山麓王国

No.1488

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ここ数日、スマホのスピーカーが故障したことで、買い替えをしていました。

きのう届いて、まるまる一日かけて設定をしました。アプリの移動などいろいろラクにはなったとおもうんですが、ひとつひとつのアプリを以前とおなじ使い勝手にしようとおもうと手間がかかりますね。



それと、先日非常に暑い日がありました。

35度以上の猛暑で、さすがに農作業をするのもたいへんなんですが、いただいたネッククーラーを利用させていただきました。

生地の素材がやわらかく、冷却素材の幅が広いので、着け心地もよく、首の後ろ全体を冷却してくれて、たいへん助かりました。

これから夏に重宝します。ありがとうございました。



かぐや姫については、以前にもお話ししたとおもうんですが、もともとは神仏習合ですよね。

かぐや姫を迎えにきた存在が不老不死の薬を人間に与えるところから、ぼくはあれは薬師如来がモデルなのではないかといいました。

かぐや姫は本地垂迹(仏教の仏が渡来するまでの間、日本神話の神の姿を借りてあらわれたという伝説)にもとづいているのだとおもいます。

つまり、大陸からきた神仏が、日本の神々よりも優位だった時代の話ですね。

というのも、竹取物語におけるかぐや姫は異界の神仏の一族で、その一族の力には帝(神道)でもかなわない、という話でしょう。

もしこれが明治から終戦までのように、天皇を一神教のように崇める国家神道だったら、帝(天皇)が負けてしまう物語がつくられるはずはありません。

竹取物語の当時の日本では、大陸からやってきた仏教が隆盛を極めていて、神道の威光・信仰が薄れていました。

そこで、神道は仏教に取り込まれるカタチで生き残りをかけたんですよね。
それが神仏習合です。

大陸から渡来した文化は、それだけ当時は強大だととらえられていました。

だから、異界の一族に天皇も手出しできないという物語も、抵抗なく受け入れられたのでしょう。

前回は神話からアプローチしてかぐや姫を考えましたが、日本神話とかぐや姫を結び付けるのは近世以降のムーブメントであって、それ以前のかぐや姫は、神と仏の融合した「神仏」だったのだとおもいます。

富士山かぐや姫ミュージアムのお話は、竹取物語とはべつのカタチで、非常に仏教色の強いかぐや姫の物語ですよね。

近世以前にさかのぼると、かぐや姫の物語も「仏教説話」のような形で各地に伝わっていたのかもしれませんね。



日本神話がほんとうにあったかどうかというお話ですが、細かいディテールまで実際にあったと考えるよりは、大雑把にそういったことがあった、と考えるのが通例のようです。

たとえば登場人物はひとりではなく、集団をあらわすケースが多いですね。

ニニギノミコトの息子である山幸彦・海幸彦は、それぞれその当時九州で影響力を持っていた天孫族と隼人族をあらわすとされています。

神話では山幸彦・海幸彦という人物がいた、というのですが、実際は集団同士の争いがあったということを、縮図のように神の物語としたのでしょう。

鬼(あるいは元をたどれば「わに」か)が、大陸からの異人をさしていたというのも、そうですね。

〇〇という鬼がいたという伝説になってはいますが、鬼そのものが「国家の安寧をおびやかす異人の一群」という属性をあらわしているわけです。

日本の鬼の多くは、日本海側(あるいは日本海側に近い内陸)、そして瀬戸内海に近い場所にその伝承が多いです。

太平洋側ではあまり鬼の伝説を聞きませんが、それはやはり、鬼が大陸からわたってくるときのルートにかかわりがあるんですよね。

やはり日本海側からやってくるか、九州の福岡あたりを経由して、瀬戸内海の海を渡ってくるというルートになるわけで、実際日本の多くの鬼の分布もそうなっています。

そして大陸からわたってきた連中が朝廷の国家安寧をおびやかす存在になったときには、国家の威信をかけて討伐した。

それが神話や民間伝承において、かれらを「鬼」という悪のアイコンに仕立てたんですね。



ところでそのように、神話の登場人物をひとりの人間として考えない、というやり方でみていくと、アマテラスの伝説と卑弥呼の魏志倭人伝の伝説にもつながりが感じられます。

アマテラスが天岩戸に隠れると、世の中が真っ暗闇になり、おかしな神々がはびこるようになった。

そこで多くの神々がなんとかしてアマテラスを引っ張り出したという、アレです。

魏志倭人伝では、卑弥呼は邪馬台国(これはやはりヤマト国につながることでしょう)をおさめていて、彼女が死ぬと男の王が立ちます。

しかしその男の王を不服として国が乱れたといいます。

そこで卑弥呼の血縁にあったまだ13歳の壱与(台与)をあらためて女王としたところ、国の乱れがおさまったというのです。

つまり、アマテラスをひとりの人物と考えるのではなく、卑弥呼と壱与の「女王の時代」として考えるわけです。

天岩戸にかくれたというのは、卑弥呼が亡くなったこと。

その後天岩戸からまたあらわれたというのは、壱与が改めて女王となったということをあらわしている、と考えるとどうでしょう。

魏志倭人伝においては「卑弥呼には弟がいた」という記述がありますが、それが果たしてスサノオなのかどうかはわかりません。

卑弥呼の後に立った男王と、卑弥呼の弟のつながりについても魏志倭人伝にはなにも書かれていません。

しかしこの血縁についても、実際のきょうだいであるというよりは、国という単位でみて最終的に朝廷という形に集約されていくまでの、各地の王族などの集団を、あたかも血縁のように描いていると考えるほうが自然だとおもいます。

もちろんこれらの話は仮説のひとつなわけですが、日本神話の場合、やはり集団の権力争いや国同士の物語が下地になっている、と考えると、実際の出来事と接点が得られることも多いんですよね。

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