山麓王国

2023年10月の投稿91件]

2023年10月30日 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する

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木村さんと、房之介さんの、「酒と泪と男と女」

近藤房之介さんは、日本のブルース界ですごい存在なんですが、一般的にはちびまる子ちゃんの主題歌のBBクイーンズ「おどるポンポコリン」の、インチキおじさんのほうで有名です(笑)

タッタタラリラ、の人ですね。

ブレイクダウンというバンドに参加していたことがあって、むかしは「東のブレイクダウン、西のウエストロード」というような、関東と関西でブルースバンドの競い合いのようなこともあったそうな。
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ぼくはまだ左胸が痛い。

と、そんなことより、BEGINがこの歌を歌うときの相性のよさ。

比嘉栄昇さんの歌声、好きやなあ。

ちなみにぼくは若いころ、ライブの休憩中にお酒を飲んでた木村さんと握手してもらって、さらに写真撮ってもらって、ちょっとだけ話したことがあります(笑)

#音楽
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AIが人間を追い越すことを、シンギュラリティというらしいんですが、これはアキレスと亀でしょう。

AIが人間に近づいて、知性の面では人間を追い越すとしても、人間にはなれない。



芥川龍之介の『侏儒の言葉』における『天才』という項目にはこうあります。

天才とは僅かに我我と一歩を隔てたもののことである。 ただこの一歩を理解する為には百里の半ばを九十九里とする超数学を知らなければならぬ。

ようするに、凡人と天才の違いはたった一歩だが、この一歩がどうしても追い付けぬのだ、と。



AIと人間もおなじで、AIがいくら人間に肉薄しても、このあと一歩にたどりつくことができません。

それは、絶対にできない。



われわれがAIを畏れるのは、たとえば機関車と駆けっこして勝てなくなるということを畏れるのに似ています。

機関車は人間の走る速度をはるかに超えているけれど、それで人間を追い越したということにはなりません。



AIもおなじようなものです。

人工知能がいくら進化して人間の知性を凌駕しても、AIは人間に追い付くことも、追い越すこともできない。

あと一歩のところまで肉薄しても、その次の一歩。

「この一歩を理解する為には百里の半ばを九十九里とする超数学を知らなければならぬ」のです。

#与太話
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NHKスペシャルの「"宗教2世"を生きる」をみました。

エホバや統一教会における教義を、ただ信者から生まれたというだけで押し付けられた2世の悩みや苦しみについて取り上げたものです。

この問題の本質は、宗教の教えが社会のありようと食い違っていて、教団側が教えにしたがうことを暗に求めていた場合、信者がどう行動すべきか、社会はどう働きかけるべきかということです。



たとえば、シビリアンコントロール(文民統制)という言葉があります。

文民とは、軍人以外の人間をさします。

つまり、軍人以外はみんな文民です。

で、この軍人を文民によって統制する、という制度がシビリアンコントロール。

これが守られないと、戦前の日本のように、軍人が文民よりも権力をもってのさばる社会になります。

暴力装置が市民を抑圧することになるわけですから、当然、そういう社会はろくなことがありません。



宗教の場合も、文民統制がおかしくなるようなことが、起こるわけです。

社会、コミュニティ、家庭よりも、宗教の教義のほうが重い、という逆転現象が起こってしまう。

そもそも、この社会でうまく生活していくために宗教があるのに、その宗教がじぶんの生活や社会より重い存在になってしまって、反社会であったり、家庭崩壊を招く。

信者がこの点を理解していないことも問題なんですが、社会や生活よりも教義のほうが大事なんだと教団側が仕向けているとすれば、それが最大の問題です。



日本社会は法治国家です。憲法、法律は、当然宗教の教義より重い。

それが日本国民にとっての「常識」です。

ところが特定の宗教の教義を、原理的に解釈すると、憲法や法律とかみ合わないことがある。

宗教の教義は、日本の憲法や法律が定められるより前から存在するものがたくさんありますから、そういうことも起こるでしょう。

けれど、やっぱりわれわれは教義と社会を天秤にかけたときには、社会を重んじなければならない。



宗教の教えが社会のありようにそぐわないとき、信者は迷わず社会のありように沿うべきです。

社会もそれを支持し、教団の問題を追及しなければなりません。

これまでの日本社会はこの点での追及が弱かった。

宗教はどのような教義であったとしても、その国の社会に従わねばならないという統制が、課題なのだろうとおもいます。

#時事

2023年10月29日 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する

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これまでのパターンだと、もうさすがに防除しなくていい時期のはずなんですが、どうも11月になっても気温が高くて虫が活発に動きそうなので、きょう雨があがって野菜の葉が乾いたタイミングで防除しました。

すでにコナガやモンシロチョウは微妙に活動していて、軽く葉に食害もあったので、やっぱりまだ防除が必要なようです。



あと、4弾目のカブの種をまいたあとに、セキレイのつがいがうろうろしていて、こいつもしかしたら種を食ってるのか、とおもったんですが、かなり発芽がわるいんですよね。

忌避剤であるチウラム処理をした種なんですが、鳥がそれをついばむとなると……。

まさか雑食性のセキレイがたった2羽で地中のカブの種を選んでこんなに食害するというのも不思議です。

ほかの葉野菜には被害がないので、たまたまだったのか、ほかの原因があったのか。

……うーん。

まあ、ことしはもう、あんまり考えないようにしよう(笑)

#野菜
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ここ数日、左胸が痛みます。

ぼくは病気のデパートのような体をしていて、若いころ盲腸炎で手術した数年後に、腹膜炎を起こして大腸を1/3切り取りました。

盲腸炎をこじらせたのは高校生のころですが、そのとき入院していて、しばらく寝たきりになってました。

寝たきりになって数日後、足が痛いとおもったら、深部静脈血栓症になっていました。
左足の太い静脈が詰まってしまって、足が象のようにパンパンに腫れました。

この治療で血栓を溶かす薬を用いたんですが、この血栓は一度発症すると、血管の弁がダメになるらしくて、いまも慢性的に左足が腫れています。


どうもぼくは血が固まりやすい体質らしくて、10年ほど前には肺塞栓のような症状になりました。

静脈血栓が剥がれて血流に乗って肺に流れることで発症するようです。

あのときちょっと無理がたたって、また左足が強く腫れたんですよね。
その数日後に、胸が痛くなった。

徐々に肩が凝ったように腕にも痛みが広がって、咳が出るようになりました。

突然死を覚悟して、病院に行こうかとおもっていたときに、血栓を溶かすのに納豆がよいという情報を得ました。

べつに怪しい宣伝をするわけじゃないですよ。

ただ、半信半疑で納豆を食べた、というだけの話です。

ナットウキナーゼという酵素には、血液を固めるフィブリンというたんぱく質を溶かす作用があるとのこと。

できてしまった血栓まで溶かしてくれるというので、まあ病院に行く前に一度試してみようじゃないかと人体実験してみたら、その日のうちになんとなく症状が緩和されたような気がしました。

で、一週間ほどで症状が軽快。

ホンマかいな、とおもいましたが、どうやらナットウキナーゼの血栓を溶かす効果はホンマっぽいです。



それ以来、定期的に納豆は食べていたのですが、最近ちょっとご無沙汰で、そんな折にまた胸の痛み。

おそらく以前とおなじ箇所がまた詰まったんじゃないかとおもいます。
微妙に咳が出て、痰がからむのもそれっぽい。

以前よりは症状は軽いんですが、そういえば一週間ほど前までは、なんだか頭が痛かったんですよね(笑)

老眼鏡を変えてからどうも眼精疲労があったので、そのせいだとおもってたんですが、もしかしたらなにかあったのか、そのへんはよくわかりません。

とりあえず、また納豆で痛みがどうなるか人体実験。

ほっといたら死ぬ系の問題に慣れてしまうと、こういうふざけたことをするようになります。

まあ、ダメならダメで、しょうがない。



ぼくはたぶん、まともな医療がない時代だったら神様に愛されて、14歳くらいで盲腸炎から腹膜炎を起こしてあの世に行ってたとおもいます。

しかし、医療や情報の発達した時代に生まれたおかげでどうにかしぶとく生きてます。

夭折(早死に)する者は神様に愛されてる、といいますが、神様はぼくをなかなか連れて行ってくれません。

ぼくは信仰心が続かない、疑り深いタイプなので、そのへんがバレているのかもしれません(笑)

膵臓も弱いし、胆石もあるし、内臓系の疾患をたくさん抱えて、ことし45歳になりました。

相対的な年齢としてはまだ若いといわれるのかもしれませんが、ぼく自身の感覚としては、もうよく長生きしたとおもっています。



まあ、そんな面倒ごとの多い肉体ですから、じぶんの体調と相談しながらマイペースに働ける、ひとり親方の百姓は天職です。

#与太話

2023年10月28日 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する

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あ、そうか、と。

きょうはたくさん気づきのある一日です。



ぼくはいま、20年以上前のソニーのオーディオシステム(といったって当時定価4万円のものです)で、当時道楽で100枚ほど買いためたCDから、好きなモノを選んで聴いています。

これが、もうパソコンで音楽を聴くのとは、次元がちがう。

ぼくは青年時に、いまよりよい耳で、このすばらしい音質で音を聴いていたのだ、と。

もう近くで飛んでいる蚊の羽音さえ聴き取れなくなったこのおんぼろの耳が、感動してる。

若い世代は、いまオーディオシステムなんて持ってないだろうし、CDやレコードで音楽を聴くこともないでしょう。

この体験をしていないんだ。

この体験がふつうのものだ、という時代を経験せずに、まったくべつの感動の中に生きているのだ。

そうか、と。



だからなんだということはありません。

いまの若者と比べて、じぶんが優位だともおもいません。

ただ、ぼくはじぶんの世代だけで共有する箱の中にいて、これからのぼくは、箱の中で生きるのだとおもう。

ぼくの言うことが理解できない世代の人々は、ぼくには理解できないじぶんの世代の箱の中で生きることでしょう。

現代は、その世代の断層がタイトになったというだけの話です。

#与太話
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ギタリストのリッチー・ブラックモアはハードロックのパイオニアですが、ほかの多くのハードロッカーと一線を画しているのは、クラシックの素養があったことです。

なので、単調になりがちなハードロックの音作りが、非常にメロディアスで特徴的なものになっていたというところで魅力で、特にヨーロッパでなじみやすかったんじゃないかとおもいます。

#音楽
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ゴダイゴって、突き抜けたセンスがあるんですが、実際は地に足がついてるんですよね。

生活の歌を歌う。

思想を情熱をもって歌う歌手はたくさんいますが、生活を情熱をもって歌える歌手は、ほんとうに少ないです。

その点でゴダイゴは稀有です。

この歌は、若者が自然と結びつく、いわば古式ゆかしい恋愛の、その幸福を祈る歌です。

ほかにも、名前の美しさを説いたり、信仰の歌を歌ったり、あと単なるリベラルなバンドではなくてメンバーに極端な保守がいたり、おもしろいです。

曲中の「in order to get happiness」が「祈り続けるハピネス」に聞こえるのは、ネットで調べても出てこないんですけど、意図したものじゃないのかなあ、と勝手におもっている次第。

#音楽
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要潤という名前のすさまじいエロさを理解していない人が多いのではないか。

要がジュンという、エロさを。

#狂気
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一瞬、スレッズにアカウントを持とうかとおもったんですが、やめました。

なんだかやっぱりSNSがいま向かっている方向性に、ぼくの居場所はないな、という気がしたからです。



https://forbesjapan.com/articles/detail/...

この記事は8月に書かれたもので、Xの代替として鳴り物入りであらわれたスレッズは、早くもオワコンである、というのです。

その理由は以下のとおり。

このアプリならではと思えるものが何もない。イノベーティブなものは、何であれ、新しくて便利でなければならないが、スレッズはそうではない。



うーん……。

おそらく短文系SNSを利用したい人の多くは、べつにイノベーティブなことは求めていなくて、そこが居場所になりうるかどうか、くらいしか考えていないとおもうんですよ。

だから、イーロンマスクのような守銭奴にツイッターが乗っ取られたということに関しても、ユーザーからすればそこで居場所が得られているのなら、べつにどうだっていいわけです。

イーロンマスクのやり方に不満をおぼえたユーザーも、じゃあスレッズにアカウントをもって、いくつかの発言をして、そこに居場所が得られなかったら、またXに戻るか、あらたなSNSを探して遊牧民のようにあちこちを転々とするのでしょう。



でも、そのように居場所を求めるユーザーと、SNSの運営側の意図はちがうわけです。

SNS運営者側は、ユーザーに居場所を与えるだけの慈善事業をする気は毛頭なくて、利益を追求するユーザーと手を組みたいとおもっています。

インフルエンサーを利用して広告収入でガンガンに回したい。

そしてインフルエンサーたちの「胴元」として手数料で稼ぎたい。

居場所がほしいだけのユーザーは、せめてインフルエンサーや運営側の広告のエサになってくれればいいのだけど、このユーザー層は広告も見ないし、インフルエンサーも避けるしで、ほとんどサービスのタダ乗り状態。

だからイーロンマスクは、せめて年100円くらいでも払え、といいだしたのでしょう。



言いたいことがうまくまとまりませんが、もうネットと資本主義は切っても切り離せない関係になっていて、ただ小さなコミュニティを形成するために発信者になる、というようなユーザーはどんどん居場所を失っていくのではないかという気がします。

#与太話
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昭和天皇は戦後日本の民主主義、自由主義について、このように述べます。

個人の自由のないことは言語道断だけれども、ものが着々進むのは事実上、統制の強い力で引っ張らねば上がらぬ。
自由 民主という方向でゆくと、なかなかものは進まぬ。
これはむつかしい。

スターリンでもヒトラーでもムッソリーニでも、全体主義で引っ張るのが仕事は進む。

英米のような思想系統のものは、自由でしかも仕事がいくかもしれぬが、国によってはそれではなかなか国運を急に引っ張るはむつかしい。

これはむつかしい問題だね。



つまり、個人主義や自由主義、民主主義では、全体主義のように国を統制することができず、ものごとを素早く進めることができない。

戦後の日本はこの点で問題を抱えることになるのではないか、というのです。



これはスターリンやヒトラー、ムッソリーニのような全体主義が優れているというよりは、国家を迅速にコントロールするには、全体主義よりほかに手段があるのだろうか、という疑問といえるでしょう。

しかしいま現在、アメリカもヨーロッパも日本も、民主主義国家、西側陣営はうまくやっています。

なぜうまくやれたかというと、新自由主義における「ショック・ドクトリン」が功を奏したからです。

新自由主義が日本で利用され始めたのは中曽根康弘のころからといわれますから、当時の昭和天皇はショック・ドクトリンを知りません。

ショック・ドクトリンとは、自然災害や戦争や未知のウイルスなど、人類が大きなショックを受ける出来事を利用して、それまでにはできないような過激な市場改革をおこなうという、本来は経済システムでの変革手段です。



しかしこの手法は、実際には政治的にも利用されていました。

民主主義、自由主義、個人主義のように、国家が国運を直接引っ張ることができないシステムの中で、国民をどう統制していくのか。

この答えが「国民にショックを与えて、政府のおもう方向に誘導する」という方法です。



たとえばアメリカでは、2001年9月11日にワールドトレードセンターがテロ行為で破壊されました。

アメリカ国内はパニック状態になり、大きなショックを受けます。

そして「じぶんの国の中にテロリストがいる。もしかしたら隣人がそうかもしれない」という疑心暗鬼にかられるようになります。あるいはそういう空気を、国家が煽った側面もあるでしょう。

そして国民の多くが、じぶんはテロリストではない、まっとうなアメリカ国民であると証明するために、セキュリティカード(日本でいうマイナンバー)を取得しました。

WTCが破壊されるというショックがなければ、まるで国民を統制したかのようにセキュリティカードを取得させることはできなかったはずです。

ショックを与えて、国家のおもう方向に誘導するという手法こそ、全体主義以外で国運を引っ張る方法はあるのか、という昭和天皇の疑問に対する答えでした。



しかしこれは言い換えれば、大昔の社会主義や共産主義のような、牧歌的な理想、反資本主義のような思想では、国家は運営できない(全体主義にも自由主義にも勝てない)という証明でもあります。

実際、現在の中国やロシアなどの東側勢力は、いわゆる社会主義や共産主義を理想的なカタチで実現することができず、「左翼全体主義」とでもいうべき統制社会になっているわけですから。

#与太話

2023年10月27日 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する

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岸田さんが増税メガネと言われてるという話題は知ってたけど、最近そこに尾ひれがついて「増税クソメガネ」と言われてるのには笑いました。

https://news.yahoo.co.jp/articles/d7df68...
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カブ、4日前に撮影した下の写真と比べて、あきらかに葉が生長しています。

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ここからの生育はあっという間で、あと一週間もしないうちに出荷できるサイズになりそうです。

ちなみに、画像の中にひと株だけ、ベカナが混じっています。
わかるかな?

播種機に種がまぎれていたのでしょう。

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左がベカナ、右がチンゲンサイ。
ベカナの萌黄色はみていて楽しいです。

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ダイコン、根が起き上がってきました。
ついこの間種をまいたという気がするんですが、あっという間です。

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ハクサイも、ぼちぼち結球しかかっています。

うちの防除スケジュールだと、毎年最初の外葉が虫にある程度やられて、そこから2回ほどの防除で、虫害がなくなってそれなりによいものが穫れる、というパターンです。

たぶん、産地だともっと厳密に防除しているんでしょうが、うちはそのへん、省力でいい加減です(笑)

#野菜
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きょうは昼前から雨が降るという予報で、自治会の仕事や収穫作業で午前中はテンテコマイでした。

こうなることはわかっていたので、きのうの午後はすこしきょうのぶんの仕事もしておいたのが正解でした。

で、いまは昼過ぎ。
もうとっくに雨が降っていそうなものですが、まだ穏やかに晴れています。

雨が降る前にと急いだのだけど、これならもうすこしゆっくり仕事を片付けてもよかったかもしれません。

2023年10月26日 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する

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そっか。

ふと気づく。

お釈迦さん(仏陀)は、人生の本質は苦しみだといいました。

たのしいことは虚構であって、本質は苦しみなのだ、と。

人間の基礎の部分は苦しみなんだ、と。



ぼくはそれは納得したんですが、楽しいことが虚構だとはやはりおもえない。
ずっとそこで悩んでいました。

で、先日40年近く前の再放送番組で、司馬遼太郎さんが、西洋にはアンビバレントという便利な言葉があるといいました。

ぼくはふと、そういうことなのかとおもった次第。



東洋にはアンビバレントに相当する言葉がなかったから、スイッチをオンオフにするように、0か1かどちらかしかないんだ、という議論しかできなかった。

だから、たとえば般若心経は、みんなこの世があるとおもっているが、それは虚構で、実際は無なんだと説きました。

アンビバレントという概念がなかった時代だから、1(有)だとおもっているスイッチは、じつは0(無)なんだ、ということしか般若心経の時代には言えなかったわけです。

でも、無というのは実際には、無量大数を超えたあらゆる有を含んでいて、まったくなにもない無と、あらゆるすべてを含む有がつながっている。

般若心経が伝える無という概念は、じつにアンビバレントです。



お釈迦さんのいう四苦八苦も、じつはアンビバレントな概念で、ほんとうは、生きることの本質が苦しみであるということを突き詰めた先は、本質的な喜びに満ちているのではないか。

金銭的な喜びとか、権力の喜びといった、人間社会で形成された虚構の喜びではなくて、われわれの心から泉のように湧き出てくる、いわばユーモアの喜び、赤ん坊の笑顔のような、天真爛漫なユーモアです。

この喜びと苦しみが、心の中に共存している、アンビバレントな状態が、人間のほんとうの状態ではないか。

人間を生きているだけで生じる無限の喜びと無限の苦しみは、一本のヒモの両端にあって、それを輪っかにつないだようなものではないのか。



……。


ちょっと後で読み返して、じぶんの考えに齟齬がないか確認しますが、たぶん、大丈夫なんじゃないかな。

#与太話
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カブ、収穫が安定してからあしたで2週間。

順調に収穫できていて、売れ残りはなし。

2弾目を失敗しているのですが、3弾目のカブがぼちぼち根を太らせているので、じきに収穫がはじまりそうです。



うーん。



これまで、だいたい2週間おきの栽培が正解だとおもってたんですが、もしかしたら、もうすこし間隔があけても安定して栽培できるのかも。

10日だと、あきらかに間隔が短い。

かといって、今回のように10日後の栽培が失敗して、その2週間後で24日もあいてしまうと、さすがに数日、空白期間ができてしまいそうです。

だいたい14日から21日。

あんまり焦らなくてもよかったのかもしれないなあ。

でも、あんまり鷹揚に構えてたら、今度は雨でタイミングを失うことにもなりかねないし、なんだかぼくのようなイラチには、待つほうがタイヘンです。

#野菜
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ことし帰省して家族が集まるときに、握りずしをつくるのもいいんじゃないかとおもっています。

ただ、手で握るのは抵抗があるので、道具があればいいとおもって探していたら、ちょっとよさげなものがありました。

https://www.ar-nest.co.jp/products/a-776...

Amazonでおなじ商品が、858円。

もっと安いのもあるんだけど、レビューによると小さめのシャリがつくれるようなので、これがいいかな、と。

おなじレビューでは、シャリがくっつきやすいので、毎回水に浸ける必要がある、とも。

子供たちと寿司パーティをする、というような場合に重宝するんじゃないかなとおもいます。

2023年10月25日 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する

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考え込んだあげく、サトイモを届け物に。

ぼくの思考パターンだと、それはそれ、これはこれ、で仕分けしているのだけど、ぼくの行動はおそらく一般常識とズレているだろうとおもっています。

だから、先方は戸惑うことでしょうし、不審にもおもわれることでしょう。

ただ、以前の約束事でもあったので、どうもこういうことを放っておくのは、気持ちがわるいんですよね。

ぼくの気持ちの収まりどころがわるい、という話なので、単なる自分勝手です。

で、単なる自分勝手なので、先方にはこれ以上気をつかわせたくない。

こういうじぶんの考え方のクセを、もうちょっとぼく自身が理解して、変えなければならないところがあるようにもおもえるんですが、たぶんもうこのクセは一生抜けないんじゃないかな、という気もします。



古典落語に『井戸の茶碗』という演目があります。



浪人の武士が、お人よしの屑屋を呼び止めて、小さな仏像をお金に換えてほしい、といいます。

正直者の屑屋は、じぶんは目利きができないから、こういうものは買えないと答えました。

しかしその正直なところがかえって気に入った浪人は、いくらでもいいから買ってもらいたいと持ち掛けます。

とうとう屑屋も折れて、200文で仏像を買い、もしそれ以上の値段で売れたら折半しようということになりました。


その後、屑屋が仏像をかごに入れて歩いていると、ある武士がそれをみて興味を持ち、事情を聞いたうえで、300文で買ってくれました。

屑屋は喜んで、50文ずつ浪人と折半したんですが、そこからおかしなことになります。


ある日、武士が仏像を手入れしていると、なんと仏像の中から50両もの大金が出てきたのです。

しかしこの武士が頑固者でした。

「わしが買ったのは仏像であって、50両ではない。この金は屑屋に返さねばならん」

そういって、屑屋を呼び出したのです。


ワケを聞いた屑屋は50両を浪人に渡しに行きました。

しかし今度は浪人が「たとえ仏像に50両が入っていたとしても、それに気づかなかったのはわしの不始末。わしはもう売ったのだ。受け取るわけにはいかない」といって、屑屋を困らせます。



……と、話はまだ二転三転するんですが、ぼくが言いたいのは、この落語の浪人も武士も、ヘンに頑固なところがあって、その頑固さゆえに人を巻き込んで困らせるという点です。

ぼくもそういうところがあって、関西弁でいえば「そんなんもうよろしがな」ということをわざわざやって、相手を困らせてしまう。

わかってるなら、どこかで妥協してしまえばいいのだけど、そうすると座りがわるい、という点は、この落語の登場人物も似てるような気がするな、と。

2023年10月24日 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する

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いただきものの梅酒を飲みました。

梅酒が甘めに仕立てられていたのは、とてもよかったです。

おもいでも甘めに甘酸っぱいほうがいい。

おいしかったです。いただいたお酒も、これでおしまい。

ありがとう。
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きょうはよく頑張りました。

といっても、仕事はいつもの収穫作業に、サトイモの収穫くらい。

ちょっと草刈りしたい場所はあるけど、なんだか気乗りせず。

きょうはそれよりも、芽が出始めてるジャガイモをサラダ風にしたり、売り物にならないサトイモを鶏肉と味噌煮にしたり、カブをソーセージと炊き合わせたり。

この料理に時間がかかったんですよ。

イモ系は湯がいてから皮をむきますが、それでも売り物にならない小さいイモをちまちまとむくのだから時間がかかります。

で、こんなことをしょっちゅうやるのは面倒だから、無計画に大量につくって、とりあえず4~5日はこれを食べることになりそうです(笑)

野菜はタダなので、ほかの材料費とガス代と含めて、たぶん300円はいかないです。

あ、あと安納芋も一緒にゆがきました。

ぼちぼち甘みが乗ってきたようですが、あとひと息寝かせたらもっと甘くなることでしょう。

#野菜
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茶色いカメムシがぶんぶん飛び回ってる。

ことし大発生してるのは緑色のカメムシだとおもってたけど、これは茶色いカメムシもたくさん家に潜り込んできそうです。

2023年10月23日 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する

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ズッキーニにバッタがのっかってました。朝の寒い時間で、動くのがおっくうだったのか、じっと撮影に応じてくれました。

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そんなズッキーニですが、秋に育てたぶんの多くが強風で折れてしまい、これからどうなるんだろうと観察していたところ、根元のあたりから脇芽を伸ばしているようです。

時期的に花がつくまで育つかどうかはわかりませんが、ちゃんと生きようと頑張ってるんだな、と。

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こちらはカブ。収穫まではまだしばらくかかりそうですが、生育は順調です。

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こちらはチンゲンサイ。もう収穫を開始しています。
よいカタチに育ってくれて、助かってます。

#野菜

2023年10月22日 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する

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統一教会を信仰している、統一教会が好き、というのは、憲法で定める信仰の自由ですから、かまわないんです。

かまわないけど、ぼく個人としては、ダメなんです。

あの宗教が根源的なところで持っていた、わが国に対する反社会意識。

保守であり、反共であれば、一定の反社会が許されるという、愛国無罪的な卑怯さ。

統一教会に限らず、こういう卑怯な保守は一定数存在しますが、ぼくはああいう保守層を、許すことができない。

でも、統一教会は悪くないとおもっている人そのものを、ぼくは否定できません。

ぼくは、そういう場合、距離を置くほかないんです。

その人の信仰の自由の権利も守り、ぼく自身の考えも守るためには、もう黙って距離を置くほかない。

でなければ、対立するしかないのだから。
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ライディーンって、高橋幸宏さんの作曲だったんですね。

この曲、すごいキャッチ―で衒い(てらい)がなくて、あまりにもストレートな曲なのが不思議だったんですが、幸宏さんなら納得、というか、そういう直球のよさが魅力だったとおもいます。

#音楽
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池袋ウエストゲートパークのアニメ、おもしろかった。

原作に忠実なのだろうとおもうんですが、文句のつけどころがない。
ドラマ版の肉付けを削ぎ落したような仕上がりで、社会派的でもあり、かといってユーモアもある。

終盤の抗争部分はドラマ版とよく似ています。



ちなみに、あくまで個人的な独断と偏見でですが、Amazonプライムをみるようになってから何年間かアニメに親しんできて、1番おもしろかったのは『平家物語』でした。

2番目が『異世界おじさん』。

3番目がこの池袋ウエストゲートパークとなりました。

なんだ3番目かとおもうかもしれませんが、いろいろ見てきての3番目ですから、かなりの高評価です。

最終話に、宮藤官九郎さんのドラマに出てきた窪塚洋介さんが、ひと言だけ声優として参加していてビックリ。

#与太話
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きょうはいつもの収穫作業に加えて、カブをご近所さんに配って、午前中の作業は終了。

午後は昼寝をしてから、ちょっと所用で買い物をして、ほんとうはサトイモをほぐす作業をしたかったのだけど、なんだか気乗りがしなくて作業終了。

日曜だし、休んでしまいましょう(笑)

#野菜

2023年10月21日 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する

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きのう、いい具合に雨をもらって、これで今回の葉野菜も発芽してくれるなあ、とおもってたら、きょうはほとんど一日中の雨で、これはちょっと降りすぎ。

きょうは肌寒くて、季節がひとつ進んだ感じがあります。

#野菜

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2026年3月28日(土) 10時30分40秒〔7日前〕