山麓王国

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ニャルラトホテプ 3



このとき、緑がかった月からなにかが降りてきた……ようにおもえた。

この光をみたときから、奇妙なことにわれわれはなにか目的でもあったかのように、吸い込まれるようにフラフラと列をなしていたのだ。

いつのまにか道路は崩れて草に埋もれており、錆びた線路の跡すらなくなっていた。

路面電車もあった。しかしこれも朽ちており、窓もなく、ほとんど横転しかかっていた。

地平線を見渡すと、川のそばにあったはずの3つめの塔はなくなっていた。

ふたつめの塔の影が見えたが、頂上が崩れているようだ。

別々の方向に引き寄せられるように、自然と隊列が別れた。

ひとつの列は、左側の路地に消えた……と同時に、ゾッとするようなうめき声だけが残された。

またべつの隊列は、狂ったように笑いながら雑草におおわれた地下鉄の入り口を降りて行った。

わたしの列は、ひらけた荒野に吸い寄せられた。

あれだけ暑かったのに、なぜかここでは寒さを感じる。

まわりを見渡すと、まがまがしい緑色の月光に照らされて、なんと雪が積もっていた。

この不可解な雪には足跡もなく、一方向にのみ吹き分けられており、それが輝く壁を形成して、黒く深い穴が横たわっている。

隊列は夢うつつで黒い穴に向かった。

雪の黒い裂け目が緑に照らされた様子は恐ろしく、怖気だったわたしは、隊列を残して立ちすくんだ。

仲間たちが穴へと消えていくと、弱々しい、泣き声のような不穏な残響が聞こえたようにおもえた。

しかし、わたしにももう、抗う力は残っていなかった。

先に進んだ仲間に手招きされているかのように、わたしは寒さと恐怖に震えながら、想像を絶する渦の中に飛び込んでいた。



わたしがたまらず叫んでいたのか、あるいは愚かしく押し黙っていたのか。それを知るのはもはや神のみである。

もう、終わりだ。

影が手(といってももはや手ではない)の中でのたうち回っている。

低く明滅する青白い星をかすめて亡者の世界から風が吹き、死者の世界にいたはずの腐った創造物は真夜中の街をむやみにうごめいていた。

不浄な寺院から、真空の宇宙に向けて、柱が伸びている。
地上にいる者にはその柱は半分しか見えないだろう。

われわれが緑色の月とおもっていた宇宙の下にたゆたう岩石、柱はそこにつながっている。

怪物のごとき亡霊どもはそこにいた。

そしてこの宇宙の墓場からの反乱を通じ、時を超越した真っ暗な部屋から、くぐもった狂気のドラムビート、そしてうっすらと冒涜的なフルートの音が聞こえる。

これらのいまわしいドラムと笛の音に加えて、巨大にして陰惨たる究極の神々による、ぎこちなく合理性を欠いたのろのろとした舞踏。

この、目も見えず、声も持たず、心の欠けたガーゴイルどもに魂が宿ったもの……これがすなわち、ニャルラトホテプだったのだ。

(終)


#ラヴクラフト #ニャルラトホテプ
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ニャルラトホテプ 2



ニャルラトホテプがわたしの住む街に来た。

ここは古くからある広い街であり、犯罪が絶えない危険な場所でもある。

友人はかれの秘術に傾倒して、わたしにその魅力を伝えた。

この大いなる謎をなんとか解き明かしたいという熱情に、わたしも心を動かされた。

友人は言う。

かれの身の毛のよだつ秘術は、予想をはるかに超えていた。

暗い部屋で、予言がスクリーンに映し出されるのだ。

いままで目では見たことのある光景が、スクリーンに映っている。

じぶんの目が、ニャルラトホテプに奪われたかのようだった。

ニャルラトホテプはバチバチと火花を散らしながら、予言をおこなう。

これも、いままで聞いたこともないようなものであった。

外国では、ニャルラトホテプに会ったものは、だれも見たことがない光景を見ているのだといううわさが流れているのだぞ、と。



わたしがニャルラトホテプに会いに行ったのは、暑い秋の夜のことである。

わたしと同様、かれに会おうとする落ち着きのない群衆に混じり、長い階段を抜けてある部屋に入った。

そこにはスクリーンがあり、廃墟の中にフードをかぶった人影が映し出された。

倒れた石碑から黄色い邪悪な顔がのぞいている。

わたしにはまるでこの世界が、宇宙の根源からくる暗黒の破滅に抵抗して、戦っているように見えた。

太陽は冷え、発せられる光も弱まり、世界はうねり、混ざり、もがいている。

そこへ観客の頭のまわりに火花が飛び散り、髪の毛が逆立ったものだから、みな驚きの声をあげた。

さらにスクリーンに筆舌に尽くしがたいグロテスクな影が現れたことで、観客たちは頭を抱えた。

しかしわたしは多少科学を知っていたおかげで、冷静でいられた。

「詐欺師め」「ただの静電気ではないか」

と震える声で抗議すると、ニャルラトホテプは部屋にいた全員を追い出したのである。

われわれはめまいのするような湿気と暑さの中で階段を降り、人気のない真夜中の街路へ出た。

わたしは「なにも怖くなかったぞ」と大声で叫んだ。

絶対に怖がるわけにはいかない。その場にいた人たちもまたわたしの声で安心したのか、一緒に声を上げた。

われわれはこの街になんの変化もなかったこと、われわれがいまも生きていることを確認しあった。

そのとき街灯が消え始めたのだが、われわれは口々に電力会社に文句を言い、みょうちくりんな表情をつくって笑い合ったのである。


#ラヴクラフト #ニャルラトホテプ
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ニャルラトホテプ 1



ニャルラトホテプ……這いまわる混沌……わたしは最後のひとり……虚空に向かってこの言葉を残そう……

数か月前。

社会は大混乱に陥っていた。

だれもが身の危険を感じ、陰鬱な不安と緊張感に満ちている。

この危険は広範囲に及び、すべてを覆っている。

人々が青ざめた顔で心配そうに歩き回っているのを覚えている。

なにかの前触れではないかとか、危険が迫っているなどと、予言や警告をささやく者もいたが、みんな聞かないふりをした。

言い知れぬ罪悪感が大地を覆っている。夜空の星々の深淵から流れてくる冷たい風は人々を凍えさせた。

季節の移ろいには、悪魔でも潜んでいるようだった。秋になっても、ひどく暑いのだ。

この世界と宇宙に存在した神々が、未知の神々に支配を明け渡したのだとおもわずにいられなかった。



ニャルラトホテプがエジプトに現れたのはそのときである。

何者かはだれにもわからない。ファラオのような見た目だったから、おそらく古いエジプトの血族なのであろう。

エジプトの農民たちはかれをみるや、ひざまずいたが、これもなぜかはわからない。

かれは地球ではない場所でメッセージを受け取り、27世紀の暗黒の中からやってきたのだと言う。

浅黒く、細身で、邪悪な男だった。

ニャルラトホテプは地球の文明を利用して、ガラスや金属の奇妙な器具を購入し、それらを組み合わせてさらに奇妙な器具を作った。

そして電気や心理学といった科学を利用して、人々の心をつかんだ。
かれはどんどん有名になっていき、たいへんな名声を手に入れた。

人々はこぞってニャルラトホテプに会おうとしたが、みな身震いする羽目になった。

ニャルラトホテプの行くところ、安らぎは消える。

みな悪夢にうなされて叫び声をあげるのだ。

これまで、悪夢による叫び声が社会問題になったことがあるだろうか。

どんな賢者たちでさえ、みなが夜に眠ることを禁じてくれないかと、祈ることしかできなかった。

そうすれば、
橋の下にたゆたう緑の水の上に輝く、崩れ落ちそうな古い尖塔も。
橋の下にたゆたう緑の水の上に輝く、青白くあわれな月も。

この悪夢の叫び声に思い悩まずにすむだろう。


#ラヴクラフト  #ニャルラトホテプ

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