全年全月11日の投稿[36件]
2026年3月 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する
熊野について、みごとに興味の取っ掛かりをつくっていただき、ありがとうございました。
今まで知り得たものとは、まるっきりアプローチが違うことにまず驚いたのですが、切り口というか、視点によって、これほど印象や興味が違ってくることにも驚きでした。
異世界であり、異質である、ややこしい熊野はどこに行ったんだ?という感じで、まるっきり違う印象になるとは思いませんでした。
今までの熊野は、私にとっては「高野聖」のイメージで、漂う雰囲気が妖しく、普通の寺社には感じないものでした。
また、どの仏がなんの神という、あの複雑な本地垂迹の図式を覚えないと、熊野は理解できないという思い込みが強くあったので、これも厄介のもとでした。
熊野は、どこからどんな情報を得るかによって、知識のほとんどが先入観で築かれてしまうという、いい例だったと思います。
まず、出雲由来の文明が、紀伊国に流入してきていたことは、もう本当にへ~~~っという驚きでした。
出雲と熊野は接点がないものという、おかしな思い込みをしていたからなのですが、それは、地域的な問題ではなく、出雲大社と熊野神社の系列ことから、まったく別だと思っていたわけです。
出雲が様々な地域に与えた影響は、想像より大きかったわけですね。
「熊野の那智が天竺の補陀落の入り口にあるという伝説」を知らなかったので、補陀落は日本独自の思想だと思っていました。
前に補陀落渡海のお話を伺った時、自分でも調べたはずなのですが、今回改めて調べたら、新発見がありました。
この行事は知らなかったので、機会があれば船禅頂に参加したいと思います。
(書き足し: 那智山、室戸岬、足摺岬はわかりますが、いきなり日光という離れたところも補陀落に擬されたのは、勝道上人が登ったという、日光補陀落山の逸話のせいなのかもしれませんがからだとしても、ちょっと腑に落ちない気がします。那智の近くでまとめてほしいです(笑))
インドから来た裸形上人が修行をして、熊野で修験道の基礎を確立したのが、おそらく熊野と仏教がつながったはじまり、ということなのですね。
善財王の話は、室町時代の『御伽草子』にある『熊野の本地』の説話ということなのですが、裸形上人が日本に持ち込んだという可能性もありそうですね。
いずれにしろ、熊野のインド感はかなり濃いという印象は強いです。
熊野の話に空海が登場することも、びっくりしました。
例によって(笑)、おかしな思い込みで、無関係だという認識があったからでしょう。
京都の東寺でも、金剛峯寺ほど正式なものではないようですが、御影堂で、早朝6時から行われる生身供があります。
1200年続く法要で、空海に朝食(一の膳、二の膳、お茶)をお供えします。
僧が主体ではなく、信者の方々が中心に和讃を唱えたりし、その後、お坊さんが参列者全員に、仏舎利の授与をしてくださいます。
授与といってもいただけるわけではなく、仏舎利の入っている布の袋を、額と手に当ててくださいます。
本当に仏舎利が入っているのかわかりません(笑)
わかりませんが、とてもご利益をいただいた気分になりました。
私が行った時に、NHKのようでしたが、取材班が来て録画撮影の準備をしており、「そこどいてください」と言われました(笑)
詳しい地図もありがとうございます。
近いと言えば近い距離ですね。
熊野詣での人気が平安時代~室町時代あたり、その後、流行がお伊勢参りに移行していく、という流れだったのでしょうか。
平安時代~室町時代にかけて、「神道・密教・山岳信仰・民間信仰」がごちゃまぜだったというのは、とてもユニークですね。
よく冗談で祈る時「神様仏様キリスト様(イエス様?)」と言いますが、ミックス信仰は、宗教をこえた素朴な信仰心を感じます。
ごちゃごちゃしていたために、熊野権現なるものをつくり、シンプル化しようとしたのでしょうか。
※書き足し: 「室町時代以降、さらに全国で熊野権現がまつられるようにもなり~~~~~~~もはや熊野信仰は、建て増しに建て増しを重ねた大迷宮のようなややこしさ~」とあるので、熊野権現にまとめようとしたのではなく、「増えた」ということですよね。失礼しました。
ところがそうはならなかった(笑)
現在もややこしいまま「放置」と書いていらっしゃいますが、放置なのですね(笑)
もっとも、これをわかりやすい熊野にするのは並大抵な事ではないと思いますし、変にまとめたり切り捨てたりすれば、熊野におわす神仏もお困りになると思います(笑)
紀伊国へ移住した出雲族がいて、出雲の神々を信仰した。
それによって熊野は「死と再生の場所」となり、死の世界の入り口となる、という流れは、とても自然なことだったんですね。
さらに神武天皇の東遷で、「復活」が加わる。
助けたヤタガラスとは、紀伊国の出雲族で、神武軍を助ける集団だったのですね。
それにしても高倉下の活躍は目覚ましいものがありますね。
高倉下がいなければ、神武東遷は失敗に終わっていたのかもしれません。
これはわかりやすく、熊野に対する考え方、捉え方の集大成だと感じました。
信仰は、シンプル イズ ベストだと認識させられる、貴重なお話でもありました。
日本神話が、実際の血がつながっていなくても「皇統はつながっている」と宣言する「思想の物語」だという、ものすごくインパクトある、わかりやすい説明をありがとうございます。
また、神武の崩御と卑弥呼が没したタイミングが重なるというお話。そうだったんですね。
卑弥呼がアヒラツヒメというかたちで、神武のそばで帝王としての覚悟と運命を教育したというのも、その場が見えるようでとても納得できました。
イザナギが高千穂に国を築く際、阿多氏と結びついて幼い卑弥呼をもらいうけたという説、これには特に感嘆しました。
阿多、アヒラツヒメに謎が多いのは、卑弥呼の出自をあえてぼかし、巫女としての神性、神秘性をあげるためのように感じました。
卑弥呼と神武天皇の結びつき、関係性には、不思議な縁が働いているように思いますし、やはり神武天皇の活躍は、初代天皇として、末代まで称えられる目覚ましいものがあったことを知りました。
ポツダム宣言の受諾ですが、日本にとって天皇制の維持が最重要事項であったというのは、いまさらながら、驚きを通り越した驚きです。
天皇制を維持できても、アメリカに占領され支配されてしまっていたら、今の日本はありませんよね。
今でもアメリカの顔を見ながらご機嫌取りをしている体質は続いているようですが(笑)
実質的な皇室の先祖がイザナギ、イザナミというのは、決して拍子抜けではなく、アクロバティック解釈でもなく、お話を読むと、とても納得できることです。
そして、さらなるびっくりは、出雲族の武士団が鎌倉で幕府を形成したということでした←本当に何も知らず、恥ずかしいです(笑)
最初のすめらぎが生まれるきっかけとなった吉野山が、南朝の最後の場所というのは、本当に皮肉というか、不思議な因縁ですね。
そして、農園主さんの他に、そのことに気づく人がいるのかどうかが気になります(笑)
また、「北朝がすめらぎを得たことで、イザナギとイザナミの陰陽が調和した」という解釈も、神話の時代から続く日本の歴史において、過去に生きた人々がそこで終わったのではなく、脈々と続き、どこかで様々な形でつながっていることを意識させられました。
破邪の御太刀のお話をありがとうございます。
攘夷派の氏子の奉納なんですね。
武器として使えない大太刀を作ることで、人々の祈り、魂が込められているような気がします。
それにしても、ゲームの武器に出てきそうなネーミングですね(笑)
国宝級のものは報道されても、こういうものは貴重でもほとんど周知されていないのは、残念なことです。
お誕生日にいただいたモロヘイヤのおうどんですが、ご報告を忘れていました。
普通に茹でて麺つゆでと思っていたのですが、色がきれいなので、イタリアンにしてみました。
最初は、オリーブオイルで炒め、具材はツナと野菜、塩胡椒+コンソメ味で。
次は、なんちゃってペペロンチーノを作りました(笑)
にんにくがアレルギーなので、香りづけ程度にし、オリーブオイルで炒め、缶詰のアンチョビ、イタリアンパセリ、豆板醤少々(アンチョビが塩辛いので少しにしました)で味付けしましたが、どちらもおいしかったです。
モロヘイヤ感はあまりなく、ゆずの香りがして、大変おいしくいただきました。
珍しいものをありがとうございました。
昨日は思いがけず雪が降りましたが、積もりませんでした。
布団を一枚しまった後に寒さが戻り、かといってまた出すのも(笑)
新年度に向け、自治会のお仕事も慌ただしくなるころと思います。
気温差もあるので、くれぐれもお身体にはお気をつけくださいね。
今まで知り得たものとは、まるっきりアプローチが違うことにまず驚いたのですが、切り口というか、視点によって、これほど印象や興味が違ってくることにも驚きでした。
異世界であり、異質である、ややこしい熊野はどこに行ったんだ?という感じで、まるっきり違う印象になるとは思いませんでした。
今までの熊野は、私にとっては「高野聖」のイメージで、漂う雰囲気が妖しく、普通の寺社には感じないものでした。
また、どの仏がなんの神という、あの複雑な本地垂迹の図式を覚えないと、熊野は理解できないという思い込みが強くあったので、これも厄介のもとでした。
熊野は、どこからどんな情報を得るかによって、知識のほとんどが先入観で築かれてしまうという、いい例だったと思います。
まず、出雲由来の文明が、紀伊国に流入してきていたことは、もう本当にへ~~~っという驚きでした。
出雲と熊野は接点がないものという、おかしな思い込みをしていたからなのですが、それは、地域的な問題ではなく、出雲大社と熊野神社の系列
出雲が様々な地域に与えた影響は、想像より大きかったわけですね。
「熊野の那智が天竺の補陀落の入り口にあるという伝説」を知らなかったので、補陀落は日本独自の思想だと思っていました。
前に補陀落渡海のお話を伺った時、自分でも調べたはずなのですが、今回改めて調べたら、新発見がありました。
日本では那智山、日光山(二荒山)、室戸岬、足摺岬などが補陀落に擬され、観音信仰の霊場となった[8]。日光には、毎年8月(旧暦6月)に行われる「船禅頂」(補陀落禅頂)という、中禅寺湖畔の勝道上人の遺跡を巡って花を手向ける行事がある[9]。(Wikipedia)
この行事は知らなかったので、機会があれば船禅頂に参加したいと思います。
(書き足し: 那智山、室戸岬、足摺岬はわかりますが、いきなり日光という離れたところも補陀落に擬されたのは、勝道上人が登ったという、日光補陀落山の逸話
インドから来た裸形上人が修行をして、熊野で修験道の基礎を確立したのが、おそらく熊野と仏教がつながったはじまり、ということなのですね。
善財王の話は、室町時代の『御伽草子』にある『熊野の本地』の説話ということ
いずれにしろ、熊野のインド感はかなり濃いという印象は強いです。
熊野の話に空海が登場することも、びっくりしました。
例によって(笑)、おかしな思い込みで、無関係だという認識があったからでしょう。
京都の東寺でも、金剛峯寺ほど正式なものではないようですが、御影堂で、早朝6時から行われる生身供があります。
1200年続く法要で、空海に朝食(一の膳、二の膳、お茶)をお供えします。
僧が主体ではなく、信者の方々が中心に和讃を唱えたりし、その後、お坊さんが参列者全員に、仏舎利の授与をしてくださいます。
授与といってもいただけるわけではなく、仏舎利の入っている布の袋を、額と手に当ててくださいます。
本当に仏舎利が入っているのかわかりません(笑)
わかりませんが、とてもご利益をいただいた気分になりました。
私が行った時に、NHKのようでしたが、取材班が来て
詳しい地図もありがとうございます。
近いと言えば近い距離ですね。
熊野詣での人気が平安時代~室町時代あたり、その後、流行がお伊勢参りに移行していく、という流れだったのでしょうか。
平安時代~室町時代にかけて、「神道・密教・山岳信仰・民間信仰」がごちゃまぜだったというのは、とてもユニークですね。
よく冗談で祈る時「神様仏様キリスト様(イエス様?)」と言いますが、ミックス信仰は、宗教をこえた素朴な信仰心を感じます。
ごちゃごちゃしていたために、熊野権現なるものをつくり、シンプル化しようとしたのでしょうか。
※書き足し: 「室町時代以降、さらに全国で熊野権現がまつられるようにもなり~~~~~~~もはや熊野信仰は、建て増しに建て増しを重ねた大迷宮のようなややこしさ~」とあるので、熊野権現にまとめようとしたのではなく、「増えた」ということですよね。失礼しました。
現在もややこしいまま「放置」と書いていらっしゃいますが、放置なのですね(笑)
もっとも、これをわかりやすい熊野にするのは並大抵な事ではないと思いますし、変にまとめたり切り捨てたりすれば、熊野におわす神仏もお困りになると思います(笑)
紀伊国へ移住した出雲族がいて、出雲の神々を信仰した。
それによって熊野は「死と再生の場所」となり、死の世界の入り口となる、という流れは、とても自然なことだったんですね。
さらに神武天皇の東遷で、「復活」が加わる。
助けたヤタガラスとは、紀伊国の出雲族で、神武軍を助ける集団だったのですね。
それにしても高倉下の活躍は目覚ましいものがありますね。
高倉下がいなければ、神武東遷は失敗に終わっていたのかもしれません。
熊野信仰の核にあたる部分は、あの複雑な寺社の縁起ではなく、熊野が「人間の生き死にを飲み込むほどの大原生林」だったことわたしたちが熊野を信仰する場合には、この大原生林のもつ神秘と、そこに人々が信仰を寄せたと言う事実だけをみていればいいでしょう
これはわかりやすく、熊野に対する考え方、捉え方の集大成だと感じました。
信仰は、シンプル イズ ベストだと認識させられる、貴重なお話でもありました。
日本神話が、実際の血がつながっていなくても「皇統はつながっている」と宣言する「思想の物語」だという、ものすごくインパクトある、わかりやすい説明をありがとうございます。
また、神武の崩御と卑弥呼が没したタイミングが重なるというお話。そうだったんですね。
卑弥呼がアヒラツヒメというかたちで、神武のそばで帝王としての覚悟と運命を教育したというのも、その場が見えるようでとても納得できました。
イザナギが高千穂に国を築く際、阿多氏と結びついて幼い卑弥呼をもらいうけたという説、これには特に感嘆しました。
阿多、アヒラツヒメに謎が多いのは、卑弥呼の出自をあえてぼかし、巫女としての神性、神秘性をあげるためのように感じました。
卑弥呼と神武天皇の結びつき、関係性には、不思議な縁が働いているように思いますし、やはり神武天皇の活躍は、初代天皇として、末代まで称えられる目覚ましいものがあったことを知りました。
ポツダム宣言の受諾ですが、日本にとって天皇制の維持が最重要事項であったというのは、いまさらながら、驚きを通り越した驚きです。
天皇制を維持できても、アメリカに占領され支配されてしまっていたら、今の日本はありませんよね。
今でもアメリカの顔を見ながらご機嫌取りをしている体質は続いているようですが(笑)
実質的な皇室の先祖がイザナギ、イザナミというのは、決して拍子抜けではなく、アクロバティック解釈でもなく、お話を読むと、とても納得できることです。
そして、さらなるびっくりは、出雲族の武士団が鎌倉で幕府を形成したということでした←本当に何も知らず、恥ずかしいです(笑)
最初のすめらぎが生まれるきっかけとなった吉野山が、南朝の最後の場所というのは、本当に皮肉というか、不思議な因縁ですね。
そして、農園主さんの他に、そのことに気づく人がいるのかどうかが気になります(笑)
また、「北朝がすめらぎを得たことで、イザナギとイザナミの陰陽が調和した」という解釈も、神話の時代から続く日本の歴史において、過去に生きた人々がそこで終わったのではなく、脈々と続き、どこかで様々な形でつながっていることを意識させられました。
破邪の御太刀のお話をありがとうございます。
攘夷派の氏子の奉納なんですね。
武器として使えない大太刀を作ることで、人々の祈り、魂が込められているような気がします。
それにしても、ゲームの武器に出てきそうなネーミングですね(笑)
国宝級のものは報道されても、こういうものは貴重でもほとんど周知されていないのは、残念なことです。
お誕生日にいただいたモロヘイヤのおうどんですが、ご報告を忘れていました。
普通に茹でて麺つゆでと思っていたのですが、色がきれいなので、イタリアンにしてみました。
最初は、オリーブオイルで炒め、具材はツナと野菜、塩胡椒+コンソメ味で。
次は、なんちゃってペペロンチーノを作りました(笑)
にんにくがアレルギーなので、香りづけ程度にし、オリーブオイルで炒め、缶詰のアンチョビ、イタリアンパセリ、豆板醤少々(アンチョビが塩辛いので少しにしました)で味付けしましたが、どちらもおいしかったです。
モロヘイヤ感はあまりなく、ゆずの香りがして、大変おいしくいただきました。
珍しいものをありがとうございました。
昨日は思いがけず雪が降りましたが、積もりませんでした。
布団を一枚しまった後に寒さが戻り、かといってまた出すのも(笑)
新年度に向け、自治会のお仕事も慌ただしくなるころと思います。
気温差もあるので、くれぐれもお身体にはお気をつけくださいね。
2025年6月 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する
コンサート、おつかれさまでした。
昨年の10月ごろに喉の不調があったとおもうのですが、いまは症状は落ち着かれましたでしょうか。
ほんとうに、梅雨の時期はカラダがうまく対応できなくて、疲れますね。
ぼくは仕事に加えて毎日なにかしらの自治会のイベント、問題や届け物があり、なにをどのように処理しているか、記憶が定かでないくらいです。
やはり低気圧も関係しているのでしょう。じめじめむしむししていると、生活の負荷が3割マシくらいに感じられますね。
さらに農家としては、最近春の葉野菜が非常に安いあおりを受けており、ガッカリです(笑)
しかしなんのイベントもない状態だったら、売り上げが低いことで鬱々していたかもしれませんから、忙殺されているくらいが気が紛れてよいのかもしれません。
個人的によかったことといえば、去年はまったくの不作だった小梅がことしは豊作でした。
1本の小梅の木から11kg穫れた小梅をすべて梅酒に漬けたのですが、ことしはどこも豊作だったのでしょう、
果実酒につかうホワイトリカーがどこも売り切れていて、入手するのに苦労しました。
が、なんとか梅仕事も終わり、半年後からは毎晩食前酒の梅酒が楽しめそうです(笑)
ギズモさんにはお返事のタイミングにもお気遣いいただいて、感謝しております。
お返事お待ちしております。
昨年の10月ごろに喉の不調があったとおもうのですが、いまは症状は落ち着かれましたでしょうか。
ほんとうに、梅雨の時期はカラダがうまく対応できなくて、疲れますね。
ぼくは仕事に加えて毎日なにかしらの自治会のイベント、問題や届け物があり、なにをどのように処理しているか、記憶が定かでないくらいです。
やはり低気圧も関係しているのでしょう。じめじめむしむししていると、生活の負荷が3割マシくらいに感じられますね。
さらに農家としては、最近春の葉野菜が非常に安いあおりを受けており、ガッカリです(笑)
しかしなんのイベントもない状態だったら、売り上げが低いことで鬱々していたかもしれませんから、忙殺されているくらいが気が紛れてよいのかもしれません。
個人的によかったことといえば、去年はまったくの不作だった小梅がことしは豊作でした。
1本の小梅の木から11kg穫れた小梅をすべて梅酒に漬けたのですが、ことしはどこも豊作だったのでしょう、
果実酒につかうホワイトリカーがどこも売り切れていて、入手するのに苦労しました。
が、なんとか梅仕事も終わり、半年後からは毎晩食前酒の梅酒が楽しめそうです(笑)
ギズモさんにはお返事のタイミングにもお気遣いいただいて、感謝しております。
お返事お待ちしております。
日曜日にコンサートが終わったので、昨日今日あたりにお返事をしようと思っていたのですが、雑用が重なってしまいました。
少々お待ちいただけたら幸いです(o_ _)o))
いよいよ梅雨に入りましたが、お疲れが出ていないでしょうか?
梅雨どきは、低気圧による自律神経の乱れや、湿度による体温調節機能の低下などが出やすいそうですが、疲れが取れにくい時期でもありますね。
よく寝て、起きたら疲れが取れているのが理想なんでしょうが、なかなかそんなにうまくいかず、ダルダルモード全開でいます(笑)
お返事のお気遣いはなさいませんように。
数日後また(*^。^*)
少々お待ちいただけたら幸いです(o_ _)o))
いよいよ梅雨に入りましたが、お疲れが出ていないでしょうか?
梅雨どきは、低気圧による自律神経の乱れや、湿度による体温調節機能の低下などが出やすいそうですが、疲れが取れにくい時期でもありますね。
よく寝て、起きたら疲れが取れているのが理想なんでしょうが、なかなかそんなにうまくいかず、ダルダルモード全開でいます(笑)
お返事のお気遣いはなさいませんように。
数日後また(*^。^*)
2025年5月 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する
ぼくはむかし、求人広告の制作部門の深夜勤務で働いていたのですが、職場に、Wさんという方がいました。
当時のぼくよりひと回り上の先輩でした。
Wさんは深夜勤務をこなしたあと、じぶんの独立した仕事として営業と広告制作をしてフライヤーをつくり、ポスティングをこなすというダブルワークをしていたんです。
一日に3時間しか寝る時間がなかったそうですが、月収は50万程度あったといいます。
しかし以前に離婚されていたようで、養育費を振り込んでいたようです。
カラダはガリガリでしたが気力は充溢しており、明朗な人格だったこともあり、そのうち職場で深夜リーダーとなりました。
あるときWさんと、大阪梅田でサシで飲む機会があったのですが、じつはリーダーになったあたりから、会社の人間関係がうまくいかなくなったことでうつ病になっていたことを明かされました。
たしかにリーダーになってからのWさんはメンタルが安定せず、急にイライラしたかとおもうと、元気がなくなってしまったり、ふだんのユーモアも失われがちだとはおもっていました。
じつはぼくはWさんの後を継いでリーダーになったので、50人の制作チームの人事や進捗を管理し、嫌われ者になる心労はわかるつもりです。
やりがいもあるし、給料だってたくさんもらえて、いい立場ではあるんですが、同時に職場に渦巻く不満の捌け口になり、かれらの不満の矢面に立つ仕事でもありました。
もちろん会社全体でみればリーダーは課長補佐より下の役職です。
しかし深夜勤務の中ではリーダー職が事実上のトップになるので、そこより上の役職がいません。
職場の不満をぶつけられる相手はリーダーしかいないので、サンドバッグになるしかありません。
Wさんがうつ病だった時期、職場の仲間でカラオケに行く機会がありました。
で、Wさんが歌っているときにぼくが携帯で撮影した写真なんですが、完全に映っていたんですよね。
薄暗いカラオケボックスの部屋で、歌を歌ってるWさんの横にはっきりと人の顔がある。
むかしの画質のわるい携帯の写メでしたが、それでも後にも先にもあんな完璧な……いわゆる心霊写真は初めてで、同僚たちに見せると悲鳴をあげて「なにこれ!?」といいました。
同時にみんな、さすがに心霊写真のようなものを本気でとりあうわけにもいかず、まさかなあといった雰囲気。
でもはっきり写った顔に、これだという説明ができる人もいませんでした。
当のWさんは根っからそういったことを信じない人でしたから、ネタとして笑った以外に、深刻にとらえるようなことはありませんでした。
この話はこれで終わりです。
いわゆる怖い話にできるような後日談があるわけでもなし、物語的なカタルシスもありません。
結局その方はしばらくして会社をやめて、ぼくが後を引き継ぎましたが、ぼくもその後職場をやめました。
いまWさんもぼちぼち還暦を迎えるころでしょうが、どうされているかは知る由もありません。
個人的にはいまの時代、うつ病になるということは人間が社会活動をするうえでの通過儀礼のようなものだとおもっています。
社会にマジメに向き合っている人ほど、不条理にもまれ、じぶんのおもっていたようにいかない人生に打ちのめされ、憂鬱に飲まれてしまいます。
この社会で生きるために必死になって、別れた家族に養育費を払いながら、すこしでも豊かな暮らしを手に入れるために、寝る時間を削ってやせっぽちで頑張っておられたWさんを、心霊と関連付けるのは気の毒なことです。
ですがやっぱり、あの不気味な写真と、あのころのWさんの状況を、因縁づけて考えたくなる気持ちもあるにはあるのです。
ギズモさんが精神科医さんとのエピソードをおっしゃってくれたおかげで、ぼくの中にもそういう心のせめぎ合いがあったのだと気づかせていただきました。
この話は、たまたまギズモさんの話から似たような経験、古い思い出がよみがえってきたというだけのことです。
ギズモさんを責めているのではないことは、付け加えておきます。
薬とうつ病の関係について、いろいろな情報を教えていただきありがとうございます。
いわゆる酔い止めにもストレス軽減の効能とうつの副作用があるんですね。
幸い言葉が出にくくなる症状はかなり落ち着きましたが、半夏厚朴湯はちょうどぼくの症状に効きそうな気がします。
そういえば半夏厚朴湯という言葉に記憶のひっかかりを感じたので、調べてみました。
半夏はカラスビシャクというサトイモ科の多年生植物の古い名前なんだそうです。
酔い止めとおなじく吐き気(妊婦のつわり)に効いたり、精神安定の効能があるといいます。
本来食用にならない植物ですが、この根っこを加工して入念にアク抜きすると薬草になるということです。
7月に入ってすぐ、カラスビシャクが芽を出すころを「半夏生」と呼ぶそうで、ああそれで親しみがあったのかと納得がいきました。
というのも、近畿圏では半夏生はけっこう有名で、古くは大阪では半夏生にはタコを食べる習慣があったそうです。
いまどきタコを食べる習慣はほぼ廃れましたが、半夏生餅という季節の和菓子があって、こちらは関西のスーパーや和菓子屋でみかけます。
むかしは麦と米の二期作でしたから、田植えは麦の収穫が終わった後の6月に始めて、11月に刈り取って麦をまくというサイクルでした。
ですから半夏生は田植えが終わって7月の梅雨時期に入り、ホッとひと息ついた時期の、農村におけるささやかなお祭りだったのでしょう。
芝桜のきれいな写真、武甲山の写真をありがとうございます。
人類の文明は道具をつかうところから始まりますが、鉄鉱石鉱山から鉄鉱石を採掘するようになったのが、「山を切り崩してじぶんたちの道具を得る」暮らしのはじまりでしょう。
古墳時代には、島根県(出雲)のあたりで鉄穴流し(かんなながし)といって、山を削ってこの土砂を水に流し、土に含まれる砂鉄を採取するやり方で鉄を採集していました。
農具、武具、民具にと、当時の鉄の需要はすでに全国規模のものでしたが、出雲のたたら製鉄は鉄製品の需要を支える一大産業だったのです。
ちなみにたたら製鉄を行うには、莫大な薪を必要としました。
出雲地方は湿潤な気候に恵まれていたため、山をひとつ丸裸に伐採し、また木の苗を植樹しておけば、20年のサイクルでじゅうぶんな大きさの木に生長したといいます。
この木々が育ちやすい気候がなければ、当時の製鉄における莫大な燃料はまかなえませんでした。
すでに当時から、人間の道具をつくるために一定の環境破壊は行われていたということですね。
有史以来人類は自然環境を利用して文明を強力に推進してきたのですが、石灰山が大きく切り崩されるようになったのはコンクリート需要や農業肥料の需要が急増した近代からですね。
近代になって一気に採掘が進んだという極端な例としては、太平洋のナウル島のリン鉱石採掘が有名です。
この小さな島はもともとサンゴ礁が隆起してできたのですが、そこにアホウドリが集まるようになり、糞が堆積しました。
鳥のフンにはリンが多く含まれていますが、ナウルではアホウドリの糞が長い期間かけて化石化してリン鉱石の島となったのです。
リンの使い道は多く、特に農業肥料の分野では欠かせません。
ナウルでは19世紀後半からリン鉱石の採掘がはじまりました。
1968年にはナウル共和国として独立。一時は世界一裕福な国となりましたが、1990年代にはリン鉱石が枯渇。
独立から数えれば、ほんの四半世紀の栄華でした。
現在では経済が崩壊し、漁業権の販売や観光業の振興に努めているということですが、自給自足もむずかしい島ですから、先行きが明るいとはいえません。
ナウルの資源枯渇問題は、将来の人類全体がたどる問題でもあります。
原油もいずれは枯渇しますし、世界中の山々から鉱石を採掘することだって、いつまでもやっていけるわけではありません。
リサイクルをするにしたって、その機械をつくるのに原油や鉱石などの資源が必要であり、現代文明社会の永続性について、人類は非常に危うい綱渡りをしています。
衣食住足りて人間は理性を保てますが、いざ資源が枯渇すれば、みんなじぶんに利益を引っ張るために戦争でも人殺しでも略奪でも、なんだってやることでしょう。
みんな仲良く、世界人口を計画的に減らしながら、残された資源と文明をうまく利用して永続させていく、なんてお行儀のいいことは、おそらく人類にはできません……いま現在できていないのだから、将来もできるはずがありません。
ギズモさんが武甲山をご覧になって、モーセの十戒の祭壇を想起されたという話は、ぼくとは解釈がちがうとはおもうのですが、ほんとうにそうだと感じました。
モーゼがシナイ山で創造主ヤハウェから授かったという十戒の、最後の戒めは「隣人の家を欲しがってはならない」ですね。
「隣人の家を欲してはならない。隣人の妻、男女の奴隷、牛、ろばなど隣人のものを一切欲してはならない」
この隣人という言い回しを地球規模にまで拡大解釈していくと、われわれは、地球の先輩たちが数十億年かけて残してきた「家」……つまり化石燃料や鉱石資源を、消費しつくすほどに貪って、戒めをないがしろにしています。
山体が変わるほど削られた山が、自然に元の山体に戻ることはありませんし、近い将来(といってもまだしばらくはもつでしょうが)、原油が枯れてしまえば、あらたに何十億年も動植物の死骸が積み重なって石油化しない限り、原油資源が復活することもありません。
モーセはシナイ山で神から石板を授かりました。
が、地上の人々はモーセがなかなか戻ってこないため、待ちきれずにあたらしい神の像(黄金の子牛)をつくってしまいます。
神はそのことを知って激怒しました。
モーセは急いで山を下り、黄金の子牛を焼き払うと、子牛を礼拝していた人々を皆殺しにします。
この黄金の子牛はモーセ(十戒)を待ちきれずに資本主義、拝金主義に走った人間の愚かさになぞらえているというのですが、当時から人間はこのような行き過ぎた貪りを繰り返していたから、戒めが必要だったのでしょう。
ギズモさんの武甲山の写真を拝見しながら、ぼくはついそんなことを考えていました。
ちなみにぼくは、いまの人類の文明では地球環境を破壊することから逃れることはできないとおもっています。
でもいつか科学技術の発展によって、環境破壊から環境再生優位となり、永続性のある人間社会が訪れることを、一縷の希望としています。
当時のぼくよりひと回り上の先輩でした。
Wさんは深夜勤務をこなしたあと、じぶんの独立した仕事として営業と広告制作をしてフライヤーをつくり、ポスティングをこなすというダブルワークをしていたんです。
一日に3時間しか寝る時間がなかったそうですが、月収は50万程度あったといいます。
しかし以前に離婚されていたようで、養育費を振り込んでいたようです。
カラダはガリガリでしたが気力は充溢しており、明朗な人格だったこともあり、そのうち職場で深夜リーダーとなりました。
あるときWさんと、大阪梅田でサシで飲む機会があったのですが、じつはリーダーになったあたりから、会社の人間関係がうまくいかなくなったことでうつ病になっていたことを明かされました。
たしかにリーダーになってからのWさんはメンタルが安定せず、急にイライラしたかとおもうと、元気がなくなってしまったり、ふだんのユーモアも失われがちだとはおもっていました。
じつはぼくはWさんの後を継いでリーダーになったので、50人の制作チームの人事や進捗を管理し、嫌われ者になる心労はわかるつもりです。
やりがいもあるし、給料だってたくさんもらえて、いい立場ではあるんですが、同時に職場に渦巻く不満の捌け口になり、かれらの不満の矢面に立つ仕事でもありました。
もちろん会社全体でみればリーダーは課長補佐より下の役職です。
しかし深夜勤務の中ではリーダー職が事実上のトップになるので、そこより上の役職がいません。
職場の不満をぶつけられる相手はリーダーしかいないので、サンドバッグになるしかありません。
Wさんがうつ病だった時期、職場の仲間でカラオケに行く機会がありました。
で、Wさんが歌っているときにぼくが携帯で撮影した写真なんですが、完全に映っていたんですよね。
薄暗いカラオケボックスの部屋で、歌を歌ってるWさんの横にはっきりと人の顔がある。
むかしの画質のわるい携帯の写メでしたが、それでも後にも先にもあんな完璧な……いわゆる心霊写真は初めてで、同僚たちに見せると悲鳴をあげて「なにこれ!?」といいました。
同時にみんな、さすがに心霊写真のようなものを本気でとりあうわけにもいかず、まさかなあといった雰囲気。
でもはっきり写った顔に、これだという説明ができる人もいませんでした。
当のWさんは根っからそういったことを信じない人でしたから、ネタとして笑った以外に、深刻にとらえるようなことはありませんでした。
この話はこれで終わりです。
いわゆる怖い話にできるような後日談があるわけでもなし、物語的なカタルシスもありません。
結局その方はしばらくして会社をやめて、ぼくが後を引き継ぎましたが、ぼくもその後職場をやめました。
いまWさんもぼちぼち還暦を迎えるころでしょうが、どうされているかは知る由もありません。
個人的にはいまの時代、うつ病になるということは人間が社会活動をするうえでの通過儀礼のようなものだとおもっています。
社会にマジメに向き合っている人ほど、不条理にもまれ、じぶんのおもっていたようにいかない人生に打ちのめされ、憂鬱に飲まれてしまいます。
この社会で生きるために必死になって、別れた家族に養育費を払いながら、すこしでも豊かな暮らしを手に入れるために、寝る時間を削ってやせっぽちで頑張っておられたWさんを、心霊と関連付けるのは気の毒なことです。
ですがやっぱり、あの不気味な写真と、あのころのWさんの状況を、因縁づけて考えたくなる気持ちもあるにはあるのです。
ギズモさんが精神科医さんとのエピソードをおっしゃってくれたおかげで、ぼくの中にもそういう心のせめぎ合いがあったのだと気づかせていただきました。
この話は、たまたまギズモさんの話から似たような経験、古い思い出がよみがえってきたというだけのことです。
ギズモさんを責めているのではないことは、付け加えておきます。
薬とうつ病の関係について、いろいろな情報を教えていただきありがとうございます。
いわゆる酔い止めにもストレス軽減の効能とうつの副作用があるんですね。
幸い言葉が出にくくなる症状はかなり落ち着きましたが、半夏厚朴湯はちょうどぼくの症状に効きそうな気がします。
そういえば半夏厚朴湯という言葉に記憶のひっかかりを感じたので、調べてみました。
半夏はカラスビシャクというサトイモ科の多年生植物の古い名前なんだそうです。
酔い止めとおなじく吐き気(妊婦のつわり)に効いたり、精神安定の効能があるといいます。
本来食用にならない植物ですが、この根っこを加工して入念にアク抜きすると薬草になるということです。
7月に入ってすぐ、カラスビシャクが芽を出すころを「半夏生」と呼ぶそうで、ああそれで親しみがあったのかと納得がいきました。
というのも、近畿圏では半夏生はけっこう有名で、古くは大阪では半夏生にはタコを食べる習慣があったそうです。
いまどきタコを食べる習慣はほぼ廃れましたが、半夏生餅という季節の和菓子があって、こちらは関西のスーパーや和菓子屋でみかけます。
むかしは麦と米の二期作でしたから、田植えは麦の収穫が終わった後の6月に始めて、11月に刈り取って麦をまくというサイクルでした。
ですから半夏生は田植えが終わって7月の梅雨時期に入り、ホッとひと息ついた時期の、農村におけるささやかなお祭りだったのでしょう。
芝桜のきれいな写真、武甲山の写真をありがとうございます。
人類の文明は道具をつかうところから始まりますが、鉄鉱石鉱山から鉄鉱石を採掘するようになったのが、「山を切り崩してじぶんたちの道具を得る」暮らしのはじまりでしょう。
古墳時代には、島根県(出雲)のあたりで鉄穴流し(かんなながし)といって、山を削ってこの土砂を水に流し、土に含まれる砂鉄を採取するやり方で鉄を採集していました。
農具、武具、民具にと、当時の鉄の需要はすでに全国規模のものでしたが、出雲のたたら製鉄は鉄製品の需要を支える一大産業だったのです。
ちなみにたたら製鉄を行うには、莫大な薪を必要としました。
出雲地方は湿潤な気候に恵まれていたため、山をひとつ丸裸に伐採し、また木の苗を植樹しておけば、20年のサイクルでじゅうぶんな大きさの木に生長したといいます。
この木々が育ちやすい気候がなければ、当時の製鉄における莫大な燃料はまかなえませんでした。
すでに当時から、人間の道具をつくるために一定の環境破壊は行われていたということですね。
有史以来人類は自然環境を利用して文明を強力に推進してきたのですが、石灰山が大きく切り崩されるようになったのはコンクリート需要や農業肥料の需要が急増した近代からですね。
近代になって一気に採掘が進んだという極端な例としては、太平洋のナウル島のリン鉱石採掘が有名です。
この小さな島はもともとサンゴ礁が隆起してできたのですが、そこにアホウドリが集まるようになり、糞が堆積しました。
鳥のフンにはリンが多く含まれていますが、ナウルではアホウドリの糞が長い期間かけて化石化してリン鉱石の島となったのです。
リンの使い道は多く、特に農業肥料の分野では欠かせません。
ナウルでは19世紀後半からリン鉱石の採掘がはじまりました。
1968年にはナウル共和国として独立。一時は世界一裕福な国となりましたが、1990年代にはリン鉱石が枯渇。
独立から数えれば、ほんの四半世紀の栄華でした。
現在では経済が崩壊し、漁業権の販売や観光業の振興に努めているということですが、自給自足もむずかしい島ですから、先行きが明るいとはいえません。
ナウルの資源枯渇問題は、将来の人類全体がたどる問題でもあります。
原油もいずれは枯渇しますし、世界中の山々から鉱石を採掘することだって、いつまでもやっていけるわけではありません。
リサイクルをするにしたって、その機械をつくるのに原油や鉱石などの資源が必要であり、現代文明社会の永続性について、人類は非常に危うい綱渡りをしています。
衣食住足りて人間は理性を保てますが、いざ資源が枯渇すれば、みんなじぶんに利益を引っ張るために戦争でも人殺しでも略奪でも、なんだってやることでしょう。
みんな仲良く、世界人口を計画的に減らしながら、残された資源と文明をうまく利用して永続させていく、なんてお行儀のいいことは、おそらく人類にはできません……いま現在できていないのだから、将来もできるはずがありません。
ギズモさんが武甲山をご覧になって、モーセの十戒の祭壇を想起されたという話は、ぼくとは解釈がちがうとはおもうのですが、ほんとうにそうだと感じました。
モーゼがシナイ山で創造主ヤハウェから授かったという十戒の、最後の戒めは「隣人の家を欲しがってはならない」ですね。
「隣人の家を欲してはならない。隣人の妻、男女の奴隷、牛、ろばなど隣人のものを一切欲してはならない」
この隣人という言い回しを地球規模にまで拡大解釈していくと、われわれは、地球の先輩たちが数十億年かけて残してきた「家」……つまり化石燃料や鉱石資源を、消費しつくすほどに貪って、戒めをないがしろにしています。
山体が変わるほど削られた山が、自然に元の山体に戻ることはありませんし、近い将来(といってもまだしばらくはもつでしょうが)、原油が枯れてしまえば、あらたに何十億年も動植物の死骸が積み重なって石油化しない限り、原油資源が復活することもありません。
モーセはシナイ山で神から石板を授かりました。
が、地上の人々はモーセがなかなか戻ってこないため、待ちきれずにあたらしい神の像(黄金の子牛)をつくってしまいます。
神はそのことを知って激怒しました。
モーセは急いで山を下り、黄金の子牛を焼き払うと、子牛を礼拝していた人々を皆殺しにします。
この黄金の子牛はモーセ(十戒)を待ちきれずに資本主義、拝金主義に走った人間の愚かさになぞらえているというのですが、当時から人間はこのような行き過ぎた貪りを繰り返していたから、戒めが必要だったのでしょう。
ギズモさんの武甲山の写真を拝見しながら、ぼくはついそんなことを考えていました。
ちなみにぼくは、いまの人類の文明では地球環境を破壊することから逃れることはできないとおもっています。
でもいつか科学技術の発展によって、環境破壊から環境再生優位となり、永続性のある人間社会が訪れることを、一縷の希望としています。
2024年11月 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する
ネットでたまたま見つけすご~~く納得したので、お返事に関係ありませんし、ご存じとはと思いますが書いておきます。
日本人は均一性を欲する。大多数がやっていることが神聖であり、同時に脅迫である。
―――司馬遼太郎
「虐待は反動の連鎖を生む」というお話、これは、嫁姑の関係でもありますね。
いい年をし、多くの経験を積んだ姑が、自分が過去にされたことをまた嫁にしてしまうというのは、嫁をいじめることで、満足感、征服感のようなものが生じるのかもしれません。
頭ではいけないとわかっているケースも多いと思いますが、それでも虐待してしまうこともあるでしょう。
いじめられたお嫁さんが、じぶんに与えられた抑圧を誰に与えてバランスをとるのかというと、子どもだったり、ママ友だったり、そういう連鎖もありますね。
ただ、嫁姑の場合、最近の若い女性はどんどん強くなってきているので、嫁いじめは昔より減ってきたかもしれません。
氷川神社のお話、非常に詳しく教えていただき、ありがとうございます。驚きました(いつもですが)。
ちょっとは調べたつもりでしたが、知らないことばかりでした。
農園主さんが書いてくださったことは、神社の神職さんたちもご存じでないかもしれない、と思います。
氷川神社でも茅の輪くぐりを行っているところといないところがあるのですが、農園主さんのお話から、そういう違いについても理解できました。
スサノオをまつっていない他の系列の神社でやっているところもよく見るのですが、現代では、行事としてより収益につながるイベントとして行っているところも多いですね。
東京都板橋区の東新町氷川神社は、祭神はスサノオですが、境内社として御龍社があり、素敵な切り絵御朱印(書き足し「龍の切り絵」)が辰の日にいただけます。
御龍社の祭神は、弥都波能売神( みつはのめのかみ)闇淤加美神 (くらおかみのかみ)の二柱です。
弥都波能売神は「水を司る神様」、闇淤加美神は「谷間を流れる水を司る神様」で、山を流れる水を司る高淤加美神(たかおかみのかみ)と、対の神であるとも同一の存在であるとも言われているそうですね。
農園主さんが、氷川大神が水神だとおもうとおっしゃったので、この氷川神社の御龍社のことを思い出しました。
信仰をつないできた人々のおもい、ということ、よくわかります。
以前読んだ話ですが、来てくれる人が多く、よくお掃除がされている神社の神様は、神格が上がる(神として進歩する)んだそうです。
誰も来ないし、手入れもされない神社は神様が離れていき、よくないものが棲みつくことになると。
人が神様に感謝することで神様を育て、神様も気持ちよく人を守ってくれる、相互関係が大事なのかもしれません。
農園主さんのお話をしっかりと頭に入れ、今後氷川神社にお参りしたいと思います。
話は変わりますが、この夏に娘婿の父親が亡くなった時、不思議な現象、お風呂のお湯が止まらなくなったり、お風呂のリモコンがつかなくなったり、ということを書きました。
あれ以来支障なく使用できていたのですが、数日前にエラーコードが出るようになり、追い炊きをすると白いポヨポヨしたものが出てきたりするようになったので、管理事務所に連絡をしました。
すぐに点検に来てくれましたが、以前の居住者の時に新しくしたままで、20年ほど経っているとのこと。
部品を交換して様子を見ても、すぐに故障する可能性が高いので、風呂釜と浴槽を新しいものと交換してくれることとなりました(*^。^*)
交換に来てくれるまで(11月末)、追い炊きと自動運転をしなければ、普通にカランからお湯を溜められるしシャワーは使えるそうですので、一安心でした。
つまり、霊現象ではなかったわけですね(笑)
ネットが使えなくなった(モデムとルーターの故障)のは雷が原因、パソコンが動かなくなったのはWindows8,1だったからという、現実的なことと解釈した方がよさそうですね。
時期的に重なると、霊現象や不思議な出来事として片づけてしまいがちですが、気をつけます(笑)
一気に寒くなり、慌てて衣類の入れ替え、冬用の布団の用意をしました←疲れました(笑)(書き足し)前回すでに書いてました(;^_^A
朝晩の気温差も大きいので、お風呂でよく温まって冷えないようになさってくださいね。
日本人は均一性を欲する。大多数がやっていることが神聖であり、同時に脅迫である。
―――司馬遼太郎
「虐待は反動の連鎖を生む」というお話、これは、嫁姑の関係でもありますね。
いい年をし、多くの経験を積んだ姑が、自分が過去にされたことをまた嫁にしてしまうというのは、嫁をいじめることで、満足感、征服感のようなものが生じるのかもしれません。
頭ではいけないとわかっているケースも多いと思いますが、それでも虐待してしまうこともあるでしょう。
いじめられたお嫁さんが、じぶんに与えられた抑圧を誰に与えてバランスをとるのかというと、子どもだったり、ママ友だったり、そういう連鎖もありますね。
ただ、嫁姑の場合、最近の若い女性はどんどん強くなってきているので、嫁いじめは昔より減ってきたかもしれません。
氷川神社のお話、非常に詳しく教えていただき、ありがとうございます。驚きました(いつもですが)。
ちょっとは調べたつもりでしたが、知らないことばかりでした。
農園主さんが書いてくださったことは、神社の神職さんたちもご存じでないかもしれない、と思います。
氷川神社でも茅の輪くぐりを行っているところといないところがあるのですが、農園主さんのお話から、そういう違いについても理解できました。
スサノオをまつっていない他の系列の神社でやっているところもよく見るのですが、現代では、行事としてより収益につながるイベントとして行っているところも多いですね。
東京都板橋区の東新町氷川神社は、祭神はスサノオですが、境内社として御龍社があり、素敵な切り絵御朱印(書き足し「龍の切り絵」)が辰の日にいただけます。
御龍社の祭神は、弥都波能売神( みつはのめのかみ)闇淤加美神 (くらおかみのかみ)の二柱です。
弥都波能売神は「水を司る神様」、闇淤加美神は「谷間を流れる水を司る神様」で、山を流れる水を司る高淤加美神(たかおかみのかみ)と、対の神であるとも同一の存在であるとも言われているそうですね。
農園主さんが、氷川大神が水神だとおもうとおっしゃったので、この氷川神社の御龍社のことを思い出しました。
信仰をつないできた人々のおもい、ということ、よくわかります。
以前読んだ話ですが、来てくれる人が多く、よくお掃除がされている神社の神様は、神格が上がる(神として進歩する)んだそうです。
誰も来ないし、手入れもされない神社は神様が離れていき、よくないものが棲みつくことになると。
人が神様に感謝することで神様を育て、神様も気持ちよく人を守ってくれる、相互関係が大事なのかもしれません。
農園主さんのお話をしっかりと頭に入れ、今後氷川神社にお参りしたいと思います。
話は変わりますが、この夏に娘婿の父親が亡くなった時、不思議な現象、お風呂のお湯が止まらなくなったり、お風呂のリモコンがつかなくなったり、ということを書きました。
あれ以来支障なく使用できていたのですが、数日前にエラーコードが出るようになり、追い炊きをすると白いポヨポヨしたものが出てきたりするようになったので、管理事務所に連絡をしました。
すぐに点検に来てくれましたが、以前の居住者の時に新しくしたままで、20年ほど経っているとのこと。
部品を交換して様子を見ても、すぐに故障する可能性が高いので、風呂釜と浴槽を新しいものと交換してくれることとなりました(*^。^*)
交換に来てくれるまで(11月末)、追い炊きと自動運転をしなければ、普通にカランからお湯を溜められるしシャワーは使えるそうですので、一安心でした。
つまり、霊現象ではなかったわけですね(笑)
ネットが使えなくなった(モデムとルーターの故障)のは雷が原因、パソコンが動かなくなったのはWindows8,1だったからという、現実的なことと解釈した方がよさそうですね。
時期的に重なると、霊現象や不思議な出来事として片づけてしまいがちですが、気をつけます(笑)
一気に寒くなり、慌てて衣類の入れ替え、冬用の布団の用意をしました←疲れました(笑)(書き足し)前回すでに書いてました(;^_^A
朝晩の気温差も大きいので、お風呂でよく温まって冷えないようになさってくださいね。
2024年7月 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する
ここ数日、スマホのスピーカーが故障したことで、買い替えをしていました。
きのう届いて、まるまる一日かけて設定をしました。アプリの移動などいろいろラクにはなったとおもうんですが、ひとつひとつのアプリを以前とおなじ使い勝手にしようとおもうと手間がかかりますね。
それと、先日非常に暑い日がありました。
35度以上の猛暑で、さすがに農作業をするのもたいへんなんですが、いただいたネッククーラーを利用させていただきました。
生地の素材がやわらかく、冷却素材の幅が広いので、着け心地もよく、首の後ろ全体を冷却してくれて、たいへん助かりました。
これから夏に重宝します。ありがとうございました。
かぐや姫については、以前にもお話ししたとおもうんですが、もともとは神仏習合ですよね。
かぐや姫を迎えにきた存在が不老不死の薬を人間に与えるところから、ぼくはあれは薬師如来がモデルなのではないかといいました。
かぐや姫は本地垂迹(仏教の仏が渡来するまでの間、日本神話の神の姿を借りてあらわれたという伝説)にもとづいているのだとおもいます。
つまり、大陸からきた神仏が、日本の神々よりも優位だった時代の話ですね。
というのも、竹取物語におけるかぐや姫は異界の神仏の一族で、その一族の力には帝(神道)でもかなわない、という話でしょう。
もしこれが明治から終戦までのように、天皇を一神教のように崇める国家神道だったら、帝(天皇)が負けてしまう物語がつくられるはずはありません。
竹取物語の当時の日本では、大陸からやってきた仏教が隆盛を極めていて、神道の威光・信仰が薄れていました。
そこで、神道は仏教に取り込まれるカタチで生き残りをかけたんですよね。
それが神仏習合です。
大陸から渡来した文化は、それだけ当時は強大だととらえられていました。
だから、異界の一族に天皇も手出しできないという物語も、抵抗なく受け入れられたのでしょう。
前回は神話からアプローチしてかぐや姫を考えましたが、日本神話とかぐや姫を結び付けるのは近世以降のムーブメントであって、それ以前のかぐや姫は、神と仏の融合した「神仏」だったのだとおもいます。
富士山かぐや姫ミュージアムのお話は、竹取物語とはべつのカタチで、非常に仏教色の強いかぐや姫の物語ですよね。
近世以前にさかのぼると、かぐや姫の物語も「仏教説話」のような形で各地に伝わっていたのかもしれませんね。
日本神話がほんとうにあったかどうかというお話ですが、細かいディテールまで実際にあったと考えるよりは、大雑把にそういったことがあった、と考えるのが通例のようです。
たとえば登場人物はひとりではなく、集団をあらわすケースが多いですね。
ニニギノミコトの息子である山幸彦・海幸彦は、それぞれその当時九州で影響力を持っていた天孫族と隼人族をあらわすとされています。
神話では山幸彦・海幸彦という人物がいた、というのですが、実際は集団同士の争いがあったということを、縮図のように神の物語としたのでしょう。
鬼(あるいは元をたどれば「わに」か)が、大陸からの異人をさしていたというのも、そうですね。
〇〇という鬼がいたという伝説になってはいますが、鬼そのものが「国家の安寧をおびやかす異人の一群」という属性をあらわしているわけです。
日本の鬼の多くは、日本海側(あるいは日本海側に近い内陸)、そして瀬戸内海に近い場所にその伝承が多いです。
太平洋側ではあまり鬼の伝説を聞きませんが、それはやはり、鬼が大陸からわたってくるときのルートにかかわりがあるんですよね。
やはり日本海側からやってくるか、九州の福岡あたりを経由して、瀬戸内海の海を渡ってくるというルートになるわけで、実際日本の多くの鬼の分布もそうなっています。
そして大陸からわたってきた連中が朝廷の国家安寧をおびやかす存在になったときには、国家の威信をかけて討伐した。
それが神話や民間伝承において、かれらを「鬼」という悪のアイコンに仕立てたんですね。
ところでそのように、神話の登場人物をひとりの人間として考えない、というやり方でみていくと、アマテラスの伝説と卑弥呼の魏志倭人伝の伝説にもつながりが感じられます。
アマテラスが天岩戸に隠れると、世の中が真っ暗闇になり、おかしな神々がはびこるようになった。
そこで多くの神々がなんとかしてアマテラスを引っ張り出したという、アレです。
魏志倭人伝では、卑弥呼は邪馬台国(これはやはりヤマト国につながることでしょう)をおさめていて、彼女が死ぬと男の王が立ちます。
しかしその男の王を不服として国が乱れたといいます。
そこで卑弥呼の血縁にあったまだ13歳の壱与(台与)をあらためて女王としたところ、国の乱れがおさまったというのです。
つまり、アマテラスをひとりの人物と考えるのではなく、卑弥呼と壱与の「女王の時代」として考えるわけです。
天岩戸にかくれたというのは、卑弥呼が亡くなったこと。
その後天岩戸からまたあらわれたというのは、壱与が改めて女王となったということをあらわしている、と考えるとどうでしょう。
魏志倭人伝においては「卑弥呼には弟がいた」という記述がありますが、それが果たしてスサノオなのかどうかはわかりません。
卑弥呼の後に立った男王と、卑弥呼の弟のつながりについても魏志倭人伝にはなにも書かれていません。
しかしこの血縁についても、実際のきょうだいであるというよりは、国という単位でみて最終的に朝廷という形に集約されていくまでの、各地の王族などの集団を、あたかも血縁のように描いていると考えるほうが自然だとおもいます。
もちろんこれらの話は仮説のひとつなわけですが、日本神話の場合、やはり集団の権力争いや国同士の物語が下地になっている、と考えると、実際の出来事と接点が得られることも多いんですよね。
きのう届いて、まるまる一日かけて設定をしました。アプリの移動などいろいろラクにはなったとおもうんですが、ひとつひとつのアプリを以前とおなじ使い勝手にしようとおもうと手間がかかりますね。
それと、先日非常に暑い日がありました。
35度以上の猛暑で、さすがに農作業をするのもたいへんなんですが、いただいたネッククーラーを利用させていただきました。
生地の素材がやわらかく、冷却素材の幅が広いので、着け心地もよく、首の後ろ全体を冷却してくれて、たいへん助かりました。
これから夏に重宝します。ありがとうございました。
かぐや姫については、以前にもお話ししたとおもうんですが、もともとは神仏習合ですよね。
かぐや姫を迎えにきた存在が不老不死の薬を人間に与えるところから、ぼくはあれは薬師如来がモデルなのではないかといいました。
かぐや姫は本地垂迹(仏教の仏が渡来するまでの間、日本神話の神の姿を借りてあらわれたという伝説)にもとづいているのだとおもいます。
つまり、大陸からきた神仏が、日本の神々よりも優位だった時代の話ですね。
というのも、竹取物語におけるかぐや姫は異界の神仏の一族で、その一族の力には帝(神道)でもかなわない、という話でしょう。
もしこれが明治から終戦までのように、天皇を一神教のように崇める国家神道だったら、帝(天皇)が負けてしまう物語がつくられるはずはありません。
竹取物語の当時の日本では、大陸からやってきた仏教が隆盛を極めていて、神道の威光・信仰が薄れていました。
そこで、神道は仏教に取り込まれるカタチで生き残りをかけたんですよね。
それが神仏習合です。
大陸から渡来した文化は、それだけ当時は強大だととらえられていました。
だから、異界の一族に天皇も手出しできないという物語も、抵抗なく受け入れられたのでしょう。
前回は神話からアプローチしてかぐや姫を考えましたが、日本神話とかぐや姫を結び付けるのは近世以降のムーブメントであって、それ以前のかぐや姫は、神と仏の融合した「神仏」だったのだとおもいます。
富士山かぐや姫ミュージアムのお話は、竹取物語とはべつのカタチで、非常に仏教色の強いかぐや姫の物語ですよね。
近世以前にさかのぼると、かぐや姫の物語も「仏教説話」のような形で各地に伝わっていたのかもしれませんね。
日本神話がほんとうにあったかどうかというお話ですが、細かいディテールまで実際にあったと考えるよりは、大雑把にそういったことがあった、と考えるのが通例のようです。
たとえば登場人物はひとりではなく、集団をあらわすケースが多いですね。
ニニギノミコトの息子である山幸彦・海幸彦は、それぞれその当時九州で影響力を持っていた天孫族と隼人族をあらわすとされています。
神話では山幸彦・海幸彦という人物がいた、というのですが、実際は集団同士の争いがあったということを、縮図のように神の物語としたのでしょう。
鬼(あるいは元をたどれば「わに」か)が、大陸からの異人をさしていたというのも、そうですね。
〇〇という鬼がいたという伝説になってはいますが、鬼そのものが「国家の安寧をおびやかす異人の一群」という属性をあらわしているわけです。
日本の鬼の多くは、日本海側(あるいは日本海側に近い内陸)、そして瀬戸内海に近い場所にその伝承が多いです。
太平洋側ではあまり鬼の伝説を聞きませんが、それはやはり、鬼が大陸からわたってくるときのルートにかかわりがあるんですよね。
やはり日本海側からやってくるか、九州の福岡あたりを経由して、瀬戸内海の海を渡ってくるというルートになるわけで、実際日本の多くの鬼の分布もそうなっています。
そして大陸からわたってきた連中が朝廷の国家安寧をおびやかす存在になったときには、国家の威信をかけて討伐した。
それが神話や民間伝承において、かれらを「鬼」という悪のアイコンに仕立てたんですね。
ところでそのように、神話の登場人物をひとりの人間として考えない、というやり方でみていくと、アマテラスの伝説と卑弥呼の魏志倭人伝の伝説にもつながりが感じられます。
アマテラスが天岩戸に隠れると、世の中が真っ暗闇になり、おかしな神々がはびこるようになった。
そこで多くの神々がなんとかしてアマテラスを引っ張り出したという、アレです。
魏志倭人伝では、卑弥呼は邪馬台国(これはやはりヤマト国につながることでしょう)をおさめていて、彼女が死ぬと男の王が立ちます。
しかしその男の王を不服として国が乱れたといいます。
そこで卑弥呼の血縁にあったまだ13歳の壱与(台与)をあらためて女王としたところ、国の乱れがおさまったというのです。
つまり、アマテラスをひとりの人物と考えるのではなく、卑弥呼と壱与の「女王の時代」として考えるわけです。
天岩戸にかくれたというのは、卑弥呼が亡くなったこと。
その後天岩戸からまたあらわれたというのは、壱与が改めて女王となったということをあらわしている、と考えるとどうでしょう。
魏志倭人伝においては「卑弥呼には弟がいた」という記述がありますが、それが果たしてスサノオなのかどうかはわかりません。
卑弥呼の後に立った男王と、卑弥呼の弟のつながりについても魏志倭人伝にはなにも書かれていません。
しかしこの血縁についても、実際のきょうだいであるというよりは、国という単位でみて最終的に朝廷という形に集約されていくまでの、各地の王族などの集団を、あたかも血縁のように描いていると考えるほうが自然だとおもいます。
もちろんこれらの話は仮説のひとつなわけですが、日本神話の場合、やはり集団の権力争いや国同士の物語が下地になっている、と考えると、実際の出来事と接点が得られることも多いんですよね。
2024年4月 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する
会計というのは、さぞかしお骨折りのこととお察しします。
私が講座を行っている高齢者施設では、副館長は2名で、それぞれ講座担当と会計担当に分かれます(各館一律ではありません)。
会計担当になったら辞退する、という人がいるくらいですから、その煩雑さはすごいと思われます。
最近、入居者を粗雑に扱ったり暴力をふるったりといった事件が多いですね。
施設側はいいことしか言わないので、実際に手あつい世話をしてもらっていたかどうかはわかりません。
お母さまは、本当にきめ細やかにお世話をなさっていたんですね。
日常的にできることばかりではないと思いますが、ご家庭と両立させて、心身共に尽くしていらしたことに頭が下がります。
親を介護するとなると、子どもには、金銭的にも身体的にも精神面にも負担をかけることになりますが、子どもの生活が破たんしないよう、ピンピンコロリが理想だと思うようになりました。
外周は200kmですか!!
昨日、80代の知人とたまたま修学旅行の話をしていたのですが、その人の時は、中学で京都・奈良、高校は房総半島1周だったそうです。
よく覚えていないけれど、文化・歴史を勉強する旅だったような気がする、と言っていました。
最近は、中学でも私立なら海外への修学旅行が一般的になり、親の負担は大変なものです。
今日は、母の除籍謄本、改正製原戸籍などを区役所に取りに行きましたが、生まれた時まで遡って取るため、2時間も待ちました。
しばらくは相続関係での事務的なことも多々あり、新年度のために仕事もまだ日程が定まらないので、何かと慌ただしく落ちつかない日が続きます。
無理をしないよう、適度に手を抜いて休み休みやることにします。
農園主さんも、あまり根を詰めないように。
お仕事も自治会も、ここも、くれぐれもご無理のないようになさってください( ^^) _U~~
私が講座を行っている高齢者施設では、副館長は2名で、それぞれ講座担当と会計担当に分かれます(各館一律ではありません)。
会計担当になったら辞退する、という人がいるくらいですから、その煩雑さはすごいと思われます。
最近、入居者を粗雑に扱ったり暴力をふるったりといった事件が多いですね。
施設側はいいことしか言わないので、実際に手あつい世話をしてもらっていたかどうかはわかりません。
お母さまは、本当にきめ細やかにお世話をなさっていたんですね。
日常的にできることばかりではないと思いますが、ご家庭と両立させて、心身共に尽くしていらしたことに頭が下がります。
親を介護するとなると、子どもには、金銭的にも身体的にも精神面にも負担をかけることになりますが、子どもの生活が破たんしないよう、ピンピンコロリが理想だと思うようになりました。
外周は200kmですか!!
昨日、80代の知人とたまたま修学旅行の話をしていたのですが、その人の時は、中学で京都・奈良、高校は房総半島1周だったそうです。
よく覚えていないけれど、文化・歴史を勉強する旅だったような気がする、と言っていました。
最近は、中学でも私立なら海外への修学旅行が一般的になり、親の負担は大変なものです。
今日は、母の除籍謄本、改
しばらくは相続関係での事務的なことも多々あり、新年度のために仕事もまだ日程が定まらないので、何かと慌ただしく落ちつかない日が続きます。
無理をしないよう、
農園主さんも、あまり根を詰めないように。
お仕事も自治会も、ここも、くれぐれもご無理のないようになさってください( ^^) _U~~
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有料老人ホームだからでしょうか、入所者の身の回りのお世話を施設で管理してもらえたのは、ありがたいことですね。
いまの社会が求める人間らしい暮らしの水準は高すぎて、家庭で細やかな介護をするのはほとんど不可能に近いです。
うちの祖母はふたりとも特養に入所しましたが、それでも家族はかなり細かくサポートが求められて、預けっぱなしとはとてもいかない日々でした。
むしろ老人ホームに預けたことによってケアが手厚くなるものだから、家庭だと「これくらいはもう堪忍してもらおう」というところがそういうわけにもいかず、むしろ気が抜けない日々になったようにおもえたものです。
母が甲斐甲斐しく世話をしてくれたからよかったものの、日常生活が圧迫されるという点で、なかなかどこのご家庭でもできることではないだろう、というのがぼくの正直な感想です。
またうちの場合、祖母にとっても家族にとっても、突っ込んだ介助に関しては、身内ではなく他人にしてもらいたいという感情もあったようにおもえます。
冷凍の野菜は、そのまま一気に加熱するのがセオリーだというのは、恥ずかしながら今回のサトイモで知りました(笑)
市販の冷凍野菜もそうなんですね。
となると、ジャガイモなんかもうちで収穫したのをあらかじめ細切りにしたり、薄切りにしておいてフリーザーバッグで冷凍保存しておけば、冷食のフライドポテトみたいに調理したり、好きなときにポテトチップスがつくれるかもな、などと考えています。
東野圭吾の作品は読んだことがありませんが、最近は現代小説を聞くターンになっているので、『さまよう刃』もいつか触れてみようとおもいます。
積読になる可能性も大ですが(笑)
千葉県、10年ほど前に一度、下道で東北まで行った帰りに、千葉市を「通った」ことがあります。
ひと晩道の駅で車中泊し、スーパー銭湯で汗を流したのですが、完全に都市部でした。
房総半島の西側は東京湾の江戸前の海の幸、東側は太平洋の海の幸に恵まれているようにおもえるのですが、そういえばあまり海産物のイメージがないですね。
でも千葉市中心部から半島の南端まで、直線でおよそ80km、外周をぐるりと回れば200km近くもあるのをみて、これは深掘りすればいろいろ文化や歴史面で楽しい発見がありそうだな、とおもいました。
はしかのワクチンは打ってないんですが、子供のころにかかったかどうか、はっきり覚えてないんですよね。
東京のように人口密集地だと、感染症に対する不安はより大きいものとおもいます。
もちろんぼくが田舎だから安全というわけではないですし、大阪に帰省するときはいつも風邪をもらいそうになったり、実際もらったりしますから、気を付けるようにします。
ありがとうございます。
わたくしごとですが、以前、自治会の副会長をすることになったと言いました。
副会長といっても実質的に会計なんです。
自治会のお金の動きを1年間みて、年度末には決算書をつくって承認してもらいます。
ここしばらくは自治会の通帳と帳簿を照らし合わせて、一年の仕事の流れを調べることに追われています。
小さな自治会ではありますが、手続き部分がかなり煩雑で、生活と両立するのがタイヘンです。
そんなこんなで、言い訳がましいのですが、いままで以上に返信が遅れがちになることをお詫びしたうえで、ご理解いただきますようお願いします。
有料老人ホームだからでしょうか、入所者の身の回りのお世話を施設で管理してもらえたのは、ありがたいことですね。
いまの社会が求める人間らしい暮らしの水準は高すぎて、家庭で細やかな介護をするのはほとんど不可能に近いです。
うちの祖母はふたりとも特養に入所しましたが、それでも家族はかなり細かくサポートが求められて、預けっぱなしとはとてもいかない日々でした。
むしろ老人ホームに預けたことによってケアが手厚くなるものだから、家庭だと「これくらいはもう堪忍してもらおう」というところがそういうわけにもいかず、むしろ気が抜けない日々になったようにおもえたものです。
母が甲斐甲斐しく世話をしてくれたからよかったものの、日常生活が圧迫されるという点で、なかなかどこのご家庭でもできることではないだろう、というのがぼくの正直な感想です。
またうちの場合、祖母にとっても家族にとっても、突っ込んだ介助に関しては、身内ではなく他人にしてもらいたいという感情もあったようにおもえます。
冷凍の野菜は、そのまま一気に加熱するのがセオリーだというのは、恥ずかしながら今回のサトイモで知りました(笑)
市販の冷凍野菜もそうなんですね。
となると、ジャガイモなんかもうちで収穫したのをあらかじめ細切りにしたり、薄切りにしておいてフリーザーバッグで冷凍保存しておけば、冷食のフライドポテトみたいに調理したり、好きなときにポテトチップスがつくれるかもな、などと考えています。
東野圭吾の作品は読んだことがありませんが、最近は現代小説を聞くターンになっているので、『さまよう刃』もいつか触れてみようとおもいます。
積読になる可能性も大ですが(笑)
千葉県、10年ほど前に一度、下道で東北まで行った帰りに、千葉市を「通った」ことがあります。
ひと晩道の駅で車中泊し、スーパー銭湯で汗を流したのですが、完全に都市部でした。
房総半島の西側は東京湾の江戸前の海の幸、東側は太平洋の海の幸に恵まれているようにおもえるのですが、そういえばあまり海産物のイメージがないですね。
でも千葉市中心部から半島の南端まで、直線でおよそ80km、外周をぐるりと回れば200km近くもあるのをみて、これは深掘りすればいろいろ文化や歴史面で楽しい発見がありそうだな、とおもいました。
はしかのワクチンは打ってないんですが、子供のころにかかったかどうか、はっきり覚えてないんですよね。
東京のように人口密集地だと、感染症に対する不安はより大きいものとおもいます。
もちろんぼくが田舎だから安全というわけではないですし、大阪に帰省するときはいつも風邪をもらいそうになったり、実際もらったりしますから、気を付けるようにします。
ありがとうございます。
わたくしごとですが、以前、自治会の副会長をすることになったと言いました。
副会長といっても実質的に会計なんです。
自治会のお金の動きを1年間みて、年度末には決算書をつくって承認してもらいます。
ここしばらくは自治会の通帳と帳簿を照らし合わせて、一年の仕事の流れを調べることに追われています。
小さな自治会ではありますが、手続き部分がかなり煩雑で、生活と両立するのがタイヘンです。
そんなこんなで、言い訳がましいのですが、いままで以上に返信が遅れがちになることをお詫びしたうえで、ご理解いただきますようお願いします。
2024年3月 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する
帝釈天の南天のこと、知りませんでした。
今度行く機会があれば見てきたいと思います。
「鎌倉文士に浦和画家」というのも初耳でした。
浦和がそんな街だったことも知りませんでした。
最近の浦和は、ずいぶん近代的でおしゃれな街になりましたが、以前は浦和大根で有名な田舎でした。
干支の守り本尊ですが、高島易断の毎年の暦は、宗教に関係なくどこの家にもあったように思います。
引越しや婚礼などの吉日や黒日、大安とか仏滅をみるために、置いてあったのかもしれませんね。
巻末に、干支ごとの守り本尊のページがあるので(ペラペラの安い暦にはなかったかも)、親から聞いたか、自分で見たか、ということではないかと思います。
私もそれで知っていました。
そろそろ農閑期も終わりでしょうか?
タネもいろいろな種類があって、ネーミングも工夫がありますね。
ずらっと並ぶタネの袋、壮観です。
こちらでは、来週月曜日が桜の開花予想となっていますが、入学式の頃には影も形もない、ということになりそうです。
数日前、突然タブレット(NECの10,1インチのアンドロイド)の充電ができなくなりました。
ちょうど3年経つので、バッテリーの交換時期にきているのですが、バッテリーの問題ではないことも視野に入れないといけなくて、預ける時は、最初に1万円のなんとか金?を取られるそうです。
それは戻ってこないのと、もしバッテリー交換だったら、さらにバッテリー料金を取られます。
1ヶ月預けてそれでは損が大きいので、いろいろ考えて、新しく買うことにしました。
昔、オーディオでけっこう知名度があった、aiwaのものがあり、どうせまた3年ほどで買い替えるなら安い方がいいと思い買ったのですが、早速その日、充電はできない、電源ボタンが作動しないという不具合が起き、翌日持って行って返品しました。
交換しますと言われましたが、また不具合が起きたらという不信感もあり、結局またNECにしました。
NECといっても、今は中身はレノボなのですが、レノボより安かったです。
他の海外製品で多少安いのもあったのですが、メモリが3GB、ストレージが32GBだったりと、ほんの数千円のところでケチって後悔しそうで・・。
そして、ジャジャ~~ン!!(笑)
今回は、じっくり考えて、8インチにしました。
ご存じのとおり、携帯がガラホなので、外の買い物でアプリを使えないんです。
使う時は、10,1インチのアンドロイドを持っていっていたので、やっぱり相当不便でした。
レジでタブレットを出すと、一瞬びっくりされますし(笑)
昨日買ってきて、アプリを入れまくりました(笑)
これで、コンビニでもスーパーでも、いくらかでもポイントがたまりますし、クーポンも使えます。
ようやく、人並みな??生活手段を得ることができて、明日使うのが楽しみです(*^^)v
ガラホと8インチタブレットの両方を持って行くなら、スマホにした方が早いに決まっていますが、やはり画面のスクロールで酔います(*_*)
今度行く機会があれば見てきたいと思います。
「鎌倉文士に浦和画家」というのも初耳でした。
浦和がそんな街だったことも知りませんでした。
最近の浦和は、ずいぶん近代的でおしゃれな街になりましたが、以前は浦和大根で有名な田舎でした。
干支の守り本尊ですが、高島易断の毎年の暦は、宗教に関係なくどこの家にもあったように思います。
引越しや婚礼などの吉日や黒日、大安とか仏滅をみるために、置いてあったのかもしれませんね。
巻末に、干支ごとの守り本尊のページがあるので(ペラペラの安い暦にはなかったかも)、親から聞いたか、自分で見たか、ということではないかと思います。
私もそれで知っていました。
そろそろ農閑期も終わりでしょうか?
タネもいろいろな種類があって、ネーミングも工夫がありますね。
ずらっと並ぶタネの袋、壮観です。
こちらでは、来週月曜日が桜の開花予想となっていますが、入学式の頃には影も形もない、ということになりそうです。
数日前、突然タブレット(NECの10,1インチのアンドロイド)の充電ができなくなりました。
ちょうど3年経つので、バッテリーの交換時期にきているのですが、バッテリーの問題ではないことも視野に入れないといけなくて、預ける時は、最初に1万円のなんとか金?を取られるそうです。
それは戻ってこないのと、もしバッテリー交換だったら、さらにバッテリー料金を取られます。
1ヶ月預けてそれでは損が大きいので、いろいろ考えて、新しく買うことにしました。
昔、オーディオでけっこう知名度があった、aiwaのものがあり、どうせまた3年ほどで買い替えるなら安い方がいいと思い買ったのですが、早速その日、充電はできない、電源ボタンが作動しないという不具合が起き、翌日持って行って返品しました。
交換しますと言われましたが、また不具合が起きたらという不信感もあり、結局またNECにしました。
NECといっても、今は中身はレノボなのですが、レノボより安かったです。
他の海外製品で多少安いのもあったのですが、メモリが3GB、ストレージが32GBだったりと、ほんの数千円のところでケチって後悔しそうで・・。
そして、ジャジャ~~ン!!(笑)
今回は、じっくり考えて、8インチにしました。
ご存じのとおり、携帯がガラホなので、外の買い物でアプリを使えないんです。
使う時は、10,1インチのアンドロイドを持っていっていたので、やっぱり相当不便でした。
レジでタブレットを出すと、一瞬びっくりされますし(笑)
昨日買ってきて、アプリを入れまくりました(笑)
これで、コンビニでもスーパーでも、いくらかでもポイントがたまりますし、クーポンも使えます。
ようやく、人並みな??生活手段を得ることができて、明日使うのが楽しみです(*^^)v
ガラホと8インチタブレットの両方を持って行くなら、スマホにした方が早いに決まっていますが、やはり画面のスクロールで酔います(*_*)
2024年2月 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する
中学のときにローマ字入力を覚えて以来、ずっとローマ字入力を続けてきたけど、いまになってカナ入力をおぼえてみようかという気になって、とりあえずア行カ行サ行までをくりかえし練習。
カナ入力のタイピングゲームもあったけど、画面にキーボードがうつってると覚える気になれなくて、まずはキーの位置をアからンまで覚えて、そこから文字を引っ張り出してこられるようにトレーニングするのがはやいだろうな、と。
ローマ字入力はたしか2週間であらかた覚えられたのだけど、カナ入力はどれくらいかかるでしょうか。
カナのほうが早く打てるというし、この冬の間にスイッチヒッターを目指してやってみよう。
カナ入力のタイピングゲームもあったけど、画面にキーボードがうつってると覚える気になれなくて、まずはキーの位置をアからンまで覚えて、そこから文字を引っ張り出してこられるようにトレーニングするのがはやいだろうな、と。
ローマ字入力はたしか2週間であらかた覚えられたのだけど、カナ入力はどれくらいかかるでしょうか。
カナのほうが早く打てるというし、この冬の間にスイッチヒッターを目指してやってみよう。
1323
ピザはずいぶんオトクに買えたようでなによりです。
楽天などでもたしかスマホアプリから注文するとポイントがすこし多めにつくらしいんですが、ぼくとしてはパソコンから注文するほうがラクで、ポイント無視してパソコンで注文しています。
パソコンはおそらく、それでないとなにも作業をする気にならないぼくのような人間も多いとおもいますから、なくなることはないとおもいますが、ショッピング向きではなくなっていくかもしれませんね。
ピザはずいぶんオトクに買えたようでなによりです。
楽天などでもたしかスマホアプリから注文するとポイントがすこし多めにつくらしいんですが、ぼくとしてはパソコンから注文するほうがラクで、ポイント無視してパソコンで注文しています。
パソコンはおそらく、それでないとなにも作業をする気にならないぼくのような人間も多いとおもいますから、なくなることはないとおもいますが、ショッピング向きではなくなっていくかもしれませんね。
斜体などの装飾ボタンは、デフォルトであって、いじれないものだと思っていましたが、消せるんですね。
「I]のボタン、なくなっていました。
こちらこそ、ありがとうございます。
最近、イオンなどのネットスーパーでは、パソコンでのフリーズが多くなり、それは8,1が原因のようですが、タブレットで対応できるので先延ばしにしています。
ノートパソコンは11なのですが、半永久的貸し出し中なので・・・。
最近は、ネットスーパーなどはアプリ重視、ブラウザでなくアプリ注文ならクーポンがついてくるとか割引率が高いとかになってきていて、もうじきパソコンがこの世から消えるのではないかという気さえします。
昨日は、パソコンからドミノのピザを注文しようとしたらクーポンが使用できず、タブレットからアプリ注文したら、なんと半額になりました。
「I]のボタン、なくなっていました。
こちらこそ、ありがとうございます。
最近、イオンなどのネットスーパーでは、パソコンでのフリーズが多くなり、それは8,1が原因のようですが、タブレットで対応できるので先延ばしにしています。
ノートパソコンは11なのですが、半永久的貸し出し中なので・・・。
最近は、ネットスーパーなどはアプリ重視、ブラウザでなくアプリ注文ならクーポンがついてくるとか割引率が高いとかになってきていて、もうじきパソコンがこの世から消えるのではないかという気さえします。
昨日は、パソコンからドミノのピザを注文しようとしたらクーポンが使用できず、タブレットからアプリ注文したら、なんと半額になりました。
1320
ふたつ、教えていただいて助かりました。
ひとつは和久傳の森で、有名な料亭が所有しているんですね。
一般の美術展にしては入場料が高め(といっても1000円は良心的だとおもいますが)だなとはおもっていたんですが、こういう理由であれば納得です。
そのうえで、ぼくには敷居が高い気がしたので、今回は行くのはパスしようとおもいます。
教えていただいてありがとうございました。
もうひとつは、イタリックがPCで反映されない点です。
じつはぼくのPC(Windows11)でも反映されていないんですが、あんまり気にしてませんでした。
タグとしては機能しているんですよね。
もしかしたら斜体に対応していないフォントになっているのではないかと、すこしいじってみたんですが解決しませんでした。
素人がプログラムいじりをこじらせてもいいことがないので、このままにして、強調タグに切り替えました。
そのうえで、投稿欄の下にある装飾ボタンから斜体の選択肢を消しました。
イタリックにする「I」のボタンがなくなっているとおもいます。
こちらも、教えていただいてありがとうございました。
ふたつ、教えていただいて助かりました。
ひとつは和久傳の森で、有名な料亭が所有しているんですね。
一般の美術展にしては入場料が高め(といっても1000円は良心的だとおもいますが)だなとはおもっていたんですが、こういう理由であれば納得です。
そのうえで、ぼくには敷居が高い気がしたので、今回は行くのはパスしようとおもいます。
教えていただいてありがとうございました。
もうひとつは、イタリックがPCで反映されない点です。
じつはぼくのPC(Windows11)でも反映されていないんですが、あんまり気にしてませんでした。
タグとしては機能しているんですよね。
もしかしたら斜体に対応していないフォントになっているのではないかと、すこしいじってみたんですが解決しませんでした。
素人がプログラムいじりをこじらせてもいいことがないので、このままにして、強調タグに切り替えました。
そのうえで、投稿欄の下にある装飾ボタンから斜体の選択肢を消しました。
イタリックにする「I」のボタンがなくなっているとおもいます。
こちらも、教えていただいてありがとうございました。
ごめんなさい、勘違いしていました。
映画「ハモニカ小僧」の関連で中山千夏が歌ったのかと思いましたが、まったく別なんですね。
島倉千代子は「あの橋の畔で」と「夕月」を歌っていますが、それらもドラマ・映画の主題歌だったとは知りませんでした。
「和久傳ノ森 森の中の家 安野光雅館」 という場所を初めて知ったのですが、あの有名な料亭の和久傳なんですね。
京都の高島屋でお弁当を売っていたのを覚えていますが、買ってはいません。
先日翻訳してくださった「即興詩人」ですが、翻訳の方の「歌詞」の部分は斜体でしょうか?
アンドロイドのタブレットで見ると斜体になっているのですが、パソコンだと反映されていません。
試しにパソコンで、「あいうえお」と書いて「斜体」を押したのですが、やっぱり反映されません。
もしかすると、Windows 8、1のままで使っているせいかもしれません。
映画「ハモニカ小僧」の関連で中山千夏が歌ったのかと思いましたが、まったく別なんですね。
島倉千代子は「あの橋の畔で」と「夕月」を歌っていますが、それらもドラマ・映画の主題歌だったとは知りませんでした。
「和久傳ノ森 森の中の家 安野光雅館」 という場所を初めて知ったのですが、あの有名な料亭の和久傳なんですね。
京都の高島屋でお弁当を売っていたのを覚えていますが、買ってはいません。
先日翻訳してくださった「即興詩人」ですが、翻訳の方の「歌詞」の部分は斜体でしょうか?
アンドロイドのタブレットで見ると斜体になっているのですが、パソコンだと反映されていません。
試しにパソコンで、「あいうえお」と書いて「斜体」を押したのですが、やっぱり反映されません。
もしかすると、Windows 8、1のままで使っているせいかもしれません。
1317
「ハモニカ小僧」という戦前の喜劇映画があったようですね。
レコードの写真に島倉千代子の夕月もありますが、どうやらこれは「あの橋の畔で」という1962年のテレビドラマ及び映画の主題歌で、中山千夏の歌うハモニカ小僧は劇中歌としてつかわれていたようです。
また機会があればみてみようとおもいます。
腰の痛みはサポートベルトのおかげで痛みはもうありません。
夏場とちがって厚着するので、外出するにしてもベルトが目立たなくて助かります。
「ハモニカ小僧」という戦前の喜劇映画があったようですね。
レコードの写真に島倉千代子の夕月もありますが、どうやらこれは「あの橋の畔で」という1962年のテレビドラマ及び映画の主題歌で、中山千夏の歌うハモニカ小僧は劇中歌としてつかわれていたようです。
また機会があればみてみようとおもいます。
腰の痛みはサポートベルトのおかげで痛みはもうありません。
夏場とちがって厚着するので、外出するにしてもベルトが目立たなくて助かります。
2024年1月 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する
きょうは妙にあたたかくて、最後のサトイモを出荷しに表へ出たら、軽トラのフロントガラスも凍ってないし、国道の気温計は5度をさしていました。
当地でこの時期にこんなあたたかい朝はほとんど経験がありません。
といっても3日前に雪が降ってから、気温が一気に下がって雪が氷になって、きのう雨が降るまではカチカチだったんですけどね(笑)
昨夜はうまく眠れず。
3時間ほど寝てそこからはもう起きたりうつらうつらしたりの繰り返しで朝になりました。
ここしばらく毎日10時間でもノンストップで眠るほどの快眠が続いていたので、急ブレーキがかかった感じです。
たぶん、配達があると意識したことで自律神経がおかしくなったんだろうなあ。
ぼくは神経がこまいので、ちょっとした変化で心身がバタつくようです。
#野菜
当地でこの時期にこんなあたたかい朝はほとんど経験がありません。
といっても3日前に雪が降ってから、気温が一気に下がって雪が氷になって、きのう雨が降るまではカチカチだったんですけどね(笑)
昨夜はうまく眠れず。
3時間ほど寝てそこからはもう起きたりうつらうつらしたりの繰り返しで朝になりました。
ここしばらく毎日10時間でもノンストップで眠るほどの快眠が続いていたので、急ブレーキがかかった感じです。
たぶん、配達があると意識したことで自律神経がおかしくなったんだろうなあ。
ぼくは神経がこまいので、ちょっとした変化で心身がバタつくようです。
#野菜
2023年12月 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する
地名を調べると、昔の様子がわかりますね。
駒の意味、ありがとうございます。
高麗が由来というのは、おもしろいですね。
駒込は、山手線の中で降りたことがない駅のナンバーワンという称号をもらっています(笑)
有名な庭園も2ヶ所あるし、東洋文庫もあるんですが、どうしてなんでしょうね。
生まれた家のすぐ近くにあったので、つい最近まで氏神さまだと思っていた「妙義神社」のHPにはこのように書かれています。
祭神は日本武尊です。
ボロボロの神社だったのですが、さっきHPを見たら、令和2年に 「木造の神明造、拝殿に勝軍宮の扁額、社殿の昇龍と降龍の彫刻と、昔の神社の姿を復元」とあり、すごく立派になっていました。
古いだけに真偽がわかるはずもないですが、このような伝説は、日本中にあるのでしょうね。
笑われるかもしれませんが、最近どうもスサノオとヤマトタケルに呼ばれることが多く、妙義神社も近いうちにお参りしてこようと思います。
呼ばれるというのはもちろん直接「おいで」と言われたわけではなく(笑)、夢を見たり、今日みたいに、検索したというほんの偶然から、引き寄せのような形で呼ばれたんだろうな、という自己判断です。
スピリチュアルとか霊感とかではありませんが、どちらにしろあやしいと思われるのは同じかもしれません(笑)
駒の意味、ありがとうございます。
高麗が由来というのは、おもしろいですね。
駒込は、山手線の中で降りたことがない駅のナンバーワンという称号をもらっています(笑)
有名な庭園も2ヶ所あるし、東洋文庫もあるんですが、どうしてなんでしょうね。
生まれた家のすぐ近くにあったので、つい最近まで氏神さまだと思っていた「妙義神社」のHPにはこのように書かれています。
祭神は日本武尊です。
伝承によれば、日本古代史における伝承上の英雄 日本武尊が、当時東国にいた民族である蝦夷を討つために東征した際、この妙義神社がある場所に陣営を構えたと伝えられています。
人々は、御威徳慕い尊びまつりこの地に社が建てられました。
日本武尊が白鳥に生まれ変わり飛び立ったという伝説から、白雉(はくち)2年(651)5月12日、白鳥社と号しました。
ボロボロの神社だったのですが、さっきHPを見たら、令和2年に 「木造の神明造、拝殿に勝軍宮の扁額、社殿の昇龍と降龍の彫刻と、昔の神社の姿を復元」とあり、すごく立派になっていました。
古いだけに真偽がわかるはずもないですが、このような伝説は、日本中にあるのでしょうね。
笑われるかもしれませんが、最近どうもスサノオとヤマトタケルに呼ばれることが多く、妙義神社も近いうちにお参りしてこようと思います。
呼ばれるというのはもちろん直接「おいで」と言われたわけではなく(笑)、夢を見たり、今日みたいに、検索したというほんの偶然から、引き寄せのような形で呼ばれたんだろうな、という自己判断です。
スピリチュアルとか霊感とかではありませんが、どちらにしろあやしいと思われるのは同じかもしれません(笑)
1173
駒込の地名の由来、ヤマトタケルに由来してるんですね。
余談ですが、駒という地名がつく場合、ひとつは「馬」が語源なんですが、朝鮮半島が由来になることもあるようです。
大昔の人々は、朝鮮のことを「高麗」(こうらい)(こま)と呼んでいました。
コマ遊びの独楽も、奈良時代に唐から朝鮮半島を経由して伝わったことから、「高麗=コマ」なんだそうな。
東京にある狛江という地名は、高麗人(朝鮮人)が住んでいたからなんだそうで、おなじく大阪の大和川沿いにある駒川という地名も、高麗人の居住地だったことが由来らしいです。
スサノオを「いるさ」と読むのははじめて聞いたようにおもえます。
ヤマトタケルの伝承といい、おそらく駒込という地域では古くから、日本神話に対する信仰があつかったのではないでしょうか。
Wikipediaで千駄木を調べたところ、牛舎の写真や歌川広重の絵がありましたが、江戸城からたった5km離れた東京の中心部といわれてもピンとこないような、のどかな様子でした。
こういった歴史の延長線上に、ギズモさんのおっしゃっていた、六本木で金魚を飼っていたというような景色があったのだろうかとおもいました。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8D%83%...
駒込の地名の由来、ヤマトタケルに由来してるんですね。
余談ですが、駒という地名がつく場合、ひとつは「馬」が語源なんですが、朝鮮半島が由来になることもあるようです。
大昔の人々は、朝鮮のことを「高麗」(こうらい)(こま)と呼んでいました。
コマ遊びの独楽も、奈良時代に唐から朝鮮半島を経由して伝わったことから、「高麗=コマ」なんだそうな。
東京にある狛江という地名は、高麗人(朝鮮人)が住んでいたからなんだそうで、おなじく大阪の大和川沿いにある駒川という地名も、高麗人の居住地だったことが由来らしいです。
スサノオを「いるさ」と読むのははじめて聞いたようにおもえます。
ヤマトタケルの伝承といい、おそらく駒込という地域では古くから、日本神話に対する信仰があつかったのではないでしょうか。
Wikipediaで千駄木を調べたところ、牛舎の写真や歌川広重の絵がありましたが、江戸城からたった5km離れた東京の中心部といわれてもピンとこないような、のどかな様子でした。
こういった歴史の延長線上に、ギズモさんのおっしゃっていた、六本木で金魚を飼っていたというような景色があったのだろうかとおもいました。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8D%83%...
おじいさまのそういうお話は貴重ですね。
何気ない会話だったとは思いますが、昔のことを、実際に経験したりご存じだった方から聞く機会は、ありそうでなかなかないものです。
東京では、自然がどんどん失われていく一方で、商業施設の屋上などに、ビオトープが作られていたりします。
小さな自然保護なのでしょうが、金魚鉢の延長のように思ってしまいます。
と言いながら、けっこう見て楽しんでいたりするのですが(笑)
私が小さい頃、家に、古くて細長い木の札があって、墨で「東京府北豊島群駒込村~~」と書かれていました。
駒込村からあとの住所表示も書かれていたはずですが、覚えていません。
たぶん、昔、家の玄関に掛けてあったんでしょうが、あれを取っておいたら鑑定団で1,000円くらいの値がついたのではないかと思います(笑)
真偽はわかりませんが、日本武尊が訪れた時、林にいた、たくさんの馬を見て、「駒、込みたり」と言ったので、駒込という地名がついたそうです。
この林は、その頃「素盞烏山(いるさやま)」と呼んでいたらしいのですが、その後「駒込林」となったようです。
素盞烏山の素盞烏、これスサノオですよね?
でも読み方が違う??
おもしろい発見をしました。
「転間(こま)」(川に囲まれた谷や低湿地)とする説もあるそうです。
森鴎外・夏目漱石が住んでいた、文京区千駄木も、昔は駒込村千駄木でした。
ごめんなさい、生まれたところをちょっと熱く語ってしまいました(笑)
何気ない会話だったとは思いますが、昔のことを、実際に経験したりご存じだった方から聞く機会は、ありそうでなかなかないものです。
東京では、自然がどんどん失われていく一方で、商業施設の屋上などに、ビオトープが作られていたりします。
小さな自然保護なのでしょうが、金魚鉢の延長のように思ってしまいます。
と言いながら、けっこう見て楽しんでいたりするのですが(笑)
私が小さい頃、家に、古くて細長い木の札があって、墨で「東京府北豊島群駒込村~~」と書かれていました。
駒込村からあとの住所表示も書かれていたはずですが、覚えていません。
たぶん、昔、家の玄関に掛けてあったんでしょうが、あれを取っておいたら鑑定団で1,000円くらいの値がついたのではないかと思います(笑)
真偽はわかりませんが、日本武尊が訪れた時、林にいた、たくさんの馬を見て、「駒、込みたり」と言ったので、駒込という地名がついたそうです。
この林は、その頃「素盞烏山(いるさやま)」と呼んでいたらしいのですが、その後「駒込林」となったようです。
素盞烏山の素盞烏、これスサノオですよね?
でも読み方が違う??
おもしろい発見をしました。
「転間(こま)」(川に囲まれた谷や低湿地)とする説もあるそうです。
森鴎外・夏目漱石が住んでいた、文京区千駄木も、昔は駒込村千駄木でした。
ごめんなさい、生まれたところをちょっと熱く語ってしまいました(笑)
1170
うちの祖父も、戦前戦後の大阪平野は見渡す限り田んぼか沼しかなかったといってました。
ぼくが子供のころ、40年前でも、都市部の中に田んぼや畑があるのはめずらしい光景ではなかったのですが、いまはほとんど見かけなくなりました。
むかしの都市部はいまみたいに高い建物がありませんから土地の高低がわかりやすかったでしょうし、水が高いところから低いところへ通り、高台に木々が生えているというようなこともわかりやすかったことでしょう。
アスファルトに覆われて、人工的に治水工事がなされてしまうと、むかしどのようになっていたのかは想像がつかなくなりますが、そういうことが土地の名前に残されてたりするんですよね。
大都市をみていると、ほんとうにこれが人間の手でやれることなのかと不思議におもうほどですが、同時にそこに生まれて暮らしていると、ぼく自身もそうであったように、自然の地理がじぶんの生活にどう影響するのか、わからなくなってしまう問題もあろうかとおもいます。
江戸城からわずか2km離れた六本木が田舎だったころというのは、どんなものだったのか、みてみたいものです。
スクランブル交差点も一度渡って、おのぼりさん気分を味わってみたいです(笑)
うちの祖父も、戦前戦後の大阪平野は見渡す限り田んぼか沼しかなかったといってました。
ぼくが子供のころ、40年前でも、都市部の中に田んぼや畑があるのはめずらしい光景ではなかったのですが、いまはほとんど見かけなくなりました。
むかしの都市部はいまみたいに高い建物がありませんから土地の高低がわかりやすかったでしょうし、水が高いところから低いところへ通り、高台に木々が生えているというようなこともわかりやすかったことでしょう。
アスファルトに覆われて、人工的に治水工事がなされてしまうと、むかしどのようになっていたのかは想像がつかなくなりますが、そういうことが土地の名前に残されてたりするんですよね。
大都市をみていると、ほんとうにこれが人間の手でやれることなのかと不思議におもうほどですが、同時にそこに生まれて暮らしていると、ぼく自身もそうであったように、自然の地理がじぶんの生活にどう影響するのか、わからなくなってしまう問題もあろうかとおもいます。
江戸城からわずか2km離れた六本木が田舎だったころというのは、どんなものだったのか、みてみたいものです。
スクランブル交差点も一度渡って、おのぼりさん気分を味わってみたいです(笑)
2023年11月 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する
わかりました。
ありがとうございます(o_ _)o))
何か差支えがある時は、遠慮なく言ってくださいね。
今朝、ネットスーパーでキャベツを買おうとしたら、1個398円でした。
半分で198円。
他のネットスーパーも、ほぼ同じ値段でした。
急に上がるにしても、理解できない価格です。
つい先日まで、1個180円程度でしたから。
午後、近くのスーパー(ネットスーパーとは違うところ)に買い物に行き、確認したらやはり398円。
もちろん買いませんでした。
ところが、入った時と反対側から出たら、スーパーの前に野菜の棚があって。
ここも同じスーパーの品物が置いてあるのですが、1個158円でした。
こちら側から入っていれば買ったのに、、、。
またレジに並ぶのは面倒なのでやめました。
これって、ちょっとした詐欺商法ではないのか、と、イラっとした次第です。
確認しなかったのですが、もしかしたら産地が違うのかもしれませんね。
ありがとうございます(o_ _)o))
何か差支えがある時は、遠慮なく言ってくださいね。
今朝、ネットスーパーでキャベツを買おうとしたら、1個398円でした。
半分で198円。
他のネットスーパーも、ほぼ同じ値段でした。
急に上がるにしても、理解できない価格です。
つい先日まで、1個180円程度でしたから。
午後、近くのスーパー(ネットスーパーとは違うところ)に買い物に行き、確認したらやはり398円。
もちろん買いませんでした。
ところが、入った時と反対側から出たら、スーパーの前に野菜の棚があって。
ここも同じスーパーの品物が置いてあるのですが、1個158円でした。
こちら側から入っていれば買ったのに、、、。
またレジに並ぶのは面倒なのでやめました。
これって、ちょっとした詐欺商法ではないのか、と、イラっとした次第です。
確認しなかったのですが、もしかしたら産地が違うのかもしれませんね。
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()の中のIDは一度決めると変更できないんです。
変更できるのは名前部分ですが、当面変更はなくても大丈夫だとおもいます。
もしその必要がくるときがあれば、ぼくの名前を「農園主@管理人」といった感じに変えますので、ご心配はご無用です。
()の中のIDは一度決めると変更できないんです。
変更できるのは名前部分ですが、当面変更はなくても大丈夫だとおもいます。
もしその必要がくるときがあれば、ぼくの名前を「農園主@管理人」といった感じに変えますので、ご心配はご無用です。
今になって気になっているのですが、ユーザーIDを作っていただき、アイコンまであると、
ゲストの方がいらした時、誰が管理者??ということになりませんか?
偉そうに長く書いてますし・・・。
( )の中は編集できるようですので、
gizumo(guest)
に変更した方がいいように思うのですが、いかがでしょう?
またはアイコンなしにすれば、確かアイコンは「guest」になる??ので、IDはこのままでもいいのかもしれません。
ゲストの方がいらした時、誰が管理者??ということになりませんか?
偉そうに長く書いてますし・・・。
( )の中は編集できるようですので、
gizumo(guest)
に変更した方がいいように思うのですが、いかがでしょう?
またはアイコンなしにすれば、確かアイコンは「guest」になる??ので、IDはこのままでもいいのかもしれません。
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「子育て応援スペース」という言葉は、妊婦さんを優先するスペースなのか、もう少し範囲を広げて、子連れのおとうさん・おかあさんまでが優先されるスペースなのか、もっといえば過去に子育てをしたことがあったり、子育てを応援したいという気持ちさえあればだれだってよいのか、言葉の指し示す範囲が非常にあいまいだとおもいます。
社会が良識ある人だけで構成されていれば苦労はないのですが、残念ながら世の中にはいろんな考え方や価値観が存在しますから、こういう焦点のぼやけた取り組みで、あとは乗客の良識に任せます、というやり方だと、トラブルも多いでしょうね。
タワー大神宮、知りませんでした。
伊勢の神宮からの分祠なんですね。
個人的には、神社というのはそこに暮らす人々が祈りをつないできた場所という解釈なので、そういう場所になりうるのか……すくなくとも観光客には愛されているようですね。
西洋とちがって、日本の神様はその節操のなさというか、だれでも神仏になれる、どこでも神殿になりうるゆるさも魅力ではありますが。
なんでもモノの値段が上がりましたが、贈答品であるとか旅行先の土産物あたりの値上げはなかなかすごいですね。
安売りされる品物の値上げ率はまだ抑えられている感じがありますが、定価で買うとなると手が出ない値段になっている印象があります。
定価ということでいえば、ぼくはもう、公金支払い以外では何年もコンビニに行ってません。
「子育て応援スペース」という言葉は、妊婦さんを優先するスペースなのか、もう少し範囲を広げて、子連れのおとうさん・おかあさんまでが優先されるスペースなのか、もっといえば過去に子育てをしたことがあったり、子育てを応援したいという気持ちさえあればだれだってよいのか、言葉の指し示す範囲が非常にあいまいだとおもいます。
社会が良識ある人だけで構成されていれば苦労はないのですが、残念ながら世の中にはいろんな考え方や価値観が存在しますから、こういう焦点のぼやけた取り組みで、あとは乗客の良識に任せます、というやり方だと、トラブルも多いでしょうね。
タワー大神宮、知りませんでした。
伊勢の神宮からの分祠なんですね。
個人的には、神社というのはそこに暮らす人々が祈りをつないできた場所という解釈なので、そういう場所になりうるのか……すくなくとも観光客には愛されているようですね。
西洋とちがって、日本の神様はその節操のなさというか、だれでも神仏になれる、どこでも神殿になりうるゆるさも魅力ではありますが。
なんでもモノの値段が上がりましたが、贈答品であるとか旅行先の土産物あたりの値上げはなかなかすごいですね。
安売りされる品物の値上げ率はまだ抑えられている感じがありますが、定価で買うとなると手が出ない値段になっている印象があります。
定価ということでいえば、ぼくはもう、公金支払い以外では何年もコンビニに行ってません。
現在時刻での投稿のやり方のご説明、ありがとうございました。
歯医者さんでされた対応、冷たい態度を通り越して、非常識ですね。
聞かれたことが自分で答えられないことなら、他の人に聞くとか、せめて「わかりません」くらいの返事をしてほしいものです。
おとといの神保町は、初めて受診するクリニックに行くためだったのですが、受付の女性たちがとても感じよく親切で、
地面にひきずりこまれるような暗~~い気持ちでいたのが、かなり払拭されました。
どんな職種でも受付はその顔なので、心のこもった応対は大事だな、とつくづく思った日でした。
昨年、埼玉県の川越市に「みっふぃー蔵のきっちん&べーかりー」がオープンしました。
蔵の町・川越ならではのネーミングです。
今年の春、行ってきました。
ミッフィー好きということではないのですが、喜多院(天台宗。徳川家、天海僧正と所縁があり、元三大師の護符が受けられます)にお参りの帰りに寄って、
仕事関連でお世話になっている女性にお誕生日のプレゼントを買ってきました。
グッズやお菓子、なんでも、高いです・・・。
ブルーナの作品の多くはリトグラフなので、サインの横に、「100/24」などの数字が入っているはずですが、
数字がなかったら本物(という言い方でいい??)ですよね。
ミッフィーちゃん、最近地下鉄の車内の一部、「子育て応援スペース」に描かれているのですが、
優先席のところなので、高齢者ばかり座っていて、どこが子育て応援なのかさっぱりわかりません。
そもそも「子育て応援スペース」が周知されていないので、無駄なことをやってる感満載です。
気づいたおとなが写真を撮っているだけです←私もそのひとりですが・・。
画像は、ネットからのものです。
東京に半世紀住んでいても、知らないことばかりです。
昨日も、川越バージョン・ミッフィーちゃんのランチバッグを差し上げた女性からのメールに、本当に驚いたところでした。
お休みの日に東京タワーに行き、お参りし、ご朱印を受けてきたとのこと。
東京タワーは何回か行っていますし、上の方に神社らしき小さなスペースがあるのも知っていました。
でも、まさか本物の神社だったとは知らなかったんです。
「伊勢神宮より御神霊をお招きし、天照皇大神をお祀りする由緒ある神社」とサイトにありました。
昔、東京タワーはパワースポットどころか、よくない気を発していると言われていました(ような記憶があります)。
近くにあるテレビ局で頻繁に怪奇現象が起きるとか、その類の話が多かったように思います。
スカイツリーは日光東照宮と同じ高さ、634mで、隠れたパワースポットらしく、龍がいるとかいないとか。
その近く、芭蕉が歩いたという道に、けっこうな数の芭蕉さん像が点在していることも、最近知りました。
歯医者さんでされた対応、冷たい態度を通り越して、非常識ですね。
聞かれたことが自分で答えられないことなら、他の人に聞くとか、せめて「わかりません」くらいの返事をしてほしいものです。
おとといの神保町は、初めて受診するクリニックに行くためだったのですが、受付の女性たちがとても感じよく親切で、
地面にひきずりこまれるような暗~~い気持ちでいたのが、かなり払拭されました。
どんな職種でも受付はその顔なので、心のこもった応対は大事だな、とつくづく思った日でした。
昨年、埼玉県の川越市に「みっふぃー蔵のきっちん&べーかりー」がオープンしました。
蔵の町・川越ならではのネーミングです。
今年の春、行ってきました。
ミッフィー好きということではないのですが、喜多院(天台宗。徳川家、天海僧正と所縁があり、元三大師の護符が受けられます)にお参りの帰りに寄って、
仕事関連でお世話になっている女性にお誕生日のプレゼントを買ってきました。
グッズやお菓子、なんでも、高いです・・・。
ブルーナの作品の多くはリトグラフなので、サインの横に、「100/24」などの数字が入っているはずですが、
数字がなかったら本物(という言い方でいい??)ですよね。
ミッフィーちゃん、最近地下鉄の車内の一部、「子育て応援スペース」に描かれているのですが、
優先席のところなので、高齢者ばかり座っていて、どこが子育て応援なのかさっぱりわかりません。
そもそも「子育て応援スペース」が周知されていないので、無駄なことをやってる感満載です。
気づいたおとなが写真を撮っているだけです←私もそのひとりですが・・。
画像は、ネットからのものです。
東京に半世紀住んでいても、知らないことばかりです。
昨日も、川越バージョン・ミッフィーちゃんのランチバッグを差し上げた女性からのメールに、本当に驚いたところでした。
お休みの日に東京タワーに行き、お参りし、ご朱印を受けてきたとのこと。
東京タワーは何回か行っていますし、上の方に神社らしき小さなスペースがあるのも知っていました。
でも、まさか本物の神社だったとは知らなかったんです。
「伊勢神宮より御神霊をお招きし、天照皇大神をお祀りする由緒ある神社」とサイトにありました。
昔、東京タワーはパワースポットどころか、よくない気を発していると言われていました(ような記憶があります)。
近くにあるテレビ局で頻繁に怪奇現象が起きるとか、その類の話が多かったように思います。
スカイツリーは日光東照宮と同じ高さ、634mで、隠れたパワースポットらしく、龍がいるとかいないとか。
その近く、芭蕉が歩いたという道に、けっこうな数の芭蕉さん像が点在していることも、最近知りました。
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山田和明さん、パッチワークの動物を彷彿させるような、柔らかい絵ですね。
そういえば、数年前、まだ大阪にいたころ、ある歯医者の待合室に、ミッフィーの絵が飾られていました。
その絵画はたぶんレプリカだとおもうんですが、すみに鉛筆で、作者のディック・ブルーナのサインが書かれていたので、受付で支払いをするときに、「あのミッフィーの絵、作者のサインがあるんですね」と言いました。
すると受付の女性は、ヘンな太ったオッサンが女を誘ってるようにおもったのか、すごい不審げで怪訝な表情で、「さあ」と答えました。
後にも先にも、面識のない人に対面であれほど冷たい態度をとられたことはなく、逆にそのショックで、あの歯医者にミッフィーの絵があったということが忘れられなくなりました。
ぼくは、なにか誤解を生んだのだろうなと察して、「ああ、そうですか。けっこうです」といって支払いをすませました。
神保町は、司馬遼太郎や井上ひさしなどが本を大量に買い集めたという話が残っているので、一度観光してみたいとおもっていますが、なかなか東京に行く機会はありません。
しかしおそらく東京に敢行(誤字「観光」でした)するとなると……以前にも言ったような気がしますが、江戸以来日本の文明の集積地ですから、一週間や二週間ですむようなものではないでしょうね。
下書きですが、編集して実際に投稿する際に、エディタの上のところに「No.〇〇を編集」というチェック項目と「新規に投稿」というチェック項目があるとおもいます。
このうち「新規に投稿」にチェックを入れて、「元投稿を削除」にチェックが入っていることを確認します。
で、エディタの下にある「下書き(非公開)」のチェックを外してから投稿すると、現在の時間で投稿できるとおもいます。
山田和明さん、パッチワークの動物を彷彿させるような、柔らかい絵ですね。
そういえば、数年前、まだ大阪にいたころ、ある歯医者の待合室に、ミッフィーの絵が飾られていました。
その絵画はたぶんレプリカだとおもうんですが、すみに鉛筆で、作者のディック・ブルーナのサインが書かれていたので、受付で支払いをするときに、「あのミッフィーの絵、作者のサインがあるんですね」と言いました。
すると受付の女性は、ヘンな太ったオッサンが女を誘ってるようにおもったのか、すごい不審げで怪訝な表情で、「さあ」と答えました。
後にも先にも、面識のない人に対面であれほど冷たい態度をとられたことはなく、逆にそのショックで、あの歯医者にミッフィーの絵があったということが忘れられなくなりました。
ぼくは、なにか誤解を生んだのだろうなと察して、「ああ、そうですか。けっこうです」といって支払いをすませました。
神保町は、司馬遼太郎や井上ひさしなどが本を大量に買い集めたという話が残っているので、一度観光してみたいとおもっていますが、なかなか東京に行く機会はありません。
しかしおそらく東京に
下書きですが、編集して実際に投稿する際に、エディタの上のところに「No.〇〇を編集」というチェック項目と「新規に投稿」というチェック項目があるとおもいます。
このうち「新規に投稿」にチェックを入れて、「元投稿を削除」にチェックが入っていることを確認します。
で、エディタの下にある「下書き(非公開)」のチェックを外してから投稿すると、現在の時間で投稿できるとおもいます。
2023年10月 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する
イスラエルとハマスの件、報道がイデオロギー面で、「どっちにつくか」みたいなことを主題にするから、ものすごく不誠実でわかりにくいことになってる。
正義みたいなものはどっちも抱えているのだし、世界中でつめたーい視線を送りながら「どうせまた東西陣営の代理戦争なんですよね」「戦争したい人だけが儲かる時代ですよね」といって、バンバン冷や水をぶっかけていくくらいがちょうどいいのだろうとおもう。
どっちが正しいかを深掘りするの、意味ないなあ。
正義みたいなものはどっちも抱えているのだし、世界中でつめたーい視線を送りながら「どうせまた東西陣営の代理戦争なんですよね」「戦争したい人だけが儲かる時代ですよね」といって、バンバン冷や水をぶっかけていくくらいがちょうどいいのだろうとおもう。
どっちが正しいかを深掘りするの、意味ないなあ。
ボーカルの子は、いまはチリヌルヲワカとしてやってます。
ぼくはYouTubeで聴くばかりですが、長く見ています。
ぼくはYouTubeで聴くばかりですが、長く見ています。
GOGO7188という3ピースバンドが、妖怪人間ベムをカバーしています。
20年以上前に流行ったバンドですから、たぶん多くの人はこの曲を知らない。
ジェットにんぢん、好きだったな。
きょう軽トラでひさしぶりにラジオを聞いてたら、「1000ccの曲を……」といって、ずいぶん昔気質なダンスっぽい曲がかかってて、こういうベースラインのしっかりした曲は好みだったので、家に帰っていろいろ調べてたんですが、1000ccなんてバンドはなくて、これはいったいどうしたことか、と。
で、ようやく見つけたんですが、バンドの名前が「Say She She」でした。
セイシーシーで、ぼくは1000ccと聞き間違えた、と。