山麓王国

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2025年11月 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する

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牛頭天王について詳しく記事にしてくださり、本当にありがとうございます。

「牛頭天王についてのアラカルト」と書いてありますが、読みごたえのある、素晴らしい「牛頭天王フルコース」でした!!

これはもう立派な学術論文ですね。

しっかり頭にいれるため、繰り返し繰り返し読ませていただきましたが、かみ砕いて書いてくださっているので、とても読みやすかったです。

一般的に誰もが知っている(名前だけだとしても)神様仏様と違い、あまり周知されておらず、わざわざお参りに行こうとする人も恐らく少ないだろうと思われる、本当に特殊な存在だと思っていましたが、農園主さんの記事から、より身近に感じられます。



庚申信仰は、たまたま道教の一部だけが当時日本に入ってきて広まったものだと思っていたので、道教がずいぶん古くから、しかも密教とないまぜになった状態で輸入されていたとは驚きでした。

横浜中華街に関帝廟という道教のお寺がありますが、関帝廟をつくった時に、華僑が日本に道教を持ち込んだと思っていました。

ここには5柱の神様がいて、①玉皇上帝 ② 関聖帝君 ③ 地母娘娘 ④ 観音菩薩 ⑤ 福徳正神 の順番にお参りします。

②~⑤は、廟内にある像に向かいお参りしますが、①の玉皇上帝だけは、像がなく、廟内から外の門に向かい、天を見て拝みます。

別格で、天にいらっしゃるということなのでしょうね。

④の観音菩薩は仏様ですが、道教の女神と同一視されているようです。

西遊記に、天帝と釈迦如来が登場するのと同じようなことかもしれません(書き足し:神と仏が一緒に登場するのと、特定の神と仏が同一視されているのでは、意味が違いました、失礼しました)



関帝廟というのは他にもあって、大阪にもあるんですね。

初めて知りました。

大阪関帝廟は、「黄檗宗 白駒山 清寿院」というそうですが、黄檗宗というと、南都六宗より新しい宗派でしたよね。

禅宗であるけれど、密教や道教の影響を受けているようで、なかなか複雑なんですね。

そして、黄檗宗を検索していたら、偶然おもしろいものを見つけました。

音声入力で、「道教 黄檗宗」と言ったつもりが、Google君の耳が悪かったのか「東京 黄檗宗」で検索開始になりました(笑)

すると、トップに『黄檗宗 牛頭山 弘福寺』というお寺が出てきました。

https://ko-fukuji.wixsite.com/kofukuji/g...

ここでは、スサノオの別称を牛頭天王としていますが、農園主さんの記事を読んでからこのお寺のことを知ると、なかなか興味深かったです。



牛の頭で出汁をとったクッパ、初めて知りましたが、豪快ですね。

韓国の市場では、鶏の頭や豚の頭と一緒に、牛の頭が売られているのでしょうか。

想像するとちょっと怖いです(笑)



西遊記は道教の影響が強いということで、ふと思い出しましたが、『聊斎志異』も道教ですね。

仙人とか妖怪、道術の話が多く、西遊記に劣らずおもしろい読み物です。

映画『空海 美しき王妃の謎』(原作・夢枕獏)では、空海の周辺で不思議なことが起きますが、呪い・幻術・蟲毒などの話が、要所要所に出てきます。

あれはもちろん創作ではありますが、時代考証もされているはずですから、空海がいたころの中国で、きっと密教と道教は密接な関係にあったのでしょう。

道教をテーマにした小説、創作が多いからかもしれませんが、仏教や神道、キリスト教などの様々な宗教の中で、道教にはいちばんロマンとファンタジーを感じます。

道教や陰陽師の話は、創作の題材になりやすいのでしょうね。




六観音のうちの、千手観音、十一面観音はよく見ますが、馬頭観音は、以前よくお参りしていた調布のお寺の境内や、六観音が安置されているお寺くらいでしか見ません。

近所の道路に馬頭観音だけがまつられている小さい堂宇があります。

調べてみたら、区内には、お寺、個人宅、道路など、29基ありましたが、馬頭観音をまつっていても、飼い馬の供養塔とされているところもあるようです。

なぜかわからないのですが、馬頭観音はなんとなく恐ろしい感じがして、通っても手を合わせることはありません。

安易に拝んだらいけない、という感じです。

牛や馬の顔がついているわけではなく、人間の身体をしていて、頭部に牛や馬があると認識はしていますが、やはり獄卒のイメージは強いですね。

本能的に、魔を感じるのかもしれません(笑)

牛頭天王も恐ろしいはずなのに、怖さを感じません。

もしかすると、前世で地獄に落ちていて、牛の獄卒から優しくされ(そんなはずはない・・)、馬の獄卒からいじめられていた、という記憶が残っているのかもしれません(笑)



蘇民将来の話が創作かもしれないというお話ですが、農園主さんが解説してくださった根拠とともに、もともとの伝説が「なんとなくありそうな話」だけに、逆に創作の可能性が高いと思えました。

八坂神社のホームページは以前見たことがありますが、宮司さんの写真があるのは珍しいという印象がありました(笑)

今回改めて読んでみましたが、創祀の二説があまりに簡潔すぎて、其の二に、「天神(祇園神)」についての説明がされていないのが不思議です。

其の一
渡来人が神様をお祀りしたのがはじまり
斉明天皇2年(656)に高麗より来朝した伊利之(いりし)が新羅国の牛頭山(ごずさん)に座した素戔嗚尊(すさのをのみこと)を当地(山城国愛宕郡八坂郷(やましろのくにおたぎぐんやさかごう)に奉斎したことにはじまる。


其の二
お坊さんがお堂を建立したのがはじまり
貞観18年(876)南都の僧・円如(えんにょ)が当地にお堂を建立し、同じ年に天神(祇園神)が東山の麓、祇園林に降り立ったことにはじまる。


ここでいう「天神(祇園神)」が、主祭神のスサノオと同一なのか、異なる神様なのか、疑問に思うのではないでしょうか。

其の一では、スサノウだと言っているわけですし。

新羅に座したというスサノウの信憑性は別として、他国にいた神様を他国の人が連れてきた日本の神社?? 

そういう由緒の神社も他にはあるでしょうし、悪いわけではありませんが、それでいいのか?と(笑)

いっそのこと、インドの祇園精舎から来ています、といった方が、信憑性があるような気もします(笑)

伊利之の子孫は八坂神社の神職を代々務めていた時代があったようですが、この伊利之についても八坂神社のホームページには説明がされていないようです。

「祇園社」の説明も、通り一遍にしか書かれていませんが、農園主さんの「祇園社とはなんなのか」のところで、インドの祇園精舎との関連が理解できました。



ところで、農園主さんのお住いのところの氏神様は、八坂神社でしたよね?

そしてご実家の近くの彌榮神社も、八坂神社の流れと伺いました。

スサノオ・牛頭天王とは、少なからずご縁がありそうですね。

ちょっとうろ覚えで、間違っていたら申し訳ないのですが、氏神さまにお参りした時竹が跳ね返ってケガした???、というお話を書いていらっしゃったように思います。

あれは、牛頭天王の歓迎のいたずらなのでは、と改めて思います。

牛頭天王は、怖いというより、なんとなくですが、私には、お茶目ないたずらっ子の(書き足し:悪意のない暴れん坊的な)イメージもあるんです。



昨日、朔日参りを兼ねて、お守りを受けに、埼玉県大宮の武蔵一之宮氷川神社に行ってきました。

氷川神社については、以前詳しく解説していただいていましたね。

夏越しの祓でお参りしてから、4ヶ月経ちました。

令和10年は、ご鎮座2500年だそうです。

ご祭神はスサノオですが、ご由緒に牛頭天王については書かれていません。

でも昨日は、牛頭天王=スサノオと思い、お参りして来ました。

本地仏が薬師如来なら、最強ではないかと思います(笑)

赤ちゃんのお宮参りと、七五三の人で、すごい賑わいでした。

山口百恵ちゃんも去年初孫の七五三で来たそうですが、この不景気な神社事情の中で、不謹慎ではありますが相当儲かっているのではと感じます(笑)

修繕や整備、維持など、経費もものすごいでしょうが。



ここのおみくじは変わっていて、大吉、吉、小吉、末吉、凶、吉平、平吉、平、向吉、凶向吉、凶末吉、初凶末吉、吉凶未分、吉凶相交の14種類です。

なかなか厳しいので有名だそうです。

箱に手を入れて引くタイプのおみくじは、「凶末吉」か「初凶末吉」でした。

ショックのためどちらだったか覚えていません(笑)←結ぶ木がないので、お札を納めるところに、家から持参したお守りやお札と一緒に納めてきました。

凶なのに、書かれていたことは、なぜかいいことばかりでした。

でも、凶のついたおみくじは気分が落ち込むので、やり直すことにしましたが、みくじ筒をガラガラ振って、出た棒の番号のおみくじを受ける方は、「吉」でした。

気の持ちよう、です(笑)

40代くらいの女性が一緒にいた人に「私、ここのお守りで本当に助けられたのよ」と話していたのですが、その具体的な内容を聞きたかったです(笑)


最近、熊出没のニュースが続いています。

東京都下でも目撃されていますが、そちらは大丈夫でしょうか。

くれぐれもお気をつけくださいね。

2025年7月 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する

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【書き足し・お詫び】
「新規に投稿」を押さないで投稿したのかもしれません。投稿日が7月2日になっているのに気がつきました。

記憶が間違っていなければ、7月8日だったかと思います。

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手のケガ、破傷風などの心配がなくて、本当によかったです。

マダニ感染症で死者も出ているそうですが、植物も虫も怖いですね。

外来種のアライグマに付着しているマダニから感染することが多いらしいのですが、都内でアライグマが増加しているようで、最近、家の近所でアライグマが捕獲されたというニュースがありました。


自由意志のお話、非常におもしろいですが、なかなか一筋縄ではいかないテーマだと考えさせられました。

一生懸命考えているのですが、きちんと理解しないまま枝葉が広がってしまい、カオスに陥っています(笑)



遺伝、教育や環境によるプログラムに従わない行動がエラーであり、人間の自由意志だとすると、人生エラーが多いほど、充実しておもしろいのではないかと思ってしまいました。

現状維持(プログラムに従って生きる)もひとつの立派な生き方ですが、変革人生もまた楽しからずや、というところではないかと(笑)

自分で選択したつもりのことでも、それは、実は自分の意志で選んだのではない、という見方もできますね。



幕末の志士たちの行動は、世の中を憂いて、将来的に世の中を変えたいという信念に基づくものだったのでしょうが、自分たちの志が後世にどうひきつがれるのか見てみたいという気持ちが、まったくないはずはないと思えます。

でも彼らはそれを必要としなかったのでしょうね。

漫画『JIN~仁~』のラストでは、龍馬の死後、仁にはなぜか龍馬の声が聞こえ、心(頭)の中で会話ができるようになりますが、仁は龍馬が斬られた場に居たことにより、龍馬の血液や脳髄液を眼球や身体に浴びたので、龍馬の意識が仁の肉体に同居したという筋書きになっています。

龍馬は、「仁と一緒に未来を見てみたい、だから帰れ(仁がいた元の世界)」と言っていたかと思います。

創作なので、実際に未来を見たいと龍馬が言った史実があるのかどうかは不明ですが、あれを読んだ時、現代の日本や世界を見た龍馬はどう思うだろう、と考えたことがありました。

日本や世界の目覚ましい発展に驚くとともに、自分の名が教科書に出てきたり、変わることのない幕末ブームにも、さぞかし目を見張ったと思います。

地動説に魅入られた人たちも、「自分の役割はここまで、あとは後世の人間が受け継ぎ発展させてくれる」という、強い信念のもとに生きて憂いなく死んでいったとすると、幕末の志士たちと共通点があるように思います。



話がずいぶん逸れました(笑)

自由意志のお話は思ったより複雑で、考えが四方八方に散らばってしまい、うまく感想をまとめられず申し訳ありません。

書いては消し、書いては消し、で、結局まとまりませんでした←いつも、ですね(笑)

中でも、頭がぐるぐるしてしまったのは、プログラムで行動していること、それはその人の「運命」で、逆らって生きるのは(エラー)運命を書き換えているのか、あるいはそれも運命なのか、ということでした。



最近、都会からなぜそんなところに?という場所に移り住み、自給自足で暮らす道を選ぶ人たちのことをテレビの番組でよく観ますが、沖縄の離島で原始人的生活をしている方は、それとは違い、現状の変化を嫌ってのことなんですね。

地元のホテルの女将さんの話、「長崎さんはあんな生活をしているけど、話してみると意外にまともで挨拶もする」というのを読み、これはちょっと考えさせられました。

ああいった生活をしていたら、「(少しばかり)頭のおかしい人」と思われることがほとんどなのでしょうね。

信念をもって生きている人とは理解されないことがお気の毒に感じますが、たぶんご本人はぜんぜん気にしていないのでしょう(笑)



ここ数日、楽譜や仕事関係のファイルの断捨離をしていたのですが、仕事のこと・レシピ・ノージャンルの覚え書きを書いているノートも整理してまとめようと四苦八苦していました(笑)

その中に、2年ほど前に若いのに癌で亡くなった奈良のお寺の住職が、SNSで発信していた言葉を、いくつか書きとめてあったものがあります。

・あの世とは思考の世界。思いの数だけ道がある。
・生前、三途の川があると思っていた人には川が用意されていて、死後の世界を考えたことがない人は、真っ暗な道をとぼとぼと行く。

抜粋の走り書きをいくつか読み返してみて、あれ??と思い、調べてみたら、曹洞宗の住職でした。

この方の話は、住職にしては宗教的な押しつけがなく、素直に心にすっと入るものが多かったのですが、禅の教えによるものだったからでしょうか。



水無月の記事を教えていただき、ありがとうございました。

カレーとかパフェとかの食べ歩きを記事にしている人はよく見かけますが、水無月とは!!

なにしろ売る期間が短く、早くても1週間前くらいから、短いと6月30日限定販売のお店も多く、この期間に購入すること自体、難しそうですね。

特長など、よくあれだけ克明に書けるなぁと思いますが、もっと簡潔においしいまずいを述べてほしかったです(笑)



6月30日、以前お話したことがある、埼玉県の「武蔵一之宮氷川神社」の夏越の祓に行ってきました。

この日は、神職さん・巫女さんたちが茅の輪をくぐる神事があります。

暑いので、その日そこに行かなくても近所の氷川神社でくぐってくればいいよね~、と何度も悪魔のささやきが聞こえましたが、結局ちゃんと行きました(笑)

14時開始と聞いていたのですが、15分前に着いてすぐ、社務所から大勢の神職さん、巫女さんがでてきて並びはじめました。

一列になって神橋を渡り、おひとりずつ茅の輪をくぐっていきます。

それが終わってから、参拝者が順番に茅の輪をくぐっていくのですが、すぐに舞殿で大勢の神職による儀式が10分ほど行われました。

それが終わると、また神職さんたちがぞろぞろと拝殿まで歩き、3分ほどの短い神事がありました。

夏越の祓の茅の輪くぐりはここ数年毎年やっていますが、神事は初めて拝見しました。

やはり神事というのは、感動しますね。

かなりの人が来ていましたが、隣にいた50代くらいの女性ふたりが(神事を知らず来たのが話の様子でわかりました)、ず~~っと、「来てよかったね!! ほんとによかったね~~~!」と何度も話していました。



このお参りのことを言いたかったわけではなかったのですが(笑)

神社の近くの西武そごうデパートで、「京都 五建外郎」というお店が期間限定で出店しており、水無月を販売していたので、電話で取り置きをお願いしておき、帰りに買ってきました。

他のお店、鶴屋吉信などは、日持ちが当日中なのですが、五建外郎の水無月は真空パックで8日間日持ちするというので、農園主さんに1パック(4切れ)お送りしようと思いまして。

ところが、帰ってから食べてみたところ、とてもとても召し上がっていただけるような味ではなかったので、申し訳ありませんが取りやめました。

外郎専門店ということですので、絶対おいしいと思ったのに・・・・。

真空パックなので味が落ちるのかもしれませんね。


猛烈な暑さが続いていますが、熱中症にならないよう、充分にお気をつけくださいね。



【書き足し】

武蔵一之宮氷川神社でおみくじを引きましたが(箱に手を入れて紙のおみくじを取るタイプ)、「平(たいら)」でした。

「心に苦労がたえない兆(うらかた)なり」と書かれており、そのあとに「自分のおこないしだいで良くも悪くもなるなり」とあって、そりゃ誰だってそうだよね、と思いました(笑)

ここのおみくじは、

大吉>吉>吉平>小吉>末吉>平吉>平>凶向吉>凶末吉>初凶末吉>吉凶末分>吉凶相交>凶 の順番です。

おみくじは予言ではないので、必ずそのとおりになるわけではないし、いいことも悪いことも書かれていますが、誰でも「大吉」が出ればうれしいものです。

「平」で帰るのはどうにも納得できなかったので(笑)、筒を振って番号が書かれている竹の棒を引きだす方のおみくじを引いたら「末吉」でした。

内容的には「平」も「末吉」も似たようなものでしたが、心も落ち着いたし、微力ながら神社の売り上げに貢献したし(笑)、いい気分で帰ってきた、というわけでした。
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あらためて、先日はどうもありがとうございました。

あと、おかげさまで手の腫れは落ち着きました。

心配していた破傷風や、炎症がひどくなるといった症状はいまのところなく、落ち着いています。

ギズモさんに、誕生日を境に厄落としだとおっしゃっていただいて、なるほどそうかもしれないとおもえました。

ものごとにはバイオリズムのような波があって、よいことも長く続くものではないし、わるいこともおなじですね。

あるタイミングをきっかけに、続いていたわるいことが底をついて、好転していくことはよくありますし、ぼちぼちそういうタイミングとおもいたいところでもあります(笑)

末吉は「上がり目」ですから、そこからは上がっていく運勢ですしね。



ところで先日、夏越の祓での和菓子、水無月の話題をいただきましたが、こんなブログ記事がありました。

https://note.com/rakusaku/n/n196c96a6682...

なかなかこんなことをしている方はめずらしいとおもうのですが、水無月を食べ比べしておられます。

ギズモさんのおっしゃっていたとらやと俵屋吉富もレビューされていました。

特にそこから広げていくような話でもないのですが、ういろうに小豆という単純な和菓子にこれほどいろんな種類とこだわりがあるのを実際に知ると、あらためて驚きます。



肉体内の細胞にも意志があるのかという件ですが、細胞には役割のプログラムはあるとおもうのですが、人間のような複合的な意志はないとおもいます。

しかし人間自体にも、自由意志はないという説があります。

つまり、遺伝や外界の教育などの刺激によって、じぶんの行動が決定されるだけで、じぶん個人の自由な意志というものは存在しないというのです。



もしそうであれば、人間もまた最初のプログラム(遺伝)と、後から書き換えられたプログラム(教育や環境)で行動しているといえます。

そして細胞がエラーを出すことがあるように、人間もやはり、プログラムに必ずしも従わず、エラーをだすことがあります。

陰謀論にひっかかったり、イデオロギーに傾倒したり、カラダが病気になっても病気ではないと信じ込んだり……。

ぼくは、あるいはこのエラー(プログラムに従わない行動)こそが、人間の自由意志なのではないかとおもっています。



ところでつい最近「チ。」というアニメをみました。

いまはアベマで最終話まで全話みられるんですが、おもしろいものでした。

どういう話かというと、中近世(15世紀)のヨーロッパが舞台です。

日本だとまだ戦国時代になるより前の室町時代。コロンブスがアメリカ大陸を発見する大航海時代よりもすこし前といったところです。

金儲けを肯定するプロテスタントが生まれるよりも前ですね。

地動説を取り締まる異端審問官と、審問官たちに殺されながらも地動説の情報をつないでいく人々の物語です。

主人公は複数登場するのですが、ほんの数話の間でどんどん死んでいきます。

しかしみんな、地動説に魅入られて、この説が後世につながっていくことを信じて、じつにいさぎよく死んでしまうのです。

「知らないことを一生懸命知ろうとしても、生きている間に、いったいどのくらいのことを知ることができるのか・・・・。」

あの作品には、ギズモさんの問いかけに対するひとつの答えがあるような気がしました。

つまり、あの作品で地動説に魅入られた者たちは、結局コペルニクスが世界の認知を変える現場を知らないまま死んでいきます。

地動説という、あくまで真実のとっかかりのようなものに触れただけで、あとはそれをどうにかしてつないでいくのがじぶんの役割だといって、それがどのように発展していったかという歴史の真実は知らないのです。



われわれもおそらく、こんなに情報過多の時代ですが、ほとんど「なにも知らないまま」死んでいくことでしょう。

それで、じぶんの人生で得られた知恵を、次世代が引き継いでくれます。

人間の文明というのは、つねにあたらしい世代が前の世代の屍を越えていくようにしてリレーを繰り返し、発展しています。

でもこの発展はさっき言った、人間のエラーだとおもいます。

人間は本来は、遺伝と教育によって、前の世代とおなじようにして生きているべき生き物です。

生存できるかどうかという視点でみれば、現状が変わらないほうがよくて、変革は起こらないほうがいいんですよね。

だから、エラーのない生き方という意味では、異端審問官のほうがよっぽどまともです。

科学的真実がどうであろうと、じぶんに授かった肉体と、先人に教わった知恵の中に生きていくのは、おかしなことではありません。

でもエラーこそが人間の自由意志という意味では、異端審問官の生き方には自由意志がありません。



いま、司馬遼太郎とドナルド・キーンの対談の本が手元にあります。

『日本人と日本文化』というタイトルです。

その中に、禅について対談しているときに、司馬さんがふと明治の志士の死に方について話すんです。

その部分をすこし引用します。



司馬 日本人の場合は、いろんな宗教が入ってきたわけですが、日本人にいちばんうまく適合した宗教は、これもほんとうの禅とどれだけ関係があるかどうかは別として、私は禅だと思います。禅は日本人とウマが合ったという感じです。(中略)直感的なところとか、煩瑣な理屈がないということがひじょうによかったんでしょうね。たとえば、幕末の志士などは、平気で死んでしまって、お念仏のひとつも唱えないのかしらと私はときどき思うのです。彼らは未来を信じていたのかしら、生まれかわることを信じていたのかしらと、いろいろ思うのですけれど、彼らは別にそれを思って死んだのではありませんね。どうもあのころになると、禅というものはずいぶん武士の心の中に入っていたらしい。アッという間に空に帰することができるような人間がずいぶんといたらしい。



禅宗は思想面でいえばシンプルな宗教で、人間に優劣をつけません。

仏さんが上で人間が下、というようなこともしないんですね。

それで、人間の中に仏性が宿っているというんです。

じぶんの内にある仏性を悟ろうと修行して、あとはひたすら生活を突き詰めます。

生活が「完璧に調和する」ところを目指すところから、日本に到来した禅宗は、あのシンプルで無駄がない東山文化のような禅芸術にむすびつきました。

禅寺では食事作法や掃除の仕方などが、異様なほど厳しいものになっています。

そうやって生活を研ぎ澄ましていくと、死さえも洗練された簡素さで受け止めてしまう……と、まあ現実離れした考えですが、そのあたりの恬淡とした死への態度を、司馬さんは明治維新の志士にたとえたのでしょう。



この明治維新の志士たちは、みんなあまりじぶんの命に執着せず、それぞれの立場で日本の将来を憂いていました。

もし名を成さずに死ぬとしても、じぶんの生き方が次の世代になにかしらのバトンを渡す、時代の礎になるだろうという、そういうぼんやりした理念だけを懐に抱えて、その時代を生きて、死ぬにしても満足して死んでいったのだとおもいます。

明治維新の志士たちの行動は、変革を求めるものなので、エラーなわけですが、同時に非常に魅力的な自由意志によって活躍していたのだとおもいます。



そのように考えていくと、ほとんどの人々は、すべてを知りたい、すべてを為したいと願い、自由意志に向かっていくのですが、いまだだれもすべてを為すことも知ることもできませんし、われわれはみな道半ばに死んでいく仲間なのかもしれません。

ごく一部には、自由意志を求めず、現状が変化することを嫌い、原始人のようにして暮らすことを望む人もいます。

沖縄の離島で、裸で採集生活をしながら生活し続ける日本人の老人がいたのをテレビでみたことがあります。

調べてみたら長崎真砂弓という人らしいのですが、ああいう暮らしは現代人がそうそうできるものではないですね。

実際、以下の記事のように、ああいう原始的な生き方を文明人の側が許さない、という側面もあるようです。

https://www.dailyshincho.jp/article/2015...



なんだか尻切れトンボのような終わり方になりますが、この話はいったんここで終わりにしておきます。

ぬか漬け、いまの時期から始めると、夏野菜から冬野菜までゆっくり楽しめますね。

ひとり暮らしだとぬか漬けは持て余してしまうのでつくりませんが、家族で食事のたびに季節の野菜のぬか漬けをおかずの一品にする、ということができれば、続けられそうな気がします。

2024年10月 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する

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6000字もの記事を書いてくださり、ありがとうございます。
3回にわけての投稿、農園主さんの返信はなしとのこと、承知しました。

シリーズ終了後だと、どこから手をつけていいかわからなくなりそうなので、今日は No.1513に対し、思ったことを書かせてください←ごめんなさい、けっこう長くなってしまいました(;^_^A

海外でも、障がいを持って生まれた子を「gift(神様からの贈り物)」と言ったりしますよね。

知的障がいの子は、心が純粋で、汚れがないことも、特別な存在として大事に扱った理由のようにも思えます。
また、純粋であるために、見えないはずのなにかが見え、聞こえないはずのなにかが聞こえるということも、あり得るのかもしれないですね。

中山みきは、多重人格者であったんですね。
人格が時々変わるのを見れば、神のような何かが憑いているように見えるのかもしれません。
(書き足し)それも、教祖として崇められた一因になったような気もします。

般若心経ですが、よく唱えているのに、「空」「無」がこれほどきれいに分かれていることに気づきませんでした。
昨年でしたか、成田山新勝寺にお参りした時、般若心経の写経をして納めたのですが、「いやに無が多いな~」とは思いましたが(笑)

同じ文章、語句でも、「読む(唱える)」「書く」「聞く」では、それぞれ違うんですよね、不思議なことに。
それ以前に、いかに何も考えず、わかったふりをして般若心経を唱えていたか、そこが問題でした(笑)

司馬遼太郎の考えは、ずいぶん思い切った感じですが、その通りですね。
これを「キリスト教」に置き換えても、同じことが言えるのではないかと思いました。

古くから多くの人に浸透してきた宗教も、時代が変わっていけばそれなりに変わるのは仕方ないですが、そこに金銭が絡んでくると、なかなか厄介なものとなってしまいますね。

輪っかのお話は、やっぱり何度イメージしても、どうも理解できていないようです。
輪っかの外はなんなんだろうと、とりとめなく考えてしまい、余剰意識もいいところですね(笑)

以前は駅に立っていて、無言で新聞を渡そうとしていたのが、最近は戸別訪問をするようになってきた「冨士大石寺顕正会」のことは、以前お話したことがあったかと思います。
日蓮宗から破門され、独立したようですが、これも一種の新興宗教なのでしょうね。

最近ちょっと(かなり)びっくりしたことがあったので、聞いてください(笑)

仕事の帰り、チェーン店のカフェに入りました。
隣の席に若い女性がふたり、座っていました。
ひとりの女性が熱心に何か話して聞かせていたのですが、声が小さいので内容はところどころしか聞こえません。

雰囲気が尋常ではなく、気になったのでテーブルを見ると、あのよく見かける冨士大石寺顕正の新聞が置いてあります。

しまいには涙ぐんで「浅井先生は私たちのためにこれだけのことをしてくださって~~~」と話していました。

勧誘なのか、団体内部の勉強会なのかはわかりませんでしたが、こういうふうに宗教にのめりこむ人たちっているんだな~と思い、本当に驚きました。

ここで送信しようと思ったのですが、数年前に、一般の女性のブログで読んだことを思い出しました。

その女性の元旦那さんは、精神病院に勤務していました(医師なのかどうかは知りません)。

ある日ひとりの患者さんが亡くなりました。
その方のけんか友だちが、その頃、個室に入っていたそうです。
友だちができるということは、(書き直し)閉鎖病棟ではなく普通に交流のできる病棟でしょう。

亡くなったことを知るはずもないのですが、その人が騒いでいるので、旦那さんが行ってみたそうです。

「なんで、あいつはあんなとこにいるんだ 。 気に入らねーな 、あいつをこっちに降ろせ!!」
と、天井を見上げながら、訴えていたそうです。

おそらく、純粋に見えたままを言える人だからこそ、見えたことを訴えたのだろう、と書いてありました。

精神病(訂正・精神疾患)の患者さんが言ったことなのに、作り話とか病気だからと捉えず、心霊現象とも考えず、本当に「見えた」のだろうと理解しているわけですね。

2024年4月 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する

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今日が火葬でしたが、桜がほぼ満開で、場違いに感じるほどいいお天気でした。

私は、妹も精神的に疲弊していたとは知らなかったので、懸命に我慢して母と過ごしていました。
ところが本当に思いがけず、妹の方が先に「もうだめ」状態になりました。

妹は、かかってくる電話には出る程度のつきあいはありましたが、ここ5年ほど、まったく母から連絡がきませんでした。
何か思うところがあったのでしょうね。

農園主さんがご心配してくださっていた、「解けない宿題がわだかまる」ということ、ものすごく身に沁みました。
それは、たぶん「後悔」とは違って、ひとつ解けないとさらに解けないところが増えると言えばいいのか、はっきりとした何かではなく、それこそすべてが宿題のようにも思えます。

妹は今日、すごくもやもやする、と言っていました。
私は自分の気持ちは話しませんでしたが、不思議とすっきりした感じでした。

たぶん、ずっと母と普通に過ごしていたらどこかで崩壊してしまったはずが、距離を置いたことによって、気持ちが昇華されてしまった、ということだと思えます←都合のいい考えですよね。

今は母に感謝の気持ちがいっぱいで、非難とかうらみとか、そういったものは微塵もありません。
もちろん、亡くなってからでは手遅れと理解はしていますし、まったく後悔がないわけではありませんが、きっと気持ちは伝わったと思います。

こういった心境は、妹や家族には話していないのに、またここでよけいなことを書いてしまい、申し訳ありません。


今回、火葬場の方々の仕事っぷりには、本当に頭が下がりました。
まだ若い20代前半位の男の子たち、火夫さんというお仕事だと思うのですが、仕事とはいえ、心を込めて終始対応してくれて、その節度と言うか距離感がみごとで、そちらの方に意識がいっていました(笑)

大変な仕事だと思います。

また、葬儀社の方々も、今まで経験したことのないような素晴らしすぎる対応で、「これは母の人徳か?」と思ってしまいました。


中に入れるお花と、のせるお花をお花屋さんに頼む時「カサブランカなど、ユリの系統は入れないでください」とお願いしたのに、ゆうべ取りに行ったらちゃんと入っていました(笑)
母がカサブランカなどが大好きだったので、入れてほしかったのかもしれませんね。
おかげで、今日家に帰ってからも、家の中でユリの香りがしていて(しているような気がして)、今も顔がかゆくてしかたありません(^_^;)


暗い話が続き、失礼いたしました。
お返事のお気遣いはないようにお願いいたします(o_ _)o))

それにしても、本当に顔が。。。かゆいです。。。
ユリ、スギに勝るという感じです(◎_◎;)

2024年3月 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する

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年を取ると性格が丸くなるという言葉がある反面、年を取ってひねくれてきた、という人もいますね。
長老さんは、昔はイヤゴト(聞いたことはないですが、意味が伝わってくることばですね)を言うタイプだったかもしれないですね。

農園主さんは一番の若手でしょうが、若い者を偉そうにこき使う人でなくてよかったと思います。

サンポール、少し前にネットでバズりましたね。
最近は見かけなくなった洗剤と思っていて、まだあったことにも驚きでした。

トイレの神様、これは歌の話ではなくて、髪の長い女性の神様がいるらしいという話があります。
迷信と思うと、すべての神様が迷信かもしれないので、「いらっしゃる」と思い、せっせと掃除をしています。
大みそかだけですが、お神酒も上げます。
きれいに掃除することにこしたことはないので、いてもいなくてもいいんですけどね(笑)


そう言えばカーナビの声は、日高のり子さんをはじめ、いろんな声優さんの声を、録音ではなく音声を合成して作っているようですが、あれはわりと自然です。
地名など、イントネーションがおかしくなりそうですが、ある程度修正しているのかもしれませんね。

明日はお雛様ですが、娘が出て行ってからは(家出ではありません)、特に何もしなくなりました。
私のお雛様を飾るだけなんですが、久し振りにはまぐりのお吸い物を作ろうと思い、魚屋さんをのぞいたら、国産(どこだったか・・・)のちょっと大きいものが、5個入って1,680円でした。
ここ数年、こんな値段です。
台湾産のものは安かったのですが、アサリの大きさでした・・・。

はまぐりはいい出汁がでるので、けちけちせずに買って来ればよかったですが、その分でペコちゃんのケーキでも食べた方がいいかな、と(笑)
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おそらくもともとこの長老は非常にマッチョな考え方をする人で、それこそマウントをガンガンとっていくタイプだったとおもいます。

長老の若いころは、理不尽に対して暴力やマウントで戦わねば生きていけない時代だったのかもしれません。

それがいまは生活が豊かになって、道徳的に人に接していればきちんと生活をしていけるようになりました。

若い世代が礼儀正しいということも大きいとおもいます。

イヤゴト(これは方言かもしれません、文句、クレームというような意味です)を言う人も少なくなってきました。

このような時代の変化によって、長老も他者にマウントをとることがなくなってきた、ということだとおもうんです。

いまでも長老はすこし年下の70代の自治会員(この人はイヤゴトを言います)には、すごいきつい言い方をします(笑)

牙は抜けてないんですよね。



雑巾をつかった雑巾がけは、お寺のお坊さんがやるような雑巾がけはしませんが、簡易モップに雑巾(使い古しのタオル)を巻いてフローリングを掃除することはします。

トイレ掃除は以前は使い捨てシートを利用してたんですが、最近は雑巾(タオル)のほうが掃除しやすいことに気づいて、タオル掃除の頻度が増えました。

そういえば、もうご存知かもしれませんが、ふだんのトイレ掃除に加えて、ワンシーズンに一回くらいの頻度で、サンポールを使い古しの歯ブラシにつけて、トイレのふちや、裏側、陶器のざらつきなどに塗布して、数分おいてから歯ブラシで掃除すると、尿石汚れがなくなってピッカピカになることに最近気づきました。

うちはバリアフリーとは縁遠い、段差だらけの家なので、ルンバで掃除できる家がうらやましいです。



読み上げ機能、配信をしてる人がコメントを読み上げ機能で「聞き」ながら会話しているのをみたことがあります。

あの読み上げも、おそらく日進月歩でイントネーションの伝え方が上達しているようですし、そのうちふつうに話しているのと変わらないくらいの精度になるのかもしれませんね。

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禅問答を仕掛けたということは、答えがあって答えがない、というものになるのでしょうね。
でも、人によって解釈が違っていいのか、答えはひとつなのか気になるところではあります。

山椒大夫は、丹後が舞台だとしか知りませんが、その民宿のあたりなんですね。
民宿に寒山拾得などという名前をつけるとは、何か理由があるように思います。

森鴎外の娘、森茉莉の書いた「父の帽子」は、中学の時の国語の教科書に載っていました。
今、森鴎外記念館になっているところが森茉莉が育った家なのですが、当時、「駒込千駄木」といわれた場所で、私が生まれたのは豊島区駒込ですが、
そこよりずっと東大のある本郷に近い文京区千駄木になります。
八百屋お七で有名な吉祥寺も、本郷に近い、現在の文京区本駒込ですが、当時「駒込吉祥寺」と呼ばれていました。

それはどうでもいいのですが(笑)、鴎外も茉莉も、墓所が禅林寺といい、東京都下の三鷹市にあります。
「禅」がつくので調べてみたら、やはり黄檗宗のお寺でした。
鴎外と禅宗、どういう関連があるのか、気になりだしてしまいました(笑)
太宰治は、本人の希望で、鴎外の近くに埋葬してあるようです。
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鴎外はたぶん、わかる人だけわかってくれればいい、という形で、読者に対して禅問答を仕掛けたのだとおもいます。

ぜんぶ解けるようになっているはずなんですが、まだ仕掛けがあるような気がしてなりません。


寒山寺、日本にもあったんですね。

特に青梅市の三無の寒山寺は、なかなか風狂なお寺です(笑)

舞鶴の寒山拾得も気になりますね。

しかしこの民泊のある場所は、偶然なのかなにか縁があるのか、森鴎外の『山椒大夫』で、山椒大夫が支配していた場所にかなり近いです。

ちなみに舞鶴のあたりは海に面しているからか、民宿がたくさんあります。

子供のころはこのあたりに親戚がいて、会いに行った後、母方の一族みんなで海の民宿に泊まって、海水浴や釣りをしたものです。

大阪の寒山寺、ぼくもホームページを拝見しました。

もともと琵琶湖のほとりにあって、蘇州の寒山寺に似ていたそうですが、1634年に創建された当時の寒山寺がどこにあったのか、どういう眺めだったのか、気になるところです。
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くどいほどの説明をするタイプの作家だと、私が意味がまったくわからないと挙げた、
「僧らが、ぞろぞろと来てたかった」「道翹は真蒼な顔をして立ちすくんでいた」のところなど、きちんと説明をしないと読み手が理解できないことに気がついていたのに、
敢えてそうした、と考えていいことなのかもしれませんね。

寒山拾得縁起は、その補足というか言いたかったことを、寒山拾得とは打って変わったユーモラスなものにして書いたのかもしれないと思います。
それでも、充分に書いたとは言えないのかもしれませんが。

鴎外が緻密な仏教のパズルを作ったというお話ですが、鴎外は仏教にどのような思い入れがあったのか、知りたくなってきました。

今回、寒山寺や、寒山拾得を調べていたら、東京都下・青梅市にも寒山寺がありました。
蘇州の寒山寺に因んでいるという小さなもので、無宗派・無住(住職不在)・宗教法人格無しの三無の寺であるということですが、これではもう「寺」ではないですね(笑)


大阪にも寒山寺があったんですね。
箕面の寒山寺は臨済宗で、HPで見るとかなり古い、立派なお寺のようです。


もうひとつ、これも偶然見つけたのですが、寒山拾得という農家民宿が、舞鶴の西方寺という集落にありました。


https://www.uminokyoto.jp/gourmet/detail...

蘇州料理かと思いましたが、ジビエ中心みたいですね。
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鴎外がもっと書きたかったのをおさえて書いたのではないか、というのは、ほんとうにそうだとおもいます。

ぼくもおなじことを考えていました。

ふつう物語は肉付けしていくものなんですが、もともと寒山寺に伝わっていた伝承を物語にするにあたって、極限まで徹底して引き算してますよね。

そのうえで、仏教の摂理に対して、つじつまが合うように仕上げています。

なにも参考にせずに書いた、といいますが、ギズモさんもおっしゃっていたように、かなり調べてから書いているようにおもえます。

鴎外はほかの小説では、ちょっとくどいくらい説明をするタイプの作家だったりします。

念押しのように説明を加えてくるので、読み手が想像する自由を失うと批評されているほどなんですが、寒山拾得に関しては、前知識なしではなにがなにやらさっぱりわからないくらい絞って書かれています。

すさまじいのは、『寒山拾得縁起』の最後のひと言でした。

「実はパパアも文殊なのだが、まだ誰も拝みに来ないのだよ」

鴎外は、じぶんの中にも仏性が宿っている、ということをユーモアを交えて、きちんと伝えているんです。

おとといから読解していくうちに、現代のぼくが理解している仏教理解に対して、ぜんぶつじつまが合う形でパズルがどんどんはまっていくものだから、これはどういうことなんだ、と不思議でした。

それだけ鴎外が緻密な、仏教のパズルをつくったということなのだろうとおもいます。
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疑問に対し、わかりやすい解説をありがとうございます。
ずいぶん、勘違いや読み間違いをしていたようですが、わからなかったことが一度にスッキリしました。

目上の人に対し、ていねいな態度で接するのが礼儀という認識でいると、目下の人に対してゾンザイに扱うことになる、これは気づいていなかったことです。

道翹が真っ青になった理由、人となりもよくわかりました。

寒山拾得のようにはなれないとわかりながらも、あきらめることはせず、仏性を求めて修行し、生き続ける。
禅宗というものの一端が、少しですがわかったように思います。
自分は俗人だという事を、しっかりと認めることから始まるようにも思えました。

ネットで関係するものをいくらでも検索できるというのは、便利ではなく、ちょっとした弊害のような気がします。
様々な参考資料を読むと、知識が深まるというより、よけい訳がわからなくなることもあります。
森鴎外が、当時どのような文献をどのくらい取りよせて参考にしたのかどうかはわかりませんが、膨大な資料の中から、
自分が書きたい部分を切り取ってから、削って削って短編に仕上げたのでは、となんとなく想像しました。
もっと書きたいというのを、抑えたようにも感じます。
これはもちろん私の想像でしかないので、真実はわかりませんが。

先ほど、旧字旧仮名の方でも読んでみましたが、やはりこちらのほうが、しっくりきますね。
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ギズモさんの疑問に対して、もうすこしぼくの見解を述べてみようとおもいます。

今回も長めの投稿になります。



閭丘胤が寒山拾得に向けてていねいな挨拶をしたのは盲目の尊敬だからだろうというギズモさんの考察は、その通りだとおもいます。

ただ、閭丘胤は宗教のことがさっぱりわからないので、宗教の道に通じていそうな人であれば、盲目的に尊敬してしまうんですね。

えらい人だという前知識があったから慇懃に接したというのではなくて、その道のことがなにもわからないので、とりあえずていねいに扱っておこうというわけです。

ところが作品中にも書かれている通り、「盲目の尊敬では、たまたまそれをさし向ける対象が正鵠を得ていても、なんにもならぬ」のです。

閭丘胤は僧侶や道士となればあてずっぽうに尊敬します。

尊敬しているんだからいいじゃないか、ともおもいます。

しかし鴎外は、それでもしたまたま相手がほんとうに尊崇に値する人物であったとしても、そんなあてずっぽうな尊敬ではなんの意味もない、と言い切ってしまうのです。

閭丘胤は、相手が僧侶であるというだけで、その格好や身分を問わず、尊敬はしています。

けれど結局は俗人ですから、お輿に乗って国清寺に向かう途中では、庶民が道をあけてひざまずくのをみて、いい気分になっています。

僧なら僧で、どれくらい徳のある人間なのかということが、気になってしまう。

人を物差しで測らねば気がすまない俗人であることが、作品中で描かれています。



豊干と寒山拾得の関係性ですが、寒山拾得は「わかったうえで対等にふるまっている」のだとおもいます。

目上の人にていねいに接すると、それは同時に目下の人をゾンザイに扱うということにもなります。これはふたつでひとつのセットになっています。

接待するときに上座をつくれば、下座ができるようなものです。

人間社会に生きる以上、上下意識は切っても切り離せないのですが、寒山拾得はものの道理をわかったうえで、だれにも媚びず、だれをも蔑まず、みずからも風狂に生きています。

なので仏陀といわれる豊干にさえ媚びることなく「豊干がしゃべったな」と言ったのでしょう。



寺を訪れた閭丘胤が拾得について聞いたとき、道翹がこんなエピソードを話しましたね。

「拾得は賓頭盧尊者のありがたい像に食事を供える役目をあずかっていたにもかかわらず、お供えをした後、あろうことか尊者と向き合って食事をしたのです。尊者の像がどれだけ尊いものかわかっていなかったのでしょう。だからいまは厨房で僧どもの食器を洗わせているのです」

道翹からすれば「拾得ごときが、賓頭盧尊者の像と向き合って食事をするような真似をした」というわけです。

そして厨房のかまどの前に寒山と拾得がいるのをみて、道翹は「おい、拾得」とつっけんどんに声をかけます。

かれもじつは閭丘胤とおなじ、身分の差を意識する俗人です。

社会のありように合わせて、おもい込みで人間を上に見たり、下に見たりする。

寒山拾得はそんな道翹のことも、上にも下にも見ていないので、どう呼ばれても歯牙にもかけぬ様子です。



閭丘胤は寒山拾得にくどくどとじぶんの身分を伝えました。

「朝儀大夫、使持節、台州の主簿、上柱国、賜緋魚袋、閭丘胤と申すものでございます」

このとき、閭丘胤はそれが礼儀だとおもっているのでしょうが、じぶんの社会的地位の高さを伝えてるんですよね。

寒山と拾得は当然その卑俗さを見抜いて、笑います。

それだけでなく、閭丘胤が宗教に通じてもいないのに、盲目の尊敬をじぶんに向けているだけであることも見抜きました。

実際閭丘胤は、寺に行く道中、こんなふうに考えています。

牧民の職にいて賢者を礼するというのが、手柄のように思われて、閭に満足を与えるのである。

僧侶にていねいに接すれば、じぶんの格が上がるような気がする、という閭丘胤の心根にも寒山拾得は笑ったのです。

さらにいうと寒山拾得は、豊干がそんな閭丘胤の "驕慢を折伏" させるために、寒山拾得を紹介したのだということまで、見抜いたのでしょう。

「豊干がしゃべったな」というのは、「豊干め、よけいなことを押し付けてくれたな」くらいの意味合いがあるかもしれません。



道翹が真っ青になって立ちすくんだ理由ですが、かれは閭丘胤が主簿という、日本でいうところの都道府県知事のような立場であることを知っていました。

寺でも主簿のご参詣だというので、おろそかにはしない。

とあります。

閭丘胤が社会通念上の礼儀をもって寒山拾得に当たったこともわかっています。

道翹には、閭丘胤が「盲目の尊敬」であてずっぽうに礼を尽くしているだけである、というようなことは見抜けません。

道翹も閭丘胤とおなじく、社会的立場で人の上下をはかる俗人でした。

だから身分の低い(とみなしている)寒山拾得が、身分の高い閭丘胤に対して無礼を働いたことに恐れをなして、真っ青になって立ちすくんでいるのです。

ちなみに「僧らが、ぞろぞろと来てたかった。」のは、単に飯どきだったから厨房に集まってきたというだけでしょう。



しかし、そのように読み解いていくと、われわれがいくら寒山拾得のようになりたいと願っても……そう願えば願うほど、じぶんが俗人であることを痛感せざるを得ないのではないでしょうか。

アキレスと亀のたとえのようですが、寒山拾得のような境地を求めても、われわれは人間を生きている以上、どうしても越えられない壁があって、いくら近づいても、その境地に至ることはできず、その壁をみるたびに、じぶんは結局こちら側(俗人の側)であるとおもわざるを得ません。

しかし、だからといって閭丘胤のような俗人になるのではなく、じぶんの仏性を求めて修行をしながら、同時にじぶんは寒山拾得にはなれぬと知る、というようなところが、禅宗のやっていることなのかなあ、という気がします。

2023年11月 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する

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そういえば、1か月ほど前だったか、ご近所さんからポポーという果物をいただきました。

非常に不思議な果物で、大きさや形はアケビに似ています。

熟したものは手でカンタンに剥けました。

食感は熟柿で、桃のような繊維があります。味も柿にすこし似ていますが、パッションフルーツのような特徴的な味もあります。

ただ、いわゆる青味というのか、たぶんここが好き嫌いのわかれるところだろう、という風味もありました。
たとえると、アボカドのような感じ。

鳥害や獣害もほとんどないらしく、ずいぶん育てやすいそうですが、非常に足がはやく、熟して3日も経たない間に黒ずんで、ダメになってしまうといいます。

この果物をくださった方が言うには、家族総出で一生懸命食べてたんですが、一日に2個を毎日食べてるうちに、すっかりイヤになってしまったそうな。

ぼくは3ついただいたのですが、たしかに毎日たくさん食べてると、飽きそうな感じがあります。

でも食後のデザートに、半分ほどの剥き身がお皿にのって出てくる、というのであれば、喜んで食べられそうな気もしました。

日持ちしないのが難点のようですが、火を通してジャムやチャツネにしてしまうのがよいのかもしれません。

#野菜
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ここ数日は体調不良でした。

相変わらず左胸の痛みはありますが、ふつうに生活。

無理は控えています。

納豆を朝夕の2回。子持ちメカブが安かったので、これも食生活に。

血をキレイにする、血をサラサラにするというのは、ぼくのライフワークにせにゃならんなあ。

あと、ダイエットの必要も感じます。
でも、面倒くさいなあ。←チョコパイを食べながら



ここ最近の野菜の売り上げです。

あんまりセキララなことは書きたくないけど、じぶんへの備忘録として。



カブ、3000円~3500円ほど。

シュンギク 1500円~2000円ほど。

チンゲンサイ 1500円~2000円ほど。

サトイモ 2000円ほど。

あと数日でベカナが加わって、あと1000円ぶんくらい売り上げが増えそうです。



カブはおおむね400gほどで180円。

シュンギクは200gで180円。

チンゲンサイは200gで139円。

ベカナはいくらで売るかまだ考え中。

サトイモは350gで、サイズによって200円から300円。

すべて税抜きです。



昨今の値上がり傾向を踏まえて、野菜も去年より10~20%ほど値上げしていますが、ありがたいことに売れてます。

直売所基準だとこの値段だと高いかもしれませんが、市場基準でいまの時期にこの値段は割安かもしれません。

なのでえらそうなことは言えませんが、できるだけ世の中の相場に合わせるようにして、生産者同士で足の引っ張り合いにならないように気を付けています。



社会的にみると安い日当かもしれませんが、ぼくにとっては上出来です。

うちは持ち家ですが固定資産税がほとんどかからず、家賃がないに等しいので、収入が低くてもどうにかなるんですよね。

#野菜

2023年10月 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する

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ぼくはいま、現実逃避をしています。

野菜はうまくできないし、なんだか鬱っぽくなっちゃって、でも自殺するというほどの絶望でもない。

それで、とりあえず生きている、という以上は、生きていることを肯定したい。

ぼくはもうこんなことを何度も繰り返しているから、この苦しみが生まれる原因はわかってるんです。

それは、なにかを比べる、ということです。

なにかと比べて、じぶんが劣っている、というときに、苦しむ。

人と比べて、という場合もそうですが、去年のじぶんはもっとうまく野菜がつくれたのに、ことしのじぶんはどうして、というようなこともそうです。

そのようにして、いまを生きているじぶんを否定するところに、ぶつけようのない劣等感と怒りが生まれて、つまり抑鬱になってしまう。

いいときに調子に乗って自慢するということもしないかわりに、わるいときに他人と比べて落ち込むということもない。
そういうのがいいな、とおもうのは、いまがわるいときだからかもしれないけれど。

で、こういうときは、べつのことを考えていたい。。


日々の農作業はきちんとやってます。

が、やっぱり心のどこかで敗戦処理のような甲斐のなさを感じているときに、まったく目先が変わるラヴクラフトの翻訳をやってみると、これはけっこう腹の立つたのしい作業でした。


それでふと、ぼくがほんとうにネット上でやりたいのは、こういうことかもしれないな、という気がしてきたんですよね。

ぼくは近代文学を専攻していましたが、日本の文学でも明治大正の小説は、まだ文語と口語が混じっていて、きわめて読みづらいものがたくさんあります。

泉鏡花の幻想小説などは、内容はものすごくおもしろいのだけど、原本がほとんど文語文なので、現代文に慣れたわれわれは、ほとんど古文書を解読するようにして読まねばなりません。

著作権の切れた、現代では読解がむずかしい作品を、現代人がわかりやすく読めるように改変して、ネット上で公開するというのは、ニッチな分野ではあるけれど、人の需要を満たすことにもなるし、年をとってもライフワークにできるかもしれません。


なんというか……まあ、ぼくという人間は、ひとり遊びをこじらせちゃってるんでしょうね(笑)

#与太話

2023年9月 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する

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ジャガイモを用意します。
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トラクターで畝を耕します。
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本来は畝の上に種まきをしますが、今回は溝の部分にイモを並べます。
写真にとってませんが、イモの間に高度化成をまいておきます。
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管理機で土寄せをしておきます。

以上、あとは芽が出たら定期的にジャガイモに土寄せをして、収穫を待つだけです。

#野菜

2023年8月 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する

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「クリニカアドバンテージ +ホワイトニング」という歯磨き粉をつかうようになってから、シャリシャリとした歯石になりかかったような歯垢が剥がれるのがおもしろくて、歯磨き→歯間ブラシ→フロス→歯磨き という、念入りな歯磨きを楽しんでいます。

2回目の歯磨きでもすこしシャリシャリしますから、一回ではどうしても磨きのこしが出ちゃうんでしょうね。

ちなみにぼくは先日歯医者の定期検診をすっかり忘れてしまい、また無事(?)歯医者難民となりましたので、もう虫歯になるわけにはいかんのです。←自業自得

#与太話
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日本の宗教について、身近なところで起こっていることでいうと、アニメやゲームで、世界中の神話や伝説からキャラクターがとられることって、日本特有の現象のようです。

転生ものにしてもそうなんですが、海外だと国をあげてひとつの宗教の価値観が根付いていたりするから、日本のように無節操な死生観や、世界中の神話からのパクリみたいなことは、かなり抵抗があるのではないかとおもいます。

日本だと、転生もののアニメや、神話のキャラクターが無尽蔵にあらわれるゲームが無節操であるという意識も薄いとおもうんですが、おそらく海外ではこれは、じぶんの信じる宗教への冒涜ということにさえなりそうです。


日本は江戸時代までは仏教推しでしたが、明治からは神道推しになりました。
推しどころか、廃仏毀釈(はいぶつきしゃく)といって、仏教はもう日本から追い出そう、というところまで極端な運動に発展します。

ところが仏教とちがって神道には教義も教祖もないので、政府が天皇を神格化し、教育勅語という教義を作りました。

日本人はおおむねこの信仰のありようの変化を受け入れて熱狂したわけですが、太平洋戦争の敗戦によって教育勅語は廃止。
天皇は神ではなく人間であり、日本の象徴である、ということになって、日本人は「それじゃあわれわれはなにを信じたらいいの?」というところが宙ぶらりんになったんですね。

宙ぶらりんになったまま、80年近く過ぎようとしているわけです。


新興宗教もなんとなく怖いし、かといって葬式仏教も嫌気がさしてるし、なんだかなあ、といいながら、朝テレビで星座占いをみるようなのだってスピリチュアルで、プレ宗教みたいなものです。

みんながなにかひとつの信仰を持つ、ということがなくて、まとまらない。
お寺でお葬式をあげて、神社でお参りして、クリスマスパーティをする、なんて節操のなさにも、特に抵抗を感じることもありません。

なので、宗教的価値観に基づかないなんにでも転生しちゃう物語がジャンル化したり、ゲームのキャラクターには世界中の神様がやたらと出てくる、なんてことが起こってしまう。

それがわるいといってるんじゃないですよ。むしろよいことで、世界に例のない価値観だとおもっています。

人間はなにかを信仰せずにはいられない生き物だとおもっていますが、ぼくの場合も日本人であることをいいことに、特定の信仰に入信することもせず、つまみ食い的にいろいろとかじっては、なるほどなあ、なんてことをやりながら、だましだましその日を暮らしています。

そういう信仰の態度が許されている戦後日本の風土は、よいものだともおもっているのです。

#与太話
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きょうの午前中は、収穫作業と、葉野菜の防除。敷地の除草剤散布。

除草剤散布はまだ1/3すませただけなので、夕方に残りをやります。
炎天に20kgの噴霧器を担いでの1万歩コースです(笑)
#野菜

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2026年3月28日(土) 10時30分40秒〔7日前〕