山麓王国

2024年2月23日の投稿4件]

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1347
時給で割ると不毛という点では、ぼくもそうです。

山間部の百姓仕事は、野菜をつくる以外のところでやることが多く、また経費もたくさんかかります。

この前確定申告をすませましたが、懐に入ったお金から経費と医療控除を引いて、時給を割り出す……というような計算はろくなことにならないのでやりません(笑)

けど、ぼくも野菜作りはじぶんなりに楽しんでやっているし、食べてもらう人に喜んでもらいたくてやっています。

この仕事だからそうおもえるのかもしれませんが、いただくお金が仕事の副産物であっても納得ができるんですよね。

もしかしたらギズモさんにとってもいまのお仕事は、いただくお金に増してやりがいがまさる一面があるのではないでしょうか。



現代では特にそうなのかもしれませんが、医師はエラーの多い存在だとおもいます。

医療はいまやナノレベルの進化を遂げていますが、医師はただの人間にすぎないうえに、いまは専門医療で細分化されていて、膨大な症例の引出しから病態を導かねばならず、個人の手に負えないところまできているようにおもえます。

つまり、患者がおもう医療テクノロジーへの期待度に対して、医師という人間がついていけてない面があるんですよね。

そのうえで、われわれもじぶんの病気や死について、医療や医師に任せっぱなしではなく、じぶんなりに納得のいく哲学が必要だとおもいます。



そういえば、ゲゲゲの鬼太郎で有名な水木しげるは、南方のパプアニューギニアの戦線で左腕を負傷し、粗末な医療で腕を切断しました。

それでひどい熱で苦しんで、もうダメかというところまでいったらしいんですが、あるときじぶんの腕の傷が治りかかったところから、赤ん坊のようなにおいがしたというんです。

その匂いをかいだときに「おれは助かる」とおもったというんですが、そういう感覚はちょっと医師にはわからないとおもいます。

おそらくギズモさんの日にち薬とおっしゃる感覚も医師にはつかみあぐねるところだとおもいますし、きっとご自身の感覚の中で回復基調を実感しておられるのがなによりの薬になっているようにおもえました。
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緊張と緩和のお話、ありがとうございます。
動の中に静があり、緊張の中に緩和がある、このバランスが大事なんですね。
心に留めて、企画していこうと思います。

仕事は、決して忙しいと言えるほどないのですが、事前準備をきちんとしていくと、どうしても時間ばかりかかってしまいます。
時給としては悪くなくても、毎日あるわけではないのと、準備にかなりの時間をかけることを考えると、時給500円以下とか、数十円ということになったりもします。

これは、仕事に対する向き合い方の問題で、適度に準備の手を抜けばいいことなのですが、なかなかそれができません。
特にステージの場合、1番○○、2番○○、というように単調に演奏や歌を進めて行くのが嫌いで、ちょっと他にはないような演出に拘ってしまうので、それを延々と考えているという、いいような悪いようなところがあります。


ご心配いただき、ありがとうございます。
音声外科でも耳鼻科でも、結局異常が見られず、不調の原因がまったくわからないので、やりようがないというのが現状です。
だいぶ前ですが、農園主さんが農園主さんではない時分、「医師から考えないようにと言われたけれど、それではだめだと思い、自分で考えて乗り越えた」というようなお話をなさっていましたよね。
医師の診立てはそれぞれで、それが患者に合うこともあれば、合わないこともありますよね。

今回、どの医師にも、6月の咳~気管支炎(コロナとかの感染症ではない)とはまったく関係ないと断言され(声帯にも異常がないので)、薬も意味がなく、外科的にも何もできることはないと言われました。
でも、自分なりに考えてみると、気管支炎の後遺症しか考えられなかったんです。
その証拠に、日にち薬みたいに、1日1ミリみたいに徐々にですが、歌えるようになってきています。
医師を信用するしないの問題ではなく、やっぱり自分の心や身体のことは、自分に聞くのが正解なんだろうな、と思うのです。
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1344
喉はデリケートですから、ぜひいたわってあげてください。

静と動のバランスの話なんですが、たとえば日本民間放送連盟では、CMの総量が規制されていて、18%以内に決まってるんだそうです。

緊張の中に、緩和が2割弱というのは、黄金比のようにおもえます。

サーカスの緊張の中にピエロが出てくる割合や、ライブでミュージシャンが曲の合間に話をする割合、緊張感のある演劇で肩の力が抜けるやり取りの場面の割合、漫才のボケに対するツッコミの割合など、やはり2割程度の緩和が調和的な気がしました。

でもこれは、あくまで全体を演出する場合の方法論のような話であって、ぼく個人が勝手におもったことを話したにすぎませんから、ギズモさんはともかく喉を酷使しないよう、静の表現をなさってくださいね。



カナタイピングはちょうど2週間ほどになるんですが、キーの位置もおぼえて、たどたどしくも打てるようにはなってきたんですが、ここにきてだんだん壁が高くなってきました。

ぼちぼちダレてきそうなところでもありますから、一日に少しずつでも取り組んで、あともうしばらく練習したところで、ふだんの入力をカナに切り替えていこうとおもっています。



ギズモさんはもうコロナ前の忙しさを取り戻しておられるのでしょうか。

やりがいのあることに追われるのは楽しいことですが、どうぞご無理が出ませんように。
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カナタイプ、さすがにあっという間にレベルアップしてますね。
この分だと、そろそろ入力をローマ字からカナに切り替えても大丈夫そうですね。

マイケル・ジャクソンのダンス、「あれだけ激しい動きにも関わらず「静」を感じるのが不思議で」と書いていらっしゃいますが、まったく同感です。
マイケルと比べるのもおかしいかもしれませんが、ジャニーズ系の人は(今はジャニーズといわないんでしたっけ?)ダンスが激しいので、口パクが普通なんだそうです。
いくら若くても、相当息切れするはずなので、まともに歌える方がおかしいです。

激しいのに「静」を感じる、ということから、ふと、音楽もそうだな、と思い当たりました。
例えば何か歌ったり演奏したりする時、サビのあたり、盛り上がるところ(ギターなら超絶テクを駆使したり、歌ならシャウトするところ)で、いっぱいいっぱいで演奏したり歌うと、どうしても「静」を感じさせないんですよね。
それが、盛り上がりを見せても、心と演奏に余裕があれば、「静」を感じさせるのことが多いように思います。
もちろん、熱くパワフルに演奏し、「動」をみせるのも重要でしょうが、私は「静」をみせることの難しさ、大切さのほうに重きをおきます。

完全に個人的見解なのですが、記事を読ませていただき、改めて「静」の重要さを感じたわけです。

私的なことですが、4月の新年度からの仕事の事ですこしばかりもめていて、このところ忙しくしています。
仕事先の施設の指定管理の問題で、仕事先が増えるのと(減るよりはいいですが)、担当が変わるのと、内容の見直しなど、詰めないといけない案件が多々あり、さっさと解決してほしいのですが、なかなか落ち着かない状況です。

そこにもってきて、3月、4月とコンサートが入ったので、曲目の選定やステージ進行の企画を、楽しみながらやっているという毎日です。

ただ、喉の調子はいまだ完全と言えず、不安がつきまといますが、「必死で歌っている感」は絶対に出せないので、ひたすら「静」でいけたらと思います。
それには、喉の状態が良好で、余裕が必要です。

農園主さんのタイピングのように地道な努力を忘れず、ベストな状態に戻れるようにしないといけませんね。

雪予報でしたが、降りそうにありません。

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