も力があるということなので、こちらでご祈祷を受けました。

ご祈祷はいろいろな神社で受けたことはありますが、大国主が主祭神の神社としては、ここが初めてでした。

最初、若い神職さんが、脇で何か唱え始めました。

それが言葉になっているのかどうか忘れましたが、まるで低い音のサイレンのようにうなっているので、これには本当にびっくりしました。

それが終わると、正面にいる年配の神職さん(神主宮司かどうか不明)が、普通に祝詞を唱え始め、一般的なご祈祷になりました。

出雲大社の東京分祀でご祈祷を受けた時の記憶があいまいなのですが、やはり最初にうなっていたか、大国主を呼ぶ祝詞があったと思います。

ご祈祷は、まず、地の底?にいらっしゃる大国主を呼び起こすことから始まると、後から聞きました。

いちいち呼ばれる大国主も大変です(笑)

とても特殊なご祈祷だったので、大国主という神様の特別感がありました。


※2度目の追加

綏靖天皇の在位の日が、私の誕生日なんですが(笑)

欠史の時期で、いろいろあいまいな中で、在位の日が明確というのは、おもしろいですね。

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1347
時給で割ると不毛という点では、ぼくもそうです。

山間部の百姓仕事は、野菜をつくる以外のところでやることが多く、また経費もたくさんかかります。

この前確定申告をすませましたが、懐に入ったお金から経費と医療控除を引いて、時給を割り出す……というような計算はろくなことにならないのでやりません(笑)

けど、ぼくも野菜作りはじぶんなりに楽しんでやっているし、食べてもらう人に喜んでもらいたくてやっています。

この仕事だからそうおもえるのかもしれませんが、いただくお金が仕事の副産物であっても納得ができるんですよね。

もしかしたらギズモさんにとってもいまのお仕事は、いただくお金に増してやりがいがまさる一面があるのではないでしょうか。



現代では特にそうなのかもしれませんが、医師はエラーの多い存在だとおもいます。

医療はいまやナノレベルの進化を遂げていますが、医師はただの人間にすぎないうえに、いまは専門医療で細分化されていて、膨大な症例の引出しから病態を導かねばならず、個人の手に負えないところまできているようにおもえます。

つまり、患者がおもう医療テクノロジーへの期待度に対して、医師という人間がついていけてない面があるんですよね。

そのうえで、われわれもじぶんの病気や死について、医療や医師に任せっぱなしではなく、じぶんなりに納得のいく哲学が必要だとおもいます。



そういえば、ゲゲゲの鬼太郎で有名な水木しげるは、南方のパプアニューギニアの戦線で左腕を負傷し、粗末な医療で腕を切断しました。

それでひどい熱で苦しんで、もうダメかというところまでいったらしいんですが、あるときじぶんの腕の傷が治りかかったところから、赤ん坊のようなにおいがしたというんです。

その匂いをかいだときに「おれは助かる」とおもったというんですが、そういう感覚はちょっと医師にはわからないとおもいます。

おそらくギズモさんの日にち薬とおっしゃる感覚も医師にはつかみあぐねるところだとおもいますし、きっとご自身の感覚の中で回復基調を実感しておられるのがなによりの薬になっているようにおもえました。
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緊張と緩和のお話、ありがとうございます。
動の中に静があり、緊張の中に緩和がある、このバランスが大事なんですね。
心に留めて、企画していこうと思います。

仕事は、決して忙しいと言えるほどないのですが、事前準備をきちんとしていくと、どうしても時間ばかりかかってしまいます。
時給としては悪くなくても、毎日あるわけではないのと、準備にかなりの時間をかけることを考えると、時給500円以下とか、数十円ということになったりもします。

これは、仕事に対する向き合い方の問題で、適度に準備の手を抜けばいいことなのですが、なかなかそれができません。
特にステージの場合、1番○○、2番○○、というように単調に演奏や歌を進めて行くのが嫌いで、ちょっと他にはないような演出に拘ってしまうので、それを延々と考えているという、いいような悪いようなところがあります。


ご心配いただき、ありがとうございます。
音声外科でも耳鼻科でも、結局異常が見られず、不調の原因がまったくわからないので、やりようがないというのが現状です。
だいぶ前ですが、農園主さんが農園主さんではない時分、「医師から考えないようにと言われたけれど、それではだめだと思い、自分で考えて乗り越えた」というようなお話をなさっていましたよね。
医師の診立てはそれぞれで、それが患者に合うこともあれば、合わないこともありますよね。

今回、どの医師にも、6月の咳~気管支炎(コロナとかの感染症ではない)とはまったく関係ないと断言され(声帯にも異常がないので)、薬も意味がなく、外科的にも何もできることはないと言われました。
でも、自分なりに考えてみると、気管支炎の後遺症しか考えられなかったんです。
その証拠に、日にち薬みたいに、1日1ミリみたいに徐々にですが、歌えるようになってきています。
医師を信用するしないの問題ではなく、やっぱり自分の心や身体のことは、自分に聞くのが正解なんだろうな、と思うのです。
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喉はデリケートですから、ぜひいたわってあげてください。

静と動のバランスの話なんですが、たとえば日本民間放送連盟では、CMの総量が規制されていて、18%以内に決まってるんだそうです。

緊張の中に、緩和が2割弱というのは、黄金比のようにおもえます。

サーカスの緊張の中にピエロが出てくる割合や、ライブでミュージシャンが曲の合間に話をする割合、緊張感のある演劇で肩の力が抜けるやり取りの場面の割合、漫才のボケに対するツッコミの割合など、やはり2割程度の緩和が調和的な気がしました。

でもこれは、あくまで全体を演出する場合の方法論のような話であって、ぼく個人が勝手におもったことを話したにすぎませんから、ギズモさんはともかく喉を酷使しないよう、静の表現をなさってくださいね。



カナタイピングはちょうど2週間ほどになるんですが、キーの位置もおぼえて、たどたどしくも打てるようにはなってきたんですが、ここにきてだんだん壁が高くなってきました。

ぼちぼちダレてきそうなところでもありますから、一日に少しずつでも取り組んで、あともうしばらく練習したところで、ふだんの入力をカナに切り替えていこうとおもっています。



ギズモさんはもうコロナ前の忙しさを取り戻しておられるのでしょうか。

やりがいのあることに追われるのは楽しいことですが、どうぞご無理が出ませんように。
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カナタイプ、さすがにあっという間にレベルアップしてますね。
この分だと、そろそろ入力をローマ字からカナに切り替えても大丈夫そうですね。

マイケル・ジャクソンのダンス、「あれだけ激しい動きにも関わらず「静」を感じるのが不思議で」と書いていらっしゃいますが、まったく同感です。
マイケルと比べるのもおかしいかもしれませんが、ジャニーズ系の人は(今はジャニーズといわないんでしたっけ?)ダンスが激しいので、口パクが普通なんだそうです。
いくら若くても、相当息切れするはずなので、まともに歌える方がおかしいです。

激しいのに「静」を感じる、ということから、ふと、音楽もそうだな、と思い当たりました。
例えば何か歌ったり演奏したりする時、サビのあたり、盛り上がるところ(ギターなら超絶テクを駆使したり、歌ならシャウトするところ)で、いっぱいいっぱいで演奏したり歌うと、どうしても「静」を感じさせないんですよね。
それが、盛り上がりを見せても、心と演奏に余裕があれば、「静」を感じさせるのことが多いように思います。
もちろん、熱くパワフルに演奏し、「動」をみせるのも重要でしょうが、私は「静」をみせることの難しさ、大切さのほうに重きをおきます。

完全に個人的見解なのですが、記事を読ませていただき、改めて「静」の重要さを感じたわけです。

私的なことですが、4月の新年度からの仕事の事ですこしばかりもめていて、このところ忙しくしています。
仕事先の施設の指定管理の問題で、仕事先が増えるのと(減るよりはいいですが)、担当が変わるのと、内容の見直しなど、詰めないといけない案件が多々あり、さっさと解決してほしいのですが、なかなか落ち着かない状況です。

そこにもってきて、3月、4月とコンサートが入ったので、曲目の選定やステージ進行の企画を、楽しみながらやっているという毎日です。

ただ、喉の調子はいまだ完全と言えず、不安がつきまといますが、「必死で歌っている感」は絶対に出せないので、ひたすら「静」でいけたらと思います。
それには、喉の状態が良好で、余裕が必要です。

農園主さんのタイピングのように地道な努力を忘れず、ベストな状態に戻れるようにしないといけませんね。

雪予報でしたが、降りそうにありません。

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