山麓王国

全年全月7日の投稿24件]

2026年1月 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する

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※今回の話は単なるわたしの備忘録であり、読み物にすぎませんので、返信は必要ありません。



帰省した時に、どこかで時間をつくって、奈良の大神神社(おおみわじんじゃ)と石上神宮に行こうと決めていました。

しかしいざ帰省すると、父があのあたりの地理をよく知っているとのことで、結局両親とわたしの3人で奈良へ行くことに。

親がいうには、正月3日に行くのはどうかということでしたが、どう考えても大混雑が見込まれるので、年末にしようと提案し、30日に参拝しました。



大阪の近畿自動車道から南阪奈道路で橿原へ向かいます。

高速道路降り口の正面である東側には藤原宮跡、天香久山がありました。

降り口の南側には畝傍山……つまり橿原神宮と神武天皇陵があります。

が、今回は位置関係を知ったということで通過します。

父が運転してくれているので、わたしは助手席で観光していました。



高速を降りてから北東に8㎞ほどで、三輪山のふもとに着きます。

ここに大物主とその一族をまつる大神神社があるわけですが、朝10時の時点では駐車場はすいていました。



大物主はどうにもつかみどころのない存在です。

三輪山は鉄鉱山で、大物主の妻と娘の名前にたたらが含まれることから、製鉄と結びつきます。

しかし同時に酒造の神としてもあがめられています。

また堺にいた子(おおたたねこ)のエピソードを含めると、陶業にも結びつくのです。

いまでいうところの、多角経営、総合商社といったところでしょうか。

しかし、どうも存在性そのものがふわふわしていて、どのような大人物であったのか、想像が尽きません。



大神神社にはランドマークになりうる規模の大鳥居があり、大きな駐車場が何か所もありました。

境内はかなり広く、観光地化されています。

よく神社には摂社や末社といったかたちで境内社がありますが、ここは大神神社の中に、狭井神社、久延彦神社、さらに若宮神社である大直禰子(おおたたねこ)神社がありました。

つまり大神神社の境内の中に、独立した神社がみっつあって、それぞれに授与所もあるのです。

こういう入れ子構造の神社はあまり見たことがないな、とおもったのですが、全国の神社でみればよくあるのかもしれません。



参拝をしているうちに、参拝客がどんどん増えてきて、参拝を終えて駐車場を出るのに難儀しました。

大渋滞が起こっていたのです。

これは年始にお参りしていたらどうなっていたことでしょう。

駐車場を出るまでに1時間近くかかり、ほんとうはここでお土産を買う予定だったのですが、駐車場前の大混雑をみて急いで車に向かうほかなく、なにも買えませんでした。



大神神社を出てほんの1㎞ほど北西に、箸墓古墳がありました。

ほんとうはここも訪れたかったのですが、もうお昼時で、なにせ大神神社の駐車場があんなことになっていたから、この先お昼ご飯を済ませて石上神宮へ行くことを考えると、立ち寄っている時間がなく、外側から古墳の森を眺めるだけで終わりました。

古墳というのは現代では単なる森になってしまっていますが、それでも箸墓古墳には威容を感じました。

往時にはおそらく前方後円墳として朱塗りの陶器や埴輪が並んでいて、訪れる人々は古代の祭儀の迫力に心を奪われたことでしょう。



地図でみると、箸墓古墳から東に檜原神社があります。

ここは元伊勢のひとつで、ご祭神はアマテラスです。

先ほどの大神神社からも北に1㎞ほどの距離で、おなじ三輪山のふもとにあります。

そして箸墓古墳は檜原神社からさらに下った西側にある。



おそらく檜原神社は、倭迹迹日百襲姫命の、つまり巫女としてのアマテラスのおわす場所で、そこに卑弥呼と合わせて箸墓古墳が建造されたとわたしは考えています。



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さて、箸墓古墳からさらに北へ進み、昼食をすませ、石上神宮へ行きました。

大神神社のような規模なのかとおもっていたのですが、石上神宮は森の中にたたずむ落ち着いたたたずまいでした。

じゅうぶんな広さの駐車場がありましたが、渋滞はありません。

正月に営業するのであろう屋台が準備にいそしんでいましたが、大神神社のような門前町はなく、つまり土産物屋もなく、ゆっくりと参拝できました。

どちらかというと駐車場のすぐ隣が天理教の本部で、こちらのほうが独特な威容を発しています。



神社のふもとでは布留川の水を利用した田園が広がっており、たいへんのどかな景色です。

境内には神使の鶏が放し飼いにされていました。

観賞用の、尾長のきれいな鶏です。

よく人に慣れており、手を差し出せば抱っこさせてくれそうなくらい。



ここは古代、物部の武器庫だったところで、たしかに境内のはずれには禁足地があります。

しかし物々しい雰囲気はまったくなく、森の幽玄なたたずまいが印象的でした。



今回訪れた場所は、日本の古代、神武天皇から崇神天皇の時代の神話の物語の中心地です。

三輪山の高いところから奈良平野を眺めると、四方を山に囲まれ、さらに平野の中にも名高い山がそびえていました。

いわゆる神奈備(かんなび)ですね。

当時の人々は、まるで要塞のように外敵を防ぎ、山と水と信仰に恵まれたこの地を、楽園のように感じていたことでしょう。



帰りは天理のインターから高速で一気に帰りましたが、家に着いたらもう夕方でした。

お土産がまったく買えず、箸墓古墳への参拝もできなかったのが残念ですが、夕方に帰り着くことができて、結果オーライだったのだとおもいます。

実際に訪れてみることで理解できたこともたくさんある、よい旅になりました。



(追記)
ささやかですが、ギズモさんのお誕生日に届け物をしています。

すべてこの旅のお土産で構成したかったのですが、上記の理由により、お守り以外は、帰りの道中に立ち寄った大阪北部から丹波の変わった品と、今回の帰省時にいただいた不思議なおうどん(味は美味しかったのですが)のお裾分けになりました。

ちょうどよいサイズだったとはいえ、箱があまりにもいい加減なので、その点は田舎者で粗忽者のオッサンのやることだとあきらめていただきたく、メッセージにも書いてはいるのですが、重ねてお詫びを申し上げます。

2025年5月 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する

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目黒のさんまですが、一説には、家光が目黒不動参詣の帰りに寄った茶屋が舞台と言われていますね。

何度かお参りに行ったことがありますが、関東最古の不動霊場だそうで、808年開創のお寺です。

ご本尊の不動明王は秘仏で、酉年にしか開扉しないため、2029年には絶対お参りに行くつもりです←忘れないようにしないと。。。

目黒のさんまは、骨を抜いて蒸して・・・というお話だったと思いますが、最近、骨なしのお魚が、冷凍などで売られるようになりました。

さんまもありますが、尾と頭のないさんまというのも味気ないものです(笑)



お母様のお話ですが、お気持ちを推察するのは失礼ですし、わかるはずもないのですが、溜飲が下がったという心境ではないように思います。

同情から文句を言うのを辛抱しているのではないというご様子からも、そう感じます。

常々「一方的に不利益をこうむっている」と感じていても、そこはやっぱり家族なので、いざ大事が起きれば自然と愚痴は消え去り、よし!がんばるぞ~みたいな、ポジティブな心境にシフトしていったのではないでしょうか。

気持ちの切り替えをしたとしても、ムリムリではなく、自然な感情の流れであったのではないかと。

本当に溜飲が下がったと思っていらっしゃれば、愚痴を聞いてくれていた農園主さんに、気持ちをお話になるように思います。

それにしても、直接ご主人であるお父様に言えないからかもしれませんが、母親が息子に愚痴を言える関係って、いいですね~。

親子でも兄弟でも、異性間だとなかなか言いにくいように思っていました。

お母様から信頼されている証拠でしょうね。

お母様も、ちょっとした愚痴を言うことで、ご気分がスッキリなさったということもあったように思います。

お父様は、「言われないとなにもしない昭和の親父」とのことですが、昭和の親父は、言われても何もやらず、ちゃぶ台の前に座って、文句ばかり言っているイメージがあります(笑)

的外れかもしれない話を、失礼しました。



ギバー・テイカー・マッチャーのお話は、とても興味深いです。

この三種類の性格は、ビジネス面で顕著に現れるように思いました。

また、ギバーが結束して、テイカーやマッチャーに極力関わらないこと、これはとても重要だと思います。

この人は三種類のどれだろうと考えることにより、関わっていいものか距離を置くべきかがわかるので、ストレスはずいぶん減ることでしょう。




最近見かけませんが、だいぶ前テレビのCMで、「ストレスで喉がつかえる感じがする人に」に効く市販薬(たぶん半夏厚朴湯)の宣伝をしていました。

その時、そういう症状がある人は多いんだなと思ったことを覚えています。

ちょっと、おかしな話をします。

前回お話した精神科医の歌のレッスンは、カラオケ屋さんで一回1~2時間、やっていました。

他にも同じようにカラオケ屋さんでレッスンをする方は多かったのですが、彼女の時だけ、その1~2時間の間に2~3回、喉がつっかえる感じがして、声が出せなくなるんです。

急いでお水を飲んだりして、なんとかどうやら話せるようになるんですが、彼女の時だけ緊張したりストレスを感じるわけでもなく、まったく原因がわかりませんでした。

ストレスや身体的な問題でない。ではなぜ、そういうことが起きるのかと考えていくと、心霊的なことしか答えが出ませんでした。

まずは場所ですが、いつも同じではなかったのでこれは除外。

そうすると、彼女自身になにかあるとしか思えないのです。

もちろん断言はできないのですが、彼女のまとっている雰囲気からして、有り得ることだと思っています。

職業としてもいろいろ背負うものがあるのかもしれませんね。

憶測でものを言ってはならないと思いながらも、不思議なことだったので、書かせていただきました。



先日、芝桜を見に行ってきました。

埼玉県秩父にある、羊山公園・芝桜の丘です。

例によって写真が下手すぎるので、きれいに見えませんがご容赦ください(笑)

上の写真はその公園から見えた山なのですが、階段のようなものが見えますか?

これを見た時、旧約聖書のシナイ山、モーセの十戒の祭壇かと思いました(笑)

武甲山といい、北側斜面が石灰岩質で、石灰岩の採掘がおこなわれているそうですが、石灰山というものを初めて見ました。

江戸時代には漆喰、明治からはセメントの原料として、採掘のためどんどん削られ、30mほど低くなってしまったそうです。


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α訂正:β遮断薬は、薬剤惹起性うつ病のリストに挙がってるんですね。

投薬するお医者さんや薬剤師が、そこまで説明してくれる人ばかりではないと思うので、何でも調べてから服用するということは大事ですね。

トラベルミンは病院でめまいの治療薬としても処方されますが、乗り物酔いの薬は、リラックス、鎮静作用があるので、緊張を緩和したい目的でも使用できるそうです。

トラベルミンRなど、眠気の出にくい酔い止めの市販薬はいろいろあるのですが、乗り物酔いの薬は、副作用としてうつ病も挙げられています。

ただ、連用、常用するものではないので、さほど心配はいらないように思います。

私は、2時間以上車に乗る時と、飛行機・船に乗る時に必ず飲みますが、頻度としては2~3ケ月に一回程度で、おとなの量ではなく、子どもの量で飲んでいます。

飲酒の可能性がある場合は、お酒に酔いやすくなったり、眠気が増強されてしまうので、避けた方がいいです。

普段飲まない方は、子どもの量でも充分かもしれません。

浅田飴からは乗り物酔いのドロップもでていますが、サイダー味もあるので、今度試してみようと思っています(笑)


https://medical.nikkeibp.co.jp/leaf/all/...

2024年10月 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する

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今回のギズモさんへの返信は最後に書かせていただきます。

まずは前回の続きをどうぞ。



(前回の続き)

ロゴセラピーで伝えているふたつの実践方法が、般若心経と似ているという話でした。

ロゴセラピーが伝えていることのひとつは、じぶんが恐れることに、ユーモアをもってあえてぶつかってみること。

たとえば、人前でしゃべるのが恐い、言葉が出てこなくなる、顔が赤くなる、というような場合は、

「よし、きょうは盛大にどもって、赤鬼みたいに顔を真っ赤にして、みんなを大笑いさせてやろうじゃないか」

というような感じで、あえてじぶんがおそれることに突っ込んでいくのです。

このときに大事なのが、じぶんという人間からあえて距離をとることです。

ロゴセラピーでは「自己距離化」というようです。

じぶんの置かれている状況や、じぶんの肉体や精神から、距離を置くために、ユーモアを積極的に利用するんですね。



この自己距離化は、ヴィクトール・フランクルが師事していたフロイトも似たことを言っています。

ドイツ語でガルゲンフモール(Galgenhumor)というのですが、日本語にすると、「絞首台のユーモア」あるいは「曳かれ者の小唄」なんていわれたりもするようです。

Galgen が絞首台で、humorがユーモアですね。

ある月曜日、絞首台に曳かれていく罪人が、「ああ、今週もいいことがありそうだ」と言ったというのです。

今週にいいことがあろうとなかろうと、もうこの罪人はいま絞首台で首をくくられて死ぬわけですから、かれは冗談(ユーモア)を言ったのです。

もちろん強がりなんですが、これが大事なんだとフロイトはいいました。

ユーモアによってじぶんから距離を置くことで、恐怖から自我の崩壊を防ぐ効果があるというのです。

おもうようにならない現実が目の前にあるのだけど、その状況にじぶんが屈することなく、主体的に生きるためには、ユーモアが必要だというわけです。

ヴィクトール・フランクルも実際に収容所の中で、このユーモアによる自己距離化を実践していたといいます。

さすがに絞首台のユーモアやホロコーストは極端な例ですが、ロゴセラピーの場合、ユーモアをもって日常の困難に立ち向かうことで、生きる不安を解消していくことができるといいます。



もうひとつは、過ぎ去った過去や、まだきていない未来を意識せず、いまやるべきことに集中しようというものです。

人間はじぶんの行動をいちいち反省しすぎてしまうことがあるので、過去に起こったこと、未来に起こるであろうことと距離を置いて、いま現在やるべきことに集中する。

ロゴセラピーの実践的な部分だけを切り抜くと、このふたつだけなんですね。



般若心経がじぶんや煩悩を捨てて修行をしろというのと、生きる不安を解消するためにじぶんから距離を置こうとするロゴセラピーとは、共通点があるとおもいます。

じぶんに執着しすぎると、かえってよくない、という点です。

意識がすべてだという唯識の思想は正しくて、われわれは生きている限りじぶんの意識から逃れることができません。

われわれが見ている景色だって、われわれに起こる出来事だって、それはじぶんがあるからこそ感じるのであって、それはふだんは、とてもありがたいことです。

けれど、肉体が痛みに支配されたり、社会から迫害を受けたり、死が近づいて苦しみばかりの状況になったら、今度はこの意識が邪魔になってきます。

そうすると今度は、逆にじぶんから距離を置いて、じぶんの意識を切り離す努力をしないと、苦しみに耐えられなくなる、というわけです。



これまでの話をまとめてみます。

般若心経は人間の意識を切り離して、無と無限(宇宙)に同化することが大事だ、という思想に至りました。

しかし個々の人間がどう生きるべきかということまでは示しませんでした。

日本の仏教の場合、それを補完したのが日蓮宗です。

しかし日蓮宗の考え方も、人々が社会のために奉仕することで、社会の人々を救うのだとは言いましたが、個々人が幸せに生きる方法については教えてくれませんでした。



というのも、近代以前の社会では、みんな生きることに必死で、それ以上の幸せを考えている余裕はなかったし、いまよりもずっと、差し迫ったところに死があったんですよね。

だから当時の人々は、みんな死に方ばかりを考えました。武士は立派な死に方を求めたし、浄土宗はあの世に救いを求めました。

これは日本だけではなく、世界中そうだったとおもいますし、日蓮宗のような考え方のほうが、めずらしかったとおもいます。

みんなあまり、生きていること自体に意味を求めたりはしなかったんです。




それが近代西洋で産業革命が起こり、社会が大きくなり、爆発的な豊かさが得られるようになりました。

そこで合理主義が台頭すると同時に、ようやくひとりひとりの幸福を追求していく思想が生まれます。

実存主義では、人間には明確な価値があると主張して、社会の役に立つことでじぶんの価値を高めるべきだと主張しました。

ヴィクトール・フランクルはさらにそこから、人間の生きる苦しみに対処するための実践法をロゴセラピーというカタチで提示します。

たとえば現代では、たとえば手術をするときには麻酔をつかうし、がんで肉体に痛みが出て耐えられない場合も、モルヒネなどをもちいて緩和ケアをおこないますよね。

肉体と苦しみを切り離す技術が、科学的にも確立したわけですが、こういうことはやはり、豊かさという土台がなければ成り立たないことだとおもいます。

その点では、やはり実存主義は人々を救済しているとおもいます。



どうしても人間が生きる意味についてまで説明したかったために、ギズモさんとの対話の腰を折る格好になって申し訳ないです。

では最終的に、ぼくはこの一連の思想をどう理解したか、ということなんですが、こう考えるのがバランスがよいのではないかとおもいます。



ぼくは、元気でいる間は実存主義的にものを考えるのがよいとおもいます。

社会のためになるように努力をし、社会の中に居場所をみつけて、よりどころにする。

生きる意味は、向こうからやってくるのではなくて、じぶんから見つけていくものだ、という考え方ですね。

しかしじぶんがたとえ元気であっても、ホロコーストや、いわれなき差別のようなカタチで、じぶんが社会から迫害されて、仲間外れにされてしまうこともあるでしょう。

そうすると、いくら元気でも社会の役に立てず、じぶんの存在意義を見失うかもしれません。

そういうときは、ロゴセラピーを利用して、ユーモアと自己距離化によってじぶんの精神を維持しなくてはならないでしょう。



では、肉体が衰えて社会の役に立てなくなったり、あとは死を待つだけ、という状況になればどうするか。

もちろんそんな中でも、せめてじぶんにできることはないかという模索はするとおもいます。

しかし人間、肉体や精神がいうことをきかなければどうしようもありません。

そうなったときは、もはや実存主義に頼る段階は過ぎています。

そうなれば、神仏に救われることを祈ることになるでしょう。

死ねばみな救われる、という宗教はここにきて役に立ちます。

ぼくとしては特定の信心を持たないので、じぶんが死ねば宇宙のエレメントになるのだという考えを支持します。

いずれにせよ、死ねばこの肉体のとらわれから救われるのは間違いありません。

このようにして、今回話した思想は、じぶんが生きるステージによって変化していきます。

この地図があれば、われわれが生きて、そして死ぬことの見通しが立つのではないでしょうか。

というわけで、長かった話もこれでおしまいです(笑)

お付き合いいただいてありがとうございました。



(前回の投稿への返信)

宗教とは人が集まって支え合うシステムのようなものだとおもいますが、「本人の達成感、熱意、宗教への熱い思い」は、その根幹をなすとおもいます。

欲徳がらみでない熱意は、ほんとうに大事だとおもいます。

おそらくいまここでわれわれが話しているようなことも、宗教や信仰の集会に近いものだとおもいますし、かなり深いところまで理解を進めているとおもうんですが、なぜこれが成立するかというと、お互いに欲徳がからんでおらず、忖度のない関係だからだとおもいます。

けれど、もちろん宗教の集会のように「ある目的をもって人が集まる」中で、心のとらわれが解放されていくこともあるでしょう。

満たされないおもいがあったときに、べつの目標を達成しようとすることで、心を満たそうとする行動を、心理学的には、「代償行動」というのだそうです。

以前にも言ったとおもうのですが、ギズモさんにとって、たいへんな時期に信仰とその仲間が代償的に作用して、心の安定が得られたのであれば、それはなによりだったとおもいます。



じぶんが「生かされている」という感覚ですが、大事だとおもいます。

じぶんがいま主体的に……つまり実存主義的に生きていると、「生かされている」という感覚は薄れていきますよね。

けど、人間はずっと実存を保っていることはできません。つまり、衰えるし、死にます。

人間はじぶんの衰えや死を予測できる生き物なので、いつまでも主体的に社会の主人公でいられるわけではないことを知っています。

だからこそ、大いなるなにかに「生かされている」という敬虔な考えは、元気なときにこそしっかり意識しておく必要があるんですよね。

2024年4月 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する

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ギズモさんのご事情、今回のニュース記事の件とリンクしていたんですね。

ニュースの件も含めて、もちろん事なかれ主義や責任のたらいまわしは大問題なんですが、だれを責めるわけにもいかない、明確な責任がどこにもないのは、モヤモヤするところであると同時に、だれにとっても救いなのかもしれないとおもいます。

というのも、この問題、行政などがあまり強引に突っ込むと、他人のプライバシーを行政が監視するとか、家族のつながりのない人は施設で受け入れられないなど、かなりややこしいところまで発展しそうなので、あまり責任の所在を決めないほうがいい側面もあるような気がするんです。

いずれにせよ、お母さんが施設で和やかな晩年をお過ごしになられていたのは、よかったですね。

そして、たいへんな経験をなさっていたこと、あらためておつかれさまでした。



テスカトリポカは、社会の暗部を描く、神経に響く作品でした。
ぼく個人としてはこの作品は非常に高く評価しているんですが、なにせ精神が削られます(笑)

残酷な描写に耐性がおありでしたら、異色の大作だとおもいますので、ぜひおススメします。

塞王の盾はその点、ちょっとエンタメ性が強く、聞いていて楽しいんですが、土木工事の話なので、地形関係の話は文章では理解しづらくて、特に朗読だと聞き流してるところが多いです。

口訳古事記は、読まなくていいとおもいます(笑)
でも、神武天皇あたりで古事記を読むのは息切れしがちなんですが、この作品は一本調子なのでそのまま惰性で聞くことができました。



早春賦、いい曲ですね。
こちらは3月あたりからぼちぼちウグイスの鳴き声が聞こえ始めたのですが、そこからグッと寒くなるという不思議な天気でした。

3月頭には水仙の葉が顔を出していたのに、咲き始めたのはいまごろで、桜も例年になく入学式に間に合う感じです。

寒暖差のお気遣い、ありがとうございます。
これからゆっくりと体を慣らして、本格シーズンに向けていきたいところです。

あとすこし寒の戻りがあるかもしれませんが、お互いうまく適応していきましょうね。

2024年3月 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する

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むかしぼくが子供のころ、聖闘士星矢というアニメがあって、あれに十二星座の敵キャラがいたんです。

中でもかに座のデスマスクというのがほんとうにゲスな敵キャラだったそうな。(ぼくは聖闘士星矢はコミックもアニメもみていません)

で、ぼくがかに座だと知るや、同級生が寄ってたかってバカにしてきたのです。

こっちとしては、完全に巻き込まれたかっこうで、ものすごく迷惑でした。

それで、守り本尊に対しても地味だと言ってしまいましたが、なんとなくあの聖闘士星矢の一件がフラッシュバックするんですよね。

「知らない間に巻き込まれてる」という不快感があって、勢至菩薩に対しても、「なんで勝手に選ばれてるんだろう」とひがむ体質ができてしまった次第です(笑)

寒山拾得の考え方でいえば、仏さんの立場であっても上座と下座をもうけるような考え方には意味がないということですし、守り本尊というようなことも、心のお守りくらいに考えるのがいいのだろうとおもっています。



バラクーダの「日本全国酒飲み音頭」はバカバカしくて好きな曲ですが、あれは祭りの本質をついているような気がします。

みんなで酒でも飲みながら祭りをしましょうよ、というとアルコールハラスメントといわれる時代になって、日本の祭りはどんどん縮小傾向になっています。

酒が飲めない人はそもそも祭りにおもしろみを感じませんし、酒飲みもなんのご褒美もなく、実務だけの祭りをしろといわれたら、やる気がなくなります。

みんなそんな調子で、酒の一杯も出ない冠婚葬祭に魅力を感じなくなっているのだろうな、と。

その点、バレンタインやクリスマスなどの西洋のイベントは、実質的には買い物や商業的消費を楽しむイベントなので、現代で受け入れられる理由も(納得がいくかどうかは別として)わかります。



そういえば、柊はうちの裏山でもぼちぼち自生してます。

鹿山になってしまったところは、鹿があまり食べない木ばかりになっていくのだそうで、その中に柊も含まれます。

毎年節分に柊をもらってこようとおもうのですが、ちょうど雪が積もっていたり、めんどうくさかったりで、飾ったことがありません。

柊と南天を玄関先に飾っておけば、それっぽい感じになりそうなんですけどね。

2024年2月 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する

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「まことに此歌は其辭卑猥にして其意放縱なり」を読み、歌詞のどこかにそのような描写があるはずだと思ったのですが、どこも文学的な表現にしかとれませんでした。
農園主さんの訳を読み、ああ、この部分が男女の営みを表していたんだ、とすぐにわかりました。
「二人は波の上に漂ひ、波は相推し相就き、二人も亦相推し相就くこと其波の如くならん」を読んだだけではそれに気づかず、舟に乗り、波にまかせ、ロマンチックな逢瀬をしている、と思い込んでいたところが曲解でした。

リンクをありがとうございます。

志村喬の歌は、なんとも表現ができないですね。
「生きる」のウィキペディアを見てきました。
>黒澤から「この世のものとは思えないような声で歌ってほしい」と注文された。
と書いてありましたが、一流の役者さんというのはすごいな、と思います。

同じ歌でも歌い方でまったく歌詞のイメージが違ってくることもあるし、年によっても受け取り方が違ってきますね。
この歌をシニア層の前で歌うとすると何となくためらいがありますが、若い世代の方が対象なら、陽の部分しか感じない、明るい恋愛の薦めのような歌として捉えられるのでしょう。
そもそも、「命が短い、老いはすぐにやってくる」という実感すらないと思います。

「ゴンドラの唄」を映画の中でこのように用い、歌わせた黒澤明は、本当になんという卓越した感覚の人なのか、と改めて驚きました。

1306の内容を少し変えたもの、読ませていただきました。
ありがとうございます。
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1309
曲解がどちらの意味かわからなかったんですが、曲解がないよう、すこし前の投稿内容を変えました。

あれはようするに、ふたりは小舟の中で、波の押し引きにたとえられるようないけないことをしていたわけですが、それをみているのはこの夜と波だけなんだから構わないんだという、若気の至りを肯定するような内容です。

黒澤明の『生きる』でもゴンドラの唄が印象的につかわれていますが、あれはむしろ「挽歌」の部分にスポットライトが当たっています。

主人公の渡辺勘治(志村喬)は末期がんで、じぶんの生きる楽しみがどこにあるのか、ワラにもすがるおもいで慣れない享楽の世界へ足を運び、若者たちの集う場へ行き、ピアニストにゴンドラの唄をリクエストします。

若者たちは放縦な愛の歌だとおもって聞いているのに、渡辺が陰陰滅滅たる調子でこの歌をうたうものだからしらけてしまう。

ゴンドラの唄では陽の部分だけがピックアップされていますが、森鴎外はベネチアの歌の陰の部分も取り上げて、黒澤明もやはり陰の部分にスポットライトを当てています。

で、ぼくもこの年になると、ゴンドラの唄を挽歌として聞いてるところがあります。

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思いがけず翻訳していただき、ありがとうございます!!

さすがですね。
鴎外の文章の格調高さを残しながらのわかりやすい翻訳をありがとうございます。

「二人は波の上に漂ひ、波は相推し相就き、二人も亦相推し相就くこと其波の如くならん。」の箇所は、まったく意味を曲解していました。

鴎外の『即興詩人』は、アンデルセンを訳したのではなく、鴎外自身の体験による小説のように感じてしまうのは不思議です。
我=鴎外、と思って読んでしまいます。
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1306
以下の一節ですね。

我が乘るところの此舟は、即ちヱネチアの舟にして、翼ある獅子の旗は早く我が頭上に翻れり。帆は風に厭きて、舟は忽ち外海に走り出で、我は艙板の上に坐して、藍碧なる波の起伏を眺め居たるに、傍に一少年の蹲れるありて、ヱネチアの俚謠を歌ふ。其歌は人生の短きと戀愛の幸あるとを言へり。こゝに大概を意譯せんか。其辭にいはく。朱の唇に觸れよ、誰か汝の明日猶在るを知らん。戀せよ、汝の心の猶少く、汝の血の猶熱き間に。白髮は死の花にして、その咲くや心の火は消え、血は氷とならんとす。來れ、彼輕舸の中に。二人はその蓋の下に隱れて、窓を塞ぎ戸を閉ぢ、人の來り覗ふことを許さゞらん。少女よ、人は二人の戀の幸を覗はざるべし。二人は波の上に漂ひ、波は相推し相就き、二人も亦相推し相就くこと其波の如くならん。戀せよ、汝の心の猶少く、汝の血の猶熱き間に。汝の幸を知るものは、唯だ不言の夜あるのみ、唯だ起伏の波あるのみ。老は至らんとす、氷と雪ともて汝の心汝の血を殺さん爲めに。少年は一節を唱ふごとに、其友の群を顧みて、互に相頷けり。友の群は劇場の舞群の如くこれに和せり。まことに此歌は其辭卑猥にして其意放縱なり。さるを我はこれを聞きて輓歌を聞く思ひをなせり。老は至らんとす。少壯の火は消えなんとす。



ぼくなりに、翻訳してみます。


わたしが乗ったのはベネチアの船だった。
ベネチアを象徴する有翼の獅子の旗が、頭上で忙しくひらめいている。

帆が風をはらみ、船はたちまち外海へ走り出す。
わたしは甲板の上に座って、起伏する紺緑の波を眺めていた。

そばで少年の集団のうちのひとりが、ひざまずいてベネチアで愛された歌を歌っている。
この歌は人生の短さと恋することの幸せをあらわしたものだが、おおまかに意訳してみよう。


朱の唇を重ねよ。あしたがまたくるとは限らないのだから。
恋せよ。汝の心が若く、汝の血が熱いうちに。
白髪は死の花。
咲けば心の火は消え、血は氷になっていく。

あの小舟の中に来たれ。
屋根に隠れて、窓をふさいで戸を閉じれば、だれの目にもつかないだろう。
乙女よ、だれもふたりの恋の幸せを邪魔することはない。
波の上に漂って、波が押し引きするようにふたりも愛し合う。

恋せよ、汝の心が若く、汝の血の熱いうちに。
汝の恋の幸せを知っているのは、言葉をもたぬこの夜と、波だけだ。
老いはすぐにやってくる。氷と雪とで汝の心と血を殺すために。



少年は一節を歌うたびに、仲間を振り返って、お互いにうなずき合っていた。
仲間たちは劇場の役者たちのように唱和している。

この歌の歌詞はまことに卑猥で、放埓で、無節操だが、わたしはむしろこの歌に挽歌を聞くような気持ちがした。
老いはすぐにやってくる。若さの灯火はすぐ消えるのだ。



こんなところでしょうか。
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節分に巻きずしを作ったんですね。
甘い卵焼きは欠かせない具材です。

節分の日は、東京駅構内の「駅弁屋」というお店で恵方巻を買おうとしましたが、太巻きの太さでカットされていないので、電車内で食べるのははばかられ、やめました。

毎年恒例の、立春吉方位のひとり旅に行ってきました。
節分・立春を吉方位で迎え、できる限り長く滞在しますが、今年は西南なので、近場の熱海に行きました。

立春の日はあいにくの雨でしたが、小降りになるのを待ち、熱海の來宮神社にお参りし、ご祈祷を受けてきました。
ご祭神は、日本武尊・五十猛命・大己貴命の三柱です。

何度もお参りしていますが、ご祈祷は初めてです。

巫女奉奏(巫女鈴を鳴らしながらの舞)、笙の奉奏、玉串拝礼と、他ではあまりないご祈祷でした。


ご祈祷の神饌(お下がり)でいただいた、干支の置物と、紅白の御幣が、縁起物の棚に加わりました。


ゴンドラの唄は歌詞も曲も好きです。
森鴎外訳の『即興詩人』の中の「妄想」に、ベネチアの水夫の歌が書かれていますが、吉井勇はそれを読んで参考にして歌詞を書いたとのことです。

またおもしろいのは、作曲した中山晋平は、ベネチア民謡の8分の6拍子をマネ?して、「ゴンドラの唄」を8分の6拍子で作ったそうです。
実際は、単純な3拍子に聴こえますよね。

中山晋平記念館が熱海にあり、2021年11月に記事にしていました。
熱海にいるうちに1304を読んでいたら、「ゴンドラの唄」の直筆譜面などがあったかどうか見てきたのですが・・・。

それにしても青空文庫の森鴎外訳は読みにくく、吉井勇が「妄想」から参考にした部分が漠然としか理解できません。

お参りと買い物の他はずっとホテルにいるので、仕事をするつもりでいたのですが、BSで、竹下景子がマドンナで初の海外ロケだという寅さんを真剣に観てしまいました(笑)
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2024年1月 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する

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中村メイコさんの訃報……。

彼女のほがらかな人徳には、テレビの露悪性が洗い流されるような気がして、テレビをみていてもいいところがあるものだなとおもったものです。
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イーロンマスクの薬物常用疑惑。

https://www.yomiuri.co.jp/economy/202401...

真偽のほどはわかりませんし、個人的には薬物をやっていようがいまいが、かれの経営のやりようが受け付けられないんですが、この疑惑を受けてふとおもったのが、映画『スカーフェイス』のトニー・モンタナ(アル・パチーノ)です。

あの作品は、トニー・モンタナがキューバからアメリカにわたり、裏社会の一味となってコカインの密売で麻薬王と呼ばれるまでにのしあがるものの、自身もコカイン中毒になって破滅していくというものでした。

素寒貧の青年が麻薬王にのぼりつめる過程と、イーロンマスクの成り上がり人生にはどこか共通点があるようにもおもえますし、どんな社会でもごぼう抜きの出世の背景には、その人の身の丈をはるかに超える無理があるものです。

だから薬物に手を出した……かどうかはぼくにはわかりませんが、もしそうだったとしても不思議はなかろうとおもうほどの人生ではあるとおもいます。

#与太話

2023年12月 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する

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ソナイイケズデ アホナ ジーサンバーサンノコト キニセントキヤ ナンダッタラ イッパツ ナグッ・・・・

↑ 宇宙語です(≧▽≦)

長老さんたち、悪気はないんでしょうが、頭が古いですね。
お金があって見た目のいい男性と結婚したら絶対幸せになれる、それは思い込みですね。
その人たちは、ご自分の娘さんやお孫さんが(娘・女の子の孫がいると仮定して)結婚する時、お金がある人、もしくはイケメンと結婚するよう、
親として祖父母として勧められるのでしょうか。
私が親ならそれは二の次で、堅実で誠実、間違っても女に手を上げず、大切にしてくれる人を選びなさいと言うんですけどね。

かっこよくてお金持ちの人と結婚しても、浮気はされる、お金を自由に使わせてくれないどころか生活費もくれない、暴力を振るわれる、束縛される、おかしな性癖がある、など、
だいたいお金持ちはどこかおかしいと思った方が無難です←小説の読み過ぎかも。

お金を持っていなくても「イケメンならどないかなる」、という筆頭はホストかもしれませんね。
でもそれは職業なので、生活を共にするとなると、ぜんぜんどないにもならんゎ、と思います(笑)

まぁ、いずれにしても、お二方の発言は、全女性・全男性への蔑視につながりかねないものと言えるかもしれません。

・・・・・農園主さんのところの長老さんたちに対し、失礼な発言をお許しください(o_ _)o)

小津安二郎のような、昭和の匂いがする映画はいいですね。
自由恋愛になったのは、女性が仕事を持つようになったりで、活動的になったという一因もありそうです。
簡単に言うと、強くなったんでしょうね。
三歩下がるどころか、追い越していく女性が増えてきて、男性がおとなしくなってきた感じもします。

今は、○○家の嫁、という考え方も薄れてきて、親も結婚を強制しない傾向になり、結婚の形もずいぶん変わってきましたね。

見目、ということでいつも思うのですが。
梨園の結婚は、自由になったとはいえ、やはり女性の見た目を重視しているように思います。
いくら好きだからと言ってあまり美人とは言えない女性は、現代においても反対される重要なポイントだと思うんですよね。
だいたいにおいて、歌舞伎役者の子どもは見目麗しいです。
きれいな奥さんをもらうからですね。
いわゆる、恋愛と結婚は別、という考え方もあるのかと思います。
だから、やたらと不倫だの浮気だの、芸は身の肥やし的なことをやる役者が後を絶たない(笑)

確かに誰でもルックスの好みはあるかもしれませんが、やっぱり縁というか、感じるフィーリングだと思います。
男女に限らず、相手から伝わってくるもの、心や考え方、それを大切にすることが、見目やお金より大事なことのように思うのですが、
見目・お金重視は、案外若い世代の人に多いかもしれませんね。
とは言え、好きになったらそんなことは関係なくなってしまうのが、恋愛の醍醐味かもしれません(*^^)v
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コンプレックスの件ですが、先週宮講でお酒を飲んでたときのことです。

うちの長老は80でまだ外に飲みに出て五合飲んで帰ってくるという、化け物のような現役の大工なんですが、軽口をたたくのが好きで、冗談めかしながらこんなことをいいました。

「男は金がなかったら女に相手にされんで」

そこで同席していたおなじく80近い女性が「イケメンならどないかなる」と言って、場は盛り上がっていました。

まあ、実際そうなんでしょうけど、どうもぼくにとっては直接的な話でした。

そう考えると、金もなくイケメンでもないぼくは、その点きちんとわきまえておかないと、とんだ勘違い人間になってしまいそうです。

この話があったので、きのうの話をしたというわけです。



「愛のために死す」は、おそらく自由恋愛が社会的抑圧を受けていた時代に、愛に殉死する物語なのだろうとおもいます。

小津安二郎の「お茶漬けの味」という作品も、自由恋愛がテーマになっていました。

そういった物語が裾野を開いたからなのか、現代ではみんな自由に恋愛をするようになりました。



ところでぼくが子供のころくらいに、「最近の子供はみんな背が高くなって、男は男前やし、女はべっぴんが多くなった」といわれるようになりました。

当時はそうなのかな、とおもってましたが、いまになって、その傾向はだんだん強まっているようです。

で、最近気づいたのが、それは自由恋愛の結果だろう、ということでした。

むかしは結婚は、家の専権事項でしたから、親が勝手に相手を連れてくる、当人に相手を選ぶ権利などない、というようなことが当たり前でした。

親としても、家が続いていくことが大事なのであって、相手の見目はほとんど気にせず、男だったらよく働くか、女だったら気立てがよいか、というくらいのことが重視されていたとおもいます。

しかし自由に恋愛をしていい、ということになると、当人にも欲があるから、知らず知らず見目のよい相手を選ぶようになる。

見目の良いふたりから生まれる子供は、やはり見目がよい確率が上がるわけです。

そのようにしてほんの数世代で見目のよい子供がたくさん生まれるようになり、いまの社会の自由恋愛においては、そういう無意識(ほんとうは無意識ではないんでしょうけど)における選別が行われているのでしょう。

で、見目の問題なしにこのゲームに参加するには、お金が必要だということになる。

ぼくはというと、そういう土俵からはさっさと下りてしまうのです(笑)




ガラスに写っていた方は、マスクをしていて、服装からみておそらく女性だろうということ以外は、判断できませんでした。

もしギズモさんだとしても、仮に実際にお会いして、あの写真でみたとおりだ、という判断はできないとおもいます。

しかしもうこの件に関しては、ぼくとしては「見た目は関係がないのです」としか言いようがありません(笑)

2023年11月 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する

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11月に入ると、サトイモの売れ行きが落ちてきます。

理由はカンタンで、収穫のピークで、みんなが売り出すからです。

10月中は、まだサトイモはあとひと息太るので、出荷量は少なくて、この時期は安定して売れます。

11月から12月中旬くらいまで、売れ行きが落ちます。

しかしここでガッカリして値段を下げるのは愚策です。
ちょっとやそっと値段を落としたところで、供給量が飽和してるのでたいした効果がありません。

12月も半ばを過ぎると、このあたりは雪が降ることが多いので、サトイモに限らず全体的に露地野菜の出荷量が減ります。

そうすると売れ行きが戻ってくる。
それまで、強気で値段を落とさずに辛抱したほうがいいんですよね。

11月は葉物の値段が一気に下がる時期で、ついサトイモも値段を下げて売りたくなりますが、保存のきく野菜を無理に早くさばくのはもったいないです。

#野菜
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丁寧なお返事をいただき、本当にありがとうございます。

マウントを取られたなんて、まったく思っていません。
私の気性と言うか性格はたぶんご存じのはずだと思いますが、折れて謝ったのでもなければ、反発する材料もありませんでした。
とにかくずっと理由を伺いたかったし、知ったあとは謝りたいと心底思いました。
自分の記事を読み返し、なぜあんなうかつな投稿をしてしまったのか、自分でもあきれました。


いやなことを思い出させてしまい、申し訳ありませんでした。
いろいろ思うことはあるでしょうが、「いつでもお越しください」の温かいお言葉に、甘えようと思います。
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気持ちを汲んでいただいて、ありがとうございます。

理詰めにすると、謝るか、反発するか、どちらかしか選択肢がなくなってしまいます。
そのようなことを避けたかったのですが、結局、マウントをとるような形で謝らせてしまって、すみませんでした。

ぼくは今後も、ここでじぶんの好きなように、日常をつづっています。
いつでもお越しください。
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お返事をいただき、ありがとうございます。

私のメールではなく、投稿が原因だったのですね。
そこには全く思いがいきませんでした。
と言うのは、病院には近所に住んでいたから患者として行ったのであって、信者になるつもりもないし、そもそも統一教会を肯定する気持ちはありませんでした。
そのことは農園主さんがわかっている、という、私の勝手な思い込みがあったから、軽はずみな投稿をしてしまいました。
ご指摘をいただき、あの流れでの投稿は、農園主さんのお考えを否定し、意見の対立を示唆するものだと思われて当然と言うことがわかりました。
実際にそんな気持ちは微塵もなかったとは言え、あまりにも浅薄で愚かなことをしてしまいました。

形式的に謝っているのではありません。
そこに気づかなかった自分に、呆れています。
私がそこに気づかなかった、ということに、さらに返す言葉もなくなるだろうとは想像できます。
農園主さんのお心を煩わしてしまったということに、心から申し訳なかったと思っています。

こちらに気づいたの、開設してから少したった頃でした。
旧・山麓王国では、農園主さんの多岐にわたった記事に、感化され、様々なもの得ることができました。
また、読ませていただけたら、という気持ちでした。
読んでいますとは書きにくいので、そうは書けませんでした。

人間関係を断絶する理由、それは人それぞれですし、この件は充分に理解できます。
そこまで思わせてしまい、本当に申し訳ありませんでした。

農園主さんの記事やメールには、常に新鮮な刺激を与えられ、教えられ、いろいろなことを学ばせていただきました。
その間、農園主さんを否定・対立する考えを持ったことは、一度もありませんでした。
もしあれば、きちんと私も意見を述べていく姿勢でおりました。

返事はいらないとのことですが、誤解を解こうという気持ちからではなく、心からのお詫びをお伝えしたいのと、
それにはある程度の経緯が必要なので、書かせていただきました。

この場で当時のお気持ちをお聞かせいただいたことに、感謝いたします。
ありがとうございました。




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933
以前、ここで統一教会のことについて書きました。

あなたはほんとうは、ここを以前からご覧になっていたでしょう?

ぼくの記事を読んで、なぜ直接じぶんに言わずに、こんなところで書くのだろう、とおもいませんでしたか?

あれではまるで陰口をたたかれたみたいだし、そんなことをされたら、なにも言えなくなるではないか、と。

ぼくはあなたの心を読み取れるわけではないので、そうおもったかどうかはわかりません。
そうおもってほしい、というのでもありません。

ぼくはあのとき、そうおもった、という話です。



われわれがメールのやり取りをしているときに、統一教会の話になり、ぼくは情報を整理したうえで、この宗教団体はダメだと判断しました。

その返信を送ったあと、あなたはメールではなく、多くの読者がいるブログで統一教会系の〇〇病院はよかった、という記事を書かれた。

それで、ぼくは返す言葉がなくなりました。

あのとき、返信の内容を考えたのですが、言葉にすることができませんでした。

反対意見があることはかまわないし、それを直接ぶつけたらケンカになるから避けたかった、ということかもしれません。

もしあなたが、直接メールで、

「この件は以前も言いましたが、よい医療を受けることができたというべつの考えがあるので、いったんお互いに考えを保留しておきませんか」

と投げかけていれば、話はちがったとおもいます。

けれどあなたはべつの媒体でじぶんの考えを述べて、しかもぼくが読めるようになっていた。

それは、悪意のあるなしは別にして、陰口をネット上に公開しているようなものですし、考えの対立をよそで表明したようなものです。

ぼくはメールでなにを返信できたでしょうか。



先日いただいたメールに返信しなかったのは、ほんとうはここをお読みになっているのに、そんなことはない、という前提でお話されていることに、ぼくが付き合う気になれなかったからです。

それに、以前言葉にできなかったモヤモヤを説明できるとはおもえなかったからです。

それで、ここをお読みになっていることを知っていたから、あえて先日の統一教会の記事を書きました。

あの記事を、じぶんとは関係のないところで書かれて、あなたにもしモヤモヤがあったとすれば、それはぼくが去年感じたモヤモヤです。



これが、ぼくが返信をあきらめた理由です。

いま、なんとか言葉にできましたが、当時はこの理由を言葉にすることもできなかったのです。

ぼくはもうお互いのやりとりは望んでいませんので、返信はけっこうです。

こんなことが、人間関係を断絶するほどの理由になるのだろうか、とおもうかもしれませんが、すくなくともぼくが言葉を失う理由ではありました。

2023年10月 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する

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忌野清志郎の歌う、500マイル。ピアノは山下洋輔。

もともとはアメリカの民謡で、ピーター・ポール & マリーの曲が有名。

清志郎の訳詞において、デイドリームビリーバーと、この500マイルはもうほれぼれするくらい完璧で、もちろんこの歌も完璧。

亡くなったのが58歳で、生きてたら、72歳。

ぼくが31歳のときに亡くなったのか。ぼくはあれからあんまり成長してないし、72歳の清志郎なんて、想像できないな。

清志郎がもし生きててこの年になって、この激動の時代に、政治的な偶像になるようなことにならなくて、よかったともおもう。

まあ、たぶんかれの性格上、こんなバカな時代には、なにかを言うようなことはやめちゃうだろうとおもうけども。
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午前中はオクラなどの収穫と、葉物野菜の種まきをしていました。

大奥は、どうやらこのくらいの時期で花が咲きにくくなるようです。

ピークファイブは生り疲れを繰り返しながら11月ごろまで収穫できる。
大奥は10月までほぼ生り疲れしないけど、10月上旬で突然疲れだす。

さて、来年はどうしようかな。

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サツマイモとサトイモの収穫。
あした雨になるというのでひたすらイモ掘り。

サトイモは土が濡れていると作業がタイヘンなので、乾いているうちにある程度掘り返して、作業小屋に持っていきます。

サツマイモは、よく育ってくれていました。

カゴ1つと半分ほどの収穫。

が、苗を縦に差し込んだからか、イモが地中深くにもぐってしまい、掘るのがタイヘンで、たくさん折ってしまいました。

来年は極力苗を横に差し込むようにしなくちゃなあ。

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ここ数年、ぼくの料理はほとんど余熱調理で、インスタント麺や乾麺も余熱で調理するし、肉もそうですが、もやしもフライパンで余熱調理します。

フライパンにもやしをいれて、フタをして、フタが熱くなるくらいまで火を通したら、火を止めてほったらかすだけ。
中で蒸される格好になって、お気に入りです。

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左側のが2サイクルエンジンの添加剤。
右側のがディーゼルにもつかえる添加剤。
ただ、右側の添加剤の説明書きをみると、4サイクルの車以外には使用するなとあり、そうするとトラクターにつかうのはやっぱりダメなのかとおもってるんですが、レビューには耕運機に使用しているという話もあり、どうするか迷っています。

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シソの実は毎年醤油で煮詰めていましたが、ことしは梅酢に漬けました。
去年あたりから、梅酢の汎用性に気づいて、なにかと活用しています。
はじめてのチャレンジですが、ご飯のお供になるかなあ。

#野菜

2023年9月 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する

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夏の日中にわきあがる積乱雲によって、夕立が起こるのだから、つまりあの手のにわか雨は夕方に起こるのがほとんど。

朝立のようなにわか雨なんて、実際にはほとんど起こらないのではないか。

とおもっていた今朝、うちのあたりは見事な朝立。

ギンギンに降ってます。

2023年8月 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する

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ジェフ・ベックを代表する一曲です。

かれは音楽キャリアの途中からピックをつかわずに指で弾くスタイルになり、ギターのアームで音の特徴を出す境地に至りましたが、それによってどうやってもほかの人が真似できない音の世界をつくりました。

真似しても「ああ、ジェフ・ベックっぽいね」といわれるくらい、独自のギターの世界を作り上げています。

まあ、それはともかく。

問題はこのバンドにおけるベースを担当しているタル・ウィルケンフェルドで、2分前くらいからのソロの合間にカメラがアップになると、ベースを利用したパイスラに加えて乳首浮きという、音楽性とはまったく関係のないところのあざとい魅力を発揮していることがわかります。

まあ、古くはジミ・ヘンドリクスが、白人を率いた黒人のバンドということを商業音楽としてアピールするために、「黒人の局部はでかい」という噂を利用したライブパフォーマンスをあざとくやっていたそうですから、われわれ音楽の消費者は、男女問わずむかしから、音楽を聴く際に音楽以外のなにかに、妙な期待を寄せているのでしょう。


ちなみに、このベースソロの情感を表現する技術はふつうにすごいです。

しかしそのあとのジェフ・ベックのソロが、そういった要素を上回る化け物的な技術でしてね。

音選びがもうぼくなんかにはさっぱり理屈がわからないのと、どういう感情の起伏であんなソロが弾けるのか、と(笑)

和訳すれば「わたしたちは別れたのだから」という曲ですから、タル・ウィルケンフェルドは正確で情感を込めたソロをぶつけ、ジェフ・ベックは理屈を超えた激情をぶつけたという感じでしょうか。

#音楽
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何年前だったか、軽トラで信号待ちをしていたら、ある食堂の前の黒板に目が留まりました。
ふつうはきょうのおススメみたいなものが書いてあるんでしょうが、そこには俳句が書かれてありました。

「小さめの恋してみたき秋の空」

ほんの一瞬目にしただけなのに、なぜか忘れることなく、ずっと心に残ってます。

日常に満たされてるけど、なにかちょっとしたスパイスがほしい、といったところでしょうか。

その句がなぜか食堂の黒板に書かれてあるということに物語を感じたのだけど、でもあのような句のような感情は、家庭を持っていてある程度の年齢になった人には、普遍的なことかもしれません。

だからこそ俳句としてとてもよくできていて、共感しやすい。

四季のうち、秋であったほうがいいともおもうし、これがことしみたいなふざけた夏だったら、

「特大の恋してみたき夏の空」
「極端な恋してみたき夏の空」
「気まぐれな恋してみたき夏の空」

くらいになりそうです。

とまあ、ぼくがどこぞのテレビ番組の先生のような添削をすると、このような改悪が行われるというわけで、こんなのは数打っても当たりません(笑)
#与太話

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2026年3月28日(土) 10時30分40秒〔7日前〕