山麓王国

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地中海の舞踏、のアル・ディ・メオラですよ。

世界一速いギタリストで有名なんですが、本質的にはそういうくくりではおさまらない根っこのあるギタリストです。

スペイン音楽を探究する音楽家という一面がわかると、こういうビートルズカバーの、中近東とヨーロッパの混じり合う感じと、アメリカ的な近代的手法とが……とまあそんなことはよいのですよ。

せっかくだから、地中海の舞踏も聞いてくださいよ。



このすさまじい速弾きの音楽のパートナーは、パコ・デ・ルシアというギタリストでした。

このパコの最晩年の競演が、これです。



パコの顔色が悪いのもわかるし、微妙なところでついていけなくなってしまう。そこを技術的な部分でアル・ディ・メオラがうまく支えているんです。

でも、パコ・デ・ルシアの運指はやっぱりすさまじいんですよ。突如火を噴くように、ありえない速さになる。

でも、やっぱり崩れる。崩れるたびにアル・ディ・メオラが支える。

お互いがお互いを目で確かめ合う。

お互いに本気の本気でぶつかりあう。

ぼくは、この動画をみると、泣いちゃうんだな。

#音楽
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ジュディ・アンド・マリーのそばかすという曲を聞いたときに、なんてヤンチャなギターなんだろうとおもったんですよ。

ちゃんとペンタトニックのルールにしたがって、ちゃんと決めるべきポイントは決めて、なのに、もう曲中はほとんどアドリブで崩してしまうソロパートなんですよね。
#音楽
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そういえば、むかしのRPGは、だいたいレベル30くらいになると、ほとんど終盤だったんです。

レベルが50まであったドラクエ2から、ファイナルファンタジーもレベル制のものはそうでしたが、レベル100になっても、だいたいレベル30になると終盤。

とりあえずレベル40もあればRPGはまずクリアできる、というのが常識でした。

ところがここ15年くらいで、そういう風潮が打破されたようにおもえます。

いま二ノ国やってますが、レベル40になってもまだ作品の終わりが見えてきません。



ぼくなんか、もうマンネリでもなんでもいいから、パターンの中で生きていたいんです。

平和というのは、ルーティンとパターンで人生が固まることですよ。

人間というのは、ルーティンとパターンで、人生が安心できることが、平和なんです。

でもいまの経済のシステムはパターンとルーティンを打破することで新価値を創造するものだから、若いうちはそれでよかったのだけど、オッサンになるともうついていけない。

で、年を取るにつれて、この新価値が恐怖になりつつある。

いまのじいさんばあさんが、スマホ操作やキャッシュレスに恐怖を感じるように、ぼくがジジイ(もう半分以上ジジイなのだけど)になるころには、まったく別のシステム的な恐怖が待ち構えているはずです。

そのとき、せめて同世代で「ついていけねえや」と言い合える仲間がいればいいのだけど、なんだかいまの時代だと、そういう仲間すらできないかもしれないな、と、それが目下の最大の恐怖です。
#与太話
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いわゆるタイムリープという考え方の元祖は、ニーチェの「永劫回帰」ということになるとおもいます。

ニーチェは、死んだらあたらしくなにかに生まれ変わるのではなくて、おなじ人生を何度も何度も、永遠に繰り返すのだといいました。

そこまでは、タイムリープっぽい感じがありますが、ニーチェは実際にわれわれが永劫回帰していると主張していたのではありません。

生まれ変わりなんてだれも見たことがないのだから、永劫回帰だって可能性としてないわけではない。

とすれば、次に生きるじぶんのために、いまをもう少しよりよく生きようではないか、という思想です。

いまの人生を投げてしまったら、次の人生でもおなじように投げてしまうことになる。

そうならないように、いまを少しでもよいように生きていようではないか、とハッパをかけているにすぎません。



これが、現代では時間を都合よく巻き戻して、何度も何度もトゥルーエンディングにたどりつくまで、やり直すということをする。

ゲームだと、『ゼルダの伝説ムジュラの仮面』あたりは有名です。

小説だと、筒井康隆の『時をかける少女』がそうです。

漫画だと『東京リベンジャーズ』は典型的ですし、海外でも『ハッピー・デス・デイ』という映画はタイムリープを繰り返します。

ニーチェの場合は、一回こっきりの人生を合わせ鏡のようにして、だからこそこの一回を大事に生きよというのですが、タイムリープものの場合は、記憶を持ち越して何度もやり直してしまう。



なにが言いたいのかというと、いまどきのフィクションは、どれもチートなんだなあ、と。

特に現代では、作品の進行にしたがってチートキャラをすこしずつ小出しにするんじゃなくて、最初からどんどん出しちゃって、そういった作品を日常的にみているわれわれの脳みそは、ほとんど麻薬漬けのようになっている。

そうすると、『ワンパンマン』みたいな、最初から最強みたいなのも許されるし、『呪術廻戦』の五条悟のような最強キャラが最初から出てきてしまうわけです。

まあ、この手の最初から最強というようなシナリオは、古くはブルース・リーもそうなんですけどね。

ぼくとしては、そういうフィクションの麻薬から抜け出して、永劫回帰のような、地に足の着いた思想を目指す、というのが……まあ、ただしいとは言わないけど、でも、実際の人間生活は、そうなんだとおもうんですよね。

#与太話
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田舎というのは、稲の刈り取りシーズンに合わせて、行事が増えていきます。

夏場はせいぜい地蔵盆くらいですが、10月になると突然、こんな小さな自治会でも神社の秋祭りやら親睦会やら、〇〇フェスティバルなるものが毎週のように入ってきて、自治会長はそれにすべて参加しなきゃならないので大忙しです。

ぼくはことしは組長と文化体育という役員をしていますが、きょうは自治会長と一緒に親睦会の買い出しをしていました。



コロナが明けて、数年ぶりの開催になるんですが、自治会内で参加者を聞いて回ると、20人でした。

コロナ前は25~30人、あるいはそれ以上出ていたというので、ずいぶん減ったな、という感じです。

べつにコロナは関係ないんですけども、コロナ以降に自治会内で5人も亡くなったものだから、なんだか突然自治会がスッカラカンになってしまった感じがします。



当日のお弁当の予約に、お菓子やビール、ジュースの買い出しはまあ常識の範囲内でしたが、レクリエーションの景品で、100均に1万円もつかったのははじめてです(笑)

できるだけ、もらって困るようなものではない生活必需品で、1万円ぶん、約100点を選ぶというのは、けっこうタイヘンでした。

しかしだいたいやることの段取りがわかったので、来年以降はぼくひとりでもやれそうだな、と。

まあ、ことし一年の役ではあるんですが、この程度の仕事であれば、毎年引き受けてもいいかもとおもったんですよね。

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2026年4月5日(日) 11時48分53秒〔5時間前〕