山麓王国

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今回も、実に読みごたえのある、貴重なお話をありがとうございました。

珍説どころか、農園主さんの道教についての解釈に、どんどん惹き込まれてしまいました。

いつも記事を読ませていただくにあたり、知らない出来事などを調べながら読んでいくのですが、今回はたまたま、ほんのちょっぴりの知識があったため、さらに興味深く読めました。

最近の電子書籍の漫画は、韓国の人が描いている転生ものがとても多いですね。

韓国の漫画を日本語にしているのか、日本にいる韓国系のプロダクションが描いているのかは不明です。

その中で、現代韓国の若い医師が死んで、中国の実在した医師、華佗の若い頃(三国時代で、まだ無名の頃)に生まれ変わったという、無料の漫画を読んでいました。

電子書籍サイト、ピッコマの『転生した外科医~華佗伝~』です。

数年後に黄巾の乱が起きるのを転生前の知識として知っていて、現代の医術も駆使し(なぜか患部を見ただけで、レントゲンのように内臓や血管、骨が見えるという・・・)、大勢の人命を助ける神医として活躍しつつ、黄巾の乱を食い止めようとするストーリーなのですが、史実に基づいて話が作られているようです。

いよいよ有料部分になってきたため、黄巾の乱がまだ起きていない時点で、読むのを中止しました。

太平道や五斗米道、 蟲毒の話も出てきていました。

この頃の、宗教を含めた歴史のお話は、農園主さんが今回書いていただいたことで、わかりやすく理解できました。

三国時代、三国志がどうも理解しにくく、劉邦も劉備もごちゃごちゃになっており、ゲームをやっておけば覚えやすかったかなと、いまさらながら後悔しています(笑)

ゲームをしたり漫画を読むと、苦手な分野、知らなかったことに興味が出ますが、逆に史実をある程度知ってから漫画を読んだりゲームをすると、よけいおもしろいのかもしれませんね。



卑弥呼ですが、農園主さんが以前の記事のリンクをはってくださったので、読みかえしてみました。

今回の記事と合わせ、さらに興味深く、読ませていただきました。

リンク先の記事で、「古代史はあいまいなところが多い分、こういった想像を差し込むゆとりがあるのは、たのしいですね」と書いていらっしゃいますが、いろいろと想像できる、ロマンだと思います。

卑弥呼が操ったまじない、鬼道というものは、やはり農園主さんのお考えのように、道教、または道教の一端だったと考えます。

大陸から伝わったものに自分なりのエッセンスを加え、独自のものにしていったのではないかと思えます。

3世紀頃は、巫女的な存在の女性が権力を持つことが多かったようですが、卑弥呼が多くの女性の中でカリスマとして君臨できたのは、統率力や単純な占い、祭祀だけでなく、他には見られない独特な呪術などを用い、その絶対的な能力を周りに知らしめたからかもしれませんね。

宗教的なものは、その時代ごとの流行もあるかと思いますが、一般的な祝詞や静かにブツブツと唱えるお経より、火を用いた護摩法要や、現実離れした呪術のパフォーマンスのほうが、インパクトがあり心を奪われやすい、悪く言えば民衆を惑わせやすいと思います。

先日お参りした日光のお寺は、天台宗です。

ふだんは真言宗の護摩法要を見たり、参加することが多く、天台宗の護摩法要はほとんど見る機会がありません。

お経もだいぶ違うし、般若心経、ご真言の唱え方も、なんとなく天台宗の方は何を言っているか聞き取りにくく、地味な感じがします。

日光のお寺では、誰でも自由に護摩法要を見ることはできますが、有料で護摩札をお願いすると、護摩壇の前の席に座れます。

今回、お札を申し込んだ人は他にいなかったので、私と主人ふたりだけが護摩壇の前に座り、法要前に僧侶からお話がありました。

密教(台密)なので、普通は外から見えないよう、衣の中で印を結んだり、声も小さく静かに唱えたりするが、今日はおふたりだけなので、僧衣の外で、よく見えるように行います、とのことでした←これは、サービスというのでしょうか(笑)

30分少々でしたが、その修法の圧巻さに驚き、聞きほれ、見とれてしまいました←お坊さんに見とれたわけではないです(笑) もっとも後ろ姿しか見えませんが。

ここは健全なお寺ですが、こういうパフォーマンスに引っかかって、フラフラと入信してしまう類いの宗教もあるんだろうなと思いました(笑)

卑弥呼の鬼道にしろ、平安時代あたりの陰陽師にしろ、おおげさなパフォーマンスやあやしげな仕草は、願いを叶えてくれたり人を呪う力が絶大なんだろうと、人々に思い込ませるに充分だったのでしょう。



話がそれますが、國學院大學博物館で、『企画展「中世日本の神々―物語・姿・秘説―」』というのが開催されていると、ネットのニュースでみたので、行こうと思ったのですが、渋谷という場所はどうも行く気になれないところで、人の多さ、騒々しさに加え、運気を吸い取られる気がし、やめました(笑)

YouTubeに國學院大學博物館のサイトがあったので、企画展の短い展示解説の他、いくつか観てみましたが、以下はその中のひとつです。

https://www.youtube.com/watch?v=IgBwWXNH...

この中におもしろい解説があったので、ご存じのこととは思いますが、引用します。

「古代の神話を題材にした物語、言説が数多くある。そうした場合、『日本紀』すなわち『日本書紀に曰く』、という形でそれらが語られる。しかし、中世期のこういった『日本紀に曰く』、つまり日本紀にはこう書いてありますよとしてあっても、原典の日本書紀をみると、まったくそのような記述はみえないことが往々にしてある。あたかも日本書紀はじめ、古代の神道古典、神話に載っているように装いつつ、実は、中世に新たに語り出された物語もたくさんあるということになる。これは中世日本紀という」

中世の人が、実際は日本書紀などに書かれていないことを、あたかも書かれていたかのように書物を書いたことには、ますますロマンを感じてしまいました(笑)

日本書紀などの古代の書物、言説には信憑性があまりないと認識していたのか、またそうであっても日本書紀をないがしろにはできないので、『日本紀に曰く』と書いて、一応立てつつ、新たな物語を書いたのでしょうか。

実におもしろいですね。

論語の『子曰く』も、同類のような気がしてきました(笑)

神代の昔からの様々な言い伝え、書物は、決して正確なものではないということが、この動画でわかりましたが、神道の大学が言っているからと言って、100%信じられることばかりではないとも思います。

あいまいな点、疑わしい点が多ければ多いほど、より多くの想像を広げることができるし、その中に真実があるかもしれないという、楽しみがあります。

農園主さんのお考えは、どの記事も、単なる想像や珍説ではなく、様々な視点から構築した、優れた論文だと思います。



道教と、前方後円墳の関係も新鮮な驚きでした。

薄葬令は、大化の改新事業の一環ですね。

詳しくは知らず、ざっと調べてみましたが、細かい取り決めがあったんですね。

ご存じとは思いますが、リンクをはっておきます。

https://adeac.jp/yukuhashi-city/text-lis...

「やはり日本では原始道教を本場中国とはまったくべつのかたちで理解し、一方では独自の古墳文化を生み、一方で神道を洗練させていったのではないでしょうか」という、農園主さんのお考えに同感です。

古代道教の影響を受けたとしても、それをすっかりマネしたわけではなく、取捨選択して、採り入れたり切り捨てたりしていき、日本独自のものにしていったのだと思います。



地図をありがとうございます。

その人物の地名(一応伏せます)は、古墳時代以前から全国にあったのですね。

長瀬の波牟許曽神社(お差支えあれば、削除します)には、配祀神として、スサノウもまつってありますね。

神社名は古来の蛇神信仰に由来するとのことですが、もちろん、古代からの蛇神信仰もあった上での想像、ひとつの珍説をお聞きください(笑)

波牟許曽神社は、スサノウがヤマタノオロチを退治した際のつるぎを、ご神体として密かにまつったので、ヘビそのものを信じたり、ヘビをまつったのではない、という説はめちゃくちゃでしょうか(笑)

熱田神宮に本体があり、皇居に形代があると言われる、草薙の剣の、いかにも真実のような話もありますね。

ここまで書いたあと、調べていてたら ↓ を見つけました。

「『日本書紀』には、スサノウノミコトがヤマタノオロチを退治した剣は、吉備にあったと記されていて、その場所は石上布都魂神社のことだと考えられている。剣はその後、奈良県の石上神宮へ移された。明治時代、石上神宮の禁足地が発掘され、伝承のとおり、剣が出土した」という記事と、もうひとつ。

石上神宮の祭神のうち、1柱は、『布都斯魂大神(ふつしみたまのおおかみ)』で、HPには、「記紀神話に見える、素戔嗚尊が出雲国(島根県東部)で八岐大蛇を退治されるのに用いられた天十握剣(あめのとつかのつるぎ)に宿られる御霊威を称えて布都斯魂大神と申し上げます」と書いてありました。

これを見ると、物部氏があがめていたのは実はスサノウの剣のことだった、或いは、物部氏はヘビをあがめていたが、後々剣の伝説が出現し、いつのまにかヘビ=剣とすり替わった、ということもあるのかなと考えますし、牛頭天王イコールスサノウとみなすと、ヤマタノオロチ(ヘビ)や退治した剣も関連がある、ということもあるかもしれません。

「牛頭天王が勧請されて波牟官神と合祀~~」というのは、まったく別の神様の合祀ということではなく、案外自然な流れで、これはスサノウが望んだことだったように思えます。

退治したヤマタノオロチの尾から天叢雲剣が出てきたわけですし、クシナダヒメは本来、霊蛇姫と表記したという考察もあり、スサノオとしては、(書き足し)ヘビを大切に思い、ヘビを自分と切り離せないものだと思っていたのでは。

参考までに、「天叢雲剣」のウィキペディアの「蛇の剣」の項目には、以下のように書かれています。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A9%...

クサは臭、ナギは蛇の意(ウナギ)で、原義は「蛇の剣」であるという説。神話の記述でも、この剣は蛇の姿をしたヤマタノオロチの尾から出て来ており、本来の伝承では蛇の剣であったとも考えられる。蛇の形状をした剣として蛇行剣がある。 高崎正秀は『神剣考』「草薙剣考」において、クサ=串=奇、で霊威ある意とし、ナギ=ナダ=蛇であるとして、この剣の名義を「霊妙なる蛇の剣」と説いている。また、その名はヤマタノオロチに生贄にされかけたクシナダヒメ(奇稲田姫)に通じるものであり、本来クシナダヒメは霊蛇姫(くしなだひめ)と表記したのではと考察。ヤマタノオロチに対する祭祀者でありながら同時に出雲を支配する女酋的存在ではなかったかとする。 なお垂仁天皇の神話でも、出雲の女性が蛇神だった事例がある。葦原色許男大神(出雲大社)の祟りが解けた誉津別命(本牟智和気王)は肥長比売と結婚するが、肥長比売の正体は「光る大蛇」だったという。


私の珍説は、農園主さんのように様々な説を検証したり筋立てて推理したものではなく、また、農園主さんのお考えを否定するものでもなく、くだらない思いつきにすぎないので、笑って読み飛ばしていただけたら幸いです(o_ _)o))

【追記】「牛頭天王と物部氏」で検索すると、AIの回答としては、「直接的な関係はないが、物部氏が鎮護していた土地では牛頭天王が信仰されたという歴史的関連性がある」でした。もともと物部氏と牛頭天王は、なんらかの関りがあったということでしょうか。

なんにしても、終始支離滅裂な想像で、読みにくく、申し訳ありません。



公民館の掛け軸、お榊を見ると掛け軸の大きさがわかりますが、ずいぶんと立派なものですね。

かなり年季が入っているように感じますが、みなさんで大事にしていらっしゃるのですね。

公民館のような公共の施設に神棚があることに驚きましたが、住んでいる地域を守ってくれている神様を大切におまつりするという、住民の方々に受け継がれてきた、篤い思いが伝わってくるように感じました。



余談ですが、日光にお参りした直後、洗濯機が壊れました ← 普通、いいことが来ませんか?(笑)

購入時から9年経っているので、修理依頼しても相当の費用がかかることを考え、即刻買い換えました。

ぼやぼやしていると、コインランドリー代が恐ろしくかかるので(笑)

6キロの洗濯物だと、30分の洗濯(ドラム式で乾燥無し)で、700円!!  

幸い、翌々日に配送・設置してくれ、助かりました。

今回、初めて日本製ではないものにしましたが、ビックコジマオリジナル製品で、製造は中国のハイアールです。

かなり迷ったのですが、値段が全然違いますし、最近のハイアールやアクアはずいぶん品質が向上していて、不具合が起きる確率は国産品と変わらないそうですね。

6キロの全自動ですが、古い洗濯機の回収代(家電リサイクル法により必須で 4,730円)、長期保証5年&全損補償で2,290円、延長の排水ホース代748円はかかりましたが、本体は34,800円のところ、思いがけず期間限定で10%引きなので、全部あわせて4万かかりませんでした。

日本のものに拘るのは、無用な思い込みだったんなぁと、安い買い物に満足しています(笑)

といっても、突然の出費は痛いです(>_<)



今頃になって暖かい日が続いていますが、さすがに虫の声も聞こえなくなってきました。

寒暖差が大きい日もありそうですので、体調に気をつけてお過ごしくださいね。

今回、お名前を敬称無しで、度々打ってしまった失礼をお許しください(笑)

2025年10月 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する

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NHKの池波正太郎出演の番組ですが、たぶん私が偶然みたのと同じですね。

ずいぶん古いものを放送しているんだなと思いましたが、内容を確認せず、すぐ消してしまいました。

池波正太郎の人となりはわかりませんが、当時の作家は、おだてられ、持ち上げられて、その過程で尊大になっていくタイプが多かったように思います。

テレビなどで偉そうにしている姿を見ると、鼻持ちならない奴という認識を持ってしまいがちですが、池波正太郎は、農園主さんが感じたように、あえて尊大な態度をとっていたのかもしれません。

作品を読むと、変に凝らない描写や文体、わかりやすく読みやすい表現で人間の情をきめ細かく描いているあたりから、素直で実直な人なのではと感じます。

以前、知人の高齢男性が無理やり親切に貸してくれたのが『鬼平犯科帳』だったのですが、すっかりハマってしまい、『剣客商売』『仕掛け人・藤枝梅安』と、全巻読んでしまいました(笑)

シリーズは長編ですが、1話1話が短いのでキリよく読めるし、登場人物の人間関係がさほど複雑ではないので、気楽に読めるというのがよかったです。

ご存じかもしれませんが、埼玉県の羽生パーキングエリア(東北自動車道)上りは、2013年に『テーマ型エリア鬼平江戸処』として、「鬼平犯科帳」の世界観に基づいて、江戸風建築にリニューアルされました。

PAなので、SAより規模は小さいのですが、『鬼平犯科帳』に登場する店名を使用した、親子丼・1本うどん・お蕎麦屋・甘味などのお店、おみやげやさんがあります。

鬼平を知らなくても、江戸の町の雰囲気を充分に味わえるので、大人気スポットとなっています。




最初に記事を読ませていただいた時、『牛頭天王』という単語が目に入り、びっくりしました。

というのはその直前、ネットで『牛頭天王』を検索し、様々な資料に目をざっと通した後、ウィキペディアで『牛頭天王』を検索していたからでした。

牛頭天王については、どちらかと言えば「魔」という位置づけだということなど、ざっくりとしたことしか知りませんでしたが、もう少しきちんと知りたいと思い、調べていたところでした。

以前、氷川神社がなんとなく好きだということを書いたかと思いますが、氷川神社について私が知らなかったことを、農園主さんから教えていただいていました。

夏越の祓の話から、蘇民将来についても教えていただきました。

蘇民将来は、スサノウでなく牛頭天王としているものもありましたが、スサノウの本地が牛頭天王で、同一人物(同一神)とみれば、同じことですね。

とにかくすごくややこしいので、頭がおかしくなってきました(笑)

「護符」のところで興味深いことが書かれていました。

伊勢近辺の海女の習俗として、晴明紋の星印(五芒星)を手拭いに染め、これを「ショーメンショーライ」と称して魔除けとする民俗例がある(Wikipedia 牛頭天王「護符」より引用)


これだけだとよくわからないのですが、

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%BB%...

こちらだと、安倍晴明と蘆屋道満に関係する、陰陽道が起源らしいと書かれています。

海女さんたちが、神仏に護ってもらうのではなく、陰陽道によって魔除けをすることが、なんだかおもしろいと思いました。

神仏にお願いするよりも、おまじないのほうが効き目があるような気もしますね(笑)


八坂神社のお話で、「人々は疫病の神を一方的に恐れるのではなくて、楽しむんですね」と書いてくださったことで、祇園祭の意味がとてもよく理解できました。

ずいぶん前に見つけたものですが、

https://intojapanwaraku.com/rock/culture...

これにも、牛頭天王、祇園祭のことが書かれています。

しかし、このライターは「結局はよくわからない論」でまとめてしまっているので、読む方はもっとわかりませんね(笑)

また、「牛頭天王」のウィキペディアには、「牛頭天王と素戔嗚尊の習合神である祇園大明神」の護符の絵がありました。



俊徳丸はハンセン氏病だという現実的な解釈もあったのですね。

当時、多少なりとも病気の可能性を考えたにしても、呪いということで、法話の意味が色濃くなるのでしょう。

生きている人間の強い念に、他人を不幸にするほどの力があるのなら、一途に祈れば神仏による利益も得られると思いますし、よこしまな心で生きるより、純粋な心で信心する方がいいですよね。

俊徳丸のお話は呪いと信心がセットになっていますが、西洋でも呪う側と純粋な気持ちで生きている者がセットのお話も多いですね。

呪いとまではいかなくても、人を憎んだり恨んだりすることは、人間ならば一度はあると思います。

ずっときれいな心で生きるというのは思ったより大変なことですが、利他を広げるためにも、マイナーな気持ちはどんどんバッサリ切り捨てていくのが大事、でもなかなか難しいですね(笑)



「口づけ」の件ですが、恐ろしく軽薄なことを書いてしまっていました(笑)

おっしゃるとおり、キスは神聖なもので、特に聖職者が信者の額にするキスは、神様の愛、祝福をいただくことになりますし、生々しいものではありませんでした。

神仏から直接何かをもらうことは現実的にはできないので、神父や牧師などの聖職者、お坊さんを通して受けるわけですね。

日本だと、徳の高い僧侶の袈裟を触ることで、ご利益があると思っている人がいますが、わかるようなわからないような(笑)

同性同士でも、海外ではキスはあいさつ代わりだったりしますし、単純に習慣でもありますよね。

そういえば日本人は、キスもしないし、握手もしないし、ハグもしませんね。

あいさつでそういった身体の触れ合いをしませんが、その代わりにお辞儀をします。

これは、日本人独特の清潔感に対する観念からくるものなのかもしれないし、相手の身体に触れない、近づかないことが、相手への敬意のあらわれのように思います。



菅原道真や平将門、崇徳天皇などの、怨霊とされた人たちも、最初は彼等の怨念、魂を鎮めるために建てた神社が、いつのまにか普通に参拝する神社になっていますが、これもおもしろいですね。

今は菅原道真がご祭神の神社が、住んでいるところの氏神さまなのですが、普通に学問の神様ですよね(笑)

安徳天皇も怨霊とされ、鎮魂のために鎮守八幡宮が創建されたそうですので、余談です。

『義経千本桜』は、もともとは人形浄瑠璃の作品で、後に歌舞伎の演目になったようですが、とにかく長いですので、ちゃんと観たことはありません。

史実に忠実な部分と、そうでないところもあるのですが(物語なのであたりまえですね)。

壇ノ浦で入水して死んだはずの安徳天皇が、生きていて、しかも女の子だという設定でした。

義経が安徳天皇(女の子の)を保護しますが、母に会いたいと泣く安徳帝を、母の建礼門院のところに連れて行き、安徳帝が出家するというお話になっています。

昨年、No.1554で、安徳天皇について詳しく書いてくださっていたので、読み返させていただきましたが、やはり私も生存説には無理を感じます。

ものがたり的には、入水はあまりにもかわいそうなので、生存説がいろいろ発生するのかもしれませんね。



家や家の周りの掃除は、自分が気持ちよく過ごすためというより、農園主さんのお書きになっているように、神様仏様に対する気持ちからだったのですね。

祓い、清めるというのは、身の回りを清潔に保つだけでなく、たぶん心から悪いものを取り去って清く保つという意味もありますよね。

現代でも、日本はどこに行っても白い靴が汚れないのですごいと外国人が驚くそうですが、室町時代あたりでも、ヨーロッパの人が驚くような清潔な暮らしをしていたんですね。

最近、ゴミ屋敷という言葉をよく聞きますが、反面、掃除に関してのライフハックも大流行しています。

参考になることが多いですが、みんなあれほど熱心に日々おそうじしているのかどうか、疑問です(笑)

厄除けも掃除もですが、すべてのことは「気になるならやったほうがいい」というのが、まさにベストな考えだと思います。

縁起物や厄除けのグッズを集めたりするのは、おっしゃる通り、精神衛生の問題に大きく働いています。

自己満足、ですね(笑)

あれもこれもではなく、自分なりのこだわりもあるのですが、問題は、毎年受けていたお札や縁起物のうち、どれかをやめようと思ってもできないということですね。

やめたら悪いことがきそうで、精神衛生に支障をきたします(笑)



わたくしごとですが、久しぶりに日光に行ってきました。

昨年母が亡くなった時は、行かないで法要だけお願いしていたので少し気になっていましたが、今回お参りしすっきりしました。これも精神衛生ですね(笑)

数年前、母方の祖父母と、父の位牌を新たに作り、永代供養ではありますが、年忌の法要はお願いしています(祖父母のお墓は墓じまいし、お骨はそのまま東京のお寺にありますが、両親は散骨です)。

牛久のように、位牌が誰でも見られるわけではなく、奥から出してきてくれて、お焼香の用意もしてくれました。

輪王寺の三仏堂(本堂)で、「天海大僧正 等身大座像」の初開帳もあり、宝物公開が11月25日までだったので、いいタイミングでした。

日光の帰りに鬼平の羽生パーキングに寄ったわけですが、日光も羽生も、平日だからか、あまり混んでおらず、外国人観光客もまばらでした。



輪王寺宝物殿のお庭、逍遥園での写真です。

まだ紅葉はチラっと見かけるくらいでした。

雨模様の日だったので、薄暗いです。



いよいよ寒くなってきましたね。

おでんやシチューなどで内臓を温めて、体調をくずさないようお気をつけくださいね←それより熱燗の季節ですよね(笑)


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2025年4月 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する

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合間に私がよけいな投稿をしてしまったため、連投のようになり申し訳ないのですが、No,1601から5日経つので、投稿しますね。

薬剤師さんがパンシロンを勧めてくれてよかったですね。
ガスターは胃潰瘍も修復するというくらい強力なので、副作用もすごいようです。

当時、H2ブロッカーを飲み始めてすぐにうつ症状がでましたが、気分が沈む・落ち込む・意欲が出ないというスケールのなまやさしいものではなく、奈落の底に沈んだような、周りが暗くよどんだような、生きている心地のしないという、なんとも言いがたいものでした。

薬の副作用には充分に気をつけていましたが、ネットで簡単に調べることもできない頃でしたし、まさか胃薬で精神的な副作用が起きているとは思わず、うかうかと一ヶ月飲んでしまいました。

一ヶ月後に服用をやめてからすぐに、うつ症状はウソのようになくなりました。

薬の副作用とは断言できなかったものの、明らかに精神的なストレスからくるものではありませんでした。


おととし、逆流性食道炎になった原因は、毎日炭酸(強炭酸水)を飲んでいたのと、食べすぎだと思います。

喉のイガイガも、逆流性食道炎が原因と耳鼻科で言われ、薬を処方されましたが、それがH2ブロッカーだったため、内科のクリニックに行き相談しました。

その結果治療薬として出されたのは、ランソプラゾールという薬でした。

H2ブロッカーではないということで安心してしまいましたが、これも一ヶ月飲むよう指示されます。

しばらくして、胃酸があがってくる症状は軽快したものの、まずめまいの症状がでました。
並行して、以前より程度は軽いですが、不快なうつ症状もでました。

この時も、やはり、薬をやめてすぐ、どちらも軽快してきました。

恐らくですが、H2ブロッカーに限らず、胃酸を抑える成分に問題があるように思います。
ランソプラゾールも、副作用のところにめまいやうつ症状がありますし、農園主さんが引用してくださった、薬剤惹起性うつ病の表にもPPI製剤として、ありました。

薬の話ばかりで申し訳ありませんが、抗菌剤としてよく使用される「ニューキノロン系」も飲めません。
もしかすると以前書いたかもしれませんが、重篤な副作用がでました。

もうずいぶん前の気管支炎の時、処方されましたが、頭痛、それも神経にさわるような変な痛み方・手がだるくしびれて上に上がらない・ひどい倦怠感・関節痛・皮膚のかゆみ・婦人科系統のトラブルなど、様々な症状が続きました。
まさか副作用とは思わず、何かの病気かもしれないと、気管支炎でかかった病院とは別の内科を受診しました。

血液検査の結果、肝臓、腎臓などの数値が、尋常ではないくらい高くなっていました。

診断は、恐らく膠原病だろうとのことで、大きな病院を紹介しますと言われました。

膠原病なら完治することはないので、母は泣き出すし、妹は目前に結婚する予定でしたが、取りやめて、私の娘(当時3歳)を育てると言い出す始末でした。

当の私は、私がそんな病気になるはずはないな、と(根拠のない自信・・・)案外楽観的でしたが、しばらくして薬の副作用かもしれないと気がつき、内科で話しました。

もし薬害なら1ヵ月ほどで血液の数値が下がってくるはずということで、様子をみたのですが、案の定、ひと月くらいで劇的に下がり、不快な症状も徐々に落ち着いてきました。

この薬は、母もおかしな頭痛が起きました。

そのため、娘には飲ませたことはなく、「飲めない薬」として、必ず病院では申し出るように言ってあります。

その娘が、数日前、緊急入院しました。

腹膜炎で絶対安静、点滴はニューキノロンが一般的なんだそうですが、娘が使えないと伝えたところ、弱い抗生剤の点滴にしてくれたそうです。

今日で3日目、やっと重湯から三分粥になりました。

腹膜炎の死亡率は案外高いので、娘が早く受診してくれて、ほっとしました。

新学期が始まったばかりで忙しすぎる時期の入院ですが、来週の退院後も抗生剤の服用を続け、落ち着いたら内視鏡検査があります。

退院後に仕事は行ってもいいそうですが、できるだけ安静を保つのと消化の良い食事といわれたそうで、しばらくは体育の授業は無理でしょうし、感染性胃腸炎の時と同じように(書き足し:娘は私から移ったのではありませんが、3月に感染しました)、給食は無理なのでおかゆ持参になると思います。(書き足し:前にお話したかどうか忘れましたが、娘夫婦は小学校の教員です)

内視鏡の検査次第ですので、まだ楽観はできないようです。


農園主さんの記事を読ませていただいていると、今までネットなどでかたよりなく調べたつもりの情報も、帯に短し襷に長しだったことがよくわかります。

本にしても、ある人は生野菜はよくないと書き、ある人は生野菜を食べなさいと書いていたりしますし、結局はどの情報を信じるかになりますね。

牛の屠殺の話は初めて知りましたが、「牛の苦痛をできるだけ減らす配慮」がなされているとは、びっくりです。
シビアに考えると、牛のためもありますが、ストレスを与えずに屠殺すれば、食肉としてよりおいしいとか、柔らかいとか、そのような影響もあるように思います。

こういうお話を知ると、肉、魚、野菜、あらゆる食べものに感謝して食べるということがいかに大事かと思い知らされます。


自治会のお仕事は、忙しいだけでも大変ですのに、気が休まらないということがよりストレスになりますよね。

男性が美人の看護師さんに血圧をはかってもらうと、通常より高く出る傾向があるそうです(笑)
そんな時は、深呼吸をすると落ち着くとか。

先日、講座を終えたあと、施設内に無料の血圧測定器があるので、やってみました。
なんと、上が180,下が90で、さらに血圧が上がりそうに驚きました。

深呼吸を何度も繰り返してからはかり直すと、130の65くらいになりました。
たった1時間の講座でも、ピアノを弾きっぱなしですし、話もするので、体力と気力を相当使うため、そのあとはこんなに上がっているのかとびっくりです。


真島クリニックのお話ですが、こういう研究をしていらっしゃることに驚きました。

やたらと薬を勧めるお医者さんが多い中で、食事でどれだけ改善されるかという研究は、とてもありがたいですね。

厳密な実行はなかなか難しいかもしれませんが、できる範囲で取り組むことで、必ず改善されていくと思えます。

西村賢太、『苦役列車』しか読んでおらず、食生活を日記にして本にしていたことは知りませんでした。
タクシーの中で意識を失ったそうですが、乗ったところは赤羽(東京都北区)で、私がよく買い物に行くところです。

最近は、コンビニでもスーパーでも手軽にお惣菜が買えるし、加工肉、加工食品を食べる機会も多いかと思いますが、西村賢太のように、毎日のように食べてはだめですね。

買うにしても、ちょっと気をつけることでずいぶん改善すると思いますが、食べたい飲みたいという欲求は、なかなかあらがえないものだというのもわかります。


夫源病のことですが(笑)
これは、大なり小なり誰でも起きることでしょうね。

また逆に、妻が死んでくれたら、と思うダンナさんも多いようです(笑)

夫婦は血のつながりがないので、どうしても血のつながった家族とは関係性が違ってきます。

ささいなことでも、相手が自分の思うとおりにならないと、それはストレスになると思います。

私の場合、好きとか嫌いとかいう以前に、どうも誰かと暮らすこと自体、ストレスにつながるんですよね←ということが最近わかりました。

何もない時はいいのですが、主人の病気など非日常的なことが起きると、精神的にも無用な心配をするし、自分の生活が犠牲になってしまうのがとてもイラっときます(笑)

かといって手を抜くのはいやなので、自分が体調悪くても、頑張って看病してしまうわけです。

いつもあることではないので大きなストレスではないのですが、時間を自分のために使えなくなるというのも、そこそこストレスにはなりますね。

年に2回ほど、主人が2週間くらい上海に行くのですが、その間は天国のようです(笑)

帰宅時間を気にしてご飯の用意をすることもないし、仕事のじゃまも入らないし、洗濯物も少ないし、いいことばかりです(笑)

「亭主元気で留守がいい」と言ったのは、ずいぶん昔のコマーシャルだそうですが、名言ですね(笑)

以前はあまりこういう考えはなかったのですが、おととし主人がコロナになった時、私も長く気管支炎が治らない状態だったので、食事の世話から薬の面倒と、連日苦しいのを無理して頑張りました。
その時、これは老老介護の予行演習かと思い、気持ちまで疲弊しました。

年を取れば取るほど、家族の世話というのは肉体的にも精神的にも負担がかかって当然ですので、そこをどう折り合いをつけて、自分が倒れないようほどほどに手を抜き(笑)、最低限のことをするか、案外難しいところではあります。

最低ラインとして、相手がしてくれたことに「ありがとう」がきちんと言えるかどうかが、これが大事なんですよね。

当たり前のようにされたら、やる気もなくなるし、イライラもします。

こちらから聞かないと、おいしいものをおいしいと言わない、これもダメです。

「言わなくてもわかっていると思う」は通用しませんし、積み重なるとほんものの夫源病に発展するかもしれません(笑)

この世に「当たり前」のことは存在しませんし、生きているうちに伝えるべきことは言わないと、大きな後悔につながると思います←これは、私にも言えることですが。


削りつつも、結局は長く、しかも自分のことばかりになり、申し訳ありませんm(_ _"m)

春先はお天気が変わりやすく、気温差もあったりするので、気をつけてお過ごしくださいね。
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同じようなことをやってたんですね(笑)←笑ってごめんなさい。

私も、まさに今、No.1601のお返事が長くなっていたので、一生懸命削っていたところだったんです。
ところが、削ると意味がつながらなくなったりして、結局はなぜか増えていく一方で(笑)

今後は、5000文字でもそれ以上でも、差し支えなければ、2回にわけることなく、削らず、投稿してください。

「余計な労力」は、何にもありませんでしたので、ご心配なく(*^。^*)

適度に文字数を削ったら増やしたら、投稿しますね。
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ここでのやりとりがストレスになることはないんですが、ぼくはここで返信をさせていただくとき、毎回書きすぎてしまって、そこから削る作業をするんです。

この削る作業をしておかないとわかりづらい文章になりがちなんですが、前回の投稿が先週土曜日でした。

じつはこの翌日の日曜日が自治会の予算会だったんです。

予算が決まると、月末の自治会の初集会に向けて当面バタバタするのがわかっていました。

もちろん畑仕事も待ったなしの時期です。

それで、まずおもいついたことを書いていたんですが、気が付いたら5000文字になってしまいました。

2回にわけるのもどうかなあという内容でしたし、たぶん時間があったら屠殺の描写はすべて削っていたとおもいますが、推敲すると投稿がずいぶん先になりそうだし……という、妥協の結果の投稿でした。

じぶんで妥協してるのがわかってるからやっぱり気になるんです(笑)

きのう、すこし余裕が出た段階で読み返してみたら、やっぱりダメですね。

訂正箇所が投稿の訂正ですむような性質のものでもなかったため、もうギズモさんがすでに返信を書かれているだろうとはおもったんですが、再投稿させていただきました。

その判断もギズモさんに余計な労力をわずらわせてしまったのではないか……と考えだすと、いまのぼくの状況ではドツボにはまるような話ですから、もうここで考えるのは切り上げます(笑)



それにしても、強い作用をもつ胃薬が強いうつを惹起するというのは、知らない人も多いのではないかとおもいます。

しかも、市販薬として売られてるんですもんね。

ぼくはガスター10が値段の割に錠数が少ないので、もったいないなとおもってパンシロンにしましたが、それまで胃薬はどれも副作用が少ないとおもいこんでいました。

ぼくもギズモさんの経験談を参考に、気を付けるようにします。

2025年2月 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する

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とっさに思い出したみかんの皮の粉ですが、お役に立って何よりです。
釈迦に説法どころか、知っていた以上のことを詳しく教えていただき、本当にありがとうございます。

人間の肉体は酵素のカタマリということは、まったく知りませんでしたし、代謝の良し悪しに関係していたということも知りませんでした。

あれ以来、私も週一度でなく、毎日摂るようになりました←ちょっとえらいかも(笑)

先日、アレルギーの薬をもらいに内科に行きましたが、「前回の検査から1年経つので、次回はコレステロール値の検査をしましょうね」と言われてしまいました。

「悪玉コレステロール値を低下させる」と書いてくださっていたので、1~2ヶ月、毎日みかんの粉を摂っていれば、絶対コレステロール値は下がっているはずと信じ、続けるつもりでいます。

みかんの皮パウダーの使い方ですが、いろいろ活用イメージを膨らませていらして、すごいなぁと感心します。
私もぜひ参考にさせていただきたいと思います。
食生活に取り入れておいしく摂取できたらそれが一番ですので、お試しになったことがありましたら、また教えてください。

私も、毎日小さじ1杯摂ることで、コレステロール値だけでなく、花粉症や皮膚のかゆみなどのアレルギー症状、免疫アップにも効果があればいいなと思います。

『豚ひき肉としいたけとタマネギのみじん切りを甘辛く炒めたもの』は、とってもおいしそうですね~。
常備菜として、作ってみたくなりました。

伊勢のアマテラスのお話、ありがとうございます。
おかげまいりの流行は、本当にすごかったようですね。
確か、『東海道中膝栗毛』も伊勢に行くお話だったと思いますが、その他、時代物の小説にたまに出てきます。

伊勢神宮が、仏教の影響を受けなかったというお話、とても興味深く読ませていただきました。

伊勢神道・神本仏迹という言葉、出雲大社の境内に仏堂や経典が並んでいたということも、初めて知りました。

江戸から明治の過渡期に過激な廃仏毀釈が行われ、徳川打倒とともに天皇を神とした時代が始まるわけですね。


「伊勢神宮のアマテラスが絶対神」という考え方が今も継続しているために、神棚は、「天照皇大神宮=神宮大麻」のお札を真ん中に祀り、氏神さまのお札は右、左に崇敬神社のお札という決まりになっているんですね。

ここで、ちょっと気になって調べてみたのですが、伊勢神宮のホームページに、
[神宮のお神札は「神宮大麻」と呼ばれ、大麻とは「おおぬさ」とも読み、お祓いに用いる祭具を意味します。古くは伊勢の御師によって御祓大麻として配布されてきましたが、明治天皇の思召により、国民が朝夕皇大神宮を敬拝するために神宮から全国各地にお頒ちすることになりました。]と書かれていました。


ということは、伊勢にお参りに行った人は、その「御祓大麻」なるものを受けていたかもしれませんが、家庭で天照大神のお札に手を合わせたり、神棚にお祀りするようになったのは、明治の時代からということになりますね。

伊勢神宮は皇室の氏神である天照大御神を祀るため、歴史的に皇室・朝廷の権威との結びつきが強い

ウィキペディアの「伊勢神宮」には、このように書かれていました。
天皇の思召が関係したのもわかりますが、伊勢神宮のお札を売りたいための陰謀、策略ともいえるかもしれません(笑)

数年前、出雲大社の東京分祀に初めてお参りに行きました。
繁華な六本木の裏道の、ビルの中にあります。

たまたま誕生日だったので、記念にご祈祷を受けたところ、お酒や絵馬、おしゃもじの他、神棚にお祀りするお札もいただきました(下に写真をアップしました)。

出雲大社のお札は、他の神社のお札とは別格ではないかと思い、お祀りする場所を尋ねたところ、「伊勢神宮が真ん中でも出雲大社が真ん中でも、並べても重ねても、そんなことで神様は怒りません」と言われました。
その時、同じ質問を伊勢神宮で聞いたら、どのような答えが返ってくるのか、気になりました(笑)

また、「江戸時代には通史がなくて、徳川以前にだれが社会を統治していたかわかっていなかった」というのは、ちょっとした驚きでした。
改めて国学についてざっと調べてみましたが、主だった国学者の名前は知っていても、教科書で習った程度のことしかわかっていませんでした。

当時の国学者の研究がなければ、いまだに徳川のような政治体制が続いており、仏教が主流となり、天皇制にはならなかったということもあるのかもしれません。
そんなことを考えると、日本の宗教というのはおもしろい過程を経ていますね。

毎年1月末までには終えている、神棚・仏棚のお札の入れ替えですが、巣鴨のお地蔵様のお札だけがまだでした。

いつもは元旦祈祷をお願いし、1月5日以降に木札を取りに行くのですが、ほぼ毎日おこなっている20分の特別祈祷の際も申し込めると聞き、昨日行ってきました←この特別祈祷は、東日本の震災後に始まったもので、無料で誰でも本堂に上がってご祈祷を受ける(見聞きできる?)ことができますが、お札を申し込むと料金がかかります。

元旦祈祷の十把一絡げと違い、ちゃんと名前も呼んでいただき(4人しかいなかったので)、大変ありがたく受けることができました。

ご祈祷の時、ひっきりなしに、お参りしている人の声などが聞こえてきます。
お寺なのに柏手訂正:手を叩いている人はずいぶんいて、「お寺と神社の区別も知らないで来てるのかしら?」と、気にはなりますが、それだけ日本の宗教は、規律が厳しくなく、誰もが気軽にお参りでき、親しみがあるということなんですね。

どこのお寺でも、「ここは神社ではないので手は叩くべからず」という張り紙をしたり注意することもないし、神社で二礼二拍手をしなくても咎められることもなく、要は、お参りする人の心、なんでしょうね。

信心に大切なのは、規律やきまりではなく、自由なのかもしれないと思えます。

さらに余談ですが、氷川神社に行った時、後ろに並んでいた30代くらいのカップルの会話が聞こえてきました。
「ちゃんとみんな二礼二拍手してるね~。御朱印も並んでまでもらってるけど、ちょっと前まではこんなじゃなかったよね? いつから日本はこうなったんだろう」と女性の方が男性に話していましたが、同感です(笑)


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2025年1月 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する

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海に面した鳥居が、大陸からの侵略に対しての威嚇や畏怖の念を抱かせるというようなお話を以前伺ったので、大洗磯前神社の鳥居もそうだと思ってしまいましたが、太平洋側はまったく意味が違うんですね。
めでたく縁起のいいものを海の向こうからお迎えするというイメージは、行ってみると、なんとなくですが、感じました。

この鳥居のある岩礁は、禁足地だということでした。
ということは、お書きになっていらっしゃるとおり、岩礁そのものがご神体なのかもしれませんね。

ホームページに書かれていたものを抜粋します。

多くのサイトで当社の神磯の鳥居をご紹介いただいており、大変ありがたいことですが、”太陽”が写っている写真はすべて「朝日」です。

夕焼けに見えるものもありますが、朝焼けですのでお間違いのないようにお願いいたします。

最近、勘違いされてお越しになる方がいらっしゃいます。ご注意ください。

茨城は「ひたち」の国、日が立ち昇る国です。


これは、農園主さんのお考えのように、東が明るい生をイメージしていることに他ならないと思います。

東と西についてのご考察、さすがに着眼点が卓越していらっしゃいますね。
仏教的なものはなんとなくわかっていましたが、産業革命や近代資本主義、キリスト教などにつながるとは思わず、興味深く読ませていただきました。

カトリックとプロテスタントの違いは、宗教上の考え方や戒律の差だけではなく、お金に関することにまで関係していることにも、驚きでした。
そういった考えは、戦争の時もずいぶん影響したように思います。

方角という概念ができたのは国によって異なるのでしょうが、北・南はともかく、太陽が昇る方角、沈む方角は、どの国でもとても重要なことだったと思います。

西に向けては「冒険」、本当にそういうイメージですね。
特に、西遊記は西への冒険そのものかと思います。

西遊記は何回か読みましたが、最後の、三蔵法師が肉体から解脱したことで天竺にたどり着けたというくだりは、すっかり忘れていました。
大変な苦労をして経典を届けたら、今度は天竺までひとっとび、というのはなんだかなぁ、とは常々思っていました(笑)

今回も、大変有意義で、他では知り得ないお話をありがとうございました。

また神社の話で恐縮ですが、武蔵一之宮(訂正:武蔵一宮)氷川神社と、鎌倉の宇賀福神社(通称=銭洗い弁天)にお参りして来ました。
神棚のお札を取り替えるので、この時期はいろいろと行っています。

氷川神社は、電車でも何回か行っているので、道はわかっているはずが、盛大に迷いました(笑)
駅から20分も歩けば着くはずが、途中3人に道を尋ねたにも関わらず、迷い続け、50分ほどかかり到着。
この日は16,000歩も歩きました←恐ろしい(>_<)

鎌倉は迷うことなく行けましたが、心臓破りの坂を上るので、息も絶え絶えです(笑)
ここでおみくじを引きましたが、以前「凶」が出て引き直し、また「凶」、三度目でやっと吉がでたということもあり、行きの坂のごとく、心臓に悪いです(笑)

そんなこともあるので、ドキドキしましたが、大吉でした。
もちろんおみくじは予言ではないので、気休め程度ですね。

他にも、龍神の水鉢におみくじを浸すと字が浮き出てくる「水みくじ」があります。
龍神さまのところに手を合わせただけで、水みくじはやらないで帰ろうとしたら、「おいおい、やらないのか?」と。
声が聞こえたわけではなく、瞬間的に「ひらめいた」という感じです。
なので「はいはい、やりますね」と、急いで水みくじを買いに行きました。
「まぜてあるので上からお取りください」と書かれていますが、左側の、上から4枚目を取り、お金を納めて水に浸したら、「大吉」でした。

凶だと落ち込んでしまい、そのマイナーな気持ちが継続するので、それをわかっている神様に、「大吉をひかせるから、シャンとせい!」と言われた気がします←都合のいい解釈(笑)

「体調」というところに「不安でなく自信を持て」と書いてあったので、妙に納得しました。
体調のことでなくても、不安や不満を持っていていいことがくるはずもなく、「大吉」よりも、これを見せたかったのかもしれません。

カレースパイスですが、ポークソテーの下拵えの際、まぶして焼いたら、スパイス感満載の、とっても香りのいいポークソテーができました。
少しずつ、だいじに使わせていただきます。


武蔵一之宮(訂正:武蔵一宮)氷川神社の写真2枚ですが、なんとカフェ(プレオープン)ができていました! 
そういう時代なんですね~。
抹茶と、あんバターどら焼きです。
このどら焼き、見た目はいいのですが、一般的などら焼きと皮がまったく違い、生焼けのようでボソボソでコナコナしていて、しっとり感皆無、もう二度と食べないと思いました(;^_^A

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2024年12月 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する

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まず最初に前回のご投稿への返信で、指のケガですが、フードプロセッサーの刃は、最初は日本刀のように研がれていて、スッと触れただけで触れたぶん切れてしまうくらいですね。

ぼくも以前ケガをして、その経験を伝えたはずの母もきちんとケガをしていました(笑)

洗いにくい形状をしていますし、みんな通る道なのかもしれません。

指が治るまではギターの演奏は、ピックで行うのでなければ、しばらく安静になさるのがよいとおもいます。

どうかお大事になさってください。



さて、ギズモさんにいただいたお返事の中に、徳子が寂光院に住んだことにだれかの意図があったのかとありました。

ぼくも気になって、調べながら書いているうちに、前回の話のスピンオフというか、あまり一般的に語られていない不思議な物語があることに気づきました。

今回はちょっとこの話をさせていただこうとおもいます。

なんとなくこの解釈は短編歴史小説になりそうな感じです。

いろいろとお返事を飛ばしてしまって申し訳ないんですが、しばらくお付き合いください。



壇ノ浦で捕虜となった徳子は、その後放免されます。

徳子は御所から2kmほど南東の、八坂神社のすぐ近くにある長楽寺で出家しました。

時系列でいうと、1185年3月に壇ノ浦の合戦があります。時期をみて気づきましたが、幼い安徳天皇は3月の冷たい海に入水したんですね。

5月に徳子が長楽寺で出家。このときには直如覚(尼)という名前を授かります。

7月に文治地震が起こり、京の都は大災害をこうむりました。

その2か月後の9月に、寂光院へ移り住み、三代目の建礼門院となります。

では、なぜ徳子はわざわざ都から離れた寂光院に移り住んだのか。



平家物語では、京の都の外れの粗末な寺も地震で崩れ、むかしの知り合いの貴族がたまに訪れてくるのだけど、そういったこともどうにも物憂くなってきたようで、どこか静かなところで世を捨てて暮らしたいとおもったところへ、寂光院を勧める女房があったといいます。

あれだけの凄惨な死の現場を目の当たりにして、みずからも死の寸前まで行きついたわけですから、現代でいえばPTSDのような症状が出ていた可能性もあり、そこに大地震が追い打ちをかけるわけです。

なにもかも物憂く、やる気になれなかったのは事実だとおもいます。

しかし個人的には「静かに念仏をとなえて暮らしたい」という動機だけで寂光院を選んだのは矛盾があるとおもうのです。

というのも、地震があったからといって、なんのゆかりもなく、いよいよ辺鄙な寂光院へ「行ってみよう」とおもう動機がないでしょう。

行くにしても、もう少し多角的な情報がないとさすがに踏み切れないはずで、内見もせずに家を買うような決断をするとはおもえません。



しかも寂光院に行った徳子は、「どうしてこんな山奥で……」といってわが身の上を嘆き、寂光院のふもとの清水で、月明かりにじぶんのやつれた顔を映したり、都を恋しがって昔を懐かしんだり、どうにもやるせない心情が隠し切れない様子です。

ほんとうに念仏を唱えて世を捨てて生きていたいと願ったのなら、もうすこし腹が決まっていてもよさそうなものです。

いろんなところでおもうままにならないしがらみがあって、それでもなんらかのご縁があったから、意を決して大原の深山に居を移そうとおもったのではないでしょうか。



その線で考えると、いちばん気になるのは、阿波内侍との関係性です。

阿波内侍は寂光院の二代目の住持(建礼門院)なんですが、徳子が寂光院に入寺すると三代目の建礼門院を譲って、徳子の従者となりました。

今回は、この阿波内侍の物語を、2回にわけてさせていただこうとおもいます。



阿波内侍についてはあまりしっかりした情報がありません。

もとは藤原家の出で、父の名は藤原通憲。のちに出家して信西となります。

母は紀伊二位といって、後白河天皇の乳母でもありました。



阿波内侍は朝廷で崇徳院の寵愛を受けていた女房です。

しかし1156年。
崇徳院は後白河天皇(当時はまだ天皇です)の謀略(保元の乱)によって排除され、讃岐に島流しにされました。

阿波内侍はこのとき、崇徳院には付いていかず、京に残っています。

保元の乱から8年後の1164年、崇徳院が讃岐に流されたまま崩御すると阿波内侍は出家し、1166年に寂光院に入寺しました。



寂光院は聖徳太子が建立したといいます。

初代の建礼門院は、聖徳太子の乳母であった玉照姫と伝わります。

しかしその後記録がなく、二代目の建礼門院が阿波内侍というのです。

記録がないというのは、おそらくお寺が作られて、縁起が定められてからは、明確な管理者がない時期が長かったのだろうとおもいます。

つまり、荒れ寺だったんでしょう。

それくらい、寂光院周辺は暮らすには厳しい辺鄙なところでした。

特に、尼寺として女性が暮らすには、厳しすぎるほど厳しい場所だとおもいます。

地元の人が細々と場所の維持はしていたけど、住持が勤めてくれることさえないような時代が続いていたのではないでしょうか。



時期は定かではありませんが、崇徳院が崩御したのち、阿波内侍はいまの八坂神社近くにある(訂正:安井金毘羅宮周辺にあった)じぶんの邸宅を「願勝寺」として、菩提をとむらったそうです。

そして阿波内侍が寂光院に入寺して3年ほど経ったとき、彼女は京都の願勝寺を、母の生国である阿波(徳島県)の維摩寺に移し、名前をそのまま「願勝寺」に改めるように請願したそうです。

いまも四国八十八箇所霊場のひとつとして徳島県美馬市に願勝寺が残っています。

しかし「願勝寺」とはどういうことでしょうか。

なにに勝ちたいと願ったのでしょう。

これはやはり、後白河天皇の一派に一矢報いたい、このまま崇徳院の無念を晴らさずに終わってなるものか、という強い願いが込められていたと考えるのが自然です。

崇徳院と後白河天皇が争っていたとき、後白河天皇側についていた武将は平清盛でした。

阿波内侍は後白河天皇のみならず、清盛のことも憎んでいたことでしょう。



もっといえば、なぜ願勝寺を京都から阿波へ移さねばならなかったのか。

これは憶測ではありますが、京の都で阿波内侍が寺の名を「願勝寺」にしたことを、勘ぐる人もいたのかもしれません。

敗軍の崇徳院の勝ちを願っているのではないか、という声が上がり、寺名を変えざるを得なくなり、せめて母の生国である阿波に願勝寺の名を移した、とぼくは考えます。

阿波内侍の恨みの強さが伝わってくるようです。



大原から京の都まで、薪や柴、山の幸を頭に乗せて物売りに出歩く大原女の装いは、阿波内侍からきています。

おそらく阿波内侍も、京都市内まで生活に必要なモノを求めてでかけていたことでしょう。

物売りのついでに朝廷のいろいろな噂も仕入れていたにちがいありません。

そしてその際の関心ごとは、後白河天皇の一派がいったいどうなったか、ということだったはずです。

寵愛を受けた崇徳院が讃岐の地で無念の崩御に至ったというのに、後白河天皇や清盛がのうのうと朝廷でのさばっている。

その恨みをだれかに明確に伝えるということはしなかったかもしれませんが、生涯、言葉にできぬおもいを抱えていたことはまちがいないでしょう。



阿波内侍の恨みが届いた……というわけではないでしょうが、後白河天皇は昵懇であったはずの清盛と反目し合うようになりました。

その間、清盛も後白河天皇も出家しました。

互いにひどく血なまぐさい入道でした。

法皇は清盛の暗殺を企て、清盛はそれに気づくと関与していた一味を粛正、法皇を幽閉したりと(鹿ケ谷の陰謀)、法皇と清盛の対立は熾烈を極めるようになります。

そして清盛が死ぬと、法皇は源氏と手を組んで、残った平家を滅亡に追い込みました。



この壇ノ浦の合戦で、安徳天皇の母徳子がたまたま救い出され、長楽寺に入寺したそうな……。

阿波内侍はそのような話を、都へ行くうちに人々やお寺のネットワークから、かなり早い段階で知っていたのではないでしょうか。



徳子が落魄して出家したとき、阿波内侍が寂光院に入寺してはや20年が経っていました。

老境に入った阿波内侍が徳子の境遇を知ったとき、まるで若いときのじぶんのようだとおもったことでしょう。

徳子は高倉天皇を早くに喪い、平家の没落をどうすることもできず、朝廷で居場所を失った女御の定めとして、おもうに任せぬ運命を恨みながら生きていかねばならないのだ。

阿波内侍はこの20年の間、法皇や清盛への恨みつらみが昇華することはなかったけれど、両者の醜い争いや、清盛の死、平家の滅亡を伝え聞いているうちに、なにもかもがむなしくなっていました。


(続く)

2024年5月 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する

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死の壁なんですが、仕事をしながら朗読を聞いているので、なにか間違いがあったかもと聞き直してみたのですが、ごめんなさい、やっぱりかん違いしてました。

これは『死の壁』の第一章の中の「死なない団地」というエピソードなんですが、養老さんが解剖医の医学生だったころの話とのことです。

てっきり本を書いた時期の出来事だとおもっていましたが、養老さんが解剖医学生のころですから、おそらく1960年代のことですね(笑)

検体の申し込みのあった方が亡くなったんですが、そこは団地の12階。
医学生だった養老さんがご遺体を引き取りに行きます。

しかしその団地は玄関ドアが外開きなので、住人が玄関ドアを開けていると棺は向こうに行けない。

エレベーターにも乗らないので棺を縦にして乗せたんだそうです。

そのときに養老さんは「ここは人が死ぬことを考慮していない建物だ」とおもったといいます。

その後、たまたまその団地を設計した人とお話しする機会があり、この話をしたところ、その方がいうには、そこは若い夫婦が郊外に一戸建てを買うまでに住むところという想定でつくった、というのでした。

とはいえ何千人も住む団地だから人が死なないはずがありません。
にもかかわらず、死を想定していない。

死は自然の摂理ですが、都市は自然を排除することで成り立っています。

都市は、人間が「こうあればいい」と考えてできたものであり、その都市が人間の死という自然現象をも排除している。

そういう意味で、死を想定しない団地のエピソードを養老さんは「都市化の象徴」と言いました。



けれどギズモさんのお話をうかがって、現代の東京では当たり前に人が死ぬことの対策がなされているのだろうとおもいました。

お通夜の件なんですが、うちは父方の祖母はコロナの1~2年前に病院で亡くなり、それから1日、実家に遺体が帰ってきて、渦巻の線香を絶やさないということをしました。

こちらの田舎でも、ご遺体はやはり家にいったん帰ってきて、それから斎場へ向かうのが一般的なんです。

それで前回、なにげなく棺が家から出る、という前提で話を進めていたんですが、よく考えると、母方の祖母は亡くなるとそのまま斎場に安置しました。

おそらく団地の12階の場合も、もし病院で亡くなった場合には、さすがにご遺体を団地の12階まで運んで、そこからまた出棺というわけにはいかないでしょうから、そのまま斎場へ向かうことでしょう。



3種の根付きサラダというのが売られているのですか。

おそらく工場か、それに近い管理化されたハウスなどで水耕栽培されたものだとおもうんですが、パッケージの根をみせる演出も含めて、消費者の購買意欲を誘ういい売り方ですね。

ぼくはいま葉物は128円プラス消費税で売ってるので、198円で売れるのなら生産者はやりがいがあるとおもいます。

2024年4月 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する

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予算会、お疲れ様でした。
やりやすいように変えていくのはいいことですね。
より効率的で負担が少ないよう、改善できることと思います。


おばあさまたちの心温まるお話、ありがとうございます。
家族と施設との関係性、本当に重要なことだと思います。

双方のコミュニケーションがうまくとれていれば、入居者・家族・施設で働いてる人、みんなが気持ちよく過ごすことができますよね。
入居している方が快適に心地よく過ごせるというのは、施設の方の接し方だけではなく、ご家族の愛情や努力のたまものと思います。
そしてその結果、穏やかなお別れができるんだと思います。

農園主さんのご家族のように、みなさんが精一杯のことをして差し上げ、悔いのないお見送りをできるというのは、数少ないと思います。

「おおきに。さいなら」
読んだだけでも涙が出ます。

その時は、お互いに「じゃ、またね」のお気持ちだったでしょうが、それが最後のことばだったことは、さぞかし感無量だったと思います。
※読み直して、「感無量」の使い方が間違っていると感じましたが、他に言葉を探してみても、しっくりするものが思い当たりません←語彙不足・・・


私のひいおばあちゃん(母の祖母)は、私が3才になる少し前に亡くなりましたが、同居していたのでおぼろげな記憶があります。
今でいう認知症でしょうが、トイレで排便後、壁になすりつけていたそうです。
母が後始末をしていたそうですが、母にとっては大好きなおばあちゃんだったので、ずいぶんショックだったと聞いたことがあります。


私の場合、金銭的な負担もなく介護をすることもなく、両親を見送りました。
10年ほど前、父は悪性リンパ腫で数か月入院していたのですが、まだ亡くなるとは思っていなかったので、父に頼まれた鰻などを買って、頻繁に病院に行っていました。
危篤になってからはまる一日病室にいたのですが、最後の息を引き取るのを見届けることができました。

呼吸ですが、だんだん間延びしていって、息を吸うのと吐く時間の間隔がどんどんあき、はた目にはもう亡くなったかのようにみえても、1分後くらいにまた息をするのが不思議でした。

今は、本当に気軽に簡単に、動画も音声も残せる時代になりました。
両親の動画を撮っておけばよかったな、と、今ふと思いました。


大浦ゴボウ、初めて知りました。
2~3日前テレビで、「あなたのご飯みせてください(昼めし旅)」という番組をやっていました。
その日の取材場所は大阪の八尾だったのですが、青いフキのような野菜を使って調理しているところで、「八尾若ゴボウ」と書いてありました。
ゴボウなのに青いんですね~。
びっくりでした。

最近は生ワカメ、ニンジン、ウドのキンピラに凝っていますが、ウド、高いです(-_-;)
直径3㎝、長さ40㎝くらいのもので、600円以上です。
あまり買う人がいないのか、スーパーに並ぶ数も少ないです。

2024年3月 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する

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ありがとうございます。
実績をつけないとあとがないのがなんともつらいところです。
今日はさすがに起きるのがつらいくらい疲れました。

その施設の近くに稲荷神社があります。
仕事の時はたまにお参りするのですが、コンサートの前日に行き、「ちゃんと声が出てちゃんと歌え、来てくださった方に喜んでいただけますように」とお願いしてきました。
あわれに思い、お願いを聞いてくださったのかもしれず、当日、終わってからお礼を言いに行きました。

気の持ちようでしょうが、護ってくれたのかも、と取ることにします(笑)

ただ、そこは電子ピアノなんですが、ずっとペダルの調子が悪く、案の定、サスティンペダル(ダンパーペダル)が不調で、コンサート中に電源の入れ直しをする事態になりました。

私の場合、コンサート、といういかにもきちんとしたものではなく、かなりふざけたユニークな感じの構成で、みなさん、笑いっぱなしでした(笑)

曲目は、、、ごめんなさい、忙しいのにたいして興味ないですよね(笑)


テーマは「世界の音楽」でした。
コーヒールンバは、2番で「お酒ルンバ、薬ルンバ」という替え歌を入れました。
古賀正男の弟子の、アントニオ古賀が歌ったものです。

そう言えば、知人の女性が、昨日から目がかゆくてかゆくて、開けていられない、と言っていました。
市販の目薬では全然効かないそうです。

ヒノキの花粉でもつらいですよね。
花粉ではないですが、ヒノキで作った桶やまな板などを売っているところがあるんですが、あの木の匂いで頭痛がします(笑)

今日もお疲れさまでした(o_ _)o))

いよいよ本格的に忙しくなりますね。
疲れをためないよう、気をつけてください。

雑談でもうれしいですが、それもご無理のないようにしてくださいね。
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コンサート、よい結果が得られたようでなによりでした。

コロナ騒動も落ち着いて、またみんなにぎやかに集まろうとしているようですね。

きょうは花粉で目がかゆくなりましたが、いまのシーズンに症状が出るということは、ぼくはスギではなくヒノキの花粉症なのかもしれません。

きょうは昼から雨が降るということだったので、朝から急いで畑の乾いたところを耕して、葉物野菜の種まきをしました。

昼過ぎに作業が終わって、ヘロヘロの状態で次は原木しいたけ作業に。

で、降る予定だった雨が降らなさそうなので、あしたはジャガイモの植え付けと、もうすこし葉物野菜の種をまいてから、午後にしいたけ作業をする予定です。

もしこれから雨が降らない場合、作業が一気に立て込んでくるので、スピリチュアルと伝統宗教の話はだいぶ先になるかもしれません(笑)

その際は、雑談のやりとりでよろしくお願いします。

2024年2月 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する

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きょうのタイピング。
https://www.e-typing.ne.jp/

70点くらいまで出るようになりました。
毎日10点ずつ上がってる感じ。

それなりに打てるようになってきましたが、2週間でどのあたりまで伸びるのか。
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2024年1月 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する

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わかりました。
ご連絡、ありがとうございます。
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ちょっと申し訳ないんですが、しばらくじぶんの問題に注力するため、休みます。

2023年12月 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する

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不便でアナログなこと、これは伝統的な行事や神事だけに関わらず、日常でもあえて行うことの大切さはありますね。
買い物で現金を使うことはだんだん減っていく風潮にありますが、それでも紙幣は新しいデザインで発行される。
お財布に何も入っていないのでは困ることもありますが、昔ながらの「見せ金」のように、お財布をお札でパンパンにしている人はいなくなったのでは。
お年玉やお誕生日プレゼントを、ラインなどで送金する人も多いとか。
そうなってくると、お金のありがたみが薄れて行くように思いますが、こういう古臭いことを言う人間自体、いなくなっていきそうです(笑)

インタビュー記事、ありがとうございます。
保存しましたので、削除しても大丈夫です。
あまり好きな人ではないのですが、このお話は何から何まで心を打ちます。
実際に戦地に行き、実際に戦った人でなければわからないことは多くてあたりまえですが、そういう話を家族が知るということが、とても大切だと思います。
中には誰にも話せなくて苦しんだ人もいるでしょうし、武田鉄矢さんのお父さんにしても、誇張があったり言えなかった部分もあったりと、表面には見えてこない複雑な心理があったのではないかと思います。

風の様子はいかがでしょうか。
楽しい日になりますように♪
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子供を「地獄に落ちる」というような戒めで教育することは、いまではほとんどないとおもうんですが、これはやっぱり時代ですよね。

たぶん、半世紀もさかのぼると、みんなそこまで法律や社会基盤を信用していなかったんです。

はっきりいつとはいえませんが、ぼくが子供のころに、テレビでコメンテーターが「これからは個人の問題を解決するのに弁護士をつかう訴訟社会になりますよ。アメリカではすでにそうなってるんです」なんてことをいっていました。

いまになっておもうと、その時代にやたらと「法律相談」みたいなテレビ番組が生まれてるんですよね。

笑福亭仁鶴がやっていた「バラエティー生活笑百科」(1985~2022)なんかがそうですね。

そういう社会の変化は、1980年代後半くらいに芽生えてきて、1990年くらいに本格化してくる感じだとおもいます。

で、われわれの行動が法律に縛られてくるのも、この時代からだとおもいます。

法律こそが人の生きる規範を決める、それ以外のなにかが勝手に規範をつくることを許さない、ということです。

こういう社会の変化にともなって、宗教が人を教育する……とりわけ迷信による戒めによって教育する文化が廃れていったのでしょう。



エルサレムの現地の人は不便や理不尽をさほど感じていないのでは、という件ですが、これは人それぞれだとおもいます。

先日、武田鉄矢さんが朝日新聞でインタビューを受けていたんですが、軍人だった父親についての話でした。

父親は戦前の封建主義的な日本の価値観に居場所があって、戦後の日本では居場所がなかった。

戦争トラウマらしき症状もあって、酒に頼ったり生活が荒れるなどの問題があったそうな。

ところが母親はというと、戦前はさんざん憲兵やら社会にいじめられてしんどかった、アメリカが占領してくれて世の中がよくなった、といって人生を謳歌し始めるんです。

おそらくイスラエルにしても、西側の価値観とイスラムの価値観の中で、人それぞれに適性があるだろうとおもいます。

厳格な宗教規則を苦におもわない人もいれば、そういう規範や社会常識に苦しめられている人もいるだろうとおもいます。

いろんな価値観の人が、それぞれふさわしい居場所を持てるのがよいのですが、ひとつの価値観に固執してしまう社会では、なかなか寛容にはなれないようです。



餅つき機があるのに外ではつかわない理由は、イベントとして楽しみたいということと、参加者にひとり子供がいるので、そういうことを体験させてやりたいということなのでしょう。

餅つきもいわゆる神事に連なるイベントだとおもうんですが、神事は猿田彦の一本下駄や安息日もそうですが、わざと不便でアナログなことをして、精神性をつないでいくようなところがありますね。



さて、それではきょうはたぶん一日つぶれてるとおもいます(笑)

ギズモさんにとってもよい休日でありますように。

あ、あとさっきの武田鉄矢さんのインタビューの記事ですが、鍵付きでパスワードを入れると本文をみられるようにしておきます。

パスワードは、ギズモさんが向こうで書いておられるときのお名前の「♪」抜きです。

2023年11月 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する

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最近は普通の銭湯がどんどんなくなってきていて、歩いて行ける距離にはあまりないし、あっても早く終わってしまいます。
スーパー銭湯はけっこう遅くまでやっているので、お風呂が故障した時は本当に助かりました。
・・・高かったですが。

ウォータースライダーとなると、もう温水プールの世界ですね。
ゆっくりお風呂につかりたいというより、レジャー感覚でお風呂を楽しむ人が増えているように感じます。
スーパー銭湯は、まだまだ進化しそうですね。

家政婦の志麻さんの影響なのか、ここ数年、作り置きおかずが流行っています。
それで、小型の冷凍庫が売れているとか。
従来の冷蔵庫では、大きなものでも冷凍品は充分に入るとは言えないので、かなりニーズがあるようです。
コストコなどで、たくさんの肉や魚を買って、ストックしておく人が増えているので、単品の冷凍庫はあると便利ですね。
地震などの災害で電気が止まったら、殆どが台無しになってしまうリスクもあるので、「買うかもしれないリスト」に入れてあります(笑)
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食べ物に関しては、おなじものにハマり続けて病気になったという話はよく聞きます。

毎日30品目のおかずを作るというのはとても無理ですが、飽きることによって結果的にいろんな食材を食べることになっているのかもしれませんね。



天気が回復してなによりです。

ことしはあたたかくて季節感がなかなかつかめませんが、これからは強い風が吹くたびに寒くなっていくんでしょうね。



東京だとスーパー銭湯も充実していそうですね。

以前テレビで、ウォータースライダーのある銭湯をみたような気がします。

こちらでは選択肢は少ないのですが、市内に泉質の良い温泉があるのはありがたいです。

ただ、それでも車で片道30分はかかるんですけどね(笑)
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本人は、極度の精神的ストレスが原因と言ってました。
母の母親が、母三才の時に亡くなり、子どものいない伯母夫婦に引き取られたのですが、それなりの苦労はあっても、
それに負けているような人ではなかったので、ストレスというのはあやしいものです(笑)

生活習慣や積極的に食べるものは、ず~~っと同じではなく、数年単位(1年単位かも)で、切り替わっているように思います。
身体にいいからと食べていても、面倒になったり飽きたりしてしまうんですよね。
ストイックにならず、ダラダラモードがいいのかもしれません。

こちらは夕方から晴れ間がでましたが、寒いです。

温泉は、いろいろ効能があるし、身体の芯まで温まるのでいいですね。
うちの近くには天然温泉があり、よくテレビでも放映していますが、必要以上におしゃれです。
ここ数年行っていませんが、岩盤浴もあり、お風呂も寝転び湯とかヨモギのサウナとか、何種類もあります。
お食事処があるので、お風呂上りにビールを飲んでいる人がたくさんいます。
お風呂上りは牛乳かオロナミンCの時代ではないんですね(笑)

お風呂上がりのお酒、ゆっくり楽しんでください(*^^*)
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30代後半というと若い時期に罹患されたんですね。

おそらくヨードの摂取とは関係がないとおもうんですが、やっぱり親から子へ受け継ぐものを考えると、気にはなりますよね。

きっとわかめと竹輪の炒め物をおかずにするくらいならまったく問題ないはずですから、ぜひ気にせずお召し上がりください。

健康にいいからとそればかり毎日大量に食べるようなことをすると、リスク要因になるようです。

↑と、肥満で酒飲みで生活習慣が最悪のおじさんが申しております。



そちらは嵐はもう過ぎ去ったでしょうか。

これからはココアなどのあたたかい飲み物がうれしい季節ですね。

こっちは夜半から朝にかけて大雨でしたが、昼頃には晴れてきました。

雨で外仕事ができないので、ぼくはきょうは午後から買い物ついでに地元の温泉に行ってきました。

カラダも温まって、ひさしぶりにゆったりと安らげたようにおもえます。
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午前中はいつも通り葉物野菜の収穫。

栽培がうまくいったところと、うまくいかなかったところ、作りすぎたところと作付けが少なすぎるところがあったのですが、気温の関係でいろいろと結果オーライになっています。

11月も下旬にさしかかって、あと一か月どうにか息を切らさず出荷できれば、夏の不作を少しは取り返すかっこうになります。

といっても、ことしの夏野菜はほんとうに厳しかったので、去年に比べると冴えない一年なのは間違いありません。

いろいろ抗いましたが、ほとんどが無駄撃ちでした。

たった一回、ふだんより10日ほど早く葉野菜を種まきしたのだけがうまくいって、これで無駄撃ちぶんの経費を回収したけど、それくらい。

野菜作りは、百姓にできることなんてほとんどないです。

土とお天道さんに任せて、野菜にがんばってもらうための準備をしているだけ、という気がします。

野菜作りのパターンから外れたことをしても、たいていは自然の摂理によってはね返されてしまうんですよね。

#野菜
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詳しいお話をありがとうございます。

母が30代後半の時、かかりつけのお医者さんが首を触り、見た目ではわからない程度の腫れだったようですが、甲状腺の専門病院に行くように言われました。
幸い、歩いていける場所に甲状腺の権威と言われる病院があり、すぐ受診→手術となりました。
がんではなく、バセドウ病でもなかったようですが、病名は覚えていません。

遺伝はあまり気にする必要はないようですが、それ以来、なにかあると無意識に首を触るようになりました。
遺伝する確率は高いという説もあるのですが、さほど気にせず海藻を食べていました。
と言っても、花粉の時期の塩昆布くらいと、たまにワカメのお味噌汁とか。
フジッコの昆布の佃煮も食べたりするのですが、毎日食べないよう、今後は特に気をつけるようにします。
竹輪とワカメをごま油とお醤油で炒めたものがおいしいのですが、最近作っていないので、作ろうと思っていたところでした。
ほどほどにします(^^♪
ありがとうございます。

母は手術後、合併症(後遺症とも)で、数年間、太る、食べ物がつかえて落ちていかないことが多い、歌う際高い声が出ない、などの支障が起きました。
手術によって半回神経に何らかの異常がでることが多いそうですが、ずいぶん長く続いていたような気がします。


今日は、嵐のような大雨&強風です。
暖房をつけるほどでもありませんが、足が冷たいので、座っている時は足温器を使っています。
寒さと冷えは違いますね。
冷えは万病のもととも言うので、今からお昼のおやつに(八つ時ではないけど)温かいココアを作ります。
最近、ココアにハマっています。
今まであまり飲んだことはないのですが。
練って作ることは面倒なので、スティックのココアを牛乳で溶いてレンジの手抜きです( ^^) _U~~
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さんざん昆布がおいしいと言っておきながら、水をさして申し訳ないんですが、昆布および海藻のヨード摂取に関しては、女性だけ甲状腺障害の比率が高いという統計が出ています。

以下は国立がん研究センターの、すこしこむずかしい記事です。
https://epi.ncc.go.jp/jphc/outcome/2959....

海藻類は健康効果も高く、特に昆布には顕著な薬効がありますが、そのぶん副作用もあるようです。

もし常食する場合は、体調変化にじゅうぶん注意して、リスクがあることも理解したうえで食べる量をコントロールするのがいいとおもいます。

不思議なことに、男は海藻類による甲状腺障害のリスクにあまり変化がないのだそうです。

男が海藻をあまり食べないからなのか、あるいは女性ホルモンがなにかしらわるさしているのか、統計的には結果が出ているんですが、まだ具体的な原因ははっきりしないのだそうです。

2023年10月 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する

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午前中に収穫作業。

午後は買い物にあてました。

あしたはすこし忙しくて、カブとチンゲンサイだけ種まきしようとおもっています。
年内に雪が降られたらパアなんですが、ことしはよほど暖かいという予報に期待して、最低限だけ播種しようかな、と。

圃場の準備をしたら、サトイモの収穫もしなければ、です。

いまは夏野菜がぼちぼち終わりかけなんですが、ちょうど夏野菜と秋野菜の汽水域みたいな状態で、収穫も忙しくて、ここを乗り切れば、年内はすこし落ち着いてきます。

そうなれば、またゲーム三昧をたのしもうとおもいます(笑)

#野菜

2023年9月 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する

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ぼくはこの曲はちょっとダメで。

ネタばれ的に話すと、この対話式の曲は、離別をうたっていて、女性の側の歌詞は、ようするに男の側の、想像の産物で、女性はほんとうは、もういない。

もういないのだけど、ずっとそばにいるという。
だから、いくら話をしようと持ち掛けても、決して向こうから話しかけてくれることはない。

男の側は、ずっと「おなじ話」をしてるんですよね。
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カバーの多い名曲ですが、原曲を越えることがありません。

日本語で訳せば「マスクメロン島」という、まあ、曲名はほとんど意味を持たないんですが、曲を聞くと、そこに島民の持つ因習から息遣いまで聞こえてきそうなほどの、ほとんど異様なほどの音の迫力がある。

音だけで物語を想起させて、カバーする人たちが、技術では越えようのないなにかがあるんですよね。
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ぼくはファンクだとかブルースが好きなんですが、このフィフス・ディメンジョンという、つまり「五次元」という、ドラえもん越えの理念先行型グループのファンク曲が、好きでして。
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きょうは、ニンニクの畑を耕して、第三弾の葉野菜の圃場も耕しました。

ホウレンソウの種がなくなったので、圃場が節約できてありがたい(?)です。

葉野菜の種まきは天気予報をにらみながらということになりますが、いちおう圃場だけつくっておいて、できれば水曜日まで引っ張りたいとおもっています。。

天気予報次第で火曜日の播種になりますが、そうすると、本来14日あけたい播種日の間隔が、たった8日になってしまいます。
1日でもいいから引き伸ばしたい💦


あとダイコンの間引き。白い不織布が、なぜか地面とくっついてぱりぱりしていました。
うちは毎度、ダイコンは早々に間引いて一本立ちにしてしまいますが、毎年特に問題はありません。

問題ないのだから、最初から欠株を覚悟して1粒まきでもよいような気もします。

#野菜

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