山麓王国

2023年11月26日の投稿7件]

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とてもやさしい素敵なお母さまですね。
お母さまにそういった見方ができるというところに、農園主さんの温かみを感じます。

もち米から、~~というのを読んで、ちょっと笑ってしまいましたが、その次の行で、失礼しました!となりました。
でもそのお気持ちはとても大切なことだと思います。
とは言え、できるか、と言われたら無理ですが(笑)
簡略化させても、気持ちがあれば・・。
その通りだと思います。
うちの方でも、少し前までは12月25日あたりになると、注連縄・注連飾りなどのお正月飾りを売りに来る人が何軒かありました。
臨時のテントを張り、頼まれれば玄関に飾っていってくれます。
その姿も見なくなり、注連飾りは、ハロウィンが終わるとスーパーで大々的に売られ、あの独特の風情も消えてしまいました。
それでも、お米屋さんでついたお餅しか買わず、お鏡餅もそこで買うという高齢の方は、まだ見かけます。
・・・切るのが大変だろうと思うんですけどね。
特に鏡餅を割るのはひと苦労かと。

賛同していただき、ありがとうございます。
わざと極端なこと、と書いていらっしゃいますが、農園主さんが仰っているご自分のお葬式の在り方は、私は大賛成です。
私もほぼ同じことを娘に伝えています。
もし、娘の仕事関係などで体裁が必要なら、仕方ないから盛大なお葬式をしても許すけど(本当は困るというニュアンスをしっかり入れて)、
そうでなければ、葬儀は不要、散骨にして、その後の回忌供養も省略するようにと。
ファミレスや居酒屋でわいわい、いいですね。
それ、追加で伝えておきます(笑)

ひとつだけ考え直そうかなと思うところがあって。
実は父が亡くなった時、お通夜や告別式の時も、斎場で火葬の際も、お坊さんを呼ばなかったんです。
それは、ケチということではなく、これについて家族の意見がほぼ一致したし、特に問題はないと思っていました。
一般的には、火葬する時はお経で送りますよね。
これをしなかったことは、今になって心残りです。
キリスト教でも牧師か神父がきますし、無宗教でもお経は必要だと思うようになりました。
できることなら真言宗智山派の僧侶に来てもらい、一番安い(安い=短い)コースでいいので、お経をあげてくれたらうれしいと思っています。
CDでもいいんですけどね(笑)
笑ってはいますが、私がお葬式をしてもらう頃は、スマホあたりからお経を流すような形式の葬儀が一般的になるのではないか、とも思います。
と、どこまで長生きするんだ、というお話でしたヾ(@⌒ー⌒@)ノ
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切り餅の入った鏡餅も、カジュアルな信仰という点ではいいとおもうんです。

もしほんとうに信心からやる場合は、もち米を育てて、山にウラジロを探して、庭に橙を植えるなど、「買わずに手配する」ところまでいきますよね。

じつはうちのあたりではほんとうにそういうことがまだ行われていて、80歳になる長老はいまでも最低限のもち米を育てて、年始になると「山のあのあたりにウラジロが生えてて、取りに行ってた」というようなことを言います。

しかしそんなことは、もうわれわれの世代は付き合っていられません(笑)

儀礼を簡略化させても、つないでいきたいという気持ちが残っていれば、大事なものはちゃんと伝わっていくとおもっています。



ギズモさんのお父さんのお葬儀のお話なんですが、簡略的にやろうと提案したギズモさんの考えにぼくも賛同します。

同時に、体裁的なものからわれわれはなかなか抜け出せないというのも理解できます。

ぼくも儀礼的なものが苦手で、ぼくはじぶんから先に「親になにかあれば、ぼくは菩提寺に連絡して家族葬をあげるけども、ぼくが死んだときは葬儀はいらない。どうしてもやりたいのであれば普段着で、僧侶なしで、極力安上がりにして、家族だけで集まってわいわいやってほしい」と伝えています。

家族からすればかえって迷惑かもしれないんですが、ぼくが望んでもいないのに大金をかけて葬儀をする必要はありません。

ぼくのイメージだと、弟あたりが代表でぼくを荼毘にふして、そのあとで家族に連絡してどこかファミレスなり居酒屋なりにでも行って、わいわい飲みながら思い出話でもしてくれれば、じゅうぶんなんです。

あとは骨を……まあ墓に入れてくれてもいいし、入れなくてもいいです(笑)

ぼくの死によって、家族の縁を再確認する場にして、仲良くにぎやかに、という気持ちだけが大事で、儀礼的なセレモニーは必要ないんです。

もちろんぼくはわざと極端なことを言ってるんですが、むかしのように体裁であれこれしなくていい時代ですから、カジュアルな形で、心だけはつないでほしいとおもうんですよね。
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オーディブルは、ずいぶん久しぶりに割引キャンペーンを楽しんだのですが、作品が増えておもしろくなっていました。

まず最初に、百田尚樹の『日本国紀』を聞きました。
お金を出して買う気にはなれませんが、興味はあったのです。

前半だけ聞いて、続きを聞くかどうかは考え中ですが、感想は以下の通りです。



・著者の思想の偏向した部分を理解したうえでなら、わかりやすい歴史本です。

・秀吉の朝鮮出兵は、明の征服もできたはずだ、というような、たらればで他国を侵略して勝てたという妄想がしょっちゅう出てきて呆れます。

・日本すごい、万世一系がすばらしい、と、じつにしつこい。
 とりわけ皇室に関する観念の押しつけがひどい。これでは皇室も悪女の深情けにあったような気分でしょう。

司馬遼太郎は、日本を絶対的なものと考えて(盲目的に日本はすごいと信じ込む態度)、他国と相対的に比べる見方ができなくなったことが、太平洋戦争に負けた原因だと言いました。1025

この本を読んでいると、日本への絶対視がすさまじく、日本は世界征服できるとでも言わんばかりで、これは日本を侵略戦争に導き、さらに敗戦に導くために書いているのだろうかとおもうほどです。

歴史を振り返れば、世界の近代とはすなわち、帝国主義の敗北と言っていいでしょう。

が、この本は帝国主義的な史観に満ちています。

このように考えていると日本はダメになるという見本のような本です。

見方を変えれば、現代の皇国史観や、侵略主義を否定するようにみせかけて侵略主義を肯定する詭弁的なレトリックを勉強する材料にはなるとおもいます。



その次にいま聞いているのが、畠中恵の『まんまこと』シリーズです。

いま2巻目の「こいしり」を聞いています。

もともとNHKの時代劇でドラマとしてみて興味を持ちました。

人との縁やつながりが現代よりずっと深い時代ですが、まともな医療がないので、人の死はいまよりずっと身近で、はかない。

現代では感じ取りにくい人間同士のつながりのありようを、謎解きをからめながらうまく描いています。

女性の視点で男性を描いているからか、男の本質的な野蛮さはないんですが、物語なので気になりません。

そういえば、うちの母はむかし、ぼくの弟がこんなことを言っていたと伝えるときに、「ぼくはお母さんのことをこうおもっていた」という形で話すんですが、弟はじぶんのことを「ぼく」とはいいませんでした。

弟はじぶんのことを「おれ」というし、母のことを「おかん」という。それなりにふつうの、突っ張った男です。

けれど母は弟の話し言葉をフィルタにかけて、じぶんが「ぼく」と言い、母のことを「お母さん」と言っていたという形でぼくに伝えるわけです。

そういう女性らしい、客観的なやさしさの世界が、この作品の中にあるようにおもえます。

#与太話
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記事の最初に青いナンバーが書かれていない場合は独立した記事でしたね。
失礼しました。

ご神体の説明をありがとうございます。
最近は、鏡餅に見える形のものでも、中に四角い切り餅が詰め合わせてあるものが増えていますが、あれは意味がないということですよね。
なんでも便利になっていますが、意味を理解した上で買うことが大事ですね。

お住いの地域では参拝行事があるんですね。
ネクタイ着用は、気軽に行ってはならない行事だからとは理解できますが、やはりめんどうですよね。
そういうものだから、という慣習を継続するか、変えていくかは、厄介な問題のように思います。
神聖なものだからというのが根底にあったとしても、簡略化の見直しは必要なのかもしれません。

話がそれて申し訳ありませんが、父の葬儀は家族だけの密葬で行いました。
父は儀礼的なものを嫌う人でしたので、私が「礼服でなくても黒の服ならいいのでは?」という、とんでもない提案をしました。
母も妹の家族も、そうね、そうよね、という賛同をしたのに関わらず、結局全員ちゃんとした礼服で来ました。
葬儀場の人や葬儀会社の人に、常識知らずの人だと思われたくない、ということです。
以前、祖母のお葬式の時に、わざわざレンタルの式服を借りてきた人が何人かいらしたので、お香典の他にそんな無駄なお金をかけさせて申し訳ないと思ったことがありました。
買えばけっこうなお値段のものですし、こういうものも、時代とともに変わっていっていった方がいいのかな、と思います。
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さっきの記事は、返信ではなく独立した記事だったので、ここで返信させていただきます。

人の形をしていないものをご神体とするということなんですが、身近なところだと鏡餅の意味を説明するときにこの知識が必要になってきますね。

よく似たところで、依り代という考えがあります。

紙でできた人形(ひとがた)にじぶんの穢れを移して、川に流すというようなことや、先祖の霊を鎮める精霊流しも、あとお墓もそうですね。

以前書いたような気もするんですが、日本人は桜を好むでしょう。

春にパッとみごとに咲いて、すぐに散ってしまう。

人生もそのようにありたいものだ、と願う心をあらわすという意味で、日本のあちこちに植えられている桜は、ある意味では日本人の精神性をあらわす依り代のようなものだとおもっています。



いまの時代、神社もお寺もよりカジュアルな形で信仰してもらえるようにシフトしてもらいたいものですし、実際そうなりつつありますよね。

キャッシュレスやインターネットに対応する寺社が、これまでの宗教儀礼的な建前をうまく崩しながら、現代の様式に対応してくれれば、信仰の荒廃が防げるような気もします。

しかしうちの田舎なんかで、神社の参拝行事のときには、ネクタイをしてこいというようなことはいまだにいわれますし、お葬式も礼服が当たり前です。

服装はあくまで一例でしかないんですが、このあたりを普段服でよい(寺社の側から積極的に、普段服で問題ないとアピールする)という寛容な形にシフトしていれば、ここまで寺社の祭礼が「めんどうくさい」とおもわれずにすむのではないか、とおもうんですけどね。
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ありがとうございます。
わかりやすいように、そして短くまとめてくださったことと思います。
神仏習合に至るまでの政治と宗教の関係が、とてもよく理解できました。

神道は天皇との関係があって存続してきたとは思っていましたが、そんな簡単なことではなく、
「神道を日本の国教として、仏教の教義と教祖で信仰を補強した」ということなんですね。
政治と宗教のつながりに、国民は振り回されてきたということになるのでしょうか。
神様仏様が、人間に振り回されてしまったのかもしれませんが。

現代の日本では、神道も仏教も日本人にとっての宗教という感覚はあまりなくて、神社やお寺は心のよりどころのようなものなのかな、と思います。
ひとつの神だけ、ひとつの仏だけを信仰している人も稀で、多面的に関わっている傾向があるかもしれません。
また、「信仰」と「信じる」の違いもありますね。

日本はもともと神々の国。
様々な歴史がある中で、神道が消えてしまわないでよかったと思います。
創建が古い神社は、修復などのため奉賛を募っているところが多いですが、最近は寄付・奉賛という言葉でなく、クラウドファンディングで資金を集める方式も増えていますね。
リターンに工夫する神社もあって、神社の進化と努力には目をみはるものがあります。
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すこし日本の古代の宗教と政治の話がしたいのです。



仏教を推進したい大和朝廷が、廃仏派の物部氏を討伐したとき、古神道の生殺与奪の権限は朝廷にゆだねられました。

そのときになぜ、神道を残そうということになったのか。

神道に「利用価値がなければ」、廃することでよかったとおもいます。

仏教のみでやっていく選択をしてもよかったはずです。

では当時の朝廷にとって、神道の利用価値とはなんだったのか。



神道には(特に古神道には)教義も教祖もありません。

日本の歴史の中で、神道に教義(教育勅語)と教祖(天皇)があったのは、大日本帝国憲法発布から太平洋戦争までのわずか半世紀ほどです。

古神道は、人々を導くものがない原始宗教でした。

なのに朝廷が神道を残した理由は、古神道は皇統を証明するのに都合がよかったからです。

皇統がどのようにして日本各地を守ったかということが伝わっていたため、これを神道における祭神としてまつったのです。

そして全国各地に社と祭神をまつることでその住民たちが地域、国家という縄張りを意識する。
これを日本の防衛の論拠としたわけです。

また、国家を統べる宗教が仏教しかない場合、日本が日本であるオリジナリティがなくなってしまいます。

朝廷は、大陸の属国ではなく、大陸と対等に渡り合うひとつの国家を建設するつもりでしたから、日本オリジナルの宗教があるのが望ましかった。

そこで神道を日本の国教として、仏教の教義と教祖で信仰を補強したのです。

かくして朝廷は神道を殺さずに利用しました。

仏教で国内を統治していた中国が革命によって政権転覆を繰り返していたことを考えると、もし日本が仏教の一本柱で国家統治をしていたとしたら、日本も王朝がどんどん革命によって入れ替わっていたのではないかという気がします。

しかし当時は仏教が隆盛を極め、国民から神道の信仰が衰退します。

そこで神道がなんとか生き残りを図ったのが神仏習合です。

そんなわけで、神道の神々は仏門にくだったという物語になっていくわけです。

#与太話

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