山麓王国

2024年5月15日の投稿1件]

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長くなってしまいました、ごめんなさいm(_ _"m)

手のケガは、ちょっと擦りむいた程度であっても、仕事だけでなく殆どの日常生活(炊事・洗濯・お風呂など)に相当のダメージがありますよね。
疲れている時は思わぬケガもあるので、お気をつけください。
転んで頭を打ったりしたら大変です←頭でなくても大変です。

いつからか、「町中華」という言葉が流行り出しましたが、これもブームなのでしょうね。
チェーン店の場合、町中華というのかどうかはわかりませんが、「ちょい飲み」と言って、小皿料理も安いので、昼間から居酒屋感覚で利用している女性客も多く、ちょっとばかり不思議な光景です(笑)


『死の壁』、一見したエレベーターの狭さから、そのようなことを感じたのでしょうか。

※ここからしばらくは、養老氏の本の内容についての感想ではなく、単純にエレベーターの話です。

両親がいた池袋のマンションは、団地と同程度に狭いエレベーターでした。
と言っても、けっこう大きいマンションでも、だいたい8人乗り程度のエレベーターが設置してあるところが多いと思います。

10数年前ですが、父が腰の痛みで動けなくなり、救急車を呼びました。
担架に乗せられてエレベーターまで来たのですが、どう見てもそのまま入る奥行ではありません。
後ろの壁面が、担架や遺体の搬出用に、抜ける(開く??)ようになっていたことを、この時初めて聞きました。

殆どのエレベーターはそういう構造になっているとのことでしたが、例外ももちろんあって、知人のご主人が担架に乗せられた時は、そのマンションのエレベーターは後ろが抜けて広くなる構造ではなかったので、階段を下りたそうです。

『死の壁』が書かれた頃は、まだお通夜・告別式を家で行うことがあった時代かもしれませんが、一軒家でも集合住宅でも、葬場で行う方が圧倒的に多いかと思います。
そのため、葬儀屋さんがご遺体を斎場もしくは遺体安置所(冷蔵設備のある)に移動させてから、お通夜の際にそこで納棺するという流れになるので、家から棺桶を出すということは、当時も今も、ほぼ無いように思います。
東京ではそういう傾向、ということになるのかもしれませんが。


「生きている人、元気な人のためだけに都市設計されているのはおかしい」という話、これはとても考えさせられることですね。
車椅子の人にとって移動が不便な所が多いと感じますし、ベビーカーの対応にも乗り物は親切とは思えませんが、それでも昔よりは改善されてきてはいます。

『死の壁』、近いうちに読んでみたいと思います。


少し話が逸れますが、私が子どもの頃は、まだ一軒家が多かったからか、家でお葬式をするところが多かったです。
亡くなった人の家の玄関には提灯が吊るされ、喪中忌中の札(間違えていました)、白黒の鯨幕が張られ、学校帰りにその家の前を通らないといけない時は、黙って下を向いてそ~~っと通ったものでした。

今の子どもはそういう場面を知らないし、霊柩車を見たこともなく、人の死というものと自然な関わりが無くなっているような気がします。
昔は、霊柩車が通ったら、自分の親が死なないように親指を内側に隠す、ということを、みんなが普通にやっていましたが(全国的なものかどうかは不明です)、あの仰々しい霊柩車が姿を消し、そういう迷信のようなものもなくなりました。

人の死に関することも、ずいぶんと進化というか、変わってきましたね。


話はまったく変わりますが、スーパーで、3種類のサラダ野菜がひとつの根についているものを見つけました。
根付きなので使う分だけ取って使えます。
フリルレタス??と、赤っぽい葉(名前不明)、サラダ菜みたいな感じの葉の3種です。
198円、普通のレタス1玉分の値段で、ちょっと便利に使えます。
20240515124720-gizumo.jpg

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2026年4月5日(日) 11時48分53秒〔4時間前〕