山麓王国

全年全月1日の投稿20件]

2025年5月 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する

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鶏皮、おいしいですよね。

ぼくはカリカリに焼いて油を飛ばして、それを湯で戻してさらに油切り。

千切りにしてたっぷりのネギを乗せて甘酢に浸してというレシピなら食べられそうです。

と、こんなレシピだともう完全に目黒のさんまですね(笑)



社会と公共の話の続きなんですが、「気力と体力が落ちている時は無理にがんばらない」という場合、その状況を周囲が支えるシステムが必要です。

社会や公共というのは、じぶんががんばれないときに、ほかの人が支えてくれるシステムです。

生活保護とか、バリアフリーとか、いまの社会が公共として築いてきたものは、弱者への配慮という視点を備えています。

言い換えれば、ふだん元気なときは、弱者を支えるためにじぶんも社会や公共の歯車として頑張る、ということになります。



家庭を社会として考えると、家族が公共ということになります。

ギズモさんがたおれたときは家族が支える。

家族がたおれたときはギズモさんも支える。

ふだん元気な時は、家族一丸となって、よりよい社会(家庭)を形成するための経済活動や、より広い範囲での公共活動にいそしむ必要があります。



しかし、たった数人の家族の社会でさえ、うまくいかない場合もあるでしょう。

一度話したような気もするんですが、心理学者のアダム・グラントが、人間には

ギバー
テイカー
マッチャー

という三種類の性格が備わっているといいました。



学術的な話のようですが、これはべつにたいそうな話ではありません。

ギブアンドテイクという言葉がありますが、このギブが「ギバー」、テイクが「テイカー」となります。

つまり、それぞれ直訳で「与えたがる人」「受け取りたがる人」「バランスを取りたがる人」ということです。



このうち最悪なのが、テイカー(受け取りたがる人)です。

じぶんが受け取ることばかり考えていて、ギバー(与えたがる人)から吸い上げようとします。

その次によくないのが、マッチャーです。

与えることと受け取ることを等量にしないと気がすまない。

外食をしたときに1円単位までの割り勘を求めてくるような人が、マッチャーといえるでしょう。

マッチャーはテイカーほど意地汚いわけではありません。

しかしケチには変わりありませんし、一緒にいるとなににつけても合理性を求めてくるので窮屈です。



もっともよいのが、ギバー同士で社会を形成していくことです。

ギバーが結束して、テイカーやマッチャーには極力関わらないこと。

お互いに与えあう関係性の中で社会が築ければ、ふだんの生活のストレスは激減します。



なにせテイカーが増えると社会はカンタンに壊れていきますし、公共は機能不全に陥ります。

あえて誤解を恐れずにいうと、社会全体の人が生活保護を求めてしまうと、当然社会は成り立たないでしょう。

生活保護は社会のセーフティネットですし必要な制度ですが、これを維持するために社会全体がギバーとして貢献しています。

生活保護を求める人の割合が増えてしまうと、いくらギバーがいても足りないということになってしまうし、ギバーにも不公平感や不満が渦巻いてしまうことでしょう。



たとえばギズモさんがいくらギバーとして家庭内でがんばっても、旦那さんがテイカーだったら、家庭は崩壊しますよね。

これがもしマッチャーだったら、家庭内を合理主義で染め上げて、与えることと受け取ることを等価にする……つまり合理的でないものを家庭に持ち込めなくなってしまい、窮屈な暮らしを強いられるようになります。

家庭に問題を抱えている人の多くは、ギバー同士で生活できていないというところに原因があります。

まだマッチャー同士であれば、夫婦間の合理性のつり合いがとれている間はうまくいくでしょう。



テイカー同士の場合は……『万引き家族』という映画がありました。

あの映画では、社会に居場所がなく、詐欺や万引きをしているような連中同士が共同体のようにして暮らしている人々を描写していました。

泥棒で生計をたてるというのは、人々がまっとうに労働している利益を奪い取って、じぶんのものにするという、典型的なテイカーです。

テイカーはよほど狡猾にやらないと居場所を失いがちですから、おなじような境遇にある者同士で共同体をつくっていくしかありません。

あるいは社会から見えないように、ひとりで生きていくしかありません。



では、このギブアンドテイクの不均衡を、せめてつり合いのとれたものにするにはどうするかというと、これはもうギズモさんがおっしゃっておられました。

せめてそのときテイカーになる人が「ありがとう」とひと言を投げかけられるかどうかですよね。

ギバーもマッチャーも、場合によってはテイカーになることがあります。

病気をして人のお世話にならねばならないとき、じぶんの不手際をカバーしてもらったとき、たまたま他より多くの利益を得たときなど、いろんな局面があるとおもいます。

その都度、じぶんの立場をわきまえて、他者のご苦労や気遣いに感謝とねぎらいの言葉を伝えられるのかということは、じぶんの暮らす社会を良好に保つために、極めて大事なことだとおもいます。



うちの父母の話をしますが、以前の母はなにかというと父の文句をぼくに言いました。

酒を隠れて飲んでいる、じぶんから掃除をしないなど、ひとつひとつの件は他愛ないことでした。

しかし母からすれば積み重ねで「じぶんだけが不利益をこうむっている」という気分だったのでしょう。

ちなみにうちの父はテイカーの気質が強い、いわゆる「言われないとなにもしない昭和の親父」です。



その父がおととし肺がんと咽喉がんを患いました。

胸部を横一文字に切り裂かれ、喉に放射線をあてられて咽喉が焼け野原になり、さらに療養中に帯状疱疹に見舞われたりと、半年間ガタガタになって苦しみました。

不思議なことにそれ以来、母の愚痴が減ったのです。

これはあくまで推測ですが、母は父がひどい目にあって、体力や気力が落ち込んだことで、溜飲が下がったのではないかと(笑)

母としては、これまでの不公平感に一種のつり合いがとれた状態になったんじゃないかとおもいます。

この憶測が実際のところどうなのか、母に確認するような野暮はしませんが、母の父への愚痴や文句が減ったのはたしかで、また父への同情で文句を言うのを辛抱しているという風でもないのもたしかです。



ギズモさんのうつ病についてのお話をうかがっていると、人間の肉体と精神のバランスは綱渡りのようなところがあるのでしょう。

以前りゅうちぇるという芸能人が自殺しましたが、女性ホルモンを投与して女性らしさを得ようとされていたそうです。

女性ホルモンだけでなく、細胞レベルで作用する薬を服用すると、その過程で精神が揺らぐのでしょう。

この揺らぎがうつというカタチであらわれる場合があるのだろうなとおもっています。

ガスターにしても、H2受容体という「細胞内の反応を誘導するタンパク質」に作用するんですよね。



ぼくは先日、自治会の集会で人前で30分話し続けたんですが、帰宅後はやはり血圧も上がりました。

それどころか数日間、声がうまく出なくなる(つっかえる)ような症状が出ました。

じぶんの頭ではうまく乗り切れたとおもっていたのに、精神面ではくたくたになっていたようです。



β遮断薬という心臓病の治療薬があります。

これは高血圧の治療薬なんですが、血圧を下げて緊張を和らげたり、本態性振戦という震えにも効果があるのだといいます。

心療内科で処方されることもあるのだとか。

ああ、こんな薬があるのなら、頓服で助けてもらうのもいいかもしれないなとおもいました。

しかし、調べてみるとやはりこれも受容体を遮断する薬で、薬剤惹起性うつ病のリストに挙がってるんですね。

やっぱり特殊な作用がある薬には、特殊な副作用もあるものだと感心(?)しました。

残念ですが緊張の緩和を目的にこの薬を飲むのはやめようとおもった次第です。

2025年3月 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する

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コレステロールという話から、調子に乗って先走ってしまいました。

そして今回もずいぶん調子に乗ってしまいました(笑)

が、医療的な知識はない人間ですから、あくまで民間療法の延長の、眉唾物の情報だとおもってお読みくださいね。



相変わらずコレステロールについて調べていました。

海藻、キノコ、これらふたつの複合多糖類の機能性がすごい、ということは以前述べたとおりです。

血中脂質を排出し、一部の複合多糖類は有意な抗がん作用を示し、抗アレルギー作用もあり、血糖値を下げる。

海藻もキノコも、一部の薬に匹敵するレベルで作用する、天然の薬効を備えているようです。



体の中の脂肪にはいろんな種類があって、これは重要な働きをするんですが、中にはわるさをするのもあります。

中でも血管を詰まらせてしまうのが悪玉コレステロールで、LDLコレステロール(軽比重コレステロール)といわれています。

血管に対してわるさをしない善玉コレステロールはHDLコレステロール(高比重コレステロール)ですね。

コレステロールは3割ほどが食事から摂取され、7割は肝臓で合成されるそうです。



ところで、肝臓はコレステロールを利用して胆汁酸をつくります。

われわれがコレステロールと呼んでいるのは、脂肪のかたちをしたホルモンです。

脂肪ですから、コレステロールのカロリーは油とおなじ1グラム9kcalです。

これはかならずしも悪者ではなくて、食べものとして入ってきた脂肪を乳化させて吸収しやすいカタチに変える作用があります。

なので、コレステロールが極端に不足していると、食べた脂質をうまく消化できなくなってしまいます。

胆嚢を切除する手術をすると脂が消化できなくなるのはこのためですね。

しかし、どうやらこの胆汁酸がコレステロール低減のキーワードにもなるようです。



胆汁酸は腸で90%以上再吸収されて、肝臓に戻って再利用されます。

「腸肝循環」というんですが、こうやって再利用されてしまうと、あたらしくコレステロールから胆汁酸をつくる必要がなくなってしまいます。

そこで医療分野では胆汁酸吸着レジンという、胆汁酸を吸着してそのまま排泄してしまう薬を出しているそうです。

これを飲めば、胆汁酸が吸着されて排泄されるので、肝臓はあたらしくコレステロールを利用して胆汁酸をつくるようになります。

胆汁酸吸着レジンの成分は、陰イオン交換樹脂という、つまり樹脂(プラスチック)です(笑)

これを飲んでると、結果的に体内のコレステロール値は下がるそうです。



では薬に頼らずに胆汁酸を吸着する食材というと、ここで海藻やキノコが出てくるんですね。

ほかにも、
ココアに含まれるリグニン、
納豆など大豆食品、
杜仲茶、
こんにゃく、
と、胆汁酸を排泄してくれる食材はたくさんありました。

ちなみに大麦(押し麦やオートミール)の場合は、β-グルカン(複合多糖類)が豊富なので胆汁酸を吸着する作用もあるんですが、同時に胆汁酸を吸収しやすくする機能もあるようで、こういうのは調べているとおもしろいですね。



では、われわれはいったいどれくらいのコレステロールを体に含んでいるんでしょうか。

調べてみると、健康な成人ではおよそ140gなんだそうです。

たった140g。

体重60kg、体脂肪が20%の人の場合、体内には12kgの脂肪を蓄えているわけですから、その中の140gというと、とても少ない印象です。

前から不思議だったんですが、たとえばたらこや鶏肝は脂質が少ない食材なんですが、コレステロールは高いといわれます。

どうして脂質が少ないのにコレステロールが高いんだろうとおもっていたんですが、飽和脂肪酸が多い食材はコレステロールの合成をうながすのだそうで、結果的に体内のコレステロールが過剰になるのだそうです。

このコレステロール、毎日140gのうち1%が代謝されるのだといいます。

毎日1.4gは、生きているだけで自動的につかわれているということですね。

そうすると、口から摂取する飽和脂肪酸を避けて、海藻やきのこを毎日すこしずつ食べて胆汁酸を排出すれば、コレステロール値は下がっていくはずです。

まあ、数値が伴わなくても、海藻やキノコや純ココア、こんにゃくや納豆を食べて、健康的な生活でないはずがありません(笑)



ところでギズモさんは、土井善晴さんをあげておられました。

あの方は京都弁ではっきりしたことを言う料理研究家ですよね(笑)

ぼくもよくテレビでおみかけしますが、料理はシンプルながらも勘どころを心得ていて、腹の中は頑固者。

伝統食を大事にされているという印象です。



伝統食というと、沖縄はむかしは圧倒的な長寿を誇っていました。

これは伝統食が寄与していたのではないかとおもいます。

沖縄は昭和の間は全国でもトップクラスの長寿県でした。

しかし平成の中盤くらいからはどんどん順位を落として、いまは下から数えるほうが早いくらいです。

もちろん、昭和のころから平均寿命は全国的にどんどん伸びています。

これは医療の発達が背景にあるんですが、沖縄の場合は、食習慣の欧米化のあおりを強く受けており、伝統食を食べる機会が減っているようです。



沖縄では古くから、海藻料理がよく用いられてきました。

昆布料理だと、クーブイリチー、クーブジューシーが思い浮かびます。

クーブイリチー(昆布の炒め物)は、刻み昆布に豚バラにニンジンや豆腐などを炒め物にしたものです。

クーブジューシー(昆布ご飯)も、刻み昆布に豚バラとニンジンなどで炊き込みご飯にします。

脂のつよい豚肉と昆布を合わせることで、脂質を摂取しながらコレステロールは排出する、合理的な食事だとおもいます。

昆布は沖縄ではとれないのですが、薩摩藩が中国への輸出品として昆布を北海道から取り寄せました。

それが琉球王朝に持ち込まれて検品され、一部は王朝へ渡り、そこで落第した品質のものが庶民に分け与えられたらしいんです。

そのため沖縄の昆布料理は刻み昆布が多いといいます。




また沖縄では「アーサ」(ヒトエグサ)という海藻が常食されていたそうです。

アーサ、つまりアオサですね(笑)

島豆腐とアーサの味噌汁をアーサ汁といい、アーサごはん、アーサうどん、アーサそばなど、ともかく日常料理に利用されていたようです。



しかし現在の沖縄では、昆布の消費量は激減しています。

平成に入ってから昆布が食べられなくなってきたそうです。

米軍基地があることから、欧米食、それも加工肉の食文化が一般に普及しました。

ハンバーガー、スパム、そしてステーキハウスが乱立し、県民も経済的に豊かになったことで、こういった食事に偏るようになっているようです。

これらの要因と平均寿命の伸び悩みの時期が一致するということは、やはり相関関係があるようにおもえます。



では日本の本土の伝統健康食はというと、ギズモさんがおっしゃるとおりで、やっぱり味噌汁なんだとおもいます。

わかめのお味噌汁をベースに、豆腐、野菜。

しかし日本人の場合、沖縄のように豚肉を食べる文化が江戸時代以前にはありませんでした。

肉を食べないうえに、江戸市中ではみんな白米を食べるものだから、肉やぬかに含まれるビタミンBが不足して、脚気で死ぬ者が多くいました。

魚くらい食べればよいのに、肉食そのものを戒めていた人も多くいましたし、毎日食べるとなるとやっぱり食費がかさむので、なかなか手が出ない家も多かったのでしょう。

田舎ではみんな玄米を食べていたのですが、白米を食べている江戸市中に多い病だったことから、江戸患いといわれていたそうですね。

明治に入ってからもまだ脚気がビタミンB不足が原因だとわかっておらず、日清・日露戦争では3万人以上が死んだといいます。

しかしそれはひっくり返していえば、当時の日本人が脂質の少ない(少なすぎるくらいの)伝統食を食べていたということでもあります。



塩昆布で花粉症が軽かった、というのは、いま改めてうかがうと、非常に参考になります。

野菜、きのことお肉を塩昆布で炒めたクーブイリチーに、最後に陳皮パウダーをひと振りすれば、不老長寿になれるような気さえします(笑)



と、ここまで書いたところで、ちょっとぼくのカラダについてわかったことがあります。

というのも、2/16に献血をして、2/25に血液検査の通知がきたんです。

それで、「次の献血は5月なんですが、海藻やキノコ、陳皮パウダーを積極的に摂取して、コレステロール値がどのように変化したか、お知らせできるとおもいます。」

と書いて話をしめくくろうとおもっていました。



ところが、どうも血液検査の結果をみても、ぼくのコレステロール値は高めではあるものの、ふつうなんです。

ただ、赤血球数やヘモグロビン濃度、ヘマトクリット値が、男性で上限ギリギリ、女性だったらオーバーしてる値でした。

どうしていままで気が付かなかったのか不思議なんですが、これがなにを意味してるかというと、多血症です。



多血症は血液中の赤血球が異常に増加する病気で、ぼくの数値だと異常の手前ギリギリといったところです。

赤血球を減らす医学的な治療はあまりないそうで、瀉血をするか、一般的な血栓症予防に努めるとあります。

血液が常に濃い状態だと、血流障害が起きやすく、脳梗塞や心筋梗塞のリスクが高まるんだそうです。



つまり。

いっしょうけんめい調べたんですが、ぼくの血栓はコレステロールが原因じゃなかったようです(笑)

もともと血が濃いから、若いころ(あのときは痩せていました)にも深部静脈血栓症を患い、いまもやたらと血栓に悩まされていたのか、と納得。

とりあえず、鉄分の摂取をひかえたり、年3回の献血に参加したりで、様子をみてみようとおもいます。



しかしせっかく調べたわけですから、今後も海藻やキノコ、うちでとれた野菜、ギズモさんにいただいた陳皮パウダーを利用しながら、揚げ物をやめて健康維持を図ってみようとおもいます。

あんみつの寒天。いいですよね。あんみつなら永遠に食べられます。

なんだかぼく個人の話で右往左往してしまいましたが、お付き合いいただいてありがとうございました。

出雲大社のお福分けの写真をいただいたのに、お礼も言わずすみませんでした。

次回は、神様の話をあらためて続けさせていただこうとおもいます(笑)



【今回参考にしたURL】

海藻の抗アレルギー成分に季節変動があり、夏から秋に多いことを発見
http://www.fra.affrc.go.jp/pressrelease/...

海藻由来の水溶性食物繊維の化学構造と薬理学的機能
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjd...

脂質と脂肪酸のはなし
https://www.caa.go.jp/policies/policy/fo...

海藻アカモクの特徴と食品利用
https://libwww.cc.it-hiroshima.ac.jp/lib...

機能性素材としてのアルギン酸カルシウム
https://www.kimica.jp/pdf/catalog/functi...

きのこの多機能性を科学する
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jwp...

ヒトにおけるわかめ摂取が食後脂質代謝に与える影響
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jsn...

2024年12月 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する

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記事を読ませていただいた時、ちょうど、とんかつ屋さんで「しば漬け」を食べていたところだったので、シンクロにびっくりしました(笑)
ご飯、キャベツ、しじみのお味噌汁がお代わり自由なのですが、しば漬けのお代わりはできないシステムでした(笑)

寂光院にいらしたんですね。京都は何回か行きましたが、大原方面は一度も行っていないんです。
平家物語の、安徳天皇の入水の場面は有名な話ですが、徳子のその後の話は知りませんでしたし、しば漬けのお話も初耳でした。

わざわざ寂光院にいらしたのは、何か思うところがあってでしょうか。

民主主義についてのご説明をありがとうございます。

昭和天皇の「いざとなれば手続きを省略できる独裁のほうがよいのではないか」という考えは、あくまでも「いざとなれば」という段階でのことなのでしょうね。
全体主義ではなく、自由、民主という方向性の中で、いざとなったら独裁権やそれに近い権限を持つ機関や人があれば、統制がとりやすくなるように思いますし、それが無理なら、手続きを順々と律義に形式的に踏むのではなく、できるところはできるだけ飛ばして、ということでいいのではないかと思います。

民主主義は、話せばわかる的な考え方だと思いますが、話をする前に暗殺したり襲撃するという暴力的な変え方は、いつの世にもどこの国でもあるのかもしれません。
でも、(追記)悪は悪だと認識したうえで、いい方向に世の中が変わっていくべきですね。

トランプは議会を襲撃したのに、再選されるというありえないことが起きましたが、兵庫県の知事も自殺者2名を出したに関わらず、華々しく再選され、驚きました。
もしSNSというものがない時代なら、あれほど応援する人が出てこないで落選したかと思うのですが、そもそもパワハラなどが本当にあったかどうか、その事実関係が不明瞭な段階で立候補が可能だったことに問題を感じます。
パワハラが事実であったとしても、再度知事になって言動には留意するでしょうし、市民によって選挙で選ばれたのですから、今後はしっかりと頑張ってくれたらと思います・・・・・が、なんだかすっきりしない再選でした(笑)


お父様のお話ですが、一気に起きて、ご家族もご心配でしたね。

立て続けに起きると、ご本人もご家族も、考えなくてもいいことまで考えてしまい、それがまた身体に影響して病気が長引いたりすることがあるかと思いますが、よく乗り越えてくださいましたよね。
ちょっとした風邪でも気が滅入ってしまうこともありますし、病気とたたかうには、精神力が大事だと思います。
同時に、周りの方々が体力、精神力を維持することも重要ですね。

娘婿の父親にがんが見つかった時の話です。
敷地内に氏神さまがまつってあり(昔からあったとか)、その祠に柿の枝が大きく張り出してきて、それを切らないと神様に失礼だと気になっていたようなのですが、(補足・娘婿の)父親が大殺界かなにか?にあたっており、そういう時期に氏神さまに触れてはいけない(木を切ってはいけない、だったかもしれません)という考えが(補足・娘婿の)父親にあって、結局そのままにしておいたそうです。
切った方がよかった、切れば快方に向かっていたかもしれない、などと家族で悩んだらしいのですが、そういう気持ちになるのはよくわかります。

先日の立て続けの指のけがの時でさえ、なにかの呪いではないかと思ったわけですから(笑)←あの後、また指の付け根に擦り傷を作りました(;^_^A

娘婿の実家は群馬県ですが、群馬はモロヘイヤ好きがとても多い県らしいですね。テレビでやっていました。
以前娘の家に行くと、冷蔵庫にモロヘイヤが入っていて、娘は食べないのになぜ?と思ったことがありましたが、娘婿が好きだということでした。
東京ではあまりポピュラーに売られていないし、食べたことがない人も多いかもしれません。
そちらではよく売れるとあったので、やはり土地土地の食文化というのは興味深いなと感じます。

お風呂が新しくなりました(^^♪
とは言え、かなり安いタイプのようで、浴槽は前と同じ型の、昭和的なスタイルのものでした(笑)
でも風呂釜が新しいせいか、沸かしなおしてもお湯がきれいで快適です。
液晶パネルの字も、まぶしいくらいピカピカ光っています(笑)
いつもは烏の行水なのですが(すぐのぼせるので)、気持ちがいいので、今月のコンサートで歌う曲の歌詞を数曲、壁に張り、覚えているところです。

浴室に小さな窓があり、開けると外気が入ってきて、冬場はちょっとした露天風呂の味わいです(笑)

京都と言えば、常用している東寺のお線香がなくなりそうなので、東寺に問い合わせをしました。
東寺は今どき珍しく、オンラインで授与品などを販売していません。
なにしろホームページにも、東寺内の授与所で何を売っているのかを掲載していないのです。

当面は行く予定がないので、購入方法を尋ねたところ、郵送してくれるとのことでした。
郵便局での払い込みしか方法がなく、この時代にネット振込ができないというのも不便なものですが、東寺だからそんなものか、と納得です(笑)
オンライン販売までやっていたら、手が回らなくなるということもあるかもしれませんね。

12月に入りましたが、例年ほど寒くはありません。
雪が降れば農閑期になりますが、それまでの準備や、農閑期にやりたいこと、役員会(訂正・自治会)など、忙しく過ごされるかと思います。
お返事のペースはゆっくりと、お差支えのないようにお願いします(*^_^*)

2024年11月 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する

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お忙しいところ、ありがとうございます。

少しでも効果があれば何よりです。たくさん寝るのもだいじですね。

腰をかがめる姿勢は、どうしても影響がでますね。

私はおととい、中腰でけっこうな時間、衣類の入れ替えと、冬の布団にカバーをつけていたら、立ち上がったとたん、いきなりギクっときました(笑)
ぎっくり腰の軽症というところなので、とりあえず冷たい湿布をしています(この寒いのに・・・)

お返しは、いつも農園主さんの記事から充分いただいているので、お気になさらずにお願いします(*^_^*)
まだ教えていただきたいこともいろいろありますので、農閑期を待ちます(笑)←農閑期は農園主さんのやりたいことがたくさんあってお忙しいはず(>_<)

お返事が必要なことではないので、お時間ある時に読み流していただきたいのですが。

今の住まいの氏神さまは、北野神社といって、祭神は菅原道真だということを以前お話したことがありました。

つい数日前、調べたわけではなく、たまたま「天神様はもともとは祟り神」という記事をネットで見ました。
内容は覚えていませんが牛頭天王の話になり、牛頭天王はスサノオであるという話でした。

「牛頭天王はスサノオ」ということは、農園主さんから教えていただいていました。

ところがここで、何かひっかかり、なんだろうなんだろう?と落ち着かなかったのですが、そこで、以前いただいたメールを探してみたらありました。

2022年3月のもの2件です。

ひとつめは、籠神社にいらした時のお話と、抜粋・要約すると『菅原道真を祭神にしている神社は、もしかしたら八坂神社の流れをくんでいないでしょうか。~~~略~~~八坂神社はもともと祇園社で、いまはスサノオノミコトがまつられていますが、長い間、本地垂迹した牛頭天王がまつられていました。』


2件目のメールを抜粋・要約すると『牛頭天王は、現世利益をもたらす薬師如来でもあるといわれている。つまり、スサノウは牛頭天王で、その牛頭天王は薬師如来である、という、ややこしいことになっていたようです。ちょっと前に、生きている以上は現世利益を求めてもいいだろうと、薬師如来をまつる寺社を探していた。薬師如来をまつっている寺社が少ないのは、もしかしたら明治の神仏分離で全国の牛頭天王が排除されたことと関係があるとおもっている。うちの地域は牛頭天王をまつっているので、期せずして、もっとも身近なところに薬師如来がおられた。その時、青い鳥の話を思い出した』という内容でした。

スサノウは牛頭天王であることは、農園主さんのメールで覚えていましたが、薬師如来でもあったことを、すっかり忘れていたんです。

何が言いたいのかというと。

関東に多い氷川神社の祭神はスサノオノミコトです。
この神さまが牛頭天王でもあり、加えて薬師如来でもあると、数日前いきなり理解できたわけでして(笑)

となると、もしかしたら氷川神社は最強では?と思ったんです。

薬師如来は、現世利益もですが、病気治癒や心の苦しみにも対応しているわけですし、スサノオ本人?も、病気や災いを祓う神ですね。

ここ数年、氷川神社にお参りし、お札をお祀りしているのは、薬師如来ともご縁があったということかもしれません。

つまらないことを失礼しました。

今日明日は雨のようですね。冷えないようお気をつけください(o_ _)o))
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いつもお気遣いいただいて、痛み入ります。パワーテープ、きのう届きました。

早速腰と肩に貼ってみたのですが、一日経って、たしかにこわばっていた筋肉がほぐれたのか、痛みがマシになりました。

こういったアイテムがあるんですね。
ありがたく利用させていただきます。

今後、腰に限らず膝であったり腕であったり、磁気ネックレスでカバーできないこわばりが出ることでしょうから、症状が出たときに利用するやり方で、常備させていただきます。

ここ最近はサトイモの収穫で、黄色いコンテナ箱に座りながら、畑でサトイモをほぐす作業をしているんですが、このとき固いコンテナに座って2時間も腰をかがめて仕事をしているのもよくなかったようです。

おとといから夜8時半に寝ついて、さらに昼寝もして、きのうはパワーテープにも頼らせていただいて、カラダが求めるまま一日に10時間以上寝てるんですが、ようやくすこしラクになってきました。

たいへん恐縮なことではありますが、助かりました。ありがとうございます。

またなにかの形でお返しさせていただきます(笑)

週明けから一気に寒さが厳しくなるといいます。
ギズモさんも喉のことなど、気がかりがおありだとはおもいますが、お互いカラダをいたわって乗り切りましょうね。

2024年7月 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する

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ちちぶまゆ、お口に合ったようでよかったです!!
秩父産のカエデ糖から作ったメープルシロップだったんですね。びっくりです。

コロナに限らず、何かしらの風邪のようなものに罹っている人が最近多いですね。
電車でも道でもお店の中でも、咳をしている人がいたら、急いでササッと逃げています(笑)

冨士山小御嶽神社関連のお話、とても詳しく教えてくださり、ありがとうございます。
「大変」、を何回も書きたいくらい、大変興味深く読ませていただきました。

とりとめのない話ですが、関連する余談としてお読みください。

伊豆に大室山という山がありますが(ネットの写真を貼っておきます)、ここの浅間神社のご祭神はイワナガヒメです。
山といっても、標高580メートル、リフトで登ります←けっこう、というか、かなり怖いです(笑)

そこで聞いた話です(確かテープで回っていました)
晴れた時は富士山が向かい側に見えるが、富士山の神様は妹のコノハナサクヤヒメで、イワナガヒメは美しい妹をねたんでいたため、大室山では絶対に「富士山がきれい」と言ってはいけない。
姉と妹の山は、いつもにらみ合っている

その後古事記など読み返し、姉妹の確執の話とはちょっと違うように感じていましたが、農園主さんの記事を読ませていただき、美醜で人を判断する愚かさに対する戒めという、教義めいたものということだとわかりました。

姉妹両方まつってある神社、珍しいですね。

富士山信仰総本山で全国にある浅間神社の主祭神はコノハナサクヤヒメ。あるいはイワナガヒメ。
そして、富士山周辺の浅間神社はコノハナサクヤヒメが多いけれど、富士山から離れるとイワナガヒメが主流となるらしいです。

学生時代、伊勢にいらしたということですが、内宮の摂社『朝熊神社』『朝熊御前神社』、そこのご祭神の一柱が、苔虫命(苔虫神)だそうですね。
奈良時代まで朝熊神社の神体山であった朝熊山は「あさまやま」で、富士山が遥拝できることから、「浅間(あさま)」に通じているとのことらしいです。

と、ここまで書いて、農園主さんはご存じのことばかりだろうなぁ、と思い、消そうかどうしようか悩みます(笑)


桜大刀自命のお話、すごいところにお話が関連していたんですね~。
ここからは私の勝手な妄想です。

冨士山小御嶽神社の創建は、937年となっています。
竹取物語が書かれたのが平安時代の初めですから、その後の創建になります。

富士山のご祭神がコノハナサクヤヒメになったのは、1616年あたり、林羅山の神話解釈によるものが始まりだったようで、中世から江戸初期にかけて富士山の女神としてまつられていたのは「比奈赫夜姫(ヒナカグヤヒメ)」でした。
仏教の衰退とともに、どこかでコノハナサクヤヒメに入れ替わったという説がある一方で、コノハナサクヤヒメとかぐや姫が同一視される説もありますね。

結局、冨士山小御嶽神社の創建が937年だとすると、当時とご祭神が異なっていることも考えられます。
小御嶽は富士山よりも先に出現した山なので、その関係でご祭神が富士山とは違うということもありそうです。

竹取物語のラストでは「国で一番高い山の頂上で、帝が(実際は使いの者)かぐや姫からもらった不老不死の薬を燃やしたので、死なない山、不死山(ふじさん)となった」と書かれています。
その後、不二山などと漢字を変えていっているようですね。

そんな山ですので、高貴で長生きの女性(刀自)である「桜大刀自命」、そして年齢を重ねたイワナガヒメである苔虫命としての設定が必要だったのではないでしょうか。
さらに、美しくても醜くてもそんなことは関係なく、神様として姉妹が平等にまつられる必要もあったのかと思います。
またもっと単純に、なにかと対立する立ち位置での本名(笑)、コノハナサクヤヒメ・イワナガヒメの合祀は、富士山ではタブー視されているのかもしれない、とも思えます。

北口本宮冨士浅間神社にお参りした時、本殿でご祈祷が行われていたのですが、神職さんは若い女性でした。巫女さんではありません。
男性の神職をおかないのか、たまたま女性だったのか気にかかったのですが、聞けないで帰ってしまいました。

また、うちから近くて(それでも一時間)大きな浅間神社は、多摩川浅間神社なのですが、祭神はコノハナサクヤヒメで、ここには天狗の石碑(像ではなく)や、大天狗・小天狗天狗の祠があります。

今日は富士山の山開きですね。
小雨が降ったりやんだりの曇り空ですが、なぜか日中は、富士山が青くきれいに見えました(*^^)v

農園主さんの記事で思い出しましたが、6月初めまで、東京国立博物館で特別展「法然と極楽浄土」があり、国宝「綴織當麻曼陀羅」が、奈良県外では初めて公開されました。
行けなかったのが本当に残念です。
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2024年6月 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する

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遅くなりましたが、前回の雨での被害はありませんでした。

毎年いまは野菜の繁忙期で忙しいのですが、このところは自治会の仕事も立て込んでおり、いよいよ返信がとどこおりがちになっています。

これくらいのペースにさせていただくことで助かっています。



ギズモさんのお住まい全体の修繕だったんですね。

賃貸だと原状回復の問題はつきものですが、ちょっとしたリフォームでもずいぶん言われるんですね。

ぼくが大学時代にアパートを借りていたころは、まだそこまで言われるような時代でもなかったんですが、あの時代がちょうど変わり目だったようにもおもえます。

共有部分の清掃を外部に任せられるのはありがたいですし、マンションだとゴミステーションにゴミを出すのもやりやすいことでしょう。

マンション自治などは、一生に一度回ってくるくらいの負担でしょうか。

うちは木造の古民家で、つくりが単純なので、ちょっとした修繕などはDIYでいくらでも遊べるのがいいところだとおもっていますが、すべてが自己責任です(笑)

ゴミは自治体が回収にきてくれますが、ゴミ置き場はうちから約300m離れていますから、軽トラに乗せて運んでいます。



写真、見せていただきました。

緑が多く、見晴らしのよいところですね。

秩父山地、2000mほどの山がそびえているようですが、やはり関東は標高の高い山が多いですね。

大阪には奈良との境界に生駒山地がありますが、600mほどです。

兵庫県の六甲山も900mほどです。

それでも生駒山地は大和川の水源で、六甲山はあの「六甲のおいしい水」ですから、2000m級の秩父山地がもたらす荒川水系の水量はどれほどなのか、一度見てみたいものです。

話がそれましたが、写真の景色をみせていただいて、富士山がみえるときがあるというのも納得がいきました。



あの世界童話全集には、以前お話した安野光雅さんのイラストの童話もあります。

あと、童話作家の佐藤さとるさんの作品群のイラストで有名な村上勉さんのイラストの童話も多いです。

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ちなみに佐藤さとるさんの代表作は「コロボックル」シリーズで、村上さんのイラストが豊富なこんなサイトもありました。

https://kodanshabunko.com/colobockle.htm...

鈴木琢磨さん、ネットで調べていくうちに多くの童話の挿絵を描いておられることはわかりました。

https://www.kosho.or.jp/products/search_...

しかし、人物についてはまったく情報がないですね。どのような方だったのでしょう、気になります。

2024年4月 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する

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関係が複雑だったということは以前うかがいました。

そのうえで、じぶんに理解できないところを持つ親が、理解できないままいなくなったとき、遺伝を受け継ぐ子供としては、解けない宿題がわだかまるような気もしたんです。

でも、いまギズモさんにとって、春の花がきれいに見えるのであれば、それがなによりだとおもいます。

この世は生きている者のためにあり、憂いは少ないほうがいいですから。



ぼくもこの時期は花粉に悩まされるんですが、きょうは暖かかったにも関わらず、目もかゆくならず、くしゃみもほとんどありませんでした。

3月ごろはわりとふつうに花粉症気味だったので、ここにきてもうシーズンが過ぎたのかもしれないと、拍子抜けしています。

きょうはひたすら畑仕事をして、ようやくエンジンがかかってきたようにおもえます。

あたたかくなったときに急に動いてカラダを痛めるということはよくあることですから、急アクセルを踏み込まないように、お互いゆるゆるいきましょうね。

2024年1月 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する

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あけましておめでとうございます。

絵を拝見しながら、そうか龍には手と足がちゃんとあるのだなあとへんなところに感心していました。
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お雑煮とお屠蘇です。
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2023年12月 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する

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悟り~般若心経のわかりやすい解説、ありがとうございます。

仏教の悟り。
「わかろうと努力しながらも、わけもわからずじぶんを生きていることこそが悟りである」
これは、子規の病牀六尺の悟りにもつながっているように感じました。

寒山拾得、これでまだとっかかりなんですか?

少しまた調べていたら、土田 耕平さん(知りませんでしたが、明治時代の童話作家)が、「寒山拾得」を、子ども向きなのかわかりやすいように書いていました。

http://hohrei.web.fc2.com/tk_117.html

ここでは、閭丘胤が自己紹介のあと、さらに「あなた方お二人は、普賢菩薩、文殊菩薩であられると承りました」と言っています。
読み手にとっては、ここが明確だと「豊干がしゃべったな」という言葉の持つ意味が理解しやすいように感じました。
敢えて書かなかったのが、夏目漱石のすごいところだとも思います。

『寒山拾得』を読んで、疑問に思ったことなどちょっと書いてみます。
私の見解と言うことではなく、よくわからない点です。

農園主さんの
「閭丘胤の世俗的で虚飾にまみれた礼がおかしくなって笑った」という解説で、ああ、そういうことだったのか、と思いました。

閭丘胤が豊干から、ふたりが普賢菩薩・文殊菩薩の化身だと聞かず、「会いに往ってためになるような、えらい人」というだけの認識で行ったとします。
(このような仮定は、鴎外の『寒山拾得』の論点とならないかもしれませんが、このあたりがとても引っ掛かりました。)
ところが実際会ってみて、「ためになるような、えらい人」とはとても言えない、みすぼらしい様子のふたりだった。
それでも、あのようなていねいな自己紹介をしたのだろうかという疑問。

普賢菩薩と文殊菩薩の化身と知って、ていねいな自己紹介をしたのは、文中にある「盲目の尊敬」なのでは、とも思いました。

仏教では仏陀(釈迦)にとって文殊菩薩と普賢菩薩は脇侍ですが、仏陀はふたりを従えてはいても、ふたりに助けてもらい守ってもらう立場でもありますよね。
豊干が拾得を拾ってきた、寒山は残飯を貰いに来る、となると、3人の関係性が見えるように思うのですが、
「豊干がしゃべったな」と皮肉ったということは、対等、或いは仏陀が下という関係にも思われます。

また、実は3人とも化身でも何でもない普通の僧で、閭丘胤が計略にはまり、恥をかかされたということはないのか。

そして最後の「僧らが、ぞろぞろと来てたかった」「道翹は真蒼な顔をして立ちすくんでいた」のくだりは、どうも意味不明です。
ふたりが菩薩の化身だとわかってしまったことによって、何か恐ろしいことが起きるとか?
僧たちは、実は怪しげな妖怪のようにも感じます。

追記
「寒山子詩集」について書かれたものを少し読んでみましたが、道翹が立ちすくんだのは、ふたりが仏の化身だとわかったことによる驚愕のようにも思いますが、定かではありません。

2023年10月 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する

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ニャルラトホテプ 3



このとき、緑がかった月からなにかが降りてきた……ようにおもえた。

この光をみたときから、奇妙なことにわれわれはなにか目的でもあったかのように、吸い込まれるようにフラフラと列をなしていたのだ。

いつのまにか道路は崩れて草に埋もれており、錆びた線路の跡すらなくなっていた。

路面電車もあった。しかしこれも朽ちており、窓もなく、ほとんど横転しかかっていた。

地平線を見渡すと、川のそばにあったはずの3つめの塔はなくなっていた。

ふたつめの塔の影が見えたが、頂上が崩れているようだ。

別々の方向に引き寄せられるように、自然と隊列が別れた。

ひとつの列は、左側の路地に消えた……と同時に、ゾッとするようなうめき声だけが残された。

またべつの隊列は、狂ったように笑いながら雑草におおわれた地下鉄の入り口を降りて行った。

わたしの列は、ひらけた荒野に吸い寄せられた。

あれだけ暑かったのに、なぜかここでは寒さを感じる。

まわりを見渡すと、まがまがしい緑色の月光に照らされて、なんと雪が積もっていた。

この不可解な雪には足跡もなく、一方向にのみ吹き分けられており、それが輝く壁を形成して、黒く深い穴が横たわっている。

隊列は夢うつつで黒い穴に向かった。

雪の黒い裂け目が緑に照らされた様子は恐ろしく、怖気だったわたしは、隊列を残して立ちすくんだ。

仲間たちが穴へと消えていくと、弱々しい、泣き声のような不穏な残響が聞こえたようにおもえた。

しかし、わたしにももう、抗う力は残っていなかった。

先に進んだ仲間に手招きされているかのように、わたしは寒さと恐怖に震えながら、想像を絶する渦の中に飛び込んでいた。



わたしがたまらず叫んでいたのか、あるいは愚かしく押し黙っていたのか。それを知るのはもはや神のみである。

もう、終わりだ。

影が手(といってももはや手ではない)の中でのたうち回っている。

低く明滅する青白い星をかすめて亡者の世界から風が吹き、死者の世界にいたはずの腐った創造物は真夜中の街をむやみにうごめいていた。

不浄な寺院から、真空の宇宙に向けて、柱が伸びている。
地上にいる者にはその柱は半分しか見えないだろう。

われわれが緑色の月とおもっていた宇宙の下にたゆたう岩石、柱はそこにつながっている。

怪物のごとき亡霊どもはそこにいた。

そしてこの宇宙の墓場からの反乱を通じ、時を超越した真っ暗な部屋から、くぐもった狂気のドラムビート、そしてうっすらと冒涜的なフルートの音が聞こえる。

これらのいまわしいドラムと笛の音に加えて、巨大にして陰惨たる究極の神々による、ぎこちなく合理性を欠いたのろのろとした舞踏。

この、目も見えず、声も持たず、心の欠けたガーゴイルどもに魂が宿ったもの……これがすなわち、ニャルラトホテプだったのだ。

(終)


#ラヴクラフト #ニャルラトホテプ
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ラヴクラフト、最後の一段落、マジで許さん。

文章として体をなしてない。
ほかの文章も一貫してムチャクチャだけど、クライマックスでいよいよムチャクチャとか、あれはわざとやってて、フリークはそれを暗示的だといって喜んでたのか……。

ホンマに、意訳すら拒むレベルの無茶苦茶な言葉の羅列。
かれ自身、「重要なのはアクションではなく雰囲気」って言ってたけど、ほんとうに雰囲気しか伝わらん。

接続詞が接続してない。
そのくせ接続詞が必要なところには接続詞がない。

わけのわからん文章に、さらに関係代名詞が2つも3つも入るのは当たり前。

あとたった数行なのに、まったく進まないし、理解の取っ掛かりすらない。

青空の翻訳をみても、ほぼ投げてる(笑)
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こんな読みやすいニャルラトホテプがあるだろうか。(自画自賛)
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ニャルラトホテプ 2



ニャルラトホテプがわたしの住む街に来た。

ここは古くからある広い街であり、犯罪が絶えない危険な場所でもある。

友人はかれの秘術に傾倒して、わたしにその魅力を伝えた。

この大いなる謎をなんとか解き明かしたいという熱情に、わたしも心を動かされた。

友人は言う。

かれの身の毛のよだつ秘術は、予想をはるかに超えていた。

暗い部屋で、予言がスクリーンに映し出されるのだ。

いままで目では見たことのある光景が、スクリーンに映っている。

じぶんの目が、ニャルラトホテプに奪われたかのようだった。

ニャルラトホテプはバチバチと火花を散らしながら、予言をおこなう。

これも、いままで聞いたこともないようなものであった。

外国では、ニャルラトホテプに会ったものは、だれも見たことがない光景を見ているのだといううわさが流れているのだぞ、と。



わたしがニャルラトホテプに会いに行ったのは、暑い秋の夜のことである。

わたしと同様、かれに会おうとする落ち着きのない群衆に混じり、長い階段を抜けてある部屋に入った。

そこにはスクリーンがあり、廃墟の中にフードをかぶった人影が映し出された。

倒れた石碑から黄色い邪悪な顔がのぞいている。

わたしにはまるでこの世界が、宇宙の根源からくる暗黒の破滅に抵抗して、戦っているように見えた。

太陽は冷え、発せられる光も弱まり、世界はうねり、混ざり、もがいている。

そこへ観客の頭のまわりに火花が飛び散り、髪の毛が逆立ったものだから、みな驚きの声をあげた。

さらにスクリーンに筆舌に尽くしがたいグロテスクな影が現れたことで、観客たちは頭を抱えた。

しかしわたしは多少科学を知っていたおかげで、冷静でいられた。

「詐欺師め」「ただの静電気ではないか」

と震える声で抗議すると、ニャルラトホテプは部屋にいた全員を追い出したのである。

われわれはめまいのするような湿気と暑さの中で階段を降り、人気のない真夜中の街路へ出た。

わたしは「なにも怖くなかったぞ」と大声で叫んだ。

絶対に怖がるわけにはいかない。その場にいた人たちもまたわたしの声で安心したのか、一緒に声を上げた。

われわれはこの街になんの変化もなかったこと、われわれがいまも生きていることを確認しあった。

そのとき街灯が消え始めたのだが、われわれは口々に電力会社に文句を言い、みょうちくりんな表情をつくって笑い合ったのである。


#ラヴクラフト #ニャルラトホテプ

2023年9月 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する

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きょうは夕方に草刈り。
これから年内最後の草刈りをすませていきます。

草刈りは、ある程度引っ張れば年3回でもどうにかなりそうですが、見栄えがわるいのと、種ができてしまうのと、ナイロンコードだと草が太くなりすぎてしまいます。

ただ、ある程度雑草を育てて根を張らせたほうが、法面の崩壊は遅らせられそうです。

このガソリン代高騰の折に、そんなにしょっちゅう草刈りをしてられないな、というのが正直なところなんですが、しかし草が伸びると作業はしんどいです。

ナイロンコードでラクに草刈りをすませる場合は、草刈りの回数が5回~6回。

燃料費を節約して最低限ですまそうとおもうとチップソーで年3回。

あるいは、5月、7月、8月と草刈りをしておいて、お彼岸ごろに4回の草刈りでフィニッシュというのでもよさそうです。

悩むなあ(笑)←ひとりで悩んでる
#野菜
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ワリフに水やりをしました。
画像をみていただくとわかるとおもいますが、水をはじいています。
ただ、シャワーの水はぎゅんぎゅん吸い込むように地面に浸み込んでいました。

長繊維不織布と比べると、細かい穴が空いている構造のため、通気性もある程度あるようで、蒸れは少ないとおもいます。

黒だと遮光効果があるため、水の蒸散が抑えられて、水やりは1日1回ですむのではないかとおもいます。

ワリフの宣材の画像を拝借したんですが、防雨効果があるそうです。
おそらくトンネルにした場合は、はじいた水が横に逃げていくのだろうとおもいます。

しかしべた掛けの場合はほぼ問題なく浸水してくれてるようですし、むしろ大雨のときなどは、水圧で地面が叩かれるのを緩衝してくれそうです。


あとこれはきのう書き忘れていたことですが、長繊維不織布と比べて、泥汚れには非常に強そうです。
水で洗えば落ちるとあったときには半信半疑でしたが、たしかにこれはそもそも泥がつきにくく、ついても水洗いで落ちそうです。

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#野菜
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2023年8月 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する

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もう10年以上、むかしの話です。
ディズニーで売ってるチュロスは、USJではなぜかチュリトスという名前で売られていて、売店でそれを「チュリトリス」と注文した女の子がいました。

それを聞いたぼくは目を伏せて心を殺すしかありませんでしたが、なぜかふとあのときのことをおもいだしたのと同時に、もしかしたら売店の人にとっては、その言い間違いはよくあることなのではないか、という気がしてきました。

https://www.google.com/search?client=fir...

検索してみたら、やっぱりそれなりにある間違いのようなので、あれは間違えた人がわるいんじゃなくて、チュリトスを売るほうがわるいんだ、とおもうようにしました。
マンゴーも名前がわるいとおもう。←延焼

#与太話
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それにしても暑くて暑くて。

あんまり暑いとセミすら元気がなくなるようで、梅雨が明けたころの蝉時雨はたいしたものでしたが、いまは山の木陰でシャワシャワ鳴いとるな、くらいなものです。

そない長生きもできんのに、こないムチャクチャな暑さやとアンタらもずいぶん気の毒やな、と同情してる場合じゃありません。
この時間帯は、ぼくもヘタすりゃ家の中で倒れ込みそうです(笑)
#与太話

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2026年3月28日(土) 10時30分40秒〔7日前〕