山麓王国

2023年12月15日の投稿2件]

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三尸の虫の話は道教でしたね。
庚申信仰というのは、なかなかややこしいですね。
なんとなくですが、神社に行ってお参りするというより、もっと地域的な、人とのつながりを感じま・・・・。

・・・ここでちょっと気になったので、ネットで検索してきましたが、やっぱり「講」もあったんですね。


小野照崎神社、お参りしたことはありませんが、地獄と行き来していたという、小野篁の神社ですね。
ネットで写真を見ると(HPではありません)、まゆ玉みくじの結び処は、五芒星の形になっています。
雅楽の奉納やいろいろな神事もあり、けっこう規模の大きい神社のようです。
SNSで公式サイトがあり、最近は全然読んでいませんでしたが、さきほど見たら猿田彦・庚申塚についての記事がありました。

https://note.com/onoteru/n/n68a01c76be86

猿田彦役の人、天狗のようなお面をつけていますね。
あの一本歯の下駄は、山伏が履く下駄でしょうか。
神職の人が猿田彦役なのかどうかわかりませんが、あれでちゃんと歩けるのか心配です(笑)

(追記)
 この世とあの世の境「六道の辻」に立つ六道珍皇寺の境内には、小野篁が冥土通いに使ったと伝わる井戸がある。六道の「六」がまたありました。

曾祖母の話、個人的なことで申し訳なかったのですが、農園主さんが仰ってくださったこと、よくわかります。
曾祖母のお墓があるお寺は浄土宗なのですが、昔は菩提寺というものは信仰とは別で、単純に先祖のお墓があるからお参りするというものだったのかもしれません。

日本では、特定の宗教一種類だけを信心している人はごくわずかだと思います。
クリスチャンの場合は、寺社仏閣で手を合わせない、お焼香はしないという暗黙の了解があるようですが、郷に入っては~~という感覚がないのかな?と思います。
私もクリスチャンだった時期があるので、そのような融通のきかない姿勢は気になります。

お地蔵さま(高岩寺)や、他のお寺では、お賽銭箱の前で二礼二拍手をしている人がよくいます。
神仏はそのようなことは気にしないと思いながらも、お参りの最中のパンパンという音は、ちょっとイラッとします(笑)←修行が足りない(>_<)
Icon of nouennushi
1186
猿田彦大神庚申堂のご紹介、ありがとうございます。
参考になりました。

庚申信仰はほんとうに不思議で、道教の影響を受けながら、闇鍋のように天台宗、山岳信仰、神道などをごった煮にしているでしょう。

もうすでに江戸時代末期には自然衰退していたといいますが、日本の信仰としては傍流扱いだったためか、明治の神仏分離の直接的な迫害の影響は少なかったようですね。

大阪の四天王寺にも庚申堂があります。

大阪市のホームページでは、庚申信仰の発祥の地であるというのですが、それにしては四天王寺の境内からは外れたところにあり、一般的な都市部のお寺くらいの広さです。

ぼくは庚申信仰について知らないまま、四天王寺あたりを自転車でぶらぶらしていて、このお堂をみつけました。

三猿がいたり、本尊が青面金剛で、三尸の虫の伝説など、非常に変わった伝説があることにおどろいたんですが、たしかあのときはたまたま庚申まいりの日だったかなにかで、それなりに賑わっていたんですよね。

記憶があいまいなんですが、3千円くらいだったかで、お線香とお札だったかを買うことで、中のお堂でご祈祷をしてもらえるようで、ぼくがいた数十分の間にも何組かが購入していました。

あの人々はほんとうに庚申信仰をしているのか、四天王寺の信仰のついでなのか、そのあたりはよくわかりません。

日本三大庚申は、京都八坂、東京浅草寺、大阪四天王寺のみっつなのだそうですが、浅草の入谷庚申堂はいまはなく、小野照崎神社に塚がうつされているようです。

そう考えると、巣鴨の庚申塚駅のほうが信仰としてはまだ残っている感じがありますが、マジメに庚申信仰をしている人はもうほとんどいないのではないかという気がします。




南無大師遍照金剛ということは、真言宗ですね。

日本のいわゆる十三宗で、南無〇〇、という唱名で、日本の僧侶の名前が入るのは、空海(真言宗)と最澄(天台宗)という、同時期を生きたふたりなんですよね。

唱名が、真言宗では南無大師遍照金剛、天台宗では南無宗祖根本伝教大師福聚金剛。

ほかは基本的に南無釈迦牟尼仏や南無阿弥陀仏、日蓮宗は法華経そのものが本尊で南無妙法蓮華経ですね。

そういう意味では、鎌倉以降に出てきた開祖たちと比べて、空海と最澄……とりわけ空海は人間というよりは超越した概念として扱われている感じです。



あくまでぼくの解釈ですが、神仏はわれわれに信仰を押し付けたりはしないので、曾祖母様がみられた夢は、ご自身の心の中に、信仰をおろそかにしているという自覚があったのではないかとおもうのです。

それが夢という形を借りて出てきて、じぶんへの戒めとして心に刻まれた。

信仰というのは、時代の変化、じぶんをとりまく環境の変化、じぶんの心境の変化によって揺らぐもので、ぼくのような気まぐれな人間は特にそうなりやすいから特定の信仰をもたないんですが、曾祖母様はもっと確固たる信仰を目指しておられて、忸怩たるおもいがあったのではないか、とおもった次第です。

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