山麓王国

No.1150

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コンプレックスの件ですが、先週宮講でお酒を飲んでたときのことです。

うちの長老は80でまだ外に飲みに出て五合飲んで帰ってくるという、化け物のような現役の大工なんですが、軽口をたたくのが好きで、冗談めかしながらこんなことをいいました。

「男は金がなかったら女に相手にされんで」

そこで同席していたおなじく80近い女性が「イケメンならどないかなる」と言って、場は盛り上がっていました。

まあ、実際そうなんでしょうけど、どうもぼくにとっては直接的な話でした。

そう考えると、金もなくイケメンでもないぼくは、その点きちんとわきまえておかないと、とんだ勘違い人間になってしまいそうです。

この話があったので、きのうの話をしたというわけです。



「愛のために死す」は、おそらく自由恋愛が社会的抑圧を受けていた時代に、愛に殉死する物語なのだろうとおもいます。

小津安二郎の「お茶漬けの味」という作品も、自由恋愛がテーマになっていました。

そういった物語が裾野を開いたからなのか、現代ではみんな自由に恋愛をするようになりました。



ところでぼくが子供のころくらいに、「最近の子供はみんな背が高くなって、男は男前やし、女はべっぴんが多くなった」といわれるようになりました。

当時はそうなのかな、とおもってましたが、いまになって、その傾向はだんだん強まっているようです。

で、最近気づいたのが、それは自由恋愛の結果だろう、ということでした。

むかしは結婚は、家の専権事項でしたから、親が勝手に相手を連れてくる、当人に相手を選ぶ権利などない、というようなことが当たり前でした。

親としても、家が続いていくことが大事なのであって、相手の見目はほとんど気にせず、男だったらよく働くか、女だったら気立てがよいか、というくらいのことが重視されていたとおもいます。

しかし自由に恋愛をしていい、ということになると、当人にも欲があるから、知らず知らず見目のよい相手を選ぶようになる。

見目の良いふたりから生まれる子供は、やはり見目がよい確率が上がるわけです。

そのようにしてほんの数世代で見目のよい子供がたくさん生まれるようになり、いまの社会の自由恋愛においては、そういう無意識(ほんとうは無意識ではないんでしょうけど)における選別が行われているのでしょう。

で、見目の問題なしにこのゲームに参加するには、お金が必要だということになる。

ぼくはというと、そういう土俵からはさっさと下りてしまうのです(笑)




ガラスに写っていた方は、マスクをしていて、服装からみておそらく女性だろうということ以外は、判断できませんでした。

もしギズモさんだとしても、仮に実際にお会いして、あの写真でみたとおりだ、という判断はできないとおもいます。

しかしもうこの件に関しては、ぼくとしては「見た目は関係がないのです」としか言いようがありません(笑)

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