No.765
ぼくはいま、現実逃避をしています。
野菜はうまくできないし、なんだか鬱っぽくなっちゃって、でも自殺するというほどの絶望でもない。
それで、とりあえず生きている、という以上は、生きていることを肯定したい。
ぼくはもうこんなことを何度も繰り返しているから、この苦しみが生まれる原因はわかってるんです。
それは、なにかを比べる、ということです。
なにかと比べて、じぶんが劣っている、というときに、苦しむ。
人と比べて、という場合もそうですが、去年のじぶんはもっとうまく野菜がつくれたのに、ことしのじぶんはどうして、というようなこともそうです。
そのようにして、いまを生きているじぶんを否定するところに、ぶつけようのない劣等感と怒りが生まれて、つまり抑鬱になってしまう。
いいときに調子に乗って自慢するということもしないかわりに、わるいときに他人と比べて落ち込むということもない。
そういうのがいいな、とおもうのは、いまがわるいときだからかもしれないけれど。
で、こういうときは、べつのことを考えていたい。。
日々の農作業はきちんとやってます。
が、やっぱり心のどこかで敗戦処理のような甲斐のなさを感じているときに、まったく目先が変わるラヴクラフトの翻訳をやってみると、これはけっこう腹の立つたのしい作業でした。
それでふと、ぼくがほんとうにネット上でやりたいのは、こういうことかもしれないな、という気がしてきたんですよね。
ぼくは近代文学を専攻していましたが、日本の文学でも明治大正の小説は、まだ文語と口語が混じっていて、きわめて読みづらいものがたくさんあります。
泉鏡花の幻想小説などは、内容はものすごくおもしろいのだけど、原本がほとんど文語文なので、現代文に慣れたわれわれは、ほとんど古文書を解読するようにして読まねばなりません。
著作権の切れた、現代では読解がむずかしい作品を、現代人がわかりやすく読めるように改変して、ネット上で公開するというのは、ニッチな分野ではあるけれど、人の需要を満たすことにもなるし、年をとってもライフワークにできるかもしれません。
なんというか……まあ、ぼくという人間は、ひとり遊びをこじらせちゃってるんでしょうね(笑)
#与太話
野菜はうまくできないし、なんだか鬱っぽくなっちゃって、でも自殺するというほどの絶望でもない。
それで、とりあえず生きている、という以上は、生きていることを肯定したい。
ぼくはもうこんなことを何度も繰り返しているから、この苦しみが生まれる原因はわかってるんです。
それは、なにかを比べる、ということです。
なにかと比べて、じぶんが劣っている、というときに、苦しむ。
人と比べて、という場合もそうですが、去年のじぶんはもっとうまく野菜がつくれたのに、ことしのじぶんはどうして、というようなこともそうです。
そのようにして、いまを生きているじぶんを否定するところに、ぶつけようのない劣等感と怒りが生まれて、つまり抑鬱になってしまう。
いいときに調子に乗って自慢するということもしないかわりに、わるいときに他人と比べて落ち込むということもない。
そういうのがいいな、とおもうのは、いまがわるいときだからかもしれないけれど。
で、こういうときは、べつのことを考えていたい。。
日々の農作業はきちんとやってます。
が、やっぱり心のどこかで敗戦処理のような甲斐のなさを感じているときに、まったく目先が変わるラヴクラフトの翻訳をやってみると、これはけっこう
それでふと、ぼくがほんとうにネット上でやりたいのは、こういうことかもしれないな、という気がしてきたんですよね。
ぼくは近代文学を専攻していましたが、日本の文学でも明治大正の小説は、まだ文語と口語が混じっていて、きわめて読みづらいものがたくさんあります。
泉鏡花の幻想小説などは、内容はものすごくおもしろいのだけど、原本がほとんど文語文なので、現代文に慣れたわれわれは、ほとんど古文書を解読するようにして読まねばなりません。
著作権の切れた、現代では読解がむずかしい作品を、現代人がわかりやすく読めるように改変して、ネット上で公開するというのは、ニッチな分野ではあるけれど、人の需要を満たすことにもなるし、年をとってもライフワークにできるかもしれません。
なんというか……まあ、ぼくという人間は、ひとり遊びをこじらせちゃってるんでしょうね(笑)
#与太話