全年全月15日の投稿[28件]
2026年2月 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する
いえいえ、わざわざありがとうございます←記事の最初に付け加えられた※のことです。
記事のお返事は、またしばらくしたら書かせていただきますね。
それと、いつもわかりやすく、読みやすく、嚙み砕いて書いてくださっているので、長いとかややこしいなどとは、まったく思っていません。
短くする目的で記事を分けて投稿すると、お書きになりたい記事の本質から外れると思いますので、長い記事大歓迎です!
どうぞ、お気遣いのないようにお願いします(^^♪
今までずっと、神話の時代~古墳時代くらいまでは、年代も人物もあいまいな期間と思っており、諸々ひっくるめて「古代」のようにとらえていましたが、時系列まで研究なさった記事は、新鮮ですし、とてもおもしろく読ませていただいています。
農園主さんの記事を、すべて正確に読み取っているとは言えないかもしれませんが、その際はご指摘ください。
思いがけないことでの熊野詣延期は、ご両親も残念に思ったでしょうが、きっと今ではないということかもしれませんね。
農園主さんもお書きになっているように、よく「呼ばれる」という言い方をしますが、たぶん4月よりも、いいタイミングが来るのではないでしょうか。
熊野は、日本の寺社の中でも、いちばんわかりにくいように思います。
以前、農園主さんが書いてくださった「善財王」のお話、確かこれが熊野権現の縁起だと思うのですが、とても印象に残っています。
ただ、熊野信仰、熊野の本地垂迹についてネットで調べたりしても、なかなか頭にスッと入らず、どうしても理解が及びません。
頭が悪いから、というのはさておき(笑)、熊野はややこしすぎます。
それと、なぜか感覚的にも、熊野は日本の寺社の中で、異世界的、異質なものを感じます。
私の場合、興味はものすごくあっても、たぶん、呼ばれていないように感じます(笑)
記事のお返事は、またしばらくしたら書かせていただきますね。
それと、いつもわかりやすく、読みやすく、嚙み砕いて書いてくださっているので、長いとかややこしいなどとは、まったく思っていません。
短くする目的で記事を分けて投稿すると、お書きになりたい記事の本質から外れると思いますので、長い記事大歓迎です!
どうぞ、お気遣いのないようにお願いします(^^♪
今までずっと、神話の時代~古墳時代くらいまでは、年代も人物もあいまいな期間と思っており、諸々ひっくるめて「古代」のようにとらえていましたが、時系列まで研究なさった記事は、新鮮ですし、とてもおもしろく読ませていただいています。
農園主さんの記事を、すべて正確に読み取っているとは言えないかもしれませんが、その際はご指摘ください。
思いがけないことでの熊野詣延期は、ご両親も残念に思ったでしょうが、きっと今ではないということかもしれませんね。
農園主さんもお書きになっているように、よく「呼ばれる」という言い方をしますが、たぶん4月よりも、いいタイミングが来るのではないでしょうか。
熊野は、日本の寺社の中でも、いちばんわかりにくいように思います。
以前、農園主さんが書いてくださった「善財王」のお話、確かこれが熊野権現の縁起だと思うのですが、とても印象に残っています。
ただ、熊野信仰、熊野の本地垂迹についてネットで調べたりしても、なかなか頭にスッと入らず、どうしても理解が及びません。
頭が悪いから、というのはさておき(笑)、熊野はややこしすぎます。
それと、なぜか感覚的にも、熊野は日本の寺社の中で、異世界的、異質なものを感じます。
私の場合、興味はものすごくあっても、たぶん、呼ばれていないように感じます(笑)
2025年7月 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する
日付の件は不思議でしたが、下書きをこちらで保存されているのですね。
もちろんまったく問題ありません。
今回は、前回の続きのような話なんですが、雑談のような調子になってしまいました。
あまりはっきりした結論に至らないのは前回とおなじです。
ことしは7月になってからもなんとも気忙しい日々が続いており、うまくまとめるための時間と気力が足りないのが悩みです。
水無月の件ですが、もうギズモさんには過分なお心遣いをいただいていますから、これ以上は恐縮でとても受け取れません(笑)
水無月に限らず、ぜひギズモさんとご家族のために楽しんでいただければとおもいます。
幕末の志士は後世に興味があったのか、改めて考えてみたのですが、おそらく現代のような未来予想はしていなかったのではないかとおもいます。
それどころか、まさか明治に入って間もなく、武士の時代が終わってしまうわけです。
当の武士たちが、近いうちに武士の身分を取り上げられてしまう未来を予測できていたら、明治維新は起こるはずがありません(笑)
当時の志士たちの行動原理は、以下のようなものでしょう。
「江戸幕府は見掛け倒しの弱腰で、国内からはまるで商売人のように暴利を貪り、海外からの侵略者にはこびへつらい、じぶんが生きることにばかり汲々としていて、だれも命を懸けない。中枢にいる連中は腐敗しきっている。この状況を変えねばならぬ」
これ以上のことは考えていない……というか、具体的にどう世の中が動くかということは、みんな手探りで、わかっていなかったのだとおもいます。
江戸幕藩体制を終わらせたあと、どのように日本を統治するか、新政府と各藩藩主が集まって、共和制について議論したこともありました。
いまの日本は立憲君主制といって、憲法というルールと天皇という君主のいる国ということですね。
共和制の場合は、君主はおらず、選挙によってえらばれた代表者が国家のトップとなります。
しかしこの議論はたった一度行われただけで、まったく煮詰まることもなく、あっさりと立ち消えになりました。
天皇制を廃止するところまで踏み込むのは、維新の機運の中でも、さすがにできなかった(やる気がなかった)のでしょう。
そのように、江戸から明治になる過渡期においては、なにもかもがふわふわとして定まっていませんでした。
旧幕府軍と新政府軍による戊辰戦争、不平士族が西郷をかついで新政府に立ち向かった西南戦争のような内戦も起こっています。
憲法や法律などのシステムについては西洋の文明を移入することにしよう、という、非常に他力本願なところもありました。
つまり、志士たちの将来をおもう気持ちというのは、明確なビジョンがあったわけでなく、やはり司馬さんが言ったように、場当たり的な、禅的なものだったのではないかとおもいます。
志士たちが、じぶんの命だけを手弁当のようにして参加した明治維新には、「禅的な死」という共通認識があったとおもいます。
では禅的な死とはなにかというと、江戸時代に書かれた『葉隠』における有名な「武士道というは死ぬことと見つけたり」という言葉に集約されます。
この「武士道というは……」の部分には続きがあります。
翻訳すると、以下のようになります。
武士道とはつまり、死ぬことだったのだ。
もしふたつの選択肢があった場合は、早く死ぬほうを選ぶ。
むずかしく考えることはない。
腹を決めてそのようにすればよい。
うまくいかなかったら犬死にではないかというような考えは、まるで商売人が考えそうな打算の武士道である。
ふたつの選択肢があった場合、どちらを選んでどうなるか、わかる人間などいない。
もちろん、じぶんを生きている以上、生きるほうが好きなのは当然だろう。
みんななんだかんだ理由をつけて、生きるほうを選ぶものである。
しかし、生きるほうを選んでその選択が間違っていた場合は、腰抜け、恥さらしではないか。
ここが危なっかしいところなのだ。
もし死ぬほうを選んで、それが間違っていたとしたら。
たしかに犬死にかもしれぬ。
わざわざ死ぬほうを選ぶなど、気ちがいと言われるかもしれぬ。
しかしこの場合、犬死に気ちがいではあっても、恥にはならない。
武士道という点では、それでじゅうぶん立派なのである。
毎朝、毎晩、その都度死の覚悟を定めて、つねに死んだ身となっていれば、命を惜しむ心の束縛から自由を得た状態となる。
そうすれば生涯恥をさらすことなく、お家を守ることができるであろう。
ようするに、命を惜しむな、死を恐れるな、というわけです。
司馬さんはこういった武士道マインドを実践して実際に死んでいった志士に、禅を感じて、しかも疑問におもったんですね。
なぜそんなあっさりと死んでしまうのだろう、と。
『葉隠』を書いたのは佐賀藩の山本常朝という武士でした。
この山本常朝は華蔵庵という僧房で、湛然和尚に教えを受け、42歳で出家します。
山本常朝は60歳で亡くなるのですが、かれが晩年に著したのが『葉隠』でした。
そして常朝に仏道を指南した湛然和尚は曹洞宗だったんです。
ギズモさんも書いておられましたが、曹洞宗は禅宗ですね。
つまり『葉隠』という武士思想の基礎と、禅宗は密接につながっていました。
司馬さんはそのあたりまでわかっていたはずです。
そのうえで、たとえ武士とはいえ、葉隠のように人間があっさり死ぬほうを選ぶというマインドが、やはり納得いかない。
江戸幕府の連中はみな命を惜しんで腐敗政治の中でのんびりやっていました。
維新の志士だけが突然変異のように、社会のために命を惜しまず、当たって砕けてしまうのだから、不思議におもうのも当然です。
だから司馬さんは、「彼らは未来を信じていたのかしら、生まれかわることを信じていたのかしら」と思案したのでしょう。
司馬さんは上方(大阪)の人です。
司馬さんは商売人ではありませんし、太平洋戦争を経験し、「いつでも死ねることだけが特技だ」というくらい腹の決まった人でしたが、それでもおなじ時代の特攻隊の若者たちでも、家族をおもい、生きることへの執着をのぞかせるなど、逡巡する感情の動きがありました。
そういった極限の状況を知っているからこそ、志士が迷いなく死んでいったということがうまく理解できないんですね。
おそらく志士たちの死の心構えとは、以下のようなシンプルなものだったでしょう。
・じぶんの生き様が恥にならないように生きて、死ぬ。
・どのような形になるにせよ、腐敗しきった現状を変える。
それ以上の……たとえばじぶんの死後の安寧を願って念仏をとなえるだとか、ことさら未来に強い希望を抱いたりとか、あるいは生まれ変わったらもっとよい社会になるようにする、というような「じぶんを救うための考え」は、多くの志士にとっては雑音だったのではないかとおもいます。
それで、みんなこの雑音をできるだけ聞かないようにして、やせ我慢を当たり前のものとして、死んでいったのでしょう。
と、2回続けて司馬さんの話になってしまいました(笑)
この話はこのあたりで切り上げます。
おみくじの話なんですが、うちの親は、おみくじにじぶんの生き方が決められたり振り回されるのがイヤだから、という理由で、寺社にお参りしてもおみくじはひきません。
ぼくは、おみくじを引いたじぶんも含めて、運勢という妙なものを受け止めようとおもうので、おみくじに抵抗はありません。
ぼくの場合は、なにかを信じるとか、指針を得るためにおみくじを引くというよりは、じぶんの力ではどうしようもないことがある、ということを確かめるためにおみくじを引きます。
なので、たとえばおみくじを何度もひいて、そのたびにちがう結果が出るとします。
そのような行動をしてしまうじぶんの運命のおかしさも、おみくじの内容が毎回ちがうことの理不尽さも、じぶんの力ではどうしようもないことなので、受け止めるしかありません。
この「じぶんではどうしようもないことを受け止める」という修行のためにおみくじを引いている、という感覚です(笑)
わたくしごとですが、来週は選挙で、ぼくは自治会長の手前、投票所の立会人として、当日はまる一日、14時間ほど拘束されます(笑)
さらにここ最近は近所の陳情を受け付けたり、その対応で神経をすり減らしています。
こういう立場になってみてわかりましたが、自治会長は上座にすわってふんぞり返るというような性質のものではなくて、ムリヤリ上座にすわらされて、やってることは庶務とか、あるいは中間管理職のようなことばかりです。
お金になるわけでもないですし、みんながこの役回りを嫌がる理由もわかるのですが、こういう役回りを負う人がいないと、公共は立ち行かないんですよね。
言い訳がましくなりますが、いましばらく忙しい時期が続くようで、返信ペースが乱れがちになることをご容赦ください。
もちろんまったく問題ありません。
今回は、前回の続きのような話なんですが、雑談のような調子になってしまいました。
あまりはっきりした結論に至らないのは前回とおなじです。
ことしは7月になってからもなんとも気忙しい日々が続いており、うまくまとめるための時間と気力が足りないのが悩みです。
水無月の件ですが、もうギズモさんには過分なお心遣いをいただいていますから、これ以上は恐縮でとても受け取れません(笑)
水無月に限らず、ぜひギズモさんとご家族のために楽しんでいただければとおもいます。
幕末の志士は後世に興味があったのか、改めて考えてみたのですが、おそらく現代のような未来予想はしていなかったのではないかとおもいます。
それどころか、まさか明治に入って間もなく、武士の時代が終わってしまうわけです。
当の武士たちが、近いうちに武士の身分を取り上げられてしまう未来を予測できていたら、明治維新は起こるはずがありません(笑)
当時の志士たちの行動原理は、以下のようなものでしょう。
「江戸幕府は見掛け倒しの弱腰で、国内からはまるで商売人のように暴利を貪り、海外からの侵略者にはこびへつらい、じぶんが生きることにばかり汲々としていて、だれも命を懸けない。中枢にいる連中は腐敗しきっている。この状況を変えねばならぬ」
これ以上のことは考えていない……というか、具体的にどう世の中が動くかということは、みんな手探りで、わかっていなかったのだとおもいます。
江戸幕藩体制を終わらせたあと、どのように日本を統治するか、新政府と各藩藩主が集まって、共和制について議論したこともありました。
いまの日本は立憲君主制といって、憲法というルールと天皇という君主のいる国ということですね。
共和制の場合は、君主はおらず、選挙によってえらばれた代表者が国家のトップとなります。
しかしこの議論はたった一度行われただけで、まったく煮詰まることもなく、あっさりと立ち消えになりました。
天皇制を廃止するところまで踏み込むのは、維新の機運の中でも、さすがにできなかった(やる気がなかった)のでしょう。
そのように、江戸から明治になる過渡期においては、なにもかもがふわふわとして定まっていませんでした。
旧幕府軍と新政府軍による戊辰戦争、不平士族が西郷をかついで新政府に立ち向かった西南戦争のような内戦も起こっています。
憲法や法律などのシステムについては西洋の文明を移入することにしよう、という、非常に他力本願なところもありました。
つまり、志士たちの将来をおもう気持ちというのは、明確なビジョンがあったわけでなく、やはり司馬さんが言ったように、場当たり的な、禅的なものだったのではないかとおもいます。
志士たちが、じぶんの命だけを手弁当のようにして参加した明治維新には、「禅的な死」という共通認識があったとおもいます。
では禅的な死とはなにかというと、江戸時代に書かれた『葉隠』における有名な「武士道というは死ぬことと見つけたり」という言葉に集約されます。
この「武士道というは……」の部分には続きがあります。
武士道といふは死ぬことと見つけたり。
二つ二つの場にて、早く死ぬかたに片付くばかりなり。
別に仔細なし。
胸すわつて進むなり。
図に当らぬは犬死などといふ事は、上方風の打ち上りたる武道なるべし。
二つ二つの場にて、図に当るやうにわかることは、及ばざることなり。
我人、生きる方がすきなり。多分すきの方に理が付くべし。
若し図にはづれて生きたらば、腰抜けなり。
この境危うきなり。
図にはづれて死にたらば、犬死気違なり。
恥にはならず。これが武道に丈夫なり。
毎朝毎夕、改めては死に改めては死に、常住死身になりて居る時は、武道に自由を得、一生越度なく、家職を仕果すべきなり。
翻訳すると、以下のようになります。
武士道とはつまり、死ぬことだったのだ。
もしふたつの選択肢があった場合は、早く死ぬほうを選ぶ。
むずかしく考えることはない。
腹を決めてそのようにすればよい。
うまくいかなかったら犬死にではないかというような考えは、まるで商売人が考えそうな打算の武士道である。
ふたつの選択肢があった場合、どちらを選んでどうなるか、わかる人間などいない。
もちろん、じぶんを生きている以上、生きるほうが好きなのは当然だろう。
みんななんだかんだ理由をつけて、生きるほうを選ぶものである。
しかし、生きるほうを選んでその選択が間違っていた場合は、腰抜け、恥さらしではないか。
ここが危なっかしいところなのだ。
もし死ぬほうを選んで、それが間違っていたとしたら。
たしかに犬死にかもしれぬ。
わざわざ死ぬほうを選ぶなど、気ちがいと言われるかもしれぬ。
しかしこの場合、犬死に気ちがいではあっても、恥にはならない。
武士道という点では、それでじゅうぶん立派なのである。
毎朝、毎晩、その都度死の覚悟を定めて、つねに死んだ身となっていれば、命を惜しむ心の束縛から自由を得た状態となる。
そうすれば生涯恥をさらすことなく、お家を守ることができるであろう。
ようするに、命を惜しむな、死を恐れるな、というわけです。
司馬さんはこういった武士道マインドを実践して実際に死んでいった志士に、禅を感じて、しかも疑問におもったんですね。
なぜそんなあっさりと死んでしまうのだろう、と。
『葉隠』を書いたのは佐賀藩の山本常朝という武士でした。
この山本常朝は華蔵庵という僧房で、湛然和尚に教えを受け、42歳で出家します。
山本常朝は60歳で亡くなるのですが、かれが晩年に著したのが『葉隠』でした。
そして常朝に仏道を指南した湛然和尚は曹洞宗だったんです。
ギズモさんも書いておられましたが、曹洞宗は禅宗ですね。
つまり『葉隠』という武士思想の基礎と、禅宗は密接につながっていました。
司馬さんはそのあたりまでわかっていたはずです。
そのうえで、たとえ武士とはいえ、葉隠のように人間があっさり死ぬほうを選ぶというマインドが、やはり納得いかない。
江戸幕府の連中はみな命を惜しんで腐敗政治の中でのんびりやっていました。
維新の志士だけが突然変異のように、社会のために命を惜しまず、当たって砕けてしまうのだから、不思議におもうのも当然です。
だから司馬さんは、「彼らは未来を信じていたのかしら、生まれかわることを信じていたのかしら」と思案したのでしょう。
司馬さんは上方(大阪)の人です。
司馬さんは商売人ではありませんし、太平洋戦争を経験し、「いつでも死ねることだけが特技だ」というくらい腹の決まった人でしたが、それでもおなじ時代の特攻隊の若者たちでも、家族をおもい、生きることへの執着をのぞかせるなど、逡巡する感情の動きがありました。
そういった極限の状況を知っているからこそ、志士が迷いなく死んでいったということがうまく理解できないんですね。
おそらく志士たちの死の心構えとは、以下のようなシンプルなものだったでしょう。
・じぶんの生き様が恥にならないように生きて、死ぬ。
・どのような形になるにせよ、腐敗しきった現状を変える。
それ以上の……たとえばじぶんの死後の安寧を願って念仏をとなえるだとか、ことさら未来に強い希望を抱いたりとか、あるいは生まれ変わったらもっとよい社会になるようにする、というような「じぶんを救うための考え」は、多くの志士にとっては雑音だったのではないかとおもいます。
それで、みんなこの雑音をできるだけ聞かないようにして、やせ我慢を当たり前のものとして、死んでいったのでしょう。
と、2回続けて司馬さんの話になってしまいました(笑)
この話はこのあたりで切り上げます。
おみくじの話なんですが、うちの親は、おみくじにじぶんの生き方が決められたり振り回されるのがイヤだから、という理由で、寺社にお参りしてもおみくじはひきません。
ぼくは、おみくじを引いたじぶんも含めて、運勢という妙なものを受け止めようとおもうので、おみくじに抵抗はありません。
ぼくの場合は、なにかを信じるとか、指針を得るためにおみくじを引くというよりは、じぶんの力ではどうしようもないことがある、ということを確かめるためにおみくじを引きます。
なので、たとえばおみくじを何度もひいて、そのたびにちがう結果が出るとします。
そのような行動をしてしまうじぶんの運命のおかしさも、おみくじの内容が毎回ちがうことの理不尽さも、じぶんの力ではどうしようもないことなので、受け止めるしかありません。
この「じぶんではどうしようもないことを受け止める」という修行のためにおみくじを引いている、という感覚です(笑)
わたくしごとですが、来週は選挙で、ぼくは自治会長の手前、投票所の立会人として、当日はまる一日、14時間ほど拘束されます(笑)
さらにここ最近は近所の陳情を受け付けたり、その対応で神経をすり減らしています。
こういう立場になってみてわかりましたが、自治会長は上座にすわってふんぞり返るというような性質のものではなくて、ムリヤリ上座にすわらされて、やってることは庶務とか、あるいは中間管理職のようなことばかりです。
お金になるわけでもないですし、みんながこの役回りを嫌がる理由もわかるのですが、こういう役回りを負う人がいないと、公共は立ち行かないんですよね。
言い訳がましくなりますが、いましばらく忙しい時期が続くようで、返信ペースが乱れがちになることをご容赦ください。
2024年9月 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する
まず、農園主さんのお考えが、トンデモとか眉唾とはみじんも思っていないことを宣言しておきます(*^_^*)
答えの出ないものをいろいろと考えていくのは、「余剰意識」によるものなんですね。
荘子が説いたのは、余剰意識の活用はあまり意味がなく自然に即して考えればいい、ということのようですが、答えが出ないようなこと、考えてもあまり意味がないことをあれこれ考えるのは、楽しいですね。
こういうことができるから、人間っておもしろいんだ、と思います。
生活に必要のない知識や情報は、生きるにおいてさほど重要ではなく、知らなくても差し支えないものかもしれません。
結局は、自己満足の世界、知識欲を満たすだけのものではないかと。
でも、こういったものがなかったら、「知りたい」という欲や好奇心がなかったら、人生は実につまらないものだろうな、と思います。
荘子の教えは、いっさいをあるがままに受け入れる、ということですね。それが自然であると。
これはビートルズの『Let it Be』、「あるがままに、身を委ねなさい」と同じような考え方かと思います。
キリスト教だと、例えば試験勉強を一生懸命やったら、あとは神様に委ねなさい、と教えられます。
委ねてしまい、あとはくよくよと思い悩むな、ということかもしれません。
思い、考え方イコール物の見方であって、それによってずいぶん生き方が変わるのではないか、と思えます。
余剰意識であれやこれやと考え、時には自然に即してあるがままに受け入れる、この二刀流ですね。
今回の記事もずいぶん考えることの多い内容でしたが、すべてが「なるほどなぁ~」と、ストーンと響きました。
私は子どものころから変わっていたのでしょう。今もですが(笑)
人が死んだあと、天国とか地獄に行くというシステムも理解はしていましたが、それを理解はしつつ(天国地獄があるかどうかは別にして)、「見えない・聞こえないだけで、そばにいる(ある)」ように思っていました。
それは本当になんの根拠もない「感覚」としてであり、霊感はないと断言できます(笑)
つまり、この世とあの世は地続きのようなもの、と感じていたわけですね。
分かれ目があるようであって、実はない。
肉体がなくなったあと、「なにか」になって、その辺や、空、宇宙や自然などに「いる。ある」といったらわかりやすいでしょうか。
そこをもっと言えば、転生、ということに関係してくるかもしれません。
(追記)「じぶんの意識とじぶん以外の世界(この場合は蝶の意識)には、じつは分けへだてがないのかもしれません」というのも、この世とあの世に分けへだてがないのかもしれない、ということと、似ている??ように感じます。
以前お話した諸星大二郎の漫画や、手塚治虫の「火の鳥」など、一例ですが、やはり「宇宙」は不可欠だと考えていますね。
農園主さんがおっしゃる「生まれ変わりは地球に限らないぞ」というのも、とっても納得できることです。
人間の身体は「借り物」で、地球や宇宙の歴史のほんの一部分、わずか100年足らずの間借りていて、それを繰り返したり、ほかの何かになったり、悠久の時を漂い続ける、ということかもしれません。
電飾と電球のお話は、例えとしてとても理解しやすいです。
昔読んだなにかに書いてあったことですが、漫画や小説の作り話ではなく、宗教の話でもなく、哲学などに関係する話だったように思います。
無限の宇宙のどこかには、すべてを管轄する絶対的な存在がある。
それを神と呼んでもいいし、高度な文明の宇宙人でもいいし、他の何かでもいい。
その何かが、人間それぞれの人生のシナリオをあらかじめ決定している。
例えば人間がいろいろなことを自分で決めたように思ったとしても、それは実は自分で考えたことではなく、結局はなにものかに生かされ、ゆだね(させられ?)、自然に受け入れていることになる。
これは、農園主さんが書いていらっしゃる「電球がじぶんで灯っているのではなく~」ということのように思えました。
「あらかじめ決められているなら、何も考えず成り行きにまかせよう」と考えるのも、案外難しいことですね。
余剰意識とは、「こころ」と同義、またはこころの一部でしょうか?
唯識論のように、すべてはこころが作り出す仮の世界、と考えると、なんとなくいろいろなことがつながってくるように思えます。
「ジャンケンマン」のお話、いい例をありがとうございます。
確かに理屈をわからない側からすると、マジックか予知ができる「特別なすごい人」ということになりますね(笑)
こういうことが、陰陽道や密教に存在したというのは、とっても興味深いお話です。
さて最後に「トンデモ」話です(笑)
母は、霊感があったわけではないと思うのですが、よく不思議な体験をする人でした。
その中でよく起きていた現象が、「誰かがスカートを引っ張る」というものでした。
私も経験があるのですが、裾のほうをクイっと引っ張られる感覚です。
もちろんそばには誰もいないので、私は「地続きの人だぁ」と自然に思っています。
人(追記・霊)ではなく、動物や妖怪、神仏、未知のなにか、ということもあり得ますね。
答えの出ないものをいろいろと考えていくのは、「余剰意識」によるものなんですね。
荘子が説いたのは、余剰意識の活用はあまり意味がなく自然に即して考えればいい、ということのようですが、答えが出ないようなこと、考えてもあまり意味がないことをあれこれ考えるのは、楽しいですね。
こういうことができるから、人間っておもしろいんだ、と思います。
生活に必要のない知識や情報は、生きるにおいてさほど重要ではなく、知らなくても差し支えないものかもしれません。
結局は、自己満足の世界、知識欲を満たすだけのものではないかと。
でも、こういったものがなかったら、「知りたい」という欲や好奇心がなかったら、人生は実につまらないものだろうな、と思います。
荘子の教えは、いっさいをあるがままに受け入れる、ということですね。それが自然であると。
これはビートルズの『Let it Be』、「あるがままに、身を委ねなさい」と同じような考え方かと思います。
キリスト教だと、例えば試験勉強を一生懸命やったら、あとは神様に委ねなさい、と教えられます。
委ねてしまい、あとはくよくよと思い悩むな、ということかもしれません。
思い、考え方イコール物の見方であって、それによってずいぶん生き方が変わるのではないか、と思えます。
余剰意識であれやこれやと考え、時には自然に即してあるがままに受け入れる、この二刀流ですね。
今回の記事もずいぶん考えることの多い内容でしたが、すべてが「なるほどなぁ~」と、ストーンと響きました。
私は子どものころから変わっていたのでしょう。今もですが(笑)
人が死んだあと、天国とか地獄に行くというシステムも理解はしていましたが、それを理解はしつつ(天国地獄があるかどうかは別にして)、「見えない・聞こえないだけで、そばにいる(ある)」ように思っていました。
それは本当になんの根拠もない「感覚」としてであり、霊感はないと断言できます(笑)
つまり、この世とあの世は地続きのようなもの、と感じていたわけですね。
分かれ目があるようであって、実はない。
肉体がなくなったあと、「なにか」になって、その辺や、空、宇宙や自然などに「いる。ある」といったらわかりやすいでしょうか。
そこをもっと言えば、転生、ということに関係してくるかもしれません。
(追記)「じぶんの意識とじぶん以外の世界(この場合は蝶の意識)には、じつは分けへだてがないのかもしれません」というのも、この世とあの世に分けへだてがないのかもしれない、ということと、似ている??ように感じます。
以前お話した諸星大二郎の漫画や、手塚治虫の「火の鳥」など、一例ですが、やはり「宇宙」は不可欠だと考えていますね。
農園主さんがおっしゃる「生まれ変わりは地球に限らないぞ」というのも、とっても納得できることです。
人間の身体は「借り物」で、地球や宇宙の歴史のほんの一部分、わずか100年足らずの間借りていて、それを繰り返したり、ほかの何かになったり、悠久の時を漂い続ける、ということかもしれません。
電飾と電球のお話は、例えとしてとても理解しやすいです。
昔読んだなにかに書いてあったことですが、漫画や小説の作り話ではなく、宗教の話でもなく、哲学などに関係する話だったように思います。
無限の宇宙のどこかには、すべてを管轄する絶対的な存在がある。
それを神と呼んでもいいし、高度な文明の宇宙人でもいいし、他の何かでもいい。
その何かが、人間それぞれの人生のシナリオをあらかじめ決定している。
例えば人間がいろいろなことを自分で決めたように思ったとしても、それは実は自分で考えたことではなく、結局はなにものかに生かされ、ゆだね(させられ?)、自然に受け入れていることになる。
これは、農園主さんが書いていらっしゃる「電球がじぶんで灯っているのではなく~」ということのように思えました。
「あらかじめ決められているなら、何も考えず成り行きにまかせよう」と考えるのも、案外難しいことですね。
余剰意識とは、「こころ」と同義、またはこころの一部でしょうか?
唯識論のように、すべてはこころが作り出す仮の世界、と考えると、なんとなくいろいろなことがつながってくるように思えます。
「ジャンケンマン」のお話、いい例をありがとうございます。
確かに理屈をわからない側からすると、マジックか予知ができる「特別なすごい人」ということになりますね(笑)
こういうことが、陰陽道や密教に存在したというのは、とっても興味深いお話です。
さて最後に「トンデモ」話です(笑)
母は、霊感があったわけではないと思うのですが、よく不思議な体験をする人でした。
その中でよく起きていた現象が、「誰かがスカートを引っ張る」というものでした。
私も経験があるのですが、裾のほうをクイっと引っ張られる感覚です。
もちろんそばには誰もいないので、私は「地続きの人だぁ」と自然に思っています。
人(追記・霊)ではなく、動物や妖怪、神仏、未知のなにか、ということもあり得ますね。
2024年5月 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する
長くなってしまいました、ごめんなさいm(_ _"m)
手のケガは、ちょっと擦りむいた程度であっても、仕事だけでなく殆どの日常生活(炊事・洗濯・お風呂など)に相当のダメージがありますよね。
疲れている時は思わぬケガもあるので、お気をつけください。
転んで頭を打ったりしたら大変です←頭でなくても大変です。
いつからか、「町中華」という言葉が流行り出しましたが、これもブームなのでしょうね。
チェーン店の場合、町中華というのかどうかはわかりませんが、「ちょい飲み」と言って、小皿料理も安いので、昼間から居酒屋感覚で利用している女性客も多く、ちょっとばかり不思議な光景です(笑)
『死の壁』、一見したエレベーターの狭さから、そのようなことを感じたのでしょうか。
※ここからしばらくは、養老氏の本の内容についての感想ではなく、単純にエレベーターの話です。
両親がいた池袋のマンションは、団地と同程度に狭いエレベーターでした。
と言っても、けっこう大きいマンションでも、だいたい8人乗り程度のエレベーターが設置してあるところが多いと思います。
10数年前ですが、父が腰の痛みで動けなくなり、救急車を呼びました。
担架に乗せられてエレベーターまで来たのですが、どう見てもそのまま入る奥行ではありません。
後ろの壁面が、担架や遺体の搬出用に、抜ける(開く??)ようになっていたことを、この時初めて聞きました。
殆どのエレベーターはそういう構造になっているとのことでしたが、例外ももちろんあって、知人のご主人が担架に乗せられた時は、そのマンションのエレベーターは後ろが抜けて広くなる構造ではなかったので、階段を下りたそうです。
『死の壁』が書かれた頃は、まだお通夜・告別式を家で行うことがあった時代かもしれませんが、一軒家でも集合住宅でも、葬場で行う方が圧倒的に多いかと思います。
そのため、葬儀屋さんがご遺体を斎場もしくは遺体安置所(冷蔵設備のある)に移動させてから、お通夜の際にそこで納棺するという流れになるので、家から棺桶を出すということは、当時も今も、ほぼ無いように思います。
東京ではそういう傾向、ということになるのかもしれませんが。
「生きている人、元気な人のためだけに都市設計されているのはおかしい」という話、これはとても考えさせられることですね。
車椅子の人にとって移動が不便な所が多いと感じますし、ベビーカーの対応にも乗り物は親切とは思えませんが、それでも昔よりは改善されてきてはいます。
『死の壁』、近いうちに読んでみたいと思います。
少し話が逸れますが、私が子どもの頃は、まだ一軒家が多かったからか、家でお葬式をするところが多かったです。
亡くなった人の家の玄関には提灯が吊るされ、喪中忌中の札(間違えていました)、白黒の鯨幕が張られ、学校帰りにその家の前を通らないといけない時は、黙って下を向いてそ~~っと通ったものでした。
今の子どもはそういう場面を知らないし、霊柩車を見たこともなく、人の死というものと自然な関わりが無くなっているような気がします。
昔は、霊柩車が通ったら、自分の親が死なないように親指を内側に隠す、ということを、みんなが普通にやっていましたが(全国的なものかどうかは不明です)、あの仰々しい霊柩車が姿を消し、そういう迷信のようなものもなくなりました。
人の死に関することも、ずいぶんと進化というか、変わってきましたね。
話はまったく変わりますが、スーパーで、3種類のサラダ野菜がひとつの根についているものを見つけました。
根付きなので使う分だけ取って使えます。
フリルレタス??と、赤っぽい葉(名前不明)、サラダ菜みたいな感じの葉の3種です。
198円、普通のレタス1玉分の値段で、ちょっと便利に使えます。
手のケガは、ちょっと擦りむいた程度であっても、仕事だけでなく殆どの日常生活(炊事・洗濯・お風呂など)に相当のダメージがありますよね。
疲れている時は思わぬケガもあるので、お気をつけください。
転んで頭を打ったりしたら大変です←頭でなくても大変です。
いつからか、「町中華」という言葉が流行り出しましたが、これもブームなのでしょうね。
チェーン店の場合、町中華というのかどうかはわかりませんが、「ちょい飲み」と言って、小皿料理も安いので、昼間から居酒屋感覚で利用している女性客も多く、ちょっとばかり不思議な光景です(笑)
『死の壁』、一見したエレベーターの狭さから、そのようなことを感じたのでしょうか。
※ここからしばらくは、養老氏の本の内容についての感想ではなく、単純にエレベーターの話です。
両親がいた池袋のマンションは、団地と同程度に狭いエレベーターでした。
と言っても、けっこう大きいマンションでも、だいたい8人乗り程度のエレベーターが設置してあるところが多いと思います。
10数年前ですが、父が腰の痛みで動けなくなり、救急車を呼びました。
担架に乗せられてエレベーターまで来たのですが、どう見てもそのまま入る奥行ではありません。
後ろの壁面が、担架や遺体の搬出用に、抜ける(開く??)ようになっていたことを、この時初めて聞きました。
殆どのエレベーターはそういう構造になっているとのことでしたが、例外ももちろんあって、知人のご主人が担架に乗せられた時は、そのマンションのエレベーターは後ろが抜けて広くなる構造ではなかったので、階段を下りたそうです。
『死の壁』が書かれた頃は、まだお通夜・告別式を家で行うことがあった時代かもしれませんが、一軒家でも集合住宅でも、葬場で行う方が圧倒的に多いかと思います。
そのため、葬儀屋さんがご遺体を斎場もしくは遺体安置所(冷蔵設備のある)に移動させてから、お通夜の際にそこで納棺するという流れになるので、家から棺桶を出すということは、当時も今も、ほぼ無いように思います。
東京ではそういう傾向、ということになるのかもしれませんが。
「生きている人、元気な人のためだけに都市設計されているのはおかしい」という話、これはとても考えさせられることですね。
車椅子の人にとって移動が不便な所が多いと感じますし、ベビーカーの対応にも乗り物は親切とは思えませんが、それでも昔よりは改善されてきてはいます。
『死の壁』、近いうちに読んでみたいと思います。
少し話が逸れますが、私が子どもの頃は、まだ一軒家が多かったからか、家でお葬式をするところが多かったです。
亡くなった人の家の玄関には提灯が吊るされ、
今の子どもはそういう場面を知らないし、霊柩車を見たこともなく、人の死というものと自然な関わりが無くなっているような気がします。
昔は、霊柩車が通ったら、自分の親が死なないように親指を内側に隠す、ということを、みんなが普通にやっていましたが(全国的なものかどうかは不明です)、あの仰々しい霊柩車が姿を消し、そういう迷信のようなものもなくなりました。
人の死に関することも、ずいぶんと進化というか、変わってきましたね。
話はまったく変わりますが、スーパーで、3種類のサラダ野菜がひとつの根についているものを見つけました。
根付きなので使う分だけ取って使えます。
フリルレタス??と、赤っぽい葉(名前不明)、サラダ菜みたいな感じの葉の3種です。
198円、普通のレタス1玉分の値段で、ちょっと便利に使えます。
2024年2月 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する
ガンズのファーストアルバムにして、ロックアルバム最高峰のひとつ「アペタイト・フォー・ディストラクション」ですが、この最初の曲は有名な「ウエルカム・トゥ・ジャングル」です。
ぼくは、この、アルバム最後の「ロケットクイーン」が好き。
曲調が途中で変わるんですが、変わる前も変わった後も好き。
いい年した田舎のおじさんが好き・好きと、われながらうるせえなとおもいますが、好きなんだからしゃあないです。
この液体がしたたり落ちるような奇妙な映像エフェクトがなければとおもうのですが、それはともかく、マイケルのダンスはいまでいう「キレッキレ」とはまったく違うんですよね。
あれだけ激しい動きにも関わらず「静」を感じるのが不思議で、いまどきの筋肉にモノをいわすようなダンスとはちょっとちがう。
この動画はマイケルの昔のもののようで、口パクでもない、貴重なものだとおもうんですが、返す返す映像エフェクトが……。
ドイツにGDPが抜かれたといって大騒ぎしてるけど、素人目でもなにが原因かわかります。
なんでもかんでも「ムダを省け」といって、効率化を騒ぎ立てた結果、日本そのものがダウンサイジングしたのが原因です。
ダウンサイジングすることが命題化して、だれも大きな志でモノを言うことがなくなった。
特に新自由主義の人たちにその傾向が顕著ですが、バブル崩壊以降、ムダがじつはとても大事なんだという価値観を許さなかったのが痛い。
なんでもかんでも縛り付けて、ムダなくシステム化していく世の中ではなく、国民に大胆と言えるほどの自由を与えて、そこから志を生み出していく努力が必要なんですが、果たしていまの日本に「自由を与える」心の余裕があるかどうか。
なんでもかんでも「ムダを省け」といって、効率化を騒ぎ立てた結果、日本そのものがダウンサイジングしたのが原因です。
ダウンサイジングすることが命題化して、だれも大きな志でモノを言うことがなくなった。
特に新自由主義の人たちにその傾向が顕著ですが、バブル崩壊以降、ムダがじつはとても大事なんだという価値観を許さなかったのが痛い。
なんでもかんでも縛り付けて、ムダなくシステム化していく世の中ではなく、国民に大胆と言えるほどの自由を与えて、そこから志を生み出していく努力が必要なんですが、果たしていまの日本に「自由を与える」心の余裕があるかどうか。
大根が余っているので、切り干し大根をつくっています。
3本もあれば干しかごが埋まるだろうとおもっていたんですが、いざやってみると、1本でカゴ一杯に。
晴れてる日は外干しで、曇りや雨のときは除湿器で、だいたい一週間ほど乾燥させます。
切り干し大根は保存食のようにおもえますが、乾燥させたものをそのまま常温で保存すると空気中の湿気を吸ってわるくなりますから、冷蔵庫か冷凍庫で保存します。
水で戻して薄揚げとお出汁で炊くだけでもじゅうぶんおいしい煮物になるし、そこに竹輪でも加えれば文句なしです。
3本もあれば干しかごが埋まるだろうとおもっていたんですが、いざやってみると、1本でカゴ一杯に。
晴れてる日は外干しで、曇りや雨のときは除湿器で、だいたい一週間ほど乾燥させます。
切り干し大根は保存食のようにおもえますが、乾燥させたものをそのまま常温で保存すると空気中の湿気を吸ってわるくなりますから、冷蔵庫か冷凍庫で保存します。
水で戻して薄揚げとお出汁で炊くだけでもじゅうぶんおいしい煮物になるし、そこに竹輪でも加えれば文句なしです。
2024年1月 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する
書こうとおもって忘れてました。
去年末、タモリが徹子の部屋に出演していて、これはまあ毎年年末には出演なさってるんですが、そこでタモリが、最近の若い子が「ヨーデル話法」になってるというんです。
営業がうちにくるとき、盛り上げたい話になると声が裏返るというんですが、番組をみているときは、あんまり実感がありませんでした。
ところがその後レコード大賞や紅白歌合戦をみていると、若いミュージシャンがみんな裏声を取り混ぜたヨーデルのような歌い方をしてるんですよ。
紅白のトリの福山雅治までヨーデルみたいな歌い方をしているので、さすがに親は「これはむかしの曲やろ」といって、ぼくが調べたら2023年の曲。
親も唖然としていました。
これは、タモリの慧眼なのかなんなのか、世の中がヨーデルになってるじゃないかと、不思議な気分になったものです。
ぼくがみたのはミュージシャンだけでしたが、世の中が裏声ブームになってるなんて。
おそらくうちのような田舎にはやってこようはずもない流行でしょうが、都市部ではそんな変化があるのかもなあ、と他人事のようにおもっている間に、もう小正月です。
#与太話
去年末、タモリが徹子の部屋に出演していて、これはまあ毎年年末には出演なさってるんですが、そこでタモリが、最近の若い子が「ヨーデル話法」になってるというんです。
営業がうちにくるとき、盛り上げたい話になると声が裏返るというんですが、番組をみているときは、あんまり実感がありませんでした。
ところがその後レコード大賞や紅白歌合戦をみていると、若いミュージシャンがみんな裏声を取り混ぜたヨーデルのような歌い方をしてるんですよ。
紅白のトリの福山雅治までヨーデルみたいな歌い方をしているので、さすがに親は「これはむかしの曲やろ」といって、ぼくが調べたら2023年の曲。
親も唖然としていました。
これは、タモリの慧眼なのかなんなのか、世の中がヨーデルになってるじゃないかと、不思議な気分になったものです。
ぼくがみたのはミュージシャンだけでしたが、世の中が裏声ブームになってるなんて。
おそらくうちのような田舎にはやってこようはずもない流行でしょうが、都市部ではそんな変化があるのかもなあ、と他人事のようにおもっている間に、もう小正月です。
#与太話
遠藤周作『深い河』を聞く。
最後まで聞いて、なんだこの終わり方は、と戸惑いました。
あ、小説を読んでいない場合はここまでにしてください(笑)
ここからはネタバレを含む解説になります。
この小説、主人公たちが最終的にどうじぶんの心に決着をつけたか、というカタルシスがなくて、美津子が大津の危篤を知らされるシーンでぶつりと完結してしまうのです。
これで終わり。
おい、大津はどうなって、美津子はどうなったんだ、と言いたくなります。
しかしこの小説、突然終わってしまう不思議な小説ですね、という感想ですむ話でないことはたしかです。
この中途半端なところで終わらねばならない理由がある。
そこを考えてみようとおもいます。
この小説がどういう物語かというアウトラインは読んでもらわねば仕方ないんですが、深い河というのは単にガンジス川という意味ではないでしょう。
ふたつの岸を隔てる大きな川、というニュアンスが含められているとおもいます。
ひとつには、もちろん生者の世界と死者の世界を隔てる深い河。
宗教と無宗教(無神論)を隔てる深い河。
そして多神教(汎神論)と一神論を隔てる深い河。
宗教と宗教や、おなじ宗教どうしや、宗教と政治が対立する深い河。
さらに日本でいえば、太平洋戦争を経た世代と、その後の資本主義社会を生きる世代の価値観、考え方のちがいを隔てる深い河。
こういった対立的な要素がそこかしこにちりばめられていて、読み手はややもするとこの対立構造にいらだつようになっています。
わざといらだつように、遠藤さんが誘導しているのでしょう。
しかしこの対立のいら立ちは、インディラ・ガンディー首相が暗殺されたことによるインド国民の暴動でピークを迎え、そこに巻き込まれる大津の自己犠牲によって雲散霧消してしまいます。
そして、どうなるのか、ということが、読み手に放り投げられました。
信仰をもたない無神論者の美津子は、汎神論者である大津を蹂躙し、信仰から引きずり下ろそうとします。
が、最終的には大津のたゆまぬ信仰心に打たれるようになっていきます。
そしてあの最後の唐突な、大津の危篤を知らされる場面。
どうしてあの終わり方なのか、ということを考えると、ぼくはこう考えます。
遠藤周作の最晩年に書かれたこの作品は、信仰を持つ人に向けて書いたのではなく、美津子のように信仰を持たないあたらしい世代に向けて書いたはずです。
もし日本がひとつの信仰を頑なに守るような国柄だったなら、この作品は生まれなかったか、まったくべつの問題提起になっていたことでしょう。
個人主義社会の中でだれもがじぶんのことしか考えないようになり、どこかで人間や社会を冷笑していて、資本主義というあたらしいムーブメントに首ったけになっている、そんなわれわれの世代は、物質社会の恩恵をろくに受けず(受けられず)、それでも信仰に生きる大津の、無私で普遍的な自己犠牲をどうとらえるか。
しかしそこに遠藤さんがヒントを与えないものだから、読み手は戸惑うんですよね。
美津子が大津の危篤に際して、どう行動したかということも、描かなかった。
そこを描いてしまうと、作品が野暮ったく、説教臭いものになってしまう、ということをわかっていて、筆をおいたのでしょう。
ぼくなどは、美津子は大津に帰依するほかないとおもいます。
どう考えたって、大津(あるいは大津の死)にひざまずき、生涯をかけて大津という人間に向き合う以外に道はありません。
けれどぼくがもっと若い時期であれば、大津の自己犠牲は尊いけれど、べつに美津子が生き方を変える必要はないし、大津が犠牲を払ったのだから信仰を持てというストーリーだと、押しつけがましくてイヤだな、とおもっていたはずです。
たぶん遠藤さんはそのへんを見抜いていて、いろんな層の読者に時限爆弾をしかけるように、結末を描かなかった。
この結末の続きをどう考えるかは、おそらく世代間でかなりちがう、ということなんだとおもいます。
畳む
最後まで聞いて、なんだこの終わり方は、と戸惑いました。
あ、小説を読んでいない場合はここまでにしてください(笑)
ここからはネタバレを含む解説になります。
この小説、主人公たちが最終的にどうじぶんの心に決着をつけたか、というカタルシスがなくて、美津子が大津の危篤を知らされるシーンでぶつりと完結してしまうのです。
「あなたの友人ですか、怪我をした日本人は……」
と彼は唾をのみこんで言った。
「危篤だそうです。一時間ほど前から状態が急変しました」
これで終わり。
おい、大津はどうなって、美津子はどうなったんだ、と言いたくなります。
しかしこの小説、突然終わってしまう不思議な小説ですね、という感想ですむ話でないことはたしかです。
この中途半端なところで終わらねばならない理由がある。
そこを考えてみようとおもいます。
この小説がどういう物語かというアウトラインは読んでもらわねば仕方ないんですが、深い河というのは単にガンジス川という意味ではないでしょう。
ふたつの岸を隔てる大きな川、というニュアンスが含められているとおもいます。
ひとつには、もちろん生者の世界と死者の世界を隔てる深い河。
宗教と無宗教(無神論)を隔てる深い河。
そして多神教(汎神論)と一神論を隔てる深い河。
宗教と宗教や、おなじ宗教どうしや、宗教と政治が対立する深い河。
さらに日本でいえば、太平洋戦争を経た世代と、その後の資本主義社会を生きる世代の価値観、考え方のちがいを隔てる深い河。
こういった対立的な要素がそこかしこにちりばめられていて、読み手はややもするとこの対立構造にいらだつようになっています。
わざといらだつように、遠藤さんが誘導しているのでしょう。
しかしこの対立のいら立ちは、インディラ・ガンディー首相が暗殺されたことによるインド国民の暴動でピークを迎え、そこに巻き込まれる大津の自己犠牲によって雲散霧消してしまいます。
そして、どうなるのか、ということが、読み手に放り投げられました。
信仰をもたない無神論者の美津子は、汎神論者である大津を蹂躙し、信仰から引きずり下ろそうとします。
が、最終的には大津のたゆまぬ信仰心に打たれるようになっていきます。
そしてあの最後の唐突な、大津の危篤を知らされる場面。
どうしてあの終わり方なのか、ということを考えると、ぼくはこう考えます。
遠藤周作の最晩年に書かれたこの作品は、信仰を持つ人に向けて書いたのではなく、美津子のように信仰を持たないあたらしい世代に向けて書いたはずです。
もし日本がひとつの信仰を頑なに守るような国柄だったなら、この作品は生まれなかったか、まったくべつの問題提起になっていたことでしょう。
個人主義社会の中でだれもがじぶんのことしか考えないようになり、どこかで人間や社会を冷笑していて、資本主義というあたらしいムーブメントに首ったけになっている、そんなわれわれの世代は、物質社会の恩恵をろくに受けず(受けられず)、それでも信仰に生きる大津の、無私で普遍的な自己犠牲をどうとらえるか。
しかしそこに遠藤さんがヒントを与えないものだから、読み手は戸惑うんですよね。
美津子が大津の危篤に際して、どう行動したかということも、描かなかった。
そこを描いてしまうと、作品が野暮ったく、説教臭いものになってしまう、ということをわかっていて、筆をおいたのでしょう。
ぼくなどは、美津子は大津に帰依するほかないとおもいます。
どう考えたって、大津(あるいは大津の死)にひざまずき、生涯をかけて大津という人間に向き合う以外に道はありません。
けれどぼくがもっと若い時期であれば、大津の自己犠牲は尊いけれど、べつに美津子が生き方を変える必要はないし、大津が犠牲を払ったのだから信仰を持てというストーリーだと、押しつけがましくてイヤだな、とおもっていたはずです。
たぶん遠藤さんはそのへんを見抜いていて、いろんな層の読者に時限爆弾をしかけるように、結末を描かなかった。
この結末の続きをどう考えるかは、おそらく世代間でかなりちがう、ということなんだとおもいます。
畳む
1273
TVerのご紹介ありがとうございました。
妙義大権現について調べていると、ここの権現信仰は不思議で……たとえば秋葉権現は秋葉三尺坊という人間離れした修験者の伝説から由来しているわけですが、妙義権現の伝説は以下のようなものです。
法性坊尊意僧正という比叡山の13代目天台座主がいました。(比叡山の〇〇坊、というのがいかにも天狗っぽいですね)
知徳にすぐれその名は広く知れ渡り、特異な力を持つ修験者であり、菅原道真の師でもありました。
天慶3年(940年)2月23日、沐浴ののち無病にて逝去します。75歳。(84歳とも)
それから67年後の寛弘3年(1006年)2月24日、妙義山で三歳の児童が神憑りになり、こんな神託を述べました。
「わたしは比叡山の座主、尊意である。前世からの因縁があり、悪魔を法力によって鎮め、仏法を守護するためこの山に住む。妙義権現というべし。」
この妙義権現は、3歳児のことをいうのではなく、妙義山に住み着いた尊意僧正の霊気のことをいうのでしょう。
ところで、妙義山に掲げられている「大」は、妙義大権現の大であり、一説には大日如来の大ともいわれるそうです。
権現は天狗信仰であり山岳信仰です。
大日如来は密教・真言宗の本尊、つまり空海による高野山、高野聖をイメージするとわかりやすいんですが、これも山岳仏教です。
しかしよく考えると、妙義権現は天台宗の13代目の座主です。
天台宗なんです。
大日如来はというと真言宗です。
空海の真言宗と、最澄の天台宗がごちゃごちゃになってるんですよね。
そして神道の側面ではヤマトタケルが祭神になりました。
そのヤマトタケルも権現とむすびついて、武尊大権現となる。
全体的にご神体に対する観念がゆるいというか、節操がないようにもおもえます(笑)
そのゆるさの原因を考えると、妙義山はもともと、仏教色の強い権現信仰の修験道、霊山だったのでしょう。
はっきりしたご神体よりも、山体そのもののほうが重要だったんだとおもいます。
もともと妙義山という奇岩への信仰があって、そこに権現や大日如来というような概念が肉付けされていったと考えると、ヤマトタケルが武尊大権現になる理由もわかる気がします。
つまり妙義山の実質的な本尊は山体そのものなので、それが尊意僧正の伝説であったとしても、あるいは大日如来だったとしても、あるいはヤマトタケル権現だったとしても、そういった偶像の物語は、おまけみたいなものというわけです(笑)
大事なのは、崇敬すべき妙義山があることなのでしょう。
日本でもパクチーの需要が高まれば、品質も高まり、値段も安くなるはずですが、一時期パクチーブームのようなものがメディアによって取り立てられたものの、やはり食習慣に根付くところまではいかなかったようですね。
野菜の種では「コリアンダー」の名前で親しまれていますが、この葉野菜はそだてるのはカンタンです。
害虫も少なく、家庭菜園レベルなら無農薬で育てられる印象があります。
しかり営利で育てるのは、ほとんど売れない可能性があるので怖いですね(笑)
ネット上の付き合いに関しては、おもうところはあります。
ぼくは、ネット上の交友を離れてリアルの交友になることが、とても大事なことだと感じています。
そうならない間にだれかが亡くなるというのは、ギズモさんのおっしゃる「SNSでのおつきあいというのはそういうもの」という段階で終わってしまうことでしょう。
バーチャルな世界でだれかが亡くなるというのは、もちろんわれわれはそこにも人間の死を想像はするのですが、相手の人間そのものを知らない以上、結局はアバターの死、あるいはその方が残した情報の死なんですよね。
しかし、人の顔のみえない軽い付き合いのほうがラクでいい、というのがいまの社会のホンネのようにもおもえますし、その点では「ネットからリアルへ」を求めるぼくは、旧時代の人間なのかもしれません。
いまどき、オフ会という言葉も聞かなくなりましたしね(笑)
TVerのご紹介ありがとうございました。
妙義大権現について調べていると、ここの権現信仰は不思議で……たとえば秋葉権現は秋葉三尺坊という人間離れした修験者の伝説から由来しているわけですが、妙義権現の伝説は以下のようなものです。
法性坊尊意僧正という比叡山の13代目天台座主がいました。(比叡山の〇〇坊、というのがいかにも天狗っぽいですね)
知徳にすぐれその名は広く知れ渡り、特異な力を持つ修験者であり、菅原道真の師でもありました。
天慶3年(940年)2月23日、沐浴ののち無病にて逝去します。75歳。(84歳とも)
それから67年後の寛弘3年(1006年)2月24日、妙義山で三歳の児童が神憑りになり、こんな神託を述べました。
「わたしは比叡山の座主、尊意である。前世からの因縁があり、悪魔を法力によって鎮め、仏法を守護するためこの山に住む。妙義権現というべし。」
この妙義権現は、3歳児のことをいうのではなく、妙義山に住み着いた尊意僧正の霊気のことをいうのでしょう。
ところで、妙義山に掲げられている「大」は、妙義大権現の大であり、一説には大日如来の大ともいわれるそうです。
権現は天狗信仰であり山岳信仰です。
大日如来は密教・真言宗の本尊、つまり空海による高野山、高野聖をイメージするとわかりやすいんですが、これも山岳仏教です。
しかしよく考えると、妙義権現は天台宗の13代目の座主です。
天台宗なんです。
大日如来はというと真言宗です。
空海の真言宗と、最澄の天台宗がごちゃごちゃになってるんですよね。
そして神道の側面ではヤマトタケルが祭神になりました。
そのヤマトタケルも権現とむすびついて、武尊大権現となる。
全体的にご神体に対する観念がゆるいというか、節操がないようにもおもえます(笑)
そのゆるさの原因を考えると、妙義山はもともと、仏教色の強い権現信仰の修験道、霊山だったのでしょう。
はっきりしたご神体よりも、山体そのもののほうが重要だったんだとおもいます。
もともと妙義山という奇岩への信仰があって、そこに権現や大日如来というような概念が肉付けされていったと考えると、ヤマトタケルが武尊大権現になる理由もわかる気がします。
つまり妙義山の実質的な本尊は山体そのものなので、それが尊意僧正の伝説であったとしても、あるいは大日如来だったとしても、あるいはヤマトタケル権現だったとしても、そういった偶像の物語は、おまけみたいなものというわけです(笑)
大事なのは、崇敬すべき妙義山があることなのでしょう。
日本でもパクチーの需要が高まれば、品質も高まり、値段も安くなるはずですが、一時期パクチーブームのようなものがメディアによって取り立てられたものの、やはり食習慣に根付くところまではいかなかったようですね。
野菜の種では「コリアンダー」の名前で親しまれていますが、この葉野菜はそだてるのはカンタンです。
害虫も少なく、家庭菜園レベルなら無農薬で育てられる印象があります。
しかり営利で育てるのは、ほとんど売れない可能性があるので怖いですね(笑)
ネット上の付き合いに関しては、おもうところはあります。
ぼくは、ネット上の交友を離れてリアルの交友になることが、とても大事なことだと感じています。
そうならない間にだれかが亡くなるというのは、ギズモさんのおっしゃる「SNSでのおつきあいというのはそういうもの」という段階で終わってしまうことでしょう。
バーチャルな世界でだれかが亡くなるというのは、もちろんわれわれはそこにも人間の死を想像はするのですが、相手の人間そのものを知らない以上、結局はアバターの死、あるいはその方が残した情報の死なんですよね。
しかし、人の顔のみえない軽い付き合いのほうがラクでいい、というのがいまの社会のホンネのようにもおもえますし、その点では「ネットからリアルへ」を求めるぼくは、旧時代の人間なのかもしれません。
いまどき、オフ会という言葉も聞かなくなりましたしね(笑)
今度は私が言葉足らずだったと思うので補足です。
農園主さんとは、ネット、sns でのおつきあいとは違うと思っているので、1273で書いたことは、一般的なネットでの人付き合いの話です(*^^*)
農園主さんとは、ネット、sns でのおつきあいとは違うと思っているので、1273で書いたことは、一般的なネットでの人付き合いの話です(*^^*)
2023年12月 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する
三尸の虫の話は道教でしたね。
庚申信仰というのは、なかなかややこしいですね。
なんとなくですが、神社に行ってお参りするというより、もっと地域的な、人とのつながりを感じま・・・・。
・・・ここでちょっと気になったので、ネットで検索してきましたが、やっぱり「講」もあったんですね。
小野照崎神社、お参りしたことはありませんが、地獄と行き来していたという、小野篁の神社ですね。
ネットで写真を見ると(HPではありません)、まゆ玉みくじの結び処は、五芒星の形になっています。
雅楽の奉納やいろいろな神事もあり、けっこう規模の大きい神社のようです。
SNSで公式サイトがあり、最近は全然読んでいませんでしたが、さきほど見たら猿田彦・庚申塚についての記事がありました。
https://note.com/onoteru/n/n68a01c76be86
猿田彦役の人、天狗のようなお面をつけていますね。
あの一本歯の下駄は、山伏が履く下駄でしょうか。
神職の人が猿田彦役なのかどうかわかりませんが、あれでちゃんと歩けるのか心配です(笑)
(追記)
この世とあの世の境「六道の辻」に立つ六道珍皇寺の境内には、小野篁が冥土通いに使ったと伝わる井戸がある。六道の「六」がまたありました。
曾祖母の話、個人的なことで申し訳なかったのですが、農園主さんが仰ってくださったこと、よくわかります。
曾祖母のお墓があるお寺は浄土宗なのですが、昔は菩提寺というものは信仰とは別で、単純に先祖のお墓があるからお参りするというものだったのかもしれません。
日本では、特定の宗教一種類だけを信心している人はごくわずかだと思います。
クリスチャンの場合は、寺社仏閣で手を合わせない、お焼香はしないという暗黙の了解があるようですが、郷に入っては~~という感覚がないのかな?と思います。
私もクリスチャンだった時期があるので、そのような融通のきかない姿勢は気になります。
お地蔵さま(高岩寺)や、他のお寺では、お賽銭箱の前で二礼二拍手をしている人がよくいます。
神仏はそのようなことは気にしないと思いながらも、お参りの最中のパンパンという音は、ちょっとイラッとします(笑)←修行が足りない(>_<)
庚申信仰というのは、なかなかややこしいですね。
なんとなくですが、神社に行ってお参りするというより、もっと地域的な、人とのつながりを感じま・・・・。
・・・ここでちょっと気になったので、ネットで検索してきましたが、やっぱり「講」もあったんですね。
小野照崎神社、お参りしたことはありませんが、地獄と行き来していたという、小野篁の神社ですね。
ネットで写真を見ると(HPではありません)、まゆ玉みくじの結び処は、五芒星の形になっています。
雅楽の奉納やいろいろな神事もあり、けっこう規模の大きい神社のようです。
SNSで公式サイトがあり、最近は全然読んでいませんでしたが、さきほど見たら猿田彦・庚申塚についての記事がありました。
https://note.com/onoteru/n/n68a01c76be86
猿田彦役の人、天狗のようなお面をつけていますね。
あの一本歯の下駄は、山伏が履く下駄でしょうか。
神職の人が猿田彦役なのかどうかわかりませんが、あれでちゃんと歩けるのか心配です(笑)
(追記)
この世とあの世の境「六道の辻」に立つ六道珍皇寺の境内には、小野篁が冥土通いに使ったと伝わる井戸がある。六道の「六」がまたありました。
曾祖母の話、個人的なことで申し訳なかったのですが、農園主さんが仰ってくださったこと、よくわかります。
曾祖母のお墓があるお寺は浄土宗なのですが、昔は菩提寺というものは信仰とは別で、単純に先祖のお墓があるからお参りするというものだったのかもしれません。
日本では、特定の宗教一種類だけを信心している人はごくわずかだと思います。
クリスチャンの場合は、寺社仏閣で手を合わせない、お焼香はしないという暗黙の了解があるようですが、郷に入っては~~という感覚がないのかな?と思います。
私もクリスチャンだった時期があるので、そのような融通のきかない姿勢は気になります。
お地蔵さま(高岩寺)や、他のお寺では、お賽銭箱の前で二礼二拍手をしている人がよくいます。
神仏はそのようなことは気にしないと思いながらも、お参りの最中のパンパンという音は、ちょっとイラッとします(笑)←修行が足りない(>_<)
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猿田彦大神庚申堂のご紹介、ありがとうございます。
参考になりました。
庚申信仰はほんとうに不思議で、道教の影響を受けながら、闇鍋のように天台宗、山岳信仰、神道などをごった煮にしているでしょう。
もうすでに江戸時代末期には自然衰退していたといいますが、日本の信仰としては傍流扱いだったためか、明治の神仏分離の直接的な迫害の影響は少なかったようですね。
大阪の四天王寺にも庚申堂があります。
大阪市のホームページでは、庚申信仰の発祥の地であるというのですが、それにしては四天王寺の境内からは外れたところにあり、一般的な都市部のお寺くらいの広さです。
ぼくは庚申信仰について知らないまま、四天王寺あたりを自転車でぶらぶらしていて、このお堂をみつけました。
三猿がいたり、本尊が青面金剛で、三尸の虫の伝説など、非常に変わった伝説があることにおどろいたんですが、たしかあのときはたまたま庚申まいりの日だったかなにかで、それなりに賑わっていたんですよね。
記憶があいまいなんですが、3千円くらいだったかで、お線香とお札だったかを買うことで、中のお堂でご祈祷をしてもらえるようで、ぼくがいた数十分の間にも何組かが購入していました。
あの人々はほんとうに庚申信仰をしているのか、四天王寺の信仰のついでなのか、そのあたりはよくわかりません。
日本三大庚申は、京都八坂、東京浅草寺、大阪四天王寺のみっつなのだそうですが、浅草の入谷庚申堂はいまはなく、小野照崎神社に塚がうつされているようです。
そう考えると、巣鴨の庚申塚駅のほうが信仰としてはまだ残っている感じがありますが、マジメに庚申信仰をしている人はもうほとんどいないのではないかという気がします。
南無大師遍照金剛ということは、真言宗ですね。
日本のいわゆる十三宗で、南無〇〇、という唱名で、日本の僧侶の名前が入るのは、空海(真言宗)と最澄(天台宗)という、同時期を生きたふたりなんですよね。
唱名が、真言宗では南無大師遍照金剛、天台宗では南無宗祖根本伝教大師福聚金剛。
ほかは基本的に南無釈迦牟尼仏や南無阿弥陀仏、日蓮宗は法華経そのものが本尊で南無妙法蓮華経ですね。
そういう意味では、鎌倉以降に出てきた開祖たちと比べて、空海と最澄……とりわけ空海は人間というよりは超越した概念として扱われている感じです。
あくまでぼくの解釈ですが、神仏はわれわれに信仰を押し付けたりはしないので、曾祖母様がみられた夢は、ご自身の心の中に、信仰をおろそかにしているという自覚があったのではないかとおもうのです。
それが夢という形を借りて出てきて、じぶんへの戒めとして心に刻まれた。
信仰というのは、時代の変化、じぶんをとりまく環境の変化、じぶんの心境の変化によって揺らぐもので、ぼくのような気まぐれな人間は特にそうなりやすいから特定の信仰をもたないんですが、曾祖母様はもっと確固たる信仰を目指しておられて、忸怩たるおもいがあったのではないか、とおもった次第です。
猿田彦大神庚申堂のご紹介、ありがとうございます。
参考になりました。
庚申信仰はほんとうに不思議で、道教の影響を受けながら、闇鍋のように天台宗、山岳信仰、神道などをごった煮にしているでしょう。
もうすでに江戸時代末期には自然衰退していたといいますが、日本の信仰としては傍流扱いだったためか、明治の神仏分離の直接的な迫害の影響は少なかったようですね。
大阪の四天王寺にも庚申堂があります。
大阪市のホームページでは、庚申信仰の発祥の地であるというのですが、それにしては四天王寺の境内からは外れたところにあり、一般的な都市部のお寺くらいの広さです。
ぼくは庚申信仰について知らないまま、四天王寺あたりを自転車でぶらぶらしていて、このお堂をみつけました。
三猿がいたり、本尊が青面金剛で、三尸の虫の伝説など、非常に変わった伝説があることにおどろいたんですが、たしかあのときはたまたま庚申まいりの日だったかなにかで、それなりに賑わっていたんですよね。
記憶があいまいなんですが、3千円くらいだったかで、お線香とお札だったかを買うことで、中のお堂でご祈祷をしてもらえるようで、ぼくがいた数十分の間にも何組かが購入していました。
あの人々はほんとうに庚申信仰をしているのか、四天王寺の信仰のついでなのか、そのあたりはよくわかりません。
日本三大庚申は、京都八坂、東京浅草寺、大阪四天王寺のみっつなのだそうですが、浅草の入谷庚申堂はいまはなく、小野照崎神社に塚がうつされているようです。
そう考えると、巣鴨の庚申塚駅のほうが信仰としてはまだ残っている感じがありますが、マジメに庚申信仰をしている人はもうほとんどいないのではないかという気がします。
南無大師遍照金剛ということは、真言宗ですね。
日本のいわゆる十三宗で、南無〇〇、という唱名で、日本の僧侶の名前が入るのは、空海(真言宗)と最澄(天台宗)という、同時期を生きたふたりなんですよね。
唱名が、真言宗では南無大師遍照金剛、天台宗では南無宗祖根本伝教大師福聚金剛。
ほかは基本的に南無釈迦牟尼仏や南無阿弥陀仏、日蓮宗は法華経そのものが本尊で南無妙法蓮華経ですね。
そういう意味では、鎌倉以降に出てきた開祖たちと比べて、空海と最澄……とりわけ空海は人間というよりは超越した概念として扱われている感じです。
あくまでぼくの解釈ですが、神仏はわれわれに信仰を押し付けたりはしないので、曾祖母様がみられた夢は、ご自身の心の中に、信仰をおろそかにしているという自覚があったのではないかとおもうのです。
それが夢という形を借りて出てきて、じぶんへの戒めとして心に刻まれた。
信仰というのは、時代の変化、じぶんをとりまく環境の変化、じぶんの心境の変化によって揺らぐもので、ぼくのような気まぐれな人間は特にそうなりやすいから特定の信仰をもたないんですが、曾祖母様はもっと確固たる信仰を目指しておられて、忸怩たるおもいがあったのではないか、とおもった次第です。
2023年11月 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する
ショットバー、いいですね~。
しかもバンド。
農園主さんは、本当に広く深くの世界ですね。
それ、怖いですね。
東京駅の地下にシェルターがあるとかないとかの話より、現実味があります。
AIも、そういった軍事のためのものを作れるように開発されていそうな、、、と言うと、本当にロボットアニメの世界になってしまいますが(笑)
まったく有り得ない、と断言できることでもないし、考え出すときりがないので、
まずは平和に、お寿司の上にのせる具材を何にするか、そちらの方を考えることにします(笑)
さっき、届きました。
週末に作ろうと思います。
ご紹介、ありがとうございました。
私の場合、エビ(お寿司屋さんにある、尻尾がついたボイルエビ)と、カニカママヨだけで充分うれしいです(^^♪
上林暁の文庫が新刊コーナーにあったと書きましたが、「白い屋形船・ブロンズの首」だったので、また新しく出版されたのかと検索したら新刊ではないようです。
なぜか新刊コーナーにまぎれていました。
しかもバンド。
農園主さんは、本当に広く深くの世界ですね。
それ、怖いですね。
東京駅の地下にシェルターがあるとかないとかの話より、現実味があります。
AIも、そういった軍事のためのものを作れるように開発されていそうな、、、と言うと、本当にロボットアニメの世界になってしまいますが(笑)
まったく有り得ない、と断言できることでもないし、考え出すときりがないので、
まずは平和に、お寿司の上にのせる具材を何にするか、そちらの方を考えることにします(笑)
さっき、届きました。
週末に作ろうと思います。
ご紹介、ありがとうございました。
私の場合、エビ(お寿司屋さんにある、尻尾がついたボイルエビ)と、カニカママヨだけで充分うれしいです(^^♪
上林暁の文庫が新刊コーナーにあったと書きましたが、「白い屋形船・ブロンズの首」だったので、また新しく出版されたのかと検索したら新刊ではないようです。
なぜか新刊コーナーにまぎれていました。
1002
もう20年ほど前に大阪で、ある国会議員(自民党)の秘書さんとショットバーで知り合って、バンドで遊んだり、いろんな話を聞かせてもらったことがあります。
そのときに、日本の大手自動車メーカーの工場は、有事があればすぐさま軍事工場に早変わりできるようになっているらしい、というのです。
たしかに部品はそろっているし、どうとでもなりそうですが、こういうことを国会議員の秘書が言うあたり、信憑性があるような、あるいはたとえ政治にたずさわっていても陰謀論的なものに毒されているのか、ぼくのような末端の人間には判断できる材料がありません。
が、いずれにせよよくよく考えれば日本の国土は海岸沿いをぐるりと原発で囲っていて、防衛という意味でいえば、人間でいうところの腹にダイナマイトを巻いているようなものだとおもいます。
武器の材料はいくらでもあるし、「核兵器の素」も国内にそろっていて、技術も場所もある。
後ろ盾にはアメリカもいる。
戦争放棄(専守防衛)という、世界に類をみないルールを設けた国だからこそ、こういう危なっかしいことをしているわけでしょうけども、これで天守に迎撃ミサイルというところまでいくと、近未来のロボットアニメの世界のようですね(笑)
もう20年ほど前に大阪で、ある国会議員(自民党)の秘書さんとショットバーで知り合って、バンドで遊んだり、いろんな話を聞かせてもらったことがあります。
そのときに、日本の大手自動車メーカーの工場は、有事があればすぐさま軍事工場に早変わりできるようになっているらしい、というのです。
たしかに部品はそろっているし、どうとでもなりそうですが、こういうことを国会議員の秘書が言うあたり、信憑性があるような、あるいはたとえ政治にたずさわっていても陰謀論的なものに毒されているのか、ぼくのような末端の人間には判断できる材料がありません。
が、いずれにせよよくよく考えれば日本の国土は海岸沿いをぐるりと原発で囲っていて、防衛という意味でいえば、人間でいうところの腹にダイナマイトを巻いているようなものだとおもいます。
武器の材料はいくらでもあるし、「核兵器の素」も国内にそろっていて、技術も場所もある。
後ろ盾にはアメリカもいる。
戦争放棄(専守防衛)という、世界に類をみないルールを設けた国だからこそ、こういう危なっかしいことをしているわけでしょうけども、これで天守に迎撃ミサイルというところまでいくと、近未来のロボットアニメの世界のようですね(笑)
孤独のグルメでも、神奈川大学の学食で主人公が甘いものを食べるという回がありました。
この神奈川大学、ずっと国立か県立だと思っていましたが、私立だったんですね。
どこの大学だったか忘れましたが、ショッピングモールのフードコートみたいに、たくさんのお店が入っているところもあり、安く提供していました。
上林暁は、もう20年以上前、他の本を読んでいる時、その中で登場した人でした。
遠藤周作のエッセイだったようにも思いますが、確かなことは忘れました。
読んでみたくて本屋さんに行ったのですが、絶版ばかりで、たまたまあったのが、講談社学芸文庫の「聖ヨハネ病院にて」でした。
復刻版(覆刻版)だったと思います。
その後は、これも同じ出版社の「白い屋形船・ブロンズの首」です。
あと何冊か読んだ記憶はあるのですが、すっかり忘れました。
表紙の装丁が、シンプルでいて品がよく、今でも表紙をよく覚えています←内容は忘れてるのに。。。
いいな、と思った作家の本は、出版されているものを一度に買っていたのですが、この人のはなかったので、そのままになっています。
経歴を見るとぜひまた読んでみたい作家です。
当時は何でも手あたり次第、ささっと読んでいて、じっくり読むという事がなかったので、読み直しは必要ですね。
理科室外科室、映画になっていたんですね。しかも吉永小百合とは。
まだ青空文庫を読んでいませんが、地の文が文語文で会話が口語文、というのはおもしろいですね。
さすがに会話は、文語文にはできなかったのでしょうか。
天守物語の方は、観てはいませんが、坂東玉三郎が主演していましたね。
坂東玉三郎は、泉鏡花のものをよく演じています。
天守といえば、今朝のテレビで、江戸城始め、日本中の何ヶ所かの天守閣を再建する案がでていると言ってました。
膨大過ぎる金額(500億?5,000億? どちらかです)がかかるので、どうなるかわからないけれど、外国人を主体とする観光客狙いのようです。
キャスターさんが、そんなにあちらこちらに天守閣を作ったら、戦国時代みたいですね、と言っていましたが、
飛来してくる諸外国からの何かに対する、迎撃用の装置をこっそり設置するのでは?、とチラッと考えてしまいました。
この神奈川大学、ずっと国立か県立だと思っていましたが、私立だったんですね。
どこの大学だったか忘れましたが、ショッピングモールのフードコートみたいに、たくさんのお店が入っているところもあり、安く提供していました。
上林暁は、もう20年以上前、他の本を読んでいる時、その中で登場した人でした。
遠藤周作のエッセイだったようにも思いますが、確かなことは忘れました。
読んでみたくて本屋さんに行ったのですが、絶版ばかりで、たまたまあったのが、講談社学芸文庫の「聖ヨハネ病院にて」でした。
復刻版(覆刻版)だったと思います。
その後は、これも同じ出版社の「白い屋形船・ブロンズの首」です。
あと何冊か読んだ記憶はあるのですが、すっかり忘れました。
表紙の装丁が、シンプルでいて品がよく、今でも表紙をよく覚えています←内容は忘れてるのに。。。
いいな、と思った作家の本は、出版されているものを一度に買っていたのですが、この人のはなかったので、そのままになっています。
経歴を見るとぜひまた読んでみたい作家です。
当時は何でも手あたり次第、ささっと読んでいて、じっくり読むという事がなかったので、読み直しは必要ですね。
まだ青空文庫を読んでいませんが、地の文が文語文で会話が口語文、というのはおもしろいですね。
さすがに会話は、文語文にはできなかったのでしょうか。
天守物語の方は、観てはいませんが、坂東玉三郎が主演していましたね。
坂東玉三郎は、泉鏡花のものをよく演じています。
天守といえば、今朝のテレビで、江戸城始め、日本中の何ヶ所かの天守閣を再建する案がでていると言ってました。
膨大過ぎる金額(500億?5,000億? どちらかです)がかかるので、どうなるかわからないけれど、外国人を主体とする観光客狙いのようです。
キャスターさんが、そんなにあちらこちらに天守閣を作ったら、戦国時代みたいですね、と言っていましたが、
飛来してくる諸外国からの何かに対する、迎撃用の装置をこっそり設置するのでは?、とチラッと考えてしまいました。
999
いまは大学の食堂もずいぶん味がよくなっているところがあるといいますね。
ぼくのころは学食はやはり学食なりの味でしたが、300円だったかでカレーライスが食べられて、400円でおかず2品とご飯が食べられたので、お金のない学生にはたいへんありがたいことでした。
一般に開放されている現代の大学の学食をあっちこっちたずねるのも楽しそうだとおもうんですが、ちゃんとした学びを得ながらおいしい学食も楽しめるというのなら言うことなしですね。
上林暁を知りませんでした。
短編を書き続けた私小説家ということだけ調べましたが、あまり根を詰めずに読めそうで、興味が湧きました。
ギズモさんはこの小説家にご興味がおありなんですか?
理科室外科室は、たしか麻酔をかけるとうわごとを言ってしまうというから、麻酔なしで手術をしてくれという、恋の因果のような話で、むかし吉永小百合で映画になってましたね。
青空文庫には小説がありましたが、いまさらっと読んでみたら、会話は口語文で、地の文は文語文でした。
口語文で書けるのなら、ぜんぶそれで書いてくれればよいのに、と後世に生きるぼくなどはおもうのですが、きっとそこは鏡花にとっては譲れないところだったのでしょう。
いまは大学の食堂もずいぶん味がよくなっているところがあるといいますね。
ぼくのころは学食はやはり学食なりの味でしたが、300円だったかでカレーライスが食べられて、400円でおかず2品とご飯が食べられたので、お金のない学生にはたいへんありがたいことでした。
一般に開放されている現代の大学の学食をあっちこっちたずねるのも楽しそうだとおもうんですが、ちゃんとした学びを得ながらおいしい学食も楽しめるというのなら言うことなしですね。
上林暁を知りませんでした。
短編を書き続けた私小説家ということだけ調べましたが、あまり根を詰めずに読めそうで、興味が湧きました。
ギズモさんはこの小説家にご興味がおありなんですか?
青空文庫には小説がありましたが、いまさらっと読んでみたら、会話は口語文で、地の文は文語文でした。
口語文で書けるのなら、ぜんぶそれで書いてくれればよいのに、と後世に生きるぼくなどはおもうのですが、きっとそこは鏡花にとっては譲れないところだったのでしょう。
ありがとうございます。
生活そのものが修行というと、大時代の日本の修道院を思い浮かべます。
恐らく、禅宗はそれより厳しいものでしょうね。
広く浅くとはよく言いますが、私の場合、適度に幅広くとことん浅い、くらいの知識がちょうどいいようです。
大正大学の社会人講座ですが、実は他に目論見があって。
元プリンスホテルのシェフのレストランが、学食にあるんです。
何回かテレビでも放映しています。
東大や明治など、いろいろな大学の学食に有名レストランが入っていて、外部の人も入れるんですが、
ひとりで行くとなるとちょっと行きにくいので、社会人講座を名目にしようかなと思っていました。
ひとりでうろうろしていても、あやしまれないと思うので。
一挙両得ですね。
昨日、11月の文庫の新刊を買いにスーパー内の本やさんに行ったのですが、泉鏡花の文庫新刊がありました。
他に上林暁もあり、珍しいなと思い、泉鏡花の方を買おうとしたのですが、「えあ草紙」にあるはずと思い、やめました。
帰ってからえあ草紙の泉鏡花を検索したのですが、ありません。
ないのなら楽天ブックスで注文しようとして、カートに入れる前に気づきました。
「理科室」とばかり思い込んでいたのですが「外科室」でした(笑)
「外科室・天守物語」という、新潮文庫の新刊でした。
生活そのものが修行というと、大時代の日本の修道院を思い浮かべます。
恐らく、禅宗はそれより厳しいものでしょうね。
広く浅くとはよく言いますが、私の場合、適度に幅広くとことん浅い、くらいの知識がちょうどいいようです。
大正大学の社会人講座ですが、実は他に目論見があって。
元プリンスホテルのシェフのレストランが、学食にあるんです。
何回かテレビでも放映しています。
東大や明治など、いろいろな大学の学食に有名レストランが入っていて、外部の人も入れるんですが、
ひとりで行くとなるとちょっと行きにくいので、社会人講座を名目にしようかなと思っていました。
ひとりでうろうろしていても、あやしまれないと思うので。
一挙両得ですね。
昨日、11月の文庫の新刊を買いにスーパー内の本やさんに行ったのですが、泉鏡花の文庫新刊がありました。
他に上林暁もあり、珍しいなと思い、泉鏡花の方を買おうとしたのですが、「えあ草紙」にあるはずと思い、やめました。
帰ってからえあ草紙の泉鏡花を検索したのですが、ありません。
ないのなら楽天ブックスで注文しようとして、カートに入れる前に気づきました。
「理科室」とばかり思い込んでいたのですが「外科室」でした(笑)
「外科室・天守物語」という、新潮文庫の新刊でした。
996
阿字観や内観、また日想観なども、作法ややり方はちがっても、瞑想という点でおなじようなものだとおもいます。
ただほかの宗派では、こういったみずからの内側に向かう修行はあくまで修行の一部なのに対して、禅宗では座禅が修行のすべてといっていいほど、振り切ってるんですよね。
あと、生活そのものが修行であるという考えで、日常生活の作法が極めて厳密なのも、禅宗の特徴的なところだろうとおもいます。
仏教も神道も、こまごましたところをみていくと、論理が窮屈になっていくので、アウトラインをなぞるような理解でちょうどいいのだろうとおもっています。
ぼくはもう大学での学び直しは……ああいう拘束されるような座学はもうできるだけ避けたいところですが、やっぱり体系的な知識を得たいときには役に立つことでしょう。
阿字観や内観、また日想観なども、作法ややり方はちがっても、瞑想という点でおなじようなものだとおもいます。
ただほかの宗派では、こういったみずからの内側に向かう修行はあくまで修行の一部なのに対して、禅宗では座禅が修行のすべてといっていいほど、振り切ってるんですよね。
あと、生活そのものが修行であるという考えで、日常生活の作法が極めて厳密なのも、禅宗の特徴的なところだろうとおもいます。
仏教も神道も、こまごましたところをみていくと、論理が窮屈になっていくので、アウトラインをなぞるような理解でちょうどいいのだろうとおもっています。
ぼくはもう大学での学び直しは……ああいう拘束されるような座学はもうできるだけ避けたいところですが、やっぱり体系的な知識を得たいときには役に立つことでしょう。
2023年10月 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する
朝、急いでオクラとズッキーニとつるむらさきの収穫と袋詰めだけすませて、親睦会へ。
お子さんたちも含めて20人以上集まっていただいて、トランプやビンゴをして遊びました。
ぼくは事前にお昼のお弁当を予約して、自治会長に教えてもらいながら景品とお菓子と飲み物の買い出し。
だいたい要領をつかんだ感じはありますが、なにせ人前でしゃべるのが苦手で、それだけがネックです。
親睦会が昼過ぎに終わって、それからカブの収穫。
日差しはあったとおもうんですが、なにせ蚊が山ほどわいていて、蚊取り線香をしていても刺される始末。
ことしは100か所以上刺されたんじゃないかな(笑)
#野菜
お子さんたちも含めて20人以上集まっていただいて、トランプやビンゴをして遊びました。
ぼくは事前にお昼のお弁当を予約して、自治会長に教えてもらいながら景品とお菓子と飲み物の買い出し。
だいたい要領をつかんだ感じはありますが、なにせ人前でしゃべるのが苦手で、それだけがネックです。
親睦会が昼過ぎに終わって、それからカブの収穫。
日差しはあったとおもうんですが、なにせ蚊が山ほどわいていて、蚊取り線香をしていても刺される始末。
ことしは100か所以上刺されたんじゃないかな(笑)
#野菜
ぼくはうつ病を患っていた期間があって、ちょうど30になるあたりでしたが、もうともかく毎日、死ぬことばかり考えていました。
仕事上で裏切りにあったり、じぶんという人間の頼りなさへの絶望であったり、いろんな要素が混じり合ってのことです。
一日中寝ていたり、まともに歩けなくなるほどで、心療内科の薬も気休めのようなものでした。
死にたかったというよりは、もう死なざるを得ない、という感覚なんですが、これが「死ねばラクになる」という考えと混じり合って、結果、死にたいという考えになる。
生きているとずっと苦しい、つらい、いたたまれないような気分になって、逃げ場がないんですね。
そこでぼくは、生まれてはじめて、仏教について調べ出した。
あのときのぼくの心境は、わらにもすがるおもいだったはずですが、信じるものは「救われる」というのなら、それがどういうものか調べてみよう、くらいの意識です。
調べてみて、まず最初に、なんだこれはとおもいました。
仏教の開祖である仏陀は、この世に生きることは四苦八苦であると説いたんですね。
生まれる苦しみ
老いる苦しみ
病気になる苦しみ
死ぬ苦しみ
この4つの苦しみが、基本です。
この四苦に、さらに派生的に4つの苦しみが加わって、四苦八苦といいます。
愛別離苦(愛するものと別れる苦しみ)
怨憎会苦(憎むものと出会う苦しみ)
求不得苦(求めても得られない苦しみ)
五陰盛苦(肉体と精神が存在することで生まれる苦痛)
なんと仏陀は、この四苦八苦をもって、この世は苦しみがすべてだ、と説いたんです。
たのしいとおもうことも、それは苦しみに薄くてすぐはがれるメッキを塗っているだけで、結局は苦しみになる、という。
幸せだとおもうことも、この幸せがいつまでも続くわけではないという苦しみになる。
この世にある唯一の真実は苦しみである、というんですから、それを知ったぼくはもう、ガッカリですよ。
この苦しみをどうにかしてほしい、とおもって仏教をひもといたら、いやこの世はぜんぶ苦しみですよ、というのだから、バカにするにもほどがあります(笑)
でも、その後じっくりと仏教について広範囲に調べていくと、どうやら仏教の経典というのは、この手の最初に落としてあとで持ち上げるタイプのロジックが非常に多いことがわかりました。
たとえば、般若心経では、じつはわれわれは無である、というんです。
みえているものも、感じていることも、聞こえていることも、じつは「ない」。
え?
いま、現にわれわれはここに存在してるじゃないかとおもいますが、般若心経は、ひたすら無を説きます。
この世が無であるということがわかって、はじめて仏の道が開かれるんだ、とまでいう。
最初は、まあ死ねばみんな無になるのだから、そういうことなのかな、くらいの理解でした。
でも、これはどうやら、無と、無限を越えた有がつながっている、ということがわかると、意味が通るようになってるようです。
般若心経がいう「無」は、0(ゼロ)ではありません。
数字の概念であらわすことができない、なにもないという世界です。
同時に、無量大数という概念があって、これは無限大ということでもあります。
これも数という概念ではあらわせない領域ではあるんですが、さらにその向こう側。
数の概念を越えたすべてという、イメージとしては、宇宙の果てをさらに超えた場所、というような感じです。
こうなると、人間の理解を超えている世界という点では、無と変わらないんですよね。
だから、なにもない、というのは、なにもかもである、ということとつながっている。
死んだらわれわれは、無になると同時に、なにもかもになる。
われわれが生きているのも、なにもない無の世界であると同時に、無限大を超えた有の世界です。
一本のヒモの、左右の端っこがそれぞれ、無と無限大であるとして、それを輪っかにつないだら、無と無限大がくっつくでしょう。
般若心経はちょうどこの、一本のヒモの、無と無限大がくっついたところにフォーカスをあてているわけです。
さらにもうひとつ、日本の仏教では、浄土真宗の開祖である親鸞がこんなことをいったそうな。
「善人なおもて往生をとぐ。いわんや悪人をや」
訳すと、こうなります。
「善人でも極楽往生できるのだ。悪人が往生できないわけがない」
え?
ふつうは逆でしょう。
悪人でも救われるのだから、善人が救われないわけがない、であれば意味が通ります。
しかし親鸞が言いたかったのは、阿弥陀仏は悪人を救いたがる仏さんだということでした。
じぶんが悪人であるということを自覚していない自称善人でさえ、阿弥陀さんは救っていかれる。
じぶんが悪人であると自覚して苦しむ者を、阿弥陀さんが救わないわけがない。
こういう理屈です。
仏教の世界では(あるいは宗教の世界全般そうかもしれませんが)、こういうロジックをつかうことが多いんですよね。
仏陀のいう四苦八苦の理屈の場合も、おなじようなものです。
この世を生きることのすべては苦しみである。
この苦しみをよく理解し、受け入れて、逃れ得ぬ苦しみと共存して生きていく。
それだけがこの世を生きる救いなのだ、と。
まず最初に、われわれの本質は苦しみである、という負の側面を伝えておいて、この苦しみと一緒に生きると覚悟を決めたところに救いがあるんだ、という論理です。
ぼく自身は仏教徒といえるほどの信者じゃないし、これといった宗教に帰依もしていませんが、それでも、こういう教義を理解することで、なんとなく腑に落ちるものがあるのは事実です。
で、結局なにが言いたかったのかというと、ぼくはいま、すごく苦しいのだけど、この苦しみと一緒に生きていくしかなくて、また苦しいのはぼくだけではないことでしょう。
それで、まあ、だからなんなのだといわれればそれまでなんですけど、ぼくだけが苦しいわけではないのなら、いちおう書いてみようかな、くらいのことだったのです(笑)
ずいぶん長い記事になっちゃったな。
きょうは集落の親睦会で、ぼくが幹事のような役割です。
とりあえず急いで収穫だけすませようっと。
#与太話
仕事上で裏切りにあったり、じぶんという人間の頼りなさへの絶望であったり、いろんな要素が混じり合ってのことです。
一日中寝ていたり、まともに歩けなくなるほどで、心療内科の薬も気休めのようなものでした。
死にたかったというよりは、もう死なざるを得ない、という感覚なんですが、これが「死ねばラクになる」という考えと混じり合って、結果、死にたいという考えになる。
生きているとずっと苦しい、つらい、いたたまれないような気分になって、逃げ場がないんですね。
そこでぼくは、生まれてはじめて、仏教について調べ出した。
あのときのぼくの心境は、わらにもすがるおもいだったはずですが、信じるものは「救われる」というのなら、それがどういうものか調べてみよう、くらいの意識です。
調べてみて、まず最初に、なんだこれはとおもいました。
仏教の開祖である仏陀は、この世に生きることは四苦八苦であると説いたんですね。
生まれる苦しみ
老いる苦しみ
病気になる苦しみ
死ぬ苦しみ
この4つの苦しみが、基本です。
この四苦に、さらに派生的に4つの苦しみが加わって、四苦八苦といいます。
愛別離苦(愛するものと別れる苦しみ)
怨憎会苦(憎むものと出会う苦しみ)
求不得苦(求めても得られない苦しみ)
五陰盛苦(肉体と精神が存在することで生まれる苦痛)
なんと仏陀は、この四苦八苦をもって、この世は苦しみがすべてだ、と説いたんです。
たのしいとおもうことも、それは苦しみに薄くてすぐはがれるメッキを塗っているだけで、結局は苦しみになる、という。
幸せだとおもうことも、この幸せがいつまでも続くわけではないという苦しみになる。
この世にある唯一の真実は苦しみである、というんですから、それを知ったぼくはもう、ガッカリですよ。
この苦しみをどうにかしてほしい、とおもって仏教をひもといたら、いやこの世はぜんぶ苦しみですよ、というのだから、バカにするにもほどがあります(笑)
でも、その後じっくりと仏教について広範囲に調べていくと、どうやら仏教の経典というのは、この手の最初に落としてあとで持ち上げるタイプのロジックが非常に多いことがわかりました。
たとえば、般若心経では、じつはわれわれは無である、というんです。
みえているものも、感じていることも、聞こえていることも、じつは「ない」。
え?
いま、現にわれわれはここに存在してるじゃないかとおもいますが、般若心経は、ひたすら無を説きます。
この世が無であるということがわかって、はじめて仏の道が開かれるんだ、とまでいう。
最初は、まあ死ねばみんな無になるのだから、そういうことなのかな、くらいの理解でした。
でも、これはどうやら、無と、無限を越えた有がつながっている、ということがわかると、意味が通るようになってるようです。
般若心経がいう「無」は、0(ゼロ)ではありません。
数字の概念であらわすことができない、なにもないという世界です。
同時に、無量大数という概念があって、これは無限大ということでもあります。
これも数という概念ではあらわせない領域ではあるんですが、さらにその向こう側。
数の概念を越えたすべてという、イメージとしては、宇宙の果てをさらに超えた場所、というような感じです。
こうなると、人間の理解を超えている世界という点では、無と変わらないんですよね。
だから、なにもない、というのは、なにもかもである、ということとつながっている。
死んだらわれわれは、無になると同時に、なにもかもになる。
われわれが生きているのも、なにもない無の世界であると同時に、無限大を超えた有の世界です。
一本のヒモの、左右の端っこがそれぞれ、無と無限大であるとして、それを輪っかにつないだら、無と無限大がくっつくでしょう。
般若心経はちょうどこの、一本のヒモの、無と無限大がくっついたところにフォーカスをあてているわけです。
さらにもうひとつ、日本の仏教では、浄土真宗の開祖である親鸞がこんなことをいったそうな。
「善人なおもて往生をとぐ。いわんや悪人をや」
訳すと、こうなります。
「善人でも極楽往生できるのだ。悪人が往生できないわけがない」
え?
ふつうは逆でしょう。
悪人でも救われるのだから、善人が救われないわけがない、であれば意味が通ります。
しかし親鸞が言いたかったのは、阿弥陀仏は悪人を救いたがる仏さんだということでした。
じぶんが悪人であるということを自覚していない自称善人でさえ、阿弥陀さんは救っていかれる。
じぶんが悪人であると自覚して苦しむ者を、阿弥陀さんが救わないわけがない。
こういう理屈です。
仏教の世界では(あるいは宗教の世界全般そうかもしれませんが)、こういうロジックをつかうことが多いんですよね。
仏陀のいう四苦八苦の理屈の場合も、おなじようなものです。
この世を生きることのすべては苦しみである。
この苦しみをよく理解し、受け入れて、逃れ得ぬ苦しみと共存して生きていく。
それだけがこの世を生きる救いなのだ、と。
まず最初に、われわれの本質は苦しみである、という負の側面を伝えておいて、この苦しみと一緒に生きると覚悟を決めたところに救いがあるんだ、という論理です。
ぼく自身は仏教徒といえるほどの信者じゃないし、これといった宗教に帰依もしていませんが、それでも、こういう教義を理解することで、なんとなく腑に落ちるものがあるのは事実です。
で、結局なにが言いたかったのかというと、ぼくはいま、すごく苦しいのだけど、この苦しみと一緒に生きていくしかなくて、また苦しいのはぼくだけではないことでしょう。
それで、まあ、だからなんなのだといわれればそれまでなんですけど、ぼくだけが苦しいわけではないのなら、いちおう書いてみようかな、くらいのことだったのです(笑)
ずいぶん長い記事になっちゃったな。
きょうは集落の親睦会で、ぼくが幹事のような役割です。
とりあえず急いで収穫だけすませようっと。
#与太話
2023年9月 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する
【野菜の近況あれこれ】
《オクラ》
ことし獣害にあってタイヘンなことになっていたオクラですが、きのう30袋、きょう46袋収穫できました。
8月中は10袋~20袋。
9月に入って安定して20袋ほど。
で、ここにきてグッと収量が増えてきました。
収量が増えた理由としては、獣害によって頭を食われた株が枯れずに、すこしずつ側枝を伸ばしてくれて、ここにきて花を咲かすようになったこと。
獣害でオクラが小さい状態で7~8月の干天になったことで、株のダメージが少なかったのは、不幸中の幸いでした。
株がじゅうぶん大きくなった状態で干天続きになると、葉っぱが落ちたり、花が咲かなくなるのですが、苗に近い状態だったため、生育が遅れる程度ですみました。
そこで9月に入って雨が降るようになって、収量が増えてきたようです。
あと、大奥という品種は15cmくらいまで収穫ができる特性があるため、従来品種に比べて一本当たりの重量があるおかげで、収穫本数のわりにたくさん袋詰めできています。
大奥という品種ですが、やっぱりイボと曲がりがすこし多い気がしますが、どうも生育後半になって、デメリットを取り返すメリットを感じています。
なんというか、花のつきかたに波が少なくて、安定して収穫できるようですし、大きい果実も直売でよく売れています。
これだけ後半に追い上げてくれるなら、来年も栽培にチャレンジしてもよい、とおもえてきました。
最初、このままだと一日1000円ぶん穫れるのが関の山だろうとおもっていたのが、予想外の増収になって、このぶんだと当初想定していた損害がかなり圧縮できそうです。
《ズッキーニ》
きょう、最初の雌花が咲きました。
春のズッキーニはかならず最初に雌花から咲くため、受粉できる雄花がなくて困るんですが、秋ズッキーニの場合は気温の関係なのか、雄花も一緒に咲いてくれるので、最初に受粉できないということがなくて助かります。
これから一か月ほど、たのもしい収入減になってくれそうです。
《ほうれんそう》
黒のワリフで栽培していたほうれんそうですが、苗が溶けてしまいました。
どうもうちはこのパターンでダメになることが多いんですが、日射が原因だとおもっていたのが、どうやらちがうようです。
となりの春菊が順調に育っているだけに、この結果にはガッカリです。
やっぱり、もうどうやってもうちではほうれんそうの栽培は博打になってしまうという結論でよさそうです。
ただ、それでもことしワリフを買って実験できたのはよかったとおもいます。
《ワリフの話》
黒ワリフ、かなり遮光効果が強いのと、水持ちがよいことがわかったので、そのように活用すればよいのだとおもいます。
具体的には春のイモヅルを植えたあとの枯れあがり予防、秋ズッキーニの直播後の日射除けといったところになるかとおもいます。
それから、いまおもいついたところでいえば、夏につるなしインゲンを播種するときにべた掛けするのもいいとおもいます。
おもいついたままメモ書きしますが、8月頭につるなしインゲンの圃場をつくって、播種してワリフをべた掛けして、2週間。
8月中旬にズッキーニの圃場をつくったときに、インゲンのワリフを剥がしてズッキーニに流用、というのがよさそうです。
あと、家庭菜園であれば、秋キュウリもズッキーニとおなじでお盆あたりにまき時を迎えるんですが、これを直播にして苗の間の日射除けにしてもよさそうです。
秋の場合は、マルチをしておいて、地這きゅうりを栽培すれば、台風などの影響も少なくすみます。
なにせ真夏の野菜作りは発芽と活着が安定しないのが問題になりがちなので、黒ワリフはその点ひと役買ってくれることでしょう。
《ベカナ・チンゲンサイ》
9月頭に黒ワリフで育てたぶんですが、問題がいくつかあります。
トレファノサイド乳剤をつかうと、夏の雑草予防に効果的なんですが、肝心の非結球アブラナ科の種も、かなり発芽抑制の影響を受けているようです。
このため、そもそも雑草の生育が旺盛な夏にこれらの野菜を育てること自体が、無理筋なのかもしれません。
かなり薄めに散布して、雑草ともほどよく共存、くらいにするのがよいのか、ちょっとこの点工夫が必要そうです。
では黒ワリフで育てていること自体はどうなのか。
軟弱気味に生長していますが、今回はあくまで実験と割り切って、そのまま最後まで育ててみようかとおもいます。
ことしの秋はなにせ雨が多すぎて、それも予報にないにわか雨が多すぎるので、農薬の防除に切り替えにくいんですよね。
ベカナは発芽率も悪く、極めて軟弱な生長で、栽培は春に限ったほうがよさそうです。
チンゲンサイは除草剤の影響も比較的少なく、黒ワリフの中でそれなりに生長してる感じです。
まだ予断を許しませんが、このままある程度納得できる収穫までこぎつけられるなら、チンゲンサイに絞って、来年の夏の黒ワリフ栽培にチャレンジしてもよさそうです。
#野菜
《オクラ》
ことし獣害にあってタイヘンなことになっていたオクラですが、きのう30袋、きょう46袋収穫できました。
8月中は10袋~20袋。
9月に入って安定して20袋ほど。
で、ここにきてグッと収量が増えてきました。
収量が増えた理由としては、獣害によって頭を食われた株が枯れずに、すこしずつ側枝を伸ばしてくれて、ここにきて花を咲かすようになったこと。
獣害でオクラが小さい状態で7~8月の干天になったことで、株のダメージが少なかったのは、不幸中の幸いでした。
株がじゅうぶん大きくなった状態で干天続きになると、葉っぱが落ちたり、花が咲かなくなるのですが、苗に近い状態だったため、生育が遅れる程度ですみました。
そこで9月に入って雨が降るようになって、収量が増えてきたようです。
あと、大奥という品種は15cmくらいまで収穫ができる特性があるため、従来品種に比べて一本当たりの重量があるおかげで、収穫本数のわりにたくさん袋詰めできています。
大奥という品種ですが、やっぱりイボと曲がりがすこし多い気がしますが、どうも生育後半になって、デメリットを取り返すメリットを感じています。
なんというか、花のつきかたに波が少なくて、安定して収穫できるようですし、大きい果実も直売でよく売れています。
これだけ後半に追い上げてくれるなら、来年も栽培にチャレンジしてもよい、とおもえてきました。
最初、このままだと一日1000円ぶん穫れるのが関の山だろうとおもっていたのが、予想外の増収になって、このぶんだと当初想定していた損害がかなり圧縮できそうです。
《ズッキーニ》
きょう、最初の雌花が咲きました。
春のズッキーニはかならず最初に雌花から咲くため、受粉できる雄花がなくて困るんですが、秋ズッキーニの場合は気温の関係なのか、雄花も一緒に咲いてくれるので、最初に受粉できないということがなくて助かります。
これから一か月ほど、たのもしい収入減になってくれそうです。
《ほうれんそう》
黒のワリフで栽培していたほうれんそうですが、苗が溶けてしまいました。
どうもうちはこのパターンでダメになることが多いんですが、日射が原因だとおもっていたのが、どうやらちがうようです。
となりの春菊が順調に育っているだけに、この結果にはガッカリです。
やっぱり、もうどうやってもうちではほうれんそうの栽培は博打になってしまうという結論でよさそうです。
ただ、それでもことしワリフを買って実験できたのはよかったとおもいます。
《ワリフの話》
黒ワリフ、かなり遮光効果が強いのと、水持ちがよいことがわかったので、そのように活用すればよいのだとおもいます。
具体的には春のイモヅルを植えたあとの枯れあがり予防、秋ズッキーニの直播後の日射除けといったところになるかとおもいます。
それから、いまおもいついたところでいえば、夏につるなしインゲンを播種するときにべた掛けするのもいいとおもいます。
おもいついたままメモ書きしますが、8月頭につるなしインゲンの圃場をつくって、播種してワリフをべた掛けして、2週間。
8月中旬にズッキーニの圃場をつくったときに、インゲンのワリフを剥がしてズッキーニに流用、というのがよさそうです。
あと、家庭菜園であれば、秋キュウリもズッキーニとおなじでお盆あたりにまき時を迎えるんですが、これを直播にして苗の間の日射除けにしてもよさそうです。
秋の場合は、マルチをしておいて、地這きゅうりを栽培すれば、台風などの影響も少なくすみます。
なにせ真夏の野菜作りは発芽と活着が安定しないのが問題になりがちなので、黒ワリフはその点ひと役買ってくれることでしょう。
《ベカナ・チンゲンサイ》
9月頭に黒ワリフで育てたぶんですが、問題がいくつかあります。
トレファノサイド乳剤をつかうと、夏の雑草予防に効果的なんですが、肝心の非結球アブラナ科の種も、かなり発芽抑制の影響を受けているようです。
このため、そもそも雑草の生育が旺盛な夏にこれらの野菜を育てること自体が、無理筋なのかもしれません。
かなり薄めに散布して、雑草ともほどよく共存、くらいにするのがよいのか、ちょっとこの点工夫が必要そうです。
では黒ワリフで育てていること自体はどうなのか。
軟弱気味に生長していますが、今回はあくまで実験と割り切って、そのまま最後まで育ててみようかとおもいます。
ことしの秋はなにせ雨が多すぎて、それも予報にないにわか雨が多すぎるので、農薬の防除に切り替えにくいんですよね。
ベカナは発芽率も悪く、極めて軟弱な生長で、栽培は春に限ったほうがよさそうです。
チンゲンサイは除草剤の影響も比較的少なく、黒ワリフの中でそれなりに生長してる感じです。
まだ予断を許しませんが、このままある程度納得できる収穫までこぎつけられるなら、チンゲンサイに絞って、来年の夏の黒ワリフ栽培にチャレンジしてもよさそうです。
#野菜
きのうも夜半に雨が降ったようで、結果論ですが11日の種まきは、タイミングがよかったようです。
あれを逃すと、もう畑を耕すタイミングがありませんでした。
次はほんとうは2週間ほどあけて25日ごろに種まきがしたいんですが、どうも20日ごろから雨が続くようなので、18日に畑を耕して、19日に種まきという、例年にない無茶なスケジュールになりそうです。

ほとんど1週間しか間をあけていないので、収穫が最盛期になるころに、次の収穫がおいかけてくる格好になります。
あんまり前倒しに作付けしたくはないんですが、こういう天気ですから仕方ないですね。
#野菜
あれを逃すと、もう畑を耕すタイミングがありませんでした。
次はほんとうは2週間ほどあけて25日ごろに種まきがしたいんですが、どうも20日ごろから雨が続くようなので、18日に畑を耕して、19日に種まきという、例年にない無茶なスケジュールになりそうです。

ほとんど1週間しか間をあけていないので、収穫が最盛期になるころに、次の収穫がおいかけてくる格好になります。
あんまり前倒しに作付けしたくはないんですが、こういう天気ですから仕方ないですね。
#野菜
2023年8月 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する
きょうは昼寝をしたあとからずっとだるくて、いまも頭がボーっとしてます。
どうしてなんだろうとおもってたんですが、もしかしたら、気圧と気温の変化ではないかとおもっていて、特に気温。
これまで35度くらいの室温に順応してきたカラダが、きょうに限って25度くらいに下がったことで、もう扇風機をつけてるとカラダが冷えて寒くて。
そんなバカなことがあるんだろうかとおもったんですが、幸い、太陽光温水器にまだあたたかいお湯が残っていたので、きょうはこれを湯舟に張って、いまお風呂に入ったんですが、ようやく体温調節ができた感じです。
まさか人間がちょうど心地いいくらいの気温に下がることで、こんな体調変化が起こるとおもっていなかったのでおどろいてるんですが、それだけこの一か月は、安定して暑かったということなんでしょうね(笑)
#与太話
どうしてなんだろうとおもってたんですが、もしかしたら、気圧と気温の変化ではないかとおもっていて、特に気温。
これまで35度くらいの室温に順応してきたカラダが、きょうに限って25度くらいに下がったことで、もう扇風機をつけてるとカラダが冷えて寒くて。
そんなバカなことがあるんだろうかとおもったんですが、幸い、太陽光温水器にまだあたたかいお湯が残っていたので、きょうはこれを湯舟に張って、いまお風呂に入ったんですが、ようやく体温調節ができた感じです。
まさか人間がちょうど心地いいくらいの気温に下がることで、こんな体調変化が起こるとおもっていなかったのでおどろいてるんですが、それだけこの一か月は、安定して暑かったということなんでしょうね(笑)
#与太話
台風とちがう話題をひとつ。
ある有名な養蜂場の社長の次男(33、既婚者)が、パパ活で知り合った女と付き合う中で「あなたの裸は見飽きた」といいだし、その女に金銭を渡して、女湯の盗撮をさせていたんだそうな。
ぼく自身は、ある年齢を超えたあたりから、女湯が見たいという牧歌的な欲望は薄れてしまって、ああいう生活的な、羞恥心のない裸というのは、裸婦の絵画となんら変わらないような気がして、欲情の対象とはちょっと違うよな、ということになりました。
しかしそれはそれで、じぶんの動物性からなにかが失われたようで寂しかったのですよ。
だからこの大会社の御曹司は、じぶんの恵まれた立場を犠牲にしてでも女湯がのぞきたいとおもい、しかもそれを実践したわけですから、ある意味タイヘンなバカ親譲りの大人物ともいえそうです。
で、ぼくはこんなことをおもっていました。
一生懸命ミツバチが花の蜜をあつめる。
↓
それを収奪する人間が、このハチミツをお金に換えようと考える。
↓
日本における一大養蜂ビジネスを立ち上げて成り上がる。
↓
莫大な資産を手にする。
↓
じぶんの息子が、女の裸が見たいがためにパパ活してる女に、親の築いた資産をばらまいて盗撮をさせて、逮捕される。
風が吹けば桶屋が儲かる、といいますが、ミツバチが働けばパパ活犯罪が起こる、というわけで、世の中どこでどう筋道がおかしくなるかわかったものではないなあ、と感心しました。
しかしこの養蜂場の社長も、一生懸命働きバチのように働いて、集めた立派なハチミツを息子が泥の中に落っことしてしまうようなものだとおもえば、ミツバチの呪いというか、因果かもしれないなあ、とどうでもいいことを考えるお盆の暮れ。
ある有名な養蜂場の社長の次男(33、既婚者)が、パパ活で知り合った女と付き合う中で「あなたの裸は見飽きた」といいだし、その女に金銭を渡して、女湯の盗撮をさせていたんだそうな。
ぼく自身は、ある年齢を超えたあたりから、女湯が見たいという牧歌的な欲望は薄れてしまって、ああいう生活的な、羞恥心のない裸というのは、裸婦の絵画となんら変わらないような気がして、欲情の対象とはちょっと違うよな、ということになりました。
しかしそれはそれで、じぶんの動物性からなにかが失われたようで寂しかったのですよ。
だからこの大会社の御曹司は、じぶんの恵まれた立場を犠牲にしてでも女湯がのぞきたいとおもい、しかもそれを実践したわけですから、ある意味
で、ぼくはこんなことをおもっていました。
一生懸命ミツバチが花の蜜をあつめる。
↓
それを収奪する人間が、このハチミツをお金に換えようと考える。
↓
日本における一大養蜂ビジネスを立ち上げて成り上がる。
↓
莫大な資産を手にする。
↓
じぶんの息子が、女の裸が見たいがためにパパ活してる女に、親の築いた資産をばらまいて盗撮をさせて、逮捕される。
風が吹けば桶屋が儲かる、といいますが、ミツバチが働けばパパ活犯罪が起こる、というわけで、世の中どこでどう筋道がおかしくなるかわかったものではないなあ、と感心しました。
しかしこの養蜂場の社長も、一生懸命働きバチのように働いて、集めた立派なハチミツを息子が泥の中に落っことしてしまうようなものだとおもえば、ミツバチの呪いというか、因果かもしれないなあ、とどうでもいいことを考えるお盆の暮れ。
以下のURLは、高速道路や一般道路の渋滞や通行止めの情報がみられる国土交通省のサイトです。
https://www.mlit.go.jp/road/traffic/
車で遠出をすることはまずないとおもいますが、近隣の主要道路の状況が確認できるので、もし利用の機会があれば参考になさってください。
https://www.mlit.go.jp/road/traffic/
車で遠出をすることはまずないとおもいますが、近隣の主要道路の状況が確認できるので、もし利用の機会があれば参考になさってください。

