2025年6月4日の投稿[1件]
しばらく時間をいただいて、助かりました。
いまもひどい忙しさですが、すこしずつ文章を書き貯めました。
これからもしばらく返信が遅れがちになるとおもいますが、ご容赦ください。
宮沢賢治は農業者と教師を兼務していましたが、現代よりもはるかに厳しい肉体労働の中で、まして慢性的な病苦もあった中、どうやってあれだけの繊細な作品を書けたのか。
結果的にかれは激務(と結核)が祟って、体が衰弱した結果、肺炎で亡くなるのですが、それだけの肉体の無理を押した精神力に感心します。
「医は算術」という言葉があります。
もともとは「医は仁術」というのですが、実際の医者はおもいやりの仁の心よりも、合理性と金儲けばかり考えている、という皮肉ですね。
医者全員が算術で医療をしているとはおもわないんですが、ギズモさんのお話をうかがうと、「健康な人をムリヤリ病気のように見立てて儲ける医者」と、ぼくのように心臓がおかしいと主張してるのに精神の病にするような「真正のヤブ医者」が混在しているようにおもえます。
そうやって考えていくと、よほど信頼できるかかりつけに出会えたというのでなければ、医療とは基本的に運任せなのだと、患者の側であきらめるほかないのかもしれません。
いまどきの言い方をすれば、医者ガチャですね。
ヤシの実ジュースですが、おっしゃるとおりでココナッツにストローをさしたものでした。
記憶に残っているヤシの実ジュースの味は、ひどく青臭く、なまぬるく、甘みのない水でした。
熟していなかったのでしょう。
いわゆるココナッツの風味らしい風味もなく、南国に対するそこはかとないロマンのようなものも吹き飛んで、ひどくガッカリしたのをおぼえています。
無人島生活に対する見方が変わったというか、現実は文字通り甘くないんですね。
母もそのココナッツジュースを一口飲んで、まずいともうまいとも言わず、高いお金を出してまずいとはけしからん、といったことでぼくに怒り出し、「飲まへんのやったら捨てとき」と、いかにも不快げに言ったのでした。
そんなエピソードもいまとなっては家族内の笑い話になっているんですが、いまならぼくも、スイカ一個買えるような値段で生臭い水を買うとなったら、当時の母とおなじような態度になってしまうかもしれません。
コレステロールに関しては、糖質制限をしたときには総コレステロール値が230くらいまで上がったように記憶しています。
糖質制限では糖質のかわりに脂質でエネルギーを補うので、血中脂質が上がるのは当然です。
これが脂質制限をすると180に下がったわけですから、やはり脂質をひかえることと、脂質の質を変えていくことは、血液疾患やがんを予防するためには相当重要だとおもいます。
人間の体が一日に必要とする脂質は、必須脂肪酸でいえば大匙一杯にも満たないほどだそうです。
しかもそのほとんどは、ご飯や小麦に含まれる脂質でまかなえてしまいます。
そこに加えて、菜食主義者であれば、エゴマ油やアマニ油を小さじ一杯。
肉も食べるというのなら、エゴマやアマニに頼る必要はありません。
魚を少量(脂質にして10gほど)か、EPAのサプリメントを摂取するだけで、必須脂肪酸はじゅうぶんです。
必要量を越えると脂質は毒になるようで、ぼくはこういうことを知らずに脂質をじゃんじゃん摂取して心臓をやってしまいました。
独身男性は40~50くらいで突然死するパターンが多い、というのですが、その理由は身をもってわかります。
知識なしに好きなものだけ食べるとなると、やっぱり質のわるい脂質を摂取することが増えます。
食事をつくる手間が省けるファストフードやインスタントフード、加工食品はどれも、飽和脂肪酸がたっぷりですから。
しかしほんとうはギズモさんのように、揚げ物をひかえるという程度が、バランスがとれていていいのだろうとおもいます。
というのも、脂質を控えすぎると、今度は意識してコレステロールを摂取しなければならなくなりました。
(追記:コレステロールがあまりにも体から不足すると、頭痛が起こります。最悪血管が弱って、脳出血を起こすこともあるのだそうです)
イカや貝類、鶏の砂肝は脂質が少なく、コレステロールが豊富です。
鶏卵を1日1個食べるとじゅうぶんなコレステロールが摂取できますが、脂質が多いので、ぼくは2日に一個食べるか食べないかといったところです。
それ以外だとぼくはいま、寒天食(1日に粉寒天にして6g)を続けていて、これは胆汁酸を吸着し、腸内環境を整えるのにたいへん役立っています。
海藻類の機能性がじゅうぶんに含まれているのですが、海藻類で心配なヨウ素の過剰摂取の心配がないのもいいところです。
記憶のすり替えですが、深層心理に近いかもしれません。
深層心理は、じぶん自身でも気づかないのが特徴なんですが、この無意識こそがじぶんの行動や決定、感情を支配しているという考え方です。
表層心理はじぶんの意志でコントロールできますが、深層心理はじぶんでも気づいていない心理状態なので、じぶんの意志の力では制御できません。
ぼくはどこかで花博に行ったと勘違いをしたわけですが、なぜ勘違いしたのかということも深層心理による決定だったかもしれないし、ずっと勘違いしたことを疑わずにいたのも、深層心理によるのかもしれません。
それで、母の疑問がきっかけで、ぼくが勘違いに気づいたというのは、深層心理にあったものを表層へ引き揚げたような感覚です。
菅浩之さんの計算の件にしてもそうです。
ブログを読んだのは間違いないんですが、いつの間にか記憶が表層から深層へ移って、しかも書き換えが起こっていました。
それがあるときなにかのきっかけで、表層に引き揚げられてくる。
この引き揚げられたものをみる感覚は、単なる記憶違いの確認作業ではなくて、もっとヘンテコなものでした。
本来そこにあってはならないものというか……たとえば夢でみたナンセンスな出来事が、目が覚めたときにそのまま目の前で起こっているというような。
これもヘンなたとえですが、うちの母方の祖母は晩年認知症で、家族も含め、人の顔が覚えられなくなっていました。
それで介護施設で骨折して、病院に数週間入院することになります。
病院ではお手伝いさんを雇うというのでなければ、基本的に家族が食事介助などをしなければなりません。
お手伝いさんを雇うのは高額なので、母や、当時大阪にいたぼくが食事介助をしたのですが、間に合わないときは看護師が最低限のことはやってくれていたようです。
しかし祖母はたぶん病院でほかの看護師からイヤな目にあっていたのでしょう。
ぼくと食事をしたときに、いつもスプーンの出し方がわるいといってひどく怒り出したんです。
祖母はもしかしたら、職員からむりやりスプーンを口に突っ込まれるような目にあっていたのかもしれません。
「ばあちゃん、孫のおれがわからんか。いまばあちゃんは入院してて、食事介助が必要やから、おれが来たんやで。きょうはおれが食事を手伝うからな。あんまり怒らんといてや」
というと、祖母は顔をしかめたまま、状況がわかったような、わからないような、おかしなものをみるような目でぼくを見ました。
それで、もう文句はいわずに黙々と口に運ばれた食事を食べるのでした。
きっと祖母は、じぶんの認知しているものと、実際の現実に起こっていることがちがうので、不思議だったんだとおもいます。
ぼくが引き揚げられた記憶をみたときの感覚は、あのときの祖母の不思議なものをみるようないぶかしげな表情によく似ています。
記憶、心理、認知といったものは、いかにもじぶんのアタマの中で間違いないものとして固定化されますが、あんまりアテにしないほうがいいのかもしれませんね(笑)
いまもひどい忙しさですが、すこしずつ文章を書き貯めました。
これからもしばらく返信が遅れがちになるとおもいますが、ご容赦ください。
宮沢賢治は農業者と教師を兼務していましたが、現代よりもはるかに厳しい肉体労働の中で、まして慢性的な病苦もあった中、どうやってあれだけの繊細な作品を書けたのか。
結果的にかれは激務(と結核)が祟って、体が衰弱した結果、肺炎で亡くなるのですが、それだけの肉体の無理を押した精神力に感心します。
「医は算術」という言葉があります。
もともとは「医は仁術」というのですが、実際の医者はおもいやりの仁の心よりも、合理性と金儲けばかり考えている、という皮肉ですね。
医者全員が算術で医療をしているとはおもわないんですが、ギズモさんのお話をうかがうと、「健康な人をムリヤリ病気のように見立てて儲ける医者」と、ぼくのように心臓がおかしいと主張してるのに精神の病にするような「真正のヤブ医者」が混在しているようにおもえます。
そうやって考えていくと、よほど信頼できるかかりつけに出会えたというのでなければ、医療とは基本的に運任せなのだと、患者の側であきらめるほかないのかもしれません。
いまどきの言い方をすれば、医者ガチャですね。
ヤシの実ジュースですが、おっしゃるとおりでココナッツにストローをさしたものでした。
記憶に残っているヤシの実ジュースの味は、ひどく青臭く、なまぬるく、甘みのない水でした。
熟していなかったのでしょう。
いわゆるココナッツの風味らしい風味もなく、南国に対するそこはかとないロマンのようなものも吹き飛んで、ひどくガッカリしたのをおぼえています。
無人島生活に対する見方が変わったというか、現実は文字通り甘くないんですね。
母もそのココナッツジュースを一口飲んで、まずいともうまいとも言わず、高いお金を出してまずいとはけしからん、といったことでぼくに怒り出し、「飲まへんのやったら捨てとき」と、いかにも不快げに言ったのでした。
そんなエピソードもいまとなっては家族内の笑い話になっているんですが、いまならぼくも、スイカ一個買えるような値段で生臭い水を買うとなったら、当時の母とおなじような態度になってしまうかもしれません。
コレステロールに関しては、糖質制限をしたときには総コレステロール値が230くらいまで上がったように記憶しています。
糖質制限では糖質のかわりに脂質でエネルギーを補うので、血中脂質が上がるのは当然です。
これが脂質制限をすると180に下がったわけですから、やはり脂質をひかえることと、脂質の質を変えていくことは、血液疾患やがんを予防するためには相当重要だとおもいます。
人間の体が一日に必要とする脂質は、必須脂肪酸でいえば大匙一杯にも満たないほどだそうです。
しかもそのほとんどは、ご飯や小麦に含まれる脂質でまかなえてしまいます。
そこに加えて、菜食主義者であれば、エゴマ油やアマニ油を小さじ一杯。
肉も食べるというのなら、エゴマやアマニに頼る必要はありません。
魚を少量(脂質にして10gほど)か、EPAのサプリメントを摂取するだけで、必須脂肪酸はじゅうぶんです。
必要量を越えると脂質は毒になるようで、ぼくはこういうことを知らずに脂質をじゃんじゃん摂取して心臓をやってしまいました。
独身男性は40~50くらいで突然死するパターンが多い、というのですが、その理由は身をもってわかります。
知識なしに好きなものだけ食べるとなると、やっぱり質のわるい脂質を摂取することが増えます。
食事をつくる手間が省けるファストフードやインスタントフード、加工食品はどれも、飽和脂肪酸がたっぷりですから。
しかしほんとうはギズモさんのように、揚げ物をひかえるという程度が、バランスがとれていていいのだろうとおもいます。
というのも、脂質を控えすぎると、今度は意識してコレステロールを摂取しなければならなくなりました。
(追記:コレステロールがあまりにも体から不足すると、頭痛が起こります。最悪血管が弱って、脳出血を起こすこともあるのだそうです)
イカや貝類、鶏の砂肝は脂質が少なく、コレステロールが豊富です。
鶏卵を1日1個食べるとじゅうぶんなコレステロールが摂取できますが、脂質が多いので、ぼくは2日に一個食べるか食べないかといったところです。
それ以外だとぼくはいま、寒天食(1日に粉寒天にして6g)を続けていて、これは胆汁酸を吸着し、腸内環境を整えるのにたいへん役立っています。
海藻類の機能性がじゅうぶんに含まれているのですが、海藻類で心配なヨウ素の過剰摂取の心配がないのもいいところです。
記憶のすり替えですが、深層心理に近いかもしれません。
深層心理は、じぶん自身でも気づかないのが特徴なんですが、この無意識こそがじぶんの行動や決定、感情を支配しているという考え方です。
表層心理はじぶんの意志でコントロールできますが、深層心理はじぶんでも気づいていない心理状態なので、じぶんの意志の力では制御できません。
ぼくはどこかで花博に行ったと勘違いをしたわけですが、なぜ勘違いしたのかということも深層心理による決定だったかもしれないし、ずっと勘違いしたことを疑わずにいたのも、深層心理によるのかもしれません。
それで、母の疑問がきっかけで、ぼくが勘違いに気づいたというのは、深層心理にあったものを表層へ引き揚げたような感覚です。
菅浩之さんの計算の件にしてもそうです。
ブログを読んだのは間違いないんですが、いつの間にか記憶が表層から深層へ移って、しかも書き換えが起こっていました。
それがあるときなにかのきっかけで、表層に引き揚げられてくる。
この引き揚げられたものをみる感覚は、単なる記憶違いの確認作業ではなくて、もっとヘンテコなものでした。
本来そこにあってはならないものというか……たとえば夢でみたナンセンスな出来事が、目が覚めたときにそのまま目の前で起こっているというような。
これもヘンなたとえですが、うちの母方の祖母は晩年認知症で、家族も含め、人の顔が覚えられなくなっていました。
それで介護施設で骨折して、病院に数週間入院することになります。
病院ではお手伝いさんを雇うというのでなければ、基本的に家族が食事介助などをしなければなりません。
お手伝いさんを雇うのは高額なので、母や、当時大阪にいたぼくが食事介助をしたのですが、間に合わないときは看護師が最低限のことはやってくれていたようです。
しかし祖母はたぶん病院でほかの看護師からイヤな目にあっていたのでしょう。
ぼくと食事をしたときに、いつもスプーンの出し方がわるいといってひどく怒り出したんです。
祖母はもしかしたら、職員からむりやりスプーンを口に突っ込まれるような目にあっていたのかもしれません。
「ばあちゃん、孫のおれがわからんか。いまばあちゃんは入院してて、食事介助が必要やから、おれが来たんやで。きょうはおれが食事を手伝うからな。あんまり怒らんといてや」
というと、祖母は顔をしかめたまま、状況がわかったような、わからないような、おかしなものをみるような目でぼくを見ました。
それで、もう文句はいわずに黙々と口に運ばれた食事を食べるのでした。
きっと祖母は、じぶんの認知しているものと、実際の現実に起こっていることがちがうので、不思議だったんだとおもいます。
ぼくが引き揚げられた記憶をみたときの感覚は、あのときの祖母の不思議なものをみるようないぶかしげな表情によく似ています。
記憶、心理、認知といったものは、いかにもじぶんのアタマの中で間違いないものとして固定化されますが、あんまりアテにしないほうがいいのかもしれませんね(笑)