山麓王国

全年11月21日の投稿7件]

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司馬遼太郎の言葉から、幅広く深いお話をありがとうございます。
『街道をゆく』の中の言葉だったのですね。知りませんでした。

著名人の言葉というのは、どこかで書かれたものから切り取られている場合が多いので、そこだけを読んでも意味を的確に捉えられないことがあるかもしれませんね。
私はこれを読んだ時、最初に数年前のワクチン騒ぎを思い出しました。

強制ではなく任意接種とは言いながら、職域接種も行われ、接種済みの人は何かと優遇されていました。現在84%を超す人が接種しています。

そして、何らかの事情で打てない人は仕事を追われたり(特に医療従事者・介護関係の人たち)、職場で白い目で見られ仲間外れにされ、まさに同調圧力であったと思います。
主人も娘夫婦も私も、「打たない人(実際は打てない)」ということで、それぞれけっこうな脅迫感や疎外感を味わいました(笑)
大多数がやっていることが神聖であり、同時に脅迫、という見本みたいなものだと思ったわけです。

接種関連について話したいわけではないので、この話はここまでということで(笑)

国ごとの主義というのは、時代や国政などで変化することがあるのですね。
しかも、自分の国は民主主義なのに、西側諸国からみたらそれを認められないとなると、民主主義の統一性、整合性というものからして、わからなくなります。

北朝鮮が民主主義国家とは呼びたくない、と私も思うのですが、『民主主義国家』を謳う国が、国ごとに実際は異なる政治体制だとすると、もう『民主主義』という言い方をやめてもいいように思います(笑)
国の正式名称につく、つかないで違いがあるのかどうかわかりませんが、やっぱりわかりにくいです。

自由で国民が生きやすい均一性、長いものに巻かれる式ではないことが理想でしょうが、民主主義国家であっても本当の民主主義とは言えず、変わり続けるもの、諸行無常のようなものですね。

日本は戦後民主主義になったと思っていましたが、明治時代からだったのですね。
それからの推移のお話、とてもわかりやすかったです。

収容所の中の人間性のお話も、考えさせられました。
囚人だけでなく、管理する者の人間性も奪いとるというのは、人間の心理というものをよく考えているのかもしれませんが、普通は考えつかないことのようにも思います。

アウシュビッツだけでなく日本でもありましたが、医師が行った人体実験も、医師という本来人を救う立場の者から人間性を奪いとったということでしょう。

いろいろな国、いろいろな状況下での「均一性」があることを学ばせていただき、戦争や独裁、暴力的な抑圧などがない、ある程度自由な中での均一性は、生きやすさにつながるようにも思いました。

私も『街道をゆく』を読んでいないので、どんな場面で、どんな意図で書いたかはわかりませんが、日本人は「人と同じ」を無難と考えている民族だと思います。
学校でも、枠からはみ出ず、みんなと協調でき、「わたしがわたしが」と言わないのがおりこうさんの定義ですよね(笑)
枠から飛び出した子の方が将来大物になることが多いように思うのですが、みんなと同じが無難というのもわかります。

お風呂をはじめとする霊現象もどきの話を、笑わずに説明していただき、ありがとうございます。
「よくわからないのだけど、耳を傾ける」ということ、すごく納得しました。

イライラしているからぶつけた、と考えるのが普通なのかもしれませんが、気持ちを切り替えるための、みえない存在からのメッセージなのでしょうね。

私はこの10日ほどの間(農園主さんの No.1536の記事を読む前)で、指を3本、ケガしました。
最初は、スーパーの焼いた「とろ赤魚」(生より安かったので)を、買ってからエコバッグに詰める時、食品用ポリ袋(クルクル巻いて置いてあるもの)に入れようとしたら、右の小指に激痛が!!
赤魚の骨がものすごく太いのですが、もろにブスっとさしてしまい、流血しました←珍しい人でしょ?(笑)

数日後は、左の親指をどこかにぶつけた時、けっこう強くぶつけたようで、爪と肉の間が割れ、また流血(笑)←ものすごく痛いです(-_-;)
さらに数日後、今度は右手の親指の爪の間に紙が入り、また爪と肉の間を切り、またまた流血(笑)←これも、ものすごく痛いです(;^_^A

仕事でピアノを弾いている時、痛みが走って気が遠くなりました(笑)

で、考えたわけです。
立て続けに起きた指のケガ、これはどういうメッセージなんだろうと。
ネットで見ると、スピリチュアル的に書いてあるんですが、どれも納得できませんでした(笑)
小さなケガを数回与えてもらったことで、大きなケガをふせいでもらった、ということかもしれませんね。

農園主さんは、ぶつけたことから「気持ちを切り替える」ことができて、すごいな~と思います。
気持ちを切り替える努力はしても、なかなか難しく、いつまでも不満や不安を引きずってしまうので、見習います。


ネット周りのトラブルの件、ご心配ありがとうございます。
おかげさまで、今はかなり快適な環境です。
新しいパソコンと以前からあったプリンターを、有線でなくWi-Fiでつなぎましたが、有線にしていた時より通信速度が速く、実に快適です。

ご質問の件です。
平家物語ですが、全部通しては「もちろん」読んでいません(笑)
能や浄瑠璃、歌舞伎、琵琶法師、小説などから、なんとなくストーリーのほんの一部(エピソード)を知っている、程度です。
例えば巻一なら「祇園精舎」、巻五だと「勧進帳」のように。
歴史的に源平に疎いので、正直なところ、何も知らないです(笑)

お漬物は大好きですし、ナスとミョウガも大好きです(*^^)v

昨日は10度を下回り、雪でも降りそうな寒さでした←そんなことはないですが(笑)、本当に寒いです。
来週お風呂が新しくなるので、風呂釜を傷めるからと使えなかったバスソルトを盛大に入れて、温まっています。

2023年 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する

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私も、農園主さんのライフワークの書きものの場は、わけた方がいいと思います。
SNSの情報は、(たぶん)殆どが必要ないのに、その必要がないものに振り回されてしまい、精神的におかしくなることもあります。
おかしくならないとしても、よくない方向に影響され、時間の無駄と言えるかもしれません。
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万博についてのご意見、本当に読みたかったです、残念。。

私の単純思考ですと、開催国がお金をかけたい気持ちは理解できますし、確かにお金もかかってしまうのでしょうが、規模を縮小してでも入館料を安くできないものかと思います。
お金がかかる、お金が足りない、という報道ばかりで、こういう内容を見てもらいたくて頑張ってます、
だからお金が必要です、というものが全然伝わってこないんですよね。
そういうことがしっかりと報道されれば、国民の気持ちも少しは変わってくるのではないか、と淡い期待ですが(笑)

国家の経済のところ、とてもわかりやすいです。
メディアがあおるというのも、本当に困ったものです。
国民の多くは、報道をほぼ無条件に信じてしまう傾向にあると思うのですが、
あおるだけでなく、伝えるべきことを報道しないということも往々にしてあり、メディアの在り方に疑問を感じます。

サトイモですが、年末が近く、なんとないあわただしさも関係あるのでしょうか。
時間が無駄、とか手間がかかると感じる時期なのかもしれませんね。
昨日、埼玉産のサトイモを買いましたが、土は洗ってあるものを買いました。
というより、泥付きのものはあまり見かけません。
泥付きゴボウも、いつもあるというものでもないです。
サトイモでもゴボウでも、皮をむいたものの売れ行きはいいようなので、どうしても便利な方が売れるのかもしれません。
でも、泥付きの方が、絶対おいしいですよね。
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しかしいずれにせよSNSはもう、「変わらない居場所」にはなり得ないということはわかってしまったのだし、幻想を抱くのはよしたほうがいいのかもしれません。

ここでじぶんの暮らしの覚書をしながら、どこかで本格的にじぶんのライフワークになる書きものの場を設けるというのが、進むべき方向だろうとおもいます。

SNSの無尽蔵にわいてくる情報は、もうぼくの年齢では吸収しなくてもよいものがほとんどです。

これからは得る情報を取捨選択して、発信する立場にならないと。
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10月中は、サトイモは洗わないで出荷しても売れていたのが、11月になると売り上げが落ちてきて、やっぱり洗うほうが売れるのかな、とやってみたら、やっぱり売れゆきがよくなりました。

ほんとうは土がついたままのほうが保存がきくし、こちらもとりあえずひと手間減るのでラクなんですが、洗ったほうが売れるのなら、洗います。

#野菜
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1049
万博のことについてある程度書いたんですが、あまりにもひどい批判になってしまい、消しました(笑)

ごくカンタンに書くと、こう国民も諸外国もシラケてしまっている状況では、もうどうしようもないなあ、という感じです。



ところで、国家の経済を鶏と卵でいえば、政治は鶏で、国民(お金……かなあ)は卵です。

政府が主導してお金を刷って、国民に渡すわけですから、まず最初に政治が国民に対してお金を落とすわけです。

だから、政治は国民・市民のためになることであればどんどんお金をつかうべきであり、国民もそれはよろこんで許容すべきで、国民は税金を支払うことでお金を循環させていけばいい。

それがいまは、政治もケチなら国民もケチ。

「市民がこんなに苦しんでいるのに、政治がこんなムダ遣いをしていますよ」とあおるメディアもまるで貧乏神のようです。

政治と国民が、お互いウィンウィンの関係になるようにとおもったら、ひとつの大事を成し遂げるために生じる多少のムダには、お互いが寛容であるほうがよい、とおもっています。

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